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2018年6月20日 (水)

家康に訊け!/童門冬二

Photo 彼はいわゆる、
「日本人特有の温情主義」
 によってこれを実現したわけではなかった。むしろ彼の組織や人事の管理方法は、
「非情」につきる。

織田信長、豊臣秀吉、徳川家康はそれぞれ「天下人」と言われる。

中でも一番人気のないのは家康であろう。

信長や秀吉は日本人離れのところがあったが、家康はいかにも日本人といったところがある。

現在の企業経営になぞらえてみると、彼ら三人には事業の連続性と継続性がある。

つまり、織田信長はそれまでの中世以来の古い日本人の価値観を叩き壊した。

したがって、破壊に必要な戦略とリーダーシップを取った。

豊臣秀吉は、新しい価値社会の創造建設を担当した。

だから、それなりの戦略とリーダーシップを発揮した。

そこへいくと、徳川家康はふたりの先輩がやりかけたことを完成させ、それを長期維持管理したと言える。

徳川家康が終生貫いたのは「信頼」であった。

信頼を、いま風に言えば徳川企業のCIにした。

これは、若いときからずっと年月をかけて積み重ねたものだ。

状況の変化に応じて、一朝一夕で実現した付け焼き刃ではない。

そして、ひと言で言えば、家康の戦略は「分断政策」だった。

まず、トップマネジメントグループにおいて、頭と胴体・手足を切り離した。

具体的に言えば、征夷大将軍になった家康はすぐ隠居した。

そして、その職を息子の秀忠に与えた。

しかし、秀忠に全権を与えたわけではない。

家康は、会長職として駿府城に退き、ここで多彩なブレーンを登用した。

腹心、学者、僧、外国人、商人、特別技能者などである。

この連中に、新しい社会体制を長持ちさせるためのいろいろな知恵を出させた。

そして出た知恵を今度は「政策」として、江戸城にいる新将軍秀忠のところに届ける。

秀忠は、駿府城で生まれた知恵を実行する。

いわば、政策の実施機関である。

家康の分断経営は、大名に対する統制と管理でも遺憾なく発揮された。

彼は大名たちに対して、絶対に〝花と実〟を同一人に与えなかった。

「花」というのは「権力」だ。

「実」というのは「収入」である。

権力を持たせた大名の給与は、ごく低く抑えた。

反対に、給与をたくさん与える者には、幕府の枢要なポストは絶対に与えなかった。

これについては家康自身が「権力を持つ者の給与は少なく、給与の多い者には権力は持たせない」と言っている。

これらは今にも通ずるマネジメントではないだろうか。

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