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2015年12月の31件の記事

2015年12月31日 (木)

警視庁捜査一課特殊班/毛利文彦

Photo_2 「特殊班の意識が変わってしまった」と感じたのは、失敗という結果に対してではない。直後に失敗の原因を詳しく分析した記事を書いた記者に、特殊班のある捜査員が電話をかけ、こう抗議したというのだ。
 「あんたには武士の情けというものがないのか──」
 このような科白を吐く特殊班捜査員を、私は見たことがない。私の知る特殊班捜査員は、他からの評価には惑わされず、己の職業意識にのみ基づいて行動していた。マスコミに称えられようと、叩かれようと、彼らは自分たちが描く成功のみを頼りにしていた。八つ当たりなど、考えられないことだった。

要は「プロがいなくなった」ということである。

企業恐喝や誘拐事件の時に活動するのが特殊班である。

ところが、今、企業恐喝がほとんどなくなり、特殊班が「本番」に臨む機会は少なくなったという。

重大事件が少なくなったことは良いことなのだが、それを担当する人の技量や意識の低下は懸念される。

個々の捜査員とチームとしての技術、モチベーションの維持は、日々の訓練に頼っているが、容易なことではない。

現場にもまれていない特殊班捜査員の中に、技術よりも大切な「魂・職業意識」を忘れかけた者が出始めているという。

でも、「プロがいなくなった」という現象は捜査班だけでなく、日本のあらゆる職業に共通して言えることなのかもしれない。

2015年12月30日 (水)

遠い太鼓/村上春樹

Photo すごく不思議なのだけれど、小説が十万部売れているときには、僕は多くの人に愛され、好まれ、支持されているように感じていた。でも『ノルウェイの森』を百何十万部も売ったことで、僕は自分がひどく孤独になったように感じた。そして自分が多くの人々に憎まれ嫌われているように感じた。

本書は村上氏の旅のエッセイ。

その中で、上記の一節が印象に残った。

小説家は本業だけでは食べていけない人がほとんどである。

小説が十万部売れるということは、やっと本業だけで食っていける状態になったということであろう。

しかし、百万部売れるとなると、ベストセラー作家である。

誰もが注目し、次回作を期待する。

このとき、本人がそれをどうとらえるかは重要だと思う。

実力相応、当然だと思うか、それとも、出来すぎだ、分相応だと思うかである。

もしその時、等身大の自分を見失ったなら、その後の転落が始まる。

ちょうどそのターニングポイントがそのときなのだろう。

村上氏はそれを「孤独になった」「憎まれ嫌われている」という言葉で言い表している。

いろんな意味で含蓄のある言葉だと思う。

2015年12月29日 (火)

空海1 すごい言葉/中島孝志、𠮷川政瑛

Photo「毒箭を抜かずして、空しく来処を問う」

「毒のついた矢が刺さっているのに、どこからこの矢は飛んできたのか?誰が毒矢を撃ったのだ?と追及ばかりしているうちに身体に毒がまわって死んでしまうぞ」

この空海の言葉、非常に興味深い。

例えば、今、経済格差が問題になっている。

国家としてこれは取り組むべき問題だが、これを個人が「だから自分はいい仕事に就けないだ」と思ってしまったらどうだろう。

その人が、「家が貧乏だから悪い」「いい大学に行けなかったから悪い」「社会が悪い」と批判ばかりしていても、それでは何にもならない。

もし、今の状態から抜け出したいのであれば、自分で勉強し、新しいことにチャレンジし、自分の付加価値を付けるべきである。

そもそも努力の方向が間違っている。

いつまでも自分の怠け心を正当化する理論武装はやめるべきだ。

愚痴をこぼしていても未来が開かれるわけではない。

まず、毒矢を抜くべきである。

でも、このような努力の方向を間違っている日本人が多くなってきたような気がする。

2015年12月28日 (月)

引き寄せの法則/ウィリアム・ウォーカー・アトキンソン

Photo あなたが心のキーノートを、勇気、自信、強さ、成功に合わせれば、同じ性質の思考や、同じ考えの人、波長が合うものを引き寄せます。あなたの中で支配的な思考や気分が、どんなものを引き寄せ、誰を仲間にするかを決めます。今あなたが発している思考がやがて、それと調和する他の思考や人や状況を引き寄せるのです。

私たちの思考は、同類のものを引き寄せる力を持っている。

思考もエネルギーの現れの1つであり、磁石のように引き寄せる力を持っている、というのである。

ことを知れば、それまでは分からなかった、さまざまな事象が起きる理由やそうなる原因がよく理解できるようになる。

ネガティブな思考は不幸な現象を引き寄せる。

ポジティブな思考は幸福な現象を引き寄せる。

全ては自分の思考が起点をなっている。

この法則、以前の私だったら、まず関心を示さなかったと思う。

ただ、それなりに人生経験を積んで、世の中にはそのようなものが確かにある、と思うようになってきた。

合理性だけでは説明のつかない事柄が多く存在するのである。

思考の持つこの働き、すなわち「引き寄せの法則」ほど、時間と手間をかけて習得する価値のあるものではないだろうか。

2015年12月27日 (日)

「あとでやろう」と考えて「いつまでも」しない人へ/和田秀樹

Photo 実際に「のろま」な人が仕事をするとき、時間が一番かかる行為は「決断」です。

かつて日本では、仕事を午後の5時に終わらせる「要領のいい人」よりも、残業をして深夜まで残っている人のほうが「がんばっている、まじめな人」という評価を受けることが多かったように思う。

しかし欧米では、時間までに仕事を終えられない人は、場合によってバカ扱いを受ける。

そして今は日本でもビジネスパーソンに一番求められるのはスピードである。

完璧な計画を立てて石橋をたたいて渡る人より、とにかく起動が早く、小回りの利く人の方が求められる。

最悪なのは、計画を立てるだけで何も行動しない人である。

「行動」の場合は、やっているうちに問題点が挙がってくる。

また、一度に多くの問題が重なるわけでないので、限られた問題に対処すればよい。

つまり焦点が定まるので解決までのスピードがあがる。

ところが「計画」は頭の中で考えていることなので、焦点はぼやけ、問題点は無限に広がってしまう。

無限に広がるのをどこかで止めなければ、キリがない。

これが最悪の結果を招く。

これをなおす大原則は、気分がどうであれ、やると決めたことはまず手をつける「行動化」である。

行動化さえできれば、必ず結果が出る。

「行動化」がこれからのキーワードになるのではないだろうか。

2015年12月26日 (土)

プレイフル・シンキング/上田信行

Photo プレイフルな状態を生み出すための思考法が「プレイフル・シンキング」である。前向きでエネルギッシュな人も、うしろ向きで臆病な人も、このような思考法を身につければ、誰でもプレイフルになれる。

プレイフルとは、物事に対してワクワクドキドキする心の状態のことをいう。

どんな状況であっても、自分とその場にいる人やモノを最大限に活かして、新しい意味を創り出そうとする姿勢だといえる。

自分の行動や考え方を多角的に眺め、状況に応じて自らをコントロールすることができれば、仕事をより楽しく、豊かにすることができる。

さらに、憧れは自分ひとりで実現するものではなく、他者とのかかわりにおいて実現されるものである。

こうした考え方が、本書のタイトルである「プレイフル・シンキング」という概念の柱になっている。

今は変化の激しい時代である。

このような時代では、創造的な思考が求められる。

なぜなら、同じようなことをしていても、それはすぐに陳腐化してしまうから。

ということは、より創造性を発揮できるような働き方が求められる。

仕事はつらく厳しいものというのはある一面だが、それだけだと限界がある。

厳しい中にも「楽しい」「ワクワクする」という要素を加えてゆかないと、創造的な発想は出てこない。

今、多くの現場で、働き方の変革が求められているのではないだろうか。

2015年12月25日 (金)

社畜もフリーもイヤな僕たちが目指す第三の働き方/佐藤達郎

Photo そこで大切な考え方は、「収入の確保」×「やりがい」×「働き心地」、3つのポイントのかけ算です。
 モジュール型ワーキングを実践するとき、この3点すべてに気を使うことで、あなたの幸せに近づくことができるのです。

自分の働き方に疑問を持ち始めている人たちが出てきている。

「このままこの仕事を続けていても良いのだろうか」と。

では今の仕事をやめて起業するのか?

いきなり会社員を辞めて起業一本でスタートするのはあまりにリスキー。

一説には、起業後5年以内に8割、10年以内に9割の会社が倒産すると言われている。

つまり失敗して収入を失う、下手をすれば借金を抱える可能性は非常に高い。

特に家族を抱える身であれば二の足を踏んでしまうだろう。

ではどうするか?

著者は、今の仕事を続けつつ、自分のやりたいことや専門性を活かし伸ばす生き方があるという。

つまり第三の道である。

大企業に就職できれば一生安泰という時代はとっくに過ぎ去った。

本書の勧める第三の働き方を選ぶ人たちが今後は増えるかもしれない。

2015年12月24日 (木)

仕事の速い人は150字で資料を作り3分でプレゼンする。/坂口孝則

Photo ぼくは書き手の個性など信じていない。どうしても個性を強調したいのであれば、型を使い分ける器用さをもてば、一つの個性になるだろう。

本書で言っていることは、仕事の出来る人の「型」を解明し、徹底的に模倣せよ、ということ。

実は仕事の出来る人は必ず「型」を持っている。

ただ、それを周囲は「型」とは思っていない。

その人の個性だと思っている。

しかし、そうではない。

できる人ほど「型」を持っている。

だから、まずはそれを解明すること。

そして、「型」を解明できたら、徹底的に模倣する。

そうすれば自分も仕事の出来る人になることができる。

こう書くと、何か没個性のように感じる人もいるが、そうではない。

「型」を模倣した程度で死んでしまう個性なら、最初から個性などその人にはなかったと思った方が良い。

「型」を模倣しても、そこからにじみ出てくるものがその人の個性である。

おそらく「模倣」がなければ人類の進歩もなかっただろう。

人類の進歩とは模倣の歴史ということもできるのではないだろうか。

2015年12月23日 (水)

歪曲報道/高山正之

Photo 国民とともにあるというのが新聞社の拠って立つ場所なら、記者にも忘れてならない2つの約束がある。
 記事を書くとき、一方の意見だけで記事を書くな、双方の意見を聞け。そして得られた情報は必ず検証しろ。記者になったときに何度も復唱させられた約束だ。

我が家は毎日新聞と日経新聞をとっているが、最近記事のレベル劣化が甚だしい。

特に先日の安保法案騒動の時の報道にはウンザリさせられた。

私は新聞は自社の主張は大いにしてほしいと思っている。

右でも左でも構わない。

しかし、事実を歪曲してよいということではない。

また当然報道して然るべき事実を報道しないのも問題がある。

キチンと事実は事実として報道し、そのうえに立って自社の主張をしてほしい。

また主張する場合には、感情論ではなく、論理的に主張してほしい。

テレビは建前を伝える。

いつも視聴率にしばられているテレビというメディアの性質上、致し方ない部分もあるだろう。

しかし、新聞にはそれとは違った視点があるはずだ。

ところが、この頃は新聞とテレビの報道にその差が消えた。

新聞もテレビと同じレベルの情報とその処理で満足している。

これでは新聞の売上部数が減っても当たり前ではないだろうか。

2015年12月22日 (火)

お金持ちになる男、なれない男の習慣/臼井由妃

Photo_2 お金持ちになる人は、メニュー選びも歩き方も、話すスピードも早いものです。考えながら動く、動きながら考えるを貫くから、お金をつかむチャンスに恵まれるのです。
 熟慮熟考は、金持ち発想には馴染まない「運を逃す考え方」なのです。

本書でいうお金持ちとは、単なる成金ではなく、主に成功した経営者のことを言っている。

成功する経営者の条件とは何か?

一つの要素は、決断が早いということである。

これは自分の経験とも合致する。

私自身多くの中小企業経営者と接しているが、その会社が儲かっているかどうかは、社長の決断の速さをみればわかる。

儲かっている会社の経営者はとにかく決断が早い。

ほとんどその場で決断する。

ところが儲かっていない会社の経営者は決断が遅い。

それどころか「考えとく」といって、結局決断しない。

とにかく先延ばしするのである。

では、儲かっている会社の経営者はなぜ決断を早くできるのか?

仕事では日々決断を迫られる。

即断即決ができなければ、仕事が先延ばしになり、納期が遅れ、周囲に迷惑をかけることになる。

なので「何分以内に決断する」「迷ったらやらない」、あるいは「やりたいと思ったら絶対にやる」など、人から強制されたのではない自分のルールを決めているのであろう。

いわゆる自分なりのモノサシを持っているのである。

モノサシ、つまり判断軸を持っているので、それに合致しないものは最初からダメ、合致するものはOKとなる。

本質的にはその違いなのだろう。

2015年12月21日 (月)

芸能人はなぜ干されるのか?/星野陽平

416emkj1nhl__sx349_bo1204203200_ なぜ、芸能人は干されるのか?
 それは、芸能界の中枢で芸能プロダクション間でタレントの引き抜きを禁止を申し合せる協定があり、タレントの独立についても一致団結して潰す業界の結束力があるからだ。

「干される」という言葉、芸能界ではよく使われる。

ある日突然、芸能人がテレビから姿を消す。

「謹慎」「芸能活動中止」など、言葉はいろいろあるが、それらを総称して「干される」と呼ばれる。

そこには何があるのか?

多くの場合、芸能プロダクションとタレントとのトラブルが原因となっている。

そしてその背景には芸能界というムラ社会の掟がある。

この掟を犯したけしからんヤツは徹底的に攻撃され、嫌がらせを受け、あらぬ噂を立てられ、結局潰される。

表面上は華やかな芸能界も裏を覗いてみれば前近代的な掟でタレントは奴隷のように扱われている。

昔から暴力団との関係が取りざたされることが多いが、似た者同士なのでお互いに持ちつ持たれつの関係になりやすいのかもしれない。

2015年12月20日 (日)

たった5秒思考を変えるだけで、仕事の9割はうまくいく/鳥原隆志

59 「頑張ってすべて終わらせよう」というのは間違いです。
 どうすれば、頑張らなくてもよいのか。このように考え方を変えると、「どこに力を入れたらよいのか」と考え始めることができます。

「頑張る」という言葉、経営者や管理職は大好きである。

しかし、よくよく考えてみると、そもそも頑張らなければできないような仕事のやり方って何だろう? と思ってしまう。

マネジメントとは普通の能力の人がことさら頑張らなくても求める水準を維持できるようなやり方を仕組化することではないだろうか。

それに「頑張れ」と言われて人は頑張れるものでもない。

逆効果になる人すらいる。

日本人の中にあるガンバリズム、そろそろ卒業すべき時にきたのではないだろうか。

2015年12月19日 (土)

すぐやる人は、うまくいく。/中谷彰宏

Photo 決断する時は、答えは2秒で出ます。
 これは脳科学で証明されています。
 2秒考えても、2時間考えても、答えの精度は同じです。

私たちは大切なことほどじっくり考えようとする。

しかし、過去の経験を省みても、じっくり時間をかけて考えた結果がベストの決断であったとは限らない。

かえって時間をかけるとそれだけ雑念が入ってくる。

また、ますます迷うようになる。

一番最悪なのが、じっくり考えた結果、「何もしない」と決めてしまうこと。

これでは意味がない。

ある人から「成功の反対は失敗ではない、何もしないこと」という話を聞いたことがある。

正にじっくり考えることによって、いや、考えすぎることによって、「何もしない」を決断する可能性は高くなる。

それを考えると、2秒で決断し、すぐに行動すれば、成功であろうが失敗であろうが、何か結果がでる。

良い結果がでればそれを続ければよいし、悪い結果がでれば修正すればよい。

このサイクルを高速回転させることがうまくいくコツなのではないだろうか。

2015年12月18日 (金)

日本サイバー軍創設提案/苫米地英人

Photo そうなってくると、車両や走行に関する情報漏洩や改ざんはいうに及ばず、作為的な誤操作といったものまでサイバー攻撃で可能になってしまうだろう。
 あなたが運転する自動車が突然、燃料噴射制御やブレーキ制御を乗っ取られ、遠隔操作されてしまうことだってありえるということだ。

サイバー戦争というは何となくピンとこないという人が多いのではないだろうか。

しかし、サイバー戦争はすでに世界各国で起きている現在進行形の戦争である。

現代の戦争は目に見える戦車や戦闘機を使った戦争ではない。

目に見えない戦争。

なんとなく実感の伴わない戦争である。

しかし、その威力は想像を絶するものがある。

自分の運転する自動車が突然勝手に動き出したらどうだろうか。

武器を使わずに簡単に相手を脅威にさらすことができる。

この厳然たる事実をしっかり意識しておく必要がある。

そうしないと、日本はとんでもないことになってしまうだろう。

技術を盗まれ、知識を盗まれ、富を盗まれる。

おそらく、サイバーの世界で日本は後進国なのだろう。

早急に対策を立てる必要がある。

手遅れにならない前に。

2015年12月17日 (木)

なぜ、あなたの話はつまらないのか?/美濃部達宏

Photo「私が大統領になれた理由は9つある!まず、ひとつめは、抜群の記憶力!
私は人の話を聞いたら絶対に忘れることはない!
そして2つめは……
2つめは……
えっと……何だっけ?」

上記はグレートコミュニケーターと呼ばれたレーガン大統領のテレビ演説。

このスピーチには「おもしろさを伝える正しい順序」、すなわち「フリオチ」実にうまくが使われているという。

「フリオチ」とは「フリ」と「オチ」の2つの単語が合わさった言葉。

じつは話を面白くするには「フリ」と「オチ」が不可欠。

「フリ」とは、聞き手に「この先、この話は当然こうなるんだろうな」という想定をさせるもの。

「オチ」とは、その想定を裏切るような意外な結末を用意すること。

例えて言うならば、打ち上げ花火の導火線が「フリ」

火薬が「オチ」

導火線である「フリ」がしっかりしていれば、火が問題なく火薬である「オチ」に引火する。

そうすれば、花火である「私の話」がドーンと打ち上げられ、花火を観ている人、つまり「聞き手」を魅了することができる、というのである。

この「フリオチ」の原則、自分のワザとして身に付けたいものだ。

2015年12月16日 (水)

なぜデキる人は言い訳がうまいのか?/吉野秀

Photo 上司「新人じゃないんだろ!」
あなた「……ではありませんが、新人へ戻った気持ちで取り組むことを皆さまに宣言します」

上記の回答例は、「ありません」と否定から入っているにもかかわらず、「新人」の単語を呼応させ、「反省+前向きな気持ち+今後の可能性」を表わす重装備の言い訳。

「言い訳がうまい」というと「要領がいい」と同義語ととらえられ、あまり良い印象を持たない人が多い。

特に日本人は、過ちを素直に認める「潔さ」が歓迎される。

しかし、人間、間違いは犯すもの。

その時、できるならばその場をうまく切り抜ける術を持つことは、大事なことではないだろうか。

失策を潔く認める。

とってつけたような説明ではなく、解決への道筋を正確にわかりやすく話す。

ときにはユーモアを交えて、心へズシリと響く言葉を加えれば、相手を攻める気は一気に失せる。

逆に「もう、わかったから、そんなに気にするなよ」と相手はなだめてくれるかもしれない。

言い訳には、こうした効果がある。

コミュニケーションを潤滑にし、明るく創造的な人間関係を築き上げる。

言い訳は相手を理解・納得させたうえで、「そこまで言うなら、しょうがねえよなぁ」と「苦笑+了承」へ至らせるコミュニケーション・ツールである。

言い訳をしなければ「間違えた」事実だけが残る。

効果的な言い訳があれば、「素晴らしい切り返しだった」という印象を与えられる。

こう考えると言い訳も一つのスキルだと考えることができるのではないだろうか。

2015年12月15日 (火)

現実が動き出す9つの成功思考トレーニング/夢野さくら

9 直感に従った行動は、そこに「ワクワク」や「興味津々」、「無性にしたくなる」などの感情が湧くので、常識では考えられない願望達成への道を、選択させやすくするのだ。

私たちは無意識のうちに不幸や幸福を引き寄せているという。

これは「思考の現実化」というもの。

思考の現実化は、①考える→②感情が湧く→③直感に従った行動する→④思考が現実化するという順番で起こる。

この中で一番ハードルが高いのは③の「直観に従った行動をする」であろう。

直観に従うというと何かバクチのように感じる人がいる。

しかし、直観とは「無意識の世界から発する声なき声」だと私は考えている。

無意識の世界には膨大な情報量がある。

生まれてから今日に至るまで、ありとあらゆる情報が蓄積されている。

そこからの声は、「ワクワク」とか「胸騒ぎ」という形で私たちに伝えられる。

大事なことはこのような感情が起こったとき、その声に素直に従ってみることである。

勇気のいることだが。

2015年12月14日 (月)

死の発送/松本清張

Photo 二十五歳の岡瀬正平が五億円も役所の金を使い込んだことは、当時、世間を驚倒させた。しかし、若い役人に分不相応の権力を与えすぎていることと、盲判行政による官庁機構の現在を考えれば、別におどろくに当たらない。上司の判コさえベタベタならべれば行政事務が完全だと信じこんでいる役人の事大主義的な愚かな考えこそ嗤うべきであろう。
 岡瀬正平は五億円の大半をインチキ事業会社と女との遊興に費消したが、検事の自供によれば、一億円ほど褄が合わない。つまり、使途不明の金である。

本書は役人の公金横領に端を発した使途不明金をめぐる人間の醜い争いの物語。

7年間の刑期を終え出所した岡瀬。

使途不明な1億円について、岡瀬がどこかにひそかに隠匿し、出所してから取り出すつもりであろうと予期して、それを狙った男がいた。

ところが、その岡瀬はしばらくして殺されてしまう。

そして、異常な関心を示していた新聞社の編集長、山崎治郎も殺されてしまう。

誰が殺したのか?

このような形でストーリーは展開されていく。

よくあるパターンだが、人間のドロドロとした世界は、作者がどのようにでも推理を飛躍させることのできる小説という形でなければなかなか描けないのかもしれない。

2015年12月13日 (日)

ドラマ思考のススメ/平野秀典

Photo 映画監督や脚本家がストーリーを書くときに、
 ラストシーンから書く人が多いことを
 知っているでしょうか?

作品にはテーマがある。

そしてエンディングをどうするかによって、テーマは「悲劇」か「ハッピーエンド」かの2つに分かれる。

ハッピーエンドを選べば、途中で失敗しても恥をかいても全ては最後を劇的にするためのスパイスにすぎなくなる。

視聴者もこの映画がハッピーエンドで終わるのだとわかっていれば、途中での様々な出来事は安心して見ていることができる。

最後には必ずどんでん返しがあるはずだと。

これは人生も同じかもしれない。

「自分の人生はハッピーエンドで終わるのだ」と信じ込んで生きたらどうだろう。

今がどんなに苦しくても、それは最後が劇的に終わるためのまえ降りだと思えるのではないだろうか。

そうすれば、どんなに苦しいことにも楽観的に挑むことができるかもしれない。

そしてそのような思いは成功を呼び込むのではないだろうか。

ドラマ思考、試してみる価値はありそうだ。

2015年12月12日 (土)

1分間マネジャーの時間管理/ケン・ブランチャード、他

1 いないと困る管理職など、百害あって一利なし。とくに現場のブレーキになるのがいただけない。自分がいないとみんなが困る、自分に代わる人間はいないと思っている管理職ほど、現場に災いをもたらすので、簡単に代えられてしまう。もっと言えば、上役はそんな管理職を昇進させるわけにはいかないだろう。自分の代わりはいないと思っているので後継者を育てないからだ――。

これは非常に面白い見方である。

しかし、管理職の仕事の本質を言い当てている。

管理職の仕事とは、自分がいなくても現場がちゃんと回るようにすることである。

そのために権限を委譲する。

権限を委譲された部下は、そのぶんだけ自分たちで現場を仕切れる。

部下はそれによって成長する。

そして部下が現場を仕切ってくれれば、管理職は部署の運営、改革、人事などの本来の職務に専念できる。

結果、部署全体がいつまでもスムーズに機能するようになる。

それによって管理職はますます仕事をしなくてもよくなる。

でも、実際にはこの逆をやっている管理職が多いのではないだろうか。

2015年12月11日 (金)

段取り力/齋藤孝

Photo 清水はマッサージを受けるとき、「そこの筋繊維の隣の裏側」などというリクエストの仕方をするそうだ。なぜそこまで知覚できたかというと、問題意識があるからだ。なおかつ、知覚するだけなら一瞬のあの感覚かなあと思う選手はいるかもしれないが、清水はそれを練習メニューにまで高めていく。そこを強調した練習メニューをやることによって、その知覚が鮮明になり、技になっていくということだ。

上記はスピードスケート金メダリスト、清水選手のエピソード。

清水選手と言えば、あの丸太のような太ももが印象的だが、それは普段から筋繊維を意識してトレーニングしてきた結果なのだという。

同じ筋力トレーニングをするのでも、使うための筋肉を意識してトレーニングするのと、とりあえずそのあたりの筋肉を鍛えてみる、というのとでは、最終的に使う段になったとき、大きな違いが出てくる。

清水選手は一つ一つの筋繊維を意識してトレーニングをするという。

素人考えで、そんなことが可能なのかと思うのだが、そこに意識を集中するならいくらでも筋繊維一つ一つを鍛錬することができるのだというのである。

そして一度鍛えれば筋繊維が太くなるので知覚しやすくなる。

それがどんどん積み重なって、更に感覚が研ぎ澄まされる。

この循環が優れた競技能力を作り上げるというのである。

人間の能力にはまだ未開の部分が多く残されているということであろう。

2015年12月10日 (木)

できる人はなぜ、本屋で待ち合わせをするのか?/臼井由妃

Photo 初対面の人との「打ち合わせ」。その後の「メール」。仕事の「出張」。職場の「人間関係」。さまざまな場面で誰もが行う、ちょっとした用事やそのためのやりとりを「なんとなく」すませずに「ひと工夫」すること。これが、大きな差になるのです。

本書のサブタイトルは『この「ひと工夫」が一流の人生を作る』というもの。

つまり、ちょっとしたひと工夫ができるかどうかが、積もり積もって大きな差になるというのである。

例えば、待ち合わせ場所を本屋にすると、

相手が遅れても、本を読んでいればいいので、待つのが苦にならない、

自分が遅れてしまう場合も、相手に退屈な思いをさせないですむ

屋根も空調もあるので、快適に待てる

待っている間に、いろんな本を読みながら、情報収集ができる

本をきっかけに、相手との会話もスムーズに始められる

こんなメリットが生まれる。

問題はこのようなちっとしたひと工夫を日常的に行えるかどうかであろう。

2015年12月 9日 (水)

ウェブ進化論/梅田望夫

Photo「ITとネットの進化によって将棋の世界に起きた最大の変化は、将棋が強くなるための高速道路が一気に敷かれたということです。でも高速道路を走り抜けた先では大渋滞が起きています」

上司抜き書きは、本書で紹介されている羽生善治氏の言葉。

非常に、含蓄のある深い言葉だと思う。

そしてこれは将棋界の現状を表していると同時に、今のネット社会の現状を的確に言い表している。

私たちは、ITの進化によって、世界中の情報にアクセスできるようになった。

それによって、ある一定のレベルまでは従来よりもはるかに短期間で到達できるようになった。

それを羽生氏は「高速道路が一気に敷かれた」という表現で表している。

ところが問題はその後。

高速道路を走り抜けた後、大渋滞が待っている、というのである。

つまりこれが今の状態であろう。

みんな大渋滞にはまっているのである。

そして次なる当然の問いは「大渋滞を抜けるためには何が必要なのか」である。

誰が、どんな方法で、そこから一歩抜け出すかであろうか。

2015年12月 8日 (火)

働く。なぜ?/中澤二朗

Photo 人がやりたがらないことを若いころにしたことが、後に大いに生きたということです。東京の社会部に移ってからも、同僚の多くが避けたがった警視庁担当を私は二年間務めました。本当に苦しかった。連日の夜討ち朝駆け。大みそかも正月もない。深夜の呼び出し。遺体もたくさん見ました。私にはまさに地獄のような二年間でした。でも、一度地獄を見ると、世の中につらい仕事はなくなるんです。

上記は、本書で紹介されている池上彰氏の言葉である。

「やりたくない仕事」が、遠い将来の「成長」をうながした一例である。

よく「若いころの苦労は買ってでもしろ」という。

古めかしい言葉かもしれない。

しかし、ここに働くことの本質がある。

特にその道のプロになりたいのであれば、人並みの仕事をしていたのではダメ。

人生のある時期、「地獄を見る」必要がある。

多くのプロと言われる人たちの体験談を聞くと、必ずといってよいほど、そのような体験をしている。

残念ながら「早道」「楽な道」はないのである。

2015年12月 7日 (月)

伸びる女優、消える女優/小林信彦

Photo 正午のテレビニュースのトップで、円が八十四円台になり、日経平均株価が八千九百五十円まで下った、と告げた。
 心あるエコノミストが、九月、十月に入ると、そうなるかも知れない、と予告していたのが、八月末にズドンときた。
 しかし、鈍感な菅首相は平気である。数日前、日銀総裁と十五分、話をしただけの人だし、官房長官以下の閣僚も「これから検討する……」と落ちついている。すぐにやらなきゃ駄目なんだって。
 思うに、なにをやったらいいのかわからないのである。

本書は小林信彦氏のエッセイ集。

上記はその中の一文だが、あの時代のことを思い出した。

そう言えば、民主党政権の時代、円高は進み、株価は下がり続けた。

それに対して政府は何もしなかったに等しい。

企業の倒産は増え、自殺者も増加していた。

もしあのまま民主党政権が続いていたら日本はどうなっていたのだろう?

幸い、選挙で勝利した自民党安倍政権が放った3本の矢によって、円高は止まり、株価は上昇した。

どんなに自民党への反発が強くても、民主党の支持率が低いままなのは、多くの国民がもう二度とあの時代に戻りたくはないと思っているからではないだろうか。

2015年12月 6日 (日)

売上目標は立てるな!/岩渕龍正

Photo_2従業員数が10人を超えたら、人事評価制度を作ったほうがいいと思います。

人事評価表という言葉を聞いて、「査定」をイメージする人が多い。

給料や賞与の額を決めるためのものだと。

しかし、本来、人事評価とは単に報酬を決めるためのものではない。

人事評価とは、社員を認めてあげるということである。

人は誰しも「認められたい」という根源的な欲求を持っている。

その欲求に応えるものが「人事評価」である。

「人事評価」をすることによって会社は社員に対して「今回も頑張ったネ」と言ってあげるのである。

これがモチベーションにつながる。

人事評価を後ろ向きにとらえる社員が多いのは、このような基本的な考えを理解していないからではないだろうか。

2015年12月 5日 (土)

複眼の映像/橋本忍

Photo_2 女中さんが遠慮気味にいう。
「ここの旅館では、時折、碁とか将棋の名人戦が行われるんです。最初の日はそれほどでもないけど……勝負が決まる二日目になると、お茶を持って部屋へ入ろうとしても、棋士の先生方の凄まじい気迫で、なんだか空気がひどく張り詰めていて、中へ入りにくいんです」
 黒澤さんと小國さんが黙り込んでいる。私もじっと黙り込んでいた。
「でも、今日は……御免なさい、最近はずうーッとそうなんですけど……そんな碁や将棋の比じゃない。もっと殺気だち、ゾクッとするようなものが……原稿を書いている黒澤先生や橋本先生から、部屋一杯に張り詰め、籠っていて、怖くて……恐ろしくて、中へ入れなかったんです。済みません」

黒澤作品の最大の特質は共同脚本である。

当然、その中の一人は黒澤明。

黒澤監督は一人で脚本を書かず、他のライターと一緒に書く。

上記は、名作「七人の侍」の脚本を書いていた時のエピソード。

ライターたちが旅館の一室にこもって脚本を書いていた時、そこは女中さんが入っていけないほど殺気立っていたというのである。

おそらく、その殺気や熱気というものが内なるエネルギーとなり、役者やスタッフに乗り移り、作品にそのまま反映されていったのだろう。

確かに「七人の侍」を観ていると、何とも言えないエネルギーを感じる。

それが感動となる。

最近の映画を観ていてなんとなく物足りなさを感じるのは、このような所の違いから来ているのかもしれない。


2015年12月 4日 (金)

無印良品の、人の育て方/松井忠三

Photo 無印良品では人材育成をしていません。「人間育成」をしています。それも全社を挙げて「人を育てよう」というコンセンサスがあるので、本気度が違います。
 私はそもそも、社員は資源ではなく、資本だと考えています。

社員は資源ではなく資本というとらえ方。

社員をどう見るかという視点でこれは重要だ。

資源であれば、それはずっと会社のものだが、資本ということになれば、場合によっては逃げてゆく。

たとえていうならば、資源には足がついていないが、資本には足がついていて自由に動き回ることができる、ということ。

社員は会社のものだと考えていたら、社員には足がついているので、逃げていったということはいくらでもある。

また「人材」と呼ぶのも問題があるという。

「人材」と書くと、単なる材料のように感じられる。

企業の金儲けのために使えるだけ使い、消耗しきったら取り替える。

社員を資源であると考えていたら、そうなってしまう。

しかし、社員は資本であるなら、事業をするのに必要な源泉だということになる。

大事に育て、守っていくしかない。

確かに社員は社長の所有物ではないし、さらにいうなら部下は上司の私有財産ではない。

これを勘違いしている人は結構いるはず。

だから残業続きで働かせたり、部下の気持ちを無視して理不尽な仕事を押し付けたりする。

まずこの意識から変えていくのが重要なのだろう。

2015年12月 3日 (木)

新・観光立国論/デービッド・アトキンソン

Photo 日本という国は、「観光立国」として非常に重要な4つの要素をすべて兼ね備えた世界でも希有な国であるにもかかわらず、本来有しているであろうポテンシャルをいまだ発揮していない。そんな宝の持ち腐れとも言うべき問題は、アジアのなかでも香港、マカオ、タイ、そして隣の韓国よりも外国人観光客が訪れていないという「結果」が雄弁に物語っています。

日本で今後最もGDPを上げる施策の一つとして「観光」がある。

特にその持っているポテンシャルから考えると最も伸びる可能性のある分野であることは間違いない。

観光立国として必要な4要素がある。

それは「気候」「自然」「文化」「食事」である。

この4つがそろっている国はそう多くはない。

日本はそれらがそろっている希有な国なのである。

にもかかわらず、日本を訪れる外国人は少ない。

その原因は、二つあると著者は分析する

まず挙げられるのが、単純に「力を入れてこなかった」ということ。

もう1つは、どこかで観光産業というものを〝下〟に見ていた部分がある、とのこと。

かつてのタイや南国のリゾートアイランドの多くは、観光に依存する途上国というイメージがつきまとう。

このイメージが障害となっている、というのである。

UNWTOの長期予測によれば、これから2030年までの間に、国際観光客数は年平均3・3%増加していくという。

この試算が正しければ今の1.7倍、年間18億人に届くことになる。

これだけの「客」がいて右肩上がりの成長をしていく市場というのは、世界を見回してもそれほどない。

今や「観光」というのは、世界的に見て発展、繁栄が約束されている市場なのである。

つまり、やるべきことをしっかりとやっていけば、この大規模かつ世界的な潮流のなかで、日本の観光ビジネスを飛躍的に成長させることは、決して不可能ではないということ。

「爆買い」に浮かれている場合ではない。

2015年12月 2日 (水)

開戦前夜/児島襄

Photo_2 交渉は11月25日まで──という〝マジック〟情報は、米国政府に深刻なショックを与えた。
 ハル国務長官によれば、情報を得たあとの11月7日の定例閣議は「重く沈んだ」雰囲気に支配され、「日本はすでに戦争機械を作動させているはずだ」と長官が述べると、「一瞬、室内は静まりかえった」。
 ルーズベルト大統領は、ハル長官の情勢判断についてひとりずつ閣僚たちの見解を求めたが、全員が同感の意を表明した。
───では、われわれはどうすべきか。
 大統領が質問すると、スチムソン陸軍長官は〝無策の策〟を進言した。
「軍事行動をふくむ現在の政策を維持し、攻撃をふくむすべての決断を日本にまかせるがよいと思います」

開戦前夜、米国の政権内部で何が話し合われ、何が行われていたのか。

日本の暗号は解読され、既に日本が先制攻撃をする情報は得ていた。

後はいかにして先に手を出させるか。

そして、国民の世論をいかに反日に向かわせ、参戦を正当化できるか。

米国の中枢は、この点ではすでに一致していた。

実にしたたかであり、戦略的である。

それに比べ、日本はどうであったろう。

交渉の経緯は日本側の極度の内部不統一を露呈している。

政府に一貫した方針も政策もなく、首相、外相、大使はバラバラに動いている。

結局は米国に思いのままに操縦されたのも無理なかったという気がする。

決して暗号解読というハンディだけではなかった。

組織がダメになるのはいつも内部からである。

これは国であっても企業であっても同じだと思う。

2015年12月 1日 (火)

新常識主義のすすめ/渡部昇一

Photo 日本でも春闘のときなど、やはり労働組合の方が正義感が強い。だからきたないことをやる。国電に白いペンキできたなく書く。あれは正義感があるから書くのである。正義感がなければ決してきたなくしない。だから、正義感と形式の美はちょうど反比例するわけである。

歴史的に見ると、戦いのとき正義感の強い方がきたない手を使う、という。

これは案外当たっていると思う。

確かに自分が正義だと思うと、「何をやってもいい」という発想になりがちになる。

沖縄の辺野古移設問題でも、汚い手を使うのは反基地運動側である。

最近のパリ同時多発テロの問題でも、やはり汚い手を使うのはIS側である。

こう見てみると、「正義」という言葉がいかに怪しいものかということが分かる。

少しでも「自分は間違っているかもしれない」という疑念があるならば、方法論においても非がないようにするだろう。

その謙虚さを正義感は奪ってしまう。

正義という言葉ほど危ういものはないということを知るべきであろう。

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