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2016年11月の30件の記事

2016年11月30日 (水)

こうすれば必ず人は動く/デール・カーネギー

Photo あなたが鼻にリングを付け、髪を緑色に染め、ほおに赤丸のシールを付けている、というのなら別ですが。そうでない限り、他人もあなたと同様に自分のことしか考えていません。あるいはあなたにどう思われているか不安になっている場合だってあるのです。

一人でやれることは限られてくる。

そして人は一人では生きていけない。

それだけに、多くの人に求められているのは人を動かす力である。

では、人を動かすためにはどうすればよいのか。

人を説得して動かすのだろうか。

そうではない。

人は頭で理解して動くのではない。

感情で動くのである。

だから、議論に打ち勝って相手を屈服させても、相手は動かない。

相手を敵に回して口論し、反駁すれば、時には勝利を得ることもあるだろう。

だがそれは、空しい勝利だ。

相手の好意を失ってしまうからである。

ビジネスで議論に勝っていたら、飢え死にする。

どんなに人が間違っていると思えても、人を悪しざまに非難してはならない。

その人自身の過ちに気づかせなければならない。

その人の感情を傷つけないように、上手に、思いやりをもって行うこと。

その人の面目が保たれるようにすることである。

要は、相手に動いてもらいたいならば、相手に自己重要感を感じてもらうことである。

人間性の最も深い部分にある衝動、それは自分が重要な人物であるという認識を得たいという欲求である。

これをいかに相手に持ってもらえるようにするか?

これが、人を動かす要諦だと言えよう。

当たり前の事だともいえるが、意外とわかっていない人が多いのではないだろうか。

2016年11月29日 (火)

「好き嫌い」と才能/楠木建

Photo 常に新しいことをするのが好きです。キャッチアップはあまり好きではなく、無から有を作る楽しさが格別です。何かを新しく開発したときの商談は熱意があふれています。売れるか売れないかといったらわかりませんが、「やってみなあかん」という気持ちになるように、相手を巻き込んでいきます。

本書は楠木氏と各界の著名人との対談をまとめたもの。

テーマは「好き嫌い」

上記はアリスオーヤマの大山社長の言葉。

大山社長は常に新しいことをするのが好きだという。

おそらく、このような社長のもとには、新しいことをするのが好きな人材が集まってくることだろう。

そして新しいことをすることが評価されるようになる。

するとそれが社風となる。

するとますますそのような人材が集まるようになる。

「好き」を経営の中心に据え成功した例だと思う。

しかし、世の中を見渡してみると、これとは逆のことをやっている会社の方が多い。

「仕事に好き嫌いを持ち込むな」という上司も多いのではないだろうか。

でも、著者は仕事こそ「好き」を柱に据えるべきと言っている。

なぜか?

単に「食っていく」ための仕事であれば、好き嫌いはとりあえず横に置いておいたほうがいいかもしれない。

四の五の言わずに与えられた仕事を期日までにきちんとやる。

それで仕事としては一応回っていく。

しかし、これは「マイナスがない」というだけの話。

「みんなができることが自分もできる」は、プロの世界ではゼロに等しい。

そのことにおいて「余人をもって代えがたい」とか「この人にはちょっとかなわない……」と思わせる。

これがプロというもの。

ではそのためにはどうすればよいのか。

「好き」を仕事にすることなのである。

プロのスキルを身に付けるには気の遠くなるような努力の積み重ねが必要となる。

それは「我慢」の限界を超えるもの。

たんなる我慢や努力では燃え尽きてしまう。

だからこそ「好き」を仕事にする必要があるのである。

なぜなら「好き」なことであれば、努力も苦にはならない。

いや、むしろ、好きなことをやっているのだから、努力しているとも感じないかもしれない。

そうすれば、気が付いたときには、他の人には真似できないようなプロの仕事ができるようになる。

そしてそのことを今は時代が後押ししてくれる。

今やその人しかできない仕事が価値を持つような時代になってきた。

誰でもできる仕事は将来、人工知能やロボットにとってかわられるかもしれない。

だからこそ「好き」を仕事の中心に据える必要があるのではないだろうか。

2016年11月28日 (月)

脳に悪い7つの習慣/林成之

Photo 脳が考えるしくみにおけるA10神経群の役割をひと言でいうと、「情報に気持ちや感情のレッテルをはること」です。

短期記憶をつかさどる「海馬回」、

危機感をつかさどる「扁桃核」、

好き嫌いや興味・関心をつかさどる「側坐核」、

言語や表情、感動をつかさどる「尾状核」、

意欲や自律神経をつかさどる「視床下部」、

匂いに対する反応にかかわる「嗅結節」など、

これらの神経群のことを総称し、「A10神経群」と呼ぶ。

このA10神経群の役割を一言で言うと、「レッテルばり」

「好きだ」「嫌いだ」「感動した」といったレッテルをはる。

そして、理解力、思考力、記憶力といった、脳の力は、どれも最初の「感情」によってそのパフォーマンスが左右される。

一度、マイナスのレッテルをはられた情報は、しっかり理解できず、思考が深まらず、記憶もしにくくなってしまう。

A10神経群で「嫌い」というレッテルがはられてしまうと、脳はその情報に関して積極的に働かなくなる

しかし、脳は一方で簡単に騙されやすいという面を持っている。

例えば、笑顔を浮かべていると、否定的なことや暗いことは考えにくくなる。

これは顔の筋肉とA10神経群が密接に関連しているから。

ということは、大切なことは「好きになる力」を養うことと言えるのではないだろうか。

脳の理解力や思考力、記憶力を高めるには、まず「おもしろい」「好きだ」というレッテルをはるとよい。

全てはそこから始まると言えよう。

2016年11月27日 (日)

チームの本気を引き出す「戦略実行キャンプ&ミーティング」実況中継 組織のなやみ研究所

Photo 何を話せばいいのかわからないと思いますので、「私が輝くとき」というテーマを用意しました。もう少し具体的に説明すると、「仕事で最も充実していた体験やエピソード」です。他の参加者のみなさんによりわかりやすく伝わるように、まず目の前の画用紙とクレヨンで「私が輝くとき」を絵に描いてみてください。

戦略を立てても実行しなければ意味がない。

そして、この実行が非常に難しい。

多くの場合、それはトップの立てた戦略が社員のお腹に落ちていないことから起こる。

つまり「頭ではわかるのだが、なんとなくしっくりこない」という状態である。

本当の意味で納得していないのである。

では、この納得感を高めるためにはどうすればよいのか?

それは戦略について社員同士話し合わせることである。

それぞれが本音を自己開示し、対話する。

それを通して考えや意識のすり合わせが行われる。

本書はその活動を「戦略実行キャンプ&ミーティング」という形で紹介している。

私個人としては、そのプロセスの中で、「絵を描く」ことが入っているのが興味深かった。

「絵は千の言葉」という。

絵を描くことによって、言葉では表現しえない心の奥底にあるものを表現することができる。

自己開示の手法としては非常に有効であろう。

取り入れてみる価値は十分にあると思う。

2016年11月26日 (土)

なぜ、戦略を実行するのはむずかしい? 組織のなやみ研究所

Photo 実は「戦略が大切です」とは言うものの、現代では戦略の中身で業績に差をつけることは難しいんです。

一昔前と比べ、戦略に関する書籍は書店に溢れている。

だから、それなりの企業であれば、それなりの戦略を立てている。

企業が立てる戦略を分析してみると、実は3パターンくらいしかない。

ひとつは、一定レベルの品質のサービスや製品を広く提供するというパターン、

もうひとつは、個々のお客様に合わせたキメの細かなサービスや製品を提供するというパターン、

そして最後は、最新の技術を使った画期的なサービスや製品を提供するというパターンである。

そのため、その立てた戦略はどこも似たり寄ったりといった現象が起きている。

ではどこで差ができるのか?

それは実行力である。

実行力で差をつけないと、現代ではなかなかビジネスの世界で優位には立てない。

確かに戦略は立てているものの「絵に描いた餅」で終わってしまっているケースは多い。

日常業務とトップの立てた戦略があまりにもかけ離れてしまっており、現場では「それどころではない」といった雰囲気になっていることも多々ある。

実は、やることとやらないことをきちんと切り分けたり、ベクトルをどこかにきちんとフォーカスしたり、そうして効率よく最大の利益を生むための作戦が戦略である。

つまり、戦略を立てれば、当然新しい仕事が増えるので、その分、やらない仕事も決めなければ現場はアップアップの状態になってしまうということである。

そして現場をいかに巻き込んでいけるか、

このあたりがポイントではないだろうか。

2016年11月25日 (金)

「爆買い」後、/中島恵

Photo この光景、よく考えてみると、私たちは以前、どこかで見たことがないだろうか。
 免税店に列をなして大量のブランド品を買い込んだり、同じお土産を何十個と買ったりする姿は、80年代のバブル期の日本人と似ていないだろうか。

確かに中国人の爆買いの光景は80年代バブル期の日本人の姿と似ている。

あの頃、日本人もヨーロッパやハワイ、香港などでブランド品の「爆買い」を繰り広げていた。

世界中の不動産を買いあさったり、挙句の果て、アメリカの文化の象徴である映画会社を買ったりしたのものである。

それだけではない。

マナーに関しても、決して立派な振る舞いをしていたとはいえなかった。

スイスで日本人観光客のマナーの悪さが評判となり、困り果てた在ジュネーブ日本領事館が、これ以上重要な文化財に落書きしないよう、日本人のためにわざわざ「落書き帳」を作ったという話も残っている。

こう考えると、今の中国人の姿と、80年代の日本人の姿がダブって見える。

中国人の「爆買い」を批判するのは、ある意味、天に唾するようなもの。

ここは、むしろ「爆買い」のプラスの面を見た方がよさそうだ。

では、「爆買い」のプラス面は何だろう?

関連業者が経済的に潤うというのはその中の一つであろう。

しかし、それだけではない。

むしろ、経済面以外に目を向けると、違った面が見えてくる。

それは「本当の日本人の姿を知ってもらう」ということ。

中国では反日教育が繰り広げられている。

学校の教科書も反日的な記述であふれている。

中国のマスメディアはプロパガンダが中心で、日本についてのポジティブな報道は少ない。

国民もそのことを知っていて、中国人は日本のものを含めた、すべての報道について信用していない。

信用しているのは友人や身内から流れてくるSNSやクチコミだ。

近年、インターネットが発達したことにより、ようやく少しずつ「日本の正しい情報」が伝わり始めた。

日本に来て爆買いした中国人は、単に物を買っただけでなく、日本人に直に接した人たちでもある。

学校教育やマスコミを通じて知った日本人とは明らかに違うことを肌感覚で知ったはずだ。

その体験が口コミで伝われば、それほど日本にとってプラスはことはない。

そんな視点で「爆買い」を受け止めれば、違った面だ見えてくるのではないだろうか。

2016年11月24日 (木)

幸せな小金持ちへの8つのステップ/本田健

Photo 幸せな小金持ちは、「人生とは、自分の才能を開花させ、まわりの人と分かち合うことだ」と思っています。

本書のサブタイトルは「知的経済自由人の生き方」となっている。

私自身は「小金持ち」になりたいとは正直思わないが、「知的経済自由人」にはなりたいと思っている。

つまり、「お金のことを全く心配しないで生きていけたらな~」と思っている。

私の場合、確かに今現在はお金には困っていない。

しかし、一生涯、お金に困らずに生きていけるかどうかということを考えるとちょっと心配だ。

年金だけでは当然生きていけないだろうし、体が弱ってきたら今のようには収入を得る事は出来ないだろう。

本書によると、自分の所有するビジネスから2500万円ほどの収入、そして投資その他の収入がもう500万円。

これだけあると、お金のことを日常的に考えなくても、好きなことをして生活できるという。

これはちょっとハードルが高い。

しかし、挑戦してみる価値はあるのではないだろうか。

同じ人間のやることなのだから。

2016年11月23日 (水)

池上彰の「ニュース、そこからですか!?」/池上彰

41psaun4ohl みんなが常識として知っているはずの用語を、全体の中での位置づけから説明すると、実は自分はよくわかっていなかった、ということに気づくものです。

メディアを通して日々流れてくるニュース。

実は、分かっているつもりでわかっていないことが多い。

それをあえて、「そもそもこれってどういうこと?」という素朴な疑問から解き明かしたのが本書である。

特に国際政治は本音と建て前が錯綜する。

ということは、各国のトップの発言を、その通りに受け取ると情勢を見誤るということ。

国のトップの公式の発言は建前のことが多い。

そのため、「人道」とか「人権」とか「正義」と言った耳障りの良い言葉が多い。

しかし、全てを動かしているのは「国益」である。

国民の人権に差はないのに、欧米諸国の都合で人道介入するかしないか分別される。

これが国際情勢の非情さ。

ロシアにとって、シリアは大量の兵器を購入してくれるお得意さま。

だからシリア政府を支援し、軍事介入する。

人道介入よりは兵器を売りたい。これもまた国際政治の現実。

国際政治はリアリズムで動いている。

このことは覚えておきたい。

2016年11月22日 (火)

「ズバ抜けた結果」を出す人の行動習慣/坂本幸蔵

Photo 成功体験は、行動することでしか生まれません。
 同時に、成功体験がある人は失敗体験も蓄積しています。

仕事のできる人の特徴の一つは「成功体験」を持っているということ。

だからこそ、その言動が自信にあふれ、説得力が生まれ、結果もついてくる。

「成功の反対語は失敗ではありません、何もしないことです」

これは、ある人から聞いた言葉。

その通りだと思う。

最初から成功する人はほとんどいない。

最初はたいてい失敗する。

しかし、失敗を積み重ねることによって経験値が蓄積し、やがてこれが成功への糧となる。

そしてやり続ければやがては成功する。

そして、どんなに小さなことでも、自分が行動することによって「できた」という感覚を持っていれば、とにかくやってみようという気持ちになるものである。

それが次の行動を生む。

ところが、成功体験がない、あるいは少ない人にはその感覚がわからないので、行動することに二の足を踏んでしまう。

ますます行動しなくなる。

何もしなければ何の蓄積もない。

成功体験からはますます離れていく。

だから、成功と失敗は、実は同義語。

逆に、成功の反対語は、何もしないこと、なのである。

成功する人の特徴は行動が速いということ。

そして行動量が圧倒的に多い。

行動することで生じるリスクより、行動しないことのほうがリスクになる。

このことを覚えておくべきだろう。

2016年11月21日 (月)

普通のダンナがなぜ見つからない?/西口敦

Photo 東京都で女性が男性に「普通」と言って求める年収は、400万円以上26・8%、600万円以上39・2%であるが、実際に600万円以上稼いでいる25歳から35歳の〝独身〟男性は3・5%、400万~600万円稼いでいる男性も19・5%にすぎない。

本書で言っていることは、要は、ハードルを下げれば結婚できますよ、ということ。

女性が結婚相手に求める年収ひとつをとっても、「普通」と考えている600万円以上稼いでいる25歳から35歳の独身男性は3.5%しかいない。

これでは結婚相手が見つかるはずがない。

これに他の「普通」の条件を重ねればハードルは更に高くなる。

例えば、

・普通に会話ができる

・普通のルックス

・普通の身長

・普通に清潔感がある

・普通のファッションセンス

・普通の学歴

一つ一つが「普通」というからには確率50%とする。

ところが、この条件すべてを満たす人ということになると、 会話普通50%×ルックス普通50%×身長普通50%×清潔感普通50%×ファッションセンス普通50%×学歴普通50%×年収普通50%…イコール0・8%。

なんと、すべての普通を同時に満たす人は100人に1人もいないという結果になる。

日本人は「普通」という言葉が好きだ。

普通の生活、普通の家庭、普通の教育、普通の会社、普通の社員・・・

でもその「普通」の内容とは何なのだろう?

結婚に限らず「普通」とは一体何なのか?

少し考えた方がよさそうだ。

2016年11月20日 (日)

1分間モチベーション/ケン・ブランチャード

1 人の心はコンピュータと似ています。プログラムさえ書いてしまえば、コンピュータはワープロとしてもエンジニアリング設計の分析装置としても使えます。人間の脳も、何でも悲観的にとらえるようにプログラムを書くこともできますし、情熱をもって前向きにとらえるように書くこともできます。

「人の心はコンピュータと似ている」という言葉は確かに当たっていると思う。

コンピュータはプログラム通りに動く。

実は人間の脳もプログラミングされており、その通りに動く。

極論すれば、物事を悲観的にとらえるようにプログラミングされている人は、全ての事を悲観的にとらえる。

楽観的にとらえるようにプログラミングされている人は、すべての事を楽観的にとらえる。

そしてそのとらえ方によって、その後の行動が決まる。

すると、その行動の結果も全く違ったものになる。

その結果、生き方も変わってくる。

最終的には、人生も変わってくる。

もし、人生を変えたいと思うなら、まず、自分の脳をあるべき形にプログラミングし直すことが必要なのだろう。

2016年11月19日 (土)

聖断/半藤一利

Photo 鈴木首相は昭和四年一月から十一年まで、侍従長として八年間も天皇裕仁の身近にあった。この間の昭和四年八月から八年八月までの同じ時期の四年間、阿南陸相は中佐の侍従武官として、これまた天皇のそばに奉仕したのである。歴史は皮肉なことをすることが多いが、時として未来をさりげなく準備する。

「歴史は皮肉なことをすることが多いが、時として未来をさりげなく準備する」

印象深いフレーズである。

確かに戦争を終結に導くために、天皇の「聖断」を求めたのは鈴木首相の英断による。

また、それに反発し、反乱を起こそうとする軍部を押さえたのは、阿南陸相の自決であった。

この二人の武人は、一時期、特殊な宮中生活の中、誠心誠意、若き天皇に仕えた。

天皇はまた、誠実さを何よりも愛する人であった。

鈴木侍従長を類のない忠誠の士と、そして阿南武官を信頼するに足る数少ない軍人と、天皇は認めた。

陸相として阿南は、天皇の身を案じ無条件降伏には反対しつづけたが、最後に天皇の明確な意思を知ると、おのれの忠誠心に基づいて真一文字に行動した。

その阿南を、この人以外に陸相はいないとみずから選び、求めたのは鈴木貫太郎その人であった。

歴史に「IF」はない、と言われるが、もし、この二人があの時、政府の中枢にいなければ、終戦の決断はもっと遅れたかもしれない。

2016年11月18日 (金)

昭和と日本人 失敗の本質/半藤一利

Photo 国際連盟脱退という一つの基準に向けて、欧米の論調に気をもみながら、そこからの感情的な反撥が冷静な判断を失わせ、全社一丸となって驀進していくさまが、各新聞の縮刷版をちょっとのぞけば十分に窺われる。それは、やがて全権松岡洋右を時代の英雄児に仕立てていった。

日本はどうしてあの無謀な戦争に突入していったのか?

そのきっかけになったのか連盟脱退だった。

その時の各新聞の論調は、連盟脱退を称賛するものばかりだった。

国民は、一方的な新聞報道を吹きこまれ、日本は国際的な被害者なのに、加害者として非難されていると信じ、焦燥と鬱屈した孤立感と排外的な感情とをつのらせていった。

その後、日本はあの戦争への道を歩みだす。

こう考えると、「言論」のもつ重さとともに、日本人とは何であったのか、改めて考えないわけにはいかなくなる。

国際連盟を脱退したその後の日本は「光栄ある孤立」と肩肘を張りながら、世界と対決姿勢を高め、「戦争心理」を増幅させていった。

それは、なにも世論を煽ったマスコミだけの責任ではない。

といって軍部にだけ全責任をかぶせるわけにもいかない。

もはや総力戦の時代であり、いかに勢威を誇ろうと、国民の参加なくして軍だけで国策を進めていくのは不可能になっていた。

これは、なにも昭和一ケタ時代だけの特異の現象とすましておくわけにはいかないのではないだろうか。

単一民族神話にもとづく排外意識という、日本人のもつ精神の病いは今も見られる。

それは極度なまでの狂熱をともなう。

しかも孤立化が深まると発病しやすい。

今の日本人も同じ体質を持っているということを一つの戒めとしておく必要があるのではないだろうか。

2016年11月17日 (木)

深く、速く、考える。/稲垣公夫

Photo 深速思考では、「日常的な問題を深く考えること」を繰り返すことで、思考する力とそのスピードを鍛えていきます。

「深速思考」とは、深く、速く、考えること。

今後、高い給料を払われ続ける仕事とは、新しいコンセプトを生み出すような、「創造的で非定型的な仕事」だけになっていかざるを得ない。

つまり、これからのビジネスパーソンは、何を知っているかよりも、深く、速く、考え、新しいものを生み出すことが求められるということである。

ではそのためには何をすればよいのか?

「日常的な問題を深く考えること」を繰り返すことが重要だと著者は言う。

深く考える能力を磨くためには、難しいことをたまに深く考えるより、常に日常的なことを深く考えるクセをつけるほうが有効だと。

目の前で起こる日常的なことは、すべて当たり前と思っていることが多い。

それを「なぜ」と考えること。

私たちの脳は、新たな情報に出合うと、すでに知っていることに結びつけて理解しようとするクセがある。

新しいことを、すでに知っている多くのことと結びつけられれば「深い理解」になる。

逆に、少ないこととしか結びつけられなければ「浅い理解」に留まる。

浅い知識はいわば「点の知識」であり、深い知識は「面の知識」である。

後者のほうが記憶が確かで、しかも応用が利く。

知識と知識のつながりの多くは、「因果関係」である。

因果関係を知りたがること、つまり「なぜ」と問い続けることは、人間の脳の基本機能として組み込まれている。

それを「因果関係マップ」という形で見える化する。

本書ではその実例が多数掲載されている。

考えるトレーニングとしても有効に感じる。

ぜひ実践してみたい。

2016年11月16日 (水)

映画に仕組まれたビジネスの見えざる手/谷國大輔

Photo_2 これまでの日本政府は映画の文化的な価値を認めつつも、映画産業をどこかで単なる娯楽産業と見なして、そのソフトパワーを過小評価し、日本の映画産業がどんどん弱体化しているのにあまり手を打ってこなかった。

最近、日本映画は回復してきているが、一時期は衰退の一途をたどっていた。

大きな要因はテレビなのだが、それだけではない。

例えば、アメリカは日本ほどの衰えはなかった。

ある一定のレベルで歯止めがかかっていた。

それはアメリカが映画を国際戦略の基軸に据えていたからである。

その理由は、アメリカの文化と産業を海外へ輸出するためであった。

そして、そういった国際戦略をとったきっかけになったのが、第一次世界大戦であった。

アメリカは、1917年に第一次世界大戦に参戦することになるのだが、そのことを正当化したかったアメリカは、自由と民主主義のための参戦であることを、国内外に広くアピールする必要があった。

そして、そのためには、国内の世論形成をすると同時に、世界にもアメリカ文化を理解してもらう必要があった。

そこで目を付けたのが、国境を超え、国内の世論形成にも大きな影響力をもつメディア、つまり映画である。

アメリカは、映画には強力なソフトパワーがあることを深く認識し、その頃からすでにそれを実行に移していた。

アメリカにとって映画は単なる娯楽ではなく、国家戦略のツールなのである。

だから、映画産業が危機の時も、国は映画を守った。

フランスには、映画とテレビが共存共栄する仕組みがある。

テレビ局は映画製作に対して一定の割合で映画に出資することも義務づけられており、テレビ局は映画会社のライバルというよりも、パートナーという感覚である。

なぜ、フランスがこのような仕組みをつくったのかというと、フランスは文化の多様性を重んじているからである。

市場原理にばかり依存していると文化が画一化し貧困になってしまうことに危機感を持ち続けているのだ。

映画は娯楽性と芸術性のバランスが大事だとよくいわれるが、放っておくと、このバランスが崩れて、いわゆるアート作品とよばれるような芸術的な映画の制作者が少なくなってしまう。

そうなると、映画の魅力が半減してしまう。

こういった市場の不備を是正する仕組みがある。

映画は自国の文化を他国に見せる重要なメディアであるから、国際戦略として力を入れているということである。

それに比べ、日本にはそのような戦略はない。

文化に対する成熟度に違いなのかもしれない。

2016年11月15日 (火)

日本は世界一の「医療被曝」大国 /近藤誠

Photo 胸部エックス線撮影が0・05ミリシーベルト。胃バリウム検査が最低で3ミリシーベルト。胸部CT検査で約10ミリシーベルト。胸部レントゲン検査以外では、一回の医療被曝の線量の方が、浪江町の年間被曝線量よりずっと高いことが分かります。

浪江町の避難指示解除準備区域にある浪江町役場の空間放射線量は2015年3月12日の時点の年間線量は計算すると0・79ミリシーベルトになるという。

そうすると、私たちが胃バリウム検査や胸部ⅭT検査を受けると、それ以上の放射能を浴びることになる。

このことを自覚している人はどのくらいいるのだろう。

日本は世界で唯一の原爆被爆国である。

広島・長崎の原爆被害については日本人なら誰もが知っている。

しかし、日本が医療被曝大国でもあることを知っている日本人は少ない。

そもそも日本人ほど病院に行く国民はいない。

薬好きの国民もいない。

例えば、風邪を引いて病院に行き薬を処方される国民は日本人以外、あまりいない。

イギリスやオランダなど、家庭医制度が整った国では、住民は風邪を引いても家庭医を訪ねない。

「家に戻って安静にしていなさい」と言われて、薬も処方してくれないことを知っているからである。

風邪に医者や薬はいらない。

しかし日本では、どれほど多くの人が風邪で病院にかかり、薬を処方されていることか。

薬局で解熱剤を買う人もたくさんいる。

ところが薬で熱を下げると、風邪が長引く。

体温が高いと風邪ウイルスの働きが落ちるため、体はわざわざ熱を出しているのだが、薬で熱を下げてしまうと、ウイルスが活発に増殖し、薬を飲む以前よりも増えてしまうからである。

それで焦って、また解熱剤を飲むと、一時的に熱が下がっても、その間にウイルスが増えて、再び高い熱が出る、という悪循環に陥り、薬を飲むほど風邪が長引く。

一事が万事そんな感じである。

日本の医療費は年々上がっているが、こんな国民性も原因の一つなのではないだろうか。

2016年11月14日 (月)

今さら聞けない経済教室/池田信夫

Photo WHO(世界保健機関)は「2013年に全世界で大気汚染によって約550万人が死んだ」という推計を発表しました。この最大の原因が石炭で、とくに中国では毎年36万人が石炭で死んでいます。

東電などの電力会社が、石炭火力発電所の建設計画を発表している。

理由は、原発は国民からの反発が強いから。

危険な原発をやめて安全な石炭に替えるのはいいことのようにみえるが、本当に石炭火力は安全なのか?

石炭火力発電が危険だということはデータが証明している。

一方、いままで福島第一原発事故による放射線障害は出ていない。

これは国連を初めとする世界の公的機関の一致した結論である。

しかし福島の被災地から逃げた人が家に帰れなくて、1000人以上が亡くなっている。

いまも数万人が家に帰れず、仮設住宅で暮らしている。

この原因は放射能ではなく、地元の市町村が「放射線量が年間1ミリシーベルト以下になるまで除染しないと帰宅させない」という方針を決めているためである。

国は20ミリシーベルトまで心配ないといっているが、マスコミが騒ぐので、地元は大事をとってしまうのだろう。

しかし被災地をすべて1ミリシーベルトまで除染しようとすると、20兆円以上もお金がかかる。

もちろんそんなお金は自治体にも国にもないので、永遠に家に帰れない人が増え、病気や事故などの二次災害が放射能の被害より大きくなってしまったのである。

福島と同じような被害はチェルノブイリ事故でも起こり、放射能による死者は60人ぐらいなのに、20万人が家や職を失い、数千人が自殺したといわれている。

放射能より二次災害のほうが恐いというのが、チェルノブイリの教訓なのである。

ところがその教訓は全く生かされていない。

正確なデータをもとに冷静に議論を進めることがいかに大事かということではないだろうか。

2016年11月13日 (日)

「昭和」という国家/司馬遼太郎

Photo_3 戦争というものはよくないことですが、戦争はリアリズムの世界ですね。
 ところが、日本の昭和期の軍には、リアリティのかけらもありません。日本を引きずって、そして最後には世界の多くの国と戦争した。こんな歴史は世界史にありません。

司馬史観というものがあるが、司馬氏の昭和を見る目は厳しい。

その時代のことを「日本という国の森に、大正末年、昭和元年ぐらいから敗戦まで、魔法使いが杖をポンとたたいた」と言っている。

あの時代、発想された政策、戦略、あるいは国内の締めつけ、これらは全部変な、いびつなものだった。

「日本は強い」

「日本はたいへんいい国家だ」

「日本のやることに間違いはない」

「悪いことはしていない」

昭和前期の、昭和元年から昭和20年までの国民のほとんどは、そう思っていた。

戦争とはリアリズムの世界だと司馬氏は言う。

リアリズムがあれば勝てない戦争はしないはずである。

なぜあの無謀な戦争をはじめたのか。

しかし、あの時代の日本人と同じ血が現在の日本人にも同じように流れている。

つまり、何かがあるとまるで集団催眠にかかったように一つの方向に流れてしまい歯止めがきかなくなるということである。

そのような危うさを日本人は内包しているということはしっかりと自覚すべきだろう。

2016年11月12日 (土)

「明治」という国家/司馬遼太郎

Photo_2 薩摩の藩風は、物事の本質をおさえておおづかみに事をおこなう政治家や総司令官のタイプを多く出しました。
 長州は、権力の操作が上手なのです。ですから官僚機構をつくり、動かしました。
 土佐は、官にながくはおらず、野にくだって自由民権運動をひろげました。
 佐賀は、そのなかにあって、着実に物事をやっていく人材を新政府に提供します。
 この多様さは、明治初期国家が、江戸日本からひきついだ最大の財産だったといえるでしょう。

明治という時代、はじめて国家という意識が日本人の中に生じた。

それまでは徳川将軍家であっても、諸大名のなかでの最も大いなる大名に過ぎなかった。

せいぜい、徳川家とは大名同盟の盟主という位置づけである。

その盟主が、国家の統治権をもっていた。

その統治権の法的合法性は、京都の天皇からもらう「征夷大将軍」という職によって確立していた。

それが明治維新で江戸幕府が倒れ、国家というものが出来た。

そこから急速に近代化への道を突き進むわけだが、そのエネルギー源となったのは多様な人材だったのではないだろうか。

世界史のどこに、新国家ができて早々、革命の英雄豪傑たちが地球のあちこちを見てまわって、どのように国をつくるべきかをうろついてまわった国があっただろうか。

それに比べると今の日本、人材が均一化してしまい、面白味に欠ける。

今の政治を見ていて物足りなさを感じるのも、こんなところから来ているのかもしれない。

2016年11月11日 (金)

中東から世界が崩れる/高橋和夫

Photo イラン、エジプト、トルコ以外の国々の大半は、二〇世紀になって人工的につくられた〝国もどき〟であり、端的に言って、強い民族意識や国家意識を欠いている。

世界を人体にたとえると、中東は経済の血液を体全体に送り出す心臓である。

この心臓での異常は、血液の流れの中断を通じて、世界に影響を与えていく。

また、ISのテロは世界の問題になっている。

それだけに中東の情勢には注目をせざるを得ないのだが、分かりにくいというのもまた事実である。

その本質は、どうも中東の国々の大半は人工的に作られた国家であるというところにありそうだ。

様々な民族が一つの国家の中で混在する。

それをまとめるためには極端に言えば強い独裁者が必要になる。

独裁は悪だとは思うのだが、それによって人工国家がまとまっていたというのもまた事実である。

いまの中東の混乱も、独裁者が倒れ、民主化の風が吹きあれたことがきっかけとして起こっている。

今のイラクの現状は、ISの一方的な実力による勝利というよりも、イラク国内にその受け皿があったと見るべきだ。

ホッチキスで仮綴じした「国もどき」には、常にこうした危険が伴っている。

独裁は悪、民主主義は正義、とひとくくりには言えないところに難しさがあるのではないだろうか。

2016年11月10日 (木)

社長のための「中小企業の決算書」読み方・活かし方/安田順

Photo 銀行員との交渉がうまくいかないのは、どんなときが多いかご存じですか?
 それは、決算書の中に、銀行員は「問題だ」と思っているのに、社長は「問題だ」と思っていないことが隠れているときです。

決算書は、人間にたとえれば健康診断書のようなものである。

それを正確に読むことができると、銀行員の評価は上がるという。

特に銀行が「問題だ」と思っていることを社長が先に口にすると、銀行員は「数字のことがわかる問題意識の高い社長」と評価するようになるという。

例えば、「売上の推移がよくない」とか「在庫が多い」といった問題点である。

多くの社長は売上よりも利益を重視する。

しかし、銀行は売上を重視する。

売上が安定している会社は、顧客基盤がしっかりしている会社として評価される。

利益は工夫次第で生み出すことができるからである。

逆に、売上のアップダウンが激しい会社は、顧客基盤がぜい弱で、先行き不透明として警戒される。

そのような会社はたとえ利益が上がっていても、何らかの形で調整している可能性がある。

よって、融資を受けにくくなる。

ほとんどの中小企業は銀行から融資を受けている。

その意味で、銀行員が何を重視しているか、その視点を持つことは不可欠なことであろう。

2016年11月 9日 (水)

社長! すべての利益を社員教育に使いなさい/大西雅之

Photo 新卒の能力や資質よりも、とにかく価値観が合うことを最重要項目にして採用する。人間にとって、どんなに高給で安定した企業であっても、自分の価値観と合わない職場で働くことほど苦痛なことはない。

2012年に「20万人の学生が選ぶ!働きたい企業50社」に選ばれたノアインドアステージ、

新卒を採用する場合、一番大事なのは価値観が合うことだとノアインドアステージの大西社長は言っている。

これは採用の大切なポイントだと考える。

人材を採用する場合、その能力や資質に着目することが多い。

特に即戦力を期待する中途採用の場合、それは顕著である。

ところが、苦労して採用した人材が、期待外れだったり、トラブルメーカーになったりした例は枚挙にいとまがない。

いわゆる雇用のミスマッチといったものだが、どうしてこのようなことが起こるのか。

多くの場合、会社、あるいは社長と価値観が合わないことによる。

能力の不足は教育することによって埋めることができる。

しかし、価値観の不一致はどうにもならない。

つまり雇用のミスマッチとは価値観のミスマッチであることが多いということである。

そうならないためには、どうすればよいのか。

まず第一にしなければならないのは、会社の価値観を明確にし、それを前面に打ち出すことである。

しかし、現実には、これをやっていない企業が多い。

経営を良くしようと思うなら、まず会社の価値観を明確にする。

ここから始めるべきだと思う。

2016年11月 8日 (火)

A4一枚、新人教育法。/末端晃生

4 人間の情報処理は基本的に目と耳で行っています。おそらく視界に入ってくる方がインパクトとしては大きいでしょう。耳で聞いた言葉よりも、目で見た言葉の方が記憶しやすいのです。
 これが新人部下を指導するための最大のポイントです。

新人の教育が大きな課題になってきている。

問題は「伝わらない」「自分で考えない」ということ。

新人に説明すると「わかりました」と返事するが、実際には全然わかっていない。

こんな声が現場から聞こえる。

だったら、理解できているかどうか確認し、更に自分で考えさせるために、文書で報告させたら

これが本書で勧めていること。

例えばオフィスでの事務系・デザインなどの作業系であれば、

①指示した内容の確認

②文書での指示であれば、その進捗状況

③もし遅れているのであれば、その理由と改善方法

④相談や連絡をしているか相手、回数とその内容

⑤作業改善提案

これらを文書に書いて提出させる

書くことによって指示が理解できているかどうか確認でき、また、自分で考えるようになる。

新人育成のツールとして活用できるのではないだろうか。

2016年11月 7日 (月)

ハワイの女神ペレに導かれて/佐藤知己

Photo 「運がいい人は、感謝できる人」
 言い換えるなら 「感謝するから、運が良くなる」

これまで多くの成功した創業経営者の本を読んでみてわかったことがある。

それは「自分は運が良い」と本気で思っていること。

そしてそれに率直に感謝していること。

これが共通している。

そしてそのような思いに引き寄せられるように幸運が舞い込んできている。

そしてそれが周囲に波及していく。

つまり、本気で意識を変えれば、すべてが動きだすということではないだろうか。

まず、自分自身の行動に変化が現れる。

全身からハッピーオーラが自然に出てくる。

笑顔が生まれ、声も元気なハリのある声に変わる。

次に、自分の取り巻く環境に変化が訪れる。

こんな正のスパイラルが回りだすのである。

その意味で会社とは経営者の分身であるともいえよう。

2016年11月 6日 (日)

発想力の鍛え方/クリスチャン・ステーディル、リーネ・タンゴー

Photo クリエイティビティというのは既存の枠の外でものごとを考えるのではなく、既存の枠の限界ぎりぎりのところで考え、活動することにかかわる能力である。

変化の激しい時代となった今日、柔軟な発想力や対応力はもはや、一部の者だけに認められた特権ではなく、誰にとってもなくてはならないものとなってきている。

発想力というと無から有を生み出す力と考えがちだが、そうではない。

クリエイティビティは、新たな方法で現実を結びつけて組み合わせ、既存のものの限界にまで踏み出した時に生まれるのである。

ということは既存の枠組みをよく理解していなければならない、ということ。

これまでと違うことをおこなえばクリエイティブになるわけではない。

それに加え、他者にとって価値あるものを生み出さなければならない。

そのためには、既存の枠から抜け出すのではなく、既存の枠の限界ぎりぎりのところで考えることが必要になる。

そのためクリエイティビティには、特定の領域の知識が必要になる。

伝統を更新するには、伝統を熟知していなければならない。

台本を暗記しているからこそ、即興の演技ができる。

人類学者のティム・インゴルドによると、クリエイティビティを発揮する能力は、よく言われているような、新しい世界を構築する能力とは無関係だという。

むしろ重要なのは、自分が置かれている環境をこれまでにない方法で記憶し、その中を動き回り、物事を見つめ直す能力である、と言っている。

つい見落としてしまいがちだが、重要な視点ではないだろうか。

2016年11月 5日 (土)

総理/山口敬之

Photo 最悪の形で総理を辞任した安倍は、正に政治家として地獄に堕ちた。安倍が経験したのは二つの地獄である。一つは、「総理の座を投げ出した敗残者」としての外部からの酷評。そしてもう一つは、「自信の喪失」という内面の崩壊である。

安倍総理の特徴は日本はこうあるべきという絵が明確であるということである。

「誇りの持てる国づくり」をキーワードに、内政も外交も一貫して同じ色合いで描かれている。

極めてシンプルである。

好むと好まざるとにかかわらず、わかりやすさにおいては群を抜いている。

それだけに安倍総理が好きという人と嫌いという人が極端に分かれる。

特にメディアは得てして安倍総理に否定的である。

政権内部の人間関係が円満な時には「なれ合い」と批判する。

意見の食い違いが見られる時は「不協和音」「閣内不一致」と攻撃する。

果断な決断をした際には「独裁者」

協調を優先すれば「優柔不断」

党や役所の自主性を尊重した場合は「丸投げ」と攻撃する。

要するに、為政者が「何を」「どう」やろうとも、メディア側はそれを批判する形容詞を用意しているのである。

にもかかわらず、安倍政権は安定している。

著者はそれについて「安倍は自らの祖父・岸信介以来滅多に見られなくなった『媚びない政治』を再興しようとしているのではないか。

そしてこの『志』は、2007年の第一次安倍内閣が崩壊してから5年後の総裁選に再出馬するまでの復活過程において徐々に形作られたと言っている。

失敗を糧とするお手本のような実例ではないだろうか。

2016年11月 4日 (金)

こころの格差社会/海原純子

Photo 貧困が犯罪をひきおこすのではない。競争、という美名のもと、実は選ばれた者だけによる競争で格差が生じた社会に犯罪がおきるのである。

世の中には勝ち組と負け組が存在する。

それは認めようが認めまいが事実として存在する。

そして勝ち組の仲間入りをした人たちが多く口にする言葉は「努力不足」「自己責任」ということば。

勝ち組に入りパスポートを手にするためには試験をくぐりぬけ競争に勝たなければならない。

自分たちは十分試練に耐え努力をしたわけだから勝ち組に入って当然だ。

試験はすべて平等にうけられるのだ、という論理がそこにある。

従って、パスポートを手に入れられない人間は、努力不足、自己責任じゃないか、と考えてしまいがちである。

しかし、その論理は間違っている。

前提が違っている。

まず、試験は全て平等に受けられるという前提が間違っている。

大学受験であっても、入社試験であっても、誰もが平等に受けられるわけではない。

そこにはやはり、目に見える、あるいは、目に見えない壁が存在する。

決して無条件ではないのである。

そして勝ち組に入った人たちはそれが理解できない。

がんばれば実績があがりいい生活ができるという高学歴・ホワイトカラーの人々には、努力したってうまくいかない、という人々の無念さが理解できない。

どうしたって負け犬の遠ぼえにしかきこえないのである。

そして日本の社会の中枢を握って動かしているのは、この実績派である。

負け組とされた人々はそのことで憤りを感じる

そしてそれがもとに犯罪が起こる。

格差をもちながら成長をつづけた社会で何故犯罪が増加するか。

その根本にあるのはコミュニケーション不全である。

今の日本の問題でもある。

2016年11月 3日 (木)

リーダーたる者の極意/梅谷忠洋

Photo 真の「リーダーたる」者は、常に「明鏡止水」の心を保ち、あらゆる問題を正しく解決する能力とあらゆる時代に沈着冷静に対応する能力を備えなくてはなりません。

「明鏡止水」とは「人は流水に鑑みること莫くして、止水に鑑みる。唯止まるもののみ能く衆衆の止まらんとするものを止む」という孔子の言葉からきている。

「人は流水を鏡として使うことはなく、静止した水を鏡とする。ただ不動の心を得た者のみ、心の安らぎを求める者に対して、それを与えることができる」との意味。

そしてリーダーには「明鏡止水」が必要だと。

自分が不動の心を持つと、人の心がよくわかるようになる。

著者はそれを武士道に求めている。

武士というと荒くれ者をイメージするが、元来はおとなしく品の良い人が多く、しかしながら「イザ」となったら命をかけて戦う覚悟を持っていた。

大事な仕事、瞬間のために「静かな自分」をつくること、すなわち「明鏡止水」の境地を得ることを心掛けていた。

人間の内面は目に見えない。

その部分に意識を向けることが必要だと。

自分の内面に意識を向け、不動の心をつくる。

人間は一所懸命に物事に傾注すると、微動だにしない「明鏡止水」の境地を得ることができる。

そうしたとき、初めて人の内面の動きが分かるようになる。

組織や集団を変えるためには、「目に見えない」部分を変える必要がある。

「明鏡止水」の境地を得る事が、真のリーダーになる第一歩であるといえよう。

2016年11月 2日 (水)

最強の「リーダーシップ理論」集中講義/小野善生

Photo リーダーシップは、リーダーの資質ではなく、むしろその行動特性に求めるべきである。

本書は、コッター、マックス・ウェーバー、三隅二不二から、ベニス、グリーンリーフ、ミンツバーグまで、古今東西のリーダーシップ論を網羅的に紹介したもの。

組織がうまくいかなくなると、必ずといって出てくるのが「リーダー不在論」である。

「わが社が停滞しているのはリーダーが不在だからだ」と。

しかし、リーダーシップは、一握りの人だけの問題ではない。

たとえ少人数のチームであっても、複数の人間がいれば、顔も違えば、性格も違う、もちろん意見も違う。

各自が好き勝手ばかり言っていては、何も先へは進まない。

うまく意見を取りまとめる人として「リーダー」が必要になってくる。

目的のために、一体となって組織を邁進させていくまとめ役に求められるのが、リーダーシップである。

それは、総理大臣や社長や監督だけのものではなく、たとえ肩書がなくとも、組織やチームをまとめる状況に遭遇すればリーダーシップが求められる。

そう考えると、リーダーシップはすべての人に必要だと言える。

そして大切なのは「リーダーシップは資質によるものではない」という考え方である。

リーダーシップを資質に求めてしまうと、「私には資質がない」「彼には資質がない」で終わってしまう。

そうではなくリーダーシップは行動特性に求めるべきものである。

つまり開発可能であるということ。

確かにリーダーに求められる行動特性を身に付けるのは大変である。

多くの時間や多大なエネルギーが必要とされる。

しかし、努力すれば誰もが身に付けることができるもの。

それがリーダーシップである。

その意味で、多くの人はリーダーシップを誤解してとらえているのではないだろうか。

2016年11月 1日 (火)

手にとるようにNLPがわかる本/加藤聖龍

Nlp 自分にプログラムされていた制限から自由になることができれば、後は愛に基づいた生き方ができるようになる

私たちは無意識のうちに「N(=五感)」と「L(=言語)」と「P(=プログラム)」を使って言葉にしたり、ものごとを理解したりしている。

NLPは「五感と言語による体験が脳のプログラムを作り、行動を決定づける」ことにより、原因(もととなる体験)から結果(現在の状態)へのプロセスに注目していく。

プログラムは五感に基づく何らかの経験を脳が学習することによって作られる。

そして驚くべきことに、私たちの脳は「現実」と「想像」を区別することができない。

いま、頭に思い描いているものが「想像」であろうと「現実」であろうと、同じ神経回路を使って処理され、各器官に指令が出される。

ということは、何かをイメージするということは、脳にとって現実に体験していることと同じ、ということ。

このメカニズムを使って、あるべき自分に変えていく試みがNLPである。

つまり、NLPとは幸福で、成功した人間になるために必要なステップを見つけるテクノロジー、だといえる。

本書はNLPの入門書だが、体系的に学んでみたいという気持ちになった。

お金と時間がかかりそうだが。

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