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2016年10月の31件の記事

2016年10月31日 (月)

日本の歴史をよみなおす(全)/網野善彦

Photo これまでの歴史研究者は百姓を農民と思いこんで史料を読んでいましたので、歴史家が世の中に提供していた歴史像が、非常にゆがんだものになってしまっていたことは、疑いありません。

昔、日本の国民の大多数は農民だった。

残っている資料を調べてみても「百姓」が大多数であったことが証明されている。

少なくともこれが多くの日本人の共通理解である。

ところがそれは「百姓」イコール「農民」と解釈するからだと著者は言う。

「百姓」の本来の意味は「百の姓をもつ人たち」のこと。

つまり「民衆」を意味する。

百姓が農民ではないとすれば、日本の社会の中で非農業民は決して少数派ではないことになる。

つまり古来から日本人は多様な職能をもつ人たちの集まりだった。

鉄を生産して鉄器をつくり、紙もつくり、漆をとって木器・漆器の生産もやっている。

非常に多彩な山の幸を狩猟、採集したり、加工したりしている。

こういう多様な生業を営み、生活していた。

そう考えると、昔から定説となっている日本人論も疑いの目を持つ必要がある。

例えば、代表的なものとして「日本人は農耕民族だった、それと比較して欧米は狩猟民族だった、それが日本人の民族性に大きな影響を及ぼしている」というものがある。

これも少し疑ってみる必要があるのかもしれない。

2016年10月30日 (日)

「ない仕事」の作り方/みうらじゅん

Photo 私がインターネットを使っていちばんよくやるのは、「出てこない言葉」を探すことです。

みうらじゅんという人、たまにテレビで観ることもある。

何をしている人なのかよくわからなかったのだが、「ゆるキャラ」や「マイブーム」の名付け親なのだという。

まず、ジャンルとして成立していないものや大きな分類はあるけれどまだ区分けされていないものに目をつける。

それに、ひとひねりして新しい名前をつける

いろいろ仕掛けて、世の中に届ける。

ブームの仕掛人といったことをやっている人といえる。

本人は自分のやっていることを「一人電通」といっている。

彼は、何か面白い言葉を思いついたら、その言葉でネット検索をするという。

そして同じ言葉がネットに出てこなかったら、次の展開を考えるという。

このあたりの発想から私のような凡人とは明らかに違う。

世の中には非凡な才能を持った人がいるものだとつくづく思う。

2016年10月29日 (土)

愛があるなら叱りなさい/井村雅代

Photo 選手たちの自主性に任せているだけでは、厳しい練習はできません。選手たちには、私という「強制者」が必要なのです。
「いやな奴だけど、やらないと怒られるから」
 と選手たちに思わせる「強制者」がいないとダメなのです。私は、それが指導者というものの存在価値だと思っています。

シンクロナイズドスイミング日本代表の井村コーチの著書である。

低迷していた日本代表をメダルを取れるまで育成した手腕は誰もが認めるところである。

その練習の光景をテレビで観たことがあるが、スパルタ式そのもの、まさに地獄の特訓である。

井村コーチの指導のスタイルは「叱る」「強制する」というところにある。

今の世の中、「自主性」を重んじる傾向がある。

確かに、人から言われてやるよりも、自ら進んで自主的にやった方がよいに決まっている。

その方が楽しいし、相手の抵抗も少ない。

コーチングなどはそれを引き出すためのスキルだといってよい。

しかし、あまりにも自主性を尊重しすぎるあまり、変な方向に行ってしまうことも多々あるのではないだろうか。

どこかで「自主性」を「自分勝手」と勘違いしている人もいる。

そしていつの間にか「強制は悪」という風潮ができあがってしまっているように感じる。

そもそも強制は本当に悪なのだろうか?中には「強制」されなければ身につかなかったこともあったはずである。

例えば、子供のころ、無理やり学校に行かされ、強制的に覚えさせられなければ掛け算の九九も言えなかったのではないだろうか。

漢字も書けなかったのではないだろうか。

成長の過程で、無理やりにでも耐えさせて、何かをやり遂げさせることが必要な時期もある。

「強制」と「自主性」、どちらが正しいということでなく、要は相手や状況によって使い分ける必要があるのだろう。

2016年10月28日 (金)

会社を踏み台にして昇る人踏み台にされて終わる人/夏川賀央

Photo 大事なことは、「会社と融合しない自分」をどれだけ持っているかに尽きるわけです。「自分のスタンスを持って仕事をしているか」が“会社を踏み台にできる”か、“会社に踏み台にされる”かの境界線になります。

「会社を踏み台にして昇る人」というと会社を利用するだけ利用して、利用価値がなくなったら去っていく人という印象を与えがちだが、そうではない。

会社にもメリットをもたらし、自分も仕事によって成長する人のこと、

要は主体的に仕事をする人という意味である。

仕事は受け身でやっている限り、面白くない。

仕事は面白くやるには、自分で創意工夫し、主体的に考えながらやることである。

どんな会社でも「できる社員」のほうが、「できない社員」より楽しく仕事をやっているものである。

そして楽しく仕事をやっていると、面白い仕事が回ってくる。

面白い仕事とは裁量度が大きく、自由にできる仕事である。

しかし、自由にできる仕事とは、その分、責任が重い仕事でもある。

では、どんな人に会社は責任が重い仕事を任せるかといったら、やはり「できる人」でなければならない。

つまり、会社では面白い仕事はできる人に回ってくるようにできているのである。

働く人は、「仕事とは何なのか」という根源的な問いに対する自分なりの答えを持っている必要があるのではないだろうか。

2016年10月27日 (木)

学校では教えない「社会人のための現代史」/池上彰

Photo ブッシュ大統領は、イラク攻撃の前、「日本もドイツも、アメリカと戦争をしたが、アメリカによって敗れた結果、民主主義国に生まれ変わった。だからイラクも民主化することができる」と発言していました。歴史を知らない、あまりに乱暴な論理でした。歴史を知らない指導者は、危険極まりない存在であることを示したのです。

アメリカの指導者は世界を単純に2つに分けたがる。

白か黒か、正義か悪か、敵か味方か、

これが、米国の外交政策で時々顔をのぞかせる戦略である。

2001年の米同時多発テロ以後、当時のジョージ・ブッシュ大統領が、「テロとの戦い」を宣言し、「アメリカの味方でなければ敵だ」と宣言したのと共通した発想である。

今行われている大統領選で共和党の大統領候補、トランプ氏もその類あろう。

確かに物事を単純に2つに分けるとわかりやすい。

大衆にも受ける。

しかし、同時に危うさも内包する。

それは歴史が証明する。

その意味で選挙とは国民の成熟度を試される場であるといえるのだろう。

2016年10月26日 (水)

プロフェッショナルシンキング/大前研一、他

Photo_2 答えのない時代に必要なのは、自分で状況を吟味しながら、自分の立場で考え、ひるむことなく「こういうことが言えるのでは」という仮説を出し、データや事実で実証していく「思考力」と、それに基づいて果敢に行動に出る「勇気」だ。

現代は確かに答えのない時代である。

小学生時代、「20年後の未来」という題で絵を描いたことがある。

あの時代は確かに20年後であっても予測可能であった。

そしてあの頃描いた絵はほとんど実現しているような気がする。

ところが、現代では5年後もなかなか予測できない。

精々2~3年後といったところだろう。

人工知能やロボットの進化により、私たちが予測もしなかったモノやサービスが生まれるかもしれない。

しかし、予測できないとばかりも言っておれない。

答えのない時代であるからこそ、仮説を立て前に進む必要がある。

そのための要素として「思考力」と「勇気」を上げているのは面白い。

「思考力」だけではダメ、前に進む「勇気」が必要なのである。

何としても身に付けてゆきたい。

2016年10月25日 (火)

戦国の合戦/小和田哲男

Photo それまで、合戦における論功行賞は武功がすべてだった。家臣たちに対する評価基準は、それこそ、「敵の首をいくつ取ったか」とか、「一番槍の功名」「一番首の功名」といわれるように、戦いでの武功によっていたわけであるが、この桶狭間の戦いの論功行賞では、信長は義元に最初に槍をつけた服部小平太ではなく、また義元の首を取った毛利新介でもなく、当日の義元軍の行動を情報として届けた簗田出羽守政綱を一番手柄としているのである。武功から情報へ大きく変わっていることがわかる。

織田信長は先見の明を持った武将であった。

合戦における情報の大切さに目を付けたところもその表れであろう。

あの有名な桶狭間の戦いの勝因の一つは正確でタイムリーな情報収集にあった。

信長はそれに論功行賞という形で応えた。

「認められたい」という人間の根源的欲求に応えるという意味で論功行賞は有効だ。

信長は、当日の義元軍の行動を情報として届けた簗田出羽守政綱を一番手柄とした。

そしてそれは他に対する強烈なメッセージにもなる。

これからの戦いは情報が重要になるというメッセージである。

時代を見越す先見の明、そして、人心掌握術、これらの面で信長は類まれな武将であったと言えよう。

2016年10月24日 (月)

小説家という職業/森博嗣

Photo 人間を観察することが、小説を書くための基本的な下準備である。常日頃から、できるだけ多くの人を観察することを心掛ける。ドラマや小説の中の登場人物ではない。現実社会で生きている人たちを見て、「リアル」や「ナチュラル」を取り入れること。これらが、創作に不可欠な素材となる。

小説を書くための下準備は人間を観察することだと著者は言う。

そのためには人間に関する限りない興味・関心が必要だろう。

考えてみれば、人間ほど興味深い存在はない。

ちょっとしたしぐさ、態度、行動、言葉、一人一人みんな違う。

そして、そこからその人の考え方、育ってきた環境、性格、価値観を探ることができる。

小説とはそのようなものをジグソーパズルのように組み合わせて一つの物語として仕上げるものであろう。

そしてその組み合わせの妙が小説という形で提供される。

そう考えると、生きている間にできるだけ多くの小説に触れてみたいと思ってしまう。

2016年10月23日 (日)

決定版 インダストリー4.0/尾木蔵人

Photo デジタルを使ったものづくりの世界〟には一つ大事なルールがあります。簡単に言うと「ルールを早く作ったもの勝ち!」というルールです。

インダストリー4・0とは、〝第4の産業革命〟のこと。

ネットワークで情報をつなげ、コンピュータ、人工知能を活用して、生産や流通などの自動化を最適なレベルまで引き上げるという試み。

インダストリー4・0時代のものづくりの世界では、多品種少量生産、究極的にはそれぞれの消費者の好みにあったオーダーメイドビジネスが主流になっていくと考えられている。

今、世界最大のタクシー会社はUberである。

でも一台のタクシーも持っていない。

世界最大のホテルチェーンは、Airbnb。

でもホテルは一軒も保有していない。

どちらも、運転手や部屋を貸したい個人と、それを利用したい個人をつなぐ仕組み、マッチングの仕組みを提供する会社だからである。

おそらくこのようなビジネスモデルは今後加速度的に増加していくことだろう。

高齢者がネットワークとつながったウェアラブルバンドを身につけて、健康状態を医師や人工知能にモニターしてもらう。

必要な際は、薬の処方も指示され、最適な薬が製薬会社のスマート工場や、スマート・ロジスティックによって、自宅に届けられる。

そんな未来社会が近い将来実現することだろう。

問題はこの分野でどこが主導権を握るかということである。

そのために重要になるのはルールをどこが作るのかということ。

当然、作った側が有利になる。

この点、スポーツの世界では日本はいつも後塵を拝してきた。

日本人選手はいつも不利な状況で戦うことを強いられてきた。

インダストリー4.0の世界ではどうなるのだろう。

2016年10月22日 (土)

スマート・チェンジ/アート・マークマン

Photo 脳はエネルギーを節約したいので、あなたの過去の行動が成功に結びついたときは同じことを繰り返させたがる。しかしあなたが自分の意志で行動を変えたい場合でも、人間というのはさらにいいものが手に入るまで待てずに、今すぐ手に入るものを手に入れたがる。自分の将来のために目先の快楽をあきらめなければならないような場合は、自分の意志であっても行動を変えるのは難しいだろう。

本書の副題は、悪い習慣を良い習慣に作り変える5つの戦略、である。

習慣とは無意識のうちに繰り返してしまう行動。

脳は短期の快楽に自動的に反応し、行動する。

それが積み重なると習慣となる。

それが良い習慣であれば財産になる。

しかし、悪い習慣であれば、自分の身を亡ぼす。

行動を変えてその状態を維持するカギとなるツールは5つ。

その5つとは、目標を最適化する、ゴーシステムを飼いならす、ストップシステムを活用する、環境を管理する、他人と関わる、こと。

一つのメソッドとして有効なのかもしれない。

2016年10月21日 (金)

PERSONAL MBA/ジョシュカウフマン

Personal_mba ビジネスはただ問題を特定し、関係者に恩恵をもたらすような問題解決の方法を探るプロセスだ。

ビジネスを単純化すると上記のようになる。

しかし、それを突き詰めると、膨大な知識が必要となる。

細部に入り込めば、入り込むほど複雑になってくる。

そのために、それらを体系的に学ぶためにMBAがある。

しかし、一般のビジネスマンがMBAの大学に行くにはお金と時間の制約が大きく立ちはだかる。

本書はそれらの大学に行かなくとも学べるようにという趣旨で書かれている。

広く浅くという形の記述だがそれでも500ページ近くになり、膨大な量である。

精読しようとすればそれこそ膨大な時間を要する。

むしろ、ビジネス用語もほとんど載っているので、困った時の事典のようにして活用すればよいのではないだろうか。

2016年10月20日 (木)

コーチング・アクロス・カルチャーズ/フィリップ ロジンスキー

Photo 私は、コーチングを「人々の潜在能力を解放し、有意義で重要な目標に到達することをファシリテートする芸術」と定義しました。コーチは人々が成長し、そして結果を出すための手助けをします。私はコーチングの比類なき貢献は、「存在すること」と「行動すること」を統合させることからくると信じています。

今やコーチングは管理職の必須スキルとなっている。

著者はコーチングの貢献は、「存在すること」と「行動すること」を統合させることからくる、といっている。

「存在すること」とは、達成と均衡のために努力すること、リーダーシップ能力を育成すること、建設的関係を構築すること、であり、

「行動すること」とは、ビジネスの結果や拡大を達成すること、であると述べている。

そしてコーチングはそれらを統合するのだと。

つまり人と組織の力を最大化させ、行動化することによって結果を出すこと。

ところが、その時、問題となるのは、人はそれぞれ違うということ。

それぞれが違った文化・環境で育ち、違った自我・気質を持っている。

国籍や民族が違えばなおさらである。

当然コーチングも十把一絡げというわけにはいかない。

例えば、「成長」のような中核的な規範や価値観についてさえ、その相違性を受け入れる必要がある。

成長は確かに人生に本来備わっているものだが、コーチが成長をあまりにも強調しすぎることで、一種の強迫観念となってしまうこともある。

常に人生においてさらなる達成と成果を求めるあまり、自分が持っているものに感謝することを忘れ、逆に失望してしまうことがある。

人生をありのまま受け入れるという知恵もあるはずであり、それが適している人もいる。

そう考えると、通り一辺倒のコーチング手法は、場合によっては害毒になることさえあると言えるかもしれない。

2016年10月19日 (水)

ずるい考え方/木村尚義

Photo わたしたちが存在意義を失わないようにするためには、どうすればいいのでしょうか? それは、人間にしかできない発想力を磨くことでしょう。

本書はラテラルシンキングに関する入門書。

ラテラルシンキングのラテラル(Lateral)は、「水平」という意味。

したがって、ラテラルシンキングは日本語に訳せば「水平思考」。

これに対してロジカルシンキングは「垂直思考」。

ラテラルシンキングには、ロジカルシンキングと違って、「唯一の正解」というものがない。

ラテラルシンキングで考えると、たくさんの選択肢が得られる。

その選択肢の1つひとつについて、現実に実行できるかどうか、実行する上で問題がないかどうかはロジカルシンキングで考察する。

思考の順序としては、最初にラテラルシンキングで発想し、次の段階はロジカルシンキングで検討するといい。

これが最も効率的な思考法だといえる。

ロジカルシンキングはコンピュータの得意分野。

しかし、ラテラルシンキングはコンピュータにはできない。

「そんな方法は思いつかなかった……」とまわりを苦笑させるような芸当は、コンピュータには絶対にできない。

書店をのぞいてみると、ロジカルシンキングの書籍はすぐ目につく。

ところがラテラルシンキングに関する本は少ない。

もっとラテラルシンキングにスポットを当ててもよいのではないだろうか。

ロジカルシンキングでは所詮コンピュータには勝てないのだから。

2016年10月18日 (火)

ワセダ三畳青春記/高野秀行

Photo 本格的にヤバいなと自分でも思っていた。何よりも、最低限の生活ながらそれでかろうじて食えているのがよくない。まったく食えなければ、本気でなんとかしようと思うはずだが、なまじ食えるから生活改革にも本腰が入らない。どこかの国の政治のようだ。

三畳一間、家賃月1万2千円、ワセダのぼろアパート野々村荘に入居した著者の青春物語である。

早稲田大学探検部在籍時に書いたノンフィクションをきっかけに文筆活動を開始した高野氏。

なんと野々村荘に11年間も住んでいたという。

たまに取材旅行に行くが、あとはアパート暮らし。

昼ごろ目を覚ますと、とりあえず飯を食う。

プールへ行くか喫茶店に行き、時間をつぶす。

日が暮れる頃、アパートに戻る。

「住めば都」というが、最低限の生活であっても、慣れてしまえばこれほど楽なものはない。

世のサラリーマンのように朝のラッシュアワーに悩まされることもないし、嫌な上司もいない。

フリーライターといえば聞こえがいいがフリーター同然の生活。

しかし、最低限の生活はできる。

自分の学生時代、同じような生活をしていたな、と、妙にノスタルジックな感傷にひたってしまった。

2016年10月17日 (月)

ヒットの正体/山本康博

Photo それまで「欲しい」とおくびにも出さなかったのに、実際の商品を目の前にすると「それそれ! それが欲しかったんだよ!」と突然豹変して、笑顔を向けてくる人に出会ったことはありませんか? または、自分自身がその体験をしたことはないでしょうか。
「それ」こそが、潜在ニーズをとらえた商品です。

ニーズには顕在化したものと、潜在したものとがある。

顕在化したニーズはわかりやすい。

故にすでに商品化されていることが多い。

そこで重要なのが、潜在ニーズなである。

ニーズが顕在化していない状態。

それも、ある特定個人や一部集団だけでなく、大衆レベルで、それぞれが明確に理解できていないのに、心の奥底で高まりだしているニーズ。

「そうそう、これが欲しかったんだ!」

本人でさえ自覚できていなかったところに、ポンと正解をもたらしてくれるようなもの。

しっくりと腑に落ちるようなものこそ、ヒットを生み出す条件だといえる。

では実際に、潜在ニーズをどのように発見すればいいのか。

それはずばり、文句を聞くこと、だという。

文句というのは「満足」状態になるために不足しているものを示唆してくれる心の声であり、ニーズそのもの。

この声なき声を聴き、組み合わせることによって、潜在ニーズを発見することができるという。

そう考えると、潜在ニーズや市場を読み解くのは、パズルを解くのに似ている。

それも最初からピースのかけらは決まっておらず、ときにはどこが終わりかわからない真っ白のパズルを、手探りしながらはめ込んでいくような作業である。

そして忍耐力。

さらに物事を解き明かしたいという探究心。

これらが組み合わさって潜在ニーズが発見されヒット商品が生み出されているということであろう。

2016年10月16日 (日)

言いたいことは1分で!10倍伝わる話し方/渡辺美紀

110 上司や先輩には「1分だけいいですか」と話しかけ、伝えたいことの「ダイジェスト版」を聞いてもらう

人は30秒でその話を真剣に聞こうかどうか決めるという。

どんな場面であっても長い話は嫌われる。

逆に言えば、1分間で確実に終わると決まっている話であれば聞いてくれる可能性が高くなる。

だから初めに「1分だけでいいですか」という前置きはかなり効果的だということである。

そして、ポイントは、本当に1分間で話を終えること。

どこかのセールストークのように「1分間だけいいですか」と言いながら長々と説明されたら二度と話を聞いてもらえなくなる。

つまり効果的なフレーズを使う場合、それを実現するスキルも身に付ける必要があるということである。

2016年10月15日 (土)

最後の授業/ランディ・パウシュ

Photo 経験とは、求めていたものを手に入れられなかったときに、手に入るものだ。そして経験は、きみが提供できるもののなかで、たいていもっとも価値がある。

2007年9月18日、米ペンシルベニア州ピッツバーグのカーネギーメロン大学で、バーチャルリアリティの権威として知られるランディ・パウシュ教授が「最後の講義」を行った。

本書はその記録である。

アメリカの大学ではときおり、人気教授が「人生最後の機会」と仮定して特別講義をする。
パウシュの講義もそのひとつだったが、彼の場合は特別な事情があった。

2006年9月に膵臓癌を告知された一年後、講義を引き受けた直後に癌の転移が判明。

余命半年足らずと宣告されていた。

当時、パウシュは四六歳。

最愛の妻と、三人の幼い子供と暮らしていた。

コンピュータサイエンスの世界で揺るぎない実績を築き、プライベートも存分に楽しんで、充実した日々を過ごしていた。

そんな彼が文字どおり「最後」となる講義に選んだテーマは、「夢を実現すること」。

夢を実現させようとすれば、壁にぶつかるときもある。

ぶつかるときのほうが多いかもしれない。

でも、壁は私たちの行く手をさえぎるためにあるのではなく、その夢をどれだけ真剣に追い求めているかを気づかせるためにあるのだと、パウシュはくり返す。

夢を見ること、そしてその夢をかなえようと努力することが、彼の人生そのものだ。

そして、たとえかなわぬ夢であったとしても、「経験」が手に入る。

「人生を終えるときに後悔するのは、自分がやってきたことではない、やらなかったことです」

この若者へのはなむけの言葉、心に響く。

2016年10月14日 (金)

仕事で数字を使うって、こういうことです。/深沢真太郎

Photo 経験や勘はもう通用しない!
 デキるビジネスパーソンは「数字」で語る

本書は、ビジネスにおける数字を使うことの重要性をストーリー形式で説いたもの。

登場するのは、数字に強い数学女子と、経験と直感だけで仕事をする文系男子。

正反対の二人がことあるごとにぶつかる。

このことを通して語られていることは二つ。

一つ目は、数字で物事を考えられない従業員があまりにも多いということ。

二つ目は、なぜビジネスでは「数字」が重要なのか、どんな場面で具体的にどう使えばいいのか、という問いの答えを多くのビジネスパーソンは知っているつもりで実は知らないということ。

確かにその通りだと思う。

そしてそれは私自身の欠点でもある。

ただ、それを自分の使えるスキルにするためには、ある程度時間を割いて勉強し訓練する必要があるだろう。

2016年10月13日 (木)

実践版 孫子の兵法/鈴木博毅

Photo 上級公務員と最も低い階層の公務員の、どちらが心臓病で死にやすいか。ロンドン大学の調査では、なんと低い階層のほうが3倍高かったのです。これは仕事において「自己決定権」が多いか少ないかの違いでした。
 決定権が少ないほど、病気や精神疾患になる率が高かったのです。

組織の中では、上位者になるほど責任が重くなり、ストレスもかかる。

精神的なプレッシャーも大きくなると思われる。

ところが上記の調査結果によると、上位者の方が心臓病で死ぬ確率が低いという結果が出たという。

人から言われたことをただやるだけという働き方は楽なように感じる。

自分で決定し行動することは責任が重くのしかかるので厳しいように感じる。

ところが逆の調査結果が出た。

これは何を意味しているのか?

「自己決定権」がいかに重要かということである。

逆に言えば、どんな仕事でも自分で考えて決定するという要素を入れることが重要ということではないだろうか。

2016年10月12日 (水)

ビジネス書/林雄司

Photo 20代のころ、尊敬する部長がいた。見た目は立派でドラマに出てくるみたいな部長さんだと取引先に言われたことがある。
 ただ、実際には仕事をぜんぜんしない。でも商談の最初の雑談がうまいのだ。相手が差し出した名刺1枚で10分は話をもたせる。

この部長さん、理想的なのかもしれない。

余計なことをして部下の仕事の邪魔をしないし、一つの抜きんでた能力を発揮することによって部下の尊敬を得ている。

部長の仕事とはなんだろうか?

部下の力を最大限発揮させることによって組織の目標を達成することである。

ところが世の中、これと逆の部長が多い。

つまり俺が俺がと自分が先頭を切って働くことによって部下の仕事を奪ってしまい、自己満足に陥っている部長である。

それと比較するとこの部長のポジションは理想ではないだろうか。

2016年10月11日 (火)

未来に先回りする思考法/佐藤航陽

Photo 将来的に新しい情報が得られるであろうことを考慮に入れた上で、一定の論理的な矛盾や不確実性をあえて許容しながら意思決定を行うことが、未来へ先回りするための近道です。

未来へ先回りするには、一定の論理的な矛盾や不確実性をあえて許容しながら意思決定を行う必要がある、と著者は言う。

そもそも論理的であることがすべて正しいのであろうか。

確かに、何かをやったことを人に伝える場合、論理的に説明した方がわかりやすい。

また相手の理解を得やすい。

しかし、これは後付けの合理性である。

社会は、人間が現実を正確に認識でき、論理的に説明できることを前提につくられている。
しかし、現実の複雑さは人間の理解力や認識能力を常に超えている。

そのため、人間の認識は何度も裏切られる。

人間はその度、後付けで合理性をつくることで現実を「理解したこと」にしてきた。

これが「後付けの合理性」である。

それによって過去に起こった出来事にもっともらしい原因を見つけて、あたかも筋が通っているかのような共通理解を持とうとしてきた。

ここに合理性の落とし穴があるのではないだろうか。

2016年10月10日 (月)

「思考軸」をつくれ/出口治明

Photo 直感というのは「何も考えずに決める」ことではありません。人間の脳は問題に直面した瞬間に、頭のなかに蓄積されている情報を高速でサーチし、最適な答えを導き出すようにできているのです。つまり、脳が最速で必要な情報処理を行った結果が「直感」なのです。

ライフネット生命を60歳のときに立ち上げた出口氏。

彼はこれを直感で決めたと言っている。

そして同時に直感はもっとも信頼できる意思決定の指針だと言っている。

直感とヤマカンとは違う。

直感というのは、何も天から降ってくるものでもない。

何か課題を与えられると、脳は無意識の領域でも自分の脳内にストックしてある知識や情報を検索し、さらにそれらを足したり引いたりして最適解を導き出す。

これが直感の正体である。

だとすると問題はどれだけ良質かつ大量のインプットをするかということ。

出口氏は今でも大量の本を読むという。

直感に頼るにも日ごろの努力は不可欠だということであろう。

2016年10月 9日 (日)

あなたの仕事に革命を起こす!「しないことリスト」/中島孝志

Photo 「何をすべきか」も大切ですが、それ以上に、〝してはならないこと〟を考えることがはるかに大切です。

物事に優先順位をつけ、それをリスト化すること、つまりTODOリストは広く一般化されている。

私自身もそれをやっているのだが、正直、限界を感じることもある。

それは時間は無限にあるわけではないので、どこかでやらないことを決める以外になくなるからである。

ではやらないことをリスト化しているかというと、そんなことはしていない。

なんとなく「まあ、しょうがないか」とあきらめ感に似た形で自分を納得させている。

本書の面白いところは、それをちゃんとリスト化しましょうというところである。

確かに仕事のできる人は、なにをするかよりもなにをしないか、という線引きを明確にしている。

自分のしたいことを邪魔する要素、普段、ついつい時間を浪費してしまうことを思い出して、「しないことリスト」を書き出してみること。

やってみて損はないのではないだろうか。

2016年10月 8日 (土)

現代版 魔女の鉄槌/苫米地英人

Photo じつはソーシャルメディアの登場によって、現代においても、人々が情報ソースと信憑性を問わなくなるという、中世と同じプロセスをくり返そうとしています。

中世の魔女狩りはどのようにして生まれ浸透していったのか?

その大きな役割を果たしたのが「魔女の鉄槌」という書物。

グーテンベルクによる印刷技術が発展してきたことによって、印刷物が世に出回るようになった。

当時、印刷物は貴重品。

それだけに、印刷されたものであるということだけで、信ぴょう性まで担保されるような風潮があった。

そのような背景があって「魔女の鉄槌」という書物が広く読まれるようになった。

そこから根拠のないデマが浸透し、魔女狩りが広まっていった。

では、魔女狩りは中世の出来事で終わらせてよいのだろうか?

現代人は、自分たちが生きている世界が時代とともに洗練され、もはや過去の世界ではないと思い込んでいる。

しかし、中世ヨーロッパも21世紀の世界も、じっさいはほとんど変わっていない。

飛行機が飛び、クルマが走り、宇宙ロケットが飛び、膨大な電子情報が行き交いながら、権力者が我欲を果たす目的を隠しながら大衆を操作する点で、本質は同じである。

実は、現代にも魔女狩りがある。

現代の魔女狩りを端的に表現すれば、「都合の悪い者は消せ」というもの。

現代ではSNSを通して根拠のないデマが瞬くまに広がり、攻撃が始まる。

誰もが加害者にもなり被害者にもなり得る社会。

人間は同じことを繰り返す生き物だとつくづく思う。

2016年10月 7日 (金)

第四権力/高杉良

Photo「おっしゃるとおりかも知れない。ただし、第四権力の劣化は酷いことになってるよな。いつだったか役員とそんな話をしたが、テレビ、新聞の検証能力が低下しているのは紛れも無い事実だろう。第四権力なんて死語になるかもな。批判精神、野党精神を保持しているのは週刊誌と夕刊紙だけとも言える。いや、地方紙は頑張っているかねぇ」
「活字コンプレックスっていうやつだな」

この小説の舞台はテレビ東日。

明らかにテレビ朝日をモデルにしている。

内容は次期社長をめぐる権力闘争。

そして東日新聞(朝日新聞)との確執。

そしてその中で見え隠れするのがテレビマンの活字コンプレックス。

今や社会に対する影響力は新聞よりもテレビの方が上だと思うのだが、心のどこかに活字コンプレックスがある。

それが会話の端々に出てくる。

テレビ局を辞めた人間が活字の世界に飛び込む例が多いのも、こんなことが背景にあるのかもしれない。

2016年10月 6日 (木)

マインドフル・ワーク/デイヴィッド・ゲレス

Photo グーグルは企業の信念として「邪悪になるな」を掲げ、社内に広げている。マインドフルネスと感情的知性を教えるコース「サーチ・インサイド・ユアセルフ(自分の内面を探究せよ)」は社内でもっとも人気が高く、グーグルはそれを通して思いやりと愛、利他主義を育むテクニックをグーグラーが人生において身につけてほしいと願っている。

今、アメリカでは、マインドフルネスという考え方が徐々に広がってきているという。

マインドフルネスを一言で言うと、私たちの頭の中に生じるさまざまな考えを、それに心を動かされることなく観察する力のことである。

自分の感覚を、苦痛なものでさえも、心を動かされることなく感じることのできる能力である。

自分の体験に対して自覚的になり、判断を交えることなく観察し、物事に対して恐怖や不安、貪欲からではなく、明晰さと思いやりの心で反応する。

研究によれば、マインドフルネスは私たちの免疫系の能力を高め、集中力を向上させ、脳神経の結びつきを再構成する。

マインドフルネスとは「完全に現在に存在すること」である。

マインドフルネスとは、過去の思いに囚われたり、未来を夢見たりすることなく、このとき、この場所に存在することである。

実はこれが難しい。

しかし、これは訓練によって自分のものにすることができるというのである。

ジムでバーベルを挙げれば筋肉がつくように、マインドフルネスを実践すれば私たちの心は強くなる。

そしてマインドフルネスを実現するための実証済みの方法が、瞑想である。

瞑想は私たちの「精神の筋肉」を鍛え、集中を持続し、深める能力を授けてくれる。

このような考え方が広がっていることの背景に、現代人の心の病があるのではないだろうか。

2016年10月 5日 (水)

なぜ幸村は家康より日本人に愛されるのか/本郷和人

Photo 彼我の戦力を冷静に眺めてみれば、勝利は到底おぼつかない。それでも力の限りに奮闘し、敵わぬまでも、あと一歩のところまで強敵を追い詰める。その姿と振る舞いが、人々を虜にした。それで、猿飛佐助や霧隠才蔵などの真田十勇士の話も作られる。根っこには日本人の判官贔屓があるのでしょう。

今、NHKの大河ドラマ「真田丸」が大人気である。

毎回、高視聴率を叩き出している。

三谷幸喜の脚本のユニークさもあるのだろうが、それと同時の真田幸村の人気もあるのだろう。

では真田幸村はどうして人気があるのか?

そこには日本人の判官贔屓があるのではないかと著者は言う。

到底勝てないと分かっている戦いに挑み、敵である徳川家康をあと一歩のところまで追いつめる。

最期は非業の死を遂げる。

たしかに、幸村の生涯はヒーローになる要素がそろっている。

幸村の人気を通して、日本人独特の心情を理解することができるのではないだろうか。

2016年10月 4日 (火)

黒い空/松本清張

Photo 「合った!」
 小原甚十は口の中で叫ぶ。
 (あれを、「センタニ」とよませていたからわからなかった。「千」の替え字は「扇」だ。すると「扇谷」ではないか。「おおぎがやつ」だ。……そうだったのか、千谷規子も扇谷上杉家の末裔だったのか)

物語の舞台は山内上杉家の末裔の事業家山内定子が創った八王子郊外の結婚式場、観麗会館。

経営をまかされているのは小心な婿養子善朗。

そしてその善朗のために経理をごまかし1億を超える隠し金を用意する経理の千谷規子。

ある日、その隠し金が見つかり、口論から激情して定子を殺してしまった善朗、

死体を会館の名所である「断崖」に埋め込んでしまう。

と、そのようなストーリーなのだが、そのキーマンとなっているのが千谷規子。

彼女は実は扇谷規子、扇谷上杉家の末裔だった。

この殺人事件の背景には、山内上杉家に対する扇谷上杉家の長年の怨念があったというもの。

現実にはあり得ない設定で少し無理があるように感じるのだが、読み進めていくとそれなりに面白い。

ただ、清張の小説の中では凡作なのではないだろうか。

2016年10月 3日 (月)

史上最強の人生戦略マニュアル/フィリップ・マグロー

Photo ひどい体験をしたことはわかっているが、人生の落伍者になる口実にはならない。

人生にはラッキーなこともあればアンラッキーなこともある。

しかし、同じような不幸に見舞われても、その後の行動は一人一人みんな違う。

よく、自分の不幸を嘆く人がいる。

しかし、不幸に見舞われても、それをバネに成長する人もいる。

重要なことは、物事に対してどのような受け止め方をするか、ということ。

そして、こと認識に関するかぎり、望めば今とは「違う選択」をする能力が、私たちにはあるということ。

物事の受け止め方を変えれば、その後の行動も変わってくる。

そして行動を変えれば、その行動の結果も変わる。

物事をどう受け止めるか、その選択権は自分自身が握っている。

しかし、今の世の中、その選択権を放棄している人があまりにも多いのではないだろうか。

2016年10月 2日 (日)

レバレッジ・リーディング/本田直之

Photo 本当は本を読めば読むほど、時間が生まれます。本を読まないから、時間がないのです。なぜなら本を読まない人は、他人の経験や知恵から学ばないからです。

これはその通りだと思う。

私は1日に1冊本を読んでいる。

読書に費やす時間は1日30分からせいぜい1時間くらい。

そして本は読めば読むほど時間が生まれる。

それは実感としていることである。

なぜなら読書とは疑似体験だから。

他者の経験を自分のものとすることができる。

基本的に人は一つの人生しか経験できない。

しかし、読書はその限界を超えさせる。

読書を通して他者のものの見方・考え方を自らのものとすることができる。

だから読書は投資ということができる。

自分の人生を豊かにしたいと思うなら読書をすることである。

本当にそう思う。

2016年10月 1日 (土)

クローズアップ スクープ/今野敏

Photo「はっきり言っておきますけどね。俺は、どちらの味方でもありません。ただ、偏った報道によって世の中が特定の方向に傾いていくのが気持ち悪いだけです」

この小説はニュース番組の遊軍記者、布施の活躍を中心にが描かれている。

飄々とした態度で誰とでも仲良くなり、数々のスクープをものにする。

しかし、ガツガツとしたところはまったくない。

面白いキャラクターだ。

しかし、スタンスははっきりしている。

そして分をわきまえている。

マスコミとはあくまで事実をありのまま伝えるのが仕事。

あくまで判断のための材料を提供しているに過ぎない。

判断は観る人に委ねる。

確かに最近のマスコミの自分たちにこそ正義がありとの姿勢、はっきりいって気持ち悪い。

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