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2014年11月の30件の記事

2014年11月30日 (日)

3年で7億稼いだ僕がメールを返信しない理由/小玉歩

37 「切る」ということを考えて行動した結果、私の人生は大きく好転しました。
 無理に人づきあいをしなくてよくなったのでストレスフリーになったうえ、仕事もどんどんうまくいくようになりました。

「メールは返信するな」と言われれば、「何をバカな」と言われそうである。

ただ、著者の言っていることは、要は、

「自分にとって本当にプラスになる人づきあいだけ残し、後は切ってしまうことによって、自由に使える時間が増え、結果、仕事も人生をうまくいくようになる」

ということ。

確かに無駄な「おつきあい」が時間を浪費させてしまっているのは事実であろう。

特にメールが送られてくると「返信しなければ」と強迫観念に似た思いに駆られる。

そしてこれを繰り返すと、加速度的にその量が増加していく。

どこかでストップをかけなければ、と思いながらずるずると行ってしまう。

そのことを考えると「切る」ということは大事なことなのだろう。

あとはちょっとした「勇気」と「決断」を持つことだと思う。

2014年11月29日 (土)

外国人だけが知っている美しい日本/ステファン・シャウエッカー

Photo_2 旅行者を温かく迎える気持ちは、世界中にあると思います。ただ、海外、特に観光が大きな産業になっている国や地域では、「サービスとは対価の発生するもの」という考え方が基本で、ここが日本との大きな違いかもしれません。多くの外国のホテルや店舗では、何か少しでも特別なことを頼む場合にはチップや別料金が必要です。しかし日本で何かをお願いすると、常識的なことならたいてい無料でやってくれます。

本書の著者はスイス人。

インターネットの日本観光サイト「ジャパンガイド」を通して世界に向けて、自分で訪れ、見て、聞いて、調べた日本の魅力と最新情報を発信しているという。

外国人が日本について書いた本を読むと、時には見当違いの記述があったりするのだが、本書は日本の魅力をキチンと紹介している。

特に日本人として当たり前と思っていることが、外国人から見ると凄いことだったということがある。

著者は日本と同じようなサービスを他国で経験したことはないといっている。

特に日本の「おもてなし」は他の国には見られないものだといっている。

確かに対価求めない、というのは大きく違う点だろう。

以前、外国を旅行したとき、チップをいくらにするか、ということで迷ったことを覚えている。

日本にそのような習慣がないものだから、どうもぎこちなくなってしまう。

もしかしたら、外国人が日本を訪れる際のいちばんの魅力は、お寺でも温泉でもなく、「おもてなし」かもしれない。

それくらいに日本のサービスのレベルは高いということであろう。

2014年11月28日 (金)

ルネサンス 歴史と芸術の物語/池上英洋

Photo さて、ルネサンスを終わらせた一つの要因が、ほかならぬ〝大航海時代〟です。コロンブスやアメリゴ・ヴェスプッチといった、新大陸の〝発見〟を推進した船乗りたちが皆、イタリア人であることは皮肉なことです。というのも、そのせいで交易の重心が地中海から大西洋へと完全に移ってしまったからです。

本書は、ルネサンスとは何だったのか、それはなぜ始まり、なぜ終わったのか、という点について論じている

何事にも始めがあり、終わりがある。

数多くの芸術家を輩出し、あれほど栄華を極めたルネサンスがどうして終わったのか。

その要因の一つは、大航海時代の到来により、ヴェネツィアが経済的優位を失ってしまったことによる、という。

大航海時代、ポルトガルが開いた新航路により、香辛料がヨーロッパ大陸にもたらされる。

16世紀初めにリスボンに水揚げされた香辛料は、ポルトガルに莫大な利益をもたらす。

その結果、リスボンでの胡椒の価格は、それまでヴェネツィアに入ってきていたものの半額以下になる。

こうなってくると、北ヨーロッパの商人たちは、もう誰もヴェネツィアまで買い付けに行こうとはしない。

皆、大西洋沿岸沿いにスペインやポルトガルへと商船を走らせるようになる。

地中海の覇者イタリアは、こうして経済的優位を急速に失っていった。

そこからルネサンスは終焉へと歩み始める。

経済が反映すると、そこに人が集まり、そこから様々な芸術が花開く。

経済と芸術、密接な関係があるということであろう。

2014年11月27日 (木)

仕事ができる人はなぜ筋トレをするのか/山本ケイイチ

Photo アメリカのエグゼクティブの間では、肥満は問題外、たんに痩せているだけでなく、トレーニングによって体を鍛えるのがもはや常識になっている。
 太っているのは自分自身をコントロールできない証拠で、そんな人にリーダーとして他人を率いていけるわけがないと見なされる。逆に、鍛え上げた体は、その人が精神的にタフで、自制心を備えていることの証ということになるのだ。

最近、身体を鍛える人が増えてきたように感じる。

身体を鍛えるのは、簡単なことではない。

原則、トレーニングに即効性はない。

ジムに通うにしても、そのための時間を作りだし、つらいトレーニングを計画的に実行し、継続しなければならない。

私自身、ジムに通いだして十年以上になるのだが、多くの人は続かないようだ。

トレーニングに成功する人と、仕事ができる人には多くの共通点がある。

目的を明確にし、数値化する。

その目標達成のためになすべきことを具体的な行動に落とし込む。

その行動を継続実行する。

これらはトレーニングにも仕事にも共通して求められること。

アメリカでは肥満と喫煙者はマネージャーになれない、という話はよく聞く。

確かに、セルフコントロールできない人に部下をマネジメントする資格はない、という考え方には一定の合理性があるのではないだろうか。

2014年11月26日 (水)

社員は育てなくていい!/宋文州

Photo リコーの会長を務めていた浜田広さんは、こんなことをおっしゃっています。
 「人は育つのである。育つのである。育つきっかけなり、環境なりを、どうやってつくりこんで、与えてやるかが問題であり、誰かが誰かを育てる、そんなことはなかなかむずかしい 」
 そう、人は勝手に育つのです。マネジメントする側は、人が育つような環境をつくることが大切なのです。

「人を育てる」という言葉はよく使われる。

でも、その言葉の裏に「俺が育ててやる」という傲慢さがあるのではないだろうか。

そもそも人が人を育てることなどできるのか?

「人から言われたことはやりたくない」

これが人の本質である。

人から言われたことは正しいことであっても反発する。

これが人間である。

だから誰も人に育てられようとは思っていない。

反面、誰もが「成長したい」と思っている。

だから、大事なことは「育つ環境を与える」ということ。

豊富な肥料を与え、必要な水を与え、豊かな太陽光線を浴びせれば植物は自然と育つ。

同様に、育つ環境を与えれば人は育つ。

この視点を持つことが大事なことではないだろうか。

2014年11月25日 (火)

人間形成の日米比較/恒吉僚子

Photo アメリカ人の伝統的家庭教育を「動物モデル」にたとえるならば、性善説的立場から自然に則した成長を強調した日本人のしつけは、「植物モデル」になぞらえることができよう。元来、邪心がない子供を軌道から外れた時に粘り強く方向を正すという日本の伝統的発想は、まさに、わざと曲がろうとして変形してしまったわけではない植物に、添え木をするのと似ている。実際、日本近世の育児論には、子育てを植物の栽培にたとえることが少なくなかったようである。

本書は日米両国の教育を受け、カルチャーショックに悩んだ著者だからこそ書ける本である。

アメリカ社会は基本的に個人主義である。

社会全体に「自立した個人こそ望ましい」という考え方がある。

求められるのは「語彙の豊富さ」「頭の回転の速さ」「観察力や分析力の鋭さ」「創造性のある返答」「快活さ」「旺盛な好奇心」「発達した批判精神」「自信がある言動」「リーダー的素質」……など。

一方、日本では相手の立場になって考えることが奨励される。

求められるのは「思いやりがある」「やさしい」「相手の気持ちを考える」「気が利く」「以心伝心」「察しがよい」「気を配る」「気を遣う」……など。

相手の気持ちになる、つまり、感情移入ができることは、至る所で強調され、アメリカとくらべた場合、日本社会の一つの特徴であろう。

これらはどちらが優れているという問題ではない。

日本としては、むしろ違いを認識し、強みの部分をもっと伸ばすことが求められるのではないだろうか。

日本社会に育つ者は、他者の気持ちに対して敏感になること、感情移入能力を発達させること、自発的に協調行動をとること、型の行動など、諸々のことを学んでいく。

「おもてなし」はそのひとつの副産物といってよいのではないだろうか。

2014年11月24日 (月)

日本国憲法の二〇〇日/半藤一利

Photo 重要な政治部門担当の民政局の局長ウィリアム・E・クリスト准将と次長ケーディス大佐がこんな会話を交わしたことが、児島嚢発掘の記録にとどめられている。
 「このような国家の根本を変えるような大手術を、わずか一年半ないし二年でやろうというのだ。相手はアジアでもっとも頭のいい、手強い日本人なんだ。名案はあるかね」
 「いいえ、そんな結構な名案のあろうはずはありません。でも、ひとつだけ必要条件が考えられます。法治国家は、法に従って国家運営がなされます。ですから、政治の根本を変革するには、法を変えることです。とくに憲法を変えればよいわけであります」
 「そうなんだ、憲法というものがあったな」とクリストがいう。
 ケーディスは目を輝かせて答える、「ですから、われわれの望むような政治ができるように、憲法の改革を日本政府に要求すべきと考えます」。
 両軍人とも狙いどおり事態が運ぶかどうかそれほどの自信はもてない。ただし、言葉を交わしつつそれこそがいちばんの良策と確信するのである。

本書では、戦中から戦後にかけての時代を同時代を生きた著者の実体験を交えて述べている。

戦後のGHQの占領政策、はワシントンからの「降伏後における米国の初期の対日方針」通達指示に基づいたもの。

その政策は日本の「非軍事化」と「民主化」を占領の二大目的としている。

第一に、武装解除ならびに軍国主義の抹殺は、日本占領の主要任務であり、即時、断固として遂行されなければならない。

第二に、ワシントンの意図する「民主化」とは、帝国主義の復活を防止するための手段。

要は日本への懲罰と軍事的無力化である。

しかし、これらの国柄を変革するような大方針を、敗れたとはいえ、日本側が反抗することもなく、スムーズに実行に移すであろうか、GHQの幹部はかならずしも自信はなかった。

そこで、GHQが考え出したものが新憲法の制定であったことが記録に残っている。

しかし、この新憲法という妙薬、効きすぎた面があるのではないだろうか。

2014年11月23日 (日)

昭和史(下)/中村隆英

Photo こうしてつくられた新憲法は、日本側はもちろん、アメリカからみても、その成立過程からみて、講和条約が成立して日本が独立した後に、日本人独自の意志によってもう一度改正されるべきものと考えられていた。

戦後GHQ主導により作られた新憲法。

これにはマッカーサーの示した三原則を必ず入れるように指示されていた。

その三原則とは、

第一、天皇は国家の最上位であること、

第二、戦争放棄と戦力の不保持、

第三、貴族制度の廃止、

である。

この新憲法、アメリカ側も日本が独立した暁には、改正されるべきものと考えていたという。

しかし、現実には戦後70年近く経った現在も改正されていない。

このことから見ても、いまだ日本は独立していないと言ってよいのではないだろうか。

2014年11月22日 (土)

昭和史(上)/中村隆英

Photo 大胆にたとえれば、日本の社会が平面の上に乗っていて、そのなかで、左翼から右翼までが座標軸上に位置づけられているとしたとき、その平面自体が右方に地すべりを起こしたとしよう。ある個人のこの平面の原点からの距離は不変であっても、平面が右方に動いたために右よりの考え方になじんでしまう結果になる。例外として、日本の平面の外側の固定された平面にいた者は、日本の平面の移動を見ることができた。それは、たとえば非転向の共産主義者や、労農派マルクス主義者や、冷静な自由主義者やキリスト者などの少数の人びとであった。しかし、一九三一(昭和六)年秋からの一、二年の間に、日本の社会状況はなだれを打って右側に移動したのである。この時代と反対に社会状況が急激に左側に移動したのが一九四五(昭和二〇)年八月からの一年あまりであった。それは、満州事変にはじまる一つの時代の終焉であり、新たな時代の出発を画したことは後にみるとおりである。

日本の社会状況の変化を上記抜き書きはうまく表現している。

社会全体が右に傾いたり左に傾いたりと、根無し草の状態がずっと続いているのが日本という国なのではないだろうか。

戦前はマスコミも国民もみんな右寄り、戦後は左寄りと極端である。

かくいう私自身もご多分にもれず、小中学と左寄りの日教組の先生に教えられ、いま振り返ってみればかなり左寄りの考え方をしていた。

私の学生時代は左寄りであることが進歩的という時代だった。

それが「何かおかしい」と感じ出したのは、ごく最近のことである。

しかし、これは「今」だけを見ていたのではわからない。

あるていど、長い尺度で物事を見ていく必要がある。

歴史を学ぶ意味はこんなところにあるのではないだろうか。

2014年11月21日 (金)

ザッポスの奇跡/石塚しのぶ

Photo 私は、この先、企業文化がはっきりしていない会社はやっていけないのではないかと考えています。自分たちの価値観を見極め、世に宣言し、それに共感してくれる人たちを集めて、彼らの協力を得てやっていかないと強い会社にはなれないでしょう。会社が「企業文化をもつ」ということが、昔は選択肢のひとつにすぎませんでしたが、今日ではそれが、生き残っていくための必須条件になるのではないでしょうか。

ザックスは全米№1のネット靴店である。

過去5年間の売上で1300%の成長、リピート顧客率75%、創業10年足らずで年商10億ドル突破という、目覚ましい成果をあげている。

この躍進と成長の秘訣はどこにあるのか?

本書を読んでみてわかったことは、良い企業文化が良い商品やサービスを生みだし成長の原動力になる、ということ。

そしてその根本にあるのは「価値の共有」

採用も評価も戦略の選択も、すべてコア・バリューが判断の中心になっている。

価値に合致しない社員は採用しない。

業績を上げても会社の価値に合わない人には辞めてもらう。

会社の価値に合わない行動は評価されない。

すべて「コア・バリュー」が核となっている。

だから、ザッポスのコンタクトセンターにはマニュアルはない。

個々の顧客からの問い合わせについて、どういった対応をするかということは、電話に出るコンタクトセンターのスタッフ、一人ひとりの判断に任されている。

顧客に触れる個々のスタッフは、あくまでひとりの人間として、一人ひとりの顧客と向き合う。

結果として生まれるのは、社員にとっても顧客にとっても、「忘れ難い体験」

ザッポスでは、このような感動秘話が毎日のように生まれている。

これを、ザッポスのCEO、トニー・シェイは、「幸せのデリバリー」と呼ぶ。

社員に、顧客に、幸せを届けること。それが、会社を長期的繁栄に導く最強の戦略なのだと。

ザッポスにとっては「顧客の感情体験」こそが売り物であり、一時の利益をあげるより、そのほうがずっと重要。

「親切にしてもらったから、次はあの会社から買おう」いい体験をした顧客は、必ずまた戻ってくる。

「お客さんは、『何をしてくれたか』は覚えていないかもしれない。でも、『どんな気持ちにさせてくれたか』は決して忘れない」

それが、トニー・シェイが言う、企業戦略としての「幸せ」の理屈である。

顧客は「ものを買いに」ではなく、「そこでしか得られない体験」を求めて、ザッポスにやってくる。

アメリカにこんな会社が存在しているということ自体が驚きである。

2014年11月20日 (木)

スクープ/今野敏

Photo 黒田部長刑事は、布施に額を近づけて唸るような低い声で囁いた。
 「てめえ、何をつかんでる……?」
 「さあね……。コールするなら、そちらから手札をさらしてくれないと……」
 「読めたよ。てめえ、ブラフかましてるだけだな……」
 「どうだろうね?」
 黒田部長刑事は、値踏みするように布施を見た。やがて、彼は言った。
 「ここじゃ、やばいな……。その辺、散歩するか……」
 「ふたりで夜道を散歩?粋だね」
 「黙って付いてこい」

仕事の関係でビジネス書を読むことが多いのだが、時々、意識してい小説を読むことにしている。

ビジネス書ばかりを読んでいるとどうしても思考が直線的になってしまうような気がする。

いわば「キレ」の思考が強くなるが「コク」の思考が不十分な状態になってしまうといったところだろうか。

さて、上記抜き書きは、スクープを連発する敏腕記者である布施が刑事から犯人の情報を聞き出す場面。

これを読むと、記者は刑事の知りたい情報を持っていることを匂わし、ギブアンドテイクの状態に持ち込んでいることがわかる。

実際の記者と刑事との関係もこんな感じなのかもしれない。

また、凡記者と敏腕記者との差もこの辺のところにあるのではないかと思わされた

2014年11月19日 (水)

マーケティング発想の人財採用戦略/杉田英樹

Photo したがって、採用時点のときだけにいいかっこうをするのではなくて、少なくともどんなキャリアを会社で過ごしてもらうかというところまでを、価値としてつくりこんでいく必要があると思います。採用のことだけではなくて、入ってからのことに価値をしっかり置いて、内定者の辞退、あるいは早期の退職ということをなくすような、そういう人事制度、あるいは人事配置、社内のカルチャーの改善というところまで、視野を広くしていく必要があるわけです。

採用にもマーケティングの発想を、というのが本書の主張していることである。

マーケティングと販売とは全く逆の発想をする。

販売とは短期的な売り上げや利益をとる活動。

ある程度決められた仕事を分担して、効率的にやっていく。

目的としては今日の糧を得ること。

一方、マーケティングとは長期的な目線で成長の仕組みづくりをしていくというもの。

そのためには、お客さんが望むことをつかみ取り、そこを基点にして事業を組み立てていく必要がある。

今、多くの企業で行われている採用は、短期的に今年これだけいるからこれだけ採ろうという考え方が中心となっている。

これはこれで現場をまわしていくことでは非常に大事なこと。

しかし、もう少し長期的な見方で人財をどう採っていこうか、そういうことを目的として、魅力的な働く場をつくっていこう、

そのために、会社という働く場をどう魅力的にして、それ自体をいかに価値として形成していくかを考えていこう、というもの。

今、新卒の3割が3年以内に辞めてしまうことが問題になっている。

一方、今の若者は自分のキャリア形成には強い関心を持っている。

それらのことを考えても、今後、採用にもマーケティングの発想を取り入れることは大事なことではないだろうか。

2014年11月18日 (火)

「キレ」の思考「コク」の思考/村山昇

Photo 「キレ=鋭さ(sharpness)」は能力の問題であるが、「コク=豊かさ(richness)」は存在の問題である。真に力強い思考は、能力を高めることを超えて、存在からの湧き出しが渾々となければ実現されない。

「キレ」と「コク」で思い出すのが、「コクがあるのにキレがある」というアサヒ、スーパードライの宣伝文句である。

でも、このこの単語の意味を本書を読むまで深く考えたことがなかった。

「キレ」とは、カミソリのような鋭さを連想させる。

物事を分析的に論理的に、具象的で直線的に、明瞭さを追求しながら考えることを意味する。

一方「コク」とは奥行を深さを連想させる。

物事を綜合的に直観的に、抽象的で非直線的に、ある種の曖昧さを友としながら考えることを意味する。

両方とも大事なことなのだが、昨今のビジネスの現場では、前者の「キレ」ばかりが強調されているように思える。

書店に行けばロジカルシンキング、戦略思考、統計学、クリティカルシンキング手法等の書籍であふれている。

確かに今のビジネスパーソンは、データを集め分析することは巧みになったし、定型化された戦略フレームシートに文字をぎっしり埋めることも上手になってきた。

しかし、物事を本質を掴もうとする場合、これらの手法を用いるだけで、ちょうどカミソリで切るようにスパッと切れ味鋭くいくのか?

非常に疑問である。

そして同じように合理的に物事を考え、戦略を立てた場合、どこも同じ答えしか出てこない可能性が出てくる。

戦略には独自性が求められることを考えると、これでは意味がない。

つまりこれらの手法は合理的ではあるが、「何かが欠けている」という印象をぬぐいきれない。

そこで出てくるのが「コク」の思考である。

日本人は、元来、「コク」の思考においてこそ独自性を発揮してきたのではないだろうか。

今こそ「コク」の思考を再評価する必要がある。

それによってはじめて、グローバル化する市場のなかで、安さ競争を超え、コモディティ化圧力に抗うことのできるモノやサービスを生み出すことができるのではないだろうか。

2014年11月17日 (月)

無気力なのにはワケがある/大芦治

Photo 八歳から一三歳の児童が、二つの条件に分けられた。一方は、成功する課題ばかりが与えられる成功条件、もう一方は、時々失敗もするが、その原因を努力不足などの可変的(一時的)な方向に帰属させるよう仕向けた帰属訓練条件である。その結果、成功条件の児童は、後に失敗する場面に直面すると、すぐに学習性無力感に陥ってしまったが、帰属訓練条件の児童はそのような傾向が見られなかったという。この実験は、失敗の原因を可変的(一時的)な方向に帰属させるよう訓練することで、学習性無力感になりにくい特性を作り上げる可能性を切り開いた。

子供の頃、「三無主義」という言葉が流行った。

「三無」とは「無気力」「無責任」「無責任」だったと記憶している。

しかし、これらは一時の流行りではなく、今の時代も同じような問題を抱えている。

いや、むしろこの問題は大きくなってきたように感じる。

特に本書で取り上げている「無気力」の問題。

学校の教育現場であっても、企業活動の中でも大きな問題である。

人はどうして無気力になるのか?

人はコントロール不能な問題に直面したとき無気力になる、という。

例えば、何かに挑んで失敗したとき、「もうこれでおしまいだ」と思うか、それとも「自分の努力が足りなかった、もっと努力が必要だ」と思うかによって違ってくる。

「自分の能力は不変だ」と思っている人は無気力になりやすい。

一方「自分の能力はもっと伸びる」と思っている人は無気力になりにくい。

そしてこれは訓練によって身に付けることができるという。

これらをキチンとしたメソッドにすれば、職場ウツの問題にも生かせるのではないだろうか。

2014年11月16日 (日)

ソーシャルシフト/斉藤徹

Photo 人類はかつてないほど緊密につながっている。そして、今まで目に見えない価値だった人間関係、相互信頼といったものがソーシャルメディアで可視化されるようになった。グローバル資本主義は、すべての価値を貨幣に換算して評価する風潮を世界中に蔓延させた。ソーシャルメディアは、そのアンチテーゼとして、共感、信頼、評判、尊敬といった感情をともなった関係性の大切さを人々に実感させたのだ。

今、ソーシャルメディアによって、世界は明らかに変わり始めている。

これまで距離の問題でつながることが不可能だった人々がつながるようになった。

これまで一方的に情報を受けるだけだった人々が、情報を発信するようになった。

そして、それによって新たなつながりが生まれ価値が創造されるようになってきた。

今、人々が望んでいるのは、騒がしい説得広告ではなく、控えめで共感を呼ぶメッセージ。

代わり映えのしない商品ではなく、細部まで心配りされた逸品。

画一的なサービスではなく、心のこもったおもてなし。

独りよがりの広報ではなく、誠実で真摯な対話姿勢だ。

その顧客体験が共感の連鎖を呼び広がっていく。

今、企業はマインドセットを変えるべきタイミングにある。

本当の意味で顧客に向き合う必要がある。

原点に回帰すると言った方がいいのかもしれない。

この変化のスピードは今後ますます加速されるのであろう。

2014年11月15日 (土)

「結果を出す人 」はノ ートに何を書いているのか/美崎栄一郎

Photo 人間は脳だけに経験をためるのが難しい生き物です 。すべてを記憶だけに頼れる人は別ですが 、記憶だけでなく 、 「記録 」を取っておくことで経験は確実にためられるのです 。その経験をためる 、もっとも身近な道具がノートなのです 。

本書で言っているのは、結局、まずメモを持ち歩き、思い立ったことはすぐメモし、それを母艦ノートに書きだし、最終的にアップロードするというもの。

確かにノートの重要性はわかるのだが、「ここまでやらなくても」という感じがする。

マメな人は、これを実行できるのだろうが、私にはまず無理。

やはり自分なりのスタイルがあるのではないだろうか。

2014年11月14日 (金)

プロフェッショナルの習慣力/森本貴義

Photo イチロー選手の秘密を探るべく、多くのメジャーリーガーが私に「イチローはなぜあんなにヒットを打てるのか」と聞いてきました。そのたびに私は、「ルーティン」の説明をしますが、実践して継続できた人はこれまで一人もいません。説明をしている途中で、「1日、2日ならともかく毎日は真似できない」と首を振りながら去っていくのです。彼らは野球界の頂点にいる実力者ですが、「毎日」「同じことを」「こつこつやり続ける」ことは難しいのです。

「ルーティン」を一般的なことばにすると「習慣」になる。

メディアでよく語られるように、イチローの1日の行動はいつも決まっている。

ホームゲームのときは、10時半に起床し、12時に食事をとる。

昼食後13時には家をでて、13時半には球場入り、

マッサージ、ストレッチ、トレーニングを行った後、16時半からチーム練習に合流する。

17時半から試合、打席に入るまでの動作もすべて同じ。

これが高い実績を支えてきた。

おそらくこれはイチローが日本人であることが大きいと思う。

日本人は、大きな変化を好まない気質がある。

毎日コツコツと積み重ねることに価値を見出している。

職人芸が賞賛されるのも日本ならではではないだろうか。

これは明らかに日本人の強みといえよう。

今、世界はグローバル化している。

その中で日本人として存在価値を出すためには、この日本人の「ルーチン力」を再評価する必要があるのではないだろうか。

2014年11月13日 (木)

捏造だらけの中国史/黄文雄

Photo_2 中国のもっとも代表的な文化や中国人の性格について聞かれたら、躊躇なく「詐」の一字につきると即答するのがほとんどである。それは日本人の「誠」とはきわめて対照的である。
 日本人は神代の時代から「誠」であって、いわゆる清き明るき「誠心」「至誠」に至る道徳的な徳目にもなっている。
 だが、中国では五倫や五常から四維八徳に至るまで、仁や義をしきりに強調しても、この「誠」はなかった。というのは、日本人社会は古代から「誠」や「至誠」だけでも生きていくことができるが、中国社会では「詐」でないと生き残れない。「詐」が必須だからこそ、中国人は逆にこの「誠」だけを語ってきたのだ。

久しぶりに日中首脳会談が行われたことが話題になっている。

習近平氏の硬い表情が印象的だったが、その映像が放映されることを考えると、あそこで笑顔を見せることはできなかったのだろう。

今後も日中の間では様々な駆け引きが行われることが予想される。

その意味でも、上記の中国人の性格は「詐」であるとの指摘は非常に参考になる。

ではなぜ中国人は「詐」でなければ生きていくことができないのか。

それは少なくとも歴史的に見て、中華世界はいつでも華夷対立の歴史環境におかれたからだ。

その華夷という地理環境的・歴史文化的対立の中には、さらには有限資源をめぐる人間の争奪戦という歴史的環境がある。

中国では伝説や神話時代の史前だけでなく、有史以来ほとんど戦争のない年はなかった。

「兵は詐をもって立ち、利をもって動き、分合をもって変をなす」という中国の象徴的な戦略思考とは、一言でいえば相手をいかにして欺くかという手段である。

出来るのに出来ないふりをし、必要なのに不必要と見せかける。

敵の無防備なところを攻め、敵の意表をついて行動する。

もちろんそれは戦場にかぎらない。

日常生活は、人の話はまず相手の言っていることが「誠か」という懐疑からはじまり、買ったものが「ニセものではないか」と疑うことからはじまる。

「詐」の生き方でないと生き残れない国、それが中国なのである。

相手はしたたかな「詐」の国であることを日本政府はしっかりと頭に置いて交渉してほしいものだ。

2014年11月12日 (水)

「1枚」で見える化!/浅田すぐる

Photo①わからなかった意味が見えてくる
②ごちゃごちゃした頭の中が見える
③見えると考えがまとまる
④短時間で伝えるなら見せればいい
⑤指し示す紙があれば相手は見てくれる
 これら全てを1枚で実現する 。
 それが「1枚で見える化」仕事術です 。

トヨタでは会議での報告・連絡・相談、議事録、プレゼン、スケジュール管理等、あらゆる場面で1枚の書類にまとめる、という。

内容は「目的」「現状」「課題」「対策」「スケジュール」という5つのポイント。

これを要領よく1枚の書類にまとめる。

実は、先日の社員研修でもこれを取り上げ、参加者に実際にやってもらったのだが、中々難しいというのが実感である。

ただ、確かにこれを続ければ、一つのことを論理的に考え、まとめ、発表する力がつくのだろう。

トヨタでは全社員がこれを入社時からずっと行っているという。

トヨタが強いはずだ。

2014年11月11日 (火)

99%の人が知らないこの世界の秘密/内海聡

99 私は映画 『マトリックス 』が好きで 、はじめて見たときからまさにこの世界の縮図だと思っていたが 、十数年たった今でも非常に秀逸な映画であると思う 。あの映画は 、自分が知っている世界がすべてニセモノであったことを表現している 。私がかかわってきた医学の世界も 、 『医学不要論 』で述べたようにほとんどすべてウソである 。中でも 、とりわけ私が深くかかわってきた精神医学や心理学は 、追えば追うほどもはや100パ ーセントすべてがウソと断じて差し支えない 。

映画マトリックスは昔見たことがある。

主演がキアヌリーブスで仮想現実がテーマになっていた。

確かに私たちが見ている世界はすべて自分の脳が作り出したものである。

脳が一人ひとり違うように、見ている世界も実はみんな違う。

そして、その見ている世界も本当とは言えない。

もしかしたら、自分の脳は騙されているのかもしれない。

いやむしろ、脳は非常に騙されやすい一つの器官だといってもよい。

そう考えると、すべてを「疑ってかかる」と言うのは、現実と向き合う極めて正しい姿勢ではないだろうか。

2014年11月10日 (月)

経営は何をすべきか/ゲイリー・ハメル

Photo 思うに、人間の持つ最も価値あるものは威厳であり、農業ほど豊かな威厳をもたらす天職はない。思うに、人格の基礎をなすのは勤勉さと素朴に汗を流すことだろう。思うに、農業は苦難と落胆が付き物であるにもかかわらず、地上で最も誠実で尊敬すべき暮らし方だろう。

本書は、理念、イノベーション、適応力、情熱、イデオロギーの五つについて、それぞれ独立した章で書かれている。

その中でも、経営には理念が重要であるとし、農業の例を挙げている。

働くことの基本は、勤勉さと額に汗することであると。

近年の金融資本主義は、これを否定する考え方である。

つまり、人が働くのではなく、お金に働いてもらおうという考え方である。

資本主義にはこのような面もあるのだろうが、これが中心になってしまったとき、経済はおかしくなっていく。

金融資本主義は必ずバブルを生み出し、やがてそのバブルははじける。

今更もとに戻ることはできないのだろうが、今の世界経済がこのようなもろい土台の上に立っていることを知るべきだろう。

2014年11月 9日 (日)

抄訳版 アメリカの鏡・日本/ヘレン・ミアーズ

Photo 原氏は、連合国総司令部(GHQ)に嘆願書を添えて日本に於ける翻訳出版の許可を求めた。しかし、その望みは断たれた。翻訳出版不許可の決定が下されたのだ。
 マッカーサーは右の書簡の中で、「私はいかなる形の検閲や表現の自由の制限も憎んでいるから、自分でこの本を精読したが、本書はプロパガンダであり、公共の安全を脅かすものであって、占領国日本における同著の出版は、絶対に正当化しえない」と述べている。

本書は、戦後長い間、GHQの占領政策によって翻訳禁止の措置を受けていたという。

読んでみると、うなづける部分がかなりある。

例えば、GHQの政策は、「断固として日本を懲罰し、拘束する」ためのものだった。

懲罰によって野蛮な人間どもの戦争好きの性根を叩き直し、金輪際戦争できないようにする。

そのために、生きていくのがやっとの物だけを与え、あとはいっさいを剝ぎ取ってしまおう、と。

占領の目的は1945年9月19日、ディーン・アチソン国務長官代行が語った言葉に要約される。

「日本は侵略戦争を繰り返せない状態に置かれるだろう……戦争願望をつくり出している現在の経済・社会システムは、戦争願望をもちつづけることができないように組み替えられるだろう。そのために必要な手段は、いかなるものであれ、行使することになろう」

つまり、きわめて広い範囲にわたって徹底的な締めつけと「改革」が進められるということ。

その成果が「平和憲法」であり、自虐史観の押しつけであった、といえる。

戦後10年以上経って生まれた私と同世代でも、「左側」であることが「進歩的」だと思われていた。

日本はアジアの国々を侵略した悪い国だったとずっと教えられてきた。

一種の「洗脳プログラム」であったといってもよい。

でも、アメリカもこれほどまでに日本人が素直にしたがうとは思っていなかったのではないだろうか。

2014年11月 8日 (土)

中国崩壊前夜/長谷川慶太郎

Photo 国際外交の現場では、このシナリオに備えて動き始めている。アメリカのケリー国務長官が韓国を訪問するなどして、日本と韓国の関係改善を激しく迫っているのは、中国経済の破綻、北朝鮮放棄というシナリオを念頭に置いているからにほかならない。その時に日本の協力を仰がなければ、北朝鮮吸収などできない現実を朴大統領に直言したのである。(中略)
 これ以外にもアメリカは、中国崩壊を警戒していると思われるシグナルを発している。
 第一は、中国からの米国民の引き揚げを着々と進めていることだ。現在、中国にいる在中米国人の数は一万人を下回ったと言われている。これは、在中日本人の数、約一四万人と比べると、驚くべき少なさである。

今、アメリカは中国崩壊を見据えて動き出しているという。

確かに今の中国、問題だらけである。

少子化、PM2.5、シャドーバンキング、官僚の汚職、不動産価格の暴落、食品汚染、ウイグル、香港、等々、あげたらきりがない。

そもそも13億の国民を共産党一党が治めることは不可能なのではないだろうか。

ましてや今はネットが進化し、情報が瞬く間に世界を駆け巡る時代である。

天安門事件のようにすべての闇の中に葬るということは不可能である。

力による統治もやがては限界を迎えるだろう。

もはや中国は崩壊まで秒読み段階に移ったとみてよさそうだ。

大事なことは「その後」を見据えた戦略を日本が立てることができるかどうか、ということではないだろうか。

2014年11月 7日 (金)

医学部の大罪/和田秀樹

Photo わたしはこれは、宗教だと思っています。麻原彰晃に引っかかったヤツらのことは笑えない。人はやはり、ある集団の中にいると、そこでの価値観に洗脳されていくのです。
 そして、宗教の信者の中の信者総代みたいなヤツ、いわば医局教信者の中でいちばん教授にぺこぺこする、いちばん保守的なヤツが教授になる。で、教授になったらなったで、院長、学部長、学会長と、同じ構図が繰り返されていく。審議会の委員になる教授も、その中から推薦されていくわけです。

日本の課題のじつに多くが、医学部のあり方に関わっていると著者は言う。

ここ数十年の世界の変化のなかで、人の価値観も組織のあり方も大きく変化してきた。

そうでないと、競争原理のなかを生き延びられないからである。

実際、旧態依然とした多くの産業、組織は淘汰されてきた。

そのなかで依然として変わらない組織、それが大学医学部である。

半世紀前に「白い巨塔」で描かれた世界は、今も現実に起こっている。

全体としてみると、医療を受ける人の大半にとってそぐわない診療方法がとられている。
これを裏付けるかのようなデータもある。

それは、医学部の多い県、つまり、専門医が多い県ほど平均寿命が短い、というもの。

論より証拠ということであろう。

医学部が時代に合わないから、超高齢社会にも自殺大国にもガン大国にも対応できない。

逆に言えば、医学部が変われば、現在の国民医療費の少なくとも公的負担分ぐらいは減らせるはずだと著者は主張する。

確かに、著者の言うように、医学部はある種のカルト集団といってもよいのかもしれない。

2014年11月 6日 (木)

医者ムラの真実/榎木英介

Photo 医師の供給源は主に2つ。医者家系出身か、偏差値エリートか。日本の医療はこの2つの集団出身者で成り立っていると言っても過言ではない。

医者の世界は、典型的なムラ社会だという。

その原因の一つは、医者の供給源。

医者の家、特に開業医の子弟、そして偏差値エリート、この2つが供給源となっている。

両者に共通しているのは、子供の頃からあまり遊ばず、勉強ばかりして育ってきたのではないかということ。

そのようにして育った人は総じて人格形成においてひずみが生じる。

そして、そんな人たちが作った組織はどうなるのか?

一般的な感覚から言うと、多様性を失った組織は弱い。

似たような家庭環境で育ち、似たような学校教育を受けた者ばかりが、同じ試験問題を受けて入学してくる。

それでは、組織として弱い。

環境の変化に対応しづらくなり、極めて保守的になる。

日本の医療が中々変わらないのもこんなところに原因があるのではないだろうか。

2014年11月 5日 (水)

働かないオジサンになる人、ならない人/楠木新

Photo 働かないオジサンの課題は極めて日本独特のものであり、欧米のマネジメントの本をいくら読んでも解答は見い出せないのである。

「働かないオジサン」は、日本企業独特の問題である。

私の本業である人事制度改革の依頼を受けたときも、必ず出てくるのがこの問題である。

つまり、本人のパフォーマンスと比較すると、明らかに給料をもらいすぎている社員がいるということ。

ほとんどの場合、それは50代のローパフォーマー男性社員。

もちろん、多くの場合、そのような社員にも家族がいるので、簡単に給料を下げるわけにはいかない。

ただ、問題は、そのことによって、特に若手社員から不満がでることである。

「どうしてあの人は自分と同じ仕事をしているのに、倍の給料をもらってるんですか?」と言われたら、返す言葉がない。

日本で長年続いた年功序列型の人事制度の副産物と言ってもよいのだが、こんな問題は欧米の企業ではおこらないだろう。

今後、日本は超高齢化社会を迎える。

当然、60歳を超えても働かざるを得なくなる。

「働かないオジサン」と言われないためには、20代、30代からキチンと仕事に取り組む必要があるのではないだろうか。

「明日は我が身」である。

2014年11月 4日 (火)

人生の9割は血液型で決まる!/小萩喜一

9 血液型とは、心の奥底に覆い隠された、魂の暗号コード。DNAに組み込まれた最初の初期設定です。

血液型による性格診断は日本ではかなり浸透している。

科学的根拠がなく、眉唾物という印象が強い。

しかし、それぞれの血液型の特徴を読んでみると、確かに当たっている部分がある。

例えば私はB型なのだが、その特徴は

「B型は、好きなことをして成功する血液型」

「自分が没頭できる遊びこそが、B型にとっては心の必須栄養素」

「B型には、『驚くほどの頭のキレとドジ』『腹が立つほどの傲慢さとビビリ症』など、両極端な面がある」

「B型自身は、『周囲に何かをしてあげよう』とか『自分が役立とう』という意識はなく、ただ内から湧き上がる自分のリズムとペースで動いているだけ」

「裏B型はまさしく遊牧民族のごとく、そこにあるものは何でも利用し、利用し尽くしたら移動する」

……と、

ナルホド、確かに当たってる部分がある。

それでもまだ信じられないのは、私がB型だからだろうか?

2014年11月 3日 (月)

実践・プレッシャー管理のセオリー/高杉尚孝

Photo_2 プレッシャーを生みだす悪い思考のトップが、絶対的な要求である「ねばならぬ」思考です。具体例をあげると、
◆「私は常に完璧でなければならない」
◆「私は競争に絶対負けてはならない」
◆「私は決してミスをおかしてはならない」
◆「私は絶対に否定されてはならない」
◆「他人は私の思うとおりでなければならない」
◆「状況は常に私に都合よくなくてはならない」
 など、「あらねばならない」、「せねばならない」、「あってはならない」、「してはならない」と、絶対的な要求をするのが「ねばならぬ」思考です。

メンタルタフネスとは「プレッシャー状況」において粘り強く業務を遂行するための思考と感情をコントロールする技術である。

スポーツの世界では、「この1球で」勝敗が決まるという場面がある。

その時、求められるのがメンタルタフネスである。

しかし、メンタルタフネスはスポーツの世界だけで求められているわけではない。

ビジネスの世界でも当然、求められる。

そしてメンタルタフネスとは訓練によって身に付けることができる、という。

その一つが「ねばならぬ思考」を変えること。

私たちはプレッシャー時に「○○ねばならぬ」と考えることによって更に過度なプレッシャーをかけてしまう。

この、プレッシャー時に、元にある悪い思考を良い思考へと修正することによって、悪いマイナス感情と後ろ向きの行動を良いマイナス感情と前向きの行動へと転換する思考の技術がある。

この技術は、「○○にこしたことはない」という相対的な願望を基盤とした上で、論理的、現実的、かつ柔軟な考え方をすることによって「良いマイナス感情」を選択し獲得する、思考のスキルにほかならない。

極めて単純なことだが、この思考回路を訓練によって身に付けることによってメンタルタフネスを獲得することができる、という。

試してみる価値があるのではないだろうか。

2014年11月 2日 (日)

となりの脅迫者/スーザン・フォワード

Photo ブラックメールを発信するには、訓練と練習が必要だ。誰がその訓練をさせているのだろうか。
 それは、あなただ。あなた以外のいったい誰に、絶対的な確実さと正確さで、「それが私に効くやり方だ」「その種の圧力をかけられると、私は必ず屈服する」「それこそ私のいちばん敏感な場所を探る特別あつらえの道具だ」ということをブラックメール発信者に知らせられるだろうか。

ブラックメールとは、身近な他者に自分の要求を通すために発信する脅しや圧力といった「心理的脅迫」のこと。

私たちにの周りには、このようなブラックメールの発信者が多く存在する。

「本当に私のことが好きなら……」

「ぼくを見捨てないでくれ、そんなことしたら、ぼくは……」

「あたしを助けられるのはあなただけなのよ……」

「きみさえ……すれば、いろんなことがうまくいくのに」

……と、

これらの言い方はどれも要求を突きつけるための手段として使われる。

特に脅しているような言葉には聞こえず、また発信している本人も無自覚のことが多い。

しかし、これらの言葉は、聞く者の行動を明らかに縛る。

そしてブラックメールの発信者は、受信者がそれに呼応することによって増々力をつける。

言ってみれば、ブラックメールの発信者を増殖させているのは、実はその受信者だということ。

ブラックメールの発信者に対して毅然とした態度でNOを言うことがいかに大事なことであるかを本書は教えてくれる。


2014年11月 1日 (土)

図で考えるとすべてまとまる/村井瑞枝

Photo 実は、図にはある一定のパターンがあります。いったんそのパターンを覚えてしまえば、図は驚くほど簡単に書けるようになるのです。

頭の中だけで考えるとこんがらがって理解できない事柄も、図で考えると意外と簡単に理解できる、ということはよく体験する。

また人に説明する場合も図に書いて説明するほうが説得力が増す。

できれば、それを自分のスキルとして身に付けたいと常々感じていた。

著者によると、図にはある一定のパターンがあり、それらを覚えてしまえば、意外と簡単にわかるという。

そのパターンとは、

①モノゴトを分解して考える「因数分解のパターン」

②モノゴトを分類して考える「マトリックスのパターン」

③頭を整理する「表のパターン」

④比べることで良いものを際立たせる「比較のパターン」

⑤時間を可視化する「線表のパターン」

⑥アイデアをシンプルに伝える「コンセプトのパターン」

⑦モノゴトの流れを捉える「プロセスのパターン」

以上の7つである。

一つ一つはそれほど難易度は高くなく、またすでに使っているものもある。

身に付ければ大きな武器になりそうである。

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