こころの格差社会/海原純子
貧困が犯罪をひきおこすのではない。競争、という美名のもと、実は選ばれた者だけによる競争で格差が生じた社会に犯罪がおきるのである。
世の中には勝ち組と負け組が存在する。
それは認めようが認めまいが事実として存在する。
そして勝ち組の仲間入りをした人たちが多く口にする言葉は「努力不足」「自己責任」ということば。
勝ち組に入りパスポートを手にするためには試験をくぐりぬけ競争に勝たなければならない。
自分たちは十分試練に耐え努力をしたわけだから勝ち組に入って当然だ。
試験はすべて平等にうけられるのだ、という論理がそこにある。
従って、パスポートを手に入れられない人間は、努力不足、自己責任じゃないか、と考えてしまいがちである。
しかし、その論理は間違っている。
前提が違っている。
まず、試験は全て平等に受けられるという前提が間違っている。
大学受験であっても、入社試験であっても、誰もが平等に受けられるわけではない。
そこにはやはり、目に見える、あるいは、目に見えない壁が存在する。
決して無条件ではないのである。
そして勝ち組に入った人たちはそれが理解できない。
がんばれば実績があがりいい生活ができるという高学歴・ホワイトカラーの人々には、努力したってうまくいかない、という人々の無念さが理解できない。
どうしたって負け犬の遠ぼえにしかきこえないのである。
そして日本の社会の中枢を握って動かしているのは、この実績派である。
負け組とされた人々はそのことで憤りを感じる
そしてそれがもとに犯罪が起こる。
格差をもちながら成長をつづけた社会で何故犯罪が増加するか。
その根本にあるのはコミュニケーション不全である。
今の日本の問題でもある。
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