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2018年6月の21件の記事

2018年6月21日 (木)

キヤノン特許部隊/丸島儀一

Photo 今の世の中で特許上、絶対的に強い会社はありません。常に相対的に強いだけです。だから相対的に強い部分で有利に交渉をして、弱さを補っていくことが重要なのです。
 

著者は、キヤノンで一貫して特許事務にかかわってきた伝説の人物。

著者は特許事務に配属された時、特許担当としてまず、600件あまりの特許群すべてを原文で熟読した。

これによって、何をすればゼロックスの特許にひっかかるかということは熟知することができたという。

著者が唱えてきたのは、特許担当者は源流に入れ、ということ。

特許担当者が机に座って仕事をしていてはいけない。

とにかく担当する技術の開発部分に入り込みなさい、ということ。

特許担当者と開発の人間が一体になり、事業の展開を考えながら特許を取っていくというのが、最も良い特許を取る方法だというのである。

つまり、開発の人間と思いを一にすることにが強い交渉力につながるということであろう。

特にアメリカの企業との交渉は高度な交渉術が必要となる。

交渉では100対ゼロはあり得ない。

20を譲って80を取る、これが交渉である。

そのための一つの手法としてクロスライセンスがある。

これは2つまたは複数の企業等が、自らの持つ特許権等の知的財産権の行使を互いに許諾すること。

またはそのための契約。

つまりざっくり言えば知財の物々交換である。

クロスライセンスは、自分の有利な立場を利用して、さらにそれを継続的に維持するための一番いい方法だという。

ライセンスはする。

その代わり攻められないような立場を築く。

さらに差額として実施料を1パーセントもらえば、プラスマイナスで2パーセントの事業差が出る。

これでコスト競争上優位に立てる。

また相手の特許を自由に使っていいということになれば、設計の自由度が増し、事業的にも非常に有利になるというのである。

特許を取るということは今や企業の明日を決めるといっても過言ではない。

著者にもその危機感があるのだろう。

2018年6月20日 (水)

家康に訊け!/童門冬二

Photo 彼はいわゆる、
「日本人特有の温情主義」
 によってこれを実現したわけではなかった。むしろ彼の組織や人事の管理方法は、
「非情」につきる。

織田信長、豊臣秀吉、徳川家康はそれぞれ「天下人」と言われる。

中でも一番人気のないのは家康であろう。

信長や秀吉は日本人離れのところがあったが、家康はいかにも日本人といったところがある。

現在の企業経営になぞらえてみると、彼ら三人には事業の連続性と継続性がある。

つまり、織田信長はそれまでの中世以来の古い日本人の価値観を叩き壊した。

したがって、破壊に必要な戦略とリーダーシップを取った。

豊臣秀吉は、新しい価値社会の創造建設を担当した。

だから、それなりの戦略とリーダーシップを発揮した。

そこへいくと、徳川家康はふたりの先輩がやりかけたことを完成させ、それを長期維持管理したと言える。

徳川家康が終生貫いたのは「信頼」であった。

信頼を、いま風に言えば徳川企業のCIにした。

これは、若いときからずっと年月をかけて積み重ねたものだ。

状況の変化に応じて、一朝一夕で実現した付け焼き刃ではない。

そして、ひと言で言えば、家康の戦略は「分断政策」だった。

まず、トップマネジメントグループにおいて、頭と胴体・手足を切り離した。

具体的に言えば、征夷大将軍になった家康はすぐ隠居した。

そして、その職を息子の秀忠に与えた。

しかし、秀忠に全権を与えたわけではない。

家康は、会長職として駿府城に退き、ここで多彩なブレーンを登用した。

腹心、学者、僧、外国人、商人、特別技能者などである。

この連中に、新しい社会体制を長持ちさせるためのいろいろな知恵を出させた。

そして出た知恵を今度は「政策」として、江戸城にいる新将軍秀忠のところに届ける。

秀忠は、駿府城で生まれた知恵を実行する。

いわば、政策の実施機関である。

家康の分断経営は、大名に対する統制と管理でも遺憾なく発揮された。

彼は大名たちに対して、絶対に〝花と実〟を同一人に与えなかった。

「花」というのは「権力」だ。

「実」というのは「収入」である。

権力を持たせた大名の給与は、ごく低く抑えた。

反対に、給与をたくさん与える者には、幕府の枢要なポストは絶対に与えなかった。

これについては家康自身が「権力を持つ者の給与は少なく、給与の多い者には権力は持たせない」と言っている。

これらは今にも通ずるマネジメントではないだろうか。

2018年6月19日 (火)

官僚がバカになったから日本は「没落」したのか/原山擁平

Photo 「キャリア官僚は、この安定期に力を発揮する人材タイプが多いんです。ところが今の日本は変革・衰退期に入っていると考えられる。そうすると多分、これまでに省庁が採用してきたタイプとは異なる人材が求められているはずなんです」

官僚は〈官吏。役人。特に、国政に影響力をもつ上層の公務員群についていう〉と広辞苑に記されている。

つまり官僚=キャリア官僚ということになる。

東大法学部を頂点とする〝一流大学〟を卒業しただけでなく、戦前なら「高等文官試験」を、戦後なら「国家公務員Ⅰ種試験」や2012年度からは「国家公務員総合職試験」となった〝超難関採用試験〟を突破した筋金入りに〝優秀〟な人々だ。  

そして日本は優秀な官僚が支えていると言われてきた。

昔は「経済一流、政治三流」と言われたものだが、三流であるはずの政治は経済の足を引っぱらなかった。

それはキャリア官僚が政治家をサポートしているためだ。

こういう見解は、日本人の共通認識としてあった。

ところが最近、その官僚がおかしい。

「官僚の中の官僚」と言われた財務省の文書改ざん問題やセクハラ問題等々、以前では考えられないことが起こっている。

日本の官僚は劣化してしまったのだろうか。

恐らくそうではなく、官僚の持つ能力そのものが時代に合わなくなってきたのではないだろうか。

官僚は〝超難関採用試験〟を突破した筋金入りに〝優秀〟な人々だ。

だから、情報や事務の処理能力が極めて高い。

その面では優秀だ。

まさしく限られた時間で多くの受験科目をこなし、最も高い点数を取るためには何に力を注げばいいか幼い時から訓練を受けているからだ。

そして入試にはそういう能力を持った人間を選抜する傾向がある。

つまり、予め決まった答えをより早く正確に出す能力には優れているのである。

その能力が発揮できるのは日本が安定期であった時代。

しかし、今の日本は、変革・衰退期に入っている。

例えば、成長期の会社なのに、間違って安定期タイプの人材が入社してしまうと不思議に浮いてしまい、無能の烙印を押されてしまう。

安定期の会社に成長、変革・衰退期のキャラクターが入っても同じ結果になる可能性が高い。

無能か有能かという問題は、当然、単純にその人間の偏差値や努力で決まるものでもない。

その意味で今の官僚の持つ能力が時代に合わなくなってしまい陳腐化してしまったと言えるのではないだろうか。

2018年6月18日 (月)

文春砲/週刊文春編集部

Photo 「読者は人間の立派な部分だけを知りたいわけではないと思います。俗っぽいけれど、その人の人間らしい部分こそ読者の興味をそそる。その読者たちの期待に応えるのが私たちの仕事だと思っています」
 これが世にスキャンダルを送り出す、我々のスタンスです。

「文春砲がさく裂!」

最近、よく聞くフレーズである。

この文春砲、政治家や芸能人にとって、恐怖であろう。

過去、スキャンダル処女といわれていたベッキーさんの不倫報道、安倍内閣の中核である甘利明 大臣の金銭授受問題、舛添要一都知事の公用車私的利用問題等、多くのスキャンダルを暴いてきている。

そしてテレビのワイドショーや、はたまた国会まで、この週刊誌ネタを取り上げている。

でも、取材する記者は大変である。

甘利問題を追いかけていた記者は、一年近くにわたりネタ元ととことん付き合ったという。

一緒に食事をしたり、フィリピンパブに付き合ったり、とにかく何時間でも話を聞き続ける。

大きな事件を告発する人物はほとんど例外なく、途中で不安に襲われる。

「私も逮捕されるかもしれない」

「残された家族が心配で……」

甘利問題の担当記者は揺れる告発者に寄り添い続けた。

そして最後には安倍政権の中枢を直撃する大スクープを放つことができた。

ただ甘利関連報道が一段落した後、その記者はしばらく体調を崩してしまったという。

確かに、この取材記者という仕事は大変だ。

肉体的に、そして精神的に、大変なストレスにさらされる。

特に、仮に有名人のスキャンダルを暴いたとしても、その取材対象者を不幸にするだけである。

言葉を換えて言えば「人を不幸にする仕事」と言ってよい。

これでモチベーションが保てるのだろうか?

こんなことを考えさせられた。

2018年6月17日 (日)

10年後躍進する会社 潰れる会社/鈴木貴博

Photo 「この危機は、自動車が売れなくなったトヨタをイメージしてほしい」

上記は、富士フイルムの当時の社長、古森重隆氏の言葉。

日本の写真業界に最初に激震が起きたのは1981年。

ソニーがデジタルカメラのさきがけとなるマビカというコンセプト商品を発表したとき。

マビカから14年後、1995年にデジカメ分野での最初のヒット商品がカシオから発売される。

ところが、当時のフィルムメーカーの幹部の大多数の意見は、 「デジカメは発展するだろうが、市場としては高性能のフィルム方式のカメラと、低性能のデジカメが 棲み分けることになる」 という考え方が定説だった。

そこから 10 年後の2004年に写真産業はどうなったのか?

棲み分けるなどという話は幻想で、カメラはすべてデジタルカメラに置き換わってしまった。

これが破壊的イノベーションの出現サイクルである。

そして世界最大のフィルムメーカーだったイーストマン・コダックが連邦破産法を申請するのは、それからさらに8年後の2012年。

フィルムの場合はマビカというコンセプトモデルの発表から、イーストマン・コダックの消滅まで 31 年間かかっている。

ところが、フィルム産業が破壊されていく中で富士フイルムは化学企業として舵を切りなおして、成長を実現している。

その原動力となったのが2000年に富士フイルムの社長に就任した古森重隆氏のリーダーシップ。

フィルム分野で過剰な販売チャネル、研究所、研究員、管理職への大規模なリストラを断行する。

同時に、新たな成長分野への巨額の投資を行うことで、消滅するフィルムという壊滅的な事業構造の変化を乗り切った。

自動車、金融、外食、放送等、今、あらゆる分野が破壊的イノベーションの脅威にさらされている。

「この危機は、自動車が売れなくなったトヨタをイメージしてほしい」

この言葉の持つ意味と重さを理解している経営者はどのくらいいるのだろう。

2018年6月16日 (土)

大西瀧治郎 神風特攻を命じた男/西村誠

Photo 神風特別攻撃隊を生み出したのは、〝日本軍の風土〟だったのではないだろうか。つまり、明治以来積み重ねてきた日本軍の精神性が、ついには特攻という作戦を採用するに至らせたと考えられなくもない。

初めての特攻出撃を命じたのは大西瀧治郎だったという説がある。

確かに大西は初めて航空機による特攻出撃を命じた。

ただ、先に特攻出撃を命じられたのは『回天』部隊であった。

『回天』の出撃が、大西が命じた神風特別攻撃隊よりも遅くなってしまったに過ぎず、命令自体は『回天』の方が早かった。

そもそも、それまでにも、航空機による敵艦体当たりはなかったわけではない。

真珠湾攻撃時にも、制空隊の零戦搭乗員だった飯田房太大尉が、空中戦で被弾して帰投を諦め、アメリカ軍飛行場の格納庫に突撃して散華した。

ミッドウェー海戦では攻撃隊指揮官の友永丈市大尉が空母『ヨークタウン』に突入した。

南太平洋海戦では雷撃の神様と謳われた村田重治中佐の九七艦攻が被弾して、空母『ホーネット』に体当たり戦死した。

この海戦では、坂本明大尉の九九艦爆も『ホーネット』に体当たりしている。

これらの例は上官からの命令によるものではなかった。

友永大尉の例を除いては、自機が被弾し帰投できなくなったから、どうせ死ぬのだからと体当たりを選んだに過ぎない。

日本の敗戦が濃厚になった時、日本人の中に「どうせ死ぬのなら」「どうせ負けるのなら」という空気が生まれたのは想像に難くない。

現に、この時期、大西は「もう、体当たりでなければならない」と、周囲に漏らすようになっていたという。

迷いながらもいずれその日が来ることを実感していたのではないか。

つまり、誰であっても大西の立場に立っていたなら、特攻を命じたのではないかという推論は成り立つ。

では誰が大西に命じたのか?

軍隊である以上、大西が勝手にやったとは考えられない。

少なくとも上位者はそれを黙認したはずである。

そう考えると神風特攻隊は誰かが主導して行ったのではなく、当時の空気がそうさせたと考えられなくもない。

『空気』という存在、いかにも日本らしい。

2018年6月15日 (金)

知られざる「吉田松陰伝」/よしだみどり

Photo 江戸末期、松陰の夢は、日本が外国からの 辱めを受けない立派な国になることだった。世界からみて恥ずかしくない日本人であること、それが彼の理想であった。

上記はスティーヴンスン著『ヨシダ・トラジロウ』の一節。

当時、日本国内には吉田松陰の伝説は存在しなかった。

にもかかわらず、イギリス人のスティーヴンスンが「松陰伝」を書いているのである。

世界初の「松陰伝」ということになる。

スティーヴンスンと言えば『宝島』『ジギルとハイド』の著者として有名である。

その彼がどうして吉田松陰のことを知っているのか。

その謎を解くために著者は謎解きの旅を続ける。

そこで分かったことは松陰から教育を受けた正木退蔵とスティーヴンスンとはあることがきっかけで交流があったということ。

そして退蔵から吉田松陰の話を聞かされたスティーヴンスンは感動し『ヨシダ・トラジロウ』を著したというのである。

正木退蔵が、松陰に初めて会ったのは安政五年(1858年)のことで、退蔵が13歳の時のことであった。

それは松陰が、松下村塾での最後の教育をしている時期であり、まもなく彼の再入獄によって、松陰による松下村塾は終わりを告げる。

もっとも感じやすい年ごろに、ほんの数カ月というわずかな期間、彼が松陰から受けた教育は机上の学習だけではなく、実際にすぐに社会の役に立つ人間となるために自己を教育するという実学の思想であった。

正木退蔵は、その教えを深く胸に刻みつけてその後の人生で実践した。

そして退蔵を通してスティーヴンスンは松陰という人物を知る。

文豪スティーヴンスンと松陰が、偶然とはいえ、このようにして結び付いたということは、まさに運命的な出会いであった。

松陰の生き方はスティーヴンスンの生き方にも影響を与える。

松陰の魂・スピリットは、彼が生前のぞんでいたように、日本という小さな国を越えて、地球の反対側に飛んでいってしまったのである。

不思議な出会いを感じる。

2018年6月14日 (木)

生きづらさの正体はアダルトチルドレン。/梅岡幸子

Photo 最終的に、「そのままの自分でいい。私は自分が好きだ」ということが腑に落ちれば、アダルトチルドレンを克服できたといってよいでしょう。

アダルトチルドレンとは、「機能不全家庭で育った影響で、成人してからも心の傷やトラウマを抱えている人たち」を指す。

何をやっても上手くいかず、自分を好きになれない。

どこへ行っても人間関係でつまずき、居場所がない。

愛されたい、認められたい、嫌われたくない。

そんな思いが渦巻く。

これらは、アダルトチルドレンの症状である。

「可愛い」「大好き」などの肯定的な言葉をたくさんかけられた子どもは、存在を承認され、自己肯定感を高く持つことができる。

良好な親子関係の中で他者との関わりを心地よいと感じるようになり、親密な人間関係を築くことができる。

一方、親から虐待を受け、「あんたなんか生むんじゃなかった」「お前はダメな子だ」と、存在や人格を否定するような言葉を繰り返し言われた子どもは、「自分は人から愛されない」「人との関わりがつらい」という初期設定になる。

すると、人間関係でのつまずきは必然となる。

家庭の外での人間関係は、幼少期の親子関係が大きく影響しているということである。

アダルトチルドレンの回復は4つのステップが必要となる。

第1に、子どものころから溜め込んでいる親への怒り、恐怖などを吐き出す。

第2に、自分の素直な感情をそのまま認める。

第3に、毎日記録をつけ、自分が頑張ったこと、やり遂げたこと、その日に起きた良い出来事に意識をフォーカスさせる。そして、しっかりと自分を認めて褒めることに慣れていく。

第4に、自分に合った心理療法をお守りとして持っておく。

特に第2、3が重要だ。

心の中に溜め込んだままの、親への怒りや恐怖心、その他の黒い感情を「思ったまま、感じたまま」に吐き出し、それを自分で認めるという作業である。

感情は、認めると消える。

最終的に、「そのままの自分でいい。私は自分が好きだ」ということが腑に落ちれば、アダルトチルドレンを克服できたといってよいということである。

でも、「ありのままの自分の感情を認める」ことは、すべての人に必要なことではないだろうか。

2018年6月13日 (水)

宇宙兄弟「完璧なリーダー」は、もういらない。/長尾彰

Photo 率先垂範・不動不惑のリーダーは通用しなくなりつつあり、「総リーダー時代」に突入しているのです。
 それなのに、「リーダーたるもの、優秀でなければならない」という呪縛が、未だにどれほど多くの人たちを苦しめていることか!

リーダーたるもの、行き先や行き方を迷うことなく先頭で示し続け、人々はその背中に憧れ、尊敬しながらついていく。

このようなカリスマ的なリーダーが企業や組織を牽引することで、日本の経済産業はめまぐるしい発展を遂げてきた。

確かに、これまでの社会はそれで安泰だった。

でも、時代は大きく変化した。

その変化のスピードはどんどん速くなっている。

予測の不確実性が高く、誰も「正解」がわからない。

こんな時代、自信満々で有無を言わさずに「こっちへ行くぞ!」と、みんなを牽引するようなカリスマ的リーダーは生まれにくい。

新しいリーダー像が求められている。

そんな中、著者は「宇宙兄弟」の主人公、南波六太に新しいリーダー像を求めている。

六太は一見するとリーダーとは無縁なタイプ。

「何をやっても、デキのいい弟に先を越されてしまう兄」というコンプレックスに苦しみ、なかなか自分に自信を持ない。

でも、彼がいるとなぜか結果的に物事がうまくいっているというパターンが実に多い。

六太がピンチのときは、彼に共感し協力する人間が自然と集まり、目的を達成する。

逆に彼の言動がきっかけとなり、周囲の人たちが自らの夢を成し遂げている場合もある。

これこそがまさに、「リーダーシップ」だ。

こうしたアクションを本人はほとんど無自覚で行っているのが、六太のすごいところ。

本人も自分のことをリーダーとは思っていないだろう。

「リーダーは先頭を走り、みんなを引っ張れる優秀な人間でなければならない」

あえて口に出すことはなくても、「リーダー」という概念に、漠然とそういったイメージを抱いている人は多いのではないだろうか。

まずはこの「リーダー=優秀で選ばれた人物」というイメージを、頭の中から取っ払ってしまう必要があるのではないだろうか。

リーダーとは、「選ばれた優秀な人間」ではなく、 リーダーシップを発揮している人のこと。

リーダーの仕事は、メンバーを仕切ったり、命令したりすることではない。

「リード」すること。

優秀である必要はないのである。

2018年6月12日 (火)

内閣官房長官秘録/大下英治

Photo 新聞記者が、
「官房長官が、肝腎の部分を握っていて、政局の切り札に使おうとしているんじゃないですか」
 と訊くと、後藤田は、にやりと笑った。
「君も、なかなか空想力に富んでいるな。新聞記者をやってないで、小説家になってはどうかね……」

官房長官の仕事は、総理を支える女房役であること。

省庁間にまたがる施策を調整する役割がある。

国会では、きちんと法案を通さなければいけない。

また、スポークスマンとして内閣の考えを内外に発する。

これらすべてを抱えると相当な重圧になる仕事である。

歴代の官房長官の中で評価の高い官房長官の一人に後藤田氏が挙げられる。

中曽根首相の官房長官であった後藤田氏。

後藤田氏には、「カミソリ後藤田」「ケンカ後藤田」「ホンネ後藤田」「ウソツキ後藤田」という異名のほかに、「オトボケ後藤田」というあだ名もある。

当時の中曽根首相には、行政改革を断行するという使命があった。

各省庁の予算を抑え、減税していかなければならない。

当然、各省庁の役人から、猛然と反対の声があがってくるのは必至だった。

にもかかわらず、中曽根首相は、確信に近いものを持っていた。

その反対の声を抑えこむことのできるのは、後藤田しかいない、と。

後藤田氏は、喧嘩は、めっぽううまい。

しかも、判断が早い。かけ引きも上手だ。

嘘も、平気でつく、それもわからないように……。

といって、肚の中をズバリと見せたりする。

官僚の操縦法を知り尽くしている……。

中曽根首相には〝不沈空母〟発言、対米武器技術供与、田中角栄議員辞職勧告決議案、国鉄法案と、いくらでも攻撃材料があった。

ところが当時の筆頭野党の社会党からほとんど攻撃されなかった。

当時、社会党の沈黙は、「後藤田官房長官の握っているレフチェンコ・リスト公開の恫喝に屈したせい」とまでささやかれた。

真偽の程は明らかではないが、何れにしても政界の表も裏も知り尽くして政権運営に利用する。

清濁併せ呑む。

その位のしたたかさがなければ、官房長官の職は務まらないのかもしれない。

2018年6月11日 (月)

性格スキル/鶴光太郎

Photo 性格スキルは幅広い学歴・職業で共通して重要であり、その欠如が職業人生の失敗に強く結びついている。裏を返せば、 性格スキルを高めることでどのような道に進むといえども、職業人生が開いていく 可能性があるといえる。

良い職業人生を送るためにはどんなスキルが必要か。

学力や知識といった認知スキルを向上させることだろうか。

様々な調査で明らかになったのは、認知スキルと良い職業人生との相関は無いという。

むしろ相関の高かったのは性格スキルだという。

具体的には、性格スキルは 「開放性」「真面目さ」「外向性」「協調性」「精神的安定性」 からなる。

このビッグ・ファイブは性格的スキルをよりきめ細かく定義するための「緯度」と「経度」のようなものともいわれている。

中でも人生のどの側面にも圧倒的に重要であるのが「真面目さ」なのだという。

さらに「真面目さ」と並んで職業人生に強い影響を与える性格スキルとしては、「精神的安定性」「協調性」が挙げられる。

さらに、この「真面目さ」、「精神的安定性」、「協調性」については、10代の伸びよりもむしろ、20代、30代の伸びが大きいことが着目される。

これは 大人になってからも十分性格スキルを鍛えることができることを如実に表わすエビデンスだ。

何れにしても、良い職業人生を送るためには、その根源にある性格スキルを伸ばしてあげることを考えなくてはならないということだ。  

性格スキルに目を向けない限り、根本的な解決は決して生まれない ことを肝に銘じるべきであろう。

2018年6月10日 (日)

国防音痴が、国を滅ぼす/豊田有恒

Photo 戦争とは、軍事力の真空状態、あるいは著しい差が生じたとき発生するもので、軍事力が均衡しているときは、むしろ起こらないものなのだ。

戦後、日本の安全保障に対する態度は、一度もぶれたことがない。

日本人すべてが、日本さえ身を慎んでいれば、世界が平和になるという妄想にとらわれていた。

第二次大戦への過度の反省からか、国防、安保に関しては、自分たちの手を縛っておきさえすれば問題は起こらないと、すべての日本人が固く信じてきた。

その象徴となっているのが、憲法9条である。

日本人は、平和憲法のもと、高邁な妄想で洗脳されている。

日本人は、軍備があるから戦争が起こると信じ込まされているが、事実は逆である。

むしろ、一方に軍備がない、あるいは乏しいといったように、軍事力のバランスが大きく崩れたとき戦争が起こるのである。

それは歴史が証明する。

誰もが戦争なんてしたくない。

でも、だからこそまっとうな軍隊を持つべきだ。

国防のことを真剣に考えるべきだ。

もうそろそろ、その時期に来ているのではないだろうか。

2018年6月 9日 (土)

なぜこの人はわかってくれないのか/ジェイソン・ジェイ、ガブリエル・グラント

Photo 私たちの経験上、対立とは両者の考えがどれほど左右に開いているかが問題なのではない。対立とは、異なる価値観を包み込む健全なコミュニケーションや会話が機能不全に陥るときに起こる。

対立とは悪いことではない。

ただ、対立をそのままの状態にすることに問題がある。

異なる考え方や価値観が対立することによって新しい発想が生まれる。

そしてその対立を超えさせるものが会話なのである。

会話によって新たな可能性を切り開くことができる。

会話の力を利用することで、行き詰まりを突破し、対立を目標達成につながる原動力へと変えることができる。

会話には筋書きなどなく、議論を前へ進めることのできる特定の会話術などない。

「行き詰まった会話」から抜け出すのに必要なのは、「言うべき正しいこと」を見つけることではない。

より根本的な変革、つまり自分のあり方を変革することだ。

対立や行き詰まりは、特定の視点や考え方やあり方に固執する限り続いていく。

人が行き詰まりを突破するのは、自分を解放し、自身の考えや行動パターンを拡張するときだ。

自分が本当に望む未来を把握し、その未来に見合った姿勢やあり方をつくる。

そこから、言葉や会話が自然と流れてくる。

会話の持つ力について改めて考えさせられた。

2018年6月 8日 (金)

「自分の居場所がない」と感じたときに読む本/水島広子

Photo 「居場所」のキーワードは「安全」「自己受容」です。これは、 奇跡的に人から与えられることもありますが、自分でつくるほうが簡単です。 いつでも、その気になればつくれるのです。

「自分の居場所がない」

よく使われる表現である。

物理的な面と心理的な面があるが、多くの場合、心理的な面を指している。

なぜ人は「自分の居場所がない」と感じるのか。

一つは「安全でない」と感じたとき。

私たちは、危険な場に遭遇すると、「逃げるか、闘うか、固まるか」という反応が、 動物として 起こってくる。

何れも「居場所がない」と感じたときに起こる反応である。

そしてもう一つは「自己受容」が出来ないとき。

実は「居場所のなさ」を感じるときの私たちは、「自己受容」ができていないもの。

ということは「居場所のなさ」を本当の意味で改善できるのは、自分しかいないということである。

「自己受容」とは、 ありのままの自分を、「これが今の私だ。改善したいことはあるけれども、いろいろな事情を経た今の自分は、これがありのままなのだ」と認めること。

「自分は 繕わなくてよいのだ」という安心した自己受容が、「居場所」をつくると言える。

まずはありのままの自分を受け容れる事。

ここから始めることが必要なのだろう。

2018年6月 7日 (木)

織田信長の外交/谷口克広

Photo 彼の行動を追って特に感じることは、彼がこの時代には珍しいほどの合理主義者だったことである。この合理主義こそが、信長をして全国統一へ向けた原動力になったと考えてよいだろう。

信長外交の特質を抽出すると次の通りである。

第1に、ずっと、遠交近攻策を貫いていること。

武田信玄とは最後、衝突する形になるとき、信長はそれに応じて上杉謙信との関係を深めようとする。

謙信との間に危機が訪れると、さらに遠方の伊達氏に働きかけている。

一方、西方では次第に毛利氏との関係がこじれて、ついに衝突に至るが、これに対しては九州の大友氏と結んで対処しようとしている。

第2に、縁組政策を多用していること。

有名なケースは、妹お市と浅井長政、娘五徳と徳川家康の長男竹千代の政略結婚を成立させたケースである。

第3に、基本的に、相手を信じず、 権謀術数を用いることが多いこと。

戦国時代、基本的に相手を信じなかったのは、信長ばかりではない。

しかし、信長ほど猜疑心の強い男は少なかったのではなかろうか。

その猜疑心は、外交の時の権謀術数となって表われている。

初期の活動から例を挙げると、弟信勝との度重なる争いの時、けっして強引な態度を取らずに味方を固めたこと、

美濃攻めの最中に武田氏・上杉氏と同時に懇意にしていることなど、

周囲の情勢をしっかりととらえた外交姿勢と言える。

第4に、利用できると判断した者を要所に用いていること。

信長と言えば、能力主義と言われる。

秀吉をはじめ、能力さえあればどんどん引き上げたのは確かである。

だから、いったん力を失った者でも、信長に利用価値を認められて復活した例がかなりある。

何れにしても、信長ほど合理的に物事を考えた武将はいなかったのではないだろうか。

2018年6月 6日 (水)

成長マインドセット/吉田行宏

Photo 「結果は選べず行動は選べる、という当たり前のことですが、その選べない結果に意識や関心が向きすぎて、行動や計画に意識が向かず、ベストを尽くせていないかもしれないということに気づいたのです。」

本書で「悩みを減らす5つの方法」を紹介している。

第1に、〝ブレーキの存在を知る〟

第2に、〝ブレーキを踏まない覚悟をする〟

第3に、〝他責しないは100%〟

第4に、〝結果は選択できないが、行動は選択できる〟

第5に、〝関心の輪と影響の輪〟

以上の5つである。

ひと言でいえば、私たちは悩まなくても良いことに悩んでおり、それが成長を阻んでいるということ。

私たちの周りは問題だらけである。

しかし、その中の大部分は自分の力では解決できないことであり、故に悩んでも仕方ないことである。

だったら、自分の力で解決できることに集中しようではないか、ということ。

そして結果は委ねる。

なぜなら、私たちは行動は選択できても結果は選択できないのだから。

このスタンスを守り続ければ、余計な悩みから解放される。

是非、実行してゆきたい。

2018年6月 5日 (火)

女性に伝えたい 未来が変わる働き方/野村浩子

Photo 本書の全編にわたる取材を通して痛感したのは、これからは「対話をする力」が、生き抜く力、そして環境を変えていく力になるということだ。

多くの働く女性を取材してきた著者が、問題解決のカギにあげたのは「対話をする力」だった。

何か素晴らしい仕組みがあるわけでも、秘策があるわけでもない。

「対話」をすることが何よりも大切だという。

残業ができない社員とフォローする社員。

残業ができない部下とその上司。

家庭では、子育てをしながら働く夫と妻。

いま働き方が大きく変わり、柔軟に多様な働き方を認めようという方向に企業は舵を切っている。

そして男性も女性も、そして外国人も、さまざまな人材を生かすことが企業の活力になるという認識が浸透しつつある。

そうなると、企業の中で異文化がぶつかり合うことになる。そのとき求められるのも「対話」である。

対話ができるかどうか、どのように対話をするかで、個々人が満足できる働き方ができるか、組織全体の生産性が上がるか否かが大きく変わると思う。

一見二極化に見える表層的な対立も、そして根源的な二項対立も、相手の立場を知ろうとする、想像する、そして対話をしながら合意点を見出すことでしか乗り越えられない。

働きにくさを解決するには、まずは「対話」をすること、ささやかに見えるものの、実はそれが大きな力になるのではないだろうか。

2018年6月 4日 (月)

カネと自由と、文明末ニューヨーク/森田靖郎

Photo オバマ型アメリカからトランプ型アメリカへ――その見極めるポイントは、この国の三つの仕組みにある。〝移民法〟〝労働権法〟そして〝医療制度〟である。

トランプ大統領の政策の特徴の一つとして移民問題にメスを入れたことがある。

「メキシコとの国境に壁を作る」を選挙公約に掲げてトランプは大統領になった。

アメリカは、建国理念として、〝民主主義〟〝個人の自由〟〝平等主義〟〝人権の尊重〟そして〝文化的多様性〟を掲げている。

人工国家であるアメリカは、このような理念がなければ国家はまとまらない。

このアメリカ的理念を、普遍的に世界に通用するものだと、アメリカは押しつけてきたきらいがある。

しかし、国家によって成り立ちの歴史や地域性によって、理念は異なる。

当然、他の国民は反発する。

たとえば、イスラム圏の人たちは、アメリカ的理念をそのまま受け入れるだろうか。

アメリカ国民は、さまざまな異文化との衝突で、アメリカ的理念と現実がかけ離れている、このジレンマに、理念はきれいごとに過ぎないと悟ったかもしれない。

あげく、理念のなかでも柱と、もっとも大事にしてきた自由や民主主義も、その実体が揺らぎ始めたのではないか。

建国以来のアメリカ的理念も賞味期限だと悟った人々がトランプ現象を起こしたのではないだろうか。

移民国家アメリカはまず法が先行し次々とやってくる移民に、アメリカ的理念つまり法に従わせることで国家が成り立ってきた。

アメリカにとって、移民にまず法に従わせるかどうかを問う。

移民を同化させるか、さもなければ拒絶する。

そう考えると、アメリカの移民政策は、平等主義、人権の尊重そして文化的多様性などの側面から見れば、アメリカ的理念に反しているともいえる。

移民問題の根底にあるのは、異文化の衝突であり、文明の衝突つまり文明末現象だ。

このような自己矛盾がトランプ大統領を生み出したとも考えることができるのではないだろうか。

2018年6月 3日 (日)

ゆっくり壁を乗り越える33の言葉/鈴木明子

33でも、言葉は怖いものでもあります。
厳しい言葉を投げかけると、
同じくらいか、もっと厳しい言葉で返ってきます。
ときには、凶器のように、人を傷つけてしまうことさえあります。
だから私は、なるべく優しい言葉で話すようにしています。
そうすれば、優しい言葉が返ってきます。

数々の壁を乗り越えて、2度のオリンピックに出場した鈴木明子。

本書には彼女を支えた33の言葉が記されている。

読んでみた感じたのは、「この人は言葉を大切にする人なんだな」ということ。

アスリートは身体で勝敗を競う。

身体能力、スピード、テクニック、戦術、等々・・・。

にもかかわらず言葉を大切にするアスリートは多い。

それは自身が言葉の大切さを実感しているからではないだろうか。

言葉によって励まされ、勇気づけられ、悲しみを乗り越えてきた。

一流のアスリートの語る言葉には、人の心に訴えかける「何か」があるのはそのためかもしれない。

2018年6月 2日 (土)

24歳のフツーの男子がブラック企業に勝った黒い方法/工藤ダイキ

Photo ただし民事裁判の戦い方には、かなり自信を持っています。自分が請求した内容である解雇無効、残業代、慰謝料については、むしろまた裁判したいなとも思います。特に解雇についてはガンガン首を切ってほしいです。なぜなら解雇がいちばんおいしい裁判だからです。解雇は蜜の味がします。

本書はブラック企業からいかにお金を取るか、という話。

しかし、企業側から見れば、この著者こそブラック社員である。

どっちもどっち、といった感じである。

著者が働いた会社は確かにひどい。

3年以内の離職率 70%。

営業携帯代として毎月4000円ほど給料から控除。

定時に上がると上司から電話がかかってきて叱責される。

雪の日でもノーマルタイヤで通常営業。

何か伝えたいことがあればスリッパを投げてくる上司。

絵にかいたようなブラック企業である。

著者は本書でこの企業からいかにお金を巻き上げたかを書いている。

合計で7回ほど行われた退職勧奨。

1時間、2時間、3時間と、一方的に暴言を聞く。

しかし、退職勧奨では「がんばります」「ここで働きたいです」と機械のように答える。

絶対に自分の方からキレない。

建前で、働く意志を伝える。

そしてスーツの内ポケットにICレコーダーを忍ばしておく。

もしも「そのふくらみは何?」と聞かれた時のため、音楽機器も入れ、いざというときにそれを取りだす二重策。

裁判のポイントは「裁判前にどれだけ証拠を集め、書面で主張できるか」だ。

相手が油断してる間に、有利な証拠を積み重ねることが大切。

極論するなら、裁判が始まる前からもうある程度勝負はついている。

そして裁判になったらあの手この手で和解に持ち込む。

そもそも民事裁判は「勝ち負けをはっきりさせる場所」ではない。

勝つ必要はない。

何が正しくて何が間違っているかも、正直どうでもいい。

大切なのは「いくら取ったか・いくら取られたか」つまりマネーゲーム。

お金の奪い合いが民事裁判なのである。

その証拠に民事裁判の約 50% が和解で終わっている。

最終的に著者は民事で700万円をゲットしたという。

でも、読んでみて、何も生産的なことをしていない、と感じた。

こんなことを続けても企業も個人も幸せになることはできないのではないだろうか。

2018年6月 1日 (金)

部長、その恋愛はセクハラです!/牟田和恵

Photo セクハラは『羅生門』。当事者の立場によって見方は変わる。

最近、財務省の福田事務次官のセクハラ問題を機に、セクハラへの関心が高まっている。

セクハラ問題が難しいのは、悪いと知っていてやったという、いわば「確信犯」のハラッサーはめったにいないということ。

多くの場合、「合意の付き合いだった」「相手が嫌がっているとは思わなかった」「全く悪気はなかった」・・・というケースである。

例えば、今回の財務事務次官のセクハラ問題は、メディアで報道さることによって単純化されたダイジェスト版である。

結果として、事後的に、そういうふうにストーリーが描けるということであって、実際の現れ方はさまざまなだ。

重大な人権侵害であっても、別の見方からすれば、フツウの職場で、フツウに起こっている大したことないことにしか見えなかったりする。

しかし、相手が嫌がっているそぶりを見せなくとも、仕事の立場上、望まないのに受け入れざるを得ない状況に追い込まれることもセクハラである。

著者はセクハラは『羅生門』だという。

同じ一つのできごとでも、関与した人たちそれぞれの立場によって、まったく違って見えてくる。

それぞれの人たちがウソを言っているわけではなくとも、自分の利害関心や経験・性向のおかげで、無意識のうちに、違う像を結んでしまう。

セクハラも、ある意味、同じだというのである。

人は誰でも自分の都合のいいように事態を見てしまうもの。

「自分はセクハラなんかしていない!」と言い張る男性も、必ずしもウソを言っているつもりはない。

セクハラが悩ましいのは、立場の違いで見え方が違うからだけでなく、「グレーゾーン」が大きいことにもよる。

これと言った解決策が見いだせないところにこの問題の難しさがあるのではないだろうか。

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