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2016年2月の29件の記事

2016年2月29日 (月)

何でもわかりやすくする技術、伝える技術/安田正

Photo 23歳のときにイギリスへ行ったのですが、そこで嫌というほど思い知らされたのが、「自分は本当に伝えることが下手だ」ということでした。
 欧米人は本当に伝え上手で、簡単で、ロジカルで、わかりやすいのです。

日本人はどうして伝えることが下手なのか。

まず、日本語そのものの言葉の組み立てがロジカルでないということ。

そして、「あうんの呼吸」と言う言葉に代表されるように、「言わなくても分かるだろう」という文化的背景がある。

しかし、近年、そうも言っておれない現実が生まれてきた。

ダイバシティーという言葉に代表されるように、異質の人たちが同じ空間で仕事をする場面が増えてきている。

これからは「わかりやすく伝える」ということが、優秀な人材の一つの条件になってくるかもしれない。

2016年2月28日 (日)

「時間がない!」を卒業する200のアイデア/マイケル・ヘッペル

Photo 『ザ・ホワイトハウス』チームのミーティングは、こうだ。
 ●誰も座らない。そう、みんな立ったまま──なんて素晴らしい!
 ●各自の意見を手短に(15秒以内で)発表する。
 ●決断に至るまでの議論は30秒。
 ●決断する(あるいは、大統領が決断を下す)。
 ●デスクへ戻りながら、各自が決定事項を即座に行動に移す。
 ミーティング時間は締めて5分間。最高だ!

「時間がない」「忙しい」、この言葉、働く人の口ぐせのようなものである。

事実であるかもしれないが、仕事の出来ない社員ほど、この言葉が頻繁に出てくる。

時間がないんだったら時間を作ればよいのだが、ムダな時間を費やしている最たるものが会議である。

その意味で上記の「『ザ・ホワイトハウス』チームのミーティング」は参考になるのではないだろうか。

『ザ・ホワイトハウス』とは、アメリカの人気テレビドラマ『ザ・ホワイトハウス』のこと。

あのホワイトハウスの西棟を舞台に、国家運営とはいかなるものかを描きだす。

各エピソードで、大統領は配下の補佐官や専門家、部長やアシスタントとともに迅速に決断を下し、猛烈なスピードで計画を実行する。

もちろん、アメリカの最高の知性の集まった集団での出来事なので、そのままというわけにはいかないが、マネできるところはマネしてもよいのではないだろうか。

2016年2月27日 (土)

職業としてのプロ経営者/小杉俊哉

Photo 「太平洋の真ん中に落とされ、ストローだけ渡され〝これでなんとか生き延びてみろ〟と言われたような感覚だった。なりふり構わず人に聞き、吸収していくことで、〝スキルがストロー1本しかなくても努力次第で生き抜ける〟という自信を持つことができた」

まったく異なる業種から経営者として招かれて、企業を変革に導き結果を残す。

このような存在をプロ経営者と一般には言われている。

アップル・ジャパン社長、そして日本マクドナルドホールディングス会長、現在はベネッセホールディングスの会長兼社長になった原田泳幸氏。

ローソン社長からサントリーホールディングス社長に転身した新浪剛史氏。

このような方々が頭に浮かぶ。

でも、まったくの畑違いの業種の経営者に転身して、そこでも結果を残すことができるのはなぜだろうか?

単にMBOを取得していればプロ経営者になれるわけではない。

本書には多くのプロ経営者へのインタビューが載っている。

その中で共通しているのは、実は、必ず修羅場を経験しているということである。

経営者は孤独である。

逃げ場のない立場である。

何があっても動じないメンタリティを手に入れるためにも、目の前に修羅場があったときは逃げずに立ち向かう経験をしておくこと。

これはプロ経営者になるための最低限の条件なのであろう。

2016年2月26日 (金)

マンガでよくわかる教える技術/石田淳

Photo 部下に物事を伝えるとき、多くの人はまず優先順位を決めますが、私は「劣後順位」を決めることこそが重要だと思っています。

確かに、言われてみれば、部下に物事を伝える時、劣後順位を決めることは、まずない。

しかし、それこそ盲点になっているのではないだろうか。

部下、特に新人を育成しようとした場合、何も知らないというのが前提である。

何もしらないわけだから、当然、やらなくても良いこともしらない。

上司が「当たり前だろう」と思っていることが、部下にとっては当たり前ではないのである。

では、劣後順位を決めないで、仕事をやらせた場合、どうなるのか?

おそらく、なかなか結果がでない。

そのうちに、いやになってしまうかもしれない。

それでなくとも、今の若い人は、ムダなことはやりたくない、という感覚が強い。

また、最初の仕事の体験が、その後の仕事観となることも多いものである。

初めての仕事でその面白さを体験できれば、「仕事は面白いもの」という感覚を持つことができる。

一方、ムダなことはばかりをやらされたら、「仕事はつらく面白くないもの」という感覚を持つかもしれない。

その人の仕事観は、その後の人生を左右するほど大切なもの。

それをちょっとしたことでマイナスの印象を持たせるのは、あまりにもったいない。

機会の損失である。

「これとこれは目標達成には無関係なので、やる必要はありません。」

この一言が意外と大事なのかもしれない。

2016年2月25日 (木)

刑務所わず。/堀江貴文

Photo[2月13日(水)]
朝飯は、麦メシ、納豆、漬物。
昼飯は、麦メシ、さんま焼き、豚キムチ炒め、三杯酢(わかめ)、ジョア。
夕飯は、麦メシ、鶏ささ身チーズカツ、イカチリソース煮、巻繊汁。

刑務所の食事というと「クサいメシ」というイメージがある。

しかし、本書を読んでみると、どうもそうでもないらしい。

むしろ、上記のある日のメニューを見てみると、ちょっとしたヘルシーメニューである。

そういえば、刑期を終えたホリエモンが出所した時、スリムで健康的な体形になっていたことを思いだす。

食事以外でもそうである。

テレビや映画もある程度の制限はあるものの鑑賞可能。

本は友人知人に差し入れてもらえば、どんなに読んでも構わない。

そうなってくると、ある程度の不自由ささえ我慢すれば、それなりに過ごせるような気がする。

刑期を終えて出所しても、半分は戻ってくるというのもうなずける。

2016年2月24日 (水)

99%の社長が知らない銀行とお金の話/小山昇

99 銀行は、業績が黒字だからお金を貸すのではありません。赤字でも、返済能力があれば、融資をしてくれるのです。

私の顧問先にも金融機関があるが、銀行は間違いなくお金を貸したがっている。

そもそも銀行が預金を集めるだけでお金を貸さなければ利益を生み出すことはできない。

だから、金融機関の営業マンには必ず融資のノルマがある。

彼らはその達成に必死である。

にもかかわらず、多くの中小企業経営者は銀行がお金を貸してくれないと嘆いている。

どうしてなのか?

それは銀行が貸しやすくしていないからである。

多くの中小企業の社長は、融資を申し込むときは「お願いします」と頭を下げる。

しかし、融資を受けたとたんに知らん顔をする。

「そのお金をどのように使ったのか」「そのお金を使ったことで会社がどうなったのか」を報告しない。

銀行からお金を借りたら、「お金の使い道」を報告するのが当たり前なのに、報告の義務を怠っている。

銀行側からすれば、心配でしかたがない。

多くの中小企業の経営者はこのことが分かっていない。

そのため、著者は次の3つのことを勧めている。

第一に経営計画書を作ること。

つまり、会社のルールと目指すべき数字を明文化して、1冊の手帳にまとめる。

第二に、経営計画発表会を行うこと。

つまり、期首に、銀行の支店長をお招きして、今期1年間の方針を発表する。

第三に、定期的に銀行訪問すること。

つまり、定期的に銀行を訪れ、会社の現状や借りたお金の使い方について報告する。

このことを確実に実行することだと。

会社は、お金を借り、規模を拡大して、お客様に喜ばれて、結果として売上が上がって、利益が出る。

このサイクルを繰り返していくこと以外に、会社は成長しない。

そのためには銀行と上手に付き合うことであろう。

2016年2月23日 (火)

グローバルエリートの仕事作法/梅澤高明

Photo ヨーロッパの知識層も、欧州文化の模倣ではないユニークな日本文化に一目置いています。教養というとクラシック音楽を聞いたり西洋文学を読むことをイメージする人がいるかも知れませんが、必ずしも同じ土俵に立つ必要はありません。むしろ自国の文化をしっかりと語れる人のほうが敬意を払われるし、欧州人の優越意識にも対抗できるのです。

経済のグローバル化が進んでいる。

欧米や中国の株価の下落が、直、日本にも影響を及ぼす。

このような時代だから、グローバルな人材が必要になる。

と、このような論が展開される。

しかし、グローバル化がアメリカ化や無国籍化と同義語となっている例も多い。

これは真のグローバル化ではない。

グローバルに活躍する人材こそ、日本人としてのアイデンティティを大切にすべきではないだろうか。

日本人は自国の歴史を知らないとよく言われる。

特に近現代史については、本当に無知というに等しい人が多い。

グローバル人材を目指す人こそ、日本の歴史をキチンと説明できるようになるべきではないだろうか。

2016年2月22日 (月)

無印良品の「あれ」は決して安くないのになぜ飛ぶように売れるのか?/江上隆夫

Photo 無印良品はコンセプトがすごい。
 コンセプトをつくる力、使う力がすごいのです。

「これがいい」ではなく「これでいい」

この短いセンテンスの中に無印良品のコンセプトが集約されている。

たった一文字の違いだが、この「で」は、私たちの消費社会に対する高度な批評になっているばかりでなく、無印良品が設立以来、突き詰めてきたコンセプトのエッセンスが示されている。

無印良品が目指しているのは「これがいい」ではなく「これでいい」という理性的な満足感をお客さまに持っていただくこと。

つまり「が」ではなく「で」なのだと。

しかしながら「で」にもレベルがある。

無印良品はこの「で」のレベルをできるだけ高い水準に掲げることを目指している、というのである。

これが無印良品の立ち位置なのである。

ただ、無印良品は別格として、大きな流れを客観的に見て、自分たちがどのように進むべきか、そのコンセプトと戦略をつくる、ということが私たち日本人は苦手である。

しかし、今の現状を見るにつけ、苦手だからといっておれないような気がする。

そろそろ、苦手科目の克服に取り組むべき時だろう。

2016年2月21日 (日)

フェルドマン式知的生産術/ロバート・アラン・フェルドマン

Photo 日本人に「専門家」とはどういう人ですか、と聞くと、たいていは「特定の分野についての情報(知識)をたくさん持っている人」という答えが返ってきます。これは欧米人の考える「専門家」像とはかなり違います。欧米では「情報と情報をつないで、そこに新たな意味を見いだせる人」が専門家として認められます。

専門家の概念が日本と欧米とは違うという話、

非常に面白い。

でも、価値のある専門家ということを考えると、欧米人の考える専門家の方が価値があるであろう。

いまや、何かを知っているというのはそれほど価値がない。

ITの進化によって、多くの人がかなりの情報にアクセスできるようになった。

もはや、何かを知っているということで差別化することは困難になってきた。

むしろ、情報をつなぐことによってどんな価値を創造したかということの方が重要である。

いまや、「単なる情報」は売り物にならない。

「情報から導き出した絵=結論」を売らなければいけない時代になっている。

これは専門家の世界だけでなく、あらゆるビジネスで言えることではないだろうか。

2016年2月20日 (土)

なぜ一流の男の腹は出ていないのか?/小林一行

Photo 人間は負けたら終わりなのではない。
 やめたら終わりなのだ
 ──リチャード・M・ニクソン

米国では、太っている人はマネジャーにはなれない、という話を聞いたことがある。

自己管理ができない人は、部下を管理することはできないという理由からだというが、一理ある。

世の中には、ダイエットに関する本があふれているが、本書のその中の一つ。

「こうすれば無理なく痩せられる」という内容である。

その中で印象に残ったのは、上記のニクソンの言葉。

結局、「あきらめないこと」「やめないこと」なのである。

そしてそれさえできれば、ダイエットに限らず、大抵のことは成就する。

全てのことに通ずることではないだろうか。

2016年2月19日 (金)

成城石井はなぜ安くないのに選ばれるのか?/上阪徹

Photo 本当においしいものをお客様に提供するために、できることをとことん突き詰めることこそ、成城石井のDNAなんです。そこに妥協は許されない。

興味深いのは、儲けよう、という発想ではないことだ。

本当においしいもの、こだわったものをとことん突き詰めよう、というところから、成城石井は品揃えを考える。

それが結果として、他社が真似できない仕組みや品揃えにつながった。

これにより、「成城石井」が今や一つのブランドになっている。

いかにブランドを築くか、ブランド力を高めるか、守るか。

多くの企業にとって、今やブランドは重要なテーマになっている。

だから、「ブランド戦略」などという言葉がある。

しかし、成城石井を見ていると、ブランドは作られるものであって、作るものではないのではないだろうか、と思わされる。

伝統的なブランドほど、そうやってブランドを形作ってきたのではないだろうか?

愚直に顧客と向き合ってきた結果が、ブランドになったのだ。

ブランドを作ろうとして、ブランドを作ったのではない。

成城石井の歩を見ていると、つくづくそう思う。

2016年2月18日 (木)

「仕組み」を作った社長が生き残る!/加納聖士

Photo 仕組みとは『人』に仕事をつけることではなく、『仕事』に人をつけること。

ここでいう「『人』に仕事をつける」とは、『人』中心で考えること。

具体的に『この仕事はAさんにはできるけど、Bさんにはできない』という考え方。

この場合、Aさんが辞めてしまうと、この仕事そのものがストップする。

これでは安定した経営はできない。

一方、「『仕事』に人をつける」とは人に依存せずに、誰がやっても同じ結果が出るようにすること。

この場合、Aさんが辞めても、Bさんも同じ仕事をするこができる。

そのためには仕組みを作り出すことが必要になる。

私が見たところ、ほとんどの中小企業は『人』に仕事をつけている。

逆説的だが、経営者が忙しく働いている会社ほど、成長できない。

経営者が必死になって働いているかぎり、中小零細企業を抜け出せまない。

社長が必死に働き、目の前の仕事をバリバリとこなしている会社は、ある一定レベルまでの成長できても、それ以上の成長を果たすことはできない。

成長している会社の経営者は『優れた人材』ではなく『優れた方法』に依存する。

ここでいう『優れた方法』とは、経験が少ない、または経験が無い人たちでも最高の成果を生み出せるような『仕組み』のこと。

『仕組み化』、これからの中小企業経営のキーワードになってくるのではないだろうか。

2016年2月17日 (水)

非言語を言語化せよ/長倉顕太

Photo 「みんなが感じているけど、まだ言語化できないもの」をタイトルにしたときにベストセラーが生まれる。

以心伝心という言葉がある。

日本人の特性を端的に表した言葉だと思う。

しかし、これはある一定の環境が整った中でこそ可能であって、これは例外的な事柄に属するのではないだろうか。

むしろこのことをあまりにも強調しすぎると相手に対する甘えが生じる。

「言わなくてもわかるだろう」という思い、これは明らかに相手に対する甘えであり、依存である。

また、このような文化がある日本人は、その分、言語化する能力が劣っているということもできる。

原則、私たちが心の中で思っていることは、言語化しない限り、相手には伝わらない。

その意味で、私たちはもっと言語化する能力を磨く必要があるのではないだろうか。

2016年2月16日 (火)

一流の人はなぜそこまで、習慣にこだわるのか?/小川晋平、俣野成敏

Photo たとえるなら、習慣とはクルマのようなものです。
 スポーツカーのアクセルを踏むのと、軽自動車のアクセルを踏むのとで、どちらが力がいると思いますか?
 ふたつとも大した違いがないでしょう。
 しかし、実際に出るスピードは段違いです。

習慣をクルマに例えるのは非常に分かりやすい。

つまり、よい習慣とは、スポーツカーのようなものであり、悪い習慣とは、軽自動車のようなもの、ということ。

同じ力を加えても、スピードは段違い。

どうせなら、スポーツカーに乗りたいものだ。

確かに、いわゆるできる社員とできない社員との差はこのようなものであろう。

できない社員が努力していないわけではない。

いや、むしろ、できない社員に限って、いかにも努力しているような態度を示す。

しかし、結果がでない。

なぜなのか?

やはり、努力の方向が違っているのだろう。

2016年2月15日 (月)

吉田松陰式リーダーの育て方/加納聖士

Photo『かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ 大和魂』

これは有名な吉田松陰の言葉。

現代語に訳すると、

このようなことをすれば、

このような結果になることを十分承知していたけど、

止むに止まれぬ気持ちから行動に踏み切った。

これこそが気高き日本人の魂である。

となる。

当時の松陰の想いを端的に表した言葉である。

松下村塾で学んだ若者は92人

期間は2年4か月

その門下生には高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文、山縣有朋等々がいる。

この中から総理大臣も2人出ている。

どうしてなのか?

上記の言葉に象徴される松陰の生き様が影響を与えたのではないだろうか。

2016年2月14日 (日)

なぜ、「会社の数字」は達成されないのか?/竹田陽一

Photo 中小企業の場合、社長がやると決めたその日から実行計画書を作ることができますが、実行計画書を作るうえでのルールがあります。それは「3カ月ごとに計画書を作成する」ということです。

本書は、ランチェスター戦略の本である。

ランチェスター戦略とは、一言で言えば「弱者の戦略」である。

例えば、経営計画の本を見ても、ほとんどが大企業のことを念頭に書かれている。

しかし、大企業と中小企業とは根本的に異なる。

中小企業の強みは何か?

小回りが利くということである。

多くの中小企業は、社長の一存でコロッと変わる。

これは悪い面でもあるが、良い面でもある。

この強みを活かさない手はない。

だからこそ、「3カ月ごとに計画書を作成する」必要がある。

ただ一つ言えること、それは、中小企業は大企業のマネをするとダメだということである。

2016年2月13日 (土)

成功者の名言/橘龍介

Photo ――共食いを恐れるな。自分で自分を食わなければ、いずれ誰かに食われるだけだからね。

上記はスティーブ・ジョブズの言葉である。

Appleがどうしてイノベーティブな企業となり得たのか。

それはジョブズがいたからに他ならない。

普通の企業であれば、イノベーティブな商品を一度作ったら、わざわざ、その価値を無にするような新商品は市場に出さない。

ところが、AppleはiPodを出したあと、iPhoneを出した。

音楽機能の付いたiPhoneは当然、iPodのシェアを奪う。

普通の経営者であれば、その場合、iPhoneの中に音楽機能はつけない。

共食いが怖いからである。

ところが、顧客の視点から見ると、この行為は、顧客を裏切る行為である。

常に自分の最高傑作を超えるものを模索し、アイディアを惜しんだりしない。

余計な打算はせず、その時に実現可能な最高を提供する。

Appleが根強いファン、もはや信者と呼ぶべき人々を多く抱えているのは、そういったジョブズの姿勢があってこその結果なのだろう。

でも今のジョブズ亡き後のAppleは、どうだろう。

果たしてジョブズのDNAを受け継いでいるのだろうか。

2016年2月12日 (金)

バカ上司を使いこなす技術/樋口裕一

Photo 上司は、どうしてバカになるのだろうか。理由は簡単。私に言わせれば、上司がバカな理由は、上司はバカであるように宿命づけられているからだ。

上司というのは、言ってみれば中間管理職にほかならない。

つまり上司には必ずその上司がいるのである。

サラリーマンである限り、上司のいないのは社長だけである。

いや、社長であっても、実際には前社長である会長が院政をひいていて、そのお伺いをたてなければ何も出来ないことすらある。

この大きな枠組みの中で、上司、部下の関係が成り立っているのである。

そして、たいていの場合、上司のさらに上の上司は無理難題を押しつけてくる。

上司はそれを部下に押し付ける。

その中には、非合理なこと、理不尽なこと、納得いかないこと等々、多々ある。

だから、良い上司がいないのは当たり前のことなのである。

問題は、そのような中で、自分はどう生きるかということ。

この現実を嘆いても仕方ない。

反抗しても、損するのは自分だ。

むしろ、これを良い学びにすべきだろう。

上司を通して、対人対応力を鍛えるのである。

社会の中で生きるということは、社会的な役割を果たすということである。

それはつまり、本音を言って素の自分でいるだけではなく、相手に合わせて違う自分を演出することにほかならない。

ビジネスパーソンには、「本当の自分はこうだから」といった凝り固まった考え方に捕らわれるのではなく、自分が属する環境をよい方向に変えていく柔軟性が必要になる。

部下の身分のとき、このことに気づいて実践していれば、将来にも大いに役立つことだろう。

2016年2月11日 (木)

クセのある上司を華麗にかわす技術

Photo 上司との関係がギクシャクする前に、相手のクセを見抜き、かわし方を覚えて攻略しようというテクニック。この技術を手に入れれば職場がたちまちラクな空間になる。仕事の実績が上がる。あるいは上司を手玉にとることも可能かもしれない。

誰もが良い上司の元で働きたいものである。

しかし、残念ながら、そのようなことは稀。

むしろ問題のある、またはクセのある上司の元で働くことの方が圧倒的に多い。

しかし、どんなにイヤな上司であろうと、部下は上司を代えることはできない。

一定期間、付き合わなければならない。

だったら、いい関係を作った方が良いに決まっている。

また、それによって人を見抜き、人と良い関係を構築する能力を養うことができる。

その能力は後々、役立つに違いない。

どんなことにも必ずプラスの面とマイナスの面があるもの。

だったら、プラスの面を見た方が得るものが大きいのではないだろうか。

2016年2月10日 (水)

明日、会社がなくなっても、自分の名前で勝負できますか?/川上徹也

Photo なぜ「志」が必要かって?
「志」こそが、ビジネスにおける最大の差別化戦略だからだ。
「志」は、あなたを高揚させ、行動へと駆り立てる。それによってまわりの人間とちょっと違うなと思われ、あなたという存在に気づいてもらえる。

会社がなくなっても自分の名前で勝負できる人がどの位いるのだろう。

ほとんどのサラリーマンは錯覚している。

会社の知名度がバックにあるので、人は自分を信用してくれているという現実が分かっていない。

そのような人は、会社を退職した途端、本当の自分の実力を知ることになる。

人は何を持って他者と差別化することができるのだろう。

著者は「志」を持つべきだと言っている。

「志」とは何か?

それは「心に決めた信念」である。

「何としても実現させたい究極の目標」

「何のために仕事しているのかの宣言」である。

これからの時代に求められている人材は、まわりの人々が共感できるようなメッセージを発信し、その行動を応援したくなるような人間だと著者は言う。

そのためには「志」が大事。

「志」というと、坂本龍馬や吉田松陰など、歴史上の偉人を思い浮かべやすいのだが、むしろ現代人こそ持つべきものだろう。

確かに「ぶれない自分」を持つことは、現代のような変化の激しい時代には、益々必要になってくるのではないだろうか。

2016年2月 9日 (火)

人間は自分が考えているような人間になる/アール・ナイチンゲール

Photo いつもあなたがふけっている夢想は、本来のあなたがあるべき姿を教えてくれる、内心の情報であることが多いものだ。

人生に夢や目標がないという人はたくさんいる。

しかし、それは自分の内なる声に無関心であるからに他ならないのではないだろうか。

人間、歳を取れば、それなりに経験を積み、夢が簡単に実現しないことはわかってくる。

だんだん現実的になってくる。

しかし、それと夢を持たないこととは別である。

夢を持って生きている人と、そうでない人とは、やはり人生の充実感が異なる。

まさしく人生とは、心構えがすべての勝負である。

心の持ち方ひとつで精神力が充実するかどうかが決まるし、精神が充実していれば私たちの行動力も高まる。

だから何よりも重要な要素は心構えである。

それが成功と失敗との分かれ目になる。

そして、やはり夢は持つべきだろう。

そのためにも、もっと内なる声に耳を傾けるべきではないだろうか。

2016年2月 8日 (月)

上達の原則/北村勝朗

Photo 私はこれまでノーベル賞などの世界的な賞を受賞した科学者、偉大な業績をあげた芸術家やプロスポーツ選手など、さまざまな分野で活躍する300人以上の人に、どのように才能を開花させたのか、長期間にわたってインタビューを続けてきた。(中略)
 その結果わかったのは、「達人」や「エキスパート」と称される彼ら彼女らは、並はずれた成果を出すまでに、共通しておおよそ「10年間・1万時間」にわたる練習時間を積み重ねていたことだった。

際立った才能を持った人を見ると、私たちは「あの人は特別だ」と思いがちである。

しかし、著者の調査によると、偉大な業績を上げた人たちにインタビューをした結果、共通したのはおおよそ「10年間・1万時間」にわたる練習時間を積み重ねていたということ。

つまり、彼ら、彼女らは決して才能や素質に恵まれた超人ではない。

卓越した記録や美しい演奏、新しい法則の発見の裏には、必ず継続した努力があった。

知識や技術などの上達には、長期間の練習や学習が欠かせないということである。

当たり前といえば、当たり前なのだが、一言に「10年間・1万時間」といっても、これは中々できることではない。

並みの努力ではない。

彼らは「努力の天才」といえるのかもしれない。

2016年2月 7日 (日)

「社会を変える」を仕事にする/駒崎弘樹

Photo 若いうちに培うべきなのは、試行錯誤によって生み出される、自分はできるんだ、という「心の構え」なのである。

本書は、社会起業家としての奮闘記である。

社会貢献のために事業を始めるにしても、事業であることには変わりない。

つまり、利益を上げなければならない。

どんなにいいことであっても、それが支持され、ちゃんと収益も確保されなければ長続きしない。

事業を立ち上げれば、人やカネの問題に日々悩まされることになる。

きれいごとでは済まない部分も多々ある。

そして、幾多の壁を乗り越えなければならない。

その意味で社会起業家という生き方は、ある面、タフな生き方であるともいえる。

本書を読んでみて、著者の生き方を支えているのは、若いころの成功体験からくる「私はできるんだ」という信念のようなものではないだろうか、と思った。

逆に言えば、これがあるかないかが成功のカギであるともいえるのではないだろうか。

2016年2月 6日 (土)

脳のワーキングメモリを鍛える!/トレーシー・アロウェイ、ロス・アロウェイ

Photo 仕事をつづけていると、ワーキングメモリをシャープに保つことができる。引退すると、職場での日々とは異なり、さまざまな要求に応じる必要がなくなり、生活のペースが落ちる。するとワーキングメモリが難題に直面する機会が減る。こうしてワーキングメモリが怠けはじめ、その状態があまりにも長引くと、必要に応じて覚醒できなくなる。つまり引退は、認知能力にダメージを与えるおそれがあるのだ。

ワーキングメモリとは、情報を処理する能力である。

もっと正確にいえば、意識して情報を処理すること。

意識するとは、その情報を頭のなかに置くことだ。

それに注意を払い、頭のなかでそれにスポットライトをあてて集中したり、その情報に関する決断をくだしたりすることだ。

情報を一時的に保存し、その情報を利用してなんらかの作業をおこなう際、わたしたちは「ワーキングメモリ」と呼ばれる脳の領域を活用する。

それは「短期記憶」とは異なる。

仕事で出会った初対面の相手の名前をしばらく覚えているとしたら、それは「短期記憶」にあたる。

いっぽうワーキングメモリは、その情報を短時間覚えているだけではなく、その情報でなんらかの「作業」ができるようする。

本書では、このワーキングメモリを鍛える手法が多く紹介されている。

そんなに多くのことを実行できるわけではないが、唯一学んだことは、「仕事を続けていれば、ワーキングメモリは衰えない」ということ。

そう考えると、悠悠自適な生活というのは、ワーキングメモリ的に考えると、決して幸せな生き方ではないということが言えるのかもしれない。

2016年2月 5日 (金)

起業家のように企業で働く/小杉俊哉

Photo 自分の運命は自分で管理しなさい。さもなければ誰か他の人が管理しようとする。
ジャック・ウェルチ(元GE会長兼CEO)

企業で働くことをやめ、独立するにしても、企業でそのまま働くにしても、自ら仕事を作りだし、自らの責任において行うことが必要な時代になった。

すなわち「自律」が必要になったということ。

いざとなったら誰も助けてくれないし、責任をとってくれない。

いつまで経っても言われたことしかできない人間は、環境が変化すると生き残れない。

企業を取り巻く環境が安定していたり、安定的に変化したりしていた時代は、上司が答えをもっていた。

自らの成功体験や経験に基づいて、部下に指示を与え、導くことが可能だった。

しかし、環境が激変するなかでは、長く会社にいたからといっても、初めて体験することに関しては、部下と同じである。

上司も正解が分からないのだ。

これは、企業のトップでさえ同じだ。

だから、上位者は自信を持って指示を出すことができない。

むしろ、現場に近い部下の方から、新しい提案を出して欲しいと思っている。

もちろんそのように直接言う人は少ないだろう。

しかし、それを期待しているのだ。

「起業家のように企業で働く」ことが求められる時代になったということであろう。

2016年2月 4日 (木)

仕事がデキる人がやっている60秒ルール/西村克己

60 言い出しっぺを担当者にしないというルールは、アイデア出しには不可欠なルールです。なおその会社では、アイデアを出した人が自主的に担当者に名乗り出るのはかまわないそうです。乗り出るのであれば、やらされ感ではなく、使命感が芽生えるでしょう。

言いだしっぺが担当者になるというルールは多くの会社にある。

これは一見、合理的に見える。

提案した者が責任者として実施する。

当然なことのようにも思える。

ところが、ほとんどの場合、これは逆効果になる。

もし会議を活性化させたいなら、提案する者と実施責任者は別にすべきである。

それをルール化すべきである。

リーダーは、こんな微妙な心理のあやが人の行動を方向付けるということは、はっきりと認識する必要があるのではないだろうか。

2016年2月 3日 (水)

成功社長がやっていた、たった10個の習慣/冨永英里

10 私はいつも「美空ひばり型経営」から「AKB型経営」へと変革できるかがカギだ、とお話しています。ひとことで言えば、「スターは誰か?」ということ。
 「美空ひばり型経営」ではスターは言うまでもなく社長。社長には圧倒的な能力、リーダーシップ、カリスマ性が必要でした。しかし現在、そのスターは社員へとシフトしています。

『「美空ひばり型経営」から「AKB型経営」へ』

これは多くの中小企業の課題ではないだろうか。

多くの場合、中小企業の創業経営者は強力なリーダーシップがあり、カリスマ性がある。

創業時はそれだけのパワーがなければ、うまくいかないというのは事実であろう。

しかし、どんなに優秀な社長もやがては限界がくる。

特に現代のような変化の激しい時代では、その限界の来るのが早くなってきているような気がする。

あれだけ冴えていたカンにも陰りが出てくる。

でもそんなこと、社員は言えない。

結果、社長は『裸の王様』状態になる。

やがて会社の経営もおかしくなる。

多くの中小企業がそんな状態になっているのではないだろうか。

顧客に一番近い位置にいるのは、社長ではなく、現場の社員である。

いかに経営の主体を社長から社員にシフトさせていくか?

多くの中小企業の課題なのではないだろうか。

2016年2月 2日 (火)

ハーバードの自分を知る技術/ロバート・スティーヴン・カプラン

Photo 繰り返しますが、高いパフォーマンスを長く維持するには、内発的動機づけをいくらか満たす仕事をする必要があります。そのためには、仕事をはじめて間もないうちに、その仕事があなたの内発的動機づけを十分に満たしてくれるかどうかを見極めることが重要です。

動機付けには、内発的動機付けと外発的動機付けがある。

外発的動機付けは、外からの刺激による動機付け。

高い報酬、ステータス、権力、ポジション等である。

これらによってやる気がでることは確かにある。

しかし、長続きはしない。

例えば高い報酬であれば、一回それをもらうと、更に高い報酬がなければやる気がでなくなる。

麻薬のようなものである。

一方、内発的動機付けとは、内側から湧き上がるやる気である。

仕事そのものの面白さや、達成感、自己実現、社会貢献等がそうである。

これらの特徴は長続きすること。

一つのスキルを身に付け、その道のプロと言われるほどになるには、継続が大事。

ある本によると1万時間が必要だとのこと。

それだけの時間、やり続けるには強い動機がなければ無理であろう。

しかも内発的動機付けが必要。

その意味では、自分を根本から動かしている動機というものにもっとスポットをあてるべきであろう。

2016年2月 1日 (月)

ナリワイをつくる/伊藤洋志

Photo 「ナリワイ」は、「生業」だから、生活でもあり仕事でもある。労働かと言われれば、やっていて楽しいということも大事な条件なので、単なる労働ではない。「ナリワイ」はあくまで、人生を直接充実させるような仕事を指す。

今、多くの人が「働き方」について模索している。

高度成長期は大企業に就職し、定年まで働くことが多くの人のスタンダードであった。

しかし、企業神話が崩壊し、たとえ大企業であっても一生安泰とはいかなくなった。

また、選択肢が多様化したことも、かえって複雑化している。

そのような中で、本書は一つの働き方を提示している。

仕事であり同時に生活でもあり、娯楽にもなりうる「ナリワイ」は、過当な競争に巻き込まれない。

「ナリワイ」は、小さな仕事を組み合わせて生活を組み立てていく。

「ナリワイ」の考え方の真髄の一つは、稼がなきゃ稼がなきゃと外部の環境に振り回されるより、自分の生活をつくる能力を磨き、それをちょっと仕事にしてしまうほうが確実ではないか、ということ。

ワークライフバランスという言葉があるが、これは、ワークとライフを一体化しようという試みではないだろうか。

個人的には、いろんな生き方があっていいと思う。

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