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2014年9月16日 (火)

ミッションの経営学/田中道昭

Photo ヨーロッパのある国で、核廃棄物の処理地を巡ってさんざん悩んだ挙句、結局ある村が最終候補に挙がりました。村民の意志を選挙で確認したところ、約50%の住民が受け入れに賛成の意志を示しました。そこで、受け入れ賛成の住民をもっと増やすべく、行政は一戸あたりの補償金をさらに増やすことにしました。そして改めて住民投票を行ったのです。
 補償金を増やしたのだから当然賛成が増えるはずだと、行政だけでなく誰もがそう想像したでしょう。ところが、再投票の結果は意外なものでした。受け入れ賛成派は、何と20%くらいまでに減ってしまったのです。(中略)
 その後の住民への聞き取り調査で、その理由が明らかになりました。それは最初に賛成した人の中には、処理施設が危険だということは重々承知しながら、受け入れることが国民のためになる、自分たちが受け入れなければみんなが困るという自己犠牲の精神で賛成した人が多かったのです。つまり、それを受け入れることが自分たちの使命であると認識したからこそ賛成したのです。
 そのような悲壮な覚悟に近い決心であったのに、政府がそれをお金で解決しようとしたわけです。お金というインセンティブで自分たちは動いているのではない、自己犠牲に近い自分たちの行動が、まさに踏みにじられた形になったわけです。

人は利害関係だけで動くわけではない。

場合によっては、自分が不利益をこうむることがわかっていて、動くことがある。

内なる使命感から動く場合がそうである。

上記の、ヨーロッパの核処理施設受け入れのエピソードはそのことを示している。

人は使命感を持つことで常識的には考えられないような、自己犠牲に近いほどの行為を選択する。

個人にとっても、企業という組織にとっても、ミッションがいかに大事かということであろう。

では企業のミッションとはなんだろうか。

ミッションとは普遍性、社会性を帯びた概念と言える。

顧客に対してはもちろんのこと、広く社会全体にとって自分たちの活動はどのような意味と意義を持っているのか?

翻って自分たちはそもそも何者であるか?

企業の存在の根本を問い、それを明確にしたものがミッションである。

このミッションを明確にすることが、ドロ沼の価格競争から抜け出るための一つの有効な手段となる。

商品に「こだわり」もなく、単にモノを作って売ればいいという経営姿勢からは付加価値の高いものはまず生産できない。

他社と同じような商品であれば、結局低価格競争に巻き込まれてしまう。

その結果、経営的に苦しい立場に追い込まれてしまう。

「わが社のミッションとは何か?」

経営者はこのことを真剣に考える必要がある。

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