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2015年3月の31件の記事

2015年3月31日 (火)

石原莞爾 マッカーサーが一番恐れた日本人/早瀬利之

Photo 傍聴していた朝日新聞の記者は、東京裁判も傍聴していて、元首相や大臣、大将たちの卑屈な答弁に、むなしさを覚えていた。だが酒田法廷での石原莞爾の答弁に、ある時は失笑し、ある時は一緒になって哄笑するなど、「日本軍人ここにあり」の、救いさえ覚え、証人席の石原の所に駆け寄って言った。
 「東京裁判では今までの指導者だった人達が戦犯として裁かれていますが、アメリカになびく卑屈さには胸のつぶれるような、恥しい思いをして来ました。この二日間、将軍の言葉を聴いて、私は日本人として、初めて胸が晴々としました。こんなうれしいことはありません」

石原莞爾は戦犯として裁かれなかった。

しかし本人は戦犯として裁かれることを望んでいた。

裁判の場で、しっかりと日本及び日本人のことを主張したいと考えていた。

本書の大半は、酒田法廷での答弁が記されているが、見事というほかない。

検事とのやり取りでは、完膚なきまでに論破している。

考えてみれば、あの当時、しっかりとした世界観を持っていた軍人は石原以外にはいなかったのではないだろうか。

この人物がしかるべき立場に立っていたならば、歴史は変わっていたかもしれない、と思ってしまった。

歴史にifはない、といわれるが。

2015年3月30日 (月)

タスクシュート時間術(超入門)/岡野純、佐々木正悟

Photo 最初からムダをなくそうというのは難しいのです!
 なぜならそれがムダかどうかはあとでわかるから!

本書はタスク管理の入門書である。

この本を読むきっかけは、先日出席したセミナー。

残業時間削減のセミナーだったのだが、そこで出てきたのが「タスク管理」。

タスク管理の基本は、まず日々やったことを分単位で記録すること。

ところがこれが大変。

多くの人はこの時点で挫折してしまう。

なぜ記録が大事なのか?

それは記録しなければどこにムダがあるのかがわからないから。

多くの人はただ漠然とムダをしていることをとらえている。

しかし、それでは改善できない。

確かに面倒なことだが、やってみる価値はありそうだ。

まず本書で紹介されているソフトのお試し版をダウンロードして試してみようかと思う。

2015年3月29日 (日)

これだけ!OJT/中尾ゆうすけ

Photo 企業によっては十分な社員教育をしないまま、OJTという名のもと放置プレイが行われているケースも少なくありません。

社員教育にはOJTとOFF・J・Tがある。

OJTとは「オン・ザ・ジョブ・トレーニング」の略で仕事を通して教育訓練すること。

ところがこれを、

O・・・お前ら

J・・・自分でやれ

T・・・頼るな

と略した人がいる。

実態はこちらのほうが近いかもしれない。

つまり、OJTという名の放置プレイが横行しているのである。

OJTは、計画を立てることから始まる。

その計画に基づいて、仕事をアサインし、経験をさせ、さまざまな能力を身につけさせていく。

次に、計画どおりに成長しているかどうか定期的に確認し、身についた能力と、身についていない能力を明確にしていく。

そして最後に、計画通りに身につかなかった能力を、身につける処置をとる。

つまりPDCAのサイクルを回すことである。

多くの企業はこの基本に立ち返る必要があるのではないだろうか。

2015年3月28日 (土)

未来のイノベーターはどう育つのか/トニー・ワグナー

Photo ローラとシリータの歩んできた道のりには、驚くほど共通点が多い。2人とも親の応援に支えられて、世の中を変えたいという情熱を高めた。2人とも高校はつまらなかったと言い、大学はいいところと悪いところが混ざっていると感じた。2人とも、分野横断的な研究プログラムを通じて自分が関心のある授業を見つけるか、自分で作るかしたが、学外での活動のほうに積極的に参加した。そして2人とも、人々をエンパワメントし、変化を起こすツールを与えるという目標を持った。どちらの人生でも、若手社会起業家を支援する非営利団体が重要な役割を果たした。また遊び、情熱、目的意識が2人のモチベーションに火をつけた。

少しずつ変えてゆく「改善」は日本人のお家芸だが、イノベーションは日本人にとって苦手科目である。

確かに、かつてのソニーのウォークマンのような商品が生まれたこともある。

しかし、継続的には中々生まれない。

なぜなのだろう。

民族のDNAがそうさせるのだろうか。

本書では何人かのイノベーターが生まれた背景を分析した結果、いくつかの共通点があることを述べている。

親の影響、学校の影響、数々の出会い、等々、共通点が確かにある。

イノベーションはゼロから起こすことはできない。

知識・専門性が必要だ。

ただし本物のイノベーションを生み出すには、それだけでは不十分だ。

クリエーティブな思考力が必要だ。

それは正しい疑問を投げかけ、結びつきを見出し、観察し、共感し、コラボレーションし、実験する能力。

そしてモチベーションが必要だ。

要は人生のどの段階で、どのような形で、それらが喚起されるような環境を与えるかだ。

もしかしたら日本の環境そのものが、イノベーションを生まれなくさせているのかもしれない。

2015年3月27日 (金)

「うつ」とよりそう仕事術/酒井一太

Photo うつ病を患うと、その頭の中がいちばん信じられない場所なのです。信じられない場所で手順を思い浮かべても、やはり信じられません。ところがGTDでは、「頭の外で管理する」ことを提唱しています。ここが最大のポイントです。信じられない頭ではなく、頭の外に細かく手順を書き出し、客観的にこの手順で間違いないという確証を得ることができれば、間違いなく仕事は前に進められます。ですから、私はうつ病を患っている人に最適な仕事術は「GTD」だと考えています。

今、「うつ」が社会的な問題になっている。

中には怪しいものもあるのだが、著者が患ったのは正真正銘の「うつ」である。

うつ病になっても、ずっと仕事を休んでいるわけにはいかない。

ずっと休み続けておれるほどの蓄えのある人はそれほど多くはない。

やがては職場に復帰しなければならない。

でも、それでまたうつが再発すれば元も子もなくなってくる。

そこで必要なのが、本書のタイトルにもあるような、『「うつ」とよりそう仕事術』である。

その中でも特に印象に残ったのは、上記抜書きにも出てくるGTDという手法である。

GTDとは、デビッド・アレン氏が提唱するワークマネジメントシステム。

「GettingThingsDone」が正式名称。

頭文字をとってGTDと呼ばれている。

端的にこの仕事術をご説明すると、「気になることすべてを、頭の外で、もう気にならない形で、最新を保ちながら管理する」ということ。

そしてこれは

1収集ステップ

2処理ステップ

3整理ステップ

4レビューステップ

5実行ステップ

と、5つのステップになっている。

いわゆる、これまで頭の中で行っていたことを書き出すということ。

著者はこれによって、不安から解放されたといっている。

確かに不安とは不確かなことから起こる。

それを書き出すことによって明確になり、不安から解放されるというのはよくわかる。

GTDは別にうつの人のための手法ではない。

ビジネスマンの仕事術の一つである。

やってみる価値はあるのではないだろうか。

2015年3月26日 (木)

賛成・反対を言う前の集団的自衛権入門/香田洋二

Photo 集団的自衛権は、字義通り、「権利」です。同盟国が攻撃されたときに軍事行動に参加することは、絶対の義務ではありません。同盟国から協力要請があっても、自らの国益に反すると考えれば、同盟上の義務との関係を考慮して、本当に必要な場合は「ノー」といえるのです。

元・海上自衛隊No.2が、集団的自衛権の必要性について説いているのが本書である。

集団的自衛権を行使できないことが、現場をいかに混乱させているかということを、具体的事例を示しながら述べている。

集団的自衛権は保持しているが行使できない。

こんなおかしな議論が通用するのは日本位なものだろう。

そろそろ戦後のGHQによる洗脳から抜け出す時がきているのではないだろうか。

本書を読んで益々その思いを強くした。

2015年3月25日 (水)

打ちのめされるようなすごい本/米原万里

Photo ああ、私が10人いれば、すべての療法を試してみるのに。

本書は雑誌に連載した著者の書評集である。

印象に残ったのは、人生の終盤に差し掛かるにつれ、ガン関連の書評が多くなってくること。

最後まで知的探求心は失っていなかったことがうかがわれる。

著者は2006年にガンにより死去している。

さぞかし無念だったろう。

惜しい人を亡くしたものだ。

2015年3月24日 (火)

「発信力」の磨き方/上田昌孝

Photo 古いことわざに「雄弁は銀・沈黙は金」という言葉があります。イギリスの歴史家・思想家であるトーマス・カーライルの『衣装哲学』という著作に出てくる、「Speechissilver,silenceisgolden.」という言葉がもとになっています。「よどみなく話せることも大事だが、黙るべきときを知ることはもっと大事である」という意味があります。
 しかし、この言葉に日本人なりの解釈が加えられて、「雄弁は銀」の部分が欠落したことわざとなってしまったようです。

確かに「沈黙は金」という言葉はよく聞くが、その前半の部分「雄弁は銀」という言葉がカットされているということは初めて知った。

でも、「日本人なりの解釈」とは何だろう。

そういえば、昔、CMで「男は黙って○○」というのがあった。

日本には昔から、あまり多くしゃべるのは男らしくないという考え方や価値観があったのかもしれない。

しかし、時代は変わった。

今や黙っていることは不利にこそなれ、有利にはならない。

どんどん発信していかなければ、自分の存在は認めれもらえない。

本書のタイトルにある通り、発信力を磨く必要がある。

おそらく「雄弁は銀、沈黙は金」の本来の意味は、発信力のある人が沈黙することによって増々その力が有効に機能するということなのではないだろうか。

2015年3月23日 (月)

東条英機と阿片の闇/太田尚樹

Photo 東条に世界観が欠落していたのは周囲の認めるところだったのだから、自由な発想や多様性といった価値観とは無縁の人間に、大局的な政策など期待することに無理があった。それを補完する、幕僚、側近を付けられなかったところに、問題があったことになる。

A級戦犯という言葉から真っ先に思い浮かぶ人物が東条英機である。

でもその人物像や人となりについて理解している人はほとんどいないと思う。

本書を読んで感じるのは、東条という人物は、真面目を絵に描いたような人物だったということ。

特別な好戦家でもなく、また策略家でもない。

ヒットラーのようなアジテーターでもない。

だた政治家になるべき人物ではなかったということは言える。

連隊長や師団長あたりまでなら、東条はルールに忠実な名指揮官で通るのだが、思考の狭隘さ、単純さが権力者になったときに災いとなってしまった。

一つの価値観だけを押し付けて、自由な発想を封じ込めてしまう軍学校の偏向した精神教育の弊害が、もろに出てきた。

このような人物が日本のトップに立ったことが、間違いだったように思う。

2015年3月22日 (日)

『もしドラ』はなぜ売れたのか?/岩崎夏海

Photo ぼくは、師匠である秋元康さんから会社に呼び出され、次のように言われた。
「もう、おまえを放送作家として雇っておくことはできなくなった。そのため、明日からはおれの運転手として働いてもらうことにする。それがいやなら、残念だが、うちの会社は辞めてもらう」

著者によると、『もしドラ』は売れるべくして売れたのだという。

『もしドラ』は、単なる思いつきで生まれた本ではない。

著者なりの「これからはこういう時代なのではないか」

あるいは「人々はこういう本を求めているのではないか」

という「読み」があって企画された。

それが売れたということは、その「読み」がある程度当たっていたということになる。

時代の流れを読み、過去のヒット作共通の法則を適用したりして書かれたのが『もしドラ』だった。

だから売れるべくして売れたということばは本当であろう。

しかし、物事計算通りにはいかないもの。

幾つかの偶然が重なって大ヒットが生まれたということも否定できないだろう。

その背景として著者が背水の陣で臨んだ本が『もしドラ』だった、ということがあるのではないだろうか。

人間、追い込まれたとき、すごいパワーを発揮するものである。

2015年3月21日 (土)

電光石火/濱嘉之

Photo 情報官は小山内にゲラ段階の記事と写真十枚を手渡した。小山内は記事を一読して、写真をパラパラと眺めてデスクの上にポンと投げて言った。
「出版社はどこだ?」
「文芸出版社です」
「大手だな……それなら記事を全て買い取ろう」
「記者の口封じ対策も必要です」
「口封じか……まさか……」
「いえいえ、そこまでは。金で済ませます」
「いくらかかっても構わない。全て消してくれ」
「かしこまりました」

本書は内閣官房長官・小山内和博を主人公にした小説である。

小山内官房長官のモデルは菅官房長官。

新聞報道では政権の内部の様子は中々わからないのだが、

この小説を読むと、それが克明に描かれており、非常に興味深い。

もちろん、これは小説なので、登場人物はすべて偽名で書かれているのだが、

想像力を働かせて読むと、実名とリンクする部分がかなりある。

上記抜書きは、官房長官の指示で週刊誌に掲載されそうになった大臣のスキャンダルをもみ消す場面。

おそらくこのようなことは実際にも行われているのだろう。

官房長官の役割がいかに大きいかを知る上でも面白い本である。

2015年3月20日 (金)

真の指導者とは/石原慎太郎

Photo「とにかくあなた決断よ。物事は決断しなきゃだめよ。政治家のエクスタシーは決断にあって、決断がない政治家はだめ。それができない政治家は政治家に値しない」

上記は本書で紹介されているサッチャー元英首相の言葉。

鉄の女と言われたサッチャー氏はまさに決断の人だった。

その為、批判もされたが、間違いなく歴史に残る政治家である。

何かを決めると、必ず批判を浴びる。

誰もが100パーセント賛成する政策などないからだ。

しかしそれでもリーダーは決断しなければならない。

なぜならそれがリーダーの仕事だからである。

2015年3月19日 (木)

お金持ちの教科書/加谷珪一

Photo IT系のビジネスを個人で営むある実業家は、さらに手厳しい意見を持っている。行列に並ぶのは「他人と同じであることを確認したいだけの後ろ向きな行為」であるという。多くの人は、ムラ社会で仲間はずれにされるのを極端に恐れる。このため、他人と自分は同じであるという確認作業を常に行っており、行列に並ぶのはその最たるものだという。多少過激だが、この意見は傾聴に値する。

本書に登場する「お金持ち」は、いわゆる成金や生まれたときからの金持ちではない。

自らの力でお金持ちになった人たちである。

いわば、成功したビジネスマンといってよい。

彼らはどうして成功したのか?

そこには特有の思考パターンや行動原理というものが存在する。

トルストイの有名な言葉に「幸福な家庭は互いに似ているが、不幸な家庭はそれぞれに不幸である」というものがあるが、成功者は共通点があるということである。

例えば、上記抜書きの例。

確かに日本人は行列に並ぶのが好きである。

それは「他人と同じであることを確認したいだけの後ろ向きな行為」であるという。

確かに、ムラ社会的な発想から抜け出さなければ成功者とはなれないという一例であろう。

2015年3月18日 (水)

動じない。/王貞治、広岡達郎、藤平信一

Photo 教わるほうの向上心と、教えるほうほそれを目覚めさせる決意、平たく言えば「やる気」を引き出す力、これを心の両輪として、その上にきちんとした方法論を乗せる。これが「伸びる」、あるいは「伸ばす」ための一番肝心なところでしょうね。

「伸びる」あるいは「伸ばす」というのは、教える側と教える側の共同作業だということ。

これは当たり前のことだが、意外とわかっていない人が多い。

私は基本的に教わる側に向上心がなければ、どんなに教えても無駄だと考えている。

以前、ある経営者から「動かない部下に対する教育」というテーマでの講演を依頼され断ったことがある。

理由は、第一に、これを話すことによって自分にウソをつくことになるから。

第二に、聞いて下さる方に無意味な夢や幻想を描かせることになるから。

私自身、多くの企業で社員研修をさせていただいているが、

研修効果があがるのは、自分で「変わりたい」と思っている人。

「変わりたくない」と思っている人に対しては研修効果はほとんどない。

冷たいようだが、放っておくのが一番良い。

もちろん、時間を無限大に費やしてもよいというのであれば可能かもしれない。

あるいは吉田松陰のような感化力のある人であれば可能だろう。

しかし、企業とは経済合理性を追求するもの。

利益を出さなければ良いことも悪いこともできない存在。

費用対効果比という観点から言えば、無駄なことはやるべきではないと言わざるを得ない。

「自分の力で人を変えてやる」というのは思い上がり以外の何物でもない。


2015年3月17日 (火)

掏摸/中村文則

Photo やがて、ものを手に入れる緊張が、さらに僕を惹きつけるようになった。他人のものに、自分の指がふれる緊張と、その後に訪れる、暖かで確かな温度に。それはあらゆる価値を否定し、あらゆる縛りを虐げる行為だった。必要なものを盗み、必要でないものを盗み、必要でないものは、盗んだ後に捨てた。その入ってはいけない領域に伸びた指、その指の先端の皮膚に走る、違和感など消えうせる快楽を──。

この一文、スリをする主人公の緊張感や快楽をよく表している。

どうしてこの主人公はスリを繰り返すのか?

どうも生活の為だけではないようだ。

おそらくスリをする瞬間の緊張感を体が覚えてしまって抗えなくなってしまっているからなのだろう。

ある種の麻薬のようなものかもしれない。

私は小説を読むことは疑似体験だと思っている。

人は一生に一つの人生しか歩むことはできない。

当たり前のことなのだが、なんかもったいない気がする。

もっと他の人生も体験してみたいと思ったりする。

でもスリの体験など、到底できない。

小説はそれ疑似体験という形で果たしてくれる。

小説を読む意味もこんなところにあるのではないだろうか。

2015年3月16日 (月)

国家の命運/小川榮太郎

Photo 命懸けという言葉はよく聞く。だが、命を捨ててかかっての叱咤激励というものを、私は安倍選対の三宅に、生まれて初めて見た。

第二次安倍政権誕生の立役者として、政治評論家の三宅久之氏の存在がある。

三宅氏の後押しがなければ安倍氏は総裁選に立候補しなかったかもしれない。

そばで見ていた著者によると、それは鬼気迫るものがあったといい、それは本書を読んでも伝わってくる。

三宅氏は民主党政権の解散が決まった翌日、それを見届けるように世を去っている。

命懸けとはこのようなことをいうのであろう。

2015年3月15日 (日)

約束の日/小川榮太郎

Photo「安倍の葬式はうちで出す」
 安倍内閣当時の、ある朝日新聞幹部の発言だ。

安倍たたきは朝日新聞の社是だという。

本書にも朝日新聞の偏向報道ぶりが記されている。

権力を監視するのがマスコミの役割ではあるが、朝日新聞の報道はそれすらも逸脱している感がある。

なぜなら、安倍たたきは朝日新聞の社是だから。

そして第一次安倍政権は朝日新聞の勝利に終わった。

今は第二次安倍政権。

第二ラウンドはどうなるのだろう。

2015年3月14日 (土)

安倍官邸の正体/田崎史郎

Photo 「安倍さんは地獄を見た政治家なんですよ」菅は以前、こう話したことがある。地獄を見て、そこから這い上がってきたところに安倍の真骨頂がある。

第一次安倍政権は、安倍首相自身がやりたいことを前面にだし、見事に撃沈したといった感がある。

ところが、第二次安倍政権はその失敗を活かし、したたかに、現実的になっている。

安倍首相は「戦後レジームからの脱却」という表現を封印し、意識して使わないようにしている。

経済成長重視のアベノミクス推進を最重要政策に据えている。

これが、政策面における一次政権と二次政権の大きな相違点である。

安倍首相が本当にやりたいことは安全保障とか、憲法改正であろう。

しかし、それをやり遂げるのには経済がうまくいって、支持率を維持していることが前提になる。

好調な経済という前提があるから何でもできるのである。

安倍首相を見ていると、「失敗はするものだ」と思ってしまう。

2015年3月13日 (金)

「うつ」は病気か甘えか。/村松太郎

Photo 邪道も時代が変われば本道になる。なにしろ時代は「患者様」である。「様」がつくのは顧客だ。患者が「患者様」として扱われることを望むのなら、それは顧客として扱われることを望むということであり、つまりは自らが市場の一部になることを望んでいるのと同じである。となれば病院の側も意識改革が必要だ。いかにして顧客を多く獲得するか。いかにして市場を拡大するか。妙案がある。主観至上主義に基づいて「病気でない人」を顧客にするのだ。そうすれば市場は一挙に何倍にも膨れ上がる。主観至上主義の仮面を剥すと主観市場主義の顔が現れる。

「うつ」は病気か?単なる甘えなのでは?

これは現代では禁句になっている。

表だってこんなことを言おうものなら、「本人の苦しみをあの人はわかっていない」と攻撃される。

しかし、禁句とは本音でもある。

禁句とされている言葉の中に本質が見え隠れする。

確かに「うつ」の患者がいることは確かなこと。

しかし、それにしても近年のうつ患者の増大は異常である。

この現象の裏には病院の側の間違った「患者様観」と「主観市場主義」がある。

本人が「うつ」だと訴えるので、「患者様は神様」と言わんばかりに「うつ」という診断をプレゼントする。

こんなことが起こっているのも現実ではないだろうか。

2015年3月12日 (木)

知らないこと、できないことに価値がある/晝馬輝夫

Photo とことん究明するか、ごくごく普通程度の当り障りのないやり方でお茶を濁しておくか、ここに差が表れるのです。

ヒッグス粒子、ニュートリノ等、歴史的大発見に大きく貢献、「世界初」を生み続ける企業「浜松ホトニクス」

例えば、昔、この企業では一流大学を優秀な成績で出てきた新入社員に仕事はじめとして「タマ洗い」をしばらくやらせてみたことがあるという。

「タマ洗い」とは光電子増倍管などの光電管に使うガラス管を、毎日せっせと洗う作業。

当然、不満や疑問が生まれる。

しかしそれをやり続けることによってガラスの果たす役割、ガラスがいかにきれいであるかが、そのうえに作られる光電管の感度を左右する光電面の電子の微妙な動きを決定的に左右するのだということを体感する。

つまり、単純に見えることであっても実は奥が深いのだということがわかる。

これが長い研究者としての人生の大きな財産になる。

どんな単純なことであってもとことん究明することによって新しい発見がある。

とことんやることの大切さはこんなことを通して学ぶことができるということであろう。

2015年3月11日 (水)

ブラック企業の真実/恵比須半蔵

Photo ノルマは特にありませんでした。勤務時間も、残業地獄ということもありませんでした。一番の悩みは、自分の良心との葛藤でした。

本書には様々なブラック企業といわれる企業に勤めていた元社員や現役社員にインタビューした内容が記されている。

ノルマ地獄、残業地獄、セクハラ・パワハラ・・・等々、

まさに現代の残酷物語である。

中でも、厳しいと感じたのは、自分が頑張れば頑張るほどお客様から搾取することになり、その良心の呵責に苦しむというもの。

人にかかるプレッシャーやストレスには耐えられるものと耐えられないものとがある。

例えば残業が多いとかノルマがきついというものは、意外と耐えられる。

しかし、良心の呵責にはもろい。

耐え続ければ精神がおかしくなる。

ブラック企業かどうかを見極める重要なポイントだと思う。

2015年3月10日 (火)

ここらで広告コピーの本当の話をします。/小霜和也

Photo 皆さんの唯一の剣は、もがき、挑み、足掻くこと。ジタバタすることです。

本書はコピーライターになりたい人に向けて書かれている。

プロになるためのハウハウ的なものは当然ある。

しかしそれだけではプロになれない。

プロになるためには高い大きな壁を乗り越えなければならない。

自分の力の及ばない仕事にとりくみ、もがき、苦しみ、ジタバタすること。

これによって初めて本物になれる。

私はこの「ジタバタする」という言葉に共感を覚える。

すべての仕事に共通するものではないだろうか。

2015年3月 9日 (月)

成長から成熟へ/天野祐吉

Photo 人間的な速度の限界は、馬車に乗っているときの速度だと言った人がいます。それを超すと、まわりの風景はどんどん流れ始めて、目にとまらなくなってくる。見えるのは遠景だけで、身のまわりの小さな花なんかは、存在しないのも同じことになる。それはいいことでしょうか。

ここでいっているのは、ちょっとスピードを緩めたらもっと見えてくるものがあるのでは、ということ。

車の運転していても、高速道路でスピードを上げると、前方に走る車しか視野に入らなくなる。

ゆっくり周囲を見渡したら事故を起こしてしまう。

これが今の世の中だということ。

長年広告の世界でトップランナーとして走り続けてきた著者の言葉であるだけに、考えさせられる。

2015年3月 8日 (日)

日本人の99%が知らない戦後洗脳史/苫米地英人

99 会議の最後、吉田茂は、日本から持参した英文のスピーチ原稿を読む予定であった。ところが、アメリカ代表団のウィリアム・J・シーボルトによって、その原稿はチェックされ、シーボルトらが書き直したものを吉田は読まされていたのだ。(中略)
 そんなことよりも、この原稿チェックにはもっと根本的な問題が潜んでいる。チェックするほうも、されるほうも、そうすることが当たり前で、なんの疑問も持たないルーティン・ワークになっていることが恐ろしいのだ。当時の日本人の中に〝なにをするにもまずはアメリカのチェックが入ってから〟〝とりあえず、アメリカの言うことに従っておけばいい〟といった意識が骨の髄まで染み込んでいるから、なんの疑問も持たないのである。

サンフランシスコ講和条約での吉田首相の演説は、アメリカによってチェックされ、訂正されていた。

このことが戦後の日本の立場を象徴的に表している。

つまり、日本人は日本を日本国だと思っているが、連合国はそう思っていない。

彼らにとっての日本はいまだに大日本帝国のまま。

国連憲章に敵国条項がいまだに残っているのは、海外から見た日本は大日本帝国のままだから。

これが著者の主張。

確かに、これは当たっていると思う。

そうなると、改正すべきは憲法よりも、まずは国連の敵国条項だという著者の主張にもうなづけるものがある。

2015年3月 7日 (土)

仕事の大事は5分で決まる/宮家邦彦

Photo パワーは見えなくても、実は常に働いています。働いてはいるのですが、決して風のように吹いたり、音を立てたりしません。ある国家、ある地域がパワーで満たされていれば、そこでは何事も起きません。国際政治学ではこれを「平和な状態」と呼びます。ある意味でパワーは「室内の空気」のようなものです。

パワーの均衡が保たれているときが「平和な状態」という考え方、

おそらくこれが多くの国家の常識なのだろう。

でもこの多くの国の中に日本は含まれていない。

日本では多くの人はこのようには考えない。

日本では平和とは「平和を叫ぶこと」である。

憲法9条を守り、平和を唱えていれば、平和になるのだと本気で考えている人が多い。

国際政治とは極めてリアリティのある世界であり、ある意味残酷なものだということを日本人は知る必要があるのではないだろうか。

2015年3月 6日 (金)

なぜあの人は、人望を集めるのか/近藤勝重

Photo 徳川家康と春日局のこんな話を思い出したことでした。
「この世で最もウマいものは?」
「塩でございます」
「では最もまずいものは?」
「塩でございます」
 いい加減はいい塩梅に通じる言葉なんですね。
 人望のある人に共通するのは塩梅、つまり加減がいいんです。

日本の組織で「あの人は人望がない」と言われることは死刑宣告に等しい。

そうなってしまえば、どんなに能力があっても出世はできない。

一生、ペーペーで終わることになる。

では人望とはどうやって身に付ければよいのか?

本書では「人望がある人」とはどういう人か、どうすれば「人望のある人」になれるのかを探っている。

しかし、そもそもが「人望」とはあいまいなもの。

経験を通じて身に付ける以外ないような気がする。

2015年3月 5日 (木)

社長、その領収書は経費で落とせます!/松嶋洋

Photo その典型例として、平成24年9月19日に出された東京高等裁判所の判決が挙げられます。
 この判決においては、
 「経費は業務に必要であり、かつその業務と直接関係するものでなければならない」
 という経費の通説について、「直接関係する」という要件を削除し、
 「業務に必要なものであれば、経費として問題はない」
 と通説を覆す判断をしました。

私は個人事業主の一人である。

独立して感じたのは、「なんと税金は高いものか」というもの。

売上が上がれば上がるほど、高い税金を払うことになる。

だから多くの経営者が節税をするものよくわかる。

これはサラリーマンにはない感覚である。

そんなことから本書を読んでみた。

それによると、税金の世界には多くのグレーゾーンがあり、グレーゾーンに位置する代表格が、節税において避けては通れない「経費」なのだということ。

だから大部分の領収書は経費で落とせるのだ、と。

ただ、その場合怖いのが、税務調査に入られたら、ということなのだが、

税務調査の限界として、グレーゾーンに対しては税務署は強権的になれないということと、

個人についてはおおむね1~2パーセント、法人についてはおおむね4~5パーセント程度しか、税務調査は実施されていないという現実がある。

つまり、個人については50年に1回、法人については20年に1回程度しか実施されないことになる。

しかも税金の時効は5年間。

「あとは自己責任でどうぞ」ということなのだが、

「う~ん」と、うなってしまった。

正直、なかなか難しい。

2015年3月 4日 (水)

隠蔽捜査/今野敏

Photo「事実の隠蔽など続けていては、逆に威信が地に落ちると、なぜわからないんだ」
「おまえの言うことは正論だ。だが、世の中は正論が通用するとは限らないんだ」
「そういう言い方に、俺はいつも苛立つ。正論が通用しないのなら、世の中のほうが間違っているんだ」
「間違っているかどうかは問題じゃない。事実、世の中というのはそういうもんなんだ」

連続殺人の犯人が現役の警察官だった。

上層部はその事実を隠そうとする。

刑事部長は、自分の職業倫理と組織の論理との板挟みにあって悩み苦しむ。

上記はその時の幼馴染の同僚との会話。

組織防衛のために事実を隠ぺいするのか、それとも事実は事実として公表するのか。

事実を公表すれば、自分の出世はなくなる。

結局は公表することを決断するのだが、それは小説の上での話。

現実はどうなのだろう?

組織の論理に従ってしまう人が多いのではないだろうか。


2015年3月 3日 (火)

韓国はなぜ反日なのか/吉井英一

Photo 私自身、韓国企業に関与していたとき、たびたび裏切りに遭った。
 私が指導してきた韓国の人たちの中には、技術を少し理解すれば、「吉井がいなくても自分でできる」とばかりに、私をさしおいて勝手に仕事を進め、私を批判して自分がよい地位に就こうとする部下も少なくなかった。

嫌韓が広がっている。

きっかけは李明博大統領の竹島上陸だが、なるべくしてなったようにも感じる。

私も3回、韓国に行ったことがあるのだが、その民族性の違いは明らかである。

同じような姿かたちをしているので、両者とも同じと考えがちなのだが、それがそもそもの間違い。

日本人の常識は韓国人の常識ではないし、逆もまたしかりである。

今、両国の間で起こっている慰安婦問題も、日本が認めて謝罪すれば解決するというレベルの問題ではない。

謝罪しても、またぶり返す。

その意味で今の日韓の関係、ちょうどよい距離感ではないだろうか。

付かず離れずがちょうどよい。

これ以上近づいたら、また過去と同じ過ちを繰り返すような気がする。

2015年3月 2日 (月)

クロネコヤマト「感動する企業」の秘密/石島洋一

Photo 私は「全員経営」という標語を掲げている会社を多く知っている。しかし、どこまで本気でそのことが実現されようとしているだろうか、多くの場合は、単なる標語として使われているだけで、行動に移されていることなど、ごくわずかなのではなかろうか。

全くその通りである。

「全員経営」や「お客様第一」という言葉を掲げる経営者は多い。

しかし、実態はトップダウンだったり、売上至上主義であったり、言ってることとやってることが違う。

どうしてそうなってしまうのか。

行き着くところは、経営者の本気度だと思う。

本書を読んでみても、ヤマト運輸が「全員経営」を実行できているのは、今のヤマトの礎を創った小倉氏が本気でそれをやろうとしたからだということがよくわかる。

さらにそれを仕組化すること。

それがなければ結局は「絵に描いた餅」になってしまう。

「言うは易し行うは難し」ということであろう。

2015年3月 1日 (日)

勝利のルーティーン/西野朗

Photo 途中交代で選手を送り出す時、私はいつもチームにどんな化学変化が生まれるのか、想像してから投入する。その時のピッチ上の状況、自分たちのコンディション、ゲームの流れなどを踏まえて、アクセントになりうる選手を選ぶ。

サッカーの監督は試合中、野球の監督のようにワンプレーごとにサインを出したり、節目節目に指示命令を下すことはできない。

サッカーの監督の試合中できることは限られている。

ハーフタイムでの指示、そして選手交代しかやることがないといってよい。

それだけに選手交代は監督の手腕が凝縮されるといってもよい。

西野氏は、選手交代の時、重視するのは「化学反応」だという。

「化学反応」は同質のものを投入しても起こらない。

異質のものが混じったとき「化学反応」が起こる。

組織は同質であった方が効率は良くなるものだ。

そして同質化した組織は異質なものを排除する方向で動く。

しかしこれがあまりにも進みすぎると組織は活力を失う。

また新しい発想は生まれなくなる。

だから「化学反応」を起こす異質な人材が必要になる。

「化学反応」、大事なキーワードだと思う。

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