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2017年12月の31件の記事

2017年12月31日 (日)

コンサルタントは教えてくれない社長のルール/山地章夫

Photo 以前、チームリーダー以上の社員を全員集めて、エニアグラムという個人のキャラクター診断(9種類に分類する)と勉強会をして衝撃を受けた。
 私が当然だと思う価値観と全く違う個性がこんなにあるとは!(当たり前だ)

経営トップが、幸せに、人生もビジネスも楽しむという目標を達成するには何が必要か。

それは、たとえ小さな会社でも、経営幹部や社員が自主的・自動的に業績を上げ進化していくチームすることである。

ひと言でいうと「最強のオートマチック経営」を構築することだ。

そのためには、これからのリーダーは、「この案件はみんなどう思うだろうか?」から入り、トップの意見は最後に言う「メンバー参加型」のスタイルに変えていく必要がある。

そして出来ることはどんどん部下に任せる。

権限移譲をどんどん進めていく。

その最たるものが丸投げである。

しかし、丸投げとは言っても、その投げ方は工夫する必要がある。

丸投げは、相手の状況によって、投げ方、投げる内容、投げる大きさを変えなくてはならない。

リーダーには投げるセンスが必要だ。

そして重要なのは、社長と幹部の価値観を同じにすること。

価値観とは、顧客に対する考え、社会的使命に対する考え、企業倫理観、収益基準、従業員に対する考え、お金に対する考え方、基本的戦略、事業の範囲、会社のカラー、社風まで、基本的なことはすべてだと言ってもいいだろう。

但し、価値観の共有といっても、金太郎アメのような社員をつくることではない。

個人の多様性も認めることが必要である。

「人と自分とは違うのだ」というスタンスで人と接すれば、良い人間関係を構築することができる。

価値観の共有をした上で個人の多様性も認めそれを活かす組織、これからの組織のあり方なのではないだろうか。

2017年12月30日 (土)

ワンクリック/リチャード・ブラント

Photo 会社創設からいままで、ベゾスは、アマゾン・ドット・コムの実用性を少しでも高めようと手を尽くしてきた。その多くは、ワンクリック機能や、後に導入された、ワンクリックでギフトとしてラッピングしてもらえる機能など、シンプルなものだ。

1回のクリックで注文できる「ワンクリック」特許のために、ジェフ・ベゾスは10年間も闘い続けた。

ワンクリック特許は、1999年9月、米特許商標庁に認められた。

その後、この特許は、インターネット上に小売りサイトを構築している者や特許制度の改革を推進しようとしている者からあざけりの対象となっていった。

特許とは、本来、「自明でない」発明に与えられるものである。

注文プロセスをワンクリックで可能にするのに、どれほどのことを考えなければならないというのか。

法律の専門家も「悪名高い」特許と、ワンクリック特許を呼ぶようになっていた。

しかし「シンプル・イズ・ベスト」という言葉がある。

ワンクリックはまさにその象徴的なものだ。

そして顧客の利便性を象徴するものでもある。

購買における障害を極限まで削除したもの。

それがワンクリックである。

ここに目をつけたところにベゾスの非凡さがあるのではないだろうか。

2017年12月29日 (金)

スティーブ・ジョブズ 驚異のイノベーション/カーマイン・ガロ

Photo_2 キャリア(法則1――「大好きなことをする」)
 ビジョン(法則2――「宇宙に衝撃を与える」)
 考え方(法則3――「頭に活を入れる」)
 顧客(法則4――「製品を売るな。夢を売れ。」)
 デザイン(法則5――「1000ものことにノーと言う」)
 体験(法則6――「めちゃくちゃすごい体験をつくる」)
 ストーリー(法則7――「メッセージの名人になる」)

これからの時代、企業も個人も、イノベーションを一つの柱としてゆく必要がある。

これができなければ進歩は止まる。

イノベーションとは「ものごとの新しい進め方で、よい方向の変化をもたらすもの」である。

そのために、上記の7つの法則は一つの指針になる。

法則1――「大好きなことをする」

スティーブ・ジョブズは心の声に従ってきたし、それがよかったのだと言う。

法則2――「宇宙に衝撃を与える」

ジョブズは、自分と考え方が似ていて自分のビジョンに賛同する人々、世界を変えるイノベーションへと自分のアイデアを変えてくれる人々を惹きつける。

アップルのロケットは情熱が燃料、ジョブズのビジョンが目的地なのだ。

法則3――「頭に活を入れる」

創造性がなければイノベーションは生まれないが、スティーブ・ジョブズにとって創造性とはさまざまな物事をつなぐことを意味する。

幅広く体験すれば人間の体験を深く理解できるようになると信じているのだ。

法則4――「製品を売るな。夢を売れ。」

アップル製品を買う人々をジョブズは「顧客」だと見ない。

夢や希望を持つ人々だと見る。

そして、その夢の実現を助ける製品をつくるのだ。

法則5――「1000ものことにノーと言う」

洗練を突きつめると簡潔になるとジョブズは言う。

iPodからiPhoneのデザインまで、製品のパッケージからウェブサイトの機能まで、そのイノベーションは、不要なものを取り除き、必要なものの声が聞こえるようにすることである。

法則6――「めちゃくちゃすごい体験をつくる」

アップルストアは顧客サービスとはこういうものだという基準になった。

アップルストアを世界最高の小売店としたシンプルなイノベーションは他の分野にも応用可能で、どのような事業でも顧客と心からのつながりを長期的に結ぶことができる。

法則7――「メッセージの名人になる」

ジョブズは傑出した語り部で、企業の製品発表を芸術の域にまで高めた人物だ。

世界一のイノベーションを思いついても、まわりの人を巻き込めなければ意味がない。

ジョブズをモデルにしたこの7つの法則、かなり難易度が高い。

ただ、少なくともこの7つの法則を使うと、キャリアや会社、顧客、製品などについて、いやでも今までと違う考え方をするようになるはずだ。

一つでも実践してみる事だろう。

2017年12月28日 (木)

戦争調査会/井上寿一

Photo 幣原は現実主義者である。敗戦直後であれば誰でも不戦の誓いを立てる。しかし20年、30年経てば、「もう一遍戦争をしよう」と考えるようになるかもしれない。その時、なぜ日本は戦争に敗けたのかを調査した記録があれば、その記録は「非常に価値のある有益なる参考書類」になるだろう。幣原はそう考えた。

戦後、戦争調査会が持たれた。

戦争調査会は総会、五つの部会、部会長会議と参与会議の四つのカテゴリーの会議体によって構成された。

どうして戦争に日本は突入したのか、そしてなぜ早めに終決できなかったのか。

様々な立場や角度で議論されている。

そこでは今でも一般論とされている考え方の多くが否定されている。

たとえば、「軍部の暴走によって戦争に突入した」という考え方。

これは議論の中では疑問が投げかけられている。

「軍部の人達が何時も開戦論者であると思うのは私は間違いではないかと思います」と幣原氏は述べている。

たとえば、第一次世界大戦時、イギリスが日本に参戦を求めた。しかし陸軍は断ったのだと。

第一次世界大戦後、軍縮の時代が到来する。「軍隊なんてものは余計なものだ」。

世の中の風潮は激変する。

第一次世界大戦後の「平和とデモクラシー」の風潮が軍部を追い込み、のちの反発につながったと述べている。

また会議の中で「主観のない歴史はあり得ない」とも述べられていることは興味深い。

「如何なる歴史家と雖も主観論を入れずに書く事は出来ぬ」と。

だから戦争調査会の報告書もそうなるはずであると。

だから主観と主観をぶつけ合うことによって多様な見方を示すことが大事なのだろう。

2017年12月27日 (水)

ザ・プラットフォーム/尾原和啓

Photo 私がプラットフォーム運営者を見るときに、もっとも大切にしていることがあります。
 それは「共有価値観(Shared Value)」です。

本書で位置づけるプラットフォームとは、個人や企業などのプレイヤーが参加することではじめて価値を持ち、また参加者が増えれば増えるほど価値が増幅する、主にIT企業が展開するインターネットサービスを指す。

言い換えれば、ある財やサービスの利用者が増加すると、その利便性や効用が増加する「ネットワーク外部性」がはたらくインターネットサービスである。

現代に生きる私たちはいつの間にか何らかのプラットフォームの上で生活し、参加している。

グーグル、フェイスブック、アップルを始めとした海外プラットフォーム。

リクルート、楽天、iモードなど日本式プラットフォーム。

これらが今、世界を変えていっている。

これらを見る場合、大事なことは「共有価値観」だという。

グーグルであれば「マインドフルネス」

アップルであれば「ユア・ヴァース」

このプラットフォームはどんな価値を共有しようとしているのか?

これが明確に打ち出された時、人々はそのプラットフォームに集まってくる。

逆に言えば、これが明確でなければ、すぐに淘汰されてしまう。

でも、これってプラットフォームだけでなく、すべての企業に言えることなのではないだろうか。

2017年12月26日 (火)

全体最適のプロジェクトマネジメント/岸良祐司

Photo プロジェクトメンバーが目覚しい成長を見せたプロジェクトを振り返ってみると、成長するのは、プロジェクトの成功と、メンバーのなりたい自分の実現がオーバーラップしたときだと感じている。

私自身プロジェクト活動の支援をすることがよくあるのだが、とかくプロジェクトの目的を達成することが第一になってしまいがちである。

プロジェクトには期限があり、予算があり、達成目標がある。

プロジェクトとは今までやったことのないことをすること。

不確実性が高く、納期があり、人が行なうものである。

だから計画通りいかないことがほとんど。

そして多くの壁を乗り越える必要がある。

特にプロジェクトのリーダーとして立たされた者には多大なプレッシャーがかかる。

しかし、人が一皮むけるためには、困難な壁を乗り越える経験が必要だ。

人材育成の一環としてプロジェクトを活用することは非常に有効なのではないだろうか。

2017年12月25日 (月)

「ほめる」技術/鈴木義幸

Photo もしみなさんが、相手がいちばん聞きたいほめ言葉を見つけて、それを伝えることができるようになったら、世界はまったく違った展開を見せ始めるでしょう。

ほめるというのは、ただ「すごい!」「すばらしい!」と美辞麗句を投げかけることではない。

相手が心の底で、他人から聞きたいと思っている言葉を伝えて初めて、「ほめる」という行為は完結する。

「相手がいちばん聞きたい」という点がポイントである。

そのためには、相手をよく見ることである。

相手が日々どんなことを思っているのかを洞察して、どんな言葉を投げかけられたいのかを熟慮することである。

そうして、初めて効果的な「ほめ言葉」が発せられる。

つまり、ほめることは技術だということ。

普段の人間観察や人間性に関する深い洞察。

これらが合わさった総合力が「ほめ言葉」となって表れる。

人は誰もが認められたいと思っている。

だからこそ、その要素が凝縮された「ほめ言葉」は有効だということであろう。

2017年12月24日 (日)

競争に勝ちたいなら人材育成を「見える化」しなさい!/石川洋

Photo 脳科学を応用した育成の基本を整理すると、
①あえて教えないで、質問をしてヒントを与える
②ひたすら観察して、変化を待つ
③気づきの芽を見つけたら、すかさず本気でアクションを促す
という順序になります。

人材育成でまず考えるべきことは、その人の自発性を育てることである。

ただ指示・命令を待つだけの人材では、その先の成長がのぞめない。

また、指示・命令を待つだけでは、やる気も起きず、モチベーションも上がらない。

やる気やモチベーションが上がらなければ、いい仕事が期待できず、成長もしない。

自発性が発揮できるよう、うまく育成してあげられれば、仕事に対するやる気も高まり、一層積極的に取り組み、責任感も高まることで成果が上がりやすくなる。

では、自発性を育てるにはどんな方法があるのだろうか。

誰かに仕事を教えるとき、多くの場合、「こうしたら、次にこうする」などと自分がやってきたやり方を教えようとする。

しかし、これでは、やり方を指示していることになってしまい、自発的に考えて仕事をするようにはならない。

自発的に仕事をさせるには、手取り足取り教えるのはマイナスでしかない。

それは、脳科学の視点から見てもいえること。

たとえば、ある仕事を与えられたとき、自分で考えて「こうやればいいんだ!」という気づきにたどり着くと、脳のなかではドーパミンという神経伝達物質が多く分泌される。

ドーパミンが多く分泌されると、人は満足感ややりがいを感じるため、次に同じような機会があると、また一生懸命自分で考えようとする。

これをくりかえすことで、自発性が育ち、その人の自律につながっていく。

そして、将来的には、教えられてばかりの人との差が大きくなっていく。

これを知っているだけでも、マネジャーの育成力に大きな差が出てくるのではないだろうか。

2017年12月23日 (土)

「行為のデザイン」思考法/村田智明

Photo 私が提唱している「行為のデザイン」とは、人の行動に着目し、改善点を見つけてより良く、美しくしていこうとする手法です。ユーザーが滑らかに目的の行為を進められるデザインを「良いデザイン」と定義し、最終目標とします。

「行為のデザイン」とは、対象をモノだけに絞らず、人や情報、環境を含んだ中で「行為がスムーズに美しく振る舞われるためにどうあるべきか」を考えるデザインである。

だからまずユーザーが目的を達するための動き・行為に着目する。

もし利用中に動きが止まるのであれば、それは利用法がわからないとか、いったんやめて戻らなければいけないなど、プロダクトに「バグ」があるということ。

たとえば、会議室のような広い部屋の照明をつけようとして、スイッチで迷ったとする。

壁に6つや8つのスイッチがあり、どっち側がどの照明と対応しているのかわからない。

この状況の原因は、認識のしにくさにある。

このときデザインが担うべきは美しいスイッチ盤やつまみの色ではない。

もしこのスイッチ盤が垂直な壁面ではなく水平に近い角度で設置されていたら、ユーザーは照明の位置を天井に置き換えてもっと連想しやすくなる。

また、壁面にあったとしてもデザインで窓側とドアの位置などがわかるアイコンや線で囲んであれば、照明とスイッチの位置を対応させやすくなる。

つけたい照明がすぐわかるスイッチ盤があれば、ユーザーは「照明をつける」という行為を美しくスムーズに行うことができ、ここでやっと「良いデザインを施した」といえる。

今までのデザインでは「このパネルが美しい」「スイッチがきれいだ」という点が重視されていたが、「行為のデザイン」の着眼点はまったく違うところにある。

つまり何気ないユーザーの行為に沿ったデザインを考えれる。

これが「行為のデザイン」だというのである。

人間の行動が「主」であり、デザインは「従」である。

「行為のデザイン」の基本は、人間の行為にデザインを沿わせること。

良いデザインというものは何かということを改めて考えさせられた。

2017年12月22日 (金)

「あなた」という商品を高く売る方法/永井孝尚

Photo キャリアづくりで見落としがちなのは、自分のことを中心に考えるあまり、「あなたを必要とする相手は誰か? 自分がその人に対して何ができるか?」を考えないことだ。

多くの人が自分のキャリアを考える時代になってきた。

しかし、ほとんどは「自分がやりたい」を中心に考えている。

だから失敗する。

確かに自分のやりたいこと、つまり動機に合ったことを中心に考えることは重要だ。

自分のやりたいことでなければ長続きしない。

しかし、これにはマーケティングの視点が抜けている。

つまり市場がそのような能力やスキルを必要としていなければ意味がないということである。

私たちのキャリアは、「自分という商品」の価値を必要とする人が、高く買ってくれることで決まる。

だから「自分という商品」を高める戦略が必要なのだ。

自分という商品づくりの出発点は、「他人がやっていない、好きなことをする」ことだ。

レッドオーシャンで大競争を続けるか、ブルーオーシャンで無競争を狙うか、どちらが自分という商品を売れるかと考えることである。

やはり自分という商品の価値を高めるには、ブルーオーシャンを狙うことが必要だ。

そのために求められるのが、「戦略」である。

細分化されたニーズに特化すれば、ライバルはいなくなり、競争は避けられる。

狙うべきは完全独占。

つまり「好きなことで、誰もやっていないこと」をやる。

キャリアを考えている人が見落としてしまいがちな視点なのではないだろうか。

2017年12月21日 (木)

1分間バフェット/桑原晃弥

1 「郵便が3週間遅れて届くような田舎に住んでいたほうが、すぐれた運用成績を残せるかもしれません」

投資家は当然のことながら情報を大事にする。

日々入ってくる情報から本質を見抜き、自らの投資活動に活用する。

しかし、多くの投資家は情報に振り回される。

特にデイトレーダーと呼ばれる人たちはそうである。

株が下がった時に買い、上がり切った所で売り抜け、その差額で儲ける。

こんな投資家が増えてきたため、最近の株価は安定せず、世界の情勢によって乱高下する。

世界経済がこれによって振り回されている。

しかし、バフェットは、いわゆる「金の亡者」とは正反対のタイプである。

ウォール街によくいる強欲人間とはまったく異なる。

生活も驚くほど質素。

「自分のために」よりも「自分を信頼してくれる人たちのために」を重視する。

投資先を選ぶ時も、株価より経営者の人柄や能力を見て判断する。

信頼したらうるさく口出ししない。

頼まれれば、危機に陥った会社を身の危険をかえりみずに救う。

そして原則は曲げない。

つまり投資家として王道を行っているのである。

だから、その言葉にも重みがある。

「価格とは、何かを買う時に支払うもの。価値とは、何かを買う時に手に入れるもの」

「人がどうふるまうかを大きく左右するのは、内なるスコアカードがあるか、それとも外のスコアカードがあるかということなんだ。内なるスコアカードで納得がいけば、それがよりどころになる」

「他人が貪欲になっている時は恐る恐る、まわりが怖がっている時は貪欲に」

「信頼できるもの、そして10年、20年、50年たっても欲しいとみんなが思うものをつくっているかどうか、これが私が投資判断する上での基準です」

「大事なのは商品そのものが長期間持ちこたえられるかどうかを考えることです。その銘柄を買うべきか売るべきかを延々と考えるよりも、そちらのほうがはるかに実りが大きいとは思いませんか」

これら一つひとつの言葉、賢者と呼ばれるにふさわしい。

結局、周りの意見や一時的な情報に振り回されず、自らの信念を貫けるかどうかが成功のカギと言えるのではないだろうか。

2017年12月20日 (水)

ダラダラ気分を一瞬で変える 小さな習慣/大平信孝、大平朝子

Photo ルーティンは、特別な一部の人のための「儀式」ではありません。脳科学や心理学に基づいた「技術」です。

一流のアスリートほどルーチンを大事にする

五郎丸選手のキック前のルーチンやイチロー選手の打席に入る前のルーチンは有名である。

ルーチンは単なる縁起担ぎではなく、キチンとした科学的根拠がある。

脳は、「変化を嫌う」という防衛本能を持っている。

新しいことや難しいことよりも、いままで生き延びてきた現状維持をよしとする。

しかし、脳は、少しずつであれば、変化を受け入れるという性質も持っている。

これを脳の「可塑性」という。

ルーチンはこのような脳の性質をうまく利用したもの。

多くの方は、高い目標を掲げて、短期間で変わろうとするが大抵失敗する。

そうではなく、小さな変化が積み重なって変わっていくのが、脳の自然なメカニズム。

仕事のやり方にしても、いきなり無理矢理変化させると、その分リバウンドしてしまう。

この点、ルーティンはリバウンドをしない。

なぜなら、動作が実にささやかで、誰でもできる簡単なものなので、脳の可塑性の範囲内に収まるから。

だから、ちょっとずつ無理なく変化するために、ルーティンを使っていくことである。

面白いことに、変化するのが当たり前になれば、今度は変化しなければ落ち着かなくなるという現象が起こってくる。

変化することに慣れて、それが普通になる。

脳の防衛本能としては、「変化しないことが通常」の状態。

これを、「変化するのが通常」の状態に変えていくのである。

上手くルーチンを使うことが大事ということだろう。

2017年12月19日 (火)

トップ営業マンは極道だった/氷嶋虎生、中島孝志

Photo なぜ、私が常にダントツ1位の売上だったか……簡単なことである。遊ぶ金目的でなく『生活がかかっている』から。

本書は極道だった男がトップ営業マンになったという体験談。

極道と営業マン、一見全く結びつかないのだが、よくよく考えてみると共通点はある。

極道が持っている競争心の強さ、人間の観察力、行動の速さ、人間関係構築能力・・・等々、それらは営業マンにも求められるもの。

いうなれば、極道は営業マンになる素質が十分にあるのである。

そのような素質のあるものが真面目に営業の仕事に取り組めば、営業の成績も上がるだろう。

逆に、学業成績は優秀でも、アクションが伴わなければ営業マンとして成功はしない。

本書は波乱万丈な生き方をした男の武勇伝だが、中身はほとんど自慢話。

ただ、それはそれで面白く読める。

2017年12月18日 (月)

動きたくて眠れなくなる。/池田貴将

Photo もちろん自分の行動は、自分の考えで決めている。
 でも行動に移せるかどうかは、結局そのときの〝感情〟次第。
 うまくいくかどうかも、結局そのときの〝感情〟次第。

人間は感情の動物である。

決して理性で行動していない。

という事は、行動を変えようとするならば、感情を正しく扱うことである。

大ざっぱに言ってしまえば感情は2種類に分けられる。

「快感」と「痛み」である。

そして人は「快感」を求め、「痛み」を避けるために行動する。

大事なことは「痛み」をいくら避けても「快感」は手に入らない。

不安や心配からは逃げられない。

お酒を飲んでまぎらわそうとしても、翌日にさらに「後悔」という感情が加わってしまうだけだ。

ということは、「快感」に目を向けることである。

たとえば、「自分に欠けているもの」を意識すると「あれも足りないこれも足りない」と不足感が生まれる。

しかし、「自分が持っているもの」を意識すると「ありがたい」と感謝の気持ちが生まれる。

「自分にはどうしようもないこと」を意識すると「どうなるんだろう」と不安になる。

しかし、「自分がどうにかできること」を意識すると「これをやればいいんだ」という確信に変わる。

要は、どこに意識を向けるかということなのである。

そしてそこから感情が生まれる。

その感情がポジティブなものであれば、動きたくなる。

行動を変えたいなら、感情と正しく付き合うことである。

2017年12月17日 (日)

張込み―傑作短編集(五)/松本清張

Photo ――貴紙を購読いたします。購読料を同封します。貴紙連載中の「野盗伝奇」という小説が面白そうですから、読んでみたいと思います。十九日付けの新聞からお送りください……。

表題作の「張込み」から順に、「顔」「声」「地方紙を買う女」「鬼畜」「一年半待て」「投影」「カルネアデスの舟板」の計8篇が収められている。

短編とはいえ、高い完成度であり、大部分はテレビドラマ化されている。

とりわけ印象に残ったのは、「地方紙を買う女」。

上記抜き書きは、この短編からのもの。

一人の女性の葉書を読んで、それを地方で起こった殺人事件と結びつける作家。

関係がないと思われるところを結びつけて、それを事件の解明に結びつける面白さが清張作品にはある。

一見なんのつながりもなさそうに見えたところに、ある関連性が浮かび上がってくる。

離れた点と点を結んで一つの線になる。

線と線が結びついて最後は大きな絵を描く。

この巧妙さは流石と言うほかない。

2017年12月16日 (土)

魅せる技術/西松眞子

Photo 第一印象は6秒でほぼ決まるといわれています。
 私の研修でも「第一印象ってどのくらいの時間ですか?」と皆さんに質問したところ、長くて15分以内でした。そして多くの女性は第一印象を決める時間が男性より短く、「コンマ何秒~4分ほどで決める」と答えています。

人は見た目ではない。

確かにそうである。

見た目だけでその人を判断すべきではない。

しかし、現実はどうか。

多くの人は第一印象で人を判断している。

そして第一印象の悪かった人が、後からその印象が変わることは稀である。

第一印象は最悪だったが、付き合ってみると本当にいい人だったということもあるにはあるが、レアケースではないだろうか。

だとしたら、やはりある程度第一印象をよくする努力はすべきだろう。

特に、せっかくいいものを持っているのに見た目が悪いために損をしている人は意外と多い。

外見ばかりを気にして、内容が伴っていないのは、それはそれで問題だとは思うが、それなりの努力をしても損はないのではないだろうか。

2017年12月15日 (金)

不死身の特攻兵/鴻上尚史

Photo 何度目の帰還の時か、司令官が軍刀の柄を両手で摑み、ギラつく目で佐々木をにらみつけた。
 「きさま、それほど命が惜しいのか、腰抜けめ!」
 佐々木伍長は落ち着いた声で答えた。
 「おことばを返すようですが、死ぬばかりが能ではなく、より多く敵に損害を与えるのが任務と思います」

軍隊は階級社会である。

命令は絶対だ。

その命令がどんなに無意味でもトンチンカンでも不合理でも、絶対服従が軍隊のルールである。

それが軍隊を軍隊たらしめている唯一の原則だ。

戦時中、日本軍のトップは明らかに不合理な命令を繰り出していた。

それによって多くの兵隊が死んでいった。

中でも特攻隊は、その最たるものだった。

しかし、そのような理不尽な世界で、9回出撃して、体当たりしろという上官の命令に抗い、爆弾を落として、9回生きて帰ってきた男がいた。

名前は佐々木友次。

その時、彼は21歳の若者だった。

佐々木伍長は単なる臆病者ではない。

大型船を撃沈するという戦果を挙げて戻ってきている。

自分たちの損害を最小に食い止め、戦果を最大化するというのが戦争だとするならば、非常に合理的な判断をしているのである。

パイロットの使命は、敵艦に爆弾を落とし、沈めることにある。

体当たりは、そのための手段に過ぎない。

ところが、日本軍では、手段が目的になってしまっていた。

つまり、敵艦に体当たりして潔く死ぬことが目的になってしまっていた。

ここに日本人の精神構造の特殊性があるように感じる。

それとともに、あの時代、どんな圧力があろうとも、合理的な判断をもって自分の信念を曲げなかった男がいたということに驚きを禁じ得ない。

2017年12月14日 (木)

人を動かす言葉の技術/黒川裕一

Photo 答えは、「相手が動く言葉づかいで語りかけること」です。これを私は、「相手が行動しやすい言語」という意味を込めて、「アクション言語」と呼んでいます。  

「伝わらない」ということを感じることは多い。

それは私たちが「アクション言葉」で話していないからだという。

アクション言語とは、著者の造語で、「頭でわかって、体で実行できる表現」のこと。

私たちが日ごろ使っている言葉の大半は、「ふわふわ言葉」である。

たとえば「わかる」という言葉。

これは「ふわふわ言葉」

これを「アクション言葉」にすると、「自分一人でそれを再現できる」こと。

「行動力」とは「ふわふわ言葉」

これを「アクション言葉」にすると「すぐすること」

たとえば上司は部下に「きちんと働け!」とよく言う。

ところがこれは「ふわふわ言葉」のため、部下はこれでは動けない。

これを「まず目的を確認し、それを達成するために動いて、結果をだそうよ!」というと部下は具体的に何をすればよいのかイメージできるのでアクションを起こせる。

「伝わらない」と嘆く前に、自分がどんなことばを使っているのか、振り返ってみることが必要なのではないだろうか。

2017年12月13日 (水)

一流の学び方/清水久三子

Photo 「ああ、何て気持ち良いのだろう」
 断片的な知識や経験がつながり、ピタリと収まり、「ああ、そういうことだったんだ」という何かが見えてくる。その瞬間はまさに学びのクライマックスであり、次のステージの扉が見える瞬間でもあります。
 この瞬間には、何事にも代えがたい快感があります。そしてこの快感は、「スキルや知識が身についた」「稼げるようになった」という達成感から得られる快感というより、むしろ「新しい発見や理解を成し遂げた」「自分なりに一つの真理にたどり着いた」という知的な満足感から得られる快感だと思われます。
 つまり学ぶという行為には、それ自体に快感が伴うのです。

これからの時代、学び方や学ぶ姿勢で、ビジネスパーソンのキャリア、そして人生が決まると言っても過言ではない。

人間の働く期間は長期化し、働く環境の変化のサイクルが短期化する今、若いときに学んだスキルで食べていく、ということは不可能になりつつある。

40歳になっても、50歳になっても、いや、定年とされる60歳になったとしても時代に合わせて学び続けなければ取り残されてしまう。

しかし、学び続けることは、人によっては苦痛以外のなにものでもないのだろう。

学ぶことに後ろ向きの人の特徴は、学ぶことを「つらいこと」と捉えていることである。

逆に学ぶことを習慣にしている人は、学ぶことによって得られる快感を体感している。

これまでつながらなかった複数のものがつながり、「ナルホド」「そうだったのか」と分かった瞬間、快感を得られる。

私自身もこの体験があるので、学び続けることが出来ているのだと思う。

本書によると、学びには4つのステップがあるとされている。

ステップ1「概念の理解」→「知っている」(知識)

ステップ2「具体の理解」→「やったことがある」(経験)

ステップ3「体系の理解」→「できる」(能力)

ステップ4「本質の理解」→「教えられる」(見識)

である。

この中で快感が得られるのは、「体系の理解」「本質の理解」である。

ところが多くの場合、「概念の理解」「具体の理解」の段階でやめてしまう。

いかにしてこの壁を乗り越えるか?

これが学び続けるための一つの課題なのではないだろうか。

2017年12月12日 (火)

誰でもできる<完全独学>勉強術/山口真由

Photo 私が東大受験も司法試験も国家公務員試験も一発合格できたのは、教科書を7回読むことに徹したから。

東大法学部に現役合格し、大学3年生の時に司法試験に一発合格、大学4年生の時に国家公務員Ⅰ種試験にも1発合格したという著者。

どう考えても秀才だと思うのだが、本人は努力のたまものだと言っている。

そして、努力の仕方として教科書を7回読むことを勧めている。

そのやり方というのは、1回目から3回目は、いわば下地作り。

教科書全体をざっと「眺める」ことが目的。

この段階では、教科書の内容はほぼ理解できなくてOK。

とにかく教科書全体にざっと目を通す。

読むのではなく「眺める」ことで、教科書全体のイメージをつかむことがポイント。

4回目から5回目で、ようやく「読む」というレベルになる。

教科書のどこになにが書いてあるのか、それがなにを意味するかを知る段階。

ここで教科書の内容の理解度が、8割くらいまで一気にアップする。

そして、6回目と7回目で教科書の内容を頭に「叩き込む」。

教科書に書いてあることを、図版や資料まで含めて、細かいところまで完全に理解する。

そして、試験でアウトプットができるレベルにまで覚える。

と、こういったやり方である。

これを実践するにはかなりの努力が必要なのだが、そうはいっても地頭の違いというのはあるはず。

以前読んだ本に、学力は50~60%くらいの遺伝率だと書いてあった。

更に両親が医者ということなので、おそらく学習する家庭環境があったものと想像する。

つまり、元々、かなりのアドバンテージをもって生まれた人なのである。

「誰でもこれを実践すれば私のようになれる」と言った類の本だが、これをこのまま受け止めると、かなり失望する人が出てくるのではないだろうか。

参考にする程度でよいと思う。

2017年12月11日 (月)

答え方が人生を変える/ウィリアム・A・ ヴァンス

A 質問をリープして答えると、会話や会議やプロジェクトを目的に向かって合理的に進めることができる上にこの付加価値がつくので、相手から一目置かれたり、力強いリーダーシップを取ったり、時にはカリスマ性に輝いていたりする自分に気づかされるのも時間の問題だろう。

質問の仕方に関する本は多いが、答え方に関する本は意外と少ない。

しかし、著者は人生を決めるのは、質問の仕方ではなく答え方だという。

一般的に良い答え方とは簡潔に答えることだと思われている。

しかし、そうではなく質問をリープして答えることが重要だという。

「リープ」とは、ジャンプやホップと同じように「跳ねる」という意味。

より高く、より遠くへというニュアンスを含み、とりわけ未来の進歩や成功へと向かう飛躍的な行動を指して使われる。

本書でいう「リープ」とは、質問を跳び越えると同時に、結果として自分の未来の人生にとっての新しい可能性を開花させ、飛躍させてくれる「質問への答え方」。

ひと言で言えば、 「質問が求めることだけに答えるのではなく、自分と相手の目的にとって価値ある情報を追加して答えること」

答えに価値をインプットして相手と分かち合いながら、同時に自分の知識や能力や人格もアウトプットしていく。

質問をされたら、それを絶好のチャンスと喜び、いい質問の3つの可能性──知識を深める、人間関係を構築する、パフォーマンスを向上する──をお互いの目的と仮定して、それらのうち少なくともひとつを開花できるような価値を追加して答える。

それによって、相手は知識を深め、相手との良い人間関係を構築し、パフォーマンスを向上させる。

瞬時にそのような答え方ができるためには、当然練習が必要なのだが、これはこれまでつい見落としがちだったスキルなのではないだろうか。

2017年12月10日 (日)

徹底検証「森友・加計事件」/小川榮太郎

Photo 半年に及ぶ「安倍叩き」の間、安倍による不正、権力濫用の物証はただの一つも発見されなかった。
 「もり・かけ疑惑」は国を巻き込んでの「冤罪事件」だったのである。

本書のサブタイトルは「朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪」となっている。

過激なタイトルだが、本書を読むと、そういってもおかしくない朝日新聞の異常さである。

「もり・かけ疑惑」は過去の政治疑惑事件とは性質を異にする。

ロッキード事件、ダグラス・グラマン事件、リクルート疑惑……。

すべて首相や、それに準ずる政治家を主役にした疑惑事件だが、政商が暗躍し、巨額の金が動き、報道も、真相究明に向けて総力を結集していた。

世を揺るがすほどの追及をするには、それだけの実態がなければならないことも常識だった。

ところが「もり・かけ疑惑」はこうした常識の全てを覆す。

「忖度」や「総理のご意向」という言葉ばかりが独り歩きし、安倍総理の関与を示す証拠は何一つ挙がってこない。

裁判であれば、これで有罪にするのは100%無理である。

ところが、朝日新聞を筆頭とするメディアが「怪しい」「納得ができない」ということだけで、疑惑の目を向ける。

虚報と忖度に基づいた、物証なき責任追及。

こんな茶番劇が国会やテレビのワイドショーの中で繰り広げられている。

衝撃的だったのは、国会の集中審議によって、はじめて、当事者自身の証言による加計問題の構造全体が明らかになり、前川喜平の虚言の殆どが暴かれた時の事。

スキャンダルとしての加計問題はこれで完全に終結したと私自身は思った。

ところが、国会での徹底究明を要求してきたマスコミ自体が、この暴かれた真相を全く報道せず、前川の発言のみを一方的に取り上げることに終始した。

一番の当事者である加戸守行前愛媛県知事の発言はほとんど報道されなかった。

これは醜い。

この日は「マスコミが死んだ日」と言ってよいのではないだろうか。

2017年12月 9日 (土)

日本人だけがなぜ日本の凄さに気づかないのか/ケント・ギルバート、石平

Photo 本来のジャーナリズムは、思想やイデオロギーに関係なく、事実がどこにあるか、事実の背後には何があるか、それを伝えることが使命です。しかし、日本のメディアは事実がどうかは二の次で、イデオロギーでしか取り上げない。

日本人は総じて自国評価が低い。

外国の意見ばかりありがたがり、卑屈になっている。

これだけ豊かな歴史と文化、そして世界第3位の経済力を備える「大国」としては、ふさわしくない。

特に問題なのは、自虐史観と愛国心、自立心のなさである。

その一因を担っているものがマスコミである。

まず、新聞1紙が900万部もの発行部数になっているというのも異常である。

ニューヨークタイムズでも百数十万部である。

そして日本では新聞社とテレビ局が縦につながっている。

いわばメディア財閥を形成している。

戦後、日本の財閥は解体された。

三井、三菱、住友、安田の4大財閥は解体され、それに続く財閥や各業界の独占的企業もある程度解体された。

ただ、そのなかにメディアは含まれていない。

現在では、NHKを除いて読売、毎日、フジサンケイ、朝日、日経の五つのメディア財閥が、新聞、雑誌、テレビ、ラジオ、BS、CSと、すべてをひと通り押さえている。

普通に考えても、新聞とテレビ局が同じ資本だというのは、おかしい。

ラジオ局も、雑誌も、CSも、資本が違うから競争原理や相互監視が働く。

日本のメディアにはそれがない。

しかもそのメディアはイデオロギーで凝り固まっている。

事実を伝えるというメディアの第一の使命を放棄し、自分たちのイデオロギーに反することは事実を曲げたり、または伝えない。

このメディア財閥支配を解体することが、日本が健全な言論空間を取り戻すために必要不可欠なことではないだろうか。

2017年12月 8日 (金)

本質を一瞬で伝える技術/溝田明

Photo 社長という生き物は、はるか上空を飛ぶ鳥のようなもの。時代、国内外、トレンド、自社の売り上げやイメージなどの大きな流れを見ています。空高く飛ぶ鳥に、大河はよく見えますが、細かいものはおぼろげです。社長もまた社員の個性、人間関係、事情など、細かなことはほとんど見ていません。正確に言うと、細かいことだけにはとらわれていません。

仕事柄、多くの社長と話す機会がある。

その中で感じているのは、優れた社長は本質をつかむことに長けているということ。

あまり細かいことにとらわれない。

今だけでなく、5年後10年後を見ている。

自分の会社のことだけでなく、視野が広い。

この本質をつかむ目を持つことは社員であっても重要だ。

仕事でパッとしない人は本質を見ないで仕事をしている。

もしくは、見抜く方法を知らない、と言えるかもしれない。

そのため、がんばっている割に評価を得られない。

また、本質をつかんでいないので、話しも伝わりにくい。

結局、何を言いたいのかわからないのである。

今ある課題は何か?

目指すべきゴールはどこか?

自分のこだわりは何か?

この仕事の一番の目的は何か?

絶えず自らに、このような問いかけをすることが必要なのではないだろうか。

2017年12月 7日 (木)

がんで余命ゼロと言われた私の死なない食事/神尾哲男

Photo 私はがんが憎くはありません。なぜなら自分自身の細胞だからです。
 よくがんと闘うと言いますが、自分自身と闘うわけにはいきません。

著者は14年間、食事の力で末期がんを抑えているという。

職業はフランス料理のシェフ。

医者から「生きているのが信じられない」と驚かれながら、死なずにずっと生き続けている。

「奇跡のシェフ」とも呼ばれている。

著者は医者から末期がんで余命ゼロという宣告を受け、料理人の原点に立ち返ろうと決心した。

自分は料理人。

だったら、「食」でどうにかしよう、と。

科学的な治療を拒否した上、薬など余計な力は借りず、自然のままに。「食」のパワーとエネルギーだけを頼りに生きていこうとした。

その結果が、14年間末期がんの宣告を受けたまま生き続けているというもの。

がんとは戦うものではなく、共存するもの。

この考え方は意外と正しいのかもしれない。

2017年12月 6日 (水)

日本人の9割が知らない遺伝の真実/安藤寿康

9 世の中には、たくさんの子育て本が出ています。 「××した時は、もっと褒めるようにしましょう」など、さまざまな子育てテクニックが紹介されていますが、そうしたテクニックの効果は、行動遺伝学の立場から考えると、あまり期待できません。

人の能力はどのくらい遺伝によるものなのか?

この遺伝率は驚くほど高い。

IQは70%以上、学力は50~60%くらいの遺伝率がある。

生まれた時点で配られた、子ども自身にはどうすることもできない手札によって、それだけの差が付いているわけだ。

残りは環境ということになるのだが、学力の場合、さらに20~30%程度、共有環境の影響が見られる。

そして、共有環境というのは家族メンバーを似させるように働く環境のことなので、大部分は家庭、特に親の提供する物質的・人的資源によって構成されていると考えられる。

親が与える家庭環境も子どもはどうすることもできない。

つまり、学力の70~90%は、子ども自身にはどうしようもないところで決定されてしまっているということ。

驚くべき数字である。

こうなってくると、頭が良い、悪いはオギャーと生まれたときに決まっているということもできる。

遺伝子によって、その人の人生がある程度デザインされているとも言える。

そうはいっても、遺伝の影響は100%ではない。

ここに人の可能性があるのではないだろうか。

2017年12月 5日 (火)

閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済/水野和夫

21

 もはや資本と家計は同じ船、すなわち「国民国家」という船には乗っていません。資本は豪華客船で毎日パーティ三昧なのに対して、家計は泥舟で、今にも沈没寸前です。
今、大企業は儲かっている。
ところが賃金は上がらず、個人消費は伸びない。
何かがおかしいと多くの人が感じている。
著者はそれはもはやグローバル資本主義の限界を迎えているからだという。
グローバル資本主義のもとでは、国家は「国民」国家であることを止めて、国民よりも資本を選んだ。
国家はグローバル企業、すなわち資本が活動しやすいように規制緩和や法整備をすることで資本に奉仕すれば、経済成長を実現でき、国民もそれなりに満足すると思っている。
しかし、格差はますます広がり、家計にお金が回っていかない。
利潤をもたらしてくれるフロンティアを求めるために地球の隅々にまでグローバリゼーションを加速させていくと、地球が有限である以上、いつかは臨界点に到達し、膨張は収縮に反転する。
現在は、資本の自己増殖を目的とする資本主義が限界に達している。
このような時代に日本は、これまでの近代路線をそのまま突き進むのか、まったく異なる道を選ぶのか、まさに大きな分岐点に立たされている。
「より遠く、より速く、より合理的に」という近代の理念が限界に達している。
だから、その逆をおこなうしかない。
つまり、「より近く、よりゆっくり、より寛容に」である。
・・・と、そのように著者は主張する。
今後日本はどの方向に向かえば良いのか?
一つのヒントを与えてくれる本である。

2017年12月 4日 (月)

ブランド人になれ!/トム・ピーターズ

Photo 「人はだれしも、何かを売って生きている」(ロバート・ルイス・スチーブンソン)
 胸が痛くなるほどの真実である。さて、あなたは何を売る?

働き方改革が叫ばれている。

しかし、その前に働く人そのものが変わる必要があるのではないか。

「働き方改革」ではなく「働く人改革」である。

なぜなら、これからの時代、70歳まで働かざるを得ない時代がくる。

人工頭脳やロボットはどんどん進化していく。

だとしたら、「私にはこんなことができる」「これは私にしかできない」というものを持つ必要が出てくる。

つまり自分のブランド化である。

自分をブランドにするのは一大事業であり、一人ひとりが個人で取り組む事業である。

その成否によって、将来が大きく左右される。

自分をブランドにするというのは、実用的な発想であり、金儲けのアイデアであり、ホワイトカラーの受難期を生き抜く知恵でもある。

と同時に、それは、なにものにもとらわれず、しずかに自分を見つめなおす絶好の機会だ。

自分にこう問いかけてみる必要がある。

自分がいまやっていることは、自分のブランド化になにか役立つだろうか?

答えがノーなら、時間の使い方を考え直したほうがいい。

また、あれもこれもと欲張らないことだ。

「これなら自分にもなんとかやれそうだ」あるいは「自分にはこれしかない」と思えるものをひとつ選ぶ。

選んだら、それに磨きをかける。

こんな取り組みが一人ひとりに求められる時代になってきたということだろう。

2017年12月 3日 (日)

できたことノート/永谷研一

Photo 考えなくてはいけないのは、「どうすれば、自己肯定感が高い状態をつくれるか」ということです。
 この状態は、実は誰でも簡単につくることができます。そのためにするとよいのは、 「毎日、具体的な『できたこと』に着目する」 ということです。

著者のユニークなところは「できたこと」に着目しているということである。

普通、「できないこと」に焦点を当てることが多い。

「できないこと」をまず見つけ、何故できなかったのかを分析する。

その上で原因究明し、対策をたて、実行する。

あながち間違っているとは言えないのだが、問題はこれをやり続けるためには精神的なタフさが必要とされるということである。

自分の負の側面に目を向けるわけだから、自己肯定感が落ちてくる。

人間は感情の動物である。

当然、行動は変わらず、どんどんマイナス思考に陥ってしまう。

負のスパイラルが回りだすのである。

一方、「できたこと」に焦点を当てるとどうなるのか。

まずは、セルフイメージがどんどん上がっていく。

また「できたこと」を見つけることは、自分の中に眠る「エネルギーの源泉」を見つけていくことでもある。

それを見つけ、他の局面にも適用するようにすれば、さらに自分の行動は変わってゆく。

つまり、正のスパイラルが回りだすのである。

おそらく、その過程で「私はできない」という思い込みからも解放されることだろう。

「できたこと」に着目する事。

大事な視点だと思う。

2017年12月 2日 (土)

営業でいちばん大切なこと/小林一光

Photo 営業マンは、商品を売るのが仕事ではありません。営業マンが売るのは、「自分」です。「この商品は、役に立つ」ではなく「この営業マンは、役に立つ」と思っていただくことが、営業という仕事の、第一義だと思います。

営業とは結局コレだと思う。

昔から「商品を売る前に自分を売れ」と言われてきた。

お客は商品を買う前に、営業マンを買う。

だから売れる営業マンほど商品説明はしない。

自分を買ってもらえれば商品は自然に売れると知っているからだ。

もっと言えば、「あの人から買いたい」「あの人でなければダメ」と言われるようになったら営業マンとして一人前である。

今後10年から20年後には多くの仕事が人工頭脳やロボットに奪われると言われている。

しかし、時代が変わり、人工頭脳やロボットが進化しても、人と人との対人対応能力を必要とする仕事は最後まで残るのではないだろうか。

2017年12月 1日 (金)

デザインの次に来るもの/安西 洋之、八重樫文

41wtaorlxnl__sy346_ イタリアにとってデザインは、常に何というか倫理的な観点から理解され、認識されてきたということだ。たとえばアメリカのような商業的観点からではなくて、デザインするということは、イタリアでは人間を幸せに居心地良くすることだった。アメリカではデザインすることは、より多く売ることを意味している。一方、つい最近までイタリアでは、人生に解釈や説明を与えることがデザインだった。人生を明るく照らすのがデザインだったんだ。だから、デザインの大部分は人間生活や人生を論ずるところからやってきた。

デザインのセンスの全くない自分にとって、デザインの話しは苦手意識が先に立つ。

本書の言っていることは、要はデザインは単にモノを綺麗にカッコよく見せるためだけでなく、モノの意味を伝える力があるということではないだろうか。

特に今は「モノが売れない時代」と言われている。

より良いモノをより安くといっても限界を迎えようとしている。

ではどうすれば良いのか?

同じモノであっても新しい意味を加えることによって新しい価値が生まれる。

そのためにデザインは大きな力になるというのである。

これがいま欧州で注目されている経営戦略「意味のイノベーション」。

イタリア発のこの考え方は、極端に言えば「商品やパッケージはそのままでイノベーションを起こす方法」である。

「問題解決」だけでなく、「意味」を変えることで、商品の価値を飛躍的に高める。

中堅・中小企業が、自社の資源を活かしつつ、他社と差別化を図り、長期的に売上を伸ばせる画期的な経営戦略。

勉強してみる価値はありそうだ。

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