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2015年5月20日 (水)

[新訳]留魂録/松浦光修

Photo はてしなく広がる宇宙には、一つの“理”がつらぬかれていて、それによって、この世があります。はるかな過去の先祖たちから、私たちにいたるまでつながっている生命には、一つの“気”がつらぬかれていて、それによって人の生命があります。
 人というのは、その“理”を自分の心にし、その“気”を自分の体にして、この世に生まれているのです。したがって、体は“私”のもので、心は“公”のもの……といえるでしょう。

この文には、松陰の世界観、死生観がよく表れている。

松陰は強さ、優しさ、激しさを兼ね備えている。

人は、どうすれば、これほどまでに強く、優しくなれるのか?

私には、よくわからない。

しかし、この一文を、読むと、そのヒントくらいは見つかるような気がする。

それは松陰が、「私」のことは、ほとんど考えておらず、心にあるのは、ただ「日本」という「公」のことだけであった、ということ。

思えば、戦後の日本人は「個人主義」という美名のもと、「私」のことだけを考えるように、マスコミや学校や家庭で、さんざんしつけられてきた。

「公」のことより、「私」のことを優先させる人が続出した。

それが今の日本だと思う。

「公」のことを考えるのは、「古臭いこと」とか、挙句の果て「軍国主義につながる」などとされる。

ある種の洗脳だと思う。

自分はどのような存在なのか?

何ゆえに生きている、いや、生かされているのか?

考える必要があるのではないだろうか。

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