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2015年11月 2日 (月)

逆説の日本史〈17〉江戸成熟編/井沢元彦

17 敬親は後世「そうせい侯」と呼ばれた人である。
 「そうせい」つまり「それでよいからそうしろ」ということで、この人は守旧派にも倒幕派にも同じことを言った。だから幕末の名君を代表する四賢侯には数えられていない。しかし、この人こそ最大の「名君」ではないかという評価もないではない。優秀な若者を抜擢し、一度信頼したらすべて任せ、たとえば土佐の山内容堂が武市半平太を切腹させたような、家臣を殺すようなことは一切しなかったのだから。高杉晋作のような世をすねたような暴れ者も、この藩主を慕っていた。その師の吉田松陰を引き立てたのも敬親である。とにかく島津重豪とはまったく異なるタイプだが、家臣に対して極めて寛大だという点で、まさにこの人も「殿様らしい殿様」であった。

毛利敬親は「そうせい候」と言われた。

部下の進言に対して、「そうせい」と承認を与え、責任を持って任に当たらせた。

これはリーダーとして非常に重要な要素だと考える。

このようなトップがいると、組織は自由闊達な風土が醸成される。

また、それによって優秀な人材が育つものだ。

この時代の長州がそうだった。

敬親の治世のがなければ、吉田松陰や高杉晋作は活躍できなかったかもしれない。

リーダーには様々な型があるが、これも一つの型だといってよいだろう。

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