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2015年10月24日 (土)

逆説の日本史〈8〉中世混沌編/井沢元彦

8 教団とはその宗教(宗派)を広めるために組織された団体である。つまり、あくまで宗教が「主」で教団は「従」でなければならない。
 しかし、人間社会の皮肉は、しばしばこの「主従関係」が逆転することである。教義(理念)を広めるために組織がどうあるべきかではなく、組織を維持拡大するために教義をどう変えるべきか、という発想になってしまう。まさに本末転倒だが、仏光寺派を中心とする真宗各派が、そういう方向へ進んだのも、そういう歴史上しばしば見られる逆説の一つだったのである。

ある理念・目的をもって組織は作られる。

しかし、組織を作った途端、その本来の目的はどこかへ行ってしまい、組織を維持発展させることそのものが目的になってしまう。

それは宗教という組織であっても、企業であっても自治体であっても同じである。

組織というものは、いったん生まれてしまうと本来の理念・目的からはずれてしまうことがよくあるのである。

たとえば戦前の大日本帝国の軍隊がそうだし、戦後の労働団体がそうだ。

軍とは本来国を守るためのものなのに、戦前の陸軍は無理な戦争を起こして国を滅ぼした。

また労働団体とは本来労働者の権利を守るために存在するのに、日本の労働団体の多くは政治運動に熱中した。

しばしば無理なストライキを行なって同じ労働者である国民の権利を侵害した。

宗教も本来の理念・目的をもって組織を作るのだが、その途端、その宗教団体を維持発展させるために教義そのものを変えてしまうようになる。

そしてその組織は権力と結びつくようになる。

織田信長の比叡山焼き討ちも、そのようなことが背景にある。

組織の自己目的化。

歴史は繰り返すとよく言うが、歴史を見ていると、その通りになっていることがよくわかる。

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