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2014年11月25日 (火)

人間形成の日米比較/恒吉僚子

Photo アメリカ人の伝統的家庭教育を「動物モデル」にたとえるならば、性善説的立場から自然に則した成長を強調した日本人のしつけは、「植物モデル」になぞらえることができよう。元来、邪心がない子供を軌道から外れた時に粘り強く方向を正すという日本の伝統的発想は、まさに、わざと曲がろうとして変形してしまったわけではない植物に、添え木をするのと似ている。実際、日本近世の育児論には、子育てを植物の栽培にたとえることが少なくなかったようである。

本書は日米両国の教育を受け、カルチャーショックに悩んだ著者だからこそ書ける本である。

アメリカ社会は基本的に個人主義である。

社会全体に「自立した個人こそ望ましい」という考え方がある。

求められるのは「語彙の豊富さ」「頭の回転の速さ」「観察力や分析力の鋭さ」「創造性のある返答」「快活さ」「旺盛な好奇心」「発達した批判精神」「自信がある言動」「リーダー的素質」……など。

一方、日本では相手の立場になって考えることが奨励される。

求められるのは「思いやりがある」「やさしい」「相手の気持ちを考える」「気が利く」「以心伝心」「察しがよい」「気を配る」「気を遣う」……など。

相手の気持ちになる、つまり、感情移入ができることは、至る所で強調され、アメリカとくらべた場合、日本社会の一つの特徴であろう。

これらはどちらが優れているという問題ではない。

日本としては、むしろ違いを認識し、強みの部分をもっと伸ばすことが求められるのではないだろうか。

日本社会に育つ者は、他者の気持ちに対して敏感になること、感情移入能力を発達させること、自発的に協調行動をとること、型の行動など、諸々のことを学んでいく。

「おもてなし」はそのひとつの副産物といってよいのではないだろうか。

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