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2016年6月の30件の記事

2016年6月30日 (木)

ことばのゲリラ反撃術/ゆうきゆう

Photo 人間には、「○○だから」と言われると、つい無条件で従ってしまうという実験結果もあります。

これは面白い実験結果である。

その実験とは、コピーをしている人に近づいて、次の3パターンで先にコピーさせてくれるように頼む。

A「先にコピーさせてくれませんか?」と、普通に頼む。

B「急いでいるので、先にコピーさせてくれませんか?」と、理由を言いながら頼む。

C「コピーを取らなければいけないので、先にコピーさせてくれませんか?」と、「理由になってないじゃん」的な理由を言いながら頼む。

その結果承諾率は、Aが60%で、Bが94%、そしてCは93%で、BとCはほとんど変わらなかったというのである。

よって、結論を伝える前に、「だから」という接続詞をつけたほうが、そこまでの話の内容は何であれ、より説得の成功率は上がるということ。

提案や依頼のときは必ず、「~だから、○○」というのを忘れないこと。

これ、意外と使えるテクニックではないだろうか。

2016年6月29日 (水)

困った性格の人とのつき合いかた/小羽俊士

Photo_4 私たちはみんな多かれ少なかれ“マイ常識”“マイルール”というものを持ってしまっています。自分にとっての物事の感じかた、理解のしかた、価値観の持ちかたを「普通、これが常識でしょう!」と考えてしまい、同じように感じない他者のことを、どこか受け入れられないところがあるのです。

よく「自分がしてもらいたいことを人にしなさい」という。

しかしそれは「人と自分とは同じ」という前提の上に立った考え方である。

人間関係おかしくなる原因の一つはこの前提の間違いにある。

私たちが対人関係においてストレスを感じるのは「相手のことを自分と同じ感覚と理解と価値観を持った、基本的に同じような人間である」と思い込むからである。

したがってそうでない現実に、フラストレーションを感じるようになる。

「人と自分とは違う」という基本をまずはっきりと認識することであろう。

2016年6月28日 (火)

ヤフーとその仲間たちのすごい研修/篠原匡

Photo かつては新入社員研修がまずあって、その後は階層を上がる時の通過儀礼としての研修が多かったと思いますが、企業を取り巻く競争環境が大きく変わる中で、問題解決やリーダーシップ、チームビルディングなど仕事に必要なモノを学ばせたり、経験させたりということを企業は戦略的、体系的にやっていかなければならなくなりました。国籍や雇用形態の異なる人々をどうやって率いるか、あるいはどうやって同じ船に乗ってもらうかが今のリーダーに求められています。

ヤフー、インテリジェンス、アサヒビール、等々・・・。

それぞれの組織の精鋭31人が、ある日、北海道・美瑛に集められた。

ミッションは「この地域の抱える課題を解決するプロジェクトを提案せよ」というもの。

突如下ったミッションに、精鋭たちは混成チームで挑む。

期限はわずか半年。

半年で結果を出すことが求められる。

面白い研修である。

受け身の研修ではない。

参画型の研修である。

今、研修のあり方が大きく変わろうとしているのではないだろうか。

かつて、企業研修は単なる通過儀礼であった。

しかし、今は質が問われる。

変化の激しい時代、研修だけは昔のままというのでは生き残っていけないということであろう。

2016年6月27日 (月)

世界を変えたいなら一度〝武器〟を捨ててしまおう/奥山真司

Photo リアリズムとは、基本的にその国家が国際社会のなかで生き残るために貪欲になるということで、周りが助けてくれるということなど期待せず、とにかく一国だけが何が何でも生き残るという視点から物事を考える理論です。

世界の国々はリアリズムで生きている。

ところが日本だけはそうではない。

代表的なのは、憲法9条があるから日本は守られたという論である。

リアリズムで考えれば、そのような結論にはならない。

ほかの大きな国にコバンザメのようについていって生き残るのもよし、2つの国を喧嘩させて生き残るのもよし。

相手の欲望をコントロールして、自分がいかに常に優位に立っていくかでしのぎを削っていく。

そんな冷徹な精神を教えているのがリアリズムである。

国際関係というのは、弱肉強食の世界である。

この生存競争を意識していないのが、平和ボケしてしまった日本である。

ほかの国を見てみれば、ほとんどの国が軍備を持っている。

生存競争ということが国際社会において前提となっている。

日本は今までそうした生存競争というものをあまり意識せずともやってこられた国だった。

しかし、もうそんなことは言っていられる時代ではなくなった。

これは個人についても同様である。

個人もリアリズムの精神を持って、自分自身で何とか荒波を乗り切っていかなければならない。

今、国家も個人も、考えを変えるべき時にきているのではないだろうか。

2016年6月26日 (日)

エリートの仕事は「小手先の技術」でできている。/山口真由

Photo 上司に何かを提案するとき、自分が考えたことのすべてを書面に盛り込むことはしない。だいたい8割を書いて、2割はあえて入れない。

ちょっとした技能、機転、技術、これらを積み上げていくことがやがては大きな成果を生みだす。

これが本書で著者が言っている事。

例えば、上記の8割主義。

提案をするときは2割の突っ込みどころを残すというやり方。

なぜ10割ではダメなのか?

すべてがガチガチに固められた提案書は、実は、柔軟性に欠ける。

ある欠点に気づいたときに、ひとつを直そうとすると、こちらも、あちらもと、さまざまなところに影響が出てしまう。

それを理由に、提案自体が退けられることになるかもしれない。

ところが8割が書き込まれた提案書は、書かれていない2割が、突っ込みどころとなる。

しかし、逆に考えれば、この2割こそが、上司からの批判や新たな提案を受け入れる「余地」になる。

この2割の余地によって、上司の提案による変更部分を吸収し、もともとの提案とうまく組み合わせることができる。

上司にとっては、提案をそのまま退けるのではなく、より良い提案に変容させるための、バッファーとなる、というのである。

覚えておきたい、ちょっとした仕事のコツである。

結局、仕事のできる人というのは、このようなコツをたくさん持っている人なのであろう。

2016年6月25日 (土)

リッツ・カールトンが大切にするサービスを超える瞬間/高野登

Photo サービスの技術や技能は訓練すれば習得できます。知識もキャリアを積めば自然に身につくものです。しかし、その人の人格や価値観は長い時間をかけてつちかわれてきたものであり、あとからそう簡単に変えられるものではありません。テクニックはあとから訓練できたとしても、パーソナリティは鍛えられないのです。

著者がリッツ・カールトンの採用面接を受けたとき、実績やスキルについてはあまり質問されなかったという。

むしろ「最近、どんな本を読みましたか?その本のどこに感動しましたか?」

「先月、自分の家族を喜ばせるために何をしましたか?」

「同僚があなたに協力的ではなかったとしたら、あなたはどうしますか?」

といったように人間性や性格を探るような質問が中心だったという。

確かに、パーソナリティの部分は変えることはできない。

しかし、スキルは訓練すれば身に付けることが出来る。

たとえば人とコミュニケーションを取るのが好きだという人ならば、最初は接客のノウハウがなくてもいい。

まさに「好きこそ物の上手なれ」で、本人が進んで接客の技術や知識を身につけていくだろう。

つまり、優秀な人材を育てられるかどうかは採用時にほぼ決まってしまうといってもいいだろう。

変わらない部分を採用時に見極めるというのは非常に合理的な考え方だと思った。

2016年6月24日 (金)

国宝消滅/デービッド・アトキンソン

Photo 「社長、いつになったら昔みたいなゆったりした経営に戻るのですか」
 正直、戻りません。

この類の話、よく聞く。

特にベテラン社員から多く聞く。

「昔はよかった。それに比べ今は・・・」と。

でも、彼らは自分自身が一番問題だということに気づいていない。

年を取っても若いものが到底追いつけないほどのスキルを身に付けていれば高い給料をもらっていても全く問題はない。

問題はベテランであるということにあぐらをかいて、もらっている給料と貢献度がアンバランスになっている社員。

長い間日本の会社は、このような社員を日本的経営だといって守ってきた。

でも、そろそろそれも変える時期にきているのではないだろうか。

2016年6月23日 (木)

ゼロ・トゥ・ワン/ピーター・ティール、ブレイク・マスターズ

Photo アップルの価値は、ある人物のひとつのビジョンから生まれていた。このことは、新たなテクノロジーを生み出す会社が、いわゆる「現代的」な組織ではなく封建君主制に近いことを暗に示している。独創的な創業者は、有無を言わせず決断を下し、忠誠心を呼び起こし、数十年先まで計画できる。逆に、訓練されたプロフェッショナルが運営する個性のない官僚組織は、ひとりの寿命を超えて存続するけれど、目先のことしか見ていない。

ジョブズは偉大な経営者だが常識人ではなかった。

一時は、その偏屈さや極端さに多くの人が離れていった。

しかし、結局、そのような負の要素がiPhone、iPadと言った画期的な商品を世に送り出した。

現代は、単なる漸進主義を超えて会社を導くことのできる非凡な人物を必要としている。

普通なら、ひとりの中に正反対の特徴は共存しない。

たとえば、ある人が金持ちでもあり、同時に貧乏だということはあり得ない。

でも、創業者にはそれが起こり得る。

創業時の経営者は現金はなくても紙の上では億万長者だということがある。

鼻持ちならない嫌なヤツと魅力あるカリスマの間を行き来することもある。

成功している起業家はほとんどみなインサイダーでありながら同時にアウトサイダーだ。

成功すると、有名にもなるけれど悪名にもまみれる。

その意味では私たちは創業者の偏屈さや極端さにもっと寛容になるべきだろう。

2016年6月22日 (水)

賊軍の昭和史/半藤一利、保阪正康

Photo 変だなと思っていたんですが、ついに、千早正隆さん(元海軍中佐)という人が教えてくれました。
「しょうがないな、半藤君。そんなにしつこく聞くんなら、俺も間もなくあの世へ行く身だから、教えてやる」といってね。
 日本から若手の幕僚がドイツに留学すると、ハウスキーパーという名目で、すごい美人がつく。それで、みんながドイツはいいところだと思うようになったらしいんです。
 何のことはない、ドイツのハニー・トラップにみんなやられたんですよ。

昭和の海軍には親ドイツ派が多かった。

それが1940年の日独伊三国同盟締結につながった。

ひいてはこれが大東亜戦争を引き起こした。

そう考えると、なぜ、昭和の海軍に親ドイツ派が多かったのか?

疑問がわく。

ところが、半藤氏が元海軍中佐にインタビューして、ハニートラップが原因だということが分かったという。

ハニートラップに引っかかったことが大戦の遠因だった。

案外これが、歴史の真実かもしれない。

2016年6月21日 (火)

天才/石原慎太郎

Photo 初めて出合った毛は大層にこやかだった。握手の後いきなり、
「周首相との喧嘩はすみましたか。喧嘩しなけりゃ駄目ですよ。喧嘩をしてこそ仲良くなれるものですからね」

今、田中角栄ブームが来ている。

そのきっかけになったのが本書である。

石原氏が角栄の独白という形で記している。

田中角栄が行ったことで、もっとも大きなことはやはり日中国交正常化であろう。

賛否両論がある中で中国に行って正常化交渉をし、話をまとめてきた政治家としての器の大きさを感じさせる。

それと比較すると、今の政治家、小粒になったという印象だ。

2016年6月20日 (月)

レッドブルはなぜ世界で52億本も売れるのか/ヴォルフガング・ヒュアヴェーガー

52「レッドブルのための市場は存在しない。我々がこれから創造するのだ」

1980年代に初めて配布したプレゼン資料にはこう書かれていたという。

創業時から大きなビジョンを掲げ、それを現実のものとした例である。

ドラッカーが企業の使命とは「顧客の創造」である、と言ったことを想起させる。

レッドブルは市場参入から25年で、零細企業からグローバルな大企業にまで成長した。

絵にかいたようなサクセスストーリーである。

しかし、その中核商品であるエナジードリンクは、決してオリジナルなものではない。

「リポビタンD」などのエナジードリンクを出していた大正製薬の経営者が当時の日本の長者番付の第一位になっていることをマテシッツはひょんなことから知り、日本はもちろん、東アジアのさまざまな国で普通に飲まれていたエナジードリンクに興味を持つ。

これがすべての始まりだった。

つまり、ビジネスの端緒となるアイデアはオリジナルである必要はないということである。

ゼロから一をつくるのではなく、一を百にも千にもしていくところにビジネスの本領があるといえよう。

2016年6月19日 (日)

一瞬で相手の性格を見抜く技術/中嶋真澄

Photo 眉から額にかけての頭脳ゾ ーンが発達した人の顔つきを単純化すれば 、逆三角形でアゴから口元が細くなる ▽顔となります 。特に頬の部分に厚みがなく平坦な人は 、頭でものを考えるタイプ 。感情ゾ ーンの発達した人は 、人に興味を持っていますが 、頭脳ゾ ーンの発達した人は 、人にあまり関心がなく 、機械や数字 、デ ータ的なものに興味を示します。

上記の記述を読んで、まず頭に浮かぶのは舛添都知事である。

彼の会見を見ていると、頭は良いものの、人の感情の機微に無頓着であることが分かる。

だからあんなことができるのであろう。

さて、ビジネスは人だといわれる。

あらゆる仕事に人間関係が影響する。

人を見る目があり、人間関係をうまく制していくことのできる人は、仕事もうまくいくはずである。

人の性格は外見の印象に現れる。

ここでいう印象とは、その人自身の中からにじみ出る「何か」である。

その人の持つ独特の雰囲気やオーラのようなもの。

何気ない眼差しや顔つき、体つき、姿勢、声の質や声の高さ。

そして、本人にとっては、あまりにも当たり前すぎて、ふだんは気にも留めずにやっている心の習慣の数々。

心の習慣とは、その人の性格から来る欲求や性格に根差す価値観が日頃の行動パターンとなって表れたもの。

これらは半ば本能的な直感によってとらえられるもの。

これらを正確に見抜くことが出来れば、人間関係は今よりずっと楽になるに違いない。

人を買いかぶったりすることも少なくなるに違いない。

ぜひ身に付けたいスキルである。

2016年6月18日 (土)

30代の働き方には挑戦だけが問われる/小杉俊哉

30 がむしゃらに働いて挑戦する中で「経験」を積み重ね、「自己理解」を深めてきた人間は、顔をひと目見るだけでわかる。

これまで1000人の採用面接をしてきたという著者が、採否の決め手としているのは「顔」だという。

リンカーンが「男は40歳になったら自分の顔にも責任を持たなければならない」と言ったという話が残っている。

この「顔」というのはイケメンかどうかということではない。

造作の問題ではない。

その人の生き方が「顔つき」に表れるということである。

「いい顔」には、誠実さ、溢れんばかりの意欲、そしてどんな困難が目の前に立ちはだかったとしてもつねに前向きに取り組める姿勢が表れる。

「いい顔か否か」を見分けることで、その人の生き方が判断できる。

特に30代以降の顔には、生き様が刻まれる。

この判断基準、案外当たっているのではないだろうか。

2016年6月17日 (金)

32歳になったら上司と部下を使い倒すことを覚えなさい!!/真田茂人

32 人間は他人に頼られると嬉しいものです。それは上司や部下に対しても同じです。つまり、上司や部下が喜んであなたに協力したい状態をつくること、それが結果的に「上司と部下を使い倒している状況」になるのです。

企業という組織の中で働く以上、社長にならない限り必ず上司がいる。

また、入社して数年すれば部下もつく。

つまり、サラリーマン生活の大部分は上司と部下の関係性の中で成り立っているといっても過言ではない。

そして、その職業生活が充実したものとなるためには、良い関係を築くこである。

上司と部下を使い倒すと言っても、上司も部下も道具ではないので、思い通りにはならないのが普通である。

残念ながら上司も部下も、誰に対してもうまく使って欲しいと思っているわけではない。

中には、この人に協力するなんてご免だということもある。

そこをあえて「使い倒す」という言葉を使っている。

「使い倒す」という表現は、出世したい、給料を上げたいという自分の野望のために、上司と部下をとことん利用することではない。

上司や部下から「この人の役に立ちたい!」と思ってもらえる状態になること。

上司と部下との間にwin-winの状態を築き上げる事。

大事なことだと思う。

2016年6月16日 (木)

資本主義の極意/佐藤優

Photo したがって帝国主義のもとでは、資本の過剰は恐慌か戦争のどちらかで処理されることになる。この考え方は、現代においてもなお有効です。

歴史を見ると、資本主義システムが続くために恐慌か、さもなくば戦争か、この二つのどちらかが起きているという。

いわれてみればそうである。

資本主義は完全なシステムではない。

当然、様々な問題がある。

あえて言うならば共産主義よりはマシという程度のこと。

ただ、今のところ、それ以外に優れたシステムがないので資本主義が主流になっているだけである。

今、格差が拡大し、資本の過剰が進んでいる。

資本の過剰は必ず恐慌や戦争で処理されている、ということは一つの教訓として覚えたおいた方がよいかもしれない。

2016年6月15日 (水)

乱読のセレンディピティ/外山滋比古

Photo 一般に乱読はよくないとされる。なるべく避けるのが望ましいと言われる。しかし、乱読でなくてはおこらないセレンディピティがあることを認めるのは新しい思考と言ってよい。そうすれば、人文系の分野にも、セレンディピティが生まれることがはっきりする。

かつて、本は熟読が望ましいと考えられていた。

行間を読むように何回も何回も繰り返し読む。

それによって、本質に近づくことができる、と。

しかし、それはもしかしたら本が希少だった時代の神話だったかもしれない。

いまや本は巷に溢れている。

これほど本が多くなったら、良書より悪書の方が多いと思わなくてはならない。

でも良書と悪書を見分けるのは至難の業である。

悪書にひっかかるのを怖れていれば、本など読めるものではない。

結局、読んでみなければわからないということになる。

だったら、乱読をしてみることである。

乱読することによって、セレンディピティが生まれるようにすることが今風の読み方かもしれない。

2016年6月14日 (火)

ルールを変える思考法/川上量生

Photo これまで僕は、何かの仕事を始めるときには必ず、それが〝格好いい物語になるか〟を考えながらビジネスプランを練ってきました。

何か仕事を始めるときのポイントは「恰好いい物語になるか」がどうかだと著者はいう。

この視点、非常に興味深い。

でも、「恰好いい物語」とは何だろう。

著者のいう「恰好いい物語」とは、リスクを背負ってでも筋を通すことだという。

人は物語によって動く。

その意味では、その人なりの物語を作ることは大切なことではないだろうか。

ただ、恰好いいかどうかは人によって違う。

自分にとっての格好よさとは何なのか?

これを考えることは無駄ではないと思う。

2016年6月13日 (月)

出現する未来から導く/C・オットー・シャーマー、カトリン・カウファー

Photo すでに4・0の世界(エコ)で動いている現実と、ほとんど2・0の思考世界(エゴ)にとらわれたままのリーダーシップをどう一致させればいいのだろう。その一致こそが、リーダーの新しい仕事の真髄だ。

本書では経済思想の変遷を4段階に分類している。

1.0は国家中心モデル。

単一セクター社会における階層制と支配を通した調整を特徴とする。

2.0は自由市場モデル。

第二のセクター(民間)の台頭と、市場と競争のメカニズムを通した調整を特徴とする。

3.0は社会的市場モデル。

第三のセクター(NGO)の台頭と、組織された利益団体間の交渉による調整を特徴とする。

4.0は共創造のエコ‐システム・モデル。

すべてのセクターの利害関係者の参加によるセクター横断的イノベーションのためのプラットフォームを創造し、場をホールド(保持)する第四のセクターの台頭を特徴とする。

エコ‐システムとは、その構成要素が、周囲の環境、つまり生態学的、社会的、知的、精神的な状況と一つの単位、いわば家全体として相互に作用し合うシステム。

つまり現在はすでに4.0に突入しているのだが、リーダーシップの考えは2.0のままということが多い。

また、今日の実体経済は高度に相互依存的なエコ‐システムの集合であるが、その中のプレーヤーの意識は多くのエゴ‐システムに分裂している。

エコ‐システムの現実とエゴ‐システムの意識のギャップを埋めることが、今日のリーダーシップの最も重要な課題だということであろう。

2016年6月12日 (日)

私が「白熱教室」で学んだこと/石角友愛

Photo 問われるのは、つねに自分で考える力や、それを表現する力であり、教師が教えたことをどれくらい理解しているかは、アメリカでは「学力」としてはあまり重んじていないのです。

自分の頭で考える力、それを自分の言葉で表現する力。

実はこれは多くの企業経営者があげるわが社に欲しい人材の要件と合致する。

逆に言えば、このような人材が日本にはいかに少ないかということである。

なぜか?

学校教育でそのような人材を育てていないからである。

日本の学校教育はいまだに記憶が中心である。

答えは一つ、それをいかに正確に早く答えるかが問われる教育。

これがアメリカの教育と決定的に違う。

ハーバード大学をはじめとした、アメリカのエリート教育では、とことん考えさせることによって、あらゆることを多角的に、思慮深くとらえる人間を育てようとしている。

少なくとも学校教育は、アメリカのやり方を見習うべきではないだろうか。

2016年6月11日 (土)

「余命3ヵ月」と伝えるときの医者のホンネ/奥仲哲弥

Photo ポイントは「薬」です。「ひとつの病気に対して薬を何種類もださない」、「以前飲んでいた薬を調べて5種類から3種類に減らしてくれた」。こんな医者に出会ったら、信頼してもいいと思います。

良い医者と悪い医者とを見分ける簡単な方法は何か?

現役の医師である著者によると、薬をやたらに出すのは悪い医者、薬を出さないか、最小限しかださないのは良い医者だという。

確かに、病院に行って診察を受けると、やたらに薬を出し、飲むように言われる。

患者は素人なので、言われるままに飲む。

ところが、薬には必ず副作用がある。

場合によっては、一つの薬の副作用によって、さらに他の薬を飲むことにすらなる。

このようにして負のスパイラルが回り出す。

でも、これ、病院にとってはいいお客様である。

一生、病院に通い続けてくれる良質のリピーターである。

それでなくても日本人は薬好きである。

薬を与えられると安心するところがある。

つまりどっちもどっちという関係が続いているというのが実際なのではないだろうか。

2016年6月10日 (金)

人工知能は人間を超えるか/松尾豊

Photo オックスフォード大学の研究報告では、今後10~20年ほどで、IT化の影響によって米国の702の職業のうち、約半分が失われる可能性があると述べている。米国の総雇用のなんと47%が、職を失うリスクの高いカテゴリに該当する。

人間のすべての脳の活動、すなわち、思考・認識・記憶・感情は、すべてコンピュータで実現できる。

近い将来、人工知能が、行動に基づく抽象化ができるようになると、可能性はどんどん広がってくるという。

たとえばロボットが「人間の手を強く握ると、人間は痛いと感じる」といったことを理解して、痛くないようにやさしく握る、傷つけないように運ぶなど、人間にしかできなかったような繊細な行動ができるようになる。

その結果、物流や農業など、それまで「モノ」を対象としてきたロボットの活動範囲が、対人的なサービスにまで広がるだろう。

たとえば家事、医療・介護などの分野にロボットが進出してくる。

また、こういう言い方をすると相手は喜ぶといったように、感情をコントロールするような対応ができるようになる。

受付やコールセンター業務も人工知能が行うことが可能になるのかもしれない。

製造業では、ひと昔前まで機械では実現できなかった熟練工の技術も、少しずつロボットで代用可能になっていくだろう。

これは一部の人間にとっては脅威かもしれない。

しかし、日本はこれから人口減少社会に突入する。

労働力が減ってくる社会において、人工知能の進化はプラスの面で働くのではないだろうか。

2016年6月 9日 (木)

マーケティングマインドのみがき方/岸田雅裕

Photo マーケット・ドライビングは、自分たちにとって出したいもの、自信のある製品を出すというタイプ。市場でいま何が人気かなどということはあまり気にせず、顧客の声に耳を傾けないというタイプです。
 マーケット・ドリブンは世の中の動きを敏感に察知し、人々が求めるものを出すというタイプ。顧客の声に熱心に耳を傾けるタイプです。
 私は桑田佳祐率いるサザンオールスターズと、ユーミンこと松任谷由実は、それぞれのタイプの代表的な存在だと思っています。

サザンとユーミンをマーケットの二つのタイプに分けて説明しているのは興味深い。

サザンはマーケット・ドライビング型、ユーミンはマーケット・ドリブン型だと。

ユーミンは、いかにマーケットに自分がぴったりよりそって行くかというつくり方。

ユーミンが用賀のレストランで、一般客を装いながら普通の女の子のおしゃべりに耳を「ダンボ」のようにして、いまの若い女の子たちが何に関心を持ち、何にあこがれているかをリサーチしていたというエピソードは有名である。

ユーミンはそうやって独自の市場調査でみつけた時代の気分のようなものを歌詞に織り込み、若い女性たちの心をつかんでいった。

一方サザンは世の中の動きとは関係なく、自分たちが世の中に問いたいものができたときにアルバムを発表するというスタンスだった。

つまり、「サザンらしさ」にこだわり続けたということ。

マーケット・ドリブン型は顧客の声に耳を傾け続け、変化し続けなければならないが、マーケット・ドライビング型は自分らしさを貫き続ければよい。

現在、幅広い層に受け入れられているのは、サザンの方だと思うのだが、この結果が何を意味するのか?

この結果だけを見て、どちらが優れていると断言することはできないとは思うのだが。

2016年6月 8日 (水)

あなたが年収1000万円稼げない理由。/田中和彦

1000 変化を味方につけることのできた人が、結果的に上手にキャリアを作り、それなりのものを手にしてきている。

今、政府では「同一労働同一賃金論」が盛んに議論されている。

これは素直に受け止めれば、年功的な賃金を止めるということである。

高度成長期、若者は大企業に入りさえすれば一生安泰。

給料は年々上がり、雇用も保証されると思っていた。

しかし、時代は変わった。

もはや、終身雇用、年功序列賃金を信じている若者はいないであろう。

自分でキャリアをデザインしていく時代が来たといえる。

つまり自分の価値は自分で作り上げる必要があるということである。

今は変化の激しい時代。

その変化を味方につけるものとなることである。

間違っても変化に抵抗したり、変化に気づけない人になってはならないと思う。

2016年6月 7日 (火)

マーケティングを学ぶ/石井淳蔵

Photo マーケティングのもっとも基礎にある論理とは、「みずからの状況を創り出しつつ、その状況に適応する」ことなのです。

ロボットがそうであるように「相手の言うことを言われた通りにやる」というのは、〈創造的でない適応〉である。

「相手の心を思慮することなく、何かをする」というのは、創造的であったとしても適応的ではない。

相手が言葉に出せなかった要望を探り、それに応える。

相手の心に配慮し、相手の本音に何とか迫ろうと思いながら対応する。

つまり、相手の要望を、あらためて自分の中で再構成し、それに対応しようとする。

これが創造的適応である。

日本の企業の最も弱い点ではないだろうか。

2016年6月 6日 (月)

エゴの力/石原慎太郎

Photo すなわちエゴとは人生を左右する力、人間の個性。個性とはその人間の発露以外の何物でもない。

「エゴイズム」「エゴイスト」という言葉に代表されるように、「エゴ」という言葉は、どちらかというと悪いことと捉えがちである。

しかし、エゴを人間の個性と捉えるとどうだろう。

個性のない人間は魅力がない。

個性のない商品は価格競争に巻き込まれる。

個性のないサービスは競争力がない。

個性のない会社は淘汰される。

個性のない国家は衰退する。

特にこれからの時代、個性の時代、エゴの時代といってよいのではないだろうか。

2016年6月 5日 (日)

逆転のメソッド/原晋

Photo「ええか。出世するのは、金もうけのためではないのだよ。社会に貢献し、いい影響を及ぼすためだ。たとえば、飲料メーカーに入ったら、その飲料をどうやって世の中に広めていくか、そのパイオニアになっていかな、ダメだぞ。そのためにはいいポストに就かなダメだし、そのために出世するのだよ」

青山学院を2年連続箱根駅伝優勝に導いた原晋監督。

氏は、教え子には社会にでたら出世するように教えるという。

元中国電力の営業マンだった原監督だからこそ言えることだと思う。

今、出世しなくても良いという若手社員が増えている。

しかし、もし、やりたい仕事をしたいと思うならば出世することである。

出世してある程度のポストを与えられれば、責任ある仕事を任せてもらえるようになる。

仕事の面白さや醍醐味はそうなったとき実感できるものである。

少なくとも、いつまでも下っ端では、ろくな仕事はさせてもらえない。

そう考えると、出世主義も決してわるいことではないと思う。

2016年6月 4日 (土)

USJを劇的に変えた、たった1つの考え方/森岡毅

Usj 英語ではMind(理性的意識)とHeart(情緒的意識)は区別して使うのですが、日本語ではそれをうまく分けるシンプルな単語が見つかりません。敢えて言えば「理性」と「感情」でしょうが、多くの日本人の中ではMindとHeartは、「心」という言葉で一体化されていると思います。その特徴は文脈(環境)次第で強みにも弱みにも変わります。情緒的に戦えることで戦術は強いのですが、情緒が入り込むことで逆に戦略が弱いのが日本人の特徴だと思います。

英語のMindとHeatに当たる言葉は日本語では「心」という言葉で一体化されているという話は初めて聞いた。

言葉が区別されていないということは実体も区別されていないということ。

つまり、情緒と理性が一体化されているということ。

日本人が理性的に考えていると思っていても実はそこに情緒が入り込んでいる可能性がある。

日本人は情緒的意思決定をしがちだということもそこからくるのかもしれない。

理性と感情が一体になってしまっているからである。

日本では、突き詰めて合理性を分析し、検証する客観的な姿勢よりも、周囲への配慮とか属人的な繫がりとか全体の和が重視される。

そういう文化では「戦略」が馴染みにくいのもよくわかる。

なぜなら戦略とは「選ぶこと」であり「捨てること」だからである。

2016年6月 3日 (金)

ブルー・オーシャン戦略/W・チャン・キム、レネ・モボルニュ

Photo シルク・ドゥ・ソレイユが成功したのはなぜか。輝かしい未来を手に入れるためには、競争から抜け出さなくてはいけない、と悟ったからである。競合他社に打ち勝つただ一つの方法は、相手を負かそうという試みをやめることなのだ。

レッド・オーシャンは今日の産業すべてを表す。

つまり、既知の市場空間である。

かたやブルー・オーシャンとは、いまはまだ生まれていない市場、未知の市場空間すべてをさす。

レッド・オーシャンでは各社ともライバルをしのいで、限られたパイの奪い合いをする。

競争相手が増えるにつれて、利益や成長の見通しは厳しくなっていく。

製品のコモディティ化が進み、競争が激しさを極めるため、レッド・オーシャンは赤い血潮に染まっていく。

ブルー・オーシャン戦略は、血みどろの戦いが繰り広げられるレッド・オーシャンから抜け出そうというものである。

そのための手法は、競争のない市場空間を生み出して競争を無意味にする、というもの。

戦わずして勝つ。

孫子の兵法にも通ずる考え方である。

特に中小企業こそ、ブルー・オーシャン戦略に取り組むべきではないだろうか。

2016年6月 2日 (木)

タックスヘイブン/橘玲

Photo また税金もきわめて安く、金融所得は利子・配当や譲渡所得もすべて非課税で、相続税や贈与税もない。所得税の最高税率は20パーセントだが地方税はなく、そのうえ海外で得た所得は、それをシンガポール国内で受け取ったとしても非課税だ。法人税率は17パーセントと香港と並んでアジアでもっとも低く、それに加えてさまざまな優遇税制が用意されている。多国籍企業がグローバル本社をシンガポールに置くと、法人税率は実質ゼロになるという。

今話題のタックスヘイブンの問題について、理解の一助となればと思い読んでみた。

本書はあくまでフィクションであり、ストーリーもそれほどリアリティーのあるものではなく普通の小説である。

ただ、本書の登場人物がそうであるように、各国の税率が違うのであればそれを利用しようとするものが現れるのは当然のことと言えよう。

どこまでが合法でどこからが非合法なのか、その線引きは難しい。

どこまでが節税でどこからが脱税なのか、その線引きも難しい。

また合法であれば何をやっても許されるのかと考えると、その考えにも疑問が残る。

やはり法律論には限界がある。

結局、人は何のために生きるべきか?どう生きるべきか?という人類永遠の命題に答えを求めるしかないのかもしれない。

2016年6月 1日 (水)

「あなたのところから買いたい」とお客に言われる小さな会社/佐藤元相

Photo 「売れない」のではなく、「選ばれていない」のです。

モノが売れない時代と言われる。

今の時代、生活に必要なほとんどのものは手に入る。

どこで買っても同じ。

そこそこのものが買える。

だったら安い方が良い。

そうなってくると中小企業は厳しい。

スケールメリットが勝負のカギとなれば中小企業に勝ち目はない。

ではどうすればよいのか?

発想を変えることである。

つまり商品そのものを買うというのではなく、「あなたの店から買いたい」と思ってもらうこと。

つまりお客様から「選ばれる」会社になること。

ここに勝機がある。

では「選ばれる」会社になるためには何が必要か?

著者は「ストーリー」「共感」「感性」がカギだという。

お客様の感性に訴えかけ、ストーリーに共感してもらうことによって、お客様から選ばれる会社になること。

大事なことではないだろうか。

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