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2017年10月30日 (月)

『永遠の0』と日本人/小川榮太郎

Photo 要するに、アメリカ抜きに「戦後日本」は成立し得なかった。それにもかかわらず、我々日本人は、その、自らの生存に関する最も本質的な事実から目を逸らし、「平和憲法」のおかげで平和が続いたというフィクションを信じ込んでいる。なぜ自分たちが生存できているのかという基本的事実を頑なに見ようとしない意識──それを私は閉鎖的だと言うのである。

世界史を見てみると、それは戦争の歴史である。

長い間、平和を維持するのは困難なことだ。

歴史を振り返ると、主として宗教と食料と資源をめぐる戦争が古来繰り返されている。

領土拡大や、他民族の征服という野望、また自分たちと異なった皮膚の色や言語・習俗から対立が生まれ、戦争に至る。

世界史は不条理な血に染まっている。

それと比較すると、日本は平和である。

大した努力もなしにこれだけ平和が基調となっている歴史は世界に類を見ない。

日本の戦国時代を見ても、世界のいたるところで繰り返されている残忍な殺戮とはレベルが違う。

日本人には、平和は、歴史的に、水や空気と同じように馴染み深く、自然なものである。

だが、「戦後日本の平和」は特殊な状態で作られている。

それはアメリカの軍事力、とりわけ核武装によって守られた平和だ。

決して憲法9条があるからではない。

ところが、この平和も今後は困難になってくることだろう。

ミサイルや核によって挑発を繰り返す北朝鮮。

尖閣諸島、さらに沖縄への領土的野心を剥き出しにしてい中国。

「永遠の0」があれだけ売れたのも、そのような背景があるからではないだろうか。

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