ティホフがにやりと笑った。
そして、僕が差し出した右手を弾みをつけて握った。その乾いた力強い手を、僕はしばらく感じていた。
「僕らのチームにようこそ」
正式な挨拶だ。
「ダー」とティホフは答えた。
ドイツ情報局員の重要な仕事の一つにV人材へのスカウティングがある。
V人材とはいわば内通者。
V人材は、情報局の任務にとって欠かせない情報源だ。
情報収集の支柱ともいえる。
V人材のVは、ドイツ語で信頼を意味する〈Vertrauen〉の頭文字、つまりV人材とは信頼できる人のこと。
信頼はいろいろな意味で成功の土台であるため、組織内で揺るぎない信頼を得ている人でなければならない。
この信頼のおかげで、犯罪組織内を自由に活動することができる。
二役を演じることによって、V人材はとてつもない危険にさらされる。
組織にバレた場合、運がよければ破門になるだけで済むが、消される可能性がある。
V人材も、もちろんそのことを知っている。
だから情報員がV人材をスカウトするとき、クリアすべきハードルはとてつもなく高い。
それまで面識すらなかった人に、危険きわまりないゲームに加わる決心をさせることになるのだから。
困難な条件のもと、しかもなるべく短時間で、絶対的な信頼を築いて重大な内部秘密を打ち明けさせるのである。
ではどうやってV人材としてスカウトし、危険な任務につかせるのか?
相手の弱みを握り、あるいは、高額な見返りをエサにして寝返らせるのか?
そうではない。
相手の信頼を勝ち取ることである。
情報局員とV人材との揺るぎのない信頼関係。
これを築き上げること以外にない。
例えば、信頼関係を築いて揺るぎないものにするために、どんな小さな約束も必ず守る。
ちょっとした口約束や後ですると言った些細なことも、ここに含まれる。
この人なら当てにできるという気持ちは、そのまま信頼につながる。
その場にいない人を悪く言うことは絶対に避ける。
なぜなら、自分のいないときには自分の悪口も言うんだろうな、と相手は思うから。
相手にとってメリットとデメリットは何か、相手にプラスになるかどうかを必ず考慮する。
相手への敬意を忘れず、相手の価値を認め、正直かつ前向きな気持ちで相手と接する。
そうすれば、相手の信頼を獲得し、公平で好意的な関係を築くことができる。
このような細かいことの積み重ねが信頼感に繋がる。
これらはビジネスにおける信頼関係の築き方にそのまま通じる考え方である。