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2015年11月11日 (水)

日本サッカーはなぜシュートを撃たないのか?/熊崎敬

Photo わたしは改めて、日本の社会について考えた。それは自分の身の周りを考えるということ。コンビニで買い物をする。地下鉄に乗る。サッカーを見に行く──。その中で浮かび上がってきたのが、他者と駆け引きをせずに物事を済ませられる快適な社会だった。相手の不在。これは日常的に耳にする、「自分たちのサッカー」という思考につながっているではないか。

確かに日本代表の選手はよく「自分たちのサッカー」という言葉を口にする。

たとえ、点が入らなくても「自分たちのサッカー」をすればよいという口ぶりである。

でも、サッカーは点を取るスポーツである。

はっきり言って、得点のないサッカーは面白くない。

特に日本代表の試合は、シュートを中々打たずイライラすることがある。

確かにパスはきれいにつながるのだが、泥臭さがない。

ゴールに迫る怖さがない。

それが「自分たちのサッカー」だと言うのだろうか。

「自分たちのサッカー」とは、パスをキレイに回してポゼッションを重視し、キレイにゴールを決める。

つまり計画的にゴールを決める予定調和的なサッカー。

しかし、サッカーは相手との駆け引きのスポーツである。

また、意外性のスポーツでもある。

つまり不確定要素があまりにも多いスポーツなのである。

日本のサッカーがスリリングでないのは、日本人の日常生活がそうであるからかもしれない。

あまりにも快適になりすぎた日本の社会の象徴、それが日本のサッカーなのかもしれない。

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