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2017年5月の31件の記事

2017年5月31日 (水)

はじめての課長の教科書/酒井穣

Photo 欧米の企業組織では、経営者と従業員は対立する立場であると考えられています。そのため、欧米を中心に開発され、発達してきたマネジメント理論は、企業組織を経営者(=支配者)と従業員(=被支配者)に分けて考える二元論をベースにしています。

欧米のビジネス書を読むことも多いのだが、確かに日本とは根本的に違うということを感じる。

欧米ではマネジャーはマネジャー、従業員は従業員であり、プレイイングマネジャーなどは存在しない。

特に中間管理職について書いてある本は皆無である。

欧米のマネジメント理論では、従業員はあくまで従業員に過ぎず、それを中間管理職と末端社員に分けて考えるという発想はほとんどない。

だから欧米発信の理論には、当然のことながら、日本企業の「特徴」や「強み」を活かそうという視点もない。

日本でも一時、中間管理職不要論が叫ばれたことがあった。

いわゆる中抜き論である。

組織をフラット化し、意思決定を早めるべきだと。

にも拘わらず、課長という役職を廃止した企業はほとんどない。

廃止しなかったのは、中間管理職に、それなりの存在価値や利用価値があったからである。

課長は上には部長がおり、下には係長以下の従業員がいる。

非常にむずかしいポジションである。

部長が経営に近いポジションであるのに対して、課長は現場に近い。

課長は、現場から重要な現場情報を引き上げ、それを経営者が描いた大きなビジョンをつなぐために知恵を絞る。

「ミドル・アップダウン」な活動をする。

課長は人事評価をし、部下を育成する。

部下の一次評価者は現場に近い課長が行うことがほとんどである。

このように重要な役職であるにも関わらず、課長にしっかりとその役割を自覚させ、スキルアップを図っている企業は少ない。

特に中小企業では皆無といってよい。

今後の大きな課題と言えよう。

2017年5月30日 (火)

イキイキ働くための経営学/佐々木圭吾、高橋克徳

Photo 楽しいということに関する代表的な研究者であるミハイ・チクセントミハイの見解をくだいて言うと、ちょっと難しい課題に挑戦し、それを何とかこなすなかで、自分の能力が向上している実感から、さらに次の課題に挑戦している中で達成感を得られている状態が楽しいということのようです。

楽しく仕事をすることと、楽に仕事をすることとは違う。

逆に言えば、楽に仕事をしている限りは、仕事の楽しさを実感することはできない。

仕事の楽しさはちょっと難しい課題に挑戦して、それをなんとかやり遂げることで得られる。

そのことによって得られるのは成長実感であり達成感である。

つまり、楽しいことには、課題と能力という二つの軸、そしてそれらのバランスが重要となるということ。

なので、「楽しくない」とは、課題の難易度と能力の大きなアンバランスから生じることになる。

今、働き方改革が叫ばれている。

問題になっているのは、日本人の労働時間の長さと生産性の低さである。

確かにダラダラと仕事をし、残業が常態化している働き方は問題がある。

しかし、それが、日本人は働きすぎなのでもっと労働時間を減らして楽に仕事をしよう、という方向に流れてしまうとしたら、それは方向性が間違っていると言わざるを得ない。

単に労働時間を減らして楽に仕事をするようにしても、それは楽しい仕事にはつながらない。

問題の本質を見誤らないことである。

2017年5月29日 (月)

不機嫌な長男・長女 無責任な末っ子たち/五百田達成

Photo

 長子は、A型のライオン
 末子は、O型の犬
 中間子は、AB型のカメレオン
 一人っ子は、B型のネコ

性格は環境によって決まる部分がかなりある。

特に、小さいころどんな兄弟と、どのように接したかという影響は大きい。

人の性格は兄弟構成に支配されている、と言ってもいい。

例えば、「長子」「一人っ子」には、親からの期待や注目、プレッシャーが容赦なく降り注ぐ。

そのため、大きく道を踏み外すことはできない。

まじめな生き方をせざるを得ない。

親にとって初めての子供で、王子・王女としてとても大切にされるので、セカセカする必要はない。

多少不器用でもOK。

その結果、鷹揚でおっとりした性格になる。

二番目以降の子どもは上の兄弟に比べると親からの注目や期待は小さい。

さらにはライバルであり目の上のたんこぶである兄姉がいるという環境に生まれる。

空気を読んで器用に兄や姉のまねをし、要領よく利益にありつこうとする。

下にきょうだいがいる「長子」「中間子」は小さいころから世話を焼くことに慣れている。

なので、大人になってからも他人に介入し、面倒を見ようとする傾向がある。

下に兄弟がいない末子はどうか。

上の子が自分のことをやってくれるので、大人になってからも誰かに干渉しようという発想がない。

さらには自分のことさえ「誰かがやってくれる」と、どこかのほほんとしているのが特徴。

こうした性格や行動特性の違いは、当然ながらお互いの相性にも影響を与える。

生まれた時の環境によって、かなりの部分の人格が形成されるという考え方、非常に面白い。

2017年5月28日 (日)

仕事が速いのにミスしない人は、何をしているのか?/飯野謙次

Photo 今まで無意識に行なっていた思考を、明確に言葉にすることで、ミスをなくし、効率を上げることができます。

人間はミスをする動物である。

しかし、ミスが多い人と、ほとんどミスをしない人がいることも事実。

ミスの少ない人は、普段の生活から「ミスをしない習慣」が身についている。

一方で、ちょこちょことミスをしてしまう人は、「ミスをしやすい習慣」になっている。

ミスをしない習慣を身につけると、身の回りのミスが驚くほど減っていく。

ミスや失敗をするかしないかは、ギャンブルや運とはまったく別の話である。

例えば、上司の指示を間違って受け止め、それがミスに発展することがある。

たとえば社内で指示を受ける場合、多くの場合は「話し言葉」によって指示される。

「××を3日後までによろしく」という指示を受けたとする。

これはあいまいな指示である。

これを「はいっ!」と引き受けて、完成形を提出しようとするから、認識の違いというミスが生まれる。 

なので、このように曖昧な指示を受けたら、その返事としては、具体的な自分の言葉に置き換えて返す。

目標を達成するための要件を言語化しておく。

たとえば、 「これとこれを、24日の17時までに部長にお渡しすればいいんですね」と、言葉を変えて復唱する。

それで相手の反応がピンとこなければ、指示を間違って受け取っている可能性が濃厚である。

ただ単に復唱するよりは労力が必要だが、このスキルが上達すると、勘違いや認識の差による失敗は撲滅できる。

物事を分解して言葉にしていく力を身に付けるだけで、仕事のミスは格段に減っていくのではないだろうか。

2017年5月27日 (土)

「タレント」の時代/酒井崇男

Photo 結局、今日、「富の源泉」は、タレントとタレントを生かす仕組みである。もしくは、全国民による「非定型労働の集積でつくりだしていく」しかないのである。

かつて日本は生産技術によって差別化していた。

いかに良い製品を早く大量に安く生産できるか、この点で日本は抜きんでていた。

しかし、今やその点では差別化できなくなった。

市場と生産技術が成熟化した現在、差別化要因は、買い手のニーズにマッチした製品が開発できているかといった質的な事柄である。

例えば、アップルはメーカーだが、量産工場は持っていない。

アップルが生み出しているのは設計情報である。

それが中国の製造請負メーカーに渡されiphoneやipadが作られる。

それらはアップルの製品として売り出される。

もちろん、一番儲けているのもアップルである。

これは製造業だけではない。

例えば、スターバックスが所有している最も重要な資産は、「ノウハウ」などの無形資産である。

各店舗の設備や不動産といった目に見える固定資産ではない。

設備や不動産は利益を上げるために必要なら調達し、不要になればすぐに処分する。

スターバックスでは、標準や基準、サービスの手順、心の持ち方、声のかけ方、コーヒーの作り方まで細かく決められている。

マニュアル化されている。

スターバックスの店舗で、気持ち良く店員さんがコーヒーを注いでくれるのは、店員さんがたまたま親切な人なのではなくて、そうするようにあらかじめ行動手順がつくられているからである。

そして、スターバックスの顧客体験を各店舗で展開するために、必要かつ十分な設計情報は、米国の本社でつくられている。

実店舗と全く同じ設備で顧客体験が「量産試作」されている。

結局、私達はモノを買っているように見えて、実際は設計情報を買っているのである。

商品価値は設計情報に埋め込まれている。

研究開発の成果もデザインも作り方も、その情報には含まれている。

現在、ものつくりの本質とは、設計情報をつくることなのである。

グローバル製造業の多くは、生産準備までは本社で行い、量産はコスト的に有利な地域か、買い手の住む地域で行っている。

そうなってくると、企業が生き残っていくために重要なのは、設計情報を生み出すことであり、それを生み出す人材である。

そしてそのような人材をタレントと呼ぶ。

タレントは、「質的に異なる意味のある新しい何か」を生み出す人である。

結局、足りなかったのは、「タレントとタレントを生かす仕組み」の理解である。

もはや企業の差別化要因が変わってしまったということは十分理解する必要があるのではないだろうか。

2017年5月26日 (金)

頭のモヤモヤをスッキリさせる思考術/早嶋聡史

Photo 考える過程において、何らかの方法で、考えた内容を見えるようにします。暗黙知から形式知にする作業です。図にしたり、文字にしたり、絵を描いたり。形式知にして言葉で表現することで、さらにイメージを具体的に持つことが出来るようになります。そう、人間は言葉によって思考する動物なのです。

なぜ頭の中がモヤモヤしてしまうのか。

それは、自分が何を考えているのかが分からないからである。

人は、頭の中で考えているだけでは、実は考えているようで考えていない。

文章や図や絵にした時、初めて自分が何を考えているかが分かる。

暗黙知から形式知にということである。

そして、頭の中のモヤモヤを解消するために、一番簡単で一番重要なことは、自分の先のイメージ、将来のビジョンを持つことである。

なぜならば、ゴールイメージがないから、今何をしたらいいのかわからないし、何をしても不安になる。

どうしていいのかわからない場合の多くは、どうしたいのかが明らかではないこと。

したがって、「どうしようもない」という事態に陥っている。

一番の近道は、個人であれ、組織であれ、「どうしたいのか?」を明らかにすること。

そしてそれを言葉にする。

絵を描いても良い。

これだけでも頭の中のモヤモヤがスッキリする。

自分が今、何を目指していて、何をしようとしているのか、はっきりと分かるようになる。

でも、これを実際にやっている人は1割もいないのではないだろうか。

2017年5月25日 (木)

馬を売る女/松本清張

Photo「ふ、ふふ。あの車はアベックだよ。アベックが車の中でイチャイチャやってるんだな」
「アベックか。なるほど。それでマイカーばかりなんだな。この遅い時間に」
 画伯はつづけ持っていた疑問がいっぺんに解決した。
「……しかし、それにしては車の窓に人が見えないようだがね?」
「中の座席で二人で寝てるんだよ。何をやってるのか分ったもんじゃねえな」

松本清張の短編集である。

4つの短編から構成されているが、いずれも日常生活に見られるありふれた光景からスリリングなミステリーが紡ぎだされる。

「馬を売る」とは「競走馬情報を売って商売をする女」という意味。

彼女は社長秘書という立場を利用して馬主である社長の電話を盗聴し、会員制の競馬予想ビジネスを行う。

そして、このことからトラブルに巻き込まれ殺される。

この短編は、高速道路の安全地帯に停車している車が謎を解くキーとなる。

他の何れの短編も日常の「些細な事」から一気に物語が展開されるものである。

この切り口や展開力は秀逸である。

しかも、このような作品を量産している。

やはり現代の他の作家とは格が違う。

2017年5月24日 (水)

がんばりすぎるあなたへ/ジェフ・シマンスキー

Photo うまくいっているときは、完璧主義はハイレベルな、それでいて無理のない目標を達成する原動力となり、満足感と自尊心の向上をもたらします。それが健全な完璧主義です。いっぽう不健全な完璧主義は、どう考えても無理な期待に応えようと自分を追い込みます。根もとにあるのは失敗への恐怖や、他人を失望させたくないという思いだったりします。

完璧主義の人がいる。

自己と他者に厳しく、何でも完璧にやらないと気が済まない。

完璧主義が全て悪いわけではなく、それが健全な完璧主義なのか、不健全な完璧主義であるかが問題である。

健全な完璧主義を発揮しているうちは、人間はポジティブな面に集中して、成功を求めて努力できる。

しかし不健全な場合は、意識はネガティブな面に向く。

ミスを恐れ、うまくいかないことにとらわれ、批判やネガティブなフィードバックを避けるためだけに時間とエネルギーを使う。

健全な完璧主義者は、苦労せずに問題を解決することができる。

いっぺんに複数の作業をこなして、何をいつまでに終わらせなければいけないのか優先順位をつけるという能力があるからである。

不健全な完璧主義者はすべての作業が同じくらい重要だと思い込むせいで、優先順位をつけるのに苦労する。

つねに100%の力を出さなければならず、同じレベルの綿密さやエネルギー、注意深さを要求されていると受け取る。

そのため、時間的に余裕がなくなり、結局、精神的に追い込まれる。

完璧主義の人は「完璧でないと自分は存在できない」という根源的な恐れをもっている。

それが完璧であることへの囚われとなる。

完璧主義の人はまずそのような内面に目を向け、それを受け入れ、その囚われを手放すことが必要である。

問題は完璧主義が不健全な形で働くことが悪いのであって、完璧主義が全て悪いわけではないのだから。

2017年5月23日 (火)

日本電産流「V字回復経営」の教科書/川勝宣昭

Photo まず「形(行動)」から入らせる。それも会社の実践の場で。それを何回も繰り返させて行動様式を固め、それから思考様式を変えていく。私の日本電産の経験では、これが組織の体質とカルチャーを変えていく一番の早道である。

次々とM&Aを成功させ巨大企業に成長していった日本電産。

M&Aは失敗することも多いのだが、日本電産の場合、買収した会社は短期間で業績を回復している。

V字回復させる秘訣はどこにあるのだろう。

赤字会社は負け犬根性が根付いてしまっている。

このカルチャーをまず変える必要がある。

そのためには、まず「形」から入るというのである。

例えば、剣道、柔道、合気道

その境地に至るまで座学を積み重ねさせて、稽古などは後回し、などということはない。

これらの特徴は、まず形から入ることである。

形から入って、次第に本質に迫るというプロセスを踏む。

意識改革や企業カルチャー変革もこれと同じである。

例えば、日本電産では買収した企業の営業部門改革の起爆剤として、「訪問件数100件運動」を行うという。

この運動は、運動を始めた当座は、営業マンは相当ブツクサ言うはずだ。

今まで午前中は会社にいて、パソコン仕事を行い、午後になって、やおら出かけていくようなスタイルをとっているから、月20~30件で終わっているのである。

このような、ダラダラの企業カルチャーにどっぷり浸かっている営業マンの生活習慣病を変えさせるのが、カルチャー変革の第一歩。

だから経営者、営業担当役員、営業マネジャーは、絶対に手綱を緩めず、鬼になったつもりで取り組まなければならない。

訪問件数をアップさせなければならないことを毎日、営業マンに言い続ける。

これを半年間続けると、不思議なことが起こる。

今までガンとして上がらなかった訪問件数が、噓のように上がり始める。

すると、それと比例して業績も上がり始めるというのである。

効果が上がると、この行動が定着する。

やがてそれがカルチャーを変えていくというのである。

まず「型」から入る。

会社と社員を変える黄金律と言えるのではないだろうか。

2017年5月22日 (月)

明日のプランニング/佐藤尚之

Photo 一所懸命に作って仕込んだコンテンツでも、ちょっと広告で話題になったり、SNSでバズったりしたとしても、あっという間に過去の遺物になり、忘れ去られるのが「いま」なのである。
 それが「情報〝砂の一粒〟時代」の現実だ。

いまは情報があふれている。

特にネット社会になってその傾向は顕著になった。

たとえて言うなら、地球上に砂浜がいまの35倍あって、その中の一粒が自分の伝えたい情報ということ。

これを著者は「情報〝砂の一粒〟時代」と呼んでいる。

つまり「伝わらない」時代である。

ではこのような時代で伝えるためにはどうすればよいのか。

実は、情報が多すぎると、人は友人知人に頼る。

友人知人から自分に有益な情報が届く。

そして情報は、友人知人への共感を伴って大きくすばやく拡散する。

さらに、スマホの普及に伴い、友人知人と24時間つなるようになった。

こんな強力なメディアは、他にはない。

テレビも新聞も、ネットですら無理だ。

いまや「友人知人は最強メディア」なのである。

この最強メディアを介して情報が伝わること、それこそが、「伝える仕事」に携わる人にとって超アゲンストな状況に打ち勝つただひとつの「解」だと著者はいう。  

つまり、一人を大切にするということである。

そのたった一人が「企業の味方」として周りの友人知人に話してくれることこそ、砂一時代のソリューションと言えるのではないだろうか。

2017年5月21日 (日)

AIの衝撃/小林雅一

Photo こうした分析の結果、今後10~20年の間に米国の雇用の47%が、コンピュータやロボットに職を奪われる危険性が高いとの予想が得られました。

今後10年~20年の間に半分近くの雇用がコンピュータやロボットに奪われる。

これは仕事をしているものにとっては脅威であろう。

一方、これから人口減少社会に突入する日本にとっては朗報ともいえるものである。

問題は、どんな仕事がAIやロボットにとってかわられ、どんな仕事が残るのかということ。

以前は定型的な肉体労働についてはロボットに奪われるということは言われていた。

しかし、それをしのぐ形でAIやロボットは進化してきている。

今は、非定形的な肉体労働も、奪われてしまう可能性が高いと見られている。

最後に残された人間の聖域、つまり奪われる可能性がない安全な仕事とは、医師や弁護士、起業家、クリエーターといった知的労働者と見られている。

しかし人間にとって「最後の砦」とも言える学習能力を、コンピュータや機械が備えてしまえばどうなるのか?

つまりビッグデータを教材にして自ら学び、変化し、無限に成長する自律的マシンが登場したらどうなるのか?

おそらくかなり広い領域の知的労働者の仕事がAIやロボットに奪われるということになるであろう。

産業革命を境に、人類は「蒸気機関」や「自動車」、さらには「重機」や「産業用ロボット」、そして「コンピュータ」など、人間の能力を遥かに超えるマシンを次々と開発してきた。

しかし、どんなことにも対応できる柔軟な「知能」という側面だけは、人間に残された最後の砦として守られてきた。

この最後の砦さえも、ロボットやコンピュータに譲りわたすことになるのだろうか?

しかし、そうした事態はおそらく起きないだろう。

それは「知能」が人間に残された最後の砦ではないからである。

人間は単なる「知能」という言葉では表現しきれないほど大きな「何か」をもっている。

この「何か」が私たち人間に残された最後の砦なのではないだろうか。

2017年5月20日 (土)

1時間の仕事を15分で終わらせる/清水久三子

115 やる気は、後からついてくるもの。目の前のことを丁寧に始めることで気持ちが整い、徐々にやる気が芽生えてくる。

よく、「給料が低いから、モチベーションが上がらない」

「上司が話を聞いてくれないから、モチベーションが下がる」

「モチベーションを上げるために自分にご褒美を与える」という風な使い方をする。

モチベーションが大事なのは分かるが、ではモチベーションが上がらなければ仕事はやらないのか。

そういうわけにはいかない。

モチベーションが上がろうが下がろうが、やらなければならないのが仕事である。

そもそも、仕事には当然、面倒なことや困難がつきものなので、その度にいちいちモチベーションが高いか低いかを考えていては作業に取り掛かるまでの初動が落ちてしまう。

むしろ、大事なのは、目の前の仕事を面倒だと思うことは普通のことで、作業はモチベーションが低い状態から始まって当然だ、と割り切ることである。

すると、モチベーションが低い自分を何とかしなくては、というムダな抵抗が省ける。

無理にやる気を出そうとしたり、モチベーションが高くなくてはいけないという思い込みを手放すことである。

では以上を踏まえて、面倒な目の前の仕事に取り掛かるために、どのように気持ちを整えればいいのか?

効果的なのは「出だしを丁寧にする」こと。

例えば、面倒な作業に取り掛かるときは、丁寧に「手順をノートに書く」とか

あまり参加したくない会議では、初めに「笑顔で挨拶」をするとか

それだけでも効果がある。

少しだけ出だしを丁寧にすることで、徐々に気持ちが整ってくる。

行動すればモチベーションは後からついてくることは科学的にも証明されている事実である。

「頑張ろう!」「やる気だそう!」と無理やり自分を奮い立たせたり、やる気のない自分を責めるのをやめることである。

多くの人は「モチベーション」という神話を信じこんでしまっているのではないだろうか。

2017年5月19日 (金)

結婚と家族のこれから/筒井淳也

Photo 家族の負担を減らすこと、つまりある意味での家族主義から脱することによって、人々は進んで家族を形成できるようになるのです。「家族を大事に」というのならば、家族から負担を減らして、家族の良いところだけを楽しめるような社会を目指すべきでしょう。

いま、家族の形態が大きく変わろうとしている。

昔は当たり前だった専業主婦も、今はむしろ少数派になってきている。

女性の社会進出、そして介護の問題から、男性にも相応の家事負担を求める風潮が出てきている。

そしてよく言われるのは、外国に比べ、日本の男性は家事をしないということ。

しかし、単純に比較してもそれはあまり意味がない。

例えばアメリカはどうして女性の社会進出が進み、共働きが多いのか。

それは、アメリカは、政府があまり個人の面倒を見てくれない国だからである。

だから家族を大事にする。

アメリカでは、女性が稼ぎ能力のある男性をパートナーとして探すのと同様に、男性もまた稼ぎ能力のある女性を求めることがある。

何らかの理由で自分が失業してしまったときには、パートナーの収入で食いつなぎながら、次の職を探すことができるからである。

男女対等な共働きカップルは、小さな政府のアメリカ社会においては、個人の重要な生存戦略になっている。

つまり、自己防衛の一つの手段として、家族を大切にしているのである。

これと日本とでは社会的背景が全く違う。

日本ではどうなのか。

「伝統的な家族の価値観を大事に」という主張をする人たちがいる。

「昔はよかった」という類の論である。

しかし、社会の構造が変わった以上、単純な回帰は出来ないし問題がある。

著者は、むしろ大切なのは「家族主義からの離脱」だと主張する。

家族を気軽に作れる、つまり気軽に結婚し、気軽に子どもを作ることができる社会、そして気軽に家族を作ってしまったばかりに上手くいかなくなってしまったとしても、それほど困らない社会を目指すべきだと。

これが良いかどうかは分からないのだが、何れにしても、今、家族のあり方が大きく変わろうとしているということは確かなようだ。

2017年5月18日 (木)

フリーズする脳/築山節

Photo ボケの原則というのは、自分の脳を使っていない、もしくは使い方のバランスが悪いことが原因になる、また、その自分でしなくなっている「何か」を誰かが補ってしまっている場合が多いということです。その「誰か」は人ではなく、パソコン、インターネット、携帯電話、カーナビなどの道具であるのかも知れません。  

脳のある機能が思いがけず働かない瞬間がある。

たとえば、人に話しかけられたときにうまく反応できない。

言葉がなかなか出てこない。

思考がすぐに途切れてしまう。

よく知っているはずの人や物の名前が思い出せない。

メールを送ろうとしてパソコンに向かったものの、何を書こうとしていたのか完全に忘れている。

電話で人の話を聞いた直後に、もうその内容が頭から抜け落ちている。

そういう当たり前にできると思っていることが、できない脳の状態を著者は「フリーズする脳」と呼んでいる。  

では、どうして脳がフリーズするのか。

実は、脳というのは基本的に怠け者であり、楽をしたがるようにできている

何でも、脳の原始的な機能である感情や本能がそれを求めるそうだ。

そのため、あることが苦手になり、それをやらなくて済むようになると、無意識的にその活動を日常生活の中から排除していってしまうことがある。

そうすると、訓練の機会が減って、ますますそのことができなくなる。

できなくなると周りの人たちが余計に助けてしまう。

さらに脳機能が低下する。

ボケていく人たちは、明らかにこういう悪循環にはまっている傾向があるそうだ。

ということは、それを防ぐためには、脳に怠けさせないことである。

今は便利な世の中になってきたが、便利さは脳にとっては敵である。

脳をできるだけ多角的につかうように意識すること。

これを日常的に意識して、考え、行動することではないだろうか。

2017年5月17日 (水)

悩まずに!今すぐ顧客が集まるマーケティング/町田和隆

Photo マーケティングの真髄は、マーケットポジショニングを創ることだと言っても過言ではありません。

今はモノやサービスがあふれている時代。

だからこそ、他社とは違う何かが必要となる。

そのためには、自社で売ってるモノやサービスが、買ってくれる人の心の中、つまりお客様の心の中で、かけがえのない存在となることが必要となる。

この「お客様の心に、モノやサービスのかけがえのない居場所を創ること」を、マーケティングの世界では「マーケットポジショニング」という。

または略して「ポジショニング」ともいう。

要するに、際立った特別の存在として人々に知られていること。

そして、このポジショニングがきっちりできていることが差別化につながる。

もし、マーケットポジショニングがうまく作れないまま、製品を販売しているとすれば、それはとても危険なこと。

なぜかというと、それがうまく作れているライバル会社の製品の方に、買い手の注目が集まってしまうからである。

マーケティングの実践は、他社が不況という名の海に沈む中、自社だけは絶対に生き残るためのライフジャケットとなる。

規模や資金に劣る中小企業こそ、ポジショニングを真剣に考えるべきだろう。

2017年5月16日 (火)

自分を操る超集中力/DaiGo

Photo 無意識の行動に「はっ」と気づき、改めるという行動をくり返せばくり返すほどウィルパワーを鍛えることができる。

集中力が湧き出す泉は、前頭葉にある。

人間と他の動物の脳を比べたとき大きく違うのは、前頭葉の大きさ。

前頭葉は、「ヒトをヒトたらしめ、思考や創造性を担う脳の最高中枢である」と考えられている。

それが思考や感情をコントロールする力、ウィルパワーである。

そして、ウィルパワーを鍛えるには、無意識の行動に「はっ」と気づき、改めるという行動をくり返すとよい、というのである。

日頃、無意識に行なっている行為を「やらないようにすること」は強い集中力を必要とする。

例えば、姿勢を保つという行為は、普段、なかなか意識しない行動である。

私たちは気づくと猫背になったり、肘をついたり、足を組んだりする。

しかし、「この2週間は姿勢に気をつけて生活する」と意識することで、無意識の行動が強く認識されるようになる。

猫背になったら、「いけない、いけない」と胸を張り、肘をついているのに気づいたら慌てて背筋を伸ばし、足を組んで座っていたらすぐに座り直す。

このように無意識の行動に「はっ」と気づき、改めるという行動をくり返せばくり返すほどウィルパワーを鍛えることができる。

これは「セルフモニタリング効果」と呼ばれ、自分で自分の行動を客観的に「観察」して、「うまくいった・うまくいかなかった」と評価し、そこから生じる達成感や反省によって行動をさらに強化できるという働き。

このように自分の無意識の行動を観察するトレーニングを行なうことで、持って生まれた資質や性格とは関係なく、誰でもウィルパワーの総量を増やすことができる。

そういえば、集中力の高い人は、背筋をピンと伸ばした姿勢を保っている人が多い。

集中力は持って生まれた才能ではない。

トレーニングによって強化することができる。

「姿勢を正す」ということだけでも、効果があるとしたら、試してみて損はないのではないだろうか。

2017年5月15日 (月)

これから24時間でかならず成長する方法/生田知久

Photo すべては「問い」から始まる。そして、「問い」を続ける限り、成長は止まらず、人は変わり続けることができるのです。

「問い」続ける限り、成長するというのはその通りだと思う。

成長するには、自ら考え、自ら行動することが必要である。

考えるには「問い」が必要であり、よい考えが出るかどうかは、「よい問いかけができるかどうか」で決まる。

「問い」とは「なぜなんだろう」というもの。

物事を当たり前のこととせず、「なぜなんだろう」と問い続ける。

では、良い「問い」を持つためには何が必要か?

良い「問題意識」を持つことである。

「問題意識」とは心のフックのようなもの。

例えば、「日本人はなぜ生産性が低いんだろう」という問題意識を持っていると、それに関連する情報が引っかかってくる。

心のフックがあると、日常生活を送る中で、何かが引っかかるのである。

その引っかかったものを掘り下げようとする行為が「問い」である。

「問い」ができたら、次はその「答え」を出す必要がある。

しかし、「答え」を出すことにこだわりすぎるのもよくない。

簡単な問題であれば「答え」はすぐ出るだろうが、根元的な「問い」はそう簡単に「答え」がでるものではないからである。

その意味で「24時間でかならず成長する方法」というタイトルには抵抗を感じる。

一生かかっても答えの出ない「問い」もある。

しかし、「問い」続ける事そのものが成長につながるのではないだろうか。

2017年5月14日 (日)

人は、誰もが「多重人格」/田坂広志

Photo 自分の中に隠れている「幾つもの人格」に気がつき、 それらに光を当て、意識的に育て、 状況や場面に応じて適切な人格で処することを覚えるならば、 自然に「幾つもの才能」が開花していきます。

人は、誰もが、心の中に「幾つもの人格」を持った「多重人格」である。

しかし、通常は、仕事や生活の状況や場面に合わせて、 その「多重人格」の中から、ある人格を選び、働き、生活している。

例えば、経営者であれば、全社員の前で会社の将来ビジョンを語るとき、「ロマンと情熱」を持った人格が前面に出てこなければ、社員の心に火をつけることはできない。

一方、経営会議で経営陣を相手に収益計画の話をするとき、「数字の鬼」とでも呼ばれるような厳しい人格が前に出てこなければ、企業の存続さえ危うくすることがある。

そして、若手社員に対しては、「優しい親父」といった人格で接する一方、幹部やマネジャーに対しては、「強いリーダー」の人格で処する必要がある。

一流のアスリートは、勝負や記録の前でプレッシャーを感じる自分と、そのプレッシャーを楽しむ自分が、バランスよく存在している。

ある熟練の役者は、「演じている自分、それを観ている自分、そして、その二人を、少し離れたところから見つめている自分がいる」と言っている。

この言葉は、その機微を表した言葉であろう。

このような現実があるにも関わらず、多くの人はこれに対して無自覚である。

むしろ、「私ははこんな人間」だと、自分の人格を決めつけ狭めているところがある。

例えば新人が「私の得意分野はこれです」と言って、向いている仕事しかしなければ、自ら将来の可能性を摘んでしまうことになるだろう。

大事なことは、自分のなかにある「複数の人格」を自覚しているかどうかということである。

それを自覚し、置かれた状況や立場によって「異なった人格で対処する」ということを意識的に行うならば、自然に「様々な才能」が開花していく。

「仕事のできる人」とは、「場面や状況に応じて、色々な人格を切り替えて対処できる人」である。

つまり、人は、誰もが「多重人格」だということ。

これを肯定的に受け止め開発し活用することであろう。

2017年5月13日 (土)

孤独論/田中慎弥

Photo 逃げることは、恥ずかしいことでもなんでもない。生きるための立派な術です。

著者がいう「逃げる」とは、世の中の様々なしがらみや仕組みから逃げる、ということ。

仕事、学業、人間関係、因習、しがらみなどによって、いまを生きる人の多くは、「奴隷」になってしまっている。

世の中の人たちはいま、あまりにも孤独を恐れすぎているように映る。

なにをそんなに怖がっているのか。

逃げたあと、いったん避難してひと息ついたあと、冷静な頭で将来のことをきちんと考えればいい。

思う存分考えて、次の行動に移る。

大切なのは、逃げたら、そこからは能動的な思考を継続していくということ。

主体性、能動性、そういったものを取り返すための逃避なのだから。

奴隷に貶めてしまう状況から逃れたうえで模索すべきものは、自分にとって価値ある「何か」。

その「何か」を模索するために、自分の頭で考える。

このシンプルにして味わい深い営みが、奴隷状態から抜け出すポイント。

と、そのように著者はいう。

確かに、私たちは知らないうちに「何か」の奴隷になっているのかもしれない。

その「何か」に気づき、そこから逃げることによって、自分にとって本当に価値のある「何か」を模索すること。

これが多くに人に求められていることなのだろう。

2017年5月12日 (金)

新・所得倍増論/デービッド・アトキンソン

Photo 人口が増えない中で経済成長するには、生産性向上しかありません。生産性向上とは、言うまでもなく、日本の労働者全員の仕事のやり方、各業界のあり方、人の配分などを、根本から変えることです。

日本は先進国でもっとも生産性が低く、もっとも貧困率が高い。

日本は1990年、世界第10位の生産性を誇っていたが、今では先進国最下位。

労働者ベースで見てもスペインやイタリアより低く、全人口ベースでは世界第27位。

1990年には韓国の2.4倍も高かった生産性が、今は1.04倍まで低下している。

このまま何も手を打たなければ、あと2~3年で韓国に抜かれて、アジア第4位の生活水準にまで低下する。

日本型資本主義は1977年以降、基本的には人口激増による人口ボーナスの恩恵を受けながら伸びてきた経済モデルだった。

さまざまな世界ランキングで日本は上位に位置することが多いが、これは1億人を超える人口によるもの。

高度成長期、GDPで世界第2位の座についたのは、当時の先進国の中で、日本より人口の多い国はアメリカだけしかなかったから。

日本は総額で見ればたしかに「ものづくり大国」だが、それは人口が多いから。

日本の「ものづくり」の総額がドイツより少し多いくらいというのも、人口差を考えると、日本の潜在能力にふさわしい「大国」を名乗れるような実績ではないことは明らか。

やはり「生産性」で見るか「総額」で見るかによって、日本の評価にはかなりの差が出るという事実を認めないといけない。

まずは日本の生産性の低さを認める事、そして対策を立てる事。

これが大事。

生産性を上げるのは、労働者ではなく経営者の責任である。

世界一有能な労働者から先進国最低の生産性しか発揮させていないという日本の経営の現状は、いかに現行の日本型資本主義が破綻しているかを意味している。

日本のサービス業は、ITの導入に際して、組織のあり方や仕事のやり方、人材などにそれほど大きな変更は加えてこなかった。

これが、日本のサービス業の生産性が低い最大の理由のひとつだと考えられる。

IT投資の効果を引き出すには、企業が組織のあり方、仕事のやり方を変更し、人材その他にも投資する必要がある。

女性の活用も課題だ。

日本社会の中で、女性に任されている仕事が、そもそも付加価値が低いものが多い。

これを変えるべきだろう。

これから日本は人口減少社会へと突入する。

でも、これは、日本人の働き方を見直すよい機会ではないだろうか。

2017年5月11日 (木)

僕らが毎日やっている最強の読み方/池上彰、佐藤優

Photo 読むことは「手段」であって「目的」ではありません。

「知の巨人」と呼ばれるにふさわしい池上氏と佐藤氏が、新聞・雑誌・ネット・書籍からどのように「知識と教養」を身につけているのかを語り合っている。

両者に共通しているのは、世の中を「知る」には新聞、世の中を「理解する」には書籍をベースにしているという点。

例えば池上氏の場合、新聞は11紙読んでいるが、費やす時間は1時間20分程度だという。

この場合、「何を読むか」「どう読むか」だけでなく「何を読まないか」も重要な技法のひとつになる。

でないと、これだけの量の新聞を読むことはできない。

そして、まず新聞で日々のニュース全体を捉え、ニュースで気になるテーマがあれば、書籍で深掘りしていくというのである。

例えば、歴史に関しては、両者とも「世界史A」「日本史A」で学び直すことを推奨しているのは興味深い。

教科書で基本と大まかな流れを押さえたうえで、あとは自分の興味や必要な分野を深く掘り下げていく方法がいちばん効率的だというのである。

しっかりした土台の上に積み重ねてこそ「情報」は「知識」となり、それを繰り返すことで「使える知識」「教養」になる。

これを日々積み重ねている。

一般の人にはなかなかマネのできないことではあるが、読むことは「手段」であって「目的」ではない、というのは確かにその通りだと思う。

2017年5月10日 (水)

会社の中はジレンマだらけ/本間浩輔、中原淳

Photo 人材教育の鉄則は「手を離して目は離さないこと」だ。

マネジャーの大事な仕事は、仕事を通して部下を育てることである。

そのためには仕事を任せる必要がある。

ところが、この任せることを勘違いしているマネジャーが多い。

任せるとは、マネジャーが、自分の部下たちが今どのような仕事をしているのかを「見て」、

それぞれに任せる仕事を「決めて」、

その仕事の内容を部下に「説明して」、

任せた仕事の進捗を「管理する」という一連のプロセスである。

「見る」「決める」「説明する」「進捗管理する」の四つのプロセスがすべて存在してこそ「任せる」である。

ところが、多くのマネジャーは任せると言いながら、仕事を丸投げしてしまっている。

マネジャーは仕事を手から放しても、部下から目を離してはいけないのである。

人を育てるとは、端的に述べるならば「マネジャーがリスクを取って部下に仕事を任せて、適切なタイミングでフィードバックをすること」

これに尽きる。

フィードバックとは、上司が部下の鏡になって「こう見えているよ」と教えてあげること。

「見える」という言い方が大事で、そこに「なんでできないんだ」とか「あんなことやってどうするんだ」という評価を加える必要はない。

おそらく、これを確実に実行するだけで、育成力は格段に上がるのではないだろうか。

2017年5月 9日 (火)

松下幸之助に学ぶ 成功の極意ー「思い」の技術ー/宮本直和

Photo 「思えば、かなう。正しく思えば、必ず実現する。熱き思いを込めて取り組めば、何事も成功する。その思いを高めれば、物事はますます発展する。小さな『思い』から目覚め、『思い』を変え、『思い』を育てていきなさい」

大企業であれ中小企業であれ、経営者が、単純に上位下達的に、「アレやれ」「コレやれ」とせかすならば、受け身になるばかりである。

「トップダウン」とか、「ボトムアップ」という言葉がある。

しかし、一つの仕事にかかわる構成メンバーが、ただ情報をトップからボトムに流したり、あるいはボトムからトップに上げていたのでは、組織自体は質的に変化していかない。

もしも、組織構成メンバーが、一つの「思い」でまとまらなかったり、その「思い」を高めることに失敗したならば、力強い結束力や実行力が出ない。

それぞれの組織に所属する人間が、その「思い」を高めず、グラグラフニャフニャした状態を、松下幸之助氏は、「ナマコ」とか「豆腐」と呼んだ。

どうにも、「とらえどころがない状態」これが「ナマコ」であり、「一本の骨のない状態」これが「豆腐」である。

こうした時には、組織が危機的状態に陥っている。

それ故に、組織構成員一人一人の「思い」をチェンジし、その「思い」を高めようとした。

単なる「個人知の寄せ集め」でなく、質的飛躍を遂げた「英知」「天知」への発展が、「素直な心」を媒介により可能になる。

この「英知」段階に達すると、「どうしてもやり遂げよう」という強い意志が生まれる。

こうして「衆知を集める」ならば、健全なバランスをとった形で、一人ひとりの「思い」や組織全体の「思い」は質的に変化し、高まっていく。

実際、この組織全体の「思い」を高め発展させないかぎりは、事業の発展もプロジェクトの成功も不可能だということに、松下幸之助氏は気づいた。

そしてこれを「衆知経営」と呼んだ。

例えて言うと、「個人知」の状態は自然石の野面積み式石垣と同じであって、とても五層にも及ぶ大阪城の天守閣などは支えきれない。

それが、加工石を使い縦横の石組みがしっかり出来上がると、石垣は崩れない。

しかも、天変地異があっても、決してびくともしないばかりか、大地震が来て、地盤が揺れれば揺れる程石垣がしまっていく構造になっている。

だから、見た目にも、大阪城の石垣は、極めて秀麗なカーブを形づくり、一つの芸術品である。

古来、日本の建造物の知恵は、こうした発想法に満ちている。

松下式「衆知経営」とは、「思い」の石組みであり、木組みである。

ただ、それは自然石や自然木のままではなく、「個人知」を越えた、加工石やノミの入った材木(英知)である。

そうなった時、大阪城天守閣や五重塔を支えることができる。

松下幸之助氏はこのようなことを考えて経営していたのである。

今の経営者にはとうていマネのできない知性を感じる。

2017年5月 8日 (月)

組織を変える「仕掛け」/高間邦男

Photo もし組織が機械なら、すべての部品がきちんと動くことが求められます。しかし、生命体である組織は、そうは動きません。

かつて、高度成長時代の組織は機械のイメージである。

この時代は、限られた人・モノ・金・時間で、より大きな結果を生み出すことを探求し続けた。

それを実現するには、作業をミスなく速く行うことが大切で、それには、短時間で限られた技術の習熟が可能な分業がよしとされた。

また、ムラがなく、均質なことが、価値のあることとされた。

そのため、トップダウン型の「俺についてこい」的なマネジメントやリーダーシップが求められた。

それは進むべき方向性が明確だったからである。

しかし、今は正解のない時代である。

昔のようなトップダウン型のマネジメントやリーダーシップは通用しない。

組織のあり方も変わってきている。

今組織に求められていることは生命体であること。

生命体は日々代謝し続ける。

そして、その主体者は明確ではない。

また、生命体は環境変化に適応するために、新たな安定した秩序を形成するように進化していく。

生命体である組織は、人々の協力や相互作用などで活動を行う。

かつて人は命令で動いたがが、いまは命令されるとやる気を失いがちである。

今日のように正解が見えない時代は、多くの場合、命令通りにやってもうまくいかない。

そして、ますますやる気を失わせてしまう。

そこで、組織のメンバーが、主体的に目標ややり方を考えるように仕向けることが、重要な課題になってくる。

今の時代、組織のあり方を根本から変える時期に来ているといえるのではないだろうか。

2017年5月 7日 (日)

怒れない上司になるな!/部奈壮一

Photo アマチュアの戦いでは「和」、つまりチームワークが優先される。草野球でも、和が保たれるから勝てるのである。中には、「野球さえできれば、勝ち負けなんてどうでもいい。みんなと楽しくプレーができて、終わったらビールで乾杯するのが最高!」というチームもあるだろう。
 しかし、プロフェッショナルの戦いは、そんなわけにはいかない。勝ちから和が生まれるのであり、負け続けているチームには和は生まれない。  

最近の傾向として叱らない上司が増えてきたという印象がある。

特に新人は叱ったらすぐに辞めてしまうという話をよく聞く。

つまり、叱れない上司と叱られることに耐性のない部下が増えてきたということである。

パワハラの問題もある。

ちょっと叱ったらパワハラになってしまうのではという恐れがある。

これと関連して「怒る」ことと「叱る」こととは違うと言われる。

そのときの感情に任せて部下に強い言葉をぶつけることが「怒る」であり、

部下の姿勢や考えを正すことを目的に部下に強い言葉をぶつけることが「叱る」ことだと。

しかし、実際にはごっちゃになっていることが多い。

言葉の解釈にこだわって、あえて「怒る」と「叱る」とを線引きすると実際には「叱る」ことさえできなくなる。

むしろ、両者をセットにして「怒ってから叱る」という手順の方が有効ではないだろうか。

すなわち、「怒る」ことを「叱る」ための前工程だと位置づけるのである。

そうすると、部下を怒ることへの第一歩が踏み出しやすくなるのではないだろうか。

いずれにしても、叱れない上司が増えているということに、プロの集団である企業がアマチュア化しているのではと危惧してならない。

2017年5月 6日 (土)

勝率2割の仕事論/岡康道

Photo プレゼンで心がけているのは、なるべく商品の本質から考えて、クライアント(発注元)に提案するということ。すると、たいてい「そんなこと、頼んだっけ?」という反応が返ってくる。発言ではなく、表情が語る。しかし、2割くらいの確率で「おもしろいかもしれませんね」と言ってくれる人と出会う。僕たちは、その2割に賭けて仕事をしている。

勝率2割の仕事術とはどういうものか。

例えば、オリエンテーションで提示された内容を鵜呑みにして、企画を提案したとする。

こういうクライアント追随型のエージェンシーになれば、プレゼンの勝率は7、8割までいけるという。

しかし、それではクオリティの高い広告は生み出せない。

また、迎合広告がクライアントにとって本当にためになるかと言えば、たぶんそうではない。

実は、クライアントはつねに悩んでいる。

悩みは意識されている場合と、意識下に潜っている場合がある。

広告制作者に技術が求められるのは、後者のほうである。

それを発見する力こそが広告制作者に求められる最も必須な能力だという。

そして、それをもとに、商品やそれを手にする人の内面や人生の本質を衝くような広告を生み出す。

そうするとメッセージ性の強い広告になるのだという。

企業が売りたいものを宣伝するのではなく、社会的なメッセージを発信するのである。

企業がメッセージを語るというのは、どういう意味だろうか。

例えば、昭和の時代、「モーレツからビューティフルへ」というキャッチフレーズがあった。

これは時代の転換を捉えた企業メッセージである。

高度成長が終わり、日本人が踊り場に立って、今度はどっちに行くべきかと首をひねっているときに、この広告が流れた。

富士ゼロックスという会社はこれから、そういう精神に則って製品をつくり、売っていきます、という宣言になる。

これは、言うならば、広告表現の空き地である。

そして「本質を衝く」というポジションはいつも空いている。

これが勝率2割の仕事術だというのである。

この視点、他の仕事にも通ずるのではないだろうか。

クオリティの高い仕事をしたいと思うならば。

2017年5月 5日 (金)

職場の問題地図/沢渡あまね

Photo 職場は性質の異なる仕事で成り立っています。全員に同じ仕事と役割を与え、同じ能力を求めるのではなく、適材適所のチーム編成ができたら最高ですね。戦略的2:6:2を!

2:6:2の法則というものがある。

社員の2割は仕事のできる人、

6割はまあまあ、可もなく不可もなくという人、

そして2割はダメ社員。

こんな分類をしたものである。

確かにこれは当たっている。

問題は2割のダメ社員をどうするか、ということなのだが、多くの会社はさじを投げてしまっているというのが現実である。

どんなに教育しようと努力しても、その努力が無駄になってしまう。

だったら、放っておこうという考えである。

しかし、そのような社員であっても給料を払っているのだから、それではあまりにもモッタイナイ。

ではどうするか?

発想を変えると良いのかもしれない。

つまり、ダメ社員と言われている2割の社員であっても、かならず得意分野があるはず。

それを見いだし、ふさわしい職務や役割を与える。

現に前の会社ではダメ社員だった社員が、転職した会社で活躍しだしたという例は多い。

これから確実に起こることは人材不足の時代。

本当の意味で適材適所を実現することが必要なのではないだろうか。

2017年5月 4日 (木)

人づきあいが9倍楽しくなる心理学/吉田久夫

9 分かっていても、人に嫌な思いをさせたり、人を傷つけたりしてしまいます。こういうことをすると嫌がられると分かっていても、同じパターンを繰り返してしまいます。分かっていても止めることができません。自分は悪意を持っているわけではないのに、結果として他の人を怒らせてしまいます。

「分かっちゃいるけどやめられない」ことが誰にでもある。

なぜなら、人の行動や言語はほとんどが無意識の部分によって支配されているからである。

エニアグラムによると、人は9つの自我・気質に分けられる。

そしてそれぞれのタイプ別に9種類の根源的恐れを持っている。

例えばトランプ大統領や金正恩はタイプ8である。

タイプ8は「自分は弱く、支配されコントロールされている」という根元的恐れを持っている。

これが「人を支配し、コントロールする」という根源的エネルギーになる。

だから、このタイプは「強さ」にこだわる。

強くでることによって相手を屈服させようとする。

しかもこのタイプ8は暴発することがある。

歯止めがきかなくなることがある。

しかもタイプ8は本能によって行動するので、人のいうことはきかない。

エニアグラム的に見れば、二人とも、タイプそのままの言動を繰り返していると言えよう。

2017年5月 3日 (水)

憲法で読むアメリカ史/阿川尚之

Photo_2 「名誉の戦死を遂げた者たちが、最後の力をふりしぼって果たそうとした使命を、われらは一層の献身をもって果たさんとす。
 そして、ここに決意を新たにせん。勇者たちの死を無駄にはせぬと。神のもとでこの国は新しい自由の生命を授かると。人民の人民による人民のための政治は、決してこの地球上から消え去ることはないと」

これは有名なリンカーン大統領の演説である。

戦いの行き着くところがようやく見えはじめた1863年のこと。

もっとも激しい戦闘が行なわれ南北両軍合わせて二万人近い戦死者を出したゲティスバーグでの演説。

南北戦争もそうだが、アメリカ合衆国史上重要な事件は、ことごとくと言ってよいほど憲法の解釈と結びついている。

建国当初の連邦と州の権限争い。

奴隷制度の国政における位置づけ。

連邦のあり方と南北戦争の勃発。

戦後の南部再建と解放奴隷の地位。

産業革命における資本家と労働者・農民との対立。

二度の世界大戦と大統領の強大な戦争権限の行使。

大恐慌に端を発したニューディールと連邦規制権限の拡大。

冷戦と言論の自由。

人種差別の撤廃と黒人の地位向上。

その他各時代の重要な政治問題は、ほとんど例外なく憲法問題でもあった。

憲法と真剣に向き合い、もし憲法が現実と合わない場合は修正する。

これと比較して、日本は憲法解釈の問題と重要な事件が結びつくことはそれほど多くはない。

日本の場合、憲法は建前であり、どうにでも解釈する。

だから真剣に憲法を変えようという機運が起こらない。

国の成り立ちがこの違いを生んでいるのではないだろうか。

2017年5月 2日 (火)

究極のマネジメント法/後藤勇人

Photo つまり仕事とは、売上というスコアを他社と競い合って上げる、「最高にスリルがあり、ワクワク、ドキドキしながらやる」大人の楽しいゲームなのである。  

経営者の仕事は重労働である。

特に中小企業の場合、売上や利益があがるかどうかは社長の責任と言ってよい。

だから業績の動向に一喜一憂する。

だが、これは一種のゲームだと考えることもできる。

だから、中小企業の社長は高齢になってもあまり衰えない。

活き活きとしている。

これが社員と大きく違う点である。

そこに問題を感じた著者が考えたのが、社員経営参加型マネージメント法の導入である。

経営者と社員の決定的違いは、ゲームに参加しているか、参加していないかの差。

だったら、社員にもゲームに参加してもらおうというわけである。

例えば、基本給を維持する時の来客数をしっかり社員に教え、1人増えたらいくら特別手当てが付くのかを明確にし、しっかり伝えておく。

すると社員は自ら考え、動くようになる。

自ら率先して行動するのと、人にやらされるのでは、人間の行動は100%違ってくる。

また、唯一、人が変わる時は、自ら変わろうと自分自身で気がついた時だけである。

人は、自分で気づいて変わろうとした時でなければ、絶対変わるものではない。

社員のモチベーションアップの一つの試みと言ってよいのではないだろうか。

2017年5月 1日 (月)

「対面力」をつけろ!/齋藤孝

Photo 相手が「話しにくいな」と感じるのは、寡黙な点ではなく、むしろ「この人、私の言うことをちゃんと聞いていないんじゃないかな?」と思わせてしまう部分だ。相手の話を一生懸命聞く姿勢を持ち、いい反応を示してくれる人はとても話しやすい。

対面力とは、要するに、「状況に即応して、場や相手にアジャストしていく」力、適応力である。

柔軟に相手に合わせつつ、自分を印象づけ、「この人とまた会いたい」と思われるための能力のこと。

人と合って話すのが苦手という人は意外と多い。

そしてそれは、性格や気質のせいだと考えがちだ。

過去の自分がそうだった。

ではどうやって克服したのか。

実はカギを握っているのは性格よりも経験知、慣れである。

諦めず繰り返し取り組んでいるうちにコツがわかってくる。

対面力で大事なことは相手にいかにしゃべらせるか、ということ。

それも気持ちよくしゃべらせることができたら、成功である。

人にはそれぞれしゃべりたくなるスイッチがある。

それを探り当て、押すと、どんな人でも驚くほど饒舌になる。

話し上手より聞き上手と昔からよく言われるが、その通りだと思う。

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