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2015年10月18日 (日)

逆説の日本史〈2〉古代怨霊編/井沢元彦

2 では、太子以後の、諡号に「徳」の字がある天皇たちを調べてみよう。
 実は六人しかいない。
 第三十六代孝徳天皇以下、第四十八代称徳、第五十五代文徳、第七十五代崇徳、第八十一代安徳、第八十四代順徳である。実は、この他にももう一人いたのだが、この天皇のことはすぐ後で触れることにする。この天皇は重大な鍵を握っている。(中略)
 実はこの六人が六人とも、まともな死に方をしていないのである。事実上殺された人もいれば、島流しにあった人もいる。また一見幸福な生涯を送ったように見えるが、実は「無念の死」であり「憤死」であると認められる人もいる。

聖徳太子の「徳」という字は、「無念の死を遂げた怨霊」に贈られる「専用」の字なのだったと著者は言う。

日本では、怨霊が次々に発生し世を惑わす、そういう怨霊は鎮魂して「御霊」すなわち「良い霊」に変えなければならない。

その悪霊から善なる神に転化した時、その転化した人を、当時は「聖」と呼んだらしい。

つまり、「聖」というのは、本来怨霊となるべき人が、善なる神に転化した状態を表現した文字。

これが御霊(怨霊)信仰というもの。

怨霊と御霊の違いは、怨霊はこの世に災いをもたらすタタリ神だが、ひとたびこれを祀り丁重に鎮魂すれば、「私たちを御加護下さ」る「御神霊」になる。

この善なる神に転化した状態を御霊という。

だから、その「聖」と「徳」の名を持つ聖徳太子という名には大きな意味がある、というのである。

著者の大胆な仮説であるが、歴史をこのような視点で見るのは非常に興味深い。

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