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2015年7月の31件の記事

2015年7月31日 (金)

まだGHQの洗脳に縛られている日本人/ケント・ギルバート

Photo 戦後占領期にGHQは、検閲等を通じて日本人に施した「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)」というマインド・コントロールによって、日本人を徹底的に洗脳し、武士道や滅私奉公の精神、皇室への誇り、そして、それらに支えられた道徳心を徹底的に破壊することで、日本人の「精神の奴隷化」を図ろうと試みたのです。

GHQによる占領は、7年間で終了した。

日本はサンフランシスコ講和条約の締結により、形式上は独立国の主権を取り戻した。

ところが戦後70年になる現在も、日本人のマインドコントロールはほとんど解けていない。

特に根が深いのが、教育界とマスコミではないだろうか。

日教組が率いる教育界と、大手マスコミは、「愛国心」という概念を、諸悪の根源であるかのようなレッテルを貼っている。

日本の教育界は「平和を謳えば戦争は起こらない」という、まったくデタラメで無責任な空論を子供たちに教え込んでいる。

私自身、このマインドコントロールに長い間、かかっていた。

それに加えてメディアは、近隣の反日国家の実態をほとんど報道しない。

その結果、日本人の感覚の中から、大きな常識的思考が失われてきた。

その一つが、日米安保条約に対する感覚である。

日米安保条約は純然たる「軍事同盟」である。

双方に軍事的メリットがなければ同盟を維持する必要すらない。

アメリカは、自分の国を守ることすらしない他国民を守るために、アメリカの若者に大量の血を流させるようなことはしないだろう。

たとえ条約があったとしても、アメリカの世論はそれを許さないであろう。

この当たり前のことがわからない日本人はやはりマインドコントロールにかかっていると言わざるを得ないのではないだろうか。

2015年7月30日 (木)

虚報の構造/井沢元彦

Photo 朝日新聞OBの稲垣武氏は次のように証言する。
「この時期の広岡社長は、日中国交回復の推進が自らの使命だとの思い入れがあったと思う。当の広岡社長が『中国文化大革命という歴史の証人として、わが社だけでも踏みとどまるべきである。そのためには向うのデメリットな部分が多少あっても目をつぶって、メリットのある部分を書くこともやむを得ない』という趣旨の発言を社内の会議などでしていたことは、私も社内のいろんな人間から聞いている」『朝日新聞血風録』

この言葉、大手新聞社の社長の言葉とは思えない。

事実を伝えるのが使命である新聞社の社長が、事実を曲げて報道することを勧めているのである。

しかもそこには自分たちのねじれた思想が根底にある。

この体質が朝日の数々の誤報を生んだのであろう。

最近も吉田調書や吉田証言の誤報問題があった。

しかし、「そのためには向うのデメリットな部分が多少あっても目をつぶって、メリットのある部分を書くこともやむを得ない」

という言葉を聞くと、誤報ではなく、意図的な捏造だったのでは、と勘繰りたくなる。

もしそうだとすれば、その罪は重い。

2015年7月29日 (水)

石原莞爾 アメリカが一番恐れた軍師/早瀬利之

Photo「あの日露戦争は日本の敗北だ。ロシア革命後のソ連は、満州も朝鮮も彼らのものと思っている。彼らは教科書にも、ソ連領土を取り戻そうと書き、子供たちに教えている。必ず満州に攻めてくるだろう。日露戦争は一時の休戦状態にすぎない。それを前提に考え直すことだ」

石原は関東軍作戦参謀として、柳条湖事件を起し満州事変を成功させた首謀者であるとされている。

どちらかというと「悪」のイメージの強い人物である。

しかし、関連する書物を読んでみると、良い意味でも悪い意味でも「異端児」であったということがわかる。

例えば、上記の石原の言葉。

日露戦争に勝利し、日本全体が戦勝気分にあったとき、「あの日露戦争は日本の敗北だ」と言っている。

今風に言えば、KY(空気を読めない)言葉である。

しかし、あの日露戦争の成功体験が軍部にマイナスの影響を与えたことを考えると、この指摘は当たっている。

日露戦争をしっかりと検証していれば、その後の軍部の行動は変わったかもしれない。

単なる、感覚や気分で受け止めたので、歴史の教訓とはならなかった。

そのことを考えると、石原という人物、当時では珍しく戦略的思考の出来た人物だったということがわかる。

2015年7月28日 (火)

だから、日本人は「戦争」を選んだ/岩田温

Photo「先日のテレビを見て被害に遭った方はいませんでしたか?」
 おもむろに教授が学生に質問します。多くの学生が教授の質問の意味を分かりかねて、黙り続けていると、教授は更に続けます。
「近頃はサッカーのワールド・カップなどで国歌が流れ、国旗が掲揚されます。こういう映像を見せられて精神的な苦痛を受けた方はいらっしゃいませんか?私は偶然テレビを見なかったので被害に遭わずに済んだのですが…」
 学生たちは真剣な様子で教授の話をノートに書き写します。
 驚くべき光景ですが、これは架空の話ではありません。私が早稲田大学の大学院にいたとき、実際に受講した講義の一場面です。

上記のようなエピソード、教育現場では日常的に見られる光景である。

日本では「日の丸」「君が代」を特別に憎悪する人々が一定多数存在し続けている。

国旗や国歌に対して、それが軍国主義や侵略の象徴だということから反対・反発している人が多くいる。

海外では、たとえ極左の人や団体であっても、国旗や国家は否定しない。

ここに日本の異常さがある。

今国会で行われている安保法案関連の議論も異常である。

集団的自衛権という同盟関係を維持するためには必要不可欠な権利について大真面目で議論されている。

我が家では新聞は日経と毎日を取っているが、特に毎日の論調はあまりにも感情的だ。

今こそ歴史、特に近代史をしっかりと学ぶべき時ではないだろうか。

2015年7月27日 (月)

動機/横山秀夫

Photo「お前、何か話したろう、ゆうべ」
「だから、二渡さんからリンゴが──」
「違う。そうじゃなくて」
「ああ、幸ちゃんのクラスの話?絵の具をこぼしちゃった子がいて──」
 それだ。
 床にこぼした絵の具をごまかすために、バケツの水をぶちまけた。
 その構図だった。
 一冊の手帳紛失を隠蔽するために、二十九冊の手帳を盗んだ──。

警察手帳30冊が盗まれた。

内部の者の犯行か、それとも外部か?

もし、マスコミに漏れれば、大不祥事。

警察の威信は失墜する。

主人公、貝瀬はその調査を命じられる。

捜査は難航する。

そんな中、妻とのちょっとした会話から解決の糸口をつかむ。

「誰かが、警察手帳を紛失し、その隠蔽のために、他の29冊を盗んだ」と。

そのカンは的中し、犯人が割り出される。

ちょっとした閃きから、物事の解決への道が開かれる。

推理モノにはよく使われる手法だが、著者のこの使い方、絶妙である。

横山氏の、全4話の短編集、何れも完成度が高い。

2015年7月26日 (日)

カスタマイズ/アンソニー・フリン&エミリー・フリン・ヴェンキャット

Photo カスタマイゼーションは単なるトレンドじゃない。2040年までには、食べるもの、着るもの、車、広告、海外旅行と、消費者の買うものすべてが、個人の好きなようにカスタマイズされるようになる。ありとあらゆるものが。

カスタマイズ、つまり「特注」「個人仕様」

これがこれからのビジネスのキーワードになる。

この主張、その通りだと思う。

なぜなら、カスタマイゼーションは昔から人間が持っていた根本的な欲求だからである。

ただ、昔はテクノロジーがそれに追いつかなかった。

まだモノが市場にあふれていない時代、大量生産が当たり前だった。

消費者は、大量生産品を受け入れる以外の選択肢をもたなかった。

誰もが個性的になれるテクノロジーがなかった。

しかし時とともに技術が発達し、今では選択肢が広がった。

やっと、テクノロジーが人間の欲求に追いついた。

あらゆる製品で個人仕様が可能になった。

カスタマイゼーションは、昔から人間がもっている欲求に訴えかけるという点でも、すばらしいビジネスである。

人と違うものをもちたいというのは、人間本来の欲求である。

今後、これをどのように戦略に組み込むかが、多くの企業にとっての生き残りのカギを握るのではないだろうか。

2015年7月25日 (土)

もう一度あなたの奥さんになりたい/角田識之

Photo「妻はパチンコ自体よりも、ここで接してくれる君達が好きで毎日来ていました。“早く元気になって皆さんに会いたい”と伝えてくれと頼まれました。こんなことを言ったら失礼ですが、パチンコ店の皆さんから千羽鶴を頂くとは思ってもみなかった。ほんとうにありがとう」

本書は、職場で起きた感動的なエピソード集。

上記は、大阪の南部、堺市に位置するパチンコ店「パーラーアルサ」のエピソード。

この店、一店舗経営の典型的な零細経営。

「お客様のお名前大捜査線」というユニークな作戦を展開し、お客様との絆を深めている。

まず最初に始めたのは、手書でのお礼状。

その次が、お客様を「お名前で呼ぶ」というもの。

小さなパチンコ店でも、お客様は数百人、数千人に登る。

当然、社内でも反対意見があった。

「そんなことできっこない」と。

それを乗り越えさせたのが、上記のようなお客様の声。

「自分たちのやっていることは意味のあること」

「お客様に喜ばれている」

これが多くの困難を克服する力となる。

小さなパチンコ店が地域を変える。

希薄になりがちな人間関係の絆を紡いでいく。

目指すは『お客様幸せ支援業として、日本一ご縁を大切にする会社になること』と社長は言う。

『お客様幸せ支援業』、いい言葉だ。

小さくても、考えぬけば、自らの存在価値を高める方法は、いくらでもある、ということであろう。

2015年7月24日 (金)

キーパーソン・マーケティング/山本晶

Photo ブランドの好意的なクチコミを広めてもらうためには、マーケターは圧倒的な高便益、新規性、希少性、意外性、心を揺さぶる感動、聞いた人が唸るようなストーリー性などの性質を持った情報をクチコミ発信者に提供することが重要なのです。

たとえば2020年夏季オリンピックの東京開催が決定した瞬間の、首相をはじめとした日本のプレゼンチームが喜びをわかちあう瞬間の写真。

この写真は、フェイスブックで瞬く間に広がった。

これは「感動」ということであろう。

問題は、この「圧倒的な高便益」「新規性」「希少性」「意外性」「心を揺さぶる感動」「聞いた人が唸るようなストーリー性」をいかに創るかということ。

広告を実施するだけの予算がないので、お金のかからないクチコミで広めたい、というのはよくある話。

確かに、広告、とくにマス広告はお金がかかる。

消費者が無料で製品・サービスを広めてくれるなら、こんなにいい話はない。

しかし、本書を読んでわかるのは、そんなに甘い話ではない、ということ。

通常のマス広告と同等か、あるいはそれ以上の戦略性が必要になってくる。

クチコミを「お金のかからない手軽な方法」と、自分に都合よく受け取らないことである。

2015年7月23日 (木)

我が闘争/堀江貴文

Photo_2 大切だと思っているのは二つだけ。力を抜いて流れに身を任せること。そして目の前のことにひたすら熱中すること。そうしていれば人は、いつの間にか、自分が在るべき場所にたどり着くことになる。

この考え方、至極まっとうである。

しかし、これができる人はそうザラにはいない。

多くの人は、流れに身を任せることができない。

流れに逆らい、迷い、目の前のことに熱中できない。

もっとましな仕事や人生があるのでは、と迷い、目の前の現実に向き合おうとしない。

潔さ、開き直り、といったものがないのかもしれない。

結果、全てのことが中途半場。

結局、何もモノにならない。

成功する人と、成功しない人との違いなのかもしれない。

2015年7月22日 (水)

出口のない海/横山秀夫

Photo「勝とうが負けようが、いずれ戦争は終わる。平和な時がきっとくる。その時になって回天を知ったら、みんなどう思うだろう。なんと非人間的な兵器だといきり立つか。祖国のために魚雷に乗り込んだ俺たちの心情を憐れむか。馬鹿馬鹿しいと笑うか。それはわからないが、俺は人間魚雷という兵器がこの世に存在したことを伝えたい。俺たちの死は、人間が兵器の一部になったことの動かしがたい事実として残る。それでいい。俺はそのために死ぬ」

死が間近に迫った人間はどんなことを考えるのだろう。

人間魚雷回天に乗ることが決まった主人公並木。

数か月後には必ず死ぬと人生の終わりを決められてしまった並木は、死の意味を考え出す。

「何のために死ぬのか」と。

国のため、天皇陛下のため、家族のため、恋人のため、・・・等々。

そんな心の彷徨の結果たどり着いたのがこの言葉。

「俺たちの死は、人間が兵器の一部になったことの動かしがたい事実として残る。それでいい。俺はそのために死ぬ」

戦争は人を狂わせる。

多かれ少なかれこのような部分がある。

だからこそ、戦争は決してしてはならない。

起こさせてはならない。

改めてそう思った。

2015年7月21日 (火)

影の地帯/松本清張

Photo 田代はその紙片に書かれた、走り書きを読んだ。
「あなたは、今の興味から遠ざかってください。でないと危険が及ぶかもわかりません。
       
富士山をのぞいた女
                            カメラマン様」
 田代はどきんとした。
「この紙をくれた人は、どこにいる?」
 顔を上げてきくと、
「はい、その方は」
 喫茶店の女の子は微笑して、
「あっちの入口から出て行かれました」
 と、奥の方へ指をさした。

テレビで本書を原作にしたドラマをやっていたので、読んでみた。

読んでみると、テレビと内容は全く違う。

はっきり言って、小説の方が十倍面白い。

長編だが、最初から最後まで一気に読ませる筆力はさすがである。

中でも、ときどき登場する若い女が謎めいていて魅力的だ。

主人公の田代にある時は警告を発したり、またある時は助け出したり、重要な場面で顔を出す。

このような女は、映像だとそのものずばり顔が出てくるのでかえって神秘性が失われる。

テレビドラマでは矢田亜希子が演じていたが、顔を見た途端、イメージが固まってしまう。

ところが小説だと頭の中で姿かたちを想像するしかない。

そのことがかえって想像力をかきたて女を魅力的にする。

小説を読むことによって「想像力が養われる」という面は確かにあるのではないだろうか。

それが小説を読む効果なのかもしれない。

2015年7月20日 (月)

シンプル・ライフ/ソレン・ゴードハマー

Photo グーグルの例を紹介しよう。共同創業者セルゲイ・ブリンは、年に一回、産業界のリーダーたちが一堂に会するウェブ2.0サミットで、グーグルの成功について尋ねられて、次のように述べた。
「過去七年間、わたしたちが成功を収めてこられたのは、運によるところがいちばん大きいと思います」
びっくりさせられる正直な答えだった。謙遜のようにも聞こえるが、この言葉には真実が含まれている。

「成功したのは運によるところが大きい」

多くの成功者がこう言う。

これは何も自らの努力を否定する言葉ではない。

むしろ、成功者ほど自分にできることに力を尽くしている。

しかし、成功している人ほど、自分にはコントロールできない要素がいくつもあることを知っている。

それを「運が良かった」と表現する。

しかし、よくよく考えてみると、成功者にもそうでない人にも、チャンスは平等に訪れるのではないだろうか。

問題はそのチャンスを確実に活かすことができるかどうか、ということ。

成功者はチャンスを確実にものにする。

対して、成功出来ない人は、チャンスが来たことすら気づけない。

こんなところではないだろうか。

わたしたちは努力しだいで、成功の可能性を高められる。

これまで数々の経営者と話をしてわかったのは、努力と偶然性のバランスが成功の決め手になっているという事実である。

2015年7月19日 (日)

これから日本で起こること/中原圭介

Photo 私は「安倍首相は本当に運がいい人だ」と思っています。原油価格の急落はアベノミクスによる景気低迷や国民生活の痛みを緩和してくれるだけでなく、アベノミクスの失敗から政権が退陣に追い込まれるリスクまでも軽減してくれるからです。

著者の立場は、反リフレ派、反アベノミクスだ。

アベノミクスの第1の矢、第2の矢は間違い、第3の矢である成長戦略のみで良い、という。

そして、もうとっくにアベノミクスは破たんしてもよいのだか、これまで持ちこたえているのは運が良かったからだという。

でも、滔々と自らの主張を繰り返し、最後にそうならないのは「運が良いから」というのはどうだろう。

逆に、成功者は「運がよかった」ということをよく言う。

「運」を見方につけるのも実力のうちなのではないだろうか。

2015年7月18日 (土)

なぜアメリカは日本に二発の原爆を落としたのか/日高義樹

Photo ハドソン研究所で日本の平和憲法第九条が話題になったときに、ワシントン代表だったトーマス・デュースターバーグ博士が「日本の平和憲法はどういう規定になっているのか」と私に尋ねた。
「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」
 私がこう憲法第九条を読み上げると、全員が顔を見合わせて黙ってしまった。一息おいてデュースターバーグ博士が、こう言った。
「おやおや、それでは日本は国家ではないということだ」

今、日本の安全保障政策が変わろうとしている。

マスコミはそれを否定的に捉えている。

国民の理解も得られていないようだ。

しかし、この状態、世界のスタンダードから見れば、異常なことではないだろうか。

憲法9条を保持しているということ自体、独立国家ではない、といっているようなものである。

ただ、憲法9条があるから、日本はこれまで戦争に巻き込まれなかったと、まるで信仰のように信じている人が多い。

今、国会周辺で集団的自衛権反対のデモを行っている人たち。

どの位、その意味を理解しているのだろう。

日本はいまや原点に立ち戻り、国家と戦争、そして核について考えるべきときに来ている。

日本が変わるには、考えたくないことでも考えなければならない。

そうしなければ次の一歩を踏み出すことができないのではないだろうか。

2015年7月17日 (金)

天皇と原爆/西尾幹二

Photo 平和というまことを奉じれば、平和は守れると思っている。それは戦争前、日本人がまことをもって戦えばアメリカにも勝てると思い込んだのとまったく同じなんですね。もちろん平和は大切ですが、平和主義は大切ではない。この区別がついていないのです。思考停止です。そのため世界で何が起こってるのかが半分しか見えない。現代が見えないだけでなく、歴史も半分しか見えない。否、見ようとしない。重大な局面にあった歴史のポイントを歪めて見てしまう結果にもつながります。

安保法案が衆議院で可決された。

野党や左翼マスコミは強行採決と書き立てている。

国会周辺では「戦争法案反対」とデモが行われている。

しかし、平和主義と平和を守ることとは違う。

平和を唱えていても平和が守れないのは歴史を見ればわかる。

戦争の時代の歴史を考えていく時に、「平和、平和」と表向き言っている人が、本当に平和を拡大して維持できたのか?

逃げ腰の平和みたいなことを言いつづけて時局を停めていることが、巨大な戦争を最終的に招いてしまうことが運命のようにある。

戦うべき時に敢然と戦う意思があったならば、すべてがそこで解決したことだってある。

平和を言い続けることがかえって平和を損なう結果になることがある。

日本の現代史をずっと見ていると、そう思えてならない。

逆説的だが、平和主義者がいつも戦争を起こしている。

あるいは、深刻化させている。

日本人の大部分は今でも平和を唱えていれば平和になると思いこんでいる。

やはり日本は「言霊の国」なのだとつくづく思う。

2015年7月16日 (木)

ビジネスで必要なことはすべて一流アスリートから学んだ!/森健次朗

Photo イチロー選手は、2~3月のキャンプ時のインタビューで「今の調子は?」というインタビュアーの問いに「まだボールを見ているレベルですね!感じれていませんね!」と語ったといいます。これを聞いて「何を言っているの?」と、思われるかもしれませんが、実はこの言葉には意味があります。
 イチロー選手にとって、「視覚(目)、聴覚(耳)、臭覚(鼻)、触角(皮膚)、味覚(舌)」の五感すべてを使ってボールを捉えた結果が「感じる!」であり、視覚の目だけでボールを捉えているだけの、この時期の調子を「見ているレベル」と表現しているのです。

このイチロー選手の言葉には、ハイパフォーマーになるためには何が必要か、その要素が凝縮されている。

私たちも、あるスキルを習得する場合、「身体で覚える」という言葉をよく使う。

これは正にイチローの言う「感じる」ということであろう。

仕事のレベルを上げるためには、五感一つひとつの精度を上げること。

五感を使っての受信ができなければレベルの高い発信はできない。

発信が運動神経など行動する神経。

受信が感覚神経になる。

一般的にスポーツでは運動神経のことがよく言われるので一般選手は発信である運動神経を主にトレーニングする。

しかし、一流選手のトレーニングでは感覚神経(受信)もしっかり鍛えるという。

人体の感覚神経=受信には五感があり、人間は受信した情報を発信すると捉えると、いろんな場面での応用が可能になる。

そして、受信精度アップが素晴らしい発信を生み出す。

これをビジネスの場面にそのまま当てはめれば、「ビジネス感度」を上げるということになろう。

仕事のレベルを上げるには、五感で仕事を捉えることが必要ということではないだろうか。

2015年7月15日 (水)

本質思考/平井孝志

Photo_2 最終的なチェックのポイントは、自分が考えたことが面白いかどうかを確認することである。モデルが本質に近ければ近いほど、きっとその内容は面白いはずである。なぜなら、まさに見えなかった本質が見えてくることで、人は新鮮な驚きを感じ、それが面白さにつながるからである。単純な問題の裏返しは、決して面白くない。

ビジネス上の問題解決をするためにモデルを描く場合、そのモデルが本質に近ければ近いほど、その内容は面白い、とのこと。

面白さを感じるときは、物事を動的に捉えている場合が多い。

単なる静止画、スナップショットには面白さはない。

つまりモデルから連想されるダイナミズムに面白さがある、と。

この言葉を読んで、以前読んだ楠木建氏の「ストーリーとしての競争戦略」を思い出した。

楠木氏は優れた戦略は、ワクワクするといった類のことを言っていた。

つまり本質的な問題に近ければ、内なる自分が反応する、ということ。

逆に言えば、このような面白さ、ワクワク感がないものは本質をとらえていないともいえよう。

「面白い」「ワクワク感」とは極めて感覚的なものだが、この考え方、本質をついているのではないだろうか。

2015年7月14日 (火)

読んだら忘れない読書術/樺沢紫苑

Photo 直感とは、人間の膨大な知識と経験というデータベースにもとづいて、無意識下で瞬間的に行われる判断のことです。人間の行動の99・9%はいちいち思考することなく、無意識下の「直感」によって行われているのです。

読んでみたら、本書に書いてあることの8割位は既に実行していた。

むしろ、興味深かったのは、直感を信じて、従う「直感読書術」の項目。

直感とは単なるヤマ勘ではなく、ちゃんとした根拠があるというもの。

だから、しっかりとした「経験値」があるのならば、直感こそがその人のベストの判断軸だということがいえる。

読書の場合でいえば、本をたくさん読めば読むほど、自分にとって「良い本」「役に立つ本」についてのデータベースが充実していく。

すると、直感で正しく判断できる確率が高まっていく。

たくさん本を読む読書家の直感は正しいことが多い。

自信を持って、その直感を信じて本を選ぶべし、というもの。

読書に限らず、「経験値」の蓄積がある分野については、自信をもって直感に従ってよいのではないだろうか。

特に今のようなスピードが求められる時代においては。

2015年7月13日 (月)

憲法の条件/大澤真幸、木村草太

Photo 「憲法守って国滅ぶ」などと揶揄する人もいますが、憲法に基づいて国家権力を行使せよという立憲主義の思想にコミットしていない人から見ると、とてもバカバカしいことをやっているように見えるでしょう。でも、われわれは日本国憲法を、物事を客観視するための出発点として設定しているわけです。
 そういう意味で、憲法には正解が書かれているという前提で考えねばなりません。

今、ほとんどの憲法学者が集団的自衛権は違法であると言っている。

だから国会で審議されている関連法案は破棄すべきであると。

本書は社会学者の大澤氏と憲法学者の木村氏との対談だが、

つくづく感じるのは、世間ずれしているということ。

特に木村氏の場合、それが鼻につく。

確かに自らの専門分野に従って理論を構築しているのだが、何かそこに違和感がある。

今、日本に起こっている現実の危機に関してはほとんど触れない。

つまり、リアリティがないのである。

あくまで持論を展開する。

憲法を守らなくていいとは言わないが、

もし、憲法学者の言う通りに政治家が国を導いたら、間違いなく日本はおかしくなると思ってしまった。

2015年7月12日 (日)

コンテキスト思考/杉野幹人、内藤純

Photo「コンテキスト思考」を身につけることで、他の企業や人が生み出せていない「おもしろい成果」を生み出せると、結果として他者よりも〝一歩先〟に進むことができる。

「コンテキスト思考」とは、「モノゴトの裏にある物理的に認識できない〝コンテキスト〟(背景、前後関係、文脈など)を能動的に洞察する思考法」

これに対して、「音声、文字、数字などの物理的に認識できるものに論理や分析などを加える〝コンテンツ〟ベースの思考法」を「コンテンツ思考」と本書は定義している。

今、「コンテンツ」を重視した欧米流の分析手法が巷にあふれている。

ロジカルシンキングやMBAで学ぶ手法などは全てそうである。

これらはいったん学べば、それを使う誰もが同じ結論を出せる。

逆に言えば、モノゴトを考える際に考えることの効率性を上げるものではあるが、誰もがそれを身につけてしまえば、なんの差別性も生み出すものではないということ。

1980年代までの日本は、長期雇用のもとで「コンテキスト」を無意識的に共有できていた「あ・うんの時代」だった。

これがこの時代の日本企業の強さを支えていた。

つまり、日本は本来持っていた良いものを欧米流の合理的な経営手法によって失ってしまったといえる。

日本人は「空気を読む」という言葉に象徴されるように、コンテキスト思考に優れている。

「行間を読む」などといった言葉も日本独特であろう。

またコンテキスト思考をするためには「ぶれない自分軸」を持つ必要があるという。

このような時代に「おもしろい成果」を生み出すための要件は、数多ある選択肢の中から、常に自分に最も「価値」のあるものを迷うことなくすばやく見極めて選ぶという「ぶれない自分軸」を持つことが必要。

「ぶれない自分軸」があって初めて「面白い成果」を生み出すことができる。

「軸」が大事だということは全てのことにおいて共通することかもしれない。

2015年7月11日 (土)

靖國論/小林よしのり

Photo 昭和53年(1978年)、靖国神社は連合国による裁判でいわゆる「A級戦犯」とされた人々14柱を合祀した。
 「1978年にA級戦犯を合祀したから中国が反発した」・・・と山崎拓も言っていたが大ウソである。
 反発したのは日本国内の左翼だけで、合祀の後も大平正芳が3回、鈴木善幸が8回、中曽根康弘が9回参拝したが中国・韓国は全く騒いでいない。

今や国際問題になっている首相の靖国参拝問題。

どうして国内の問題が国際問題になってしまうのか。

内政干渉だと突っぱねてもいいようなものなのだが、それができないところに日本の特殊性がある。

この靖国参拝問題もそうだが、国内の問題が国際問題、特に中韓との問題になるのには一定のパターンがあるようだ。

まず国内の左翼が騒ぎ出す。

次に朝日等の左翼マスコミが騒ぎ立てる。

「○○反対」の大キャンペーンを展開したりする。

するとそれを見た中国や韓国がクレームをつけるようになる。

すると日本の首相は行動を変える。

「これは使える」と感じた中国や韓国は益々これをカードとして使うようになる。

益々問題は深刻化する。

全てがこのパターンである。

「後ろからタマが飛んでくる」

これが戦後の日本である。

異常だと思う。

2015年7月10日 (金)

靖国神社/島田裕巳

Photo 中曽根は、準備を重ね、あえて政教分離の原則に違反する可能性のある公式参拝に踏み切り、それを望む日本遺族会に集う戦没者遺族などの期待に応えた。ところが、中国などからの反発を招くと、それについては十分に予測していなかったのか、その姿勢を貫くこができなくなった。公式参拝の試みは、いとも簡単に挫折したのである。
 そして、結果的にA級戦犯が合祀されていることが問題化することとなった。

靖国神社がA級戦犯を合祀したのは昭和53年のこと。

その時点では諸外国からの反発は起きなかった。

中国などが反発したのは昭和60年、中曽根首相が参拝したときである。

中曽根首相は中国が反発するとその後の参拝を控えるようになった。

その後の日本の首相も参拝を控えるようになった。

つまり外交カードとして使えるということを中国に示してしまった。

ことの発端はブレてしまったこと。

歴史に「IF」はないとはよく言われることだが、

もしあの時代、中曽根首相以降の首相がブレずに参拝を続けていたら、おそらく今のような事態にはならなかったことだろう。

安易な妥協はカードとして使われる。

最近の世界遺産登録における日本政府の妥協を見てそう思ってしまった。

2015年7月 9日 (木)

ビジネスは30秒で話せ!/ケビン・キャロル、ボブ・エリオット

30 アリストテレスは、人を説得するにはエトス、パトス、ロゴスの三要素が重要だと唱えているが、これは要するに人から信頼を得る要素とも言える。

エレベータートークという言葉がある。

ビジネスで成功するためには、たまたまエレベーターで要人と同乗したとき、目的の階につくまでの短い時間で要点をまとめて話せなければならないというもの。

そうでなければチャンスを失ってしまう、と。

いずれにしてもビジネスで成功するにはコミュニケーションのスキルは重要だ。

そして、その意味でも上記のアリストテレスの言葉は印象的だ。

エトスとは道徳的な人格すべてを指す。

頼り甲斐がある、誠実、よい評判といったことも含まれる。

特に、落ち着いた外見や正直な態度は「信頼性がある」というイメージを生む。

パトスとは自分の主張に確信を持ち情熱を込めて話すこと。

情熱は聞き手の感情に働きかけ、話し手の影響力や説得力を増大させる。

優れたリーダーは、このパトスを使って人々にやる気を起こさせ行動させることに長けている。

ロゴスとは相手を納得させるための論理のこと。

自分が言っている内容は、理にかなってわかりやすい筋道を追って構成されているか?

これはまた、信頼できる方法で事実を話しているか、つまり誤ったことを言ったり誇張して話したりしていないかという意味でもある。

主張を裏付ける証拠は相手の興味を持続させ、信頼性を増す。

このアリストテレスの三要素、そのまま活用できるものではないだろうか。

2015年7月 8日 (水)

未来のことは未来の私にまかせよう/黒木奈々

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 海外総支局のIさんから先日メールがきて、うれしくて返信したら、すぐまたメールが返ってきた。
「悲観は感情の問題だけれど、楽観は意志の問題なのだから」
 という言葉を送ってくれた。
 フランスの哲学者アランの言葉。
 人は状況に左右されて悲観的になるが、その中でも常に楽観を貫くには意志の力が問われる。

本書は女性キャスターの闘病記である。

31歳でガンを宣告され、闘病生活にはいる。

彼女を支えたのは、周囲の励ましと言葉だったという。

「悲観は感情の問題だけれど、楽観は意志の問題」という言葉。

ハッとさせられた。

確かに楽観は意志の問題と言える。

楽観的になれば病気の回復も早くなる。

仕事も楽観的になればうまくいくことが多い。

そして楽観は生来のものではなく意志の問題だという。

楽観的な自分は自分で創り上げるものだといえよう。

そしてそれは自分の未来を創ること。

そして人生を創ることなのだろう。

2015年7月 7日 (火)

世界史の極意/佐藤優

Photo 歴史への向き合い方も、私たちはイギリスに学ばなければいけません。本書で何度か紹介したとおり、イギリスの歴史教科書は過去の過ちをふまえて、歴史には国家によって、そして民族によって複数の見方があることを、徹底して教えこもうとしていました。

歴史戦という言葉が最近よく新聞や雑誌の記事に登場する。

国同士、みずからが訴える歴史こそ真実だと主張する。

そして相手の主張する国の歴史を否定する。

これが争いの火だねとなる。

確かに真実は一つなのかもしれない。

しかし、歴史には様々な見方があるもの。

そして国はその歴史を物語として国民に伝える。

しかし、歴史には国や民族によって複数の見方があることを同時に伝える必要があるのではないだろうか。

2015年7月 6日 (月)

翳った旋舞/松本清張

Photo 「三沢君、社長がああおっしゃるのだ。ありがたいことだね」
 と、川北局長のほうは眼を細めている。
 順子は虫酸が走ってきた。
 これまで雲の上の存在と思っていた川北局長が世にもくだらない男に見えてきた。R新聞社で高給を食んでいながら、早くも自己の転身を考えているのである。

松本清張の小説には珍しく人が死なないストーリーとなっている。

主人公は新聞社に入社した新卒新人の女性。

上記抜書きは、彼女が自らの保身を図る上司の振舞を見て、それまで雲の上の存在だった上司が、実にくだらない一人の男に見えてきたというくだり。

こんな体験は誰もがすることではないだろうか。

これまで幻想を抱いていた世の中の様々な事柄のメッキがはがれ、本当のことがわかるようになる。

私自身もこれに似た体験をしたことがある。

でもそれが人の成長だと思う。

「これが現実なんだ」という現実を知ることによって次の一歩を踏み出すことができるようになる。

これを機に主人公は、うぶな世間知らずな娘から、したたかな女へと成長していく。

一人の女性の成長の物語としてこの小説を読んでも面白い。

2015年7月 5日 (日)

ビジネスモデルの教科書/今枝昌宏

Photo_2 プロを雇い、プロの文化を持ってしまった企業にとって、マクドナルド化することは容易ではないと言わざるを得ません。実際、例に挙げたブックオフやガリバーインターナショナルでは、同業種で働いてきた人の雇用を拒否しています。それは、そのような人を雇ってしまうとプロ意識からマニュアルに従わず、ビジネスモデルを攪乱するからです。

要するにビジネスモデルによって求める人材像は違うということ。

マクドナルド化とは、徹底したマニュアル化と仕組み化ということ。

提供価値の種類を絞り込み、均質化した上で価値提供プロセスをマニュアルなどによって定義し、従来のプロフェッショナルによるのと同等なサービスを安価かつ大量に販売して利益を上げるビジネスモデルである。

当然、そのようなビジネスモデルにプロフェッショナルは必要ない。

もし、プロフェッショナル志向の人が入社したらやる気をなくすであろう。

あるいは、しょっちゅう周囲とぶつかるだろう。

でも、今、このマクドナルド化の限界が見えてきた。

今、マクドナルドの業績低下は深刻だ。

風評被害もあるが、それだけが原因ではないだろう。

むしろ、そのビジネスモデルに限界が見えてきたという見方もできるのではないだろうか。

そして、これからの日本は、むしろプロフェッショナルが求められる時代に突入していくのではないだろうか。

2015年7月 4日 (土)

マクドナルド 失敗の本質/小川孔輔

Photo マクドナルドの創業時の店舗には、その後、マクドナルドが成長していく段階で常に直面することになる経営課題が象徴的に表れている。一つ目は、誰を顧客とするのか(好ましいターゲットの選定)。二つ目は、従業員にいかに気持ちよく働いてもらえるかである。マクドナルドは、創業時から事業が大きく拡大した現在に至るまで、この二つの課題と常に闘ってきたと言えるだろう。

上記2つの課題、つまり、「誰を顧客とするのか」「従業員にいかに気持ちよく働いてもらえるか」は、マクドナルドに限らず、ほとんどの企業の課題である。

つまりビジネスの基本とも言える。

ところが、最近のマクドナルドにはそれが見えなくなっている。

前会長の原田氏も、業績好調の時には優れた経営者と評判だったが、今改めて原田時代を振り返ってみると、疑問符のつく経営戦略を取っていたということがわかる。

日本マクドナルドのCEO就任にあたり、原田氏は社員に向けて「赤いバス(マクドナルド)に乗る覚悟があるかどうか」と決断を迫ったという。

原田氏の基本姿勢は、藤田時代の経営姿勢である「日本のことは、日本で決める」とは対照的に、米国流に従うというものだった。

年功序列制は廃止され、給与制度にも成果主義が取り入れられた。

これがマクドナルドの良い点を打ち消してしまったのでは、ということは十分に考えられる。

マクドナルドが日本に定着した、藤田時代の30年間を思い起こしてみると、その店舗はフランチャイジーや従業員にとって、家族や同僚とともに楽しく働ける場所だった。

従業員やクルーは、マクドナルドで人との接し方や礼儀作法を覚え、効率的に作業を遂行するコツを覚えることを通して、自らの成長を楽しみに働いていた。

それはその時代のマクドナルドを経験した卒業生の著書を読むとよくわかる。

マクドナルドのようなサービス業は、企業、顧客、従業員の努力によって支えられている。

マクドナルドでの食事に顧客が満足し、従業員が仕事や待遇に喜びを感じ、企業が利益を生み出すことができて、マクドナルドのビジネスが健全に運営される。

どれが欠けてもダメ。

そう考えると、原田氏の登場によって、マクドナルドが持っていた良いものまで消してしまったのではないかという分析は確かに当たっている。

マクドナルドの失ったものはあまりにも大きい。

今後、果たして復活できるのだろうか。

2015年7月 3日 (金)

リクルートで学んだリーダーになるための77の仕事術/小倉広

77 リクルートという会社では、「自由と自己責任」原則があたりまえのように徹底されていました。あらゆることは自分で決める。つまり、やらされ仕事というものが存在しないのです。

人材輩出企業として有名なリクルート。

どうしてリクルートでは人が育つのか?

「自由と自己責任」というこの言葉に集約されるのかもしれない。

リクルートというと、すぐに思い浮かぶのは自由で楽しい学園祭のような雰囲気。

しかし、徹底した厳しい業績管理もされているという。

つまり自由を謳歌するためには、自己責任という厳しいコインの裏側が必要だということ。

強制は他責を生む。

人が育たない風土をつくる。

人が成長するためには「自責」が必要。

その前提条件は「自分が自由意志によって選んだ仕事」だということ。

自分が選んだ仕事だからこそ厳しい責任を問える。

だから人が成長する。

このサイクルを回すこと。

これをキチンと実行しているのがリクルートという会社なのだろう。


2015年7月 2日 (木)

(日本人)/橘玲

Photo いつまでたっても変わらないのは、変わらないことに合理的な理由があるからだ。

日本人について書かれた本だが、むしろ印象に残ったのは、上記のフレーズ。

ナルホドと思わされた。

確かに「変わらなければ」という言葉は様々な場面で頻繁に使われる。

にも関わらず、「変われない」という現実がある。

例えば公務員改革。

あれほど声高に叫ばれておりながら、何年たっても、政権が変わっても、様々な策を講じても、結局変わらない。

何故なのか?

おそらくそれは今の公務員の制度を日本社会が必要としている「何か」があるからに他ならない。

そしてそのことに合理性があるから。

こう考えるべきだ。

物事は様々な角度で見なければその本質は見えてこない。

2015年7月 1日 (水)

未来を発明するためにいまできること/ティナ・シーリグ

Photo アルベルト・アインシュタインは、こう言ったそうです。「生死のかかった問いを一時間で解かなくてはいけないとしたら、最初の五五分は、問いを考えるのに使う。適切な問いさえわかれば、五分もかからず解けるから」
 問いの立て方を学ぶことは、答えの幅を広げることであり、想像力を伸ばすうえで特に重要です。そしてそれは、経験を積めば自然にできるようになります。

何か問題を解決しようとするとき、必要なのは問題解決のスキルだと考えがちである。

しかし、それよりも大切なのは、「問いを考えること」

「なぜ」で始まる質問をしていくことは、単純なプロセスだが、驚くほど有効なツールであり、解決策の幅をぐっと広げてくれる。

問題を捉え直すには、努力と注意力と練習が必要。

そして、身の周りを新鮮な目で見なければならない。

私たちは無意識のうちに何らかの枠組みをつくっている。

そして、その枠組みの中で問いを発する。

大事なのは、その枠組みに気づくこと。

そして、その枠組みを崩す「なぜ」で始まる質問をしてみること。

こうした方法を練習することで、問題にぶつかった時に、想像力を働かせて解決法を考えられるようになるというのである。

やってみる価値はありそうだ。

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