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2014年11月22日 (土)

昭和史(上)/中村隆英

Photo 大胆にたとえれば、日本の社会が平面の上に乗っていて、そのなかで、左翼から右翼までが座標軸上に位置づけられているとしたとき、その平面自体が右方に地すべりを起こしたとしよう。ある個人のこの平面の原点からの距離は不変であっても、平面が右方に動いたために右よりの考え方になじんでしまう結果になる。例外として、日本の平面の外側の固定された平面にいた者は、日本の平面の移動を見ることができた。それは、たとえば非転向の共産主義者や、労農派マルクス主義者や、冷静な自由主義者やキリスト者などの少数の人びとであった。しかし、一九三一(昭和六)年秋からの一、二年の間に、日本の社会状況はなだれを打って右側に移動したのである。この時代と反対に社会状況が急激に左側に移動したのが一九四五(昭和二〇)年八月からの一年あまりであった。それは、満州事変にはじまる一つの時代の終焉であり、新たな時代の出発を画したことは後にみるとおりである。

日本の社会状況の変化を上記抜き書きはうまく表現している。

社会全体が右に傾いたり左に傾いたりと、根無し草の状態がずっと続いているのが日本という国なのではないだろうか。

戦前はマスコミも国民もみんな右寄り、戦後は左寄りと極端である。

かくいう私自身もご多分にもれず、小中学と左寄りの日教組の先生に教えられ、いま振り返ってみればかなり左寄りの考え方をしていた。

私の学生時代は左寄りであることが進歩的という時代だった。

それが「何かおかしい」と感じ出したのは、ごく最近のことである。

しかし、これは「今」だけを見ていたのではわからない。

あるていど、長い尺度で物事を見ていく必要がある。

歴史を学ぶ意味はこんなところにあるのではないだろうか。

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