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2017年1月 8日 (日)

天職は寝て待て/山口周

Photo 「召命」と「天職」。日本語ではまったく異なるニュアンスを持つこの二つの言葉が、英語ではVocationという一つの言葉で表されるのです。つまり天職とは自己によって内発的に規定されるのではなく、本来は神から与えられるもの、と考えられていたということです。

キャリアへの関心が高まっている。

ところが、それと反比例するようにキャリア選択で失敗している人も増えているように感じる。

なぜか?

キャリアについて勘違いしているからである。

キャリアを考えるアプローチとしてよく使われるアプローチとして、自分のこれまでの仕事人生を棚卸して、自己を内省的に振り返るという手法を使う。

しかし、「天職」を「召命」と同義語で考えると、この手法は間違っている。

なぜなら「召命」は自分が主体ではなく、神を主体とした考え方だからである。

自分で見出すものではなく、人生のある時に思いもかけぬ形で他者から与えられるもの、ということである。

これは「自分は世界に何を求めているのか」という、私たちがいつも抱えている問いを、「世界は自分に何を求めているのか」という問いへと180度切り替えることを意味する。

もしそうであれば、私たちがごく自然に考える「自己を省察することでキャリアを設計する」というアプローチは、非常にナンセンスだということになる。

スタンフォード大学の教育学・心理学の教授であるジョン・クランボルツは、米国のビジネスマン数百人を対象に調査を行い、キャリア形成のきっかけは、80%が「偶然」であるということを明らかにした。

彼はこの調査結果をもとに、キャリアは偶発的に生成される以上、中長期的なゴールを設定して頑張るのはナンセンスであり、努力はむしろ「いい偶然」を招き寄せるための計画と習慣にこそ向けられるべきだと主張した。

そして、それらの論考を「計画された偶発性」という理論にまとめた。

さらにクランボルツはこの「いい偶然」は単に待っているだけでは起こらず、招き寄せるための日々の習慣が重要である、と指摘している。

だから、「天職」を求めて「転職」を繰り返す人たちは、まったく間違っているということである。

自由になろうと思ったら、どこかで不自由を我慢しなければならない。

若いときから「自由が、自由が」と言って仕事を選んでいたら、いずれ自分の人生は不自由になりますよ、ということである。

会社に依存しないで生きていけるような「自由さ」を獲得するためには、人生の一時期において逆に隷属的に仕事に支配されることで、「自由に生きるための力」を獲得しておく必要がある。

「天職」へのアプローチは実はここからはじまるのではないだろうか。

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