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2014年8月17日 (日)

知的創造企業/野中郁次郎、竹内弘高

Photo 形式知と暗黙知の区別が、西洋と日本の「知」の方法論の違いを理解する鍵である。形式知はコンピュータ処理が簡単で、電子的に伝達でき、データベースに蓄積できる。しかし、主観的・直観的な暗黙知を、体系的・論理的に処理したり伝達したりすることは難しい。暗黙知を組織内部で伝達・共有するには、だれにでもわかるように言葉や数字に変換しなければならない。このように暗黙知が形式知へ、そしてあとで見るように、また逆に暗黙知へ変換されるときにこそ、組織の「知」が創られるのである。

以前、ドラッカーが、これからは知識社会になるとその著書に書いて以来、知をいかに創造するのかが大きな課題になってきた。

ところがその創造のプロセスを研究してみると、欧米と日本とでは大きな違いがあるという。

日本の知の創造のカギを握るのは「暗黙知」である。

欧米は人の技能や仕事の流れを形式知にすることに優れている。

一言で言えばマニュアル化がうまいということ。

それによって素人であっても短期間で一定のレベルの仕事ができるようになる。

誰もが一定のレベルの製品をつくることができるようになる。

マクドナルドを見ればよくわかる。

一方、日本は本物の技能は形式知にすることができないという考えが強い。

一流の職人の指先の微妙な感覚や経験に裏打ちされたカンなどは、百万語を費やしても表現しきれるものではない。

しかしそれでは技能伝承などはできなくなってしまう。

本書はそのような課題に一つの解を与えるものである。

日本の企業は、暗黙知から形式知へ、形式知から暗黙知へ、これを繰り返すことによって知の創造をしてきた。

すなわち、

(1)個人の暗黙知からグループの暗黙知を創造する「共同化」、

(2)暗黙知から形式知を創造する「表出化」、

(3)個別の形式知から体系的な形式知を創造する「連結化」、

(4)形式知から暗黙知を創造する「内面化」。

この4つのサイクルである。

これは日本の企業独特のものかもしれない。

そしてそれこそが日本の企業の強みといえよう。

特に多くの商品がコモディティー化している現在、日本の強みとして再認識する必要があるのではないだろうか。

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