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2017年7月の31件の記事

2017年7月31日 (月)

『夜と霧』ビクトール・フランクルの言葉/諸富祥彦

Photo 収容所では未来における内面的な拠り所を失った人が崩壊していった。
 このことに最も大きな影響を与えたのは、収容所には釈放期限がないこと、つまりいつまで自分が収容所にいなければならないかまったくわからないという事実であった。

フランクルの『夜と霧』は高校生の時に読んだことがある。

改めて、その時のことを思い出した。

強制収容所という過酷な環境の中で、どんな人が生き残り、どんな人が崩壊していったのか。

そこで著者が発見したのは、感受性の豊かな人のほうが体の頑丈な人よりも収容所での過酷な生活に耐えうることが多かったという逆説であった。

つまり、どんな時にも、人生には意味がある。

こう信じることが大切だと。

この苦しみにも意味がある。

なすべきこと、満たすべき意味が与えられている。

この人生のどこかに、私を必要とする「何か」があり、「誰か」がいる。

そしてその「何か」や「誰か」は、発見され実現されるのを「待って」いる。

「何か」が私を待っている。

「誰か」が私を待っている。

私たちは、常にこの「何か」「誰か」によって必要とされ「待たれている」存在。

だから、たとえ今がどんなに苦しくても、すべてを投げ出す必要はない。

すべてを投げ出しさえしなければ、いつの日か、人生に「イエス」と言うことのできる日が必ずやってくる。

いや、たとえ自分が人生に「イエス」と言えなくても、人生のほうから「イエス」と光を差し込んでくる日が、いつか、必ずやってくる。

こんな言葉がちりばめられている。

人生に意味を見いだすことがいかに大切か、このことを本書は再確認させてくれる。

良書である。

2017年7月30日 (日)

二人で一人の天才/ジョシュア・ウルフ・シェンク

Photo まわりを魅了する人と、やんちゃ者。優しい微笑みの人と(いたずらをするときさえ慎重だった)、茶目っ気のある笑顔の人(永遠の不安定さを隠しとおした)。彼らと一緒にいると、2人の違いが絶えず補完し合うことに感銘を受けた。「ジョンにはポールの注意力と忍耐が必要であり、ポールにはジョンのアナーキーな横道の思考が必要だった」と、ジョンの最初の妻シンシア・レノンは書いている。  

この世を変えるような偉大な創造は一人の天才がそれを生み出す。

これが一般的な常識である。

ところが本書は、偉大なペアの化学反応によってそれらは生まれる、と言っている。

偉大なペアは大きく違う2人であり、かなり似ている2人でもある。

この相反する要素が同時に成り立つことが、深い感情的な絆を生み、クリエイティブ・ペアに欠かせない衝突を駆り立てる。

創造的な2人が出会って「クリエイティブ・ペア」を組み、関係が発展して、全盛期を謳歌し、突然あるいは必然的な幕切れを迎える。

本書は、そんな「ペアの生涯」を6つのステップでたどりながら、創造性と人間関係のダイナミズムを描き出している。

ステップ1:邂逅

ペアを組むことになる相手と出会い、人間関係の化学反応が始まる。

ステップ2:融合

互いに関心を持った2人はペアという呼び名にふさわしくなり、「私」より「私たち」が前面に出てくる。

ステップ3:弁証

2人の役割や位置関係が見えてくる。

ステップ4:距離

さまざまなバランスを取りながら関係が発展する。

ステップ5:絶頂

やがて2人のクリエイティビティが花開くが、ペアの力学に微妙な変化も生じる。

ステップ6:中断

そして、出会いがあれば別れが訪れる。

だたし、真のペアになった2人の関係は、本当の意味で終わることはない。

なかでも象徴的な存在は、ジョン・レノンとポール・マッカートニーである。

彼らの軌跡はまさに、クリエイティブ・ペアの6つのステップを再現している。

ポールは慎重で几帳面だった。

いつもノートを持ち歩き、詩やコードをていねいに書き留めていた。

対照的に、ジョンはカオスのなかを生きていた。

いつも紙切れを探してはアイデアを書きなぐった。

ポールはコミュニケーションの達人だったが、ジョンは自分の考えをうまく説明できなかった。

ポールが外交官なら、ジョンは扇動者だ。

ポールは穏やかな物言いで、ほぼどんなときも礼儀正しい。

ジョンは尊大な物言いで、きわめて無礼だった。

ポールは1つのパートを仕上げるために何時間でも費やすが、ジョンは気が短くて、すぐに次へ行きたがる。

ポールは自分のやりたいことを明確に理解していて、批判されると腹を立てることも多かった。

ジョンのほうがはるかに神経は図太く、他人の言葉に耳を傾けた。

特別なこだわりがないことなら変化も素直に受け入れた。

この2人が融合したとき、あのビートルズの全盛時の名曲の数々が生まれた。

そのことを考えると、「二人で一人の天才」という本書の主題は確かに頷けるものがある。

2017年7月29日 (土)

ものすごい言葉/多根清史

Photo  大統領や総理大臣の代わりはいるだろうが、俺の代わりはいないんだ。
 勝新太郎

確かにカツシンの代わりはどこにもいない。

座頭市シリーズを自ら制作し主演。

目の見えない身でありながら凄腕の剣を振るう座頭市に、身震いのする演技力で命を吹き込んだ。

「勝新太郎の座頭市」は地上でたった一人だけだ。

輝かしい経歴ばかりではない。

晩年のカツシンがテレビに出るときは、ほぼスキャンダルとセットだったと言っていい。

撮影中に長男による不慮の事故を招いたり、下着の中に大麻を隠し持っていて逮捕された一幕もあった。

記者会見での「もうパンツははかないようにする」というコメントは、ちょっとした流行語にもなった。

黒澤明監督の「影武者」の主役に選ばれながら、撮影途中で降板。

両者とも個性が強すぎたのだろう。

そびえ立つ業績や人間的な情けなさ、そうした偉大なものや矛盾をひっくるめて一つの人格であり、他に替えが利かないオンリーワンなのである。

裁判の場に引き出されたカツシンは、傍聴者を「観客」とみなし、いかに楽しませるか台本まで考えていたという。

バカ役者ではなく、寝ても覚めてもエンターテインメントを考える役者バカ。

これと決めたことを徹底して突き抜けた者だけが「俺の代わりはいない」と胸を張れるのであろう。

「ものすごい言葉」には覚悟がある。

2017年7月28日 (金)

なぜ、一流の人はハードワークでも心が疲れないのか?/久世浩司

Photo 「変化や危機は避けられないもの」と捉え、「変化に適応できるように自分たちが変わらなくてはいけない」という積極的な姿勢がグローバルな政界・経済界のトップの主流になりつつあります。  

今は変化の激しい時代。

今後、この流れが変わることはないだろうし、むしろ加速するものと思われる。

そうなってくると、レジリエンスを身に付けることは必須であると言えよう。

「レジリエンス」とは何か?

全米心理学会での説明をそのまま引用すると、「逆境や困難、強いストレスに直面したときに、適応する精神力と心理的プロセス」

レジリエンスの高い人の特徴としては、大きく次の3つが挙げられるという。

1つめが「回復力」。

逆境や困難に直面しても、心が折れて立ち直れなくなるのではなく、すぐに元の状態に戻ることができる、竹のようなしなやかさをもった心の状態。

2つめが「緩衝力」。

ストレスや予想外のショックなどの外的な圧力に対しても耐性がある、テニスボールのような弾力性のある精神、いわゆる打たれ強さ。

3つめが「適応力」。

予期せぬ変化や危機に動揺して抵抗するのではなく、新たな現実を受け入れて合理的に対応する力。

例えて言うなら、道路の亀裂から芽を出して生存し、花を咲かせて繁栄するタンポポのイメージ。

そしてこれらはトレーニングによって身に付けることができる。

それには7つの技術がある。

第1の技術:ネガティブ感情の悪循環から脱出する。

第2の技術:役に立たない「思い込み」を手なずける。

第3の技術:「やればできる」と信じる自己効力感を身につける

第4の技術:自分を特徴づける「強み」を活用する

第5の技術:心の支えとなる「サポーター」をもつ

第6の技術:感謝のポジティブ感情を豊かにする

第7の技術:痛い体験から意味を学ぶ

これらを身に付けること。

本書を基に、一つのトレーニングプログラムとして確立できるのではないだろうか。

2017年7月27日 (木)

なぜ、一流の人は不安でも強気でいられるのか?/久世浩司

Photo どんな状況でも強気でいられる人材に変わるためには、「レジリエンス」「ウェイパワー」「ウィルパワー」、この3つの力を高める決心をして、これらを鍛える習慣を始めればいいのです。

仕事をしていれば、どうしてもストレス状態にさらされる。

しかし、それを乗り越えることによって人は成長する。

ところが、今、それが出来ずに精神を病んでしまっている人が続出している。

乗り越える前に、ポキッと折れてしまうのである。

その意味では逆境を乗り越える力をつけることは重要だ。

そのためには「レジリエンス」「ウェイパワー」「ウィルパワー」、この3つの力を高めることだと著者は言っている。

レジリエンスとは「逆境や困難、強いストレスに直面したときに、適応する精神力と心理的プロセス」と定義される。

いわば「逆境に負けない力」。

ウェイパワーとは「不安定な状況でも、見通しが立つ力」。

ウィルパワーとは「困難があっても、最後までやり遂げる意志の力」。

中でも「レジリエンス」という言葉は興味深い。

この言葉を知ったのは、3年前に受講した研修がきっかけ。

レジリエンスとは、単に強いことではない。

むしろストレスにさらされてもポキッと折れてしまわないしなやかさ。

固い樫木ではなく、しなやかな竹のイメージ。

このレジリエンスを発揮するには、3つの段階がある。

第1が、ストレスや失敗、逆境後に精神を深く落ち込ませない「底打ち」。

第2が、落ち込んだ気持ちをスムーズに元の状態に回復させる「立ち直り」。

第3が、困難を乗り越えた経験を振り返り、意味を学ぶ「教訓化」。

これらを鍛えるのが「レジリエンス・トレーニング」。

トレーニングという以上、レジリエンスとは筋肉のように鍛えることが出来るもの。

現代人に必要なトレーニングではないだろうか。

一つのプログラムとして提供できるよう研究していきたい。

2017年7月26日 (水)

一流の逆境力/遠藤友則

Photo「不調に陥ったとき、王貞治さんはこれまで以上の練習をして結果を出した。ペレはコーヒーを飲んで、ゆっくり体を休めた」

ACミランで16年間メディカルトレーナーを務めた著者。

その体験から、一流選手の逆境力について述べている。

最も印象的だったのは、ミランの一流選手は、試合に負けたからといって、「今より倍の練習をしなければ!」とか「やり方を考え直さねば駄目だ」という方向には向かわない。

また、「結果が出ないのは努力が足りないからかも……」と自分のプレーが冴えないことに対して変な不安も持たないということ。

スランプに陥った時も、普段と同じ練習をする。

昔、王選手がスランプに陥った時、猛練習をしてそれを脱したこととは対照的だ。

実は超一流の選手ほど、これまでやってきたことを変わらずに繰り返すという。

結果が出る、出ないにかかわらず、目の前の仕事に真剣に臨んでいるならば、大切なのはそれ以上にがんばろうとすることではない。

むしろ初志貫徹でやり続けること。

それが一流の条件。

ピンチのときには、がんばってはいけないのである。

大切なのは、コツコツと普段やっていることをやり続けること。

あるときだけむきになってめちゃくちゃがんばるよりも、小さく続けることの方が大切。

この考え方、目からウロコと言った感じだが、考えてみたらその通りだと思う。

一流選手ほど、普段やっていることに自信をもっているということである。

重要なのは主体性であり、その基準は「自分の納得度」なのではないだろうか。

2017年7月25日 (火)

「任せ方」の教科書/古川裕倫

Photo 魚を1匹与えると、彼は1日食べていける。魚の捕り方を教えると、彼は一生食べていける。

「任せる」ことこそ、リーダーの仕事であると言ってもいい。

ところが、「自分は能力が高い」という自負のあるリーダーに限って、部下になかなか仕事を任せられず、多くの仕事を抱え込むことになりがちである。

「自分でやったほうが速い」という思いがそうさせるであろう。

優秀な社員が必ずしも優秀なリーダーになれない原因もこんなところにある。

また、給料やポジションだけで人を動かすことはできない。

「仕事で結果を出せた」という喜びを感じられる経験、

「またあの喜びを感じたい」という欲求が人を動かす。

そして、任せてもらうからこそ「達成したい」という思いが生まれ、任せられた仕事をやり遂げてこそ満足感を持てる。

リーダーには任せる技術が必要だが、それ以上に必要なのは、任せると決断することだ。

部下が少しストレッチしなくてはならないくらいで手を離し、仕事を任せることである。

これがひいては組織の力を高めることにつながる。

大事なのは「任せる」と決める勇気ではないだろうか。

2017年7月24日 (月)

一流の習慣術/奥村幸治

Photo ニューヨーク・メッツのキャンプに参加させてもらっていた当時、メッツに在籍していた野茂英雄さんと吉井理人さんに「日本のプロ野球とアメリカのメジャーリーグで、何に違いを感じましたか?」と質問したら、ふたりとも同じことをおっしゃいました。「コーチングが違う」と言うのです。
 「技術面や体格面の差よりも、とにかくコーチングの違いが大きい」
 ふたりはそう言いました。

日本のプロ野球のコーチの指導は教えることが中心。

日本ではかつての名選手がコーチになる。

彼らはそれぞれ、独自のバッティング理論やピッチング理論がある。

それを選手に教える。

いや、教えるというより押し付ける。

おそらく中には潰された選手も多く存在するだろう。

一方メジャーリーグのコーチングの基本は「聞き出す」こと。

「お前のことはお前がいちばんわかっているはずだ。だから、私にお前の気持ちを伝えてくれないと私は何もわからない」

監督もコーチもそう言うのだという。

コーチに自分が困っていること、目指していることを言葉にして伝える過程で、自身を客観的に振り返る習慣ができる。

聞き手が理解できるように感覚を「言語化」するプロセスで、それまで気づかなかった問題点や目標が明らかになってくる。

これを聞き出すのがコーチングである。

これが大事なのは、スポーツの世界だけでなくビジネスの世界でも同じ。

組織のなかでは思っていることを素直に言える環境を作ったり、それを聞き出してあげたりする仕組みを作ることも大切なのではないだろうか。

2017年7月23日 (日)

ホームレス作家/松井計

Photo そして、やっと私は思い至った。〈良人失格〉〈父親失格〉〈作家失格〉〈勤め人失格〉〈浮浪者失格〉と、あらゆるものから〈失格〉の烙印を捺された私が、何か一つ、取り戻すことができるとしたら、私は迷わず作家の部分を選ぶのだと。

家賃滞納により強制退去を命じられ、家族は緊急避難施設に保護される。

自分は路上での生活を余儀なくされる。

毎日、命を長らえるためだけに必死になっている状態。

おそらく人間としてのプライドはズタズタだろう。

食べるために必死になる中で、自分との対話を繰り返す。

「自分は何者なのか」と。

本書はその間の心の軌跡をたどっている。

そしてたどり着いた結論は「自分は書くしかない」のだということ。

作家としてのアイデンティティに立ち戻ったともいえる。

その後、その体験を綴った本書を出し、ベストセラーになる。

まさに災い転じて福とするということであろう。

2017年7月22日 (土)

「会社の悪口」は8割正しい/秋山進

Photo 古くから日本の組織では、偉くなった人が自分の気配を消して、若く優秀な人に実質的な権限をどーんと任せてしまう「そうせい候」システムと呼ばれる仕組みがあった。

「そうせい候」で思い出されるのは、幕末の長州藩主毛利敬親である。

藩士の進言を聞くと、すぐに「そうせい」と言う口癖があったとのことから来る。

つまり、経験豊富な偉い人が、自分が最後は責任はとる。

だけども、最も物事がよくわかっている若い人物に思い切って権限移譲してしまうという方法のことを指す。

この方法では、功なり名を遂げた人物が上層部にいることで組織は安定する一方で、実質的な意思決定は、物事がわかる人物によって果敢に遂行されるというよさがある。

さらに、権限移譲された者は「トップが言っている」という言葉を錦の御旗にし、下の者をまとめていく。

そしてみんなが忖度しながら業務を遂行する。

これが日本の組織である。

今の加計学園問題も結局はこんなところだろう。

つまり、「誰が言った」「言わない」を問題としているかぎり、事の本質は分からないということではないだろうか。

2017年7月21日 (金)

開成高校野球部の「弱くても勝つ」方法/山岡淳一郎

Photo 「投げる技術、打つ技術の最低ラインはクリアしよう」などと鷹揚に構えていたら、あっという間に三年がすぎる。それではいつまで経っても勝てない。
 そこで求められるのが「戦略」である。

東大進学率№1の開成高等学校。

しかし、野球部は打てない、守れない選手ばかり。

それもそのはず、開成野球部は、グラウンドでの全体練習は週一回と決められている。

しかも夏場は4時間ぐらいできるときもあるが、日の短い冬場は一時間半ほどで切り上げねばならない。

ところがその弱小野球部が2005年、都の大会で甲子園出場校に1点差に迫るところまでいった。

その秘訣はどこにあるのか。

それは戦略にある。

戦略を先につくり、限られた範囲で反復練習をする。

週一の練習は、守備より打撃重視。

守備は難しい球を補る練習はしない。

それより、とって当たり前の球を確実に捕れるような練習をする。

後は打撃練習に集中する。

打撃練習はバントやスクイズはほとんどしない。

フォームも気にしない。

監督は、

「ドサクサまぎれに勝つ」

「盗塁は足の速さよりも準備」

「チームづくりはえこひいきから」など、

ユニークは戦略を次々に編み出す。

だから、試合はコールド勝ちかコールド負け。

まさに弱者の戦略である。

でも、これ、「ヒト」「モノ」「カネ」全てが不足している中小企業に共通することではないだろうか。

2017年7月20日 (木)

AI時代の勝者と敗者/トーマス・H・ダベンポート、ジュリア・カービー

Aih 勇気や度胸、経験にそぐわないアイデアにかかわる仕事が、人間から奪われることは決してない。また、人間に行動を促せるのは人間だけだ。共感、交渉、熱意といったものも、人間の専売特許である。情熱、ユーモア、喜び、センスにかかわる仕事も、人間の手の内にある。

ある調査によると、今後10年から20年の間で、仕事の半分近くがAIやロボットにとって代わられるという。

自動化ははっきりと3つの段階に分類できるという。

第1の自動化では機械が、肉体的に辛い危険な仕事から人間を解放した。

これは、産業革命後期の時代に相当する。

こうして機械が、肉体的にきつい仕事を引き受けるようになると、人間は高次の段階に進んだ。

するとそこで、第2の自動化が生まれた。

この自動化の対象となったのは、もはやきつい仕事や危険な仕事ではない。

退屈な仕事である。

そして今、第3の自動化の時代が来ている。

機械が知能を向上させ、私たちの一挙一動を見守るようになるのだ。

いまやコンピュータが人間より優れた判断を下せることは、さまざまな状況下で証明されている。

膨大な量のデータ分析をする作業は、ますます機械に置き換えられていく。

弁護士は、この点でもやはり仕事を奪われやすい傾向にあるという。

法律業務の大半は文書の分析だからだ。

大量の過去の判例から、合致するものを探し出すことにおいては人はコンピュータにかなわない。

では、人間がAIより優れた点は何か。

人間の脳がいまだに自動システムより優っている点、それは幅の広さである。

数多くのことをうまく成し遂げられる能力である。

人間は、文字を読み、計算し、画像を認識し、言葉を理解し、壊れやすいものをつまんで置くことができる。

コンピュータは深さでは人間と勝負できても、幅ではまだ人間にかなわないのである。

つまり、単純作業や間接作業を機械に任せることにより、人間は企業や自身の付加価値を向上させ、新しい製品やサービスを創造する活動に専念できる時代が訪れつつあるということではないだろうか。

この時代の流れを正しく認識し準備をすればより明るい未来が到来する。

過去の産業革命がそうであったように、AIやロボットの進化をむしろ、ポジティブなものととらえるべきであろう。

2017年7月19日 (水)

「いつも誰かに振り回される」が一瞬で変わる方法/大嶋信頼

Photo 現在の不快な状況をつくっているのは、すべて意識がつくり出す暗示。

人が「振り回されている」と感じるのは、どんなときか。

それは、周りの人の気持ちばかりを考えすぎて行動してしまうとき。

人間の脳は、相手のなかにある感情や思いを勝手に「脳のネットワーク」で受け止めるという機能がある。

特に、振り回されるタイプの人は、「私は平均より上」という感覚が根づいていない。

基本的に劣等感が強く、価値判断を人や状況に委ねてしまう。

そのため、あるときは「自分は天才!」、あるときは「自分は無能なのでは?」と思ってしまう。

実は、人に接したときに「自分はダメだ!」と思ってしまうのは、自分の能力が劣っているからではない。

それは、相手の中にある「相手の自己否定感」を「脳のネットワーク」で受け取ってしまうから。

つまり、誰かと接触したときに、相手の脳内にある「自信のなさ」の「自己否定感」を勝手に脳で受け取って、自分のものと勘違いするのである。

もっとストレートに言ってしまえば、「自分に対する否定的な考えはすべて他人の脳から伝わってくる否定的な暗示!」ととらえてしまえば間違いない。

そのように割り切って、否定的な考えをすべて排除してしまえば、自分らしさを取り戻し自由になることがでるのではないだろうか。

2017年7月18日 (火)

一流の指導力/立花龍司

Photo 自ら「これだ!」と気づいた選択肢には、他人から示された選択肢よりも一層高いモチベーションで持てる能力を最大限に発揮します。

著者は日米のプロ野球でコンディショニングコーチとして活躍していた。

その経験から言えることは、モチベーションを引き出すことに関しては、メジャーのコーチたちは日本よりも何倍も長けていたとのこと。

メジャーでは失敗した選手を罵倒したり、馬鹿にしたりするような言動は一切なかった。

それは、同じ失敗をしないためには、何が必要かを一緒に考えるのがコーチの仕事だとわかっているからだと言っている。

確かに日本ではいまだに選手を罵倒する指導者がいる。

時々、暴力事件としてニュースになることもある。

彼らは、モチベーションというものが分かっていないのであろう。

モチベーションをアップさせるために大事なことは、「気づき」を重視するということ。

基本的に人は言われたことをやってもモチベーションは上がらない。

「やる気を出せ」と言って、モチベーションが上がるわけがない。

結局、何かに気づいたとき、内側からのやる気が出てくる。

指導者はそのために、質問する。

質問することによって気づきを促す。

答えは結局、本人のなかにしかないからである。

本人は最初から答えを知っているが、外から内へのアプローチでは気づきが起こりにくくなる。

繰り返し質問を受けることで発見があり、自分なりの答えが返せるようになる。

これはコーチングのイロハのイの部分なのだが、これが出来ている指導者は少ないというのが現実なのではないだろうか。

2017年7月17日 (月)

戦争の日本近現代史/加藤陽子

Photo 日本側が展開していた論理は、満鉄併行線問題にしろ、商租権問題にしろ、ボイコット問題にしろ、徹頭徹尾、条約で規定された守られるべき日本の権利が蹂躙された以上、それを実力で守ってどこが悪いのかというものでした。日本を正とし、中国を悪とする、二分法の論理です。わたくしはここに、先ほどみた、関東軍参謀や満鉄調査課員松木、のみならず、国民の世論が、事変の適法性にこだわった理由があるのだと考えています。

どうして戦争が起こるのか?

無謀な戦争を起こさないためには、それを知る必要がある。

本書は、為政者や国民が、いかなる歴史的経緯と論理の筋道によって、「だから戦争にうったえなければならない」、あるいは、「だから戦争はやむをえない」という感覚までをも、もつようになったのか。

そういった国民の視角や観点や感覚をかたちづくった論理とは何なのか、という切り口から、日本の近代を振り返っている。

読んでみて、考えさせられることは、今から思えば「おかしい」と思うことも、当時はみな合理的な思考に基づいて行動していた、ということ。

つまり、今の時代の常識で、当時のことを振り返ってみても、解明できない部分があるということ。

当時の新聞の論調、軍部の考え方、国民の意識、それらが合わさって「戦争やむなし」という空気が醸成されてきている。

ここから一つ言えることは、国民の意識の多様性がなくなり、一方方向に偏ってしまったときは、非常に危ないということである。

多様な意見を尊重する環境をつくり上げることが必要ということではないだろうか。

2017年7月16日 (日)

世界のエリートはなぜ哲学を学ぶのか?/福原正大

Photo Who are you?(あなたは何者?)
 これは米ハーバードなど、世界的トップスクールの試験によく出される定番の問題です。
 みなさんは、この「正解のない問題」にどう答えるでしょうか?

著者が日本と海外の企業で働いたことで、強く感じた違いがあったという。

それは哲学的思考法が身についているかいないかということ。

本書でいう哲学とは、学問のジャンルとしての意味を含んではいるが、より視野を広げて「正解のない問題について考える」という「哲学的思考法」のこと。

これが日本人には決定的に欠けている。

一つの原因は教育にある。

唯一絶対の正解があることを大前提とする「知識の暗記勝負」となっているのが日本の教育。

これは、正解のない中、自分の考え方で勝負するグローバルな国際社会では通用しない。

日本では「知識の暗記勝負」で勝ち残ったエリートが官僚や政治家になり、国を動かす。

ところが、今は「先の見えない時代」であり、かつ、「正解のない時代」である。

著者の言うように、こんな時代であるからこそ、物事の本質から考える哲学的思考が必要になってくるのかもしれない。

2017年7月15日 (土)

上司のタテマエと本音/濱田秀彦

Photo これまで、16年間、5000人の上司、1万5000人の部下の皆さんとご一緒してきた中で、上司と部下の意識の一致度を調べてきました。その結果、上司の期待を部下が正確に把握できていたケースはわずか3%。97%の部下は上司の真意をつかめないまま仕事をしていることがわかりました。上司の真意は、部下に伝わらないものと考えたほうがよさそうです。

多くの場合、私たちは言葉でコミュニケーションをはかる。

ところが同じ言葉を語っても、相手の受け止め方は様々。

たとえば、上司が部下に「期待してるよ!」と言ったとする。

当然上司はそれによって、部下がやる気をだすことを期待する。

ところが、部下によっては、それによって、やる気がそがれてしまう者もいる。

中には余計なプレッシャーを感じてしまう者もいる。

部下が期待通りの反応を示さない場合、上司は「変わった奴」「ダメな奴」というレッテルを貼る。

実はここからコミュニケーションギャップが生まれる。

こんなことが職場では日常的に起こっている。

「良いコミュニケーションとは、相手の言葉で話すこと」

この重要性を改めて感じさせられる。

2017年7月14日 (金)

発想する技術/石井守

Photo 良いアイデアはしばしば、複数のアイデアの組み合わせから生まれるものです。発想法の古典的名著『アイデアのつくり方』には、「アイデアとは、既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない」とまで、書いてあります。

私たちの脳の中には、たくさんの知識や情報が記憶されている。

これらの情報が引き出されると、何かを思い出したり、思いついたりする。

これらの情報は、実は、何の刺激もなければ、引き出されることはない。

これは、脳の仕組み上、そうなっている。

これらの情報が引き出されるのは、情報を引き出す刺激がある時のみ。

更に、アイデアとは、無から有を生み出すことではない。

既にある知識や情報を組み合わせることによって生まれる。

要するにアイデアとは、脳に刺激を与えることによって既にある知識や情報を引き出し、それを組み合わせること。

そして、そのためには方法がある。

本書では30の発想法を紹介している。

ブレストやマインドマップ等、すでに知っているものもいくつかある。

この中のいくつかでも自分のものにすれば、かなり力になるのではないだろうか。

2017年7月13日 (木)

健康診断は受けてはいけない/近藤誠

Photo 日本もWHOの新基準に乗っかりました。日本高血圧学会が2000年に、基準値を140/90に切り下げたのです。これを契機として、降圧剤の売り上げが年間2000億円から、1兆円を超えるまでに増加しました。人口が米国の三分の一である日本での売上高が米国のそれに迫ったのです。

健康診断でみつかる「がん」や「高血圧」などの病気は、検査をうけなければ発見されることがない「検査病」。

検査病はみつけださないほうが確実に、安全に長生きできると著者は主張する。

象徴的なのが「高血圧」。

健康診断を受けると、50歳を超えれば半分以上の人が高血圧と診断される。

そして降圧剤を飲むように指導される。

この降圧剤、一生飲み続けなければならない。

製薬メーカーにとって、一生お金を払い続けてくれるありがたい人たちである。

薬はどんなものであっても、副作用がある。

高血圧そのものよりも、降圧剤の副作用による死亡者の方が多いというのである。

私自身はもう15年間、健康診断を受けていない。

案外、正解だったのかもしれない。

2017年7月12日 (水)

超一流の勝負力/奥村幸治

Photo 将大とイチロー選手に共通しているのは、無益な愚痴をこぼすことなく、何事も自らの責任として正面から捉え、失敗を成長の源泉にしていることです。とにかく前を向いて行動しているのです。

一流選手は、一流であるがゆえに試合に負けたときには徹底的に叩かれる。

マー君やイチローのような超一流であればなおさらである。

彼らは、プロ野球のニュースでは、トップを飾ることが多いが、負けた時は容赦なく叩かれる。

しかし、彼らはそのことに決して愚痴をこぼさない。

言い訳もしない。

負けを自らの責任と認めず、他の選手や環境のせいにしている選手ほど、自分がやり玉に挙げられると不満を募らせる。

守備のエラー、打線の貧打、抑え投手の乱調、悪天候、あるいは監督の采配。

負けにつながる理由はいろいろと考えられる。

一理あるかもしれない。

しかし、自分のことを棚に上げて他の選手や環境のせいにしていては、自分の成長につながらない。

超一流の選手はつねに自らを客観視して、自分に何が足りないか、これからどうすべきかを的確に分析して修正しようと心がけている。

他人や環境面への愚痴をこぼしている暇はない。

そのような雰囲気を漂わせている。

自分のミスと正面から向かい合い、ミスをミスとして認めることが次の成長へとつながる。

自分の失敗を認められない人間は、成長しない。

伸びる人と伸びない人との違いも、こんなところに表れるのではないだろうか。

2017年7月11日 (火)

マネジャーの最も大切な仕事/テレサ・アマビール、スティーブン・クレイマー

Photo 人は感情を切り捨てることはできない。多くのマネジャーや社員は感情を無視し、そうした「厄介な」物事など職場には存在しないかのように振る舞おうとするが、そうやって不自然に見て見ぬ振りをするのは危険なのである。

人間は感情の動物である。

多くの職場の問題はこの感情からきている。

人間を人間たらしめるものは何なのか。

ひとつは「感情」だ。

人間が持つもう一つの特徴は「認識」すること。

物事に対する意味付けや意義を与える行為だ。

そして私たちが人間であることを再認識させるのは「モチベーション」だ。

感情、認識、モチベーションとは、人間であることを示す要素と言ってもよいだろう。

これらをうまくマネジメントすること、これはマネジャーの仕事だと言ってよい。

職場での目に見える行動は氷山の一角にすぎない。

その根底の部分には感情、認識、モチベーションがある。

本書では「インナーワークライフ」というキーワードが何度も出てくる。

インナーワークライフとは、私たちが日々職場で経験している感情、認識、モチベーションの相互作用のこと。

インナーワークライフとは、職場での出来事に対する反応や状況認識を通じて体験する認識、感情、モチベーションから成り立つ。

インナーワークライフとはインナー、つまり、個人的・内的なものである。

各人の心のなかに宿るものである。

インナーワークライフは個人の職場での経験にとって重要なものだが、普通周囲からは認識できない。

マネジャーにとって大切なことは、これらに小さなことに気を配り、チームや部下にとってやりがいのある仕事が、毎日少しでも進捗するよう支援すること、ということではないだろうか。

2017年7月10日 (月)

財務官僚の仕事力/榊原英資

Photo 中央省庁において大臣はいわば象徴的存在。実質的なリーダーは事務次官や局長なのです。しかし、それを表に出しては具合が悪いので、大臣がすべてを理解して仕切っているように対外的に見せる官僚独特のノウハウが必要になります。
 そこで、「ワル」の出番となるわけです。丁寧に大臣に報告しつつ、一方では新聞記者らに根回しします。大臣を立て、さも大臣が仕事をしたように世間に報道してもらうのです。

財務省は「省庁の中の省庁」といわれる。

試験の成績がトップクラスの秀才を入省させているからだけではない。

各省庁の歳出の役割を一手に担い、しかも税金の徴収など歳入を担当する国税庁を外局として抱えており、歳入・歳出の両方を牛耳っているからである。

そして、その実質的なリーダーが事務次官や局長である。

上手に大臣を立て、またあらゆる根回しをして、さも大臣がやったように対外的に見せる。

つまり、黒子に徹して大臣を立てるのである。

予算案にしても法案にしても、実質的には官僚がつくっている。

ただ、三権分立の建前から予算や法律は立法府である国会がつくるものとなっている。

そして中央省庁は行政府といえども、そのトップは大臣である。

自らは黒子に徹して大臣を立てる。

極めて重要な役割である。

そのように考えると、今話題になっている前川元事務次官はどうなのだろう。

マスコミは英雄視しているが、どうもそうは思えない。

何しろ座右の銘が「面従腹背」だというのだから。

2017年7月 9日 (日)

死の枝/松本清張

Photo 「ぼくは、前のとき、それをあまり気にもとめず聞いていたんですが、今度、池内さんの狂言自殺騒ぎで、はっと思い当たったんです。ああ、そうか、これは、うまく計算された犯罪だなと思いました。偶然にみせかけて、その偶然が全部、人工的な、見えない紐になっていると思いましたよ。何しろ、人身事故を起こした車は“〝凶器”〟と云われている時代ですから、ああ、またタクシーがひどいことをやったな、と警察でも世間でも考えたと思いますよ。この犯罪は、そういう盲点も利用したと思いますね」

本書は11篇の短編集である。

上記は「交通事故死亡1名」からの抜き書き。

タクシーは突然横から飛び出してきた女性をよけようとして、ハンドルを切ったのだが、そのよけた先にいた男に追突する。

男は即死。

どう見てもこれは偶然の出来事。

しかし、読み進めていくうちに、この男に脅されていた女とその知人が仕組んだ計画殺人だと分かってくる。

私もつい騙されてしまった。

その他、どの作品も、犯人が安心し切ったところで、大どんでん返しを食らう。

それも、ほんの些細な出来事、物であったりするところが、面白い。

2017年7月 8日 (土)

凡人が一流になる「ねたみ力」/松下信武

Photo 「ポジティブな感情:ネガティブな感情=3:1」こそ、凡人が一流になるための黄金比といえる。

ねたみの感情は誰しもあるもの。

そしてねたむことはよくないことと捉えがちである。

しかし、この感情には自分を成長させる力が秘められている。

怒り、悲しみ、不安が入り混じる複雑な感情であるねたみは、使い方によって成功へ導く強力なアイテムとなるというのである。

心理学では、自分にない優れたものや能力が他人にあることを発見したとき、ねたみが生まれるとされている。

良きライバルには、自分より優れたものや能力がある。

それゆえ、ライバルをねたむのを避けることはできない。

むしろ、ライバルにはあって自分にはない長所を強く意識することで、徹底的にライバルをねたみ、それを学習のエネルギーに変えていけば良いのである。

しかし、ねたみの感情は、場合によってはマイナスの感情や行動を引き起こす。

そうならないためには、「ポジティブな感情:ネガティブな感情=3:1」を意識することが重要だという。

つまり、ねたみを構成する「怒り、悲しみ、恐れ」の感情はネガティブな感情のため、ねたみだけを感じてライバルと競争していては「3:1の黄金比」にはならない。

だから、「自分はねたんでいるな」と感じたら、

「ライバルとの競争を楽しむ」

「競争しながら成長している自分をイメージする」

「ライバルを凌駕したときの爽快感をイメージする」

などといったふうに、ポジティブなことを三つ考える。

すると、3:1の黄金比にどんどん近づいていくという考え方だ。

ねたみの感情をうまくコントロールすることに成長の秘訣があるということではないだろうか。

2017年7月 7日 (金)

残業ゼロ!時間管理のコツ39/水口和彦

39 記憶を頼りにしていると仕事の手順はなかなかよくなりません。これを改善するには、自分の記憶はあまり当てにならないという前提で行うのが、仕事を上手に管理するコツです。

今、過重労働が問題になっている。

労基署が書類送検する案件も増加傾向にある。

また、国際比較においても、日本人の生産性の低さは際立っている。

では、仕事を効率よくするためにはどうすればよいのか。

本書ではその方法が紹介されている。

仕事の所用時間を正確に見積もる。

仕事は記憶に頼らず記録する。

仕事は先延ばしせず、計画通りに進める。

スケジュールに予定を詰め込みすぎない。

等々である。

つまり、残業が多い人というのは、仕事に使える時間が少ない、ということを分かっていない人だといえる。

「仕事に使える時間はこれだけしかない」と思っていれば、効率よく仕事をしようと意識するはずである。

つまり、まずは記録することによって意識を変える。

まずはここからではないだろうか。

2017年7月 6日 (木)

トランプ後の世界 第2幕/木村太郎

Photo 実際に、デモは行われました。
 しかし、拍子抜けするほどに小規模で、事前に聞かされていた大規模な抗議行動の盛り上がりを、私は見ていません。
 たとえば、大統領就任式の前日(2017年1月19日)に、ナショナルプレスセンタービルで取材の準備をしていたところ、すぐ近くの屋外をデモ隊が行進しているのが見えました。
 規模は数十人で、その中の一人が紙に火をつけて気勢を上げようとしたら、すぐに警察官に取り囲まれ、その場から排除されました。
 私たち日本の取材関係者は、この一連の出来事を目の前で見ていました。

大統領就任式の翌日の新聞を見ると、各紙は横並びで「ワシントンで大騒動」といった具合の刺激的な見出しで、大統領就任阻止のデモ行進が盛り上がっていたと〝センセーショナル〟に報道していた。

ところが現地取材した著者によると、いずれも小規模なものであったとのこと。

これは何を示しているのだろう。

トランプ大統領がよく口にする「フェイクニュース」といった類のものだろうか。

新聞の第一の使命は「事実を伝える」ことである。

確かに新聞社はそれぞれの主義主張があると思う。

しかし、それはあくまでも事実を伝えた上でのこと。

事実を曲げて伝えていたのでは、新聞はその使命を果たしているとは言えない。

ところが最近、その傾向が露骨になってきている。

たとえば、加計学園問題。

新聞各社は都合の良い情報はセンセーショナルに伝え、都合の悪い情報は伝えない。

それがあまりにも露骨で気持ちが悪い。

私は毎日と産経と日経をとっているのだが、特に毎日と産経は正反対と言ってよい。

権力を監視するのがマスコミの役割だとよく言われる。

しかし、自分たちこそが権力者であることを忘れてしまっているのではないだろうか。

マスコミは「第四の権力」と言われる。

こんなことを続けていると、ますますその信頼性は損なわれてくる。

いや、もうすでにマスコミは「裸の王様」状態になってしまっているのではないだろうか。

2017年7月 5日 (水)

海上護衛戦/大井篤

Photo 戦争における経済封鎖というものの効果がもっと認識されていたならば、ことに日本側軍部によってそれが認識されていたならば、太平洋戦争はもっと早く終止符がうたれ、少なくとも、昭和二十年八月におけるこの二つの不幸な出来事(原爆投下とソ連参戦)はなしにすまされたのではないだろうか。いや、そもそも日本が太平洋戦争そのものへの途を歩むことになったのは、日本経済の海上依存の致命性に対する指導層の認識が、不徹底だったからではないのか。

本書は、海軍で海上護衛総司令部参謀をつとめ、シーレーン確保の最前線に立っていた著者がその戦略を綴った護衛戦の貴重な体験記である。

戦争というものは人間、社会、国家、さらに大きくは人類文明全体の長所短所を丸裸にしてあらわすものである。

これを研究することは、必ずしも、将来の戦争に備えるためのものとは限らない。

それを研究することは、人間、社会、文明の探究にも役立つ。

戦争そのものは悪であり、避けねばならぬものであるが、そのことをハッキリさせ、それを避ける方法を考え出すためにも、戦争の経過を回顧し、これを分析し、批判することが大切だ。

二度と無駄な戦争を起こさないためにも、戦争を研究することは大切だ。

著者が属していた海軍には二大重要作戦任務があった。

一つは主として連合艦隊の相当する敵艦隊撃滅の任務。

もう一つは海上護衛司令長官の指揮のもとに行う海上交通保護の任務である。

著者は後者の参謀を務めていたわけだが、日本の海上護衛への無理解が無謀な戦争を起こす原因を作り、また長引かせたのだと言っている。

護衛作戦が「沈黙の作戦」と言われていた。

この「沈黙」ということ、「発表されない」ということは「認められない」ということである。

人間は生きている以上、自分の存在を認められたいと思っている。

その存在を認められないほどバカらしいことはない。

誰だって、「最も存在価値の認められるものに寄与したい」のは人情だ。

こんなことからも、護衛などはとかく二の次にされやすかった。

だから「ヒト」「モノ」「カネ」すべてが不足していた。

端的に言えば、日本が無謀な戦争に突入したのは、石油を断たれたからである。

シーレーンの確保がいかに重要なことであるか、歴史から学ぶ必要があるのではないだろうか。

2017年7月 4日 (火)

MBAで学ぶ負けない戦略思考「ゲーム理論」入門/若菜力人

Mba ルールは守るものではなく、自分に都合よく変えていくもの。
 律儀にルールを守る私たち日本人にはなじめないかもしれませんが、これが戦略ゲームの必勝法なのです。

この考え方、日本人にはなかなかなじまないかもしれない。

潔くない、卑怯、という言葉がでてきそうだ。

そんなことを許していたら何でもありじゃないか、という声が聞こえてきそうだ。

しかし、「ルールを変える」ということはあらゆる場面で行われている。

特に目につくのは、スポーツの世界である。

記憶に残っているのは、オリンピックで鈴木大地が背泳ぎで金メダルを取ると、バサロ泳法の距離が制限されたり、スキーのジャンプで日本が優勝すると、スキーの板の長さが身長と比例する形に変わったりと、枚挙にいとまがない。

「ゲームの構造が自分に不利な場合、ゲームの構造自体を変えることを考えよ!」ということであろう。

自分に不利なゲームの構造を徹底分析した上で、「相手にとって有利なゲームのルール」を意図して戦略的に変え、自らにとって確実に有利となる構図に持ち込む。

これも立派な戦略である。

そして合理的な考え方でもある。

戦略的発想は日本人に欠けているものの一つではないだろうか。

2017年7月 3日 (月)

戦わない経営/浜口隆則

Photo自分らしくあれる場所、
戦う必要がない場所、
そんな場所が見つかったら、宣言しよう。
「ここは私の場所」だって、宣言しよう。

普通に経営をしていると、戦いこそが日常となる。

お客さんと戦い、競合他社と戦い、チームの仲間同士で戦い、協力業者と戦い、お金と戦い、時間と戦い、世の中の動きと戦い、そして、自分自身と戦っている。

そしてほとんどの経営者はそれが当たり前のことと捉えている。

ビジネスとは戦いだと。

しかし、成長している中小企業は戦っていない。

うまく競合しないポジションを見つけ、そこで独自性は発揮することによって、儲ける仕組みを作り上げている。

ブルーオーシャン戦略、ニッチ戦略、ランチェスター戦略等、これらが言っていることは、基本的には同じ。

つまり、無駄な戦いは避けよということ。

小さな会社の正しい戦略は、戦わないことといえるのではないだろうか。

2017年7月 2日 (日)

リーダーシップ3.0/小杉俊哉

30 支援者(Supporter)としてのリーダーは、ミッションを持ち、その使命感を持って事業創造を行なうのだが、リーダー本人が必ずしも答えを持っているわけではない。

著者は現代はリーダーシップ3.0の時代だと言っている。

時代によって求められるリーダー像は変化してきた。

1900年から1960年代までは、リーダーシップ1.0:権力者

1970年から1980年代までは、リーダーシップ1.5:調整者

1990年代は、リーダーシップ2.0:変革者

2000年代は、リーダーシップ3.0:支援者

このように解説している。

確かに、現代は先の見えない時代であるがために、権力をもって一定の方向に引っ張っていくスタイルのリーダーシップは求められない。

むしろ、有能な人の英知を集め、既存の技術や知識を用い、試行錯誤を繰り返すことによって、新しい価値を生みだす。

そのような「場」や「仕掛けづくり」がリーダーの役割となる。

したがって、リーダーのコミュニケーションは、メンバー一人ひとりと向き合う双方向性が必要になる。

コラボレーションを絶えず促すような動きを、リーダー自身が取る必要がある。

その点から、人間性や人間味も、非常に重要になる。

また、メンバーは社内だけとは限らない。

社外やネット上の参画意欲、能力のある人も非常に重要になる。

正しいことは何か、なぜやるのかを考え追究する姿勢が必要だ。

このようなリーダーシップは、昔のパラダイムにとらわれていると機能しない。

むしろ、いかに過去のリーダーシップの呪縛から解放されるかが鍵になるということではないだろうか。

2017年7月 1日 (土)

芸人式新聞の読み方/プチ鹿島

Photo 同じできごとでも新聞によって素晴らしく扱い方が分かれるのだ。これを偏向と言う前に、どちらも読んで、お互いに見えている世界がどれだけ違うのかを興味深く眺めたほうがおもしろい。

本書では、一つの出来事をそれぞれの新聞がどのように報じているのか、比較している。

著者は各新聞を次のように表現しているが、よく特徴をとらえている。

『朝日新聞』は〝高級な背広を着たプライド高めのおじさん〟

『産経新聞』は〝いつも小言を言ってる和服のおじさん〟

『毎日新聞』は〝書生肌のおじさん〟

『東京新聞』は〝問題意識が高い下町のおじさん〟

『日本経済新聞』は〝現実主義のビジネス一筋おじさん〟

『読売新聞』はずばり〝ナベツネ〟

と、まあ、こんなところだ。

我が家では、毎日、産経、日経をとっているのだが、今回のテロ等準備罪でも、毎日と産経では正反対の論じ方をしている。

毎日が「強行採決」と報じると、産経は野党を批判する。

でも、これはある意味、健全だと思う。

むしろ問題なのは、新聞を1紙しかとっていない人である。

どうしても考え方が偏ってしまうのではないだろうか。

そしてテレビメディアもアブナイ。

今回のテロ等準備罪もすべてのテレビ局が反対の立場をとっていた。

物事には多様な見方があって当たり前。

それが同じ意見、主張になるのは気持ち悪い。

その意味では、新聞はまだ健全といえるのではないだろうか。

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