球形の荒野(下)/松本清張
「野上さんにとっては、パリも砂漠も同じことさ。地球上のどこへ行っても、彼には荒野しかない。結局、国籍を失った男だからね。いや、国籍だけじゃない。自分の生命を十七年前に喪失した男だ。彼にとっては、地球そのものが荒野さ」
本書はあくまでも小説なのだが、いろんな意味で考えさせられる本でもある。
特に戦中、戦後にかけての日本を考えさせられる。
大戦末期、日本の敗戦が濃厚になっていた時、日本の外交は、あくまでも最後まで戦うべきという考え方の者たちと、早く戦争を終結すべきという考え方の者たちとに分かれていた。
そんな中、野上氏は戦争を終結させるために動いた。
当時スイスに駐在していたアメリカの戦略情報局や、イギリスの諜報部門と連絡をとって、戦争を早く終結させるよう企てる。
それは戦争継続派にとっては許し難き利敵行為。
彼らにとっては野上氏は日本の敗戦の片棒を担いだ売国奴。
そこで、当時の日本は、出先外交官の野上氏に〝死亡〟してもらう必要があった。
野上氏は、生きていながら死んだとされた。
当然、家族とも会えない。
しかし、どうしても家族、特に娘に会いたい。
そのために彼は身を隠して帰国し、様々な策を講じて娘に会おうとする。
それを知って、野上氏を殺そうと暗躍する元戦争継続派。
野上氏を守ろうとする者たち。
真実を知ろうと動き回る新聞記者。
そして何としても死んだとされる父に会おうとする娘。
様々な思いが交錯して物語は展開する。
戦後の日本の雰囲気も伝わってきて非常に読み応えのある小説だ。
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