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2015年9月 4日 (金)

「怒らない」選択法、「怒る」技術/苫米地英人

Photo_2 そう。すべては言葉なのです。
 思考を続けるためのエネルギーも、勇気を振り絞るためのパワーもすべては言葉から生まれます。良い言葉を使えば、良い力が生まれるのです。

私たちの情動は、自分の予想していなかったことが起きた時に発生する。

その予想外の出来事が自分にとって好ましいものであれば喜びになるし、好ましくなければ怒りや悲しみになる。

喜びの時には素直に喜べばよい。

悲しみの時には悲しみ泣けばよい。

しかし、怒りの時にはそういうわけにはいかない。

怒りをそのままぶちまけたとき、当然自分に対する周囲の目も変わってくるし、また自分自身も感情的になり、冷静な思考ができなくなる。

だからどうしても怒りを抑えることになる。

問題はここ。

自分は正しいのに怒ることができない、

このジレンマこそが、怒りに関する最大の悩みである。

そもそも怒りは、それをもたらした相手をぶちのめしたときはじめて解消される。

ではそのためにはどうすればよいのか。

怒りを言語化する技術を身に付けること。

そもそも言語野は脳の中でも大きな領域を占めている。

言葉を使うこと自体、脳全体を活性化させるにはもってこい。

その上、思考を言語化することで、情動優先だった脳を論理的思考へ移行させることも可能になる。

しかもそこで使う言葉は、できる限り丁寧であることが重要。

怒りが高まったら、高まった分だけ、言葉も丁寧にする。

それによって、前頭前野はより良い方向に活性化していき、怒りの現場での勝利をもたらす。

怒りに全身を震わせながらも、自分に不利になる行動だけはしない。

これが怒りの現場を勝ち抜く方法。

確かに、その通りなのだろうが、これを身に付けるにはかなりハードルが高そう。

でも、やってみる価値はありそうだ。

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