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2015年5月の31件の記事

2015年5月31日 (日)

日本人とユダヤ人/イザヤ・ベンダサン

Photo 日本民族は、何の苦労もなく育ってきた秀才のおぼっちゃんである。といえば、多くの日本人から、ごうごうたる反論がまき起るであろう。しかしその反論の一つ一つを検討すれば、おぼっちゃんほど、自分も人並みの苦労はしたと言いたがるそれと同じなのである──少なくともユダヤ人の目には。

もう40年以上前に出版された本だが、再読したくなって読んでみた。

著者はイザヤ・ベンダサンとなっているが、本当は山本七平だったということが定説になっている。

この本で有名になったのは「日本人は水と安全はタダだと思っている」という言葉。

確かに、今の国会での集団的自衛権の討論を聞いていると、頷ける部分が多い。

特に「巻き込まれ論」を聞いていると、その根底に「安全はタダで買える」という意識が根底にあるように感じる。

当然のことだが、安全はタダでは買えない。

犠牲が伴うこともある。

これは当たり前のことなのだが、これが当たり前のことと受け止められないところに日本の特殊性がある。

日本人は本書が書かれた40年前と全く変わっていないということであろう。

2015年5月30日 (土)

図解40字でわかるMBA

40 MBAは、ビジネスを行う上で万能なものではなく、過度に依存・期待するのは禁物ですが、一方で、考え方の整理方法や考慮・着目すべき点が明確に示されているので、効率的なビジネスを行う上では、非常に役に立つものです。また、MBAで扱う知識やフレームワーク(思考の整理法)を多くの人が共有することで、ビジネスに関わる議論や情報共有をより効率的に行うことができる、すなわち、MBAで扱う概念は、ビジネスの共通言語とも考えられます。

本書は、MBAの入門書という位置づけ。

MBAの資格取得者というとエリートビジネスマンという印象が強いようだが、日本ではそれが十分に生かされていない面があるのも事実である。

私自身はそれを取る必要性は感じない。

そもそも私が関与している中堅中小企業でそれがどれくらい活かせるかということを考えると、その効果には疑問符が付く。

しかし、本書で紹介されている数々のフレームワークは使えるものもあるし、事実SWOT分析等は現場で頻繁に使っている。

本書は、その名の通り、経営技術の集約であるMBAのエッセンスを分かりやすく簡潔にまとめている。

あとはそれらを使って覚えればよいのではないだろうか。

2015年5月29日 (金)

リーダーシップが滅ぶ時代/バーバラ・ケラーマン

Photo 唯一わかっているのは、2010年代における政治リーダーシップは前とは異なっており、一層厳しくなっているということだ。横暴なリーダーは概してもはや消える運命にあるが、民主的なリーダーも、正常に機能が果たせなくなるほどの制約を受けている。

リーダーシップは時代とともにそのスタイルが変わってきている。

歴史に出てくるリーダーはカリスマ的リーダーである。

ナポレオン、アレクサンダー、シーザー、等々・・・

ところが現代ではそのようなリーダーは生まれてこない。

いや、むしろ、そのようなリーダーが登場したとしても、人々はついて行かないだろう。

そして近年、強くなってきたのはむしろフォロワーの存在である。

ネットの発達の影響で、フォロワーが積極的に発言するようになりそれとともに影響力が増してきた。

いまやその存在を無視したリーダーシップはあり得ない。

当然、リーダーシップの型も変化してきている。

今、リーダーシップ教育が盛んに行われているが、そのことこそリーダー不在の時代を象徴しているのかもしれない。

2015年5月28日 (木)

いわゆるA級戦犯/小林よしのり

Photo 日本人はこの裁判の正体を正しく批判し、彼らの戦時謀略にごまかされてはならぬ。日本が過去の戦争において国際法上の罪を犯したという錯覚に陥ることは民族自尊の精神を失うものである。自尊心と自国の名誉と誇りを失った民族は強大国に迎合する卑屈なる植民地民族に転落する。
 日本よ!日本人は連合国から与えられた「戦犯」の観念を頭から一掃せよ。

これは本書に記載されているパール判事の言葉。

東京裁判において唯一の国際法学者であったパール判事は「被告全員無罪」という判決文を書いた。

当時の国際法によればこれは極めて妥当である。

ところが実際には当時の指導者たちは戦犯とされた。

だから、「いわゆる」A級戦犯なのである。

東京裁判の間違いは、このパール判事の言葉に集約されている。

もう戦後70年にもなるのだから、そろそろこの洗脳から脱するときではないだろうか。

2015年5月27日 (水)

「A4」1枚アンケートで利益を5倍にする方法/岡本達彦

Photo「A4」1枚アンケートの5つの質問
Q1「商品を買う前に、どんなことで悩んでいましたか?」(第1段階:欲求発生)
Q2「何で、この商品を知りましたか?」(第2段階:情報収集)
Q3「(商品名)を知ってすぐに購入しましたか?もし購入しなかったとしたら、どんなことが不安になりましたか?」(第3段階:購入不安)
Q4いろいろな商品がある中で、何が決め手となってこの商品を購入しましたか?(第4段階:購入実行)
Q5実際に使ってみていかがですか?(第5段階:購入評価)

実用的な本である。

お客様からアンケートを取る場合、悩むのが、「どんな質問項目にするのか?」ということ。

この時、多くはアンケート作成者が知りたいことを列挙するのだが、その効果は疑わしいものが多い。

その点、上記のアンケート項目は、質問自体が、お客様の購入プロセスそのものになっている。

つまり、自分の商品やサービスを購入してもらったお客様に対して、アンケートを取ることで、自分のお客様の購買パターンを把握できるというもの。

つまり本当に把握しなければならないのは、アンケート作成者の思い込みでつくられた想定回答ではなく「お客様の心が購買行動によって、どうやって変化していくか」という心理プロセスそのものだということである。

使ってみる価値はありそうだ。

2015年5月26日 (火)

蒼い描点/松本清張

Photo「つまり、この隣の抽象画を、君が見たときに言った言葉さ」
「なんだったかしら?」
「…………」
「今度の事件のことを連想したのさ。もしかすると、僕らは何か勘違いをしているような気がするね」

松本清張の小説の中では、比較的軽い感じの小説である。

若い女性が殺人事件に巻き込まれ、同僚の若い男性とともにその犯人捜しに駆けずり回る。

ちょっとした謎解きものである。

その中で、上記の場面が解決への一つの糸口になる。

つまり、抽象画を見ていて、「これ、さかさまに掲げてあってもわかんないわね?」と女性が語った言葉に相手の男性はハッとさせられる。

つまり、もしかしたら犯人を勘違いしていたのではないかと気づかされるわけである。

物事はちょっと視点を変えるだけで、発見があるということであろう。

2015年5月25日 (月)

新人OL、社長になって会社を立て直す/佐藤義典

Photo 競合を考える際に答えるべき質問は「競合は誰か?」ではなく、「自社商品がなかったら、お客様はどうするのか?どこで何を買うのか?」。その質問の答えが「本当の競合」であり、その「くくり」が戦場です。

企業の戦略を考える場合、まず明確にしなければならないのは「自社の強みは何か?」である。

そのためには「競争相手」を明確にする必要がある。

それを考える場合のポイントは、「自社商品がなかったら、お客様はどうするのか?どこで何を買うのか?」だという。

これは大事な視点である。

今、私はある回転寿司屋の人事コンサルを依頼されている。

では回転寿司屋の競合は誰なのだろう?

普通に考えれば、他の回転寿司屋である。

しかし、電車に乗ってひと駅隣の回転寿司屋に行くのであればそこが競合だが、実際はそういうケースは少ないだろう。

むしろ、「回転寿司屋がなかったら、お客様は何をするのか?」と考えることにより、他の答えが導き出される。

お客様が手軽で早く食べられる店に行こうとしているのであれば、その近所にあるマックかもしれない。

または牛丼の吉野家かもしれない。

そうすると、その場合の戦場は、「低価格ですぐに食べられる食事」となる。

「自社商品がなかったら、お客様はどうするのか?どこで何を買うのか?」

大事な問いかけだと思う。

2015年5月24日 (日)

新人OL、つぶれかけの会社をまかされる/佐藤義典

Photo あなたは何を売っていますか?何屋さんですか?

「何屋さんですか?」という問いかけ、

考えてみれば、非常に根源的な問いである。

例えば果物屋さんであれば、売っているのは果物である。

「果物屋は果物屋だろう」と切り捨てることもできる。

でも売り手が何かを売るということは、お客様が何かを買うということ。

なので、「あなたは何を売っていますか?」と、「お客様は何を買っていますか?」という質問は同じ意味。

視点が売り手と買い手で違うだけ。

では、果物屋さんでお客様は何を買っているのか?

お客様が本当にお金を払って買っているのは、果物がもたらす「何かいいこと」

たとえば、「料理しないで食べられて、しかもヘルシーな朝食」や、

「夕食の後の、さっぱりしたデザート」など。

実は、これが果物屋が本当に売っているもの。

ということは、果物屋さんは、実は「手軽でヘルシーな朝食屋さん」、

「さっぱりしたデザート屋さん」だともいえる。

ヘルシーな朝食屋さんであれば、ヨーグルトやできたてのフルーツジュースを売ってもいい。

デザート屋さんであれば、コンデンスミルク、チョコレートシロップなどを売ってもいい。

「何を売るか」によって、果物屋さんのやるべきことは変わってくる。

つまり「あなたは何屋さんですか?」と問いかけることにより、新しい発想がうまれてくる。

新しい事業展開が見えてくるかもしれない。

この問いかけ、ぜひ一度やってみることだ。

2015年5月23日 (土)

溶接屋(つなぎや)の改革/児島貴仁

Photo ランチェスター経営を目指す中で「光の当て方が違う」ということに気が付きました。電池ではない。完成品に強みがあるのではなく、それを作り上げる技術に目を向けました。要素技術であるレーザー溶接にフォーカスしよう!と気づいたときが転機になりました。

多くの中小企業にとって大企業の下請けから脱するのは大きな課題だ。

しかし、それが出来ている企業は少数派である。

大事なポイントは自社の強みを活かし選択と集中を行うこと。

本書の著者も自社の強みを発見したときが転機になったといっている。

この企業の場合は自社の強みはモノではなく技術だと気づいた時。

具体的にはレーザーで素材に穴をあけずにギリギリのところで止めて溶接をするという難易度の高い技術。

この技術に特化することにより世界に打って出た。

ちょっとしたことだが、これが出来ていない企業がほとんどではないだろうか。

2015年5月22日 (金)

「ウェイ」のある強い経営/野口吉昭

Photoウェイのある企業には「いい空気」があり、その空気は「仕組み」によってつくられている。

ウェイとは、その企業らしい人や組織の動き方・動かし方、

一言でいえば「らしさ」だと言える。

企業の経営資源は「人」「モノ」「カネ」「情報」と言われているが、

ウェイは第5の経営資源である。

ここからその企業らしい商品やサービスが生まれる。

この5番目の経営資源こそ、人が構成するチーム・組織の個性であり、ゆるぎない、光り輝く「その企業らしさ」である。

逆に言えば、らしさのない企業は価格競争に巻き込まれる。

そうなってしまっては、特に中小企業は生き残れない。

中小企業ほど「ウェイ」に取り組む必要があるのではないだろうか。

2015年5月21日 (木)

自分の中に毒を持て/岡本太郎

Photo 人生は積み重ねだと誰でも思っているようだ。ぼくは逆に、積みへらすべきだと思う。財産も知識も、蓄えれば蓄えるほど、かえって人間は自在さを失ってしまう。過去の蓄積にこだわると、いつの間にか堆積物に埋もれて身動きができなくなる。
 人生に挑み、ほんとうに生きるには、瞬間瞬間に新しく生まれかわって運命をひらくのだ。それには心身とも無一物、無条件でなければならない。捨てれば捨てるほど、いのちは分厚く、純粋にふくらんでくる。

この本、刺激的な言葉であふれている。

岡本太郎という名前を聞いて思い出すのは、まずあのギョロリとした目、そして大阪万博の太陽の塔。

決して常識人ではない。

岡本太郎は劇薬である。

唯一無二の存在。

誰もマネができない。

瞬間瞬間に生きた人というイメージ。

そして底知れぬエネルギーを感じる。

それはそのまま、戦後から高度成長期へと至る、あの時代のエネルギーなのだろう。

こんな人が今の日本にはいなくなってしまった。

それはそのまま今の日本を象徴しているのではないだろうか。

2015年5月20日 (水)

[新訳]留魂録/松浦光修

Photo はてしなく広がる宇宙には、一つの“理”がつらぬかれていて、それによって、この世があります。はるかな過去の先祖たちから、私たちにいたるまでつながっている生命には、一つの“気”がつらぬかれていて、それによって人の生命があります。
 人というのは、その“理”を自分の心にし、その“気”を自分の体にして、この世に生まれているのです。したがって、体は“私”のもので、心は“公”のもの……といえるでしょう。

この文には、松陰の世界観、死生観がよく表れている。

松陰は強さ、優しさ、激しさを兼ね備えている。

人は、どうすれば、これほどまでに強く、優しくなれるのか?

私には、よくわからない。

しかし、この一文を、読むと、そのヒントくらいは見つかるような気がする。

それは松陰が、「私」のことは、ほとんど考えておらず、心にあるのは、ただ「日本」という「公」のことだけであった、ということ。

思えば、戦後の日本人は「個人主義」という美名のもと、「私」のことだけを考えるように、マスコミや学校や家庭で、さんざんしつけられてきた。

「公」のことより、「私」のことを優先させる人が続出した。

それが今の日本だと思う。

「公」のことを考えるのは、「古臭いこと」とか、挙句の果て「軍国主義につながる」などとされる。

ある種の洗脳だと思う。

自分はどのような存在なのか?

何ゆえに生きている、いや、生かされているのか?

考える必要があるのではないだろうか。

2015年5月19日 (火)

吉田松陰50の教え

50 身皇国に生まれて、皇国の皇国たるを知らずんば、何を以て天地に立たん。

上記の吉田松陰の言葉を現代語に訳すと、

「私は、この日本に生まれて、この国のこの国たるゆえんを知らなければ、この天地に生きている意味がない。」

となる。

日本人であれば、まず日本、そして日本人を知るべしということであろう。

「グローバル化」や「グローバル人材」という言葉が飛び交っている昨今、

実はそのためにはより深く日本を知る必要がある。

日本の歴史を知り、日本という国を知り、日本人そのものを深く知る必要がある。

それが欠落したグローバル化は、根なし草のようなものである。

松陰の言葉は、そのまま現代にも通じる言葉ではないだろうか。

2015年5月18日 (月)

吉田松陰(2)/山岡荘八

2 その信念にしたがって、高杉晋作には晋作のように、久坂玄瑞には玄瑞のように、品川弥二郎にも、伊藤博文にも、いや、三人の非行少年にまで、それぞれ真剣に、その個性に叶う助言を与えてやまなかった。
 松陰の門下生で、この懇切な助言を受けなかった者は一人もない。その性格を仔細に観察、分析していって、先ずその長所や才能を挙げ、その将来を切々と予言してやるのである。

松陰の教育はどこまでも個性尊重、人間尊重の教育だったという。

しかしその個性の尊重は、西洋的な個人主義とは異質のもの。

どこまでも日本の土壌に根ざした、民族的な人間尊重である。

そこから維新に向けての個性的な人材が輩出されていったのであろう。

日本の教育は個性を殺す教育だと言われて久しいが、その対極をなす教育が既に松下村塾においてなされていたということは驚きだ。

2015年5月17日 (日)

吉田松陰(1)/山岡荘八

Photo わしの育て方は、子供をあらぬ深田に落ちこませたり、深い淵に溺れさせたり、断崖から顚落させたりしないための用意なのだ。誤ってはならぬことを体に覚えこませておく……これだけ充分にしてあれば、あとは人それぞれの器量次第……思うまま勝手に歩いて見よというのはその後のことだ。

吉田松陰は幼少から玉木文之進の厳しい教育を受けた。

周囲からは「度を超えた詰め込み教育」という批判を受ける。

これは日本が「ゆとり教育」を始めたときの議論と似ている。

当時、「詰め込み教育」への批判が噴出していた。

詰め込みは子供たちの個性や創造性を失わせるという人もいた。

しかし、はっきり言ってゆとり教育は失敗だった。

それによって子供たちの学力は低下した。

その損失は計り知れない。

徹底した詰め込み教育を施された松陰はどうだろうか。

実に個性的であり、また創造性にあふれた人物として成長していった。

この一事からも詰め込み教育への批判は間違いであることは明らかではなかろうか。

2015年5月16日 (土)

秘密な事情/清水一行

Photo「お願いしなければなりません」
 堀川はさらに深く橋爪に頭を下げた。
「だめですね」
 だが橋爪はわざとらしく顔をそむける。
「発表を抑えていただけませんか」
「初めに言ったように、金で取引する意志はないね。買収はされないよ」
「するといまの話をどこかへお書きになるのでしょうか」
「それはね、こんな話じゃ週刊誌はスペースをくれないかもしれない。だけどそのときは単行本で出版すればいいんだから、こっちはちっとも困らない」

松下電器を題材にした経済小説である。

小説の形をとっているが、実話をベースにしている。

内容は創業一族のスキャンダルのもみ消しに奔走する広報マン、堀川陽一の話。

スキャンダルが報道されそうになると、その情報をいち早くつかみ、それが世に出ないようカネで情報を買い取る。

あくまで小説仕立てだが、幸之助の娘婿、松下正治の私生活を扱ったもの。

小説の「雅道会長」は、正治会長をモデルにしているのは明らか。

正治会長の愛人の存在については業界では公然の秘密だったという。

実名では報道できない部分をフィクションという形で世に出す。

表面的な報道では知りえない部分が描かれているという点で、非常に興味深い。

2015年5月15日 (金)

今日、ホームレスになった/増田明利

Photo こうなった原因ですか?……井のなかの蛙というか、自分の力を過信していたんだね。早い話が大企業病から抜け出せなかったんです。そういうことだよ。

本書は様々なホームレスのルポルタージュである。

彼らの前職を調べてみると、正社員、会社経営者、自営業者の合計が全体の約半数に達し、リストラや倒産で転落する中高年が激増しているという。

中でも、大企業の元エリートサラリーマンが多いことに驚かされる。

年収1千万以上だった彼らがなぜホームレスになってしまったのか?

一つは自分の実力を過信してしまっていたこと。

大企業の看板で仕事をしている人は、いつしか自分の力を過信するようになる。

そして、会社を辞めても引く手あまただと錯覚する。

しかし、大企業をやめて同じ年収の仕事を探してもまず無理。

大抵の場合、年収は下がる。

その上、転職先では自分が思っていたほど評価されない。

それを我慢できれば良いのだが、まだプライドだけは残っているため、転職先でもうまくいかなくなる。

挙句の果て、ホームレスに転落する。

こんな流れである。

著者は「絶対会社を辞めちゃダメだ!」という。

サラリーマンほど楽な稼業はないのだから。

2015年5月14日 (木)

スルーされない技術/石田章洋

Photo スルーされる人に共通することは何でしょう?
 それは「言葉の温度が低い」ことです。「温度が低い」というのはテレビ業界でよく使う言葉ですが、「言葉が軽い」といい換えるとわかりやすいかもしれません。
 温度が低くなる最大の原因は、一度に多くのことをいおうと話を詰め込みすぎてしまうことです。

どんなに素晴らしいことを語ってもスルーされてしまったのでは意味がない。

全ての人にとって「スルーされない技術」は必要なのではないだろうか。

自分が聞く側に立ってみるとよくわかるのだが、聞く気が失せてしまうのは多くのことを脈絡なく語られた場合である。

結局「何を言いたいのかわからない」となる。

その意味で「一度に相手に伝えるのは一つのこと」というのはスルーされないための重要なポイントだと思う。

ではどうして一度に多くのことを伝えようとするのか。

それは自分が相手に何を伝えないのか、そのことが絞り込めていないためである。

どうして伝えたいことが絞り込めないのか。

それは、何のために伝えるのか、目的を明確にしていないから。

目的とは、伝えることの先にあるもの、伝えることで本当にめざしていること。

相手を説得することかもしれない。

共感してもらうことかもしれないし、

笑ってもらい、場の雰囲気を和やかにすることかもしれない。

そうした目的があれば、おのずと伝えたいことは絞り込める。

言葉は「手段」であって「目的」ではない。

目的が明確だと言葉もシンプルになり、その結果、伝えたいことが力強く伝わるの。

「何のために伝えるか」

目的を持つことはゴールをセッティングすることといい換えることができる。

ゴールがわかっていれば、そこに向かうための道筋も、自然に見えてくる。

このこと一つ実行するだけで、「スルーされない」確率は格段に上がるのではないだろうか。

2015年5月13日 (水)

できる社長は、なぜゴルフがうまいのか?/石井亘

Photo 脳科学者の池谷裕二氏は、著書『和解する脳』の中でこう語っています。
 ――直感って意外と正しいんですよ。でも本人は理由がわからない。理由はないのになぜか当たってしまう。これが直感です。なぜ理由がわからないかというと、答えを導く計算過程がすべて無意識になされているからなんです。本人はまさか計算しているなどと思ってもいないのですが。無意識のうちにものすごい厳密な計算をやっていて、そして答えだけを感じる。だから直感は正しいのです。

できる社長は、なぜゴルフがうまいのか?

それはゴルフが上手な人というのは「〝打つ〟という決断が即座にできる人」といえるから。

これは100億円の取引の決断を「エイヤ!」とできるというのと同じ感覚。

「決断力」とは、いい換えると「切り替え力」。

スイッチ一つでパッと意識を替えることができる。

そして、成功している経営者というのは、オンとオフの切り替えが実にはっきりしている。

仕事モードの時には、それこそ馬車馬のようにものすごい勢いで働くけれど、遊ぶとなったら、仕事のことなど一切忘れて徹底的に遊ぶ。

この変わり身の早さが重要。

このスイッチの切り替えというのは、脳の働く場所をすばやく切り替えているということ。

仕事の時には仕事に必要な脳の場所を集中的に動かし、遊ぶ時には遊びに必要な脳の場所を重点的に動かす。

その時に一番必要な脳をフル稼働させる。

そして〝エイヤ!〟のために必要なのは「直感を信じる」ということ。

そう考えると、確かにゴルフに必要な要素と、社長が決断する時に必要な要素とは驚くほど共通点が多いようだ。

2015年5月12日 (火)

あなたは「言葉」でできている/ひきたよしあき

Photo_2 まさに、言葉は、人。その人の人生、姿勢、考え方、目配りの広さ、深さ、温かさなどを色濃く反映するものです。特に言葉によるコミュニケーションで成立しているビジネスの現場では、発する言葉の一つひとつが、仕事の結果に直結します。

「文は人なり」ということわざがある。

でも、このことわざ、「言葉は人なり」に置き換えてもよいような気がする。

どのような言葉を使うかによって、その人の人となりがわかる。

その意味では、人は皆、自分らしい言葉を持つ必要があるといえる。

そのためには、やはり不断の取り組みが必要である。

練られた言葉は自然に出てくるものではない。

それなりの努力が必要。

自分らしい言葉とは何だろう?と考えさせられた。

2015年5月11日 (月)

「謎」の進学校麻布の教え/神田憲行

Photo 麻布の行事や校内を見学して、私がいちばん驚いたのは教室だ。変を通り越して「これは学校の態をなしてはいないのではないか」とすら思った。生徒さんにアンケートをとるために、彦坂先生が当時担任をしていたクラスにお邪魔した。「クラスタイム」という名前のホームルームなのだが、先生が教室に入ってもまだ立っておしゃべりしている生徒がいる。横座りで音楽を聴いている生徒、机に漫画本を積みあげてむさぼるように読んでいる生徒もいた。

毎年、東大合格者のランキングで上位にランクされる麻布高校。

ガチガチの進学校というイメージがあるのだが、本書を読んでみると、全く違うということがわかる。

むしろ、自由闊達な校風である。

自由には責任が伴う。

これは当たり前のことなのだが、これがわかっていない大人があまりにも多い。

麻布高校の教え方の特徴は、この両面をしっかりと教えているということ。

これを若いころにしっかりと身に付けさせることが後の成長につながるのではないかと考えさせられた。

2015年5月10日 (日)

それでも仕事は「好き!」で選べ/田中和彦

Photo_2 「やろう」とさえ決めれば、人は誰でも好きなことを仕事にできます。やれない理由は、実はどこにもありません。要するに、「やるか、やらないか」の違いだけなのです。

リクルートでの就職情報誌統括編集長という立場をあっさり辞めて、40歳で映画業界に転身したという著者。

「好き」を仕事にして成功した例であろう。

でも、誰もが「好き」を仕事にできるわけではない。

むしろ、そうでない例が大部分ではないだろうか。

一歩を踏み出した結果、失敗した例も、実は数多くあるだろう。

成功者によく見られる「私のようにやれば成功する」という類の本のような気がする。

私自身は今、「好き」を仕事にしている。

でもそれは結果としてそうなったのに過ぎない。

必死に仕事に取り組んだ結果、今の仕事が「好きになってしまった」のである。

世の中、このようなパターンの方が圧倒的に多いのではないだろうか。

2015年5月 9日 (土)

わるいやつら(下)/松本清張

Photo 世間は、女性といえば必ず弱い者と決めている。一番腹黒いのは女ではなかろうか。

何度も映画化・テレビドラマ化されている本小説。

確かに、読んでいるとどんどん引き込まれていく。

何より、出てくる人物が全部「わるいやつら」だというのは興味深い。

そして中でも一番「わるいやつ」は誰か?

実は、意外な人物だった。

それが最後の一場面であきらかになるというオチがついている。

この展開の仕方、見事だ。

2015年5月 8日 (金)

わるいやつら(上)/松本清張

Photo 戸谷信一は、金のない女にはその場かぎりの魅力しか感じない。どのように美しくても、経済力のない女は虫のように無価値だった。

この小説の主人公、戸谷信一という男、非常に分かりやすい性格をしている。

カネが価値観の全てといってもよい。

女性は金づるとしか考えていない。

そしてそのためには、殺人をもいとわない。

また、他の登場人物も「わるいやつら」ばかり。

その意味で非常によく練られたタイトルだと言える。

2015年5月 7日 (木)

なぜハーバード・ビジネス・スクールでは営業を教えないのか?/フィリップ・デルヴス・ブロートン

Photo 最高のセールスマンになれる技術があれば、この社会のどこにいても成功できるだろう。他者を読み、戦略や行動を目的に合わせて変えることこそ、人生における成功の秘訣なのだから。

私自身、15年間セールスの仕事をやってきた。

それが現在の仕事にどのくらい生きているのかは計り知れない。

セールスとは、「自分の思いを相手に伝えて相手の心を動かして行動を起こしてもらうこと」と定義できる。

そう考えると、私たちは日々、様々な場面でセールスをしている。

セールスマンでない人だって、毎日のように、部下に、同僚に、上司に、自分の家族に、友達に、異性に、何かを売り込んでいる。

これらは全てセールスといえる。

セールスという仕事は、資格もいらず誰でもできるという理由で不当に低く見られている面がある。

しかし、本来は人間としての総合力が一番問われる職業である。

また、勝った者が報われるという非常に分かりやすい世界でもある。

まさに、セールスとは生きることそのもの、人生の縮図といえるのではないだろうか。

2015年5月 6日 (水)

「質問力」で、仕事は9割うまくいく/秋庭道博

9 質問をする人に対して、われわれは一見、その人が、
 「ものを知らない人」
 「話がわからない、理解できない人」
 だと思ってしまいがちです。
 ですが、本当はその人は、
 「自分が、〝何を知らないのか〟を知っている人」
 「自分が、〝どこがわからないか〟をわかっている人」
 なのです。

仕事ができる人かどうか、それは、どれだけ自分の仕事に問題意識をもって取り組んでいるかということにかかってくる。

問題意識は問いかけにつながる。

他に対しての問いかけもあるし、自分に対する問いかけもある。

それが他に対する質問や、自分に対する質問になる。

そしてその質問を発することによって新たな問題意識が生まれる。

つまり質問をするということは、仕事をうまく回すためのツールの一つと考えてもよい。

いずれにしても何の質問もないということは、何の問題意識も持っていないということと同意語だといってもよい。

質問がないということが最大の問題だということではないだろうか。

2015年5月 5日 (火)

部下は取り替えても、変わらない!/藤本篤志

Photo 「部下のやる気は変わらない」ことを前提にマネジメントするのは、やる気という非科学的なものに頼らないということにもつながるので、マネジメント手法が具体的なものになるという長所があります。

基本的に中小企業には「優秀」な人材は入社してこない。

「凡人」の部下を戦力にするうえで、やる気を高めるという方面からのアプローチほど、意味のないものはない。

同時に、「やる気がある」のが当たり前で「やる気がない」時点でその部下はダメ、という発想も捨てる必要がある。

それよりは、優秀な人と縁がないことを前提にマネジメント技術を磨くのが、健全なあり方。

中小企業の一番の問題はマネジメントがないということ。

そして業績が上がらないのは社員のやる気の問題だという。

だから「やる気を出せ」「頑張れ」という言葉が飛び交う。

そうではなく、極端な話、やる気がなくても一定の業績が上がる仕組みを作ることが大事。

または、自然とやる気が出るような仕組みを作ること。

これがマネジメントである。

中小企業にはこれが圧倒的に欠落している。

2015年5月 4日 (月)

石油崩壊/多湖敬彦

Photo_2 「石油の危機は、食糧の危機である」――これこそがピークオイル論者が声を大にして訴えるメッセージであり、だれもが無関係でいられない深くて重い命題といえる。

現在、産油国65か国中、49か国で石油生産は減退を始めているという。

つまり今後、世界のほとんどの産油国は減産へと向かうことになる。

そんななかで、増えつづける石油需要はますます中東を中心に限られた産油国へと集中していくことだろう。

良質で安価な石油は次第に少なくなっている。

したがって長期的なトレンドで見れば、石油価格が上がりつづけることは間違いない。

そしてこの問題は食糧問題でもあるということ。

農業の近代化は、人手を要する作業のシステムを機械中心へと変えてきた。

トラクターやコンバインひとつ取っても、今の農作業は石油なしには成り立たない。

いずれにせよ、世界の大油田がピークを打って減産するという事態は、人類が初めて迎える経験であるといえよう。

2015年5月 3日 (日)

絵本を読むと「天職」が見つかる/中越裕史

Photo 「普通」を物差しにした基準は、多くの人を苦しめます。
 「子どもは普通、学校に行くもの」。そんな考え方がなければ、いじめられっこはつらさを抱えて学校に行くこともなく、自殺しなかったかもしれない。
 「普通はいくらしんどくても、会社をやめてはならない」。そんな考え方がなければ、仕事でうつになって自殺する人は、ずっと少なかったかもしれない。

「普通」という言葉、もしかしたら日本人をもっともよく表している言葉かもしれない。

自分が「普通」であれば取り合えず安心する。

自分が「普通」でないとなんとなく居心地が悪い。

「普通」であることがすべてのモノサシになってしまっている。

「普通」という病といってもよい。

でもこの病から解放されると、本当に生きることが楽になる。

「天職」を見つけつには、まずこの「普通」という病から解放されることが第一歩なのではないだろうか。

2015年5月 2日 (土)

ソニーをダメにした「普通」という病/横田宏信

Photo かつてソニーは、奇人変人ばかりだった。その奇人変人の中でも、さらに尖がった人たちが集まる「奇人変人の会」もあったほど(笑)。もっともっと尖った人が入ってくるような企業でなくてはならないし、その人たちが住みにくくなったら駄目なんです。

今のソニーは「普通」という病に侵されているという。

一昨日、3年ぶりに黒字回復というニュースが報じられたが、完全復活には程遠い。

今のソニーの問題点は何かといえば、「優等生ばかりになってしった」ということになろう。

ソニーというブランドの上にあぐらをかいて、実績もないのに自分たちは優秀だと思いあがっている社員が増えてきているという。

もともとソニーは、出る杭を求める企業だった。

だが、最近では、親が子どもを最も入れたい企業の上位にランクされる常連である。

ソニーの設立趣意書「自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」という言葉は有名だが、その創業者の想いが今はどこにも残っていない。

ソニーという社名は同じでも、もはや他の企業になってしまったという印象である。

ソニーのかかってしまった「普通」という病は、不治の病になってしまったのかもしれない。

2015年5月 1日 (金)

超訳 松下村塾/松宮義仁

Photo「諸君、狂ひたまへ。」

 吉田松陰は総理大臣を二人も育てた教科書に載っている偉人と聞くと、誰もがお行儀の良い人物を想像すると思いますが、実際の松陰先生はかなりクレイジーな一面も持っている人だったようです。

この言葉、松陰の人格や人生をもっとも端的に表している言葉ではなかろうか。

ペリーの船に乗り込み、密航を企てたものの失敗し、牢屋にぶち込まれたり、

老中暗殺を計画し、またも牢屋に入れられたりと、正に普通ではない。

しかしこの言動が多くの人物に影響を与え、日本を変えた。

この言葉で思い出すのはスティーブ・ジョブズの「ハングリーであれ、愚かであれ」という言葉。

ジョブズもある意味、変人である。

世の中を変える人は常人は思いつかないことを考え、実行する。

狂うという文字は、クレイジーという意味ではなく、本来は「自分でも持て余してしまうような情熱」を指すという。

常識に囚われず、狂ったかのように自分の信じる道を往くことでしか、大きな改革は成し遂げられないということなのかもしれない。

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