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2017年8月の31件の記事

2017年8月31日 (木)

謙虚なコンサルティング/エドガー・H・シャイン

Photo 謙虚なコンサルティングでは、これまでとは全く異なる関係をクライアントと結ぶことになる。コンサルタントとして、「なんとかして役に立ちたい」と思って全力を尽くすこと、誠実な「好奇心」をあふれんばかりに持つこと、適切な「思いやりのある」姿勢を持つこと、クライアントの本当の思いを積極的に突きとめようとすることが前提になるのである。

優れたコンサルタントに抱く一般的なイメージは、クライアントの抱えるどんな難題でも、「答えはこれです」と正解をしめす存在、というものであろう。

しかし、現在、クライアントが抱える問題は、非常に複雑になってきている。

それほど単純なものではない。

著者は、いまのような時代、求められるのは「謙虚なコンサルティング」であると言っている。

そして、本当の支援とは、コンサルタントの手助けによって、クライアントが、問題の複雑さと厄介さを理解し、その場しのぎの対応や反射的な行動をやめて、本当の現実に対処することであるとしている。

自分が手助けすることによって、相手が「気づく」ことに集中する、これが、謙虚なコンサルティングの最大の特徴といえる。

注目すべきは、主語が「クライアント」である点だ。

コンサルタントは自分で答えを出すのではなく、クライアントが自ら道を見出せるよう支援する。

重要なのは、どんな問題に悩まされているかをクライアントが隠さず話せること、それも遠慮なく安心して話せること。

そのため、謙虚なコンサルティングでは、クライアントとのあいだにこれまでにない個人的な関係が必要である。

そのためのポイントはクライアントとの関係性である。

どんな関係性が理想的なのか。

著者は4つのレベルを示している。

レベルマイナス1は、ネガティブな関係。

これは問題外。

レベル1は、取引上の、お役所的な、ほどほどの距離を保った関係。

専門家としてほどほどの距離を保つレベル1の関係は、支援者が問題を正しく診断し、いつでも使える有効な解決策を持っているかぎりはうまくいく。

しかし、これではクライアントは、心の内にある本当の問題を話してくれない可能性があり、本当の解決には至らないことが多くなる。

レベル2は、個人的な関係。

このレベルの本質は、クライアントが「支援される人」、つまりほどほどの距離を保つ必要のある他人ではなくなり、もっと個人的な話のできる、唯一無二の相手になることである。

レベル3は、親密さ、愛着、友情、恋愛感情。

レベル2で生まれる関係は深すぎるものではないが、それを超えた「親密な」あるいは「近しい」間柄と呼ばれるのが、レベル3の関係である。

このレベルの関係では、より強い感情が絡んでおり、レベル2の信頼や率直さがすべて築かれたうえでさらに、必要に応じて熱心に支援し合い、気持ちや愛情のこもった態度を互いに積極的に示すことが当然だと考えられる。

しかし、組織に関する仕事では、レベル3の関係は避けたほうがいい。

なれ合いや身内びいき、えこひいきとなってしまう。

これらは、仕事をするうえでさまたげになる。

謙虚なコンサルティングをするためには、レベル2の関係を築くことである。

それによって、信頼し合い、率直かつ誠実に話していることを双方が信じられるレベルの心地よさを得られる。

レベル2と言っても、率直さや信頼が意味する範囲はやはり広い。

謙虚なコンサルタントは、より個人的なことを尋ねるか打ち明けることによってレベル2の関係を築く必要がある。

同時に、レベル1の特徴であるほどほどの距離を保つ堅苦しさや、レベル3の親密な間柄でされるような質問や個人的な話をしてプライバシーの侵害だと感じさせたりするのは避けなければならない。

コンサルタントにとって、クライアントとの距離感がいかに重要であるかということではないだろうか。

2017年8月30日 (水)

ステーキを売るなシズルを売れ/エルマー・ホイラー

Photo あなたが売るあらゆる商品に「シズル」が隠されている。それらを見つけ出して、販売に生かすのだ! まずシズルをぶつけることによって、お客様の心に欲望を呼び起こそう。そうすれば、必要な技術的説明にも、楽に入っていける。

30年位前、セールスの仕事をしていた時、読んだ覚えがある本である。

久しぶりに読んでみた。

「シズル」とは、ステーキをジュージューと焼く、あの音のこと。

人はステーキのジュージューと焼く、その音に惹きつけられてステーキを注文する。

つまり「シズル」とは、お客様がそれを買いたくなる主要な理由のこと。

あらゆる商品に「シズル」が隠されている。

それらを見つけ出して、販売に生かすことが重要。

まずシズルをぶつけることによって、お客様の心に欲望を呼び起こす。

そうすれば、必要な技術的説明にも、楽に入っていける。

気の利いたウェイターなら、シャンパンを売るのではなく、シャンパンの泡を売るのだということをよく知っている。

食料品店の店員は、コーヒーを売るのではなく、その風味を売っている。

チーズが売れるのは、その匂いのおかげだ。

保険のセールスマンは、危険に対する安心感を売るのであって、一カ月あたりの掛け金の支払いを売るのではない。

健康的、快適、手間がかからない、腰が痛くならない、家がきれいになる、こういったことが、電気掃除機の「シズル」である。

どんな自動車のなかにも、どんな保険のなかにも、どんな食料品のなかにも、どんな化粧品のなかにも、人々がそれを買おうと思う理由がひそんでいる。

このような理由を「シズル」と呼ぶ。

これらを明確にし、それを言葉にしてまとめ、相手に伝える事。

ずいぶん昔に書かれたセールスのバイブルと言ってもよい本だが、セールスの基本は今も全く変わっていないと言ってよいだろう。

2017年8月29日 (火)

自分を見違えるほど変える技術/ケリー・パターソン、他

Photo 変化の原則は、「今、その瞬間に与えられる報酬や罰則を、新しい、望ましい習慣と直接的に関連付ける。それによって脱線する確率を大きく減らすことができる」

多くの人が自分を変えることが出来ないがために、人生を無為に過ごしている。

ある調査によると、組織で働く87%の人が上司から指摘された行動を改善できなかったために昇進や昇給が見送られる経験をしていたという。

行動を改める必要を感じていても、その方法がわからなかったのである。

また、人間関係が悪化する根本的な原因は相性ではなく、本人たちの行動であることがわかっている。

関係を修復して親密な関係を取り戻せる人々は、自分の行動を変化させられる人たちだった。

では自分の行動を変えるためにはどうすれば良いのか。

ここで多くの人が間違ってしまうのは、「意志の力」で変えようとすること。

そして変われないのは「意志の力」が弱いからだと思ってしまうこと。

でも、「意志の力」のせいと見えていたものは、実は「スキル」のせいではないのか?

誘惑に打ち勝った人たちがそうできたのは、強い気持ちのせいではなく、そうするスキルがあっただけのことではないのか?

その人たちは、他の人にはないスキルを一つか二つ持ち合わせていただけではないのだろうか?

本書で示している自分の行動を変えるスキルはポイントが二つある。

一つは、「決定的瞬間」を知ること。

私たちが自分の決めたことが続かず、誘惑に陥ってしまう「決定的瞬間」がある。

自分の何かを改めたいからといって、絶え間なく頑張り続ける必要などない。

いくつかのハイリスクな瞬間を意識するだけでいい。

そのような瞬間を決定的瞬間と呼ぶ。

まずは、これがどのような時、どのような状態の時に起こるのか、これを知ること。

もう一つは、自分の決定的瞬間がわかったら、衝動が起きたときに備えてルールを決めておくこと。

そのときに正しい行動を選択できれば、望む結果につながる。

これを重要行動と言う。

重要行動を用意する手っ取り早い方法は、自分の決定的瞬間を念頭に置きつつ、その克服に関わる三つの行動を自分向けにアレンジすること。

これをするだけでも、自分の行動を変えることが出来るのだという。

少なくとも、変われないことを、自分の「意志の力」のせいにしないことである。

2017年8月28日 (月)

平成紀/青山繁晴

Photo「英語のYES、NOは、相手の言葉に含まれた事実そのものに合わせてのYES、NOだろ。日本語は相手の言い方に合わせて、はい、いいえを使うんだよ。」

現参議院議員の青山氏の著書には珍しい小説である。

舞台は1989年前後の宮内庁周辺。

各社の記者たちが天皇の崩御と次の元号の取材で競っている様子を描いている。

1989年1月に昭和天皇が崩御され、その年の11月にはベルリンの壁が崩れ、翌年は東西両ドイツが統一し、その翌年はあっという間にソ連が崩壊した。

振返ってみれば、この年は世界が変わったターニングポイントと言える時期である。

それはそれで面白く読めたのだが、興味深かったのは上記抜き書きの記者の言葉。

つまり、英語の「YES」「NO」と日本語の「はい」「いいえ」は違うということ。

英語は、相手との関係ではなく、事実そのものとの関係で「YES」「NO」を言う。

一方、日本語は事実そのものではなくて、相手との関係で「はい」「いいえ」を言う。

英語は事実関係を問題にし、日本語は相手との関係性を問題にする。

もしかしたら、これ、単なる言葉の問題ではなく、日本人と欧米人の事実との向き合い方の根本的な違いとなっているのではないだろうか。

2017年8月27日 (日)

超速片づけ仕事術/美崎栄一郎

Photo 片づけなければいけないのは、まわりの人ではなく、自分の気持ちなのです。

働き方改革が叫ばれている。

確かに日本人の生産性は低いし、残業も多い。

働き方にムダが多い証拠であろう。

本書では仕事の効率とスピードを上げるために、モノやパソコンのデスクトップ、タスク、メール、人間関係、情報など、仕事にまつわるあらゆるものを手間と時間をかけずに片づける「仕事術」を紹介している。

中でも人間関係のムダは意外と見落としがちだ。

ムダなお付き合いは、確かに多い。

また、自分と合わない人と仕事をすると生産性は明らかに下がる。

しかし、モノと違ってムダと分かっていてもバッサリといかないのが人間関係のむずかしいところ。

仕事をより速く進める、よりよいクオリティに仕上げるために大切な要素のひとつに「気持ち」がある。

あたり前の話だが、気持ちは仕事に対するモチベーションに大きな影響を与えまる。

そして、気持ちというのは、一緒に仕事をしている人との関係性に大きく左右されることが多いもの。

その意味では、自分と合わない人と一緒に仕事をするのは、時間以上に気持ちにも悪影響を与える。

大事なことは基準を決めることであろう。

そして基準を決めたら、そのほかの人のことは意識から片づけ、気にしないようにする。

人間関係の整理とは、自分にとって心地よい場所をつくる行為といえよう。

2017年8月26日 (土)

「ありがとう」と言われる商い/小阪裕司

Photo あるワクワク系の寝具店では、たとえば枕を買いに来たお客さんにこう言うそうだ。
「実は今日、あなたは枕を買いに来たんじゃないんですよ」
 枕を買いに来店したお客さんに言う言葉としてはいささか奇妙だし、きょとんとするお客さんもいるそうだが、最後には皆納得する。なぜなら、店主が言いたいことは次の一言だからだ。
「あなたは今日、ぐっすり眠れて、いい目覚めをし、気持ちのいい一日を送る、そういう日々を買いに来たんですよ」

かつての日本では「三種の神器」や「3C」という言葉が流行った。

「三種の神器」とはテレビ、冷蔵庫、洗濯機

「3Ⅽ」とはカー、クーラー、カラーテレビ

その時代の人々がどうしても欲しいものだった。

しかし、今はモノやサービスがあふれている時代。

どうしても欲しいモノは見当たらない。

物質的に満たされている消費者は、もはや単なるモノやサービスでは買いたくならない。

彼らが買いたくなるような「価値」をお客さんの心の中に生み、実際のモノやサービスを通じて提供することのできる、価値創造型ビジネスに切り替えていかなくてはならない。

自社の提供しているモノやサービスは顧客にどんな価値を創造しているのか。

これを言葉にして提案する。

著者が提唱するワクワク系では、

動機づけ――お客さんの「買いたい!」のスイッチを押す

絆づくり――人間関係を育み、顧客コミュニティをつくる

仕組みづくり――一つひとつの活動のつながりをつくる

この3つを基本としている。

これが必要な時代になってきたということではないだろうか。

2017年8月25日 (金)

銀行はこれからどうなるのか/泉田良輔

Photo テクノロジーが起こす変化を考えれば、「今後の銀行の役割は何か」ということを考え直さなければならなくなる。
 結論から言えば、銀行の役割は、貸出や投資機会を見極める「目利き」にある。ここで他の銀行業あるいは異業種との競争に敗れれば、存在意義を問われることになる。

今、5つの困難が銀行を取り巻いている。

第1に、貸出先や運用先がない

第2に、預金の魅力がない

第3に、異業種との競争環境激化

第4に、規制の複雑化とその管理の難しさ

第5に、大きすぎて変われない

一方、銀行の機能は次の3つに集約される。

第1が、借り手と貸し手の仲介をする「金融仲介機能」

第2が、預金がさらなる預金を生み出す「信用創造機能」

第3が、現金を直接使わずに銀行口座でさまざまな決済ができる「決済機能」

である。

このような環境の中で、銀行が生き残るには何が必要か。

著者は、最後の決め手になるのは、貸出や投資機会を見極める「目利き」だという。

サッカーや野球でもそうだが、お互いの力が拮抗しており、試合が膠着している場面では、選手の「わずかな技術の違い」が勝負の行方を決めることがある。

たとえば、対峙する選手の重心移動と逆の動きをとることで局面が打開できたり、打開されたりすることがある。

膠着した試合が動くのは、ややもすればそうした見逃しがちな「点」であり、その組み合わせが試合を決めていく。

今、銀行が直面しているのは「点の競争」である。

では「点」とは何か。

それは人材であったりテクノロジーであったりする。

どのようなビジネスも、最後は人材が重要なことには変わりがない。

その上に、今後の銀行のビジネスにさらにテクノロジーの要素の重要性が増してきているのが今なのだと言えよう。

2017年8月24日 (木)

世界一わかりやすいマーケティングの本/山下貴史

Photo そう、ディズニーランドに行く人は、実体あるモノがほしくて行くわけではないのです。驚きや発見、そして感動にお金を支払っているのです。

本書はマーケティングの入門書である。

マーケティングで重要なのは、自社の商品やサービスは「どんな価値を提供しているのか」ということ。

たとえばティズニーランドに行く人は、「体験」という価値にお金を払っている。

さまざまなしかけに価値を感じ、お客は夢の空間に自分自身を重ね、高い入場料を払ってでも出かけたくなる。

「体験」というエンターテインメントを楽しんでいる。

小説が提供しているのも、物語による喜びや感動といったエンターテインメント性。

高級ブランドは、商品そのものというより、それを身に付けることによるステータス感だろう。

高級ブランドを身につけることで、自分のステータスが高まると感じたり、同じブランドを持つ人と共通の社会に生きていることを実感できる。

高級ブランド品は、自分自身のステータスを高め、また無意識レベルの仲間作りもしてくれる。

いわば、ステータス感、仲間感という価値の提供である。

自社の商品やサービスはどんな価値を提供しているのか?

モノではなく体験を売る。

大事な視点ではないだろうか。

2017年8月23日 (水)

スティーブ・ジョブズ全仕事/桑原晃弥

Photo マック・チームは「週90時間労働、大好き」と印刷されたTシャツを着ていたという。実際、主要メンバーは猛烈に働いた。
「僕らは毎週7日間、毎日14時間から18時間ぶっ通しで働いた。2年間ずっとね。いや、3年かもしれない。それが僕らの生活だった。でも、みんなそれを楽しんでいた」
「残りの人生を、ある意味捧げてもよいと思っていた」

「ワーク・ライフ・バランス」が叫ばれている今、この働き方は真逆を行っている。

さながら「ワーク・ライフ・アンバランス」と言えよう。

場合によってはブラック企業と批判されるかもしれない。

しかし、ブラックかそうでないかは、そこで働く当人が決める事。

実際、マック・チームは高いモチベーションで自ら進んで働いていた。

負荷に耐えながら猛烈に働き、アイデアを練り、プレーヤーたちを鼓舞できたのはなぜか。

「世界を変えるコンピュータをつくりたい」という強い情熱に支えられていたからだった。

実際、ジョブズは「情熱がたっぷりなければ生き残れない」と言い、安易な金儲けに走る起業家には、こう忠告している。

「本当に情熱を注ぎ込めるものを見つけるまでは、皿洗いか何かの仕事をやったほうがいい」

情熱は人生のガソリンだ。

少ししかなければ、投げ出しやすく諦めやすい人間になる。

情熱さえ満タンなら、何が何でも目標に向かい、壁をも打ち破る人間になる。

脳内物質アドレナリンを噴出させて仕事に熱中する。

「ワーク・ライフ・バランス」という言葉には反している。

だが、どうだろうか。

時にはバランスを失うほど熱中してこそ人生は面白いのではないだろうか。

本当に心の底から望む仕事に出会ったら、誰だって自分のすべてを捧げて惜しくないと思うはずだ。

人にはそんな時期があっていい。

しゃにむに働いているうちに量が質に転化し、質の高い仕事が自然にできるようになる。

効率は、膨大な仕事の量と時間の中で体得してゆくものだ。

2017年8月22日 (火)

感情的にならない気持ちの整理術/和田秀樹

Photo 「自分こそが正しい」と思っている人は、自分と異なる意見を持つ人に対して、強烈な敵対心を抱きます。結果的に、常に他人に対して怒りの感情を持ちながら過ごすことになります。

「正義」とか「正しさ」という言葉は、ある意味、危険な言葉だ。

「自分のほうが正しい」

「いや、絶対に自分は間違っていない」

このように、どっちが正しいかという議論を延々と続けても解決できるわけではない。

正しさで自分を縛れば縛るほど、不機嫌やストレスから逃れられなくなる。

角度を変えて見れば、いろんな正しさがあるもの。

唯一絶対の正解なんてない。

人間にはいろんな価値観があって当然。

このような柔軟な姿勢を持つことは重要だ。

つまり、「物事は○○でなくてはならない」

このような、物事を一方的に決めつける考え方こそが、人間を最も不機嫌にさせ、不安に陥れる。

そもそも人間の考え方は偏っているもの。

その偏りを自覚すれば、自分の「正しさ」に固執することがなくなる。

結果として、相手の行動にいちいち目くじらを立てることがなくなり、感情に振り回されることを回避できるのではないだろうか。

2017年8月21日 (月)

渡された場面/松本清張

Photo答 信子ハ、私ト景子ノ間ノコトハマッタク知ッテナカッタデス。
問 オヤ、何ト言ッタ? 信子ト言ッタネ? 見タコトモ会ッタコトモナイ真野信子ヲ、ソンナ馴レ馴レシイ調子デ信子ト呼ビ、シカモ信子ハ私ト景子ノ間ヲ知ッテナカッタ、トイウノハ、ドウイウコトカ。君ハ思ワズ口走ッタネ。

上記は下坂容疑者への警察訊問調書の最後の箇所。

信子のことを知らぬ存ぜぬと言い続けていた下坂の矛盾が露呈した瞬間。

この小説はここで終わっている。

奇想天外な話である。

全く違う二つの殺人事件を、同人雑誌に掲載された一つの小説が結びつける。

無名の作家の書いた一見凡作に見える作品のなかで6枚程度の部分だけが秀逸だった。

実はこの箇所は盗作だった。

そして、これは単なる盗作騒動で終わるのでなく、二つの殺人事件を結びつけるカギとなる。

そのキーを握る人物が信子という女性。

若い女性二人を、もてあそび二人とも懐妊させ、邪魔になった一方の女性である信子を殺害してしまう有名陶芸店の下坂一夫。

坊ちゃん息子の下坂は道楽で小説を書いていて、信子は下坂の為にと、密かに著名作家の原稿6枚を下坂に与えてしまう。

下坂は、その原稿を盗用して同人雑誌に投稿し、それが評判となる。

それをある刑事が発見する処から話が展開する。

しかし、殺され土中に埋められた信子は、余りにも可哀そう過ぎる。

身勝手な男に弄ばれ、何一つ報われず、殺されてしまうのだから。

2017年8月20日 (日)

死ぬ気で働いたあとの世界を君は見たくないか!?/早川勝

Photo なぜ、いつも相手の機嫌を取りながら、自分を殺して生きているのだろうか。
 なぜ、もっと自分を優先して言いたいことを主張できないのだろうか。
 特にアポ取りでは、自分の都合を最優先する習慣をつけたい。

アポ取りで自分の都合を最優先することを著者は勧めている。

ちょっとしたことにようだが、これは非常に大事なことだ。

売れる営業マンと売れない営業マンとの違いでもある。

売れない営業マンは自分を相手に合わせる。

しかし、売れる営業マンは相手を自分に合わせさせる。

前者は相手に振り回され、後者は相手をコントロールする。

前者は時間的にも心理的にも余裕がなくなり、後者は全てを余裕をもって行える。

前者はすぐに仕事が行き詰まり、後者は末広がりに仕事が広がってゆく。

前者は顧客第一主義を間違って捉えており、後者は真の意味での顧客第一主義を実現する。

アポ取りのちょっとした違いがこのような違いをもたらす。

お願いすればするほど売れないが、断れば断るほど売れる。

これはビジネスの鉄則だ。

主体的に生きる事。

全ての人は、もっとこれを意識して生きてよいのではないだろうか。

2017年8月19日 (土)

求道心/加藤一二三

Photo そんなとき中原名人が席を外します。この機会を利用して、私は中原名人の側に回って、対局相手の視点で盤面を覗いてみました。
 そのとき念頭に置いたのは、「自分がよい手を指したいという視点ではなく、相手から見てこう指されたら一番嫌な手というものが浮かぶかもしれない」ということ。

藤井聡太四段が連勝記録を打ちたてるかどうか話題をさらっていた時、「ひふみん」こと加藤一二三九段のメディアでの露出も増えてきた。

加藤氏もかつて天才棋士と呼ばれていた。

加藤氏は数々のエピソードを持っているが、その中の一つに「ひふみんアイ」がある。

対局の途中で休憩になった時、相手方から盤面をじっと見つめる。

加藤氏の代名詞ともなっているこの行為だが、そのきっかけとなったのが中原名人との対局だったという。

加藤氏はこの対局に勝利した。

この勝利以降、加藤氏は対局相手の側に回って盤面を見ることが多くなった。

それで、この行為が、将棋界で有名になったというのである。

でも、将棋以外でも、何か行き詰まった時、視点を変えて見るということは有効だ。

人はどうしても自分中心に物事を見てしまう。

しかし、それでは行き詰まることが多い。

そんなときには視点を変えることである。

相手の側に立って考えてみる。

時間軸を変えて見てみる。

地理的な条件を変えて見てみる。

様々な視点の変え方がある。

これを身に付けるだけでも、新しい局面が開かれてくるのではないだろうか。

2017年8月18日 (金)

世界で活躍する人は、どんな戦略思考をしているのか?/塩野誠

Photo ニュースは誰かのバイアスがかかっているものとして観察すべきです。例えば政府関連の報道で写真や映像があったら、なぜそれを撮らせたのか、一方で何を撮らせなかったのかを考えることが第一歩となります。

トランプ氏の影響もあってフェイクニュースという言葉が流行っている。

全てのニュースがそうであるとは思わないが、ニュースには必ず発信する側の意図が入っていることは知る必要がある。

誰がどんな意図で情報を流しているのかを想像する習慣を付けることは重要だ。

政府や行政から発信される情報には世論形成のための意図が入っている。

政府周辺には記者クラブがあり、そこに新聞社などの記者は詰めているが、そこでの記者へのレクチャーは政治家や官僚が「世論に風を吹かす」という意識を持って行なっている。

更にそれを伝える新聞社の姿勢によって、その情報に更にバイアスがかかる。

発信される情報において、バイアスのかかっていない中立的なものは存在しないと断言してもよい。

また、今、情報はテレビや新聞だけでなく、ネットの記事やユーチューブを通しても伝えられている。

中にはクズのようなニュースもあるのだが、要は、それらを比較してみることで何が真実かを見極めることである。

メディアリテラシーは日頃から複数の情報源に当たることで蓄積されていく。

溢れるばかりの情報が氾濫する現代だからこそ、それら見る目を養う必要があるのではないだろうか。

2017年8月17日 (木)

人工知能の核心/羽生善治、NHKスペシャル取材班

Photo 高度に発展した人工知能が登場したことの意味は、人間の知性を超える存在が現れてしまった……という単純な話ではないのです。現在の人工知能には、明らかに得意な分野と苦手な分野があり、まだまだ万能の存在ではありません。それどころか、人間には簡単にできることが、まったくできないこともあります。

近年の人工知能の発展は目を見張るものがある。

今後10年から20年後には今の仕事の半分近くが人工知能やロボットにとって代わられるという調査もある。

働く人にとっての脅威である一方、期待もある。

特にこれから人口減少社会に突入し、労働力が減る日本にとって、救世主になるかもしれない。

大事なことは何が人工知能が得意分野で何が不得意分野なのかということをしっかり認識することだ。

たとえば、将棋で言えば、人間にあって人工知能にはないのが、手を「大体、こんな感じ」で絞るプロセス。

棋士の場合には、それを「美意識」で行っているが、人工知能にはこの「美意識」にあたるものが存在しない。

それは一体、なぜか。

羽生氏はその理由は、人工知能に「恐怖心がない」ことと関係しているいう。

いくらこれが正しい手だと言われても、生理的に指したくないという経験は、将棋の棋士にはよくあること。

社会のマナーや倫理の問題となれば、さらに大きな問題になる。

これが現在の人工知能にはない。

これは逆に言えば怖いことで、暴走する危険性があるということ。

また、複雑な文脈を踏まえた判断はまだ人間が優れている。

私たちは、焦げたにおいを嗅いだときに、それが焼きたてのパンの香ばしいにおいなのか、それとも火事の前兆なのかを、シチュエーションからほぼ正しく察知することができる。

でも現状のコンピュータは、そこまではいっていない。

人間は、「学習」と「推論」をスムーズに同時に行うことが可能である。

そこには、人間が複数の概念を組み合わせて理解する能力を持っていることが影響しているという。

こういうことは、まだ人工知能が苦手とする部分。

しかし、これも「現時点では」という前置きが付く。

やがてはこのような課題も人工知能はクリアするのではないだろうか。

ますます人工知能と人間の線引きがなくなってくるような気がする。

遠くない未来に。

2017年8月16日 (水)

人生が変わる会話術/丘村奈央子

Photo 共通点にこだわらず、違いを見つけて質問をつくる。これが会話の必須メソッドです。

人との信頼関係を築き、会話を弾ませるためには、相手との共通点を見つけ、それを話題にすること、とよく言われる。

ところが、著者は全く逆のことを勧めている。

「違いを見つけて質問をつくる」ことが大事だと。

二人の人が会話をしたとする。

二人の共通点はおそらく、1%くらいであろう。

逆に大部分は「違い」の部分である。

ということは、共通点をもとに会話をするとは、その1%内の話題で話さなければいけないということ。

これはかなりリスクが高い。

もともと狭い範囲しかないので、始まってもすぐ話のネタが尽きてしまう。

また、「共通点を探さなければ」という思い込みにとらわれると、そのことに心を奪われてしまう。

これでは楽しい会話にならない。

でも共通点を探すという思い込みから抜けると、隣には「共通ではない」領域が広がっている。

話を長く展開させるのであれば、共通ではない話題を使ったほうが確実に続く。

他人同士の「共通ではない」範囲は、人の想像が到底及ばないほど広大だからである。

ここからタネを見つけて会話のきっかけにしていく。

また、違いを話題にすれば「相手は知っていて自分は知らない事柄」から展開することになる。

聞き手からすれば聞けば必ず新しい情報が入り、自分の知識が増える。

知識を増やそうというモチベーションは、聞き手が「もっと聞きたい」と思える充分なエンジンになる。

「そうなのか!」という発見があると、人はもっと聞きたくなる。

自分が知らないことを話題にすれば、「自分が気持ちよく聞ける」という気持ちを自然につくることができる。

聞き手が本心から聞いているかどうかは、あからさまなほど相手に伝わる。

人は「気持ちよく聞けない」状態を察すると、気遣いで話を切ることすらある。

人に話したくなるのは、相手が自分に関心を持っているとわかるからだ。

「この人は私の話に興味を持ってくれている」と相手が分かれば、会話は弾む。

「共通点にこだわらず、違いを見つけて質問をつくる」

これは意外と盲点になっているのではないだろうか。

2017年8月15日 (火)

上手に「言い返す」技術/吉野秀

Photo 元総理の小泉純一郎さんは、3つの演出方法を持っていた。それは「絶叫」「棒読み」「はぐらかす」で、これらを巧みに組み合わせていた。この手法で「迫力があって、軸がぶれない人」のイメージも作られ、小泉さんの言っていることは正しく聞こえた。総理でなくなってからは、いろいろなことがやりっ放しだったとわかったのだが、あの当時は、多くの国民が「改革」「自民党をぶっ殺す」「郵政民営化」など必ず実現してくれると信じていたのだ。

社会で生活している以上、トラブルやミスは必ず起こる。

だから、問題の発生時に「どうして起こったのか」「現状はどうなっているか」「これからどうすべきか」を考えることが重要だ。

それと同時に、上手に言い返す技術も必要だ。

何しろ、人間は感情の動物だ。

話していることが正しくても、話し方が悪ければ、相手は感情的な反発を持つ。

こうなってしまっては元も子もない。

本書によると、言い訳のタイプには4つある、という。

それは「意表つき」「すり替え」「褒め抜け」「萎え技」だ。

「意表つき」は、まったく脈絡のないフレーズを発し、相手をあきれさせるタイプ。

「すり替え」は別な話にすり替えることによって、相手の気をそらせる方法。

「褒め抜け」は、相手を褒めてその場を回避しようとするタイプ。

「萎え技」は、相手の気分を萎えさせて何も言えなくさせるタイプ。

何れも正攻法ではない。

むしろ正攻法でないからこそ有効なのだろう。

小泉元首相もそのような技を持っていた。

国会でも、必ずしも正面から反論していなかった。

しかし、何となくみんなは納得してしまっていた。

それに比べると、安倍首相はあまりにもまじめ過ぎる。

小泉元首相であれば、モリカケ問題など、「何が悪いんだ」と開き直ったかもしれない。

そして、それを許せるようなキャラがあった。

仕事がうまくいくかどうかは人間関係による部分が大きい。

そのためには言い訳の技術は重要だ。

小泉元首相のように自分なりの得意技を持つべきではないだろうか。

2017年8月14日 (月)

キラーストレス/NHKスペシャル取材班

Photo さらにリサーチを進めていくと、新たなことが分かってきた。運動は単なる気晴らしなどではなく、自律神経の興奮を抑え、〝脳の構造を変える〟というのである。運動によってストレス反応の大元である脳が変化することで、ストレスが解消するというのだ。

ストレスとは何かを改めて定義してみると、それは「変化」であるといえる。

いいことであるにせよ、悪いことであるにせよ、ある状態から別の状態へと大きな変化があったとき、人間はそれをストレスとして受け止める。

もうひとつ、重要なことは、「生きている限り、ストレスがない状態はあり得ない」ということ。

「配偶者に先立たれる」こともストレスなら、「子どもや孫が誕生して新しい家族が増える」こともまた、ストレス。

言ってみれば、人間の誕生から死までが、すべてストレスの原因になり得る。

だから、生きている限り、ストレス・フリーの状態が訪れることはない。

そして、ストレスを減らすことに効果的なのは運動だという。

私はこれまで、運動が効果的なのは、身体を動かすことによってストレスを発散させることができるからだと理解していた。

ところが、それだけではないという。

つまり、運動は「自律神経に興奮を抑え、脳の構造を変える」のだという。

つまり、ストレス反応の大元である脳の構造を変えるというのである。

具体的には、神経細胞の突起が多いと、延髄の神経細胞が扁桃体から受け取る情報が増える。

その過剰な情報が自律神経に伝わり、興奮させてしまう。

しかし、運動することにより神経細胞の突起が減ると、受け取る情報が減り、延髄から適正な量の情報が伝達されるようになる。

結果、自律神経が興奮することもなくなる。

つまり、神経細胞の突起の数を減少させることが、ストレス反応の暴走を防ぐことにつながる、というのである。

重要なのは、運動によって神経細胞が変化する、つまり脳自体が変化するのが分かったこと。

変化を持続するためには、定期的に運動をすることが重要。

運動しなくなると、すぐ元に戻ってしまう。

私自身、毎日ジムに通い、運動している。

意外とこれによって、知らないうちにストレスに強い状態をつくり上げていたようだ。

2017年8月13日 (日)

スーパー管理者のストレス撃退法/松本幸夫

Photo 例えば、ストレスというのは、エアコンのようなものだ。温度調節が適度に合っていれば心地良い状態でいられる。しかし、強すぎると寒い、弱すぎると暑いので、調整が必要になってくる。

現代はストレス社会と言われている。

現に、ストレスによって心を病んでしまっている人が多くいる。

私たちはストレスをどのように受け止めればよいのか。

そのことにおいて、まず念頭に置かなければならないのは、ストレスゼロはあり得ないということである。

私たちが生きている限り、様々なストレスにさらされる。

だから、むしろ大事なことはストレスと共存するということではないかと考える。

よくコレストロールは悪玉と善玉があると言われる。

同様にストレスにも善玉ストレスと悪玉ストレスがあるのではないだろうか。

善玉ストレスは私たちを強くする。

善玉ストレスによってストレス耐性を高め、それをもって悪玉ストレスにも負けないようになる。

これが大事なことではないだろうか。

2017年8月12日 (土)

折れないリーダーの仕事/下園壮太

Photo 帰国した隊員に個別に送付したアンケートの中で、「何が一番のストレスだったか」という問いに対し、圧倒的に多かったのが〝人間関係〟という答えだった。

人間関係が一番のストレス。

これは自衛隊に限らず、組織の中で働く人、共通のものではないだろうか。

ではどうして人間関係にストレスを感じるのか。

それは人と自分とは違うにもかかわらず、あたかも人と自分とは同じであるかの如く接するからである。

たとえば、上司が部下に「期待してるよ!」とエールを送る。

当然、上司はこれによって部下がやる気を出すことを期待する。

ところが、部下によってはそれによってむしろやる気をそがれる者がいる。

上司にはそれが理解できない。

多くの場合、上司は「変わった奴」と切り捨てる。

しかし、部下は部下なりの理由があるもの。

こんな些細な言葉のやり取りにおけるギャップが積み重なって人間関係に亀裂が走る。

これは上司と部下の関係だけでなく、同僚同士、先輩と後輩等々、あらゆる人間関係でこれが起こる。

これが起こるのは、そもそも人間というものが分かっていないからである。

学ぶべきことは、「人」に関することである。

これはすべてのリーダーに共通する重要な要素だと思う。

2017年8月11日 (金)

クルマを売りたいなら、クルマの話はやめなさい!/高塚苑美

Photo コミュニケーションという点で考えれば、営業も恋愛も友人関係も、基本はすべて同じです。
 長続きする関係も、はじめはたったひとつの小さな共通点を見つけるところからのスタート。
 セールスパーソンだからという固定概念を外し、まずは、お客様との共通点をひとつだけ見つけることを心がけてみてください。

「商品を売る前に自分を売れ!」

セールスの世界で、古くから言われている言葉である。

売れるセールスマンと売れないセールスマンの違いも、これが分かっているかどうかにかかる。

つまり、売れないセールスマンは商品の説明を延々と続ける。

一方、売れるセールスマンは商品の説明はほとんどしない。

むしろ、お客様との共通の話題を早い段階でつかみ、そのことを話題にすることによって共感を得る。

お客様と共感できる話題をたったひとつ見つけるだけで、こちらから延々と商品説明をする必要はなくなる。

お客様との信頼関係は「たったひとつの共感」から始まる。

いかに相手と共通の話題をつかみ、共感を得るか。

それがよい人間関係を作り、仕事も人生もうまくいくようになる。

人生もセールスも同じと言えよう。

2017年8月10日 (木)

論語の活学/安岡正篤

Photo 牢曰く、子云う、吾れ試られず、故に芸ありと。

要するに人間は、あれもこれもと何でもできるなどというのは、決して自慢にはならぬということ。

それよりも何か一つのことに打ち込んだ方がよい。

現代でもこの孔子の言葉は当てはまる。

ある分野の達人と言われる人の話を聞くと、若い頃は不器用だったという人が多い。

不器用であるがゆえに、一つのことに打ち込まざるを得なかったのだと。

世の中には器用な人がいるものだ。

何でもすぐにコツをつかみ、人並みなことはすぐにできるようになる。

しかし、それはあくまで人並みなことができるというレベルである。

そこから更に、「この道のプロ」と言われるようになるためには、気の遠くなるような時間が必要になる。

その場合、器用さは邪魔になる。

何でもできるので、そこで満足してしまうからである。

不器用な人はそうではない。

「自分にはこれしかできない」という自覚があるので、それに打ち込むようになる。

1万時間の法則というのがある。

何ごとでも、一流になるためには1万時間が必要だとする法則である。

1日3時間、そのことに費やしたとしても年間千時間。

それを10年間続けて1万時間となる。

気の遠くなるような長い時間である。

人間の能力の奥深さもこんなところにあるのではないだろうか。

2017年8月 9日 (水)

誰も知らない憲法9条/潮匡人

9 今日、学界の通説を代表しているのは、本書で何度も「芦部憲法」と引用した芦部信喜著『憲法』(岩波書店)です。以下のように述べています。
 「現在の自衛隊は、その人員・装備・編成等の実態に即して判断すると、九条二項の『戦力』に該当すると言わざるをえないであろう」
 見ての通り、自衛隊違憲論です。

憲法9条を素直に読めば、自衛隊は違憲である。

ところが日本国民はその違憲とされる自衛隊によって守られている。

大いなる矛盾である。

この矛盾を解決するには、自衛隊をなくしてしまうか、憲法を変えるしかない。

では自衛隊をなくすことが出来るのか?

ひと頃言われていた非武装中立論は可能なのか?

隣国からミサイルが飛んでくるかもしれないという状況からして、あまりにも非現実的だ。

残された解決方法は一つしかない。

「自衛隊」という名前のまま、憲法に明記する。

具体的に、9条2項を改正するのか、新たに3項を「加憲」するのか、あるいはアメリカ合衆国憲法のように「修正条項」を加えるのかである。

今年5月、安倍総裁が9条2項はそのままにして、3項に自衛隊に明記することを提案した。

それ以来、マスコミの安倍叩きが露骨になってきた。

モリカケ問題も、小さな問題であるはずのものを、わざわざ大きな問題にし、安倍叩きに利用している面がある。

偏向報道も目に余る。

どんな力が働いているのだろう。

2017年8月 8日 (火)

自分の半径5Mから日本の未来と働き方を考えてみよう会議/出口治明、島澤諭

5m 世の中の物事は「数字・ファクト・ロジック」でていねいに見ていかないと、根元にある問題や原因にたどり着きません。

「数字・ファクト・ロジック」でとらえることは日本人は苦手だ。

マスコミがそうだ。

新聞やテレビの報道番組でも、まずはファクトを示すべきだが、それをおろそかにして情緒的な報道が目立つ。

「何となく感じが悪い」とか、「嘘をついているように見える」といった風に、情緒や感情に訴える内容が多い。

今は、国会も報道番組も、すべてがワイドショー化している。

どうしてそうなってしまうのか。

日本人が「数字・ファクト・ロジック」で物事を考えない状況を結果的につくりだしたのが、「1940年体制」と呼ばれる戦後の枠組みである。

戦後、日本人は物事を「数字・ファクト・ロジック」でとらえなくても何とか生きていける歴史をたどってきた。

日本の防衛を真剣に考えなくても、日米安保によって、日本は守られてきた。

高度成長期、日本の産業政策の舵取りは、キャッチアップというグランドデザインに沿って長らく通産省が担ってきた。

民間企業がわざわざ「経済をどうしよう」などと考える必要もなく、言われたことをその通りにやっていればそれでよかった。

高度成長期には年を重ねていくごとに給料が上がり、転職もせず、定年まで勤め上げるのが当たり前になっていた。

いわゆる「年功序列」「終身雇用」である。

工夫を施さなくても生活水準が向上していくのだから、人々は何も考えず、言われた通りに働くだけでよかった。

しかも、命令する側も真似すべきモデルが外に存在していたから、やはり自分の頭で考える必要がなかった。

こんな歴史が長く続いたので、自分の頭で考えない国民を大量生産してしまった。

今こそ日本は変わるときではないだろうか。

2017年8月 7日 (月)

ずるいマネジメント/井上和幸

Photo 「できる人」というのは、スキル・能力が高い人。「できた人」というのは人間力が高い人です。

往々にしてスキル・能力が高い「できる人」は頼りになるし、周りも期待しがちだ。

ただ、どんなに「できる人」であっても、人間的な成熟度や共感力が欠けていると、チームに不協和音を生み出したり、リーダーの言うことを聞かない、ということもある。

上に立つには「できた人」でなければならない。

結局、人望がなければ人はついてこない。

でも「できないけれど、できた人」、つまり「業績が悪いけどいいやつ」も困る。

それでは部下の尊敬を集められず、部下はついてこない。

やはり「できる×できた人」がリーダーになるべきだろう。

実際、人事制度を作るときもこの点は留意する。

賞与で報いる部分と、ポジション・役割で報いる部分は、分けなければならない。

昇進昇格要件は、要するに企業理念や価値観への共鳴度と職務の求める視座の理解・高さなど、いわゆる「できた人」かどうかの部分が重要だ。

ここがしっかり積み上がっている人をポジションとして上げていく。

一方、業績を高く上げる人=「できる人」は、半年の業績考課期間中に対する評価をしっかりとし、それを反映する賞与で還元する。

この辺、戦国時代の信長や秀吉はうまくやっていた。

戦で業績を上げた人は論功行賞で報いる一方、領主にするか藩主にするか、石高を上げるかといったことは、忠誠度合とかリーダーとしての資質といったところで決めていた。

本書で言っている「ずるいマネジメント」とは上司・リーダーである自分以上に、部下や周囲の人たちが頑張って働いてくれる、うまく動いてくれることで、チームとしての成功を効果的に導き、自分自身の仕事力や役割もUPさせるマネジメント法である。

「できる人」も「できた人」も「ずるいマネジメント」を身に付けるべきだろう。

2017年8月 6日 (日)

絶望は神さまからの贈りもの/ひすいこたろう、柴田エリー

Photo 「ビートルズがまさにビートルズとして育ったのはリヴァプールじゃない、ハンブルクだ。ハンブルクで、ぼくらは本当のロック・バンドに成長したんだ。12時間もぶっ続けで言葉の通じない、しかも音楽などまるでお目当てでない種類の人間をのせるだけのものを、ぼくらは身につけていた。ひどい夜(「ア・ハード・デイズ・ナイト」)だった。あのひどい犬なみ、いや、それ以下の日々の中で、一番大切な何かを自分たちのものにしていた……」

これはジョン・レノンの言葉。

ビートルズの基礎を作ったのは、ドイツのハンブルクのクラブでの演奏の仕事だと言われる。

当時のハンブルクは、銃声が鳴り響き、ギャングが大手を振って歩く犯罪都市だった。

しかも、ハンブルクでの仕事は、食事は昼に一度、ミルクをかけたコーンフレークが1杯出されるだけ。

クラブではひと晩で10~12時間と出ずっぱりのステージ。

控室はトイレ。

宿泊先は隣の映画館の裏の物置。

そして、客は、音楽なんか聞く気もない荒くれ者たちで、元受刑者もいた。

そんな生活を5カ月続けたある日、メンバーのジョージが18歳以下であることがバレて、逮捕され国外追放に。

さらに、寝泊まりしていた映画館でポールがマッチをつけたところ壁が黒コゲに。

ボヤ騒ぎとなり、放火の容疑でこれまた国外追放に。

こうしてメンバーは、生まれ育ったイギリス、リヴァプールに戻らざるを得なる。

みんな失意のドン底。

こんな最悪の状況を体験したからこそ、今のビートルズがあるというのである。

確かに絶望は神さまからの贈りものと言えよう。

2017年8月 5日 (土)

心を動かす!「伝える」技術/荒井好一

Photo 彼女が何を話したのか内容はほとんど覚えていないのに、あのビジュアルハンド(目に見せる手)だけは明確に、映像として頭に残っています。

五輪招致のために7人のプレゼンターが立った、あの時の映像は今もはっきりと頭に残っている。

何をしゃべったかというより、どのような表情やジェスチャーで話したかということが記憶として残っている。

そして、7人のプレゼンターによって、2020年の東京五輪が決まったといってもよいだろう。

中でも滝川クリステル氏のプレゼンは強く印象に残っている。

滝川氏は「お・も・て・な・し」を視覚的に訴えて見せた。

左手を顔の右前に持ってきて柔らかく結んだ指の塊で、一語一語丁寧に花の蕾をそっと置くように順に示していった。

いうならば、音と中黒の間隔を視覚化していった。

気持ちをこめて発音していき、結んだ手の動きにリズムを感じさせ、ぱっと最後に蕾が花開くように華やかなものを見せた。

そして、余韻をおかずにすかさず、合掌とお辞儀が組み合わさった。

長いきれいな白い手が合わされて、相手を敬うように感謝を表すように頭を静かに下げまた。

こうした魔法のような一連のアクションで、キーワードの提示の仕方を、ビジュアルハンドで映像にしてみせた。

どうして、このように効果的な演出が決まったのか。

理性的なアプローチは当然必要だが、それだけでは人の心を動かすことはできない。

合理的な選択肢が示されたとしても、合理性だけでは人の共感は湧き起こらないからである。

簡単に説得されることをよしとしない心理を、人は心の奥底に備えているからである。

人はもっと温度のある、心地よい関わり方を本能的に欲している。

好き嫌いの感覚や、センスのあるなしを相手は無意識に受け止めている。

だからこそあの「お・も・て・な・し」は効果的だったのだろう。

もちろん何度も何度も練習したのだろう。

伝えることも一つの技術だということが言えよう。

2017年8月 4日 (金)

最強の心理学/神岡真司

Photo 米国の心理学者ウォルター・ソーレル博士は、著書の『人間の手の物語』の中で、左手の親指が上にくる人は右脳型で、「直感的」「感覚的」「空想的」とし、右手の親指が上にくる人は左脳型で、「論理的」「理性的」「現実的」と説きました。

これは面白い。

確かに右脳型、左脳型は、ちょっとした動作やクセに表れるのだろう。

両掌の指を互いの絡ませ、握り合わせたとき、左右のどちらの親指が上にくるのか。

これは確かに人によってパターンがある。

そして、無意識に組んだ時、いつも同じ形で組んでいる。

そして逆に組むと違和感を感じる。

これは、右脳と左脳から、身体の左右を逆にした形で運動機能に影響を及ぼすために生じる現象だという。

左右どちらの親指が主体的に動き、指組みを行っているかということがこれによって分かる。

左脳は論理思考、右脳は感覚思考を司る。

これで相手が右脳型か左脳型かを判断すると、どう接するかということも分かってくる。

すなわち、「右脳型タイプ」の人を説得する時には、全体のイメージを想起できるような情緒的・感覚的な話や、絵や写真といったビジュアルなメッセージが届きやすい。

逆に、「左脳型タイプ」の人を説得する時には、グラフなどの図表、数字の裏づけといった理屈づけを重視して説明すると、乗せやすくなる。

ちゃんと科学に裏付けられた対人対応方ではないだろうか。

2017年8月 3日 (木)

なぜ、スーツは2着目半額のほうがお店は儲かるのか?/千賀秀信

2 同時に販売することで、固定費を節約することができ、販売効率(1人当たり時間当たりの限界利益)は大幅にアップするわけです。これが、2着目半額の真の狙いというわけです。

本書のタイトル、「なぜ、スーツは2着目半額のほうがお店は儲かるのか?」

それは限界利益を考えると分かる。

まず、限界利益率が85%という前提で考えてみる。

売価3万8000円のスーツなら、材料費や外注加工費などの変動費が5700円
(=3万8000円×15%)、

限界利益(付加価値)は、3万2300円(=3万8000円×85%)。

人件費は、1万260円(=3万8000円×27%)かかっていて、その他固定費は、1万8240円(=3万8000円×48%)かかっていることになる。

結局3万8000円のスーツで、営業利益が3800円(=3万8000円×10%)ある計算になる。

3万8000円のスーツを1着販売するには、商品を説明し、裾直しなどでサイズを測り、レジまで行って会計を済まし、梱包をして顧客を送りだす。

このように接客に人件費をかけることで限界利益3万2300円を稼いで、営業利益が3800円になる。

2着目を半額で、同時に買ってもらえればどうだろう。

接客時間も不要で人件費や、その他の固定費はほぼゼロで販売できる。

2着目の儲けはいくらか。

販売価格1万9000円。

材料費などの変動費は1着当たり5700円発生するので、変動費5700円を控除すると、限界利益は1万3300円。

しかし、採寸、会計などの手間は1着の時とほぼ同じで固定費はかからない。

なので限界利益1万3300円がそのまま儲けになる。

すなわち、1着だと営業利益3800円だが、2着を販売すると、3800円と1万3300円の合計1万7100円に営業利益が大幅にアップする。

3着なら1万3300円アップの3万400円となる。

これが、スーツは2着目半額のほうがお店は儲かる、カラクリである。

しかも「半額」という言葉の力による販促効果は高い。

物事を数字で考えるということがいかに大事かということであろう。

2017年8月 2日 (水)

なぜ、上司の話の7割は伝わらないのか/小倉広

7 最初に土台としてのエトス(信頼)が必要で、その上にパトス(情熱)を重ね、最後にロゴス(論理)を持ってきます。そうすることで、初めて人を動かすことができるようになるのです。しかし、多くの人はロゴス(論理)から始め、さらにロゴス(論理)を押し通そうとします。エトス(信頼)とパトス(情熱)を無視してロゴス(論理)だけで押し通すから、余計に伝わらなくなるのです。

「伝わらない」ということで悩んでいる上司は多い。

その場合、原因は「伝え方」、つまり「ロゴス」の問題だと考えがちだ。

しかし、部下に話を伝えるためには、部下との間にまずエトス(信頼)を築き上げる必要がある。

その上で部下にパトス(情熱)をもち、しっかりとしたロゴス(論理)で伝えること。

これが必要であり、これなしには成し得ない。

ところがどれか一つしか持っていない上司が多い。

ロゴスだけの人は論理バカ。

パトスだけの人は情熱バカ。

そして、エトスだけの人は誠実バカと言える。

論理バカは、理屈だけで人を説得しようとする。

一方的に話す人が多く、小難しい言葉を使ったりして、ひたすら説明をし続ける。

このタイプの人は、たくさん話せば話すほど相手に伝わると勘違いしている。

さらに、理屈で納得すれば人は動くと思っている。

しかし、人は感情で動くもの。

理屈を言えば言うほど、相手の感情はどんどんマイナスになっていく。

このタイプの人はそのことに気がつかず、さらに説明を重ねてしまうので、相手に共感されない。

共感されなければ、もちろん納得もされない。

情熱バカは勢いだけ。

このタイプの人は、情熱はあるので相手の気持ちを揺さぶる。

しかしロゴス(論理)が欠けているため、相手は具体的に何を求められているのかがわからず、行動に移すことができない。

場合によっては、情熱が空回りし、部下に「バカじゃない?」と軽蔑される。

いい人で人に優しい誠実バカは、自ら進んで一生懸命働く。

しかし相手のことを思いやるがゆえに、部下に苦言や要望を言えない。

このタイプの人は誠実なので、精一杯、相手に話を伝えようとする。

しかし、そのメッセージには情熱がなく弱々しいので、相手の胸に響かない。

響かないから共感されず、伝わらない。

エトス、パトス、ロゴスはどれか一つが欠けても伝わらない。

「伝わらない」と悩んでいる人は、自分にはどれが決定的に欠けているのか、振り返ってみる必要があるのではないだろうか。

2017年8月 1日 (火)

90日で絶対目標達成するリーダーになる方法/高橋透

90 業績を上げている企業、チームは、総じて目標達成期限を90日ないしは100日程度に設定し、集中して取り組んでいます。

多くの企業が目標管理を導入している。

しかし、そのほとんどがうまくいっていない。

原因の一つはその期間にある。

多くは、1年、ないし、半年の目標設定をしている。

特に1年という目標設定の場合、年度初めに目標設定をするのだが、その後、その目標を意識することはない。

そして年度末、立てた目標を思い出す。

これでは効果が上がるはずがない。

特に、人の能力のキャパシティは、少しだけ高い目標を毎日、毎時間達成し続けることで自然に広げていくことができるもの。

しかし、1年間で達成する目標は高くなりすぎる。

そこで著者は90日間で達成する目標設定を勧めている。

では、なぜ目標達成は90日なのか?

それは、人間が将来起こることを明確に予測し、対処できる期間は、90日が限界だから。

90日であれば、毎月、毎週、毎日何をすべきかを明確にできる。

90日であれば、ムダな準備や計画に時間を使わない。

90日であれば、後でやる、明日やる、来週やるといった考えが無意味に思われ、強制されるまでもなく、自発的に「今やろう」という気になれる。

90日であれば、大きな失敗はあり得ない。

90日であれば、失敗しても、次の期にやり直すことができる。

目標達成とは、修羅場と遭遇し、それを乗り越えることで「自分が変わること、進化すること」そのもの。

是非、実践したいものだ。

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