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2015年10月29日 (木)

逆説の日本史〈13〉近世展開編/井沢元彦

13 江戸時代には確かに「外から見たら鎖国と言わざるを得ない体制」があったことは事実だ。だがその「事実としてある体制」が政府の主体的な意思というよりは、長期的視野を欠く場当たり的な「問題先送り体制」によって作られたことが問題なのである。

江戸時代、鎖国が行われたことは誰でも知っている。

しかし、それは幕府が政策として行ったわけではない。

実態は「なしくずし」に「なってしまった」体制に過ぎない。

つまり、実際に幕府のやったことは、海外からの情報を可能な限り遮断することであった。

それによって、「武装中立」が「永世」に続くと自らも錯覚した。

別の言葉で言えば、幕府は現状を客観的に把握する能力を欠いていたと言ってもいいかもしれない。

幕府が異国船を追い返すことができるのは、異国船に負けないだけの武力があるからだ。

だがこの優位はいつ崩れるかわからない。

だったら当然幕府は、手を打たねばならない。

ところが幕府が実際にやったことと言えばその逆であった。

林子平が『海国兵談』で「このままでは危ない」と警告を発しても、その警告自体を抹殺した。

オランダ国王が「蒸気船というものが出来て鎖国は難しくなった」と忠告しても、まったく真剣に考えようとせず、問題を先送りした。

何が欠けているのか?

歴史に対する認識である。

「なぜそうなったか」を忘れ「状況は変わり得る」ということも忘れる。

そして「一時の現状」に過ぎないものを絶対化する。

これは今も同じではないだろうか。

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