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2018年8月の31件の記事

2018年8月31日 (金)

直感力 ~カリスマの条件~/津本陽

Photo 隆盛という人は、敵にその場で殺されるかもしれないほど殺気立った場所に、丸腰で出向くという経験を何度も重ねています。そのたびに、いつも無事に生還している。それは、実際の西郷隆盛を目の前にすると、敵さえもその魅力のとりこになってしまったからではないでしょうか。初めは彼を信用していなかった人も、西郷に二回会うとひれ伏すようになったという逸話が残っています。ほんとうの意味でのカリスマですね。

西郷のように、人間的な魅力だけで人を動かす人物はめったにいない。

司馬遼太郎氏は、西郷を政治的能力はまったくない人だったと指摘している。

実際、そうだったのだろう。

しかし、少なくとも人々の精神的支柱にはなれた。

西郷は純粋に「誠」を重んじる人だった。

口先だけのごまかしや、その場しのぎの言葉を連ねることはなかった。 

だから西郷が中心にいて、どんと構えているだけで、政治家や役人は私心を恥じ、世のため人のために働こうとした。

権力が手に入ると、自己保身の思いやさらなる欲望がわき上がってくるのは世の常である。

自分のことを考えず、命もいらぬ、金もいらぬという西郷のような人は、なかなかいない。

しかし、西郷も最初からそうだったのではない。

危機感と隣り合わせの厳しい暮らしのなかでそのような感覚が身についていった。

それが生きた「信念」「哲学」の源泉となる。

逆にいえば、命がけの経験があったからこそ、信念や哲学を成就させることができたのであろう。

そう考えると、今のような豊かな時代は、なかなかカリスマ型のリーダーが生まれないというのもよくわかる。

2018年8月30日 (木)

会社を辞めないという選択/奥田浩美

Photo ひとたびスタートアップマインドを身につけたら、日々の考え方が変わり、一つひとつの行動が変わり、やがて人生が変わります。あなた自身が、その感覚を体得できたらしめたものです。

自分のやりたいことをするために起業するのは一つの選択である。

しかし、それには多大なリスクが伴う。

シリコンバレー型スタートアップは、1000社立ち上げたうちのほとんどが潰れて、わずか1社が残ればいいと言われるほど高いリスクがついて回る。

会社員のスタートアップなら会社が潰れたり、倒れたりといった心配はほとんどない。

むしろ安心して事業戦略を立てられる。

本書で勧めているのは「会社員として起業家のように働く」ことである。

大事なことは会社員であっても、スタートアップマインドを持つということ。

そこに集まった人たちが、今までとはちょっと違った価値観で事業のタネを探しだし、周囲を巻き込んで成長を目指し、それで社会に影響を与えられるなら、それこそが立派なスタートアップだ。

そのためには、仕事で関わるどれだけの人の力を集められるのか、

どれだけの人から支援を受けられるのか、

どうすれば意見の異なる人と対峙していけるのか、

そしてその上で関わった人々とどんな新しいものを生み出せるのかといったことが重要になる。

今や、会社員として自分自身が会社の中で生き残れるかどうかという問題以前に、自分の勤める会社が社会の中で生き残れるかということは大きな問題であり、会社員の誰もが直面している現実である。

だからこそ自分の足もとだけの狭い範囲を見ているのではなく、社会の中での自分の会社、会社の中での自分自身を、俯瞰で眺めていく必要がある。

変革を起こすスタートアップマインドの根本にあるのは、そういうものの見方だ。

誰しもスタートアップマインドなしにはビジネスパーソンとしての人生が成り立たないということではないだろうか。

2018年8月29日 (水)

ドラッカーを読んだら会社が変わった!/佐藤等

Photo「予期せぬ成功ほど、イノベーションの機会となるものはない。これほどリスクが小さく苦労の少ないイノベーションはない。しかるに予期せぬ成功はほとんど無視される。困ったことには存在さえ否定される」

ドラッカーの言葉は、物事の本質をついたものが多い。

そのため、時代の枠を超えて、普遍性を持っている。

ドラッカーはイノベーションの機会として「予期せぬ成功」をあげている。

人が意識できる範囲には限界がある。

しかし、仕事で大きな成果をあげるチャンスはえてして、その人の意識の範囲外に存在する。

だからこそ脳裏に刻むべき問いがある。

それは、「予期せぬものはないか?」という問い。

「予期せぬものが眼前に現れた」と感じるとき、その人の視線は、自分が日ごろ意識している領域の外側を向いている。

そこには意外な発見があり、チャンスが潜んでいる。

そのチャンスとは、イノベーションを起こす機会となる。

なぜか分からないけれど、やけにスムーズに契約に至った。

いつもよりずっと大量に買ってもらえた。

規模は小さいながら、どういうわけか着実に売上が伸びている商品がある等々。

そこで「なぜ」を問うことが重要。

顧客に聞けば、実に意外な理由で買っているものだ。

それを活かすことがイノベーションに繋がる。

これなどは、どんな企業でも、どんな人でも応用できることではないだろうか。

なぜなら、「予期せぬ成功」は、誰にでもあるのだから。

2018年8月28日 (火)

論語と算盤/渋沢栄一

Photo 私は思うのだが、社会問題や労働問題といったものは、単に法律の力だけで解決されるものではない。たとえば一つの家族の中でも、父や子、兄や弟、そして親戚にいたるまで一人ひとりが権利や義務を主張したらどうなるだろう。何でもかんでも法律によって裁こうとすると、人間関係は険悪になり、壁ができるようになる。ことあるごとに衝突し、もう、一家団らんは望めない状態になってしまうだろう。

これは今にも通ずることだろう。

人と人との間には様々な問題が発生する。

それを全て法律の力で解決しようとすると、解決からかえって遠ざかってしまうことがある。

それらの問題は、まずは話し合ったりしてお互い納得できる形で解決すべきであろう。

そして、それが人間の知恵というものである。

そのプロセスを無視してすぐに法律を持ち出すと話はかえってこじれてしまうことは多々ある。

お互いが話し合ってもどうにもならない状態に陥った時に初めて法律を持ちだすべきである。

例えて言うならば、水戸黄門で番組が始まったすぐに印籠が出てきたらドラマにならない。

番組の最後になって印籠が登場するので番組として成り立つ。

当然、印籠が登場するまでには様々な人間のやり取りがあり、その中で人は成長してゆくし、教訓を得る。

それらを一切合切すっ飛ばして法律を持ちだす今の風潮、少し問題だと思う。

2018年8月27日 (月)

生きている会社、死んでいる会社/遠藤功

Photo グーグルは「(ほぼ)実現不可能な目標を設定する」ことで、社員たちのやる気に火をつけている。

モチベーション理論の常識として、やる気を出すには「ストレッチ目標」を設定することとされている。

「ストレッチ目標」とは、手を伸ばしてやっと届くくらいの高さの目標ということ。

目標は低すぎてもよくないし、高すぎてもヤル気を削ぐと言われている。

その「常識」からすると、グーグルの「(ほぼ)実現不可能な目標を設定する」ことは非常識である。

しかし、ここにグーグルの強さと革新性があるのだろう。

「ほぼ」というところが肝心である。

普通にやっていたら実現できない目標を設定することによって、社員たちの発想転換を上手に誘導している。

例えば、「前年の120%の売り上げ達成」という目標を立てたとすると、必要なのは「改善」である。

「ムリ・ムダ・ムラ」を省くことによって生産性を上げ達成することができる。

しかし、「前年の200%の売り上げ達成」という目標を立てた場合、もはや「改善」では追いつかない。

新しい発想が必要となる。

つまり、イノベーティブは発想を促すには「(ほぼ)実現不可能な目標を設定する」ことが必要だということだ。

また、グーグルは目標の達成度を、わかりやすく具体的な目標で測定することによって、仕事に「ゲーム性」を持ち込み、モチベーションが下がらないように工夫している。

困難度の高い目標は、簡単には実現できず、どこかで必ず行き詰まる。

この「行き詰まる」というプロセスがきわめて重要である。

これからさきへは、人の智力ではとても前に進むことができないにちがいない。

そんなふうに思える。

人は成長する。

しかし、その過程では「行き詰まる」というストレスを必ず経験しなければならない。

竹に節があるように、「行き詰まる」ことが人を強くする。

成長度合いによって、感じるストレスは変化する。

仕事の難易度と本人の成長が同期し、常に「適度なストレス」を与えつづけることが、やりがいの創出につながるというのである。

この視点、非常に重要だと思う。

2018年8月26日 (日)

世界一速く結果を出す人は、なぜ、メールを使わないのか/ピョートル・フェリークス・グジバチ

Photo_3 あらゆることを「検討」してから何かを始めるのではなく、まず「直感」に従ってみる。論理的に考えた結論が「直感」に反するときは、「直感」を信じてみる。そのほうが、いい結果が得られることも多いはずです。

日本人の生産性は低いと言われている。

一方、グーグルの年間のの生産性は、従業員一人あたり1259万円だという。

同じ計算で日本の大手企業と比べるとパナソニックは300万円、日立製作所は311万円となる。

4倍近い生産性があるということだ。

そもそものビジネスモデルが違うので、一律には論じられないのだが、仕事のしかたや、組織のあり方などから生まれたものも確かにあると思う。

例えば、著者は「直観」を信じることを勧めている。

ロジカルシンキングは確かに大切だが、とにかくこれをやると時間がかかる。

しかも、ロジカルに考えると、基本的にはみんな同じ結論がでてしまうので、創造性に欠ける部分が出てくる。

だから、まずは「直観」を信じてやってみる。

間違ったらまたやり直せばよい。

これもまた「働き方改革」の一つではないだろうか。

2018年8月25日 (土)

翔ぶが如く(10)/司馬遼太郎

Photo_2 この作品では、最初から最後まで、西郷自身も気づいていた西郷という虚像が歩いている。それを怖れる側、それをかつぐ側、あるいはそれに希望を託する側など、無数の人間現象が登場するが、主人公は要するに西郷という虚像である。

司馬氏はあとがきで、この作品を著した理由を述べている。

確かに維新後の西郷はまさに虚像である。

それを囲むものが勝手に虚像を作り上げ、それによって日本全体が動かされた。

西南戦争の時など、西郷本人は陣頭指揮をするでもなく、戦略を立てるでもなく、何もしていないといってよい。

この時期の西郷は、革命家としては十分な革命像の青写真ももたず、将軍というには戦いにおよそ不熟であり、むしろ戦うことから自分を放下してしまっているようでもあった。

薩軍には「勢い」ということ以外に、戦略らしい思想はなかった。

しかし彼を仰ぐ人たちからは、世の光りのような、あるいは聖者に似たような存在にさえなっていたように思える。

後世から見た西郷の複雑さは、そういう所にある。

結局のところ、西郷という虚像が明治という時代を動かしたと言ってよいのかもしれない。

2018年8月24日 (金)

翔ぶが如く(9)/司馬遼太郎

Photo 諸道の政府軍の進撃を早からしめた理由のひとつは、各地で降伏した薩軍の小部隊が、降伏するとともに政府軍の道案内をつとめ、薩軍の配置などを教えたからでもあった。べつに政府軍が強制したわけでなく、
「降伏したからには、官兵として働きたい」
 と、かれらが積極的に望んだからであり、その口上はさらに情緒的で「万死を冒して前罪を償いたい」というものであり、一種、奇妙というほかない。
 このことは日本古来の合戦の慣習であったであろう。降伏部隊は鉾を逆にして敵軍の一翼になるというものであり、駒を奪ればその駒を使うという日本将棋のルールに酷似している。

これは非常に興味深い。

日本人は捕虜になると、日本の機密情報を簡単にしゃべってしまうというのは「菊と刀」の著者であるベネディクト氏も指摘している。

この古来の慣習はその後の明治陸軍の弱点として意識されつづけ、日露戦争のときも捕虜になった日本兵は日本軍の配置を簡単にロシア軍に教えたという。

とくに敵中へ深く入りこむ騎兵斥候が捕虜になる場合、騎兵の特質上味方の配置を知っているために、かれらが口を割ることによって日本軍の作戦がしばしば齟齬した。

この体験が、昭和以後、日本陸軍が、捕虜になることを極度にいやしめる教育をするもとになったと考えられれる。

だから旧日本軍は捕虜になることを最大の恥とし、兵士たちに捕虜の辱めを受けるより死を選ぶよう教えたのだろう。

それは将棋のルールに象徴される。

将棋では相手にコマを奪われてしまうと、そのコマは相手側に寝返ってしまう。

こんなルールのゲームは世界広しと言えども日本だけなのではないだろうか。

2018年8月23日 (木)

翔ぶが如く(8)/司馬遼太郎

Photo_4 西郷は、暴発には賛成でなかった。それほどに賛成でなく、それほどに威があるとすれば、西郷は、暴発はやめよ、ということは言えたはずだが、本来、人望好みの性格と、それに幕末戊辰にかけてかれらに生死の境いをくぐらせたという借りの意識が休めよとは言いがたくさせたのかもしれなかった。
 しかし起つ以上は、戦いの方針その他について西郷はみずから案も練り、みずから発言し、進んでかれらを指導すべきであった。が、そのことはいっさいせず、さらに驚くべきことには、西南戦争の全期間を通じて西郷は一度も陣頭に立たず、一度も作戦に口出ししなかったのである。

維新前の西郷はそうではなかった。

西郷が心服しきっていた旧主島津斉彬は

「西郷は悍馬のようなものだ。かれを統御できるのは、自分しかいない」

と言っている。

このことからみても、西郷は斉彬に対し言うべきことを臆することなく言っていたにちがいない。

確かに維新後の西郷は、別人の観がある。

人は、歳月によって多少は変わることがあるであろう。

立場、身分、あるいは置かれた政治状況や政治的立場によって、以前のその人物とくらべ、別の印象を人に与える例はないではない。

また革命の主導的役割を果たした人物が、政権樹立後には茫然として施すすべも知らないという例もありうる。

しかし、西郷はその開きが甚だしすぎるように思える。

実に不思議な人物である。

2018年8月22日 (水)

翔ぶが如く(7)/司馬遼太郎

Photo_3「自分は、何もいうことはない。一同がその気であればそれでよいのである。自分はこの体を差しあげますから、あとはよいようにして下され。」

西南戦争は、ごく単純にいえば、私学校における若者の暴発から出発し、その暴発に西郷が身をゆだねたことでおこった。

西郷は武装蜂起はしたくなかった。

このことは西郷の帰郷から、狩猟に明けくれていた時期の言動を見ればわかる。

西郷が、私学校の幹部たちに自分の決意を告げたことばというのは、「自分はこの体を差しあげますから、あとはよいようにして下され」ということだったという。

西郷が、決断にあたって、自分の体を持ってゆけ、という意味のことしか言わなかったということは、西郷の心事をもっともよく語っていると思える。

政略も戦略も考えず、要するに身をかばうことを一切しなかった。

このときも、その病癖ともいうべき自棄的衝動のなかに一挙に運命を託してしまったというほかない。

これは見方によっては「堂々としている」「潔い」とも言える。

しかし、一方では「思考停止」ともとれる。

西郷は、状況を判断する場合、事が自分一個の身の振りかたになってくるとどうやら思考が停止してしまうらしい。

この特異な人格故に、西郷は西南戦争に身をゆだねてしまうはめになったともいえるのではないだろうか。

2018年8月21日 (火)

翔ぶが如く(6)/司馬遼太郎

Photo_2 維新で物事が一変せざるをえなかったとき、太政官派の連中が悩んだのは、国家とは何かということであった。

明治の時代まで、日本人には「国家」という考えがなかったと言っていい。

それまでは各藩が中心であり、それゆえ、脱藩は死刑に等しいものであった。

近代国家の概念は、明治4年に大久保や木戸ら大官たちが欧米の国家群を見学し、ほぼ感覚的ながらわかった。

すくなくとも過去の日本史に、その見本がないことだけは理解できた。

つまり平清盛が天下をとったころの日本をもって近代的な意味での「国家」とは称しがたい。

また徳川家康が征夷大将軍になったときの日本をもって「国家」の見本とはなしがたいことを知るという程度。

結局は日本歴史が継承してきた「国家」らしい形態実質を捨てざるをえないということは理解できた。

大官たちの国家群見学にあわせて、留学生の欧州での研究、さらにはお雇い外国人に対する諮問などで、太政官の要人たちの近代国家についての概念はしだいに成長した。

しかし、士族らには全くと言ってよいほど、それは共有されていなかった。

旧武士階級であった士族が明治政府に対して起こした一連の士族反乱はこれによって起こったと言ってよいだろう。

しかし、これらは新しい国家の概念が出来上がるため生みの苦しみだったのかもしれない。

2018年8月20日 (月)

翔ぶが如く(5)/司馬遼太郎

Photo 大久保という人物の痛烈なところは、この談判においてすこしも舞台裏の工作や取引などの手を用いなかったことである。あたかもフランス革命期における議員たちのようにあくまでも弁論を信じ、あくまでも事を談判の席上で決しようとした。大久保が談判というかけあいにおいて議論のみを武器としたということは、大げさにいえば日本の政治史においてその例を見ないということがいえるかもしれない。

当時の、東洋の政治においては、表むきの弁論を信ぜず、事を裏工作で決めるという風習があった。

例えば、関ケ原前夜において諸大名が趨勢を決めたことも、公式の場で堂々たる議論がおこなわれたわけではなく、ほとんどが裏工作で決められた。

中国においてもそうである。

清朝末期になると特にその傾向が強くなる。

清国側はこの会談においても、当然それを予期したし、期待もしたであろう。

双方から地位の低い委員たちがたえず接触し、たえず酒食を置いて話しあい、ときには妓を侍らせて密談をするなどということがたとえあっても不思議ではなかった。

しかし、大久保はそれらの一切をやらなかった。

大久保にはそれをやる能力がなかったわけでなく、かれが幕末において担当した革命政略というのは、ほとんどがそれであったといっていい。

西郷が立業をやり、大久保が寝業を担当した。

しかし台湾出兵の時の大久保は、弁論のみを信ずる男であった。

明治政府の骨格の部分は大久保が中心になって構築したと言っていい。

しかし、大久保はその貢献度の割に日本人には人気がない。

人気があるのは源義経や西郷隆盛などである。

判官びいきという心情は、日本人特有のものかもしれない。

2018年8月19日 (日)

翔ぶが如く(4)/司馬遼太郎

Photo 廃藩置県の号令が発せられたのは、明治四年七月十四日であった。
 翌十五日、政府要人が宮中にあつまり、騒然たる気分のなかで会議がひらかれたが、議事が紛糾したとき、西郷はほとんど大喝するような声で、
「この上、もし各藩で異議がおこりましたならば、拙者が兵をひきいて打ち潰します」
 といった。
 この一声ですべての論議がおさまったという。

中央集権制による東京政権が確立したのは、廃藩置県のおかげである。

廃藩置県がなければ岩倉や大久保が大きな顔をして為政者ぶっていられなかったであろう。

その廃藩置県を可能にしたのは薩摩系近衛軍人で、彼らは政府に騙されたとはいえ、その功績は大きかった。

そして薩摩系近衛軍人を動かしたのは西郷であった。

西郷の決断がなければ廃藩置県はうまくいかなかったのかもしれない。

しかし薩摩系近衛軍人はことごとく政府に対して激怒している。

大久保は、それに対して冷然としている。

西郷はその大久保の態度に、配下の近衛軍人と同様、憤りを覚えたであろう。

その西郷が、近衛軍人や士族たちの憤りを他にむけるために征韓論をもち出した。

西郷としてはこれ以外に、これ以上おさえつづける自信がなかった。

その征韓論を大久保が蹴った。

そのため、西郷は東京を離れた。

今から考えれば征韓論は無謀であり理解できない面があるのだが、当時の西郷と大久保の間にはそのような力学が働いていたのかもしれない。

そんなことを考えると、明治の時代に起こったことを今の価値観で論じることの限界を感じてしまう。

2018年8月18日 (土)

翔ぶが如く(3)/司馬遼太郎

Photo 会議が始まったのは、午後一時すぎからである。
 一同、テーブルに付いた。
 正面に太政大臣三条実美三十七歳がすわり、その横に右大臣岩倉具視四十九歳がすわった。
 参議は、八人である。
 西郷隆盛が最年長で、数えて四十七歳になる。副島種臣の四十六歳がこれに次ぎ、大久保利通の四十四歳、佐賀の大木喬任四十二歳、同江藤新平四十歳、あとは三十代であった。板垣退助、大隈重信、後藤象二郎である。

明治6年10月の廟議は、征韓論をめぐって激しく火花を散らした。

当時、参議だった西郷はこの会議をきっかけにして東京を去った。

西郷が東京を去ったという衝撃は、その一事だけで歴史をゆるがしたといっていい。

西郷の離京とともに、反政府思想や世論が、沸々としてわきおこってきた。

それにしても、驚くのは国家の意思決定をするために集まった面々の若さである。

30代、40代ばかり。

最年長が岩倉具視の49歳。

彼らが中心となって進められた様々な改革。

これらは若さというエネルギーがなければ成し得なかったのかもしれない。

人間というものは年を取ればとるほど保守的になるもの。

それを考えると、今の日本のリーダーたちは少し年を取りすぎているのかもしれない。

2018年8月17日 (金)

翔ぶが如く(2)/司馬遼太郎

Photo やがて西郷が出てきた。
 山県は一世一代の雄弁をふるい、廃藩置県の必要を説いた。喋りはじめると、とまらなかった。西郷はそれを最後までじっときいていた。山県はやがて、「貴意やいかに」ときいた。
 西郷は木戸さんのご意見はいかがです、ときいた。山県はじつはまだ木戸にうちあけていないというと、西郷はうなずき、
「私のほうはよろしゅうございます」
 と、鄭重に答えたのには、山県はあっけにとられる思いであった。山県はかえっておびえ、念を押すと、西郷はもう一度うなずき、おなじ返事をした。
 廃藩置県という空前の変革は西郷の一言で済んでしまった。

西郷隆盛がもし廃藩置県に反対していたら、明治政府の政策は大きく躓いたかもしれない。

それほど、西郷の影響力は大きなものだった。

「西郷は哲学をもっているという点でこの国の歴史に出現した最初の政治家であった」と著者は述べているが、その通りなのかもしれない。

同時にそのことが、西郷がこの国に生まれたことの不幸にもなっている。

西郷は精密な哲学書を書いたわけではなかった。

しかしその日常の起居動作から政策論、歴史観にいたるまでいっさいが論理的有機性と精密さを持っていた。

その場かぎりの言動というものはなく、しかも行動というその文体は感性のゆたかさからきた豊潤さをもっていた。

西郷のような、いわば存在することによってすでに世間的威力をもつという男は、その実態が何ものかということがわかりにくい。

斧をふりあげてたち割ってもなにも出て来ないかもしれない。

ただ、その得体のしれない大きさが西郷の魅力となり影響力となったのかもしれない。

2018年8月16日 (木)

翔ぶが如く(1)/司馬遼太郎

Photo この時期、日本の朝野を問わず征韓論で沸騰しており、西郷はその渦中にいた。
 というより、西郷がこの渦をまきおこした張本人のように見られており、事実西郷という存在がこの政論の主座にいなければこれほどの騒ぎにはならなかったにちがいない。
 といって西郷の心境は複雑で、かれは扇動者というより、逆に桐野ら近衛将校たちが「朝鮮征すべし」と沸騰しているのに対し、
「噴火山上に昼寝をしているような心境」
と、西郷自身がこの時期の心境を書いているように、自分の昼寝によってかろうじて壮士的軍人の暴走をおさえているつもりであった。

倒幕の立役者の一人である西郷隆盛。

明治政府になり、この人物の立ち位置は微妙になる。

明治政府の廃藩置県等の政策は旧士族の反発を買った。

西郷はこの当時の薩摩出身の近衛の士卒の状況を、「噴火山」と形容し、自分はあたかもその噴火山上で昼寝をしているようなものだ、といった。

この形容はすこしの誇張もなさそうで、西郷が自分の悲鳴をそのように表現したともいえる。

この当時、征韓論が国論を二分していた。

確かに、朝鮮からみれば日本は奇妙な国というほかない。

ほんのこのあいだまで尊王攘夷という非現実的スローガンをかかげて革命勢力が幕府を突きあげていたはずであるのに、その革命勢力が明治政府をつくるや掌をひるがえしたように開国をやってのけた。

さらには、「貴国も開国せよ」と、余計な忠告の国使を朝鮮へ送りつけてきたのだから。

朝鮮は日本の使者を犬猫同然にあつかい、そのつどはずかしめ、そのつど追いかえした。

こんな中で起こったのが征韓論である。

明治政府は様々な矛盾を抱えていた。

西郷隆盛という人物そのものがその矛盾の象徴といえるのではないだろうか。

2018年8月15日 (水)

ヒトは「いじめ」をやめられない/中野信子

Photo もしかしたら「いじめを根絶しよう」という目標そのものが、問題への道を複雑にさせているのではないでしょうか。「いじめは『あってはならない』ものだ」と考えることが、その本質から目をそらす原因になってしまっているのではないでしょうか。

年に何回か、いじめによって自殺した子供のニュースが流れる。

その度に、「何でこんなあってはならないことがおこったのだろう」と思ってしまう。

しかし、著者によると、それは間違っているという。

そうではなく、いじめは人間の本能なのだというのである。

いじめとは集団の中で異質なものを排除しようとする行為のひとつ。

実は 社会的排除は、人間という生物種が、生存率を高めるために、進化の過程で身につけた「機能」なのだという。

人間社会において、どんな集団においても、排除行動や制裁行動がなくならないのは、そこに何かしらの必要性や快感があるから。

しかし学校は、通う目的も、年齢も同じ子が集まり、そこで均一の教育を受けているため、そもそも「類似性が高い」「獲得可能性の高い」人間関係。  

つまり、学級という空間は、妬みの感情が非常に起こりやすい環境が整っているということ。

妬み感情は人間にもともと備わっている感情なので、止めることはできない。

妬み感情がある場合には、その妬みの対象に不幸なことがあると、脳内で快感を司る〝線条体〟と呼ばれる部分の活動が活発になり、喜びを感じてしまうことがわかっている。

これを学術的に「シャーデンフロイデ」と呼ぶ。

いわゆる、「他人の不幸は蜜の味」と思ってしまう感情。

つまり、いじめとは人間の本能に属する行為だということなのである。

「いじめはあってはならないこと」という議論の出発点そのものが間違っているというのである。

とすると、「いじめをしてはいけません」と学校で教える程度ではなくならないのは当たり前のことと言えよう。

学校に監視カメラを入れるとか、もっと抜本的な対策が求められるということではないだろうか。

2018年8月14日 (火)

イノベーションを起こす組織/野中郁次郎、西原文乃

Photo 旭山動物園の成功の本質は、動物園の動物は「自己実現を求める命ある存在」であるということを、行動展示や共生展示を通して発信し続けているところにあるといえるだろう。動物は展示されるモノではなく、そこで人間と共に生きている存在(コト)なのだ。

今、企業は同じことをしていては生き残れない。

イノベーションがどうしても必要だ。

本書ではイノベーションを起こす組織の実例の一つとして旭山動物園が挙げられている。

旭山動物園の成功は、前園長の小菅正夫と現園長の坂東元が立役者であることは間違いない。

しかしながら、現場の飼育員の動物たちに対する愛情と飼育員同士の信頼。

一方で動物たちの生態に関する正しい知識と豊富な経験が結合したことによって、行動・共生展示が現実になったといえるだろう。

経営トップがどれだけ善い思いを持っていても、どれだけ善い未来像を描くことができたとしても、それを現場で実現する現場のリーダーたちがいなければ、絵物語りで終わってしまう。

つまり、イノベーションを実現するには「現場リーダーの善い目的や思いを起点とした共創の場づくり」と「目的や思いを実現する集合的な実践力」が必要となるということである。

本書ではイノベーションを起こす組織の条件を6つ挙げている。

第1に、参加メンバーがその場にコミットしていること。

ただ人が集まっただけでは、場はできない。

第2に、その場が、目的をもって自発的にできていること。

目的がなかったり、強制されて集まっていたりするのでは、やらされ感があるので、新しい知は創られにくい。

第3に、メンバー間で、感性、感覚、感情が共有されていること。

メンバーそれぞれが持っている暗黙知を解放することで新しい知が創られる。

第4に、メンバー間の関係のなかで、自分を認識できること。

自分が他のメンバーから受け容れられているという安心感や信頼感があることで、暗黙知が解放される。

第5に、多様な知が存在していること。新しい知を創るには、多様な知が必要となる。

同じ知を掛け合わせても同じ知しか出てこない。

第6に、場の境界は開閉自在で常に動いていること。

境界がいつも閉じていると、メンバーだけの知識で閉じてしまうことになり、多様性が失われてしまう。

境界を開くことで、多様な知を新たに取り入れることができる。

イノベーションとは、既存の静態的な均衡を破ることである。

言い換えれば、イノベーションは、対立や葛藤を「あれかこれか」の二項対立としてとらえるのではない。

状況に応じて「あれもこれも」の二項動態のチャンスととらえること。

いわゆるWin-Winの状態をつくって対立や葛藤を超えていくことである。

イノベーションを起こす組織作りを多くの企業は目指すべきではないだろうか。

2018年8月13日 (月)

「産業革命以前」の未来へ/野口悠紀雄

Photo AIやブロックチェーンに、失業を生むというディスラプターの側面があるのは、やむを得ない。しかし、これはコンピュータと人間の戦いではない。人間がコンピュータをうまく使うことによって、人間でなければできないような仕事に特化していくことは可能である。

これかどんな時代が来るのだろう。

AIやロボットの進化によって、多くの人間の仕事が奪われるのは確かだろう。

しかし、人間にしか出来ない仕事は必ず残る。

それは「人間の仕事が残る」というだけではない。

価値がこれまでよりも高まる仕事があるということだ。

産業革命によって、それまで人間が行っていた多くの仕事が機械に代替された。

しかし、人間の仕事がなくなったわけではない。

むしろ、経済活動が促進されて、人間の仕事は増え続けた。

さらに、残る仕事は、創造的な仕事だけではない。

例えば、掃除だ。

「何がゴミであるか」を判別するのは、それほど容易なことではない。

一見したところ単なる紙切れに見えても、そこに重要なメモが書いてあるかもしれないからだ。

著者は、産業革命に先立つ時代が、これからの時代のモデルになる、「歴史の循環」「先祖がえり現象」が生じている、と述べている。

これは、新しい技術を活用して、人類のフロンティアを大きく拡大するチャンスでもあるというのである。

見方によっては、ワクワクするような未来が到来しようとしているということではないだろうか。

2018年8月12日 (日)

OJTで面白いほど自分で考えて動く部下が育つ本/松下直子

Ojt 意外に思われるかもしれませんがパワハラは日本の造語で、セクシャルハラスメントが世界で大きな問題になってから日本で生まれたカタカナ英語です。

パワハラが日本の造語であるということは初めて知った。

今、パワハラが問題になっている。

日本ボクシング連盟会長の山根会長、日大アメフト部長の内田監督、等々、次から次へと出てくる。

確かに問題であることに違いないのだが、あまりにも騒ぎすぎるような気がする。

パワハラには一様の定義が定められている。

第1に、身体的な攻撃

第2に、精神的な攻撃

第3に、人間関係からの切り離し

第4に、過大な要求

第5に、個の侵害

といったものだ。

難しいのは、それぞれの線引きだ。

例えば、部下を育成しようと思ったら、出来る仕事ばかりをやらせていてはダメだ。

ある程度、難易度の高い仕事を与える必要がある。

上司は、部下の能力開発のために、意識的にちょっと背伸びが必要な難易度の仕事を与えることと、複数の能力が必要な仕事を与えることの2点が不可欠になる。

ところが、これを「過大な要求」「個の侵害」と部下自身が受け取ってしまったらパワハラになってしまう。

こんなことを言ってしまったら、昭和の時代の育成手法はほとんどがパワハラになってしまう。

この辺りのことはよく考えてみる必要があるのではないだろうか。

2018年8月11日 (土)

ビジネスエニアグラム/木村孝

Photo エニアグラムが単なるタイプ分けで終わってしまっては意味がありません。タイプを通して自分と出会っていくのが、エニアグラムのすばらしいところです。

エニアグラムに取り組むようになって2年になる。

そして知れば知るほど奥が深いのがエニアグラムである。

エニアグラムは単なるタイプ分けではなく、人間の根源に迫っていく。

深めれば深める程、新しい自分と出会うことができる。

そして本当の自分と出会うことによって他者のことが理解できるようになる。

人はタイプによって同じ刺激に対して、さまざまな反応をするものだ。

例えば試合に負けたとき、タイプ1の選手は「何が問題だったのか、みんなで反省しなければならない。そして早速、練習に取り組むべきである」と考える。

タイプ7の選手は「負けたことをいつまでも引きずっていても仕方がない。気晴らしに飲みにでも行って、笑顔で次に向かって進もう」と考える。

タイプ1の選手から見ると、タイプ7の選手は練習に臨む真剣さに欠けた、不真面目な態度に映る。

一方、タイプ7の選手からすれば、タイプ1の選手のような堅苦しい考え方やマイナス思考が足を引っ張って、みんなが自分の力を発揮できないように思える。

このような考え方の違いがチーム内で対立を生んだり、ギクシャクした関係になったりする。

しかし、エニアグラムを学ぶと、「アイツは間違っている」「アイツはわかっていない」ということではなくタイプの違いであることが分かる。

自己理解と他者理解が進めば、無意味な対立やチーム内の不協和音が解消される。

世の中ではこれと似たようなことが日常的に起こっているのである。

エニアグラムは本当の面白い。

2018年8月10日 (金)

顧客獲得セミナー成功法/遠藤晃

Photo 心理学の本によると、ひとりの講師の影響力がもっとも高いのは、参加者が8人までのセミナーだといいます。次に高いのが 15 人。その後は、参加者がひとり増えるごとに、講師ひとりが参加者に与える影響力はだんだん小さくなっていくそうです。

私自身、自主セミナーを年3回開催している。

顧問先もほとんどセミナーを通して獲得したものだ。

セミナーが効果的なのは、参加者と営業されているという意識を持たせずに信頼関係を構築することができること。

参加者は、売り込まれないという安心感があるから、セミナー講師を「営業マン」ではなく「先生」として見てくれる。

そしてその結果、お客さんとの間に信頼関係が築ける。

さらに、セミナーは参加者が多ければよいというものではない。

確かに著者が言うように参加者が15人を超えると、成約率は下がる。

過去の経験から言っても参加者が5、6人程度のセミナーが一番成約に至る確率が高い。

本書を読んで、それには心理学的な根拠があると知って、妙に納得してしまった。

2018年8月 9日 (木)

ユダヤ式WHY思考法/石角完爾

Why なぜユダヤ人の知的生産力が優れているのか、おわかりだろうか。それはユダヤ人が「議論をして考える民族」だからである。 さらにいえば、「なぜ?」「Why?」を徹底的に考えつくす民族なのである。

議論好きというユダヤ人の民族性が知的生産性の基になっていると著者はいう。

確かにユダヤ人は議論が好きだ。

議論するということは場の雰囲気を読まないということだ。

議論するということは場の雰囲気をつぶすということだ。

一方、日本人は場の空気を読む民族である。

そして議論することをあまり好まない。

しかし、場の空気を読むということは停滞するということである。

場の空気を読むということは多数に盲従するということである。

場の空気を読むということは何も創造しないということである。

場の空気を読むということはリスクをとらないということである。

場とは現状である。

しかも自分が置かれた狭い現状なのである。

そんなものを読む人間ばかりの社会が発展しないことは、いうまでもないことだ。

その意味で、ユダヤ人のWHY思考に学ぶべき点は多いのではないだろうか。

2018年8月 8日 (水)

まだ、マーケティングですか?/ボブ田中

Photo 日本の企業には、真面目で優秀な人材が多数いるのにもかかわらず、『破壊的イノベーション』が生まれないのは、個人の責任というよりも、組織としての企業の価値観にあるといえます。「社員一丸となってイノベーションを興す」といったスローガンを掲げている企業も数多くありますが、せっかく出てきたイノベーションの芽を中間管理職が、そして経営陣が善意で潰している例は、枚挙にいとまがありません。

クレイトン・M・クリステンセン教授は、イノベーションを、『持続的イノベーション』と『破壊的イノベーション』の大きく2つに分けて論じている。

『持続的イノベーション』は、現状の製品やサービスを、より良いものに逐次改善していくもの。

これに対し『破壊的イノベーション』は、現状とは全く異なる価値観で、新しい製品やサービスを提供するもの。

トヨタの「カイゼン」という言葉に代表されるように、日本の多くの企業は、『持続的イノベーション』が非常に得意だ。

製品の改良を重ねることで、より軽く、より小さく、より壊れにくくし、さらに様々な機能を付加していくことで、製品価値を高めていく。

しかし、今後必要なのは『破壊的イノベーション』である。

では日本人にはクリエイティビティという点で劣っているのか。

実は、多くの国のアンケートで日本人はクリエイティブであると調査結果が出ている。

ところが、日本人自身は自分たちはクリエイティブであるとは思っていない。

また年齢を重ねると、その自信はさらに失われていくという傾向がある。

個人ではクリエイティブな人材が多いのに、組織になるとそれが発揮できなくなることを考えると、日本の問題は個人の問題より、組織の問題であると言える。

日本の組織は同質性を求める傾向がある。

金太郎アメ的な人材を求める傾向がある。

確かに、昭和の時代、やるべきことがはっきりしていた時代には、皆が同じ方向に向かっていく組織の方が効率が良くなる。

しかし、今は、そもそも先が見えない時代。

価値観の多様化している。

そんな時代に勝ち残る組織とは、多様化を受け入れ活かす組織である。

またアイデアは仕事中より、むしろオフの時間に浮かんでくることが多い。

オンとオフをしっかりと分けて、オフィスにいる時間だけ時間を区切って考えようとする人は、その時点でアイデアの量産という点においては、不利にならざるを得ないといえよう。

そう考えると、ワークライフバランスより大切なのはワークとライフの区別をなくすことであろう。

いろんな意味で働き方改革が求められているということではないだろうか。

2018年8月 7日 (火)

誰と会っても疲れない「気づかい」のコツ/水島広子

Photo 「気づかい」のポイントは、相手に「このままで大丈夫」というメッセージを伝えること、と言ってもよいと思います。

「気づかい」という言葉からくる印象は「疲れる」ということ。

仕事では「気づかい」上手として知られているけれども、家に帰ると無愛想になるという人もいる。

「気づかい」が仕事の一部になっていて、自分から自然に出てくるものではない「義務」になってしまっているからだろう。

人から「気が利かない」と言われるのが嫌だから「気づかい」をする。

それだと本当に疲れる。

「疲れる気づかい」をしているとき、実はそこで気にしているのは「相手」ではなく「自分」のことだと言える。

でもそれで気づかいされている相手は、本当に嬉しいのだろうか。

むしろ、窮屈に感じたり、何か居心地の悪さを感じたりしないのだろうか。

そもそも気づかいは何のためにするのだろうか。

それは相手に安心してもらうためである。

「気づかい」の基本は、「相手をよい状態にしてあげる」ことではなく、「相手に安心を提供する」ことだ。

「このままで大丈夫」というメッセージを受け取ることが、相手にとって一番の安心であろう。

変わる必要もなく、自分を疑う必要もなく、自分を嫌う必要もなく、何かを怖れて備える必要もない。

それが人間を最も安心させることは間違いない。

あなたには何も不適切なところはないから大丈夫。

今後のことについても心配する必要はないから大丈夫。

あなたという存在は受け入れられているから大丈夫。

見返りは求めないから大丈夫。

そういう感覚が伝わるものが、よい「気づかい」なのだと言える。

そして、そのためには、自分自身がまず「大丈夫」だと思うということ。

つまりありのままの自分を受け容れることである。

そして「今」に生きること。

「今」に生きることは、自分に与えられる最高の贈り物。

私たちが経験できる最も上質の時間は、「今」に集中している時間である。

人生の質は、そのうちのどれだけの時間を「今」に生きることができるかで決まる、と言ってもよい。

それが、相手に伝わるエネルギーとなる。

「不安」のエネルギーではなく、温かい「安心」のエネルギーが伝われば、その手段は何でもかまわないということではないだろうか。

2018年8月 6日 (月)

「顔」と「しぐさ」で相手を見抜く/清水建二

Photo 顔に表情として表れている時間は0・2秒ほどで、注意していないと見抜くことはできません。しかし微表情を読みとくことができれば、相手の感情を明確にキャッチでき、本音をうかがい知ることができるのです。

「目は口ほどにものを言う」というが、人の本音は話している言葉の内容よりも、語っているときの表情やしぐさにあらわれるもの。

もし、それを的確につかむことができれば、相手の本音を的確につかむことができるだろう。

表情を使って感情をコントロールするとき、私たちは次の6つのストラテジーを使う。

強化・弱化・中立化・修飾化・偽装化・隠蔽化の6つの「化」だ。

強化とは、本当に感じている感情を強めること。

弱化とは、本当に感じている感情を弱めること。

中立化とは、本当に感じている感情を何も感じてないかのように中立表情をすること。

修飾化とは、本当の感情に新たな感情表現を注釈として付け加えること。

偽装化とは、本当に感じている感情、もしくは何の感情も感じていないときに、本当には感じていない感情を感じているように演技すること。

隠蔽化とは、本当に感じている感情を別の感情で隠すこと。

まとめると、弱化・中立化・隠蔽化が抑制にあたり、強化・修飾化・偽装化が表出にあたる。

人が感情をコントロールしたとき、その人の本音を正しく推定するには、それぞれのストラテジーについて習熟する必要がある。

しかし、微表情と微動作の読みとり法をマスターすれば、細かな分類に頼らなくても、他者の本音を推定することができるというのである。

是非、身に付けたいと思うのだが、相当訓練する必要がありそうだ。

2018年8月 5日 (日)

「いい会社」ってどんな会社ですか?/塚越寛

Photo 極論すれば、賃金体系のあり方は、大きな問題ではありません。「社員が仕事を通して成長し、幸せな人生を送ってもらえるようになってほしい」という思いが経営者になければ、どんなに賃金体系を変えても失敗します。

本書の著者、塚越寛氏は伊那食品工業の社長。

「日本でいちばん大切にしたい会社」で紹介された会社である。

伊那食品工業の社是はシンプル。

いい会社をつくりましょう ─たくましく そして やさしく─

「いい会社」は「良い会社」とは異なる。

良いという言葉は、業績が良い、収益率が高いなど、経営数値がプラスであるイメージが強い。

一方、いいという言葉には、数値だけでなく、もう少し情緒的なイメージも含まれる。

具体的には、取引先や顧客、地域住民など周囲の人に対する社員の接し方などが該当する。

情緒的な要素を含む全体のイメージがプラスであるのが「いい会社」である。

会社を取り巻くすべての人に、日常会話の中で「伊那食品工業さんはいい会社だね」と言ってもらうことが理想だという。

その後に続く「たくましく そして やさしく」は、いい会社をつくるためにどう行動するかを、もう少しかみ砕いて示したもの。

たくましいというのは、仕事に一生懸命取り組むことを指す。

寒天製品の研究開発や生産、販売活動に手を抜かないという意味。

やさしいというのは、他人に対する思いやりがあること。

儲けることだけに力を注ぐ「たくましいだけ」の会社は山ほどある。

しかし、会社を取り巻く関係者に対する思いやりがなければ、会社は長続きしない。

たくましさとやさしさの両立。

これが大切。

そしてそれらの考え方の基、賃金体系がある。

経営理念や経営者の人材観、社員に対する教育方針と賃金体系が、どれも整合性を持ってつながっている。

これがあるからこそ、社員は最大限、力を発揮することができるのだろう。

シンプルだが、なかなかマネのできないことである。

2018年8月 4日 (土)

シャーデンフロイデ/中野信子

Photo その結果、わかったことがあります。それは、「愛」や「正義」が、麻薬のように働いて、人々の心を蕩かし、人々の理性を適度に麻痺させ、幸せな気持ちのまま誰かを攻撃できるようにしてしまう、ということです。
 愛は人を救うどころか、それに異を唱える者を徹底的に排除しようという動機を強力に裏打ちする、危険な情動です。

シャーデンフロイデ、耳慣れない言葉である。

シャーデンフロイデという単語はドイツ語で、Schadenfreudeと綴る。

Freudeは喜び、Schadenは損害、毒、という意味。

つまり、「シャーデンフロイデ」は、誰かが失敗した時に、思わず湧き起こってしまう喜びの感情のこと。

シャーデンフロイデはどのような時に現れるのか。

例えば、最近のネット炎上がそうだろう。

有名人がちょっとしたことで失言すると、ネットの住民がこぞって攻撃する。

結果、ネットが炎上し、場合によっては当人が謝罪するということになることもある。

なぜ、攻撃するのか。

それは「我こそは正義」という意識があるから。

自分たちの側に正義があるのだから、不正は正すべきだ、と。

これが過剰で執拗な攻撃につながる。

その意味で「正義」という言葉は免罪符のようなものだ。

「正義」をかざすことで戦争が起こる。

「戦争ほど非人道的なものはない」とよく言われる。

しかし、これは逆ではないだろうか。

人として守り行うべき道を進んでしまうからこそ、違う道を進んでいる人を許せず、争いに発展する。

「正義」とか「愛」といった耳障りの良い言葉こそ、実は思考停止させる言葉であることを自戒すべきだろう。

2018年8月 3日 (金)

職場は感情で変わる/高橋克徳

Photo 感情はコントロールできるのでしょうか。すべきものなのでしょうか。
 結論から言うと、感情は、コントロールできるし、感情が暴走してしまうときは、コントロールすべきものです。

人には感情がある。

そして、その個人の感情が相互に影響し合い、組織感情になる。

組織感情には良いものもあれば悪いものもある。

本書ではそれを「ギスギス感情」「冷え冷え感情」「ぬるま湯感情」「イキイキ感情」の4つの分けている。

もちろん「イキイキ感情」が理想的なのだが、ではそのためにはどうすれば良いのか。

それは個人の認知のフレームを自覚し変えることである。

感情は情動が認知のプロセスを経ることによって自分の中で生まれたもの。

つまり、起きたことに対して自分がどういう反応をしたのかを自分で認知したとき、情動は感情に変わる。

人は認知をする際に、最初の段階で入手した情報をタイプ別に分けようとする。

「怒る人は精神的に不安定な人だ」とか、

「真剣に怒れる人は、愛情深い人だ」とか、

自分の中で形成された情報を分類するための軸に当てはめて、物事を解釈しようとする。

これをステレオタイプ化と呼ぶ。

こういう行為をする人は、こういう人に違いない。

こういう時は、こんなことをするのが当たり前だ。

こういった決めつけが、その人の認知を歪めていく。

だから感情をコントロールするには、自分の中にある認知のフレーム、つまり自分の知識や経験の蓄積によって生み出されたものの見方を変えることである。

もし、自分の感情が暴走して、止められなくなりそうだと思ったら、自分の中にある認知のフレーム自体を変えてみることにトライしてみる。

「こうでなければならない」「こうあるはずだ」という自分の中にあるものの見方、決めつけを、一回緩めて、自分の許容範囲を拡大してみる。

そうすると、感情が大きく揺さぶられてしまうことから逃れることができる。

それが相まって組織感情が変わってゆく。

今、働き方改革が叫ばれているが、その点でも組織感情は避けて通れない問題である。

みんなで組織という生き物、組織に働くある種の力学を学び、理解する。

その上で、その組織に関わるすべての人たちを幸せにする場に変えていくために、みんなで思いを伝え合い、知恵を出し合う。

そういったことが当たり前のようにできる。

そんな職場に変えていく取り組みが必要なのではないだろうか。

2018年8月 2日 (木)

代表的日本人/内村鑑三

Photo 「天を相手にせよ。人を相手にするな。すべてを天のためになせ。人をとがめず、ただ自分の誠の不足をかえりみよ」

内村鑑三が代表的な日本人としてあげたのは、西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮上人の5人。

中でも最初に登場するのは西郷隆盛である。

西郷隆盛をなぜ内村鑑三は代表的日本人として挙げたのか。

確かに西郷がいなければ明治維新は成功しなかったのかもしれない。

西郷が何をしたということよりもその存在そのものが周りの者を動かした。

そして西郷の残した言葉には「天」という言葉が多く登場する。

明治維新に必要だったのは、すべてを始動させる原動力であり、運動を作り出し、「天」の全能の法にもとづき運動の方向を定める精神であった。

西郷が「天」をどのように崇拝したか、確認するすべはない。

しかし西郷が、「天」は全能であり、不変であり、 きわめて慈悲深い存在であり、「天」の法は、だれもの守るべき、堅固にしてきわめて恵みゆたかなものとして理解していたことは、その言動により十分知ることができる。

何ごとも大きなことを成し遂げるには大義名分が必要であり、西郷はそれを「天」に求めたということが言えるのかもしれない。

2018年8月 1日 (水)

悪と全体主義/仲正昌樹

Photo 全体主義の「異様さ」を象徴するのは何と言っても、ナチスによる反ユダヤ主義政策でしょう。その仔細が明らかになると、世界中に大きな衝撃が走りました。いわゆるホロコーストです。

「全体主義」あるいは「全体主義的」という言葉を明確な意味で使い始めたのはイタリアのファシズム政権や、ドイツのナチス寄りの知識人たちである。

1920年代後半から、ムッソリーニたちは、自分たちの運動を「全体主義」と形容するようになった。

彼らは、個人主義的な傾向の強い西欧の自由主義は、人間の自由を極めて抽象的・観念的にしか捉えておらず、現実から遊離していると批判した。

自分たちこそが、国家の中で生きる現実の人間にとっての自由を考えているとして、各人を共同体としての国家へ再統合するファシズムの理念の意義を強調した。

近代化の過程でバラバラになっている個人に再び居場所、生活空間を与えてくれるような国家こそが、真の自由を実現するということである。

ナチスの戦犯であるアイヒマンの裁判を傍聴したドイツ系ユダヤ人のハンナ・アーレントが指摘したのは、ヒトラーやアイヒマンといった人物たちの特殊性ではない。

むしろ社会のなかで拠りどころを失った「大衆」のメンタリティである。

現実世界の不安に耐えられなくなった大衆が「安住できる世界観」を求め、吸い寄せられていく──その過程を、アーレントは全体主義の起原として重視した。

アーレントは全体主義を、大衆の願望を吸い上げる形で拡大していった政治運動である、と捉えている。

大衆自身が、個人主義的な世界の中で生きていくことに疲れや不安を感じ、積極的に共同体と一体化していきたいと望んだ、と考えた。

その中で、強烈な「共通の敵」が出現すると、それまで仲間意識が希薄だった人々の間に強い連帯感が生まれ、急に「一致団結」などと叫ぶようになる。

これは、今でも、意外に身近なところで見られる現象である。

特に日本は、ちょっとしたことで世論が一方方向に流れがちである。

戦前の日本がそうだった

「共通の敵」はアメリカであり、「鬼畜米英」という世論が作られた。

そして、その流れを作ったのがマスコミである。

歴史の教訓として受け止めるべきだろう。

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