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2015年11月13日 (金)

走ることについて語るときに僕の語ること/村上春樹

Photo 走ることは、僕がこれまでの人生の中で後天的に身につけることになった数々の習慣の中では、おそらくもっとも有益であり、大事な意味を持つものであった。そして二十数年間途切れなく走り続けることによって、僕の身体と精神はおおむね良き方向に強化され形成されていったと思う。

本書は、村上春樹氏の走ることについてのエッセイである。

村上氏は小説を書くことについての多くを、道路を毎朝走ることから学んできたと語っている。

どの程度、どこまで自分を厳しく追い込んでいけばいいのか?

どれくらいの休養が正当であって、どこからが休みすぎになるのか?

どこまでが妥当な一貫性であって、どこからが偏狭さになるのか?

どれくらい外部の風景を意識しなくてはならず、どれくらい内部に深く集中すればいいのか?

どれくらい自分の能力を確信し、どれくらい自分を疑えばいいのか?

もし長距離を走り始めなかったとしたら、自分の書いている作品は、今あるものとは少なからず違ったものになっていたのではないかという気がすると言っている。

これを読んで、村上氏のような長編小説を書くということは、知的作業というより肉体労働であり、身体と切り離しては成り立たないものなのかな、と思ってしまった。

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