人間水域/松本清張
「あたしが君のパトロンになる。その代わり、一生、君を放さない」
「うれしいわ」
「その代わり、どのような犠牲を払ってでも、君の前衛水墨画における第一人者の位置を守ってあげる。あたしはこれでマスコミには発言力のあるほうだ」
「存じています」
「現在は、マスコミの世界だ。どのように実力があっても、世の中に知られなくてはなんにもならぬ。テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、あらゆる音響と活字が、永遠に君を守るようにさせる」
清張の小説には珍しく、殺人事件は起こらない。
せいぜい傷害事件くらいである。
題材は、前衛水墨画の世界。
世間的にもそれほど注目されない世界。
そこに自らの美貌を武器にのし上がってきた二人の美女がいる。
実力以上にその美貌でマスコミにもてはやされた二人、
二人ともお互いを批判し合うが、そのやり方は共通している。
更にのし上がっていくために財界の有力者に取り入って庇護を受けようとさまざまな努力をする。
しかし、その先にあったのは、
一人はその美貌に硫酸を浴び破滅の道をたどり、
もう一方も、後から来る新進作家におびえ続ける。
人間の弱さ、醜さ、狡さ、そんなものがちりばめられている。
「人間水域」という題名も、そのことを暗示しているようだ。
人間とは所詮こんなものだ、と、著者が言っているようである。
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