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2016年8月の31件の記事

2016年8月31日 (水)

プロの学び力/清水久三子

Photo_2 いずれにせよ、「転んでもあまり痛くない経験」をどれだけできるか、それが「具体の理解」の成否の分かれ目になります。どんなにインプットをしても、ここでアウトプットの場を作れなければ、「使えないスキルや知識」となってしまうのです。

現代は変化の激しい時代である。

ということは、知識の陳腐化の速度も早くなったということ。

ではどうすればよいのか。

短期間で使える知識を自分のものにする力を身に付けることである。

学生時代の学びとビジネスパーソンの学びとは違う点がある。

それはビジネスパーソンの学びは、アウトプットを前提とした学びでなければ役に立たないということ。

そして使える知識の一番早く身に付けるコツは失敗すること。

人間、失敗したことは忘れない。

ただし、致命的な失敗をしたのでは意味がない。

そこで「転んでもあまり痛くない失敗」をすることが重要になる。

これからの時代、上手に失敗することも重要なスキルになるのかもしれない。

2016年8月30日 (火)

トランジション/ウィリアム・ブリッジズ

Photo トランジションの過程でしなくてはならないのは、人生の一つの章に終わりをもたらすことだけでなく、次の段階に進むために必要なものを見いだすことである。この重要なプロセスをやり抜くためには、十分な時間、トランジションの中に留まる必要がある。早まった行動によってトランジションを中断してはならない。

どんなトランジションも①終わり②ニュートラルゾーン③新たな始まりから成っている。

現代社会は、社会的変化のレベルを高く維持しようとする人が重んじられる歴史上初めての社会である。

その他のほとんどの時代や場所では、社会の継続性を守る人々を重んじ、彼らに名誉を与えてきた。

ところが、変化の激しい現代社会は「革新」という名のもとに変化そのものに価値を置いている。

経済はこれに依存しており、もしも「革新」が止まってしまえば、社会全体はもちろん、個々人の職業の大半がバラバラになってしまうだろう。

そして「変化」には外的なものと内的なものがある。

外的な変化とはとは外的な出来事によって状況が変わることである。

一方、内的な変化を「トランジション」といい、それは心理的に変わることである。

トランジションとはそうした外的な出来事ではなく、人生のそうした変化に対処するために必要な、内面の再方向づけや自分自身の再定義をすることである。

重要な「始まり」は、たいてい意識できない暗闇の中から起こってくる。

結局、何かの「始まり」を可能にするのは、何かの「終わり」なのである。

離婚、死、失業など、「明らかな苦痛を伴う変化」

逆に、結婚、突然の成功、夢のマイホームへの転居などの「良い出来事」

何れもが、何らかの変化であることに変わりない。

新しい何かになるためには、現在の自分であることをやめなければならない。

物事を新しいやり方で始めるためには、現在のやり方を終わらせなければならない。

そして、態度やものの考え方を新しくするには、今の古い形を手放さなければならない。

つまり、はじめになすべきことは、「手放す」ことである。

そしてトランジションがうまくいかないのは、終わっているにも関わらず、心理的に終わらせることができないことにあるのではないだろうか。

「トランジション」、個人の人生やキャリアを考えるとき、重要なキーワードになってくるのではないだろうか。

2016年8月29日 (月)

USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?/森岡毅

Usj 必死で考えて考えて、自分の犬歯の先が欠けてしまうほど考えていました(考えに熱中しすぎてパークの街灯に無防備に顔をぶつけたら歯が欠けました)。パークを歩きながらひたすらそれを考えました。毎朝鏡に映る自分に、「絶対に何かあるはずだ!それがあるのにおまえが見つけられていないだけだ!」と暗示をかけて、弱気になる自分を騙しながら、パークを歩いてひたすら考えていたのです。

数多くのピンチからユニバーサル・スタジオ・ジャパンを救ったのは、消費者を惹き付ける奇抜な「アイデア」の数々だった。

後ろ向きコースター、ゾンビの大量放出、絶対生還できないアトラクション・・・等々

著者のことを革新的なアイデアを次々に生み出す「アイデアマン」だという人がいる。

しかし、当人は、自分のことをそういうタイプの人間ではないといっている。

ではそのような著者がどうして奇抜なアイデアを次々に打ち出していったのか。

それは、追い詰められた中でめちゃくちゃに加圧されたからだという。

その結果、頭の中で眠っている何かが目を覚まして、生き残るためのアイデアを生み出せるようになったというのである。

つまり、死ぬほど考えた結果、アイデアが次々に生み出されたというのである。

結局、そのよう場に立ち、さらに立ち続け、決して逃げないことが大事だということではないだろうか。

2016年8月28日 (日)

中国・中国人のウソ?ホント!/白石香代子

Photo 中国人にとって、日本人が思う〈喧嘩〉は、どうやら自己主張のようです。
「自分が正しい」と双方が思うため、意見がぶつかり合ってしまうのです。
 本人達には、さほど喧嘩意識はありません。

中国人が自己主張をしているだけなのに、日本人には喧嘩のように見える。

これは多くの場面で見られることではないだろうか。

確かに日本人から見ると中国人は何事につけ自己主張が強すぎるように見える。

一方、日本人はあまり自己主張しない。

日本は和の文化である。

自己主張を繰り返すのは和を乱すと考えられあまり歓迎されない。

空気を読み、相手の心を察する。

これはおそらく中国人には理解できないことであろう。

ただ、世界を見てみると、自己主張することをよしとする国の方が多いのでないだろうか。

そう考えると、日本の方が特殊なのかもしれない。

2016年8月27日 (土)

ザ・ラストマン/川村隆

Photo まず、「リーダーは〝慎重なる楽観主義者(cautiousoptimist)〟であるべきだ」というのが私の持論です。

リーダーが悲観的だと部下は不安になる。

やはり、リーダーは楽観的であるべきだろう。

しかし、楽観主義といっても、ただ能天気なだけの楽観主義ではダメ。

前途に待ち伏せるリスクに対しては周到に準備する人でなければならない。

すなわち慎重なる楽観主義者であるべきなのである。

現状を分析し、将来起こるかもしれない危機を見越して、慎重に考え、意志を持って希望を提示する楽観主義でなければならない。

ものごとがうまくいくかどうかは気持ちの占める部分が大きい。

気の持ちようによって結果が左右されるのはよくある話。

「うまくいかないんじゃないか」「失敗したらどうしよう」と悲観しているほうが、いい結果が出ないケースは往々にしてある。

うまくいかなかったときの対処もあらかじめ考えておけば、「やればできる」と腹を括れる。

そうすれば、物事は意外とすんなり解決するものだ。

「慎重なる楽観主義者」

本質をとらえた言葉ではないだろうか。

2016年8月26日 (金)

働く君に伝えたいこと/岩田松雄

Photo これからの時代は、サラリーマンといえど料理人と同じです。包丁1本だけを武器に、新たな場所でほかの料理人と腕を競わなければなりません。
 その時、包丁の切れ味が鋭く、包丁さばきも卓越していなければ、また皿洗いからのスタートになります。

これは本当だと思う。

かつては大企業に就職したら一生安泰という時代が長く続いた。

しかし、今や大企業といえども安心できない。

企業そのものがなくなるかもしれない。

仕事がなくなるかもしれない。

ある調査によると今後10~20年後には、今の仕事の半分はなくなってしまうとのこと。

まさにサバイバルの時代が来たと言える。

自分の腕だけを頼りに渡り歩く料理人と同じ立場に多くのサラリーマンが置かれる。

問題は、企業が欲しがるような腕を磨いているかどうかということ。

でも、面白い時代になってきたとも言える。

2016年8月25日 (木)

「一流の存在感」がある人の振る舞いのルール/丸山ゆ利絵

Photo これまでいろいろな人を見てきて心から思うのは、一流に決してなれない人は「横柄な人」です。相手が店員であろうと、部下であろうと、相手に敬意を示せない人は自らに限界をもたらしているのです。

人は見た目がすべてではない。

しかし、一方で、見た目で判断されるのも事実である。

その意味では、自分の振る舞いをキチンとするのも大事なことだと思う。

横柄は人は一流にはなれない。

それは本当だと思う。

特に横柄さが目立つのは中途半端にエライ人である。

本当にエライ人は腰が低い。

そして感謝を忘れない。

自分の力だけでここまで来たと思っていない。

それが言葉や態度に表れる。

先日行われたオリンピックでもメダリストは周囲への感謝を忘れない。

だから一流になれたのだろう。

全ての分野に共通して言えることなのではないだろうか。

2016年8月24日 (水)

君の人生を変える100の小さな習慣/藤野英人

Photo 時代を引っ張るキーパーソンに面会し、彼らの言動をじっくり観察するうちに、大きな成功を収める人とそうでない人との違いは、実は日ごろのささやかな習慣ではないかと思うようになりました。そして、その習慣は、本当に誰にでもできる小さな行動であると発見したのです。

何かをなし遂げる人とそうでない人とは何が違うのか。

それは習慣が違うのだ、と著者は言う。

本書で書いてあることの大部分は、ごくごく当たり前のこと。

たとえば、「会社で一番早く出社しよう」とか、「元気な声で『おはようございます』と言ってみよう」とか、ごくごく当たり前のこと。

それが100通り、紹介されている。

しかし、この当たり前のことを習慣になるまで続けることは難しい。

小さな習慣でもそれを続けることにより、他者と大きな差をつけることができる。

そして、その数を一つ一つ増やすこと。

多くの成功者が共通して言うことの一つである。

2016年8月23日 (火)

「やる!」と決めたことが必ず続く24の法則/森田敏宏

24 プレマックの原理によると、嫌いな行動も好きな行動とセットにすることで回数を増やせる、つまり継続できるようになるということです。

プレマックの原理とは、心理学者のデビット・プレマックという人が提唱した原理。

「高い頻度で起こる行動は、低い頻度の行動を強化することができる」

というもの。

高い頻度で起こる行動とは、要するに好きな行動のこと。

低い頻度の行動とは嫌いな行動のこと。

これをセットにすると良いという。

たとえば、早起きがなかなか続かない人がいるとする。

その人は、夜更かししている可能性が高い。

早起きできない人は、夜ダラダラ過ごしていることが多く、それが原因で布団に入るのが遅くなってしまう。

この「ダラダラ時間」にやっていること、たとえば夜やっているゲームやドラマ鑑賞などを翌朝やるようにしてみる。

本当に好きなことであれば、早起きしてでも継続できるはず。

するとまず早起きが続くようになる。

逆に、早起きしてまでやりたくないことなら、やめるきっかけになる。

どっちに転んでもメリットがある。

継続も工夫次第ということではないだろうか。

2016年8月22日 (月)

喪失の儀礼/松本清張

Photo「それで理由が呑みこめました。……で、その六号室を申込みにきた萩原和枝という女は、いくつぐらいで、どこの人間ですか?」
「品川のほうから来たと管理人に云っていたそうだが、住所は詳しく告げなかったという。年齢は……六十二、三歳ぐらいの老婆だった」

久しぶりに松本清張の小説を読んでみた。

その中で印象に残ったのが、物語の内容そのものよりも、事件のカギを握る女性についての「六十二、三歳ぐらいの老婆」というくだり。

今、六十二、三歳で老婆というだろうか。

もし、ご当人を目の前にしてこんなこと言ったら怒り出すかもしれない。

せいぜい「初老の女」という程度の表現にとどまるであろう。

この小説が出版されたのは1972年のこと。

おそらく、今から44年前ではこういう感覚だったのだろう。

いや、感覚だけでなく、見た目も違ってきているのだろう。

2016年8月21日 (日)

上司をマネジメント/村山昇

Photo 上司マネジメントとは、どんな職場に行って、どんな上司に付いたとしても、「仕事の達成」ということを中心に据えて、上司という資源を最大限に引き出す能力を言います。

今の会社組織では、100%自分に向いた職場や仕事が与えられることはほとんどない。

大なり小なり違和感や不満は抱えつつも、その仕事を受け入れて、自分を順応させていく努力が求められる。

また、それを乗り越えていくところにキャリアの成長もある。

そのためには、上司の仕事に対する考え方・哲学・スタイルを知る必要がある。

また、仕事を面白くする努力も必要となる。

その意味では、上司マネジメントは、小さくは一つの処世術であり、大きくは一つの行動思想、人生哲学でもあると言える。

2016年8月20日 (土)

捨てられる銀行/橋本卓典

Photo 「あなた方はいつもそうだ。何も分かっていない。顧客の方を見ていない。私は利益改善提案をお願いしたのに、提案はせずに、いまだに部下を更迭せざるを得なくなるとか、困るとか自分の話ばかりされる。私たち客には何ら関係のない話だ。だから私はメインバンクを変更するとお伝えしたのです」

上記は、ある医療法人の理事長が、メインバンクの地銀の支店長に言ったことば。

利益改善提案を求めたのに、その要請を放棄した地銀はメインバンクを変更されても、それは当たり前のことであろう。

「顧客第一」を掲げている金融機関は多い。

ところが、実態は顧客本位の営業とは無縁の飽くなき貸出規模の拡大と低金利での貸出競争に明け暮れている。

地銀が地元企業の苦境に目を向けていないとしたら、地銀は一体何のために存在するのか?

企業への融資にしても、担保や保証がないと融資ができない地銀がほとんど。

そのような地銀こそが企業、経済の活性化、成長をもっとも阻害している元凶ではないのだろうか。

地銀のなすべき王道は事業支援や事業再生であり、事業承継などのサポートに全力を尽くすことではないだろうか。

地銀や信金、信組はもう一度、自らの存在価値を見直す時期にきているのではないだろうか。

「捨てられる銀行」にならないために。

2016年8月19日 (金)

ソーシャルメディアマーケター美咲/池田紀行

Photo「ソーシャルメディアは企業が使うために存在しているものでもなんでもなく、消費者の消費者による消費者のための場所です。企業はそこに参加させてもらうゲストなんです。」

ミクシィやツイッター、フェイスブックなどのソーシャルメディアが発達してきた。

ソーシャルメディアを通じて、一人ひとりが自分の考えや意見、感想をどんどん発信する社会が来るなど、一昔前は考えられなかったのではないだろうか。

しかし、これから世の中はどんどんソーシャル化していくことは間違いない。

この流れに企業がうまく乗ろうとするのはいわば当たり前のことなのかもしれない。

しかし、従来の広告と違うのは、そこはあくまで消費者が主役の場所であるということ。

企業はその中に参加させてもらう立場だということ。

この視点を失ってしまうと、その活動は決して支持されない。

従来の広告とはまったく違う発想が必要だということではないだろうか。

2016年8月18日 (木)

成約率98%の秘訣/和田裕美

98 圧倒的に売れる営業と、売れない営業の違いって何だと思いますか?
 それは、クロージングができるか、できないかです!

売れる営業と売れない営業との違いはクロージングできるかできないかだと著者はいう。

もっと言うならば、クロージングするかどうかだと言える。

売れない営業はそもそもクロージングをかけていない。

クロージングとは意思決定を促すこと。

物事は意思決定しなければ前に進まない。

営業は人生にもなぞらえられる。

営業でも仕事でも、ひいては人生でも「決める」ということが大事だということではないだろうか。

2016年8月17日 (水)

現代の金融入門/池尾和人

Photo  そもそも資金の利用可能性を本源的に提供しているのは、預金者であって、銀行ではない。それゆえ、資金の利用可能性を提供することに伴う対価は、本来的にはその間の耐忍に対する報酬として預金者に帰属するべきものであり、銀行の利益に帰すべきものではない。預金金利が自由化されるとともに、実際にそうなる傾向が支配的となっていった。それゆえ、単にカネを貸すというだけでは、銀行は利益をあげるのが難しくなっていった。

本書を読んでみて感じたことは、金融の世界がますます複雑化してきたということである。

複雑な数式などが記載されているが、こんなもの素人である私には全くわからない。

そもそも一般の人が全くわからない世界で金融という世界が動いていることにむしろ怖さを感じる。

金融資本主義という言葉があるが、一握りの人間が世界を支配しているという人がいる。

本当なのかもしれない。

但し、どんなに金融の世界が複雑になったとしても、銀行の利益の源泉は、本来的には金融仲介の過程で銀行が果たしている機能や決済機構の運営を通じて提供しているサービスの質に求められるという基本は変わらないのではないだろうか。

ただ、そのサービスの内容が以前のように預金という形でお金を集め、お金を貸して、その利幅の差で儲けるという形だけではやっていけなくなってきた。

この意味で、近年、銀行はどれだけ有益で意義のあるサービスを提供できるかどうかをますます厳しく問われるようになったといえるのではないだろうか。

2016年8月16日 (火)

志高く 孫正義正伝/井上篤夫

Photo 幕末の風雲児、坂本龍馬は大きな志を貫いた。
「日本を今一度 洗濯いたし申し候」
 孫も同じ気概を持つ。

孫正義という経営者、

その特徴を一言で言えば、「志の高さ」であろう。

まさに、本書のタイトルの通りである。

この本では孫氏の生い立ちから最近の出来事まで記されているが、次々と事業を起こし、成功させていくバイタリティは物凄いものがある。

一代でまったくのゼロから今のグローバル企業にまで成長させた手腕は敬服に値する。

しかし、その原動力は「高い志」である。

すべてがここに集約される。

逆に言えば、現代の多くの経営者に足りないものもまたこれではないだろうか。

2016年8月15日 (月)

ハーバードの〝正しい疑問〟を持つ技術/ロバート・スティーヴン・カプラン

Photo「重要なことにいつ、どうやって疑問を抱くべきかがわかれば、若手のプロフェッショナルであれ上級管理職であれ、組織と自身のキャリアをよりコントロールできるようになる」

どんな優秀なリーダーでもすべての答えを知っていることはまれである。

しかし優れたリーダーは、適切なタイミングで重要なことに疑問を抱き、状況を浮かび上がらせ、問題を分析し、行動計画を練る。

こうしてリーダーたちは、逆境を乗り越えて自身や会社を軌道に戻す。

つまり、問題の本質を浮き彫りにするような疑問を抱くことは、すべての答えを知っていることよりもずっと重要だということ。

自分自身もある人からズバリと本質を突くような質問をされて、突然何かがひらめいたという経験がある。

著者は正しい疑問を持つために必要なポイントは2つあると言っている。

第一に、的を射るような疑問を抱くこと、

第二に、定期的に物事から一歩距離を置いて疑問を抱く習慣を身につけること、である。

つまり仕事だけでなく日常的に疑問を持つ習慣を持つことが優れたリーダーになるための第一歩になるということではないだろうか。

2016年8月14日 (日)

「考え方・伝え方」のきほん/HRインスティテュート

Hr そうはいっても、やらされ感を感じてしまうのは、たいてい“手段”に意識がいってしまっているからです。“目的”と“手段”は、混同しやすいものです。常に今やっていることの“そもそもの目的は何か”ということを見失わないことがポイントになります。

やらされ感で仕事ををしている人は多い。

そもそも仕事とは会社がやってほしいというものを個人に割り振って行うもの。

とうぜん、そのままでは「やらされ感」が出るのは当たり前である。

そこでそうならないための個人の取り組みが必要になる。

それは「何のために」ということを自ら考えることである。

少し目線を上げて、「どんな小さな仕事も会社の大切な目的の実現につながっている」と意識を変えてみると、同じ業務でもやりがいを感じられるようになる。

このとき、会社の目的と自分自身の目的を重ね合わせておくことも重要。

自分は何のために今の会社にいるのか、自分の人生にとって今がどういう時間なのか考え、自分の人生にとって意味のある仕事とわかれば、目の前の単純な作業にも意義を感じやすくなる。

組織の目的と自分のつながりを意識し、どんな仕事にも自分自身で意味を見出すことが仕事を面白くするコツではないだろうか。

2016年8月13日 (土)

エクセレントな仕事人になれ!/トム・ピーターズ

Photo「成功の80%は顔を出すだけで手に入る」
──ウディ・アレン

「本当なの?」と思ってしまう言葉だがよくよく考えてみると当たっているような気がする。

「顔を出すと」いうことは、スタートを意味する。

例えば、スポーツジムに行くことを考えてみると、

ジムに「顔を出す」だけで、その日のトレーニングの80%は終わったも同然だ。

ジム通いで大変なのは、車や電車に乗ってジムに行くこと、そのための時間を作りだすこと、それにトレーニングは辛いという気持ちを乗り越えること、である。

ところが、ジムに着いた時点でこの3つはクリアできている。

あとは実際にトレーニングをするだけ。

ここまで来れば簡単である。

ビジネスチャンスについても同じことが言える。

現場に顔を出すだけで80%は手に入れたと同じだと言える。

望みをかなえたければ、とにかく現場に「顔を出す」ことだ。

非常にシンプルだが物事の核心をついている言葉ではないだろうか。

2016年8月12日 (金)

超一流の雑談力/安田正

Photo 言葉そのものが持つニュアンスとして、「なぜ」という言葉には圧迫感があります。これは日本人の感覚的な問題ですが、ちょっと窮屈で相手にプレッシャーを与えるような質問なのです。
 ですから、雑談の中で「なぜ?」という質問は避けるようにしてください。

「なぜ」という言葉は英語に訳せば「Why」

その本質を問う質問である。

トヨタでは「Whyを5回繰り返せ」というのが文化になっている。

これ自体悪いことではない。

むしろ大切なことである。

ところが、日本人はこの「なぜ」という言葉を聞くと本能的に心を閉じてしまう傾向がある。

例えば、「なぜ、期限までに提出出来なかったんだ」と問われると、自己防衛本能が働き、つい言い訳が出てくる。

おそらく子供の頃から親に「なぜ、早くできないの」とか「なぜ、言うことを聞けないの」と責められ続けたからであろう。

本来心を開かせるためのものである雑談で「なぜ」を使わないほうが良いというのは意外と知らないことなのではないだろうか。


2016年8月11日 (木)

人生が変わる雑談力/野本ゆうき

Photo 聞く時間と話す時間の理想の割合は、7:3です。これは、以前行ったアンケートの結果ででた割合です。また、心理学者の調査や、他の雑談に関するアンケートの結果などでもだいたい同じような数字が出ています。

雑談で難しいのは話すことではない。

むしろ、聞くことである。

しかもただ聞くだけでは雑談にはならない。

気持ちよく相手に話させるために聞くのである。

そのためには呼び水としての話が重要。

相手の興味を引くような話をすると、それが呼び水となって相手は気持ちよく話してくれる。

雑談とは目的のない会話。

目的がないだけに難しい。

しかし、雑談にこそ人間力があらわれるのではないだろうか。

2016年8月10日 (水)

そこが知りたい雑談のコツ!/中谷彰宏

Photo すべての人の間には、ある関係が成り立っています。営業マンと得意先、セールスマンとお客様、ある関係にはすべての肩書があります。その関係性のままでは、それ以上近づくことはできません。雑談によってその肩書の壁を越えることができるのです。

売れる営業マンの特徴は雑談がうまいということである。

なぜなら営業マンが自分の扱っている商品について詳しいのは当たり前。

しかし、雑談にはその人の人間性が表れる。

雑談をすることによって、営業マンと得意先という関係から人と人の関係に昇華させることができる。

よく「商品を売る前に自分を売れ」と言われるが、それはこのことをいっているのであろう。

人生はある意味、セールスの連続である。

どんな仕事をするにしても結局は自分を売りこんでいるのである。

人が自分のことを認めてくれなければ、何一つ事が進まない。

その意味では「雑談力」は重要なスキルだと言ってよいだろう。

2016年8月 9日 (火)

パンツの面目ふんどしの沽券/米原万里

Photo_2 見られることそれ自体が恥ずかしいというよりも、むしろ恥じていないこと、言い換えれば、これを恥として自覚する文化教養を身に付けていないことが恥ずかしいのである。

9歳から14歳まで少女時代の5年間、チェコのプラハにあるソビエト大使館付属学校に通っていた著者。

著者が日本に帰国し修学旅行で行った温泉や大浴場の更衣室で、クラスメイトたちが平気で人前で下着を剝ぎ取り素っ裸になるのに度肝を抜かれたという。

しかも、素っ裸になると彼女たちは一様に手ぬぐいで前を隠す。

何を今更と感じたという。

素っ裸になった上で同性の目からわざわざタオルで前を隠すのはどういう感覚なのか。

こういう感覚はその文化の中に浸っていると集団催眠のように風景の一部になってしまって気がつきにくい。

しかし、外国人が見ると奇異に感じるという。

これが日本独特の「恥の文化」

つまり、「恥じていないのが恥ずかしい」という感覚。

確かにこれは外国人にはわからないであろう。

2016年8月 8日 (月)

交渉プロフェッショナル/島田久仁彦

Photo 精神的にも身体的にもハードな現場を渡り歩き、思い出すといまでも眠れなくなるような手痛い失敗もして、ようやく私が学んだのは、「交渉においては〈勝つこと〉を目標にしてはいけない」ということです。

国と国との交渉ではどこかで合意をしなければならない。

しかし、国益は国によって違うので、とうぜんぶつかり合う。

一方の要求が100パーセント通るということはまずあり得ないであろう。

著者によると、さまざまな合意のなかでも、結局長続きするのは、当事者同士が納得している合意だけだという。

いくら力で押さえつけても、その下に不満がくすぶっていれば、争いはいつか必ず再燃する。

どんな交渉でも、表面の勝ちばかりを追っていると、その場はよくてもいつか必ずしっぺ返しがくる。

大事なことは、互いに「一緒に結果を導き出した」という達成感を共有すること。

そのためには、一にも二にも、信頼関係の醸成と構築が重要。

交渉というのは、一度きりということはほとんどなく、多くの場合は何度も同じ人物と相まみえ、徐々に合意を積み上げていくもの。

また継続的に話し合うことで互いに相手のやり方がわかってくるもの。

相手のスタイルに理解を示す過程で信頼は生まれてくる。

つまり「調停」は「交渉」の究極のあり方だと著者は言っている。

交渉の本質なのかもしれない。

2016年8月 7日 (日)

90日で成果を出すリーダー/マイケル・ワトキンス

90  移行の種類がどうあれ、上司、同僚、部下といった組織の主な人々は、通常は三カ月ほどでリーダーが牽引力を発揮し始めることを期待する。

リーダーシップとは、結局、いかに影響力をおよぼすかである。

所詮、リーダーといえども一人の人間にすぎない。

成功するためには、組織にいる多くの人々のエネルギーを動かす必要がある。

そのためには短期間で結果をだすことである。

タイムリミットは90日間。

目に見える結果をだすこと、これに勝る影響力はない。

では、そのためのポイントは何なのか?

著者によると、移行に成功するための基本は8つある。

第一に、新しい任務に合わせて思考回路を切り替えること

第二に、必要な知識や情報を効率よく学ぶこと

第三に、状況に合った戦略を立てること

第四に、上司と関係を築いて下地づくりをすること

第五に、まず小さな成果をあげて流れをつくること

第六に、組織のバランスに歪みがないか見きわめて調整すること

第七に、部下を評価してチームづくりをすること

そして第八に、内外の支持基盤を確立することである、と。

さらに、私生活の管理や会社としての移行支援も重要だとしている。

これらを90日の枠内で計画し、実践する。

一つの指標となるのではないだろうか。

2016年8月 6日 (土)

最高のリーダーは何もしない/藤沢久美

Photo ビジョンに基づいてメンバーが自律的に動くチームをつくれれば、リーダーは現場への指示に時間を奪われなくなります。そこで生まれた時間を使って広く世の中を観察し、次なる展開を考え、変化に備える――こうした好循環を生み出し、メンバーとともに成長する組織をつくることこそが、これからのリーダーの仕事です。

これまでのリーダーシップの形が変わろうとしている。

従来型の理想とするリーダーシップはいわゆる強いリーダーシップだった。

ところが今、実際にリーダーとしてたち、さらに成功しているリーダーを分析してみると、従来型のリーダーはすくなくなってきている。

むしろ明確なビジョンを示し、現場は現場に任せるリーダーが成果を上げているというのである。

どうしてこのように変わってしまったのか?

本書ではその原因を2つあげている。

1つは、消費者の価値観やニーズの多様化である。

インターネットをはじめとした情報通信の発展によって、かつて知りようがなかった「小さな価値観・ニーズ」が顕在化し、それがダイレクトに企業や組織に伝わるようになった。

同時に、モノやサービスが充実したことで、量から質へ、「納得できる価値があるもの」へと人々の嗜好が移ってきた。

大量生産された商品や画一的なサービスではなく、精神的充足が得られる商品、特別感のあるサービスを求める傾向が強くなってきたのである。

2つ目は、変化のスピードである。

各人の嗜好が多様であるだけでなく、その嗜好自体が大変なスピードで移ってゆく。

こうした状況下で、リーダーが自社の商品・サービスのすべてを把握し、それぞれに対して意思決定をしていくのは不可能である。

個別のケースごとにリーダーの指示を仰いだりしていると、柔軟かつ素早い対応ができずに、お客様のニーズとのあいだにズレが生じることになる。

つまり、従来のトップダウン型リーダーシップだけでは「遅すぎる」のである。

メンバーがワクワクして自ら動き出すようなビジョンや目的を提示し、現場に任せるのが新しいリーダーシップの形だということではないだろうか。

2016年8月 5日 (金)

はじめてのリーダー論/小倉広

Photo 人材育成には「心」(姿勢・意欲)づくりと「体」(行動習慣)づくりが含まれます。いや、もっとストレートに言いましょう。「心」(姿勢・意欲)づくりと「体」(行動習慣)づくりこそが人材育成の本質です。「技」(知識・技術)づくりは、たいして難しくはないからです。「心」ある人はいくらでも「技」を吸収する。放っておいても自分で勉強を始める。

「心技体」という言葉がある。

これはそのまま育成につながる。

即ち、「心」に通づる「姿勢・意欲」

「技」に通づる「知識・技術」

「体」に通づる「行動習慣」

これらをつくることが人材育成だと。

しかし、大切なのは「心」と「体」だと著者はいう。

これは私自身、人材育成の一端を担わせていただいていてよくわかる。

結局、「姿勢・意欲」や「行動習慣」ができていない人は成長しないのである。

つまり「成長したい!」「目標達成したい!」と思っていない部下に対して、無理矢理知識やノウハウを詰め込んでもムダ。

そうではなく「成長したい!」「目標達成したい!」と部下が思うような環境づくり、職場づくりをすることがリーダーが行うべきことだということではないだろうか。

2016年8月 4日 (木)

なぜか評価される人の仕事の習慣/濱田秀彦

Photo  評価される人は、納期を守るのはもちろんのこと、予定納期よりも早く提出する「前倒し」をします。
  この印象は、結構大きいものです。

良い悪いは別にして、会社には実力より高く評価される人と、低く評価される人とがいる。

ある面、不公平だと思うのだが、事実である。

私自身、人事評価の現場に立ち会っているので、よくわかる。

では、評価される人はどこがどのように違うのか?

一言で言えば目立つか目立たないかの違いである。

しかもそれはちょっとしたこと。

例えば、上記の「納期前に前倒しして提出する」こと。

納期ギリギリに提出する人が大部分なのでこれは目立つ。

だから「彼は仕事ができる」と評価される。

でも最初はちょっとした違いでも、その後の展開は大きく変わってくる。

評価される人は、次々と重要なな仕事を与えられる。

そこで結果をのこせば、更にまた評価される。

つまり、良いスパイラルが回りだすのである。

「たかが評価、されど評価」ということではないだろうか。

所詮、会社という組織は感情を持つ人間の集まり。

合理性だけでは動かないということである。

2016年8月 3日 (水)

決断力/羽生善治

Photo  将棋にかぎらず、ぎりぎりの勝負で力を発揮できる決め手は、この大局観と感性のバランスだ。感性は、どの部分がプラスに働くというのではなく、読書をしたり、音楽を聴いたり、将棋界以外の人と会ったり……というさまざまな刺激によって総合的に研ぎ澄まされていくものだと思っている。

羽生氏は勝負の決め手は、大局観と感性のバランスだといっている。

大局観とは全体を俯瞰してみて判断する目である。

一つの場面で、今はどういう状況で、これから先どうしたらいいのか、そういう状況判断ができる力。

本質を見抜く力といってもいい。

そして、その思考の基盤になるのが、勘、つまり直感力である。

直感力の元になるのは感性である。

最終的に勝負を決める決め手は感性だと言われれば、確かにその通りだと思うのだが、ではそれをどうやって鍛えれば良いのだろう。

羽生氏によると、それには音楽を聞いたり、読書をしたり、将棋以外の人と会ったりすることが大事だといっている。

つまり、専門分野以外の部分が大事になってくるということである。

勝負の決め手は、専門分野以外によるというのは、将棋の世界に限らず、すべての分野で共通していえることではないだろうか。

2016年8月 2日 (火)

ANAの口ぐせ

Photo あるお客様は、いつも機内の同じサイドの窓側に座ります。CAがお客様に、「以前もこの席に座っていらっしゃいましたね」と話しかけると、この お客様はこう返事をしました。
  「外をご覧なさい。整備士が手を振っている。この姿を見るのが好きで、いつも同じ席なんだ」

飛行機が飛び立つとき、整備士たちが駐機場に一列に並び、滑走路に向かおうとする飛行機に向けて手を振ったり、頭を下げて礼をしたりする。

実は私もこれを見るのが楽しみで、飛行機に乗ったときにはいつも見ている。

これは「グッバイ・ウェーブ」と呼ばれている。

旅立つ飛行機の中にいるすべての人を見送る行為である。

これは1970年代前半、ANA沖縄空港支店で始まったという。

最初は飛行機が離陸のため滑走路に向かうとき、一人のベテラン整備士が飛び立つ飛行機に向かって手を振っていたことから始まった。

それをまねてもう一人の後輩整備士が一緒に手をふるようになった。

やがて、それを見ていた清掃係員、搭載係員や他の航空会社の整備士たちも手を振るようになり、これがどんどん広がってゆき、沖縄空港支店全員になり、全国すべてのANAグルーブにその輪が広がっていった。

いまやこの習慣は、日本のみならず、海外ステーションでも見られるようになっているという。

ポイントは、これは誰かが意図して広げたのではなく、誰かが強制したわけでもなく、自然発生的に広がっていったということ。

これが文化とか風土と呼ばれるものである。

よいことがどんどん広がっていく風土。

「グッバイ・ウェーブ」の広がりは、ANAの風土の象徴といえる。

2016年8月 1日 (月)

一瞬で大切なことを決める技術/三谷宏治

Photo  本当の「優先順位」とは、劣後順位を付けることです。そして、下位の活動を止め(捨て)て、経営資源を上位の活動に集中させることなのです。

物事を効率化するためには優先順位をつけ実行すればよいとはよく言われる。

しかし、実際には「優先順位」をつけるのはそう簡単ではない。

大抵の場合、「どちらともいえない」といえるものがいくつか出てくる。

結局、エイヤで決めるしかなくなる。

また、結局、優先順位をつけて全部やることになれば何も変わらない。

実行の順番を決めただけでは意味ないのである。

物事を効率化するために大事なことは優先順位をつけることではない。

やらないことを決めることである。

優先順位より劣後順位を決め、やらないことを決めること、これが効率化につながる。

これを実行するだけでは仕事は随分効率的になるのではないだろうか。

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