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2015年10月21日 (水)

逆説の日本史〈5〉中世動乱編/井沢元彦

5 彼らは「口だけ」で何もしない。そして、さらに悪いことには、それにもかかわらず、自分たちは「実効あることをした」と思い込んでいる。それだけではない、そう確信しているから、往々にして物事に実効的に処置した人間を邪魔にし叱責すらする。

平安時代では歌とは最も有力な政治手段であり、むしろ「政治」そのものであった。

言うまでもなく、それは言霊信仰があったからである。

言霊を皆が信じている世界は、外交も軍事も有事立法も何一つ必要ない。

ただひたすら良い歌を詠み「鬼神」をなだめていれば、平和が訪れ世の中は豊かになるのだ。

言わば、言霊の呪力による呪術政治である。

もちろんそれは、コトダマとケガレという信仰が公家たちにあったためだ。

正確に言えば、彼等は「無責任」なのではない。

いや、実体としては無責任なのだが、主観的には「歌を詠み、歌集を編む」ことによって政治責任を果たしている「つもり」なのである。

平安時代にはこういう公家が政治の実権を握っていた。

でも、これは今もそれほど変わらないのではないだろうか。

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