直感力 ~カリスマの条件~/津本陽
隆盛という人は、敵にその場で殺されるかもしれないほど殺気立った場所に、丸腰で出向くという経験を何度も重ねています。そのたびに、いつも無事に生還している。それは、実際の西郷隆盛を目の前にすると、敵さえもその魅力のとりこになってしまったからではないでしょうか。初めは彼を信用していなかった人も、西郷に二回会うとひれ伏すようになったという逸話が残っています。ほんとうの意味でのカリスマですね。
西郷のように、人間的な魅力だけで人を動かす人物はめったにいない。
司馬遼太郎氏は、西郷を政治的能力はまったくない人だったと指摘している。
実際、そうだったのだろう。
しかし、少なくとも人々の精神的支柱にはなれた。
西郷は純粋に「誠」を重んじる人だった。
口先だけのごまかしや、その場しのぎの言葉を連ねることはなかった。
だから西郷が中心にいて、どんと構えているだけで、政治家や役人は私心を恥じ、世のため人のために働こうとした。
権力が手に入ると、自己保身の思いやさらなる欲望がわき上がってくるのは世の常である。
自分のことを考えず、命もいらぬ、金もいらぬという西郷のような人は、なかなかいない。
しかし、西郷も最初からそうだったのではない。
危機感と隣り合わせの厳しい暮らしのなかでそのような感覚が身についていった。
それが生きた「信念」「哲学」の源泉となる。
逆にいえば、命がけの経験があったからこそ、信念や哲学を成就させることができたのであろう。
そう考えると、今のような豊かな時代は、なかなかカリスマ型のリーダーが生まれないというのもよくわかる。