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2018年9月25日 (火)

努力不要論/中野信子

Photo 努力している自分――。
 これはとても中毒性の高いものです。努力しているさなかにあって、努力すること自体が目的になってしまっている人は、やはり「努力している自分」に喜びを感じているのです。

本書は別に努力を否定しているわけではない。

ただ、「努力すればなんでも叶う」といった類の論は間違っているといっているだけ。

世の中、努力することに酔っている人たちが多くいる。

「がんばっている自分って素晴らしい」と自画自賛する。

しかし、目的を達成した時、初めて努力したことに意味がでてくる。

目的を達成したとき、「あの努力は無駄ではなかった」といえる。

「やればできる」と言うがそれは成功者の言い分である。

例えばアスリートとして成功するためにはアスリート向きの体で生まれたかどうかが 99% 重要なことだ。

そうでない人がどんなに猛訓練をしてもオリンピックで金メダルはとれない。

「がんばる」というのは、自分を冷静に見つめる目を失わせるものである。

努力そのものが楽しくなってしまうと、ほかのことが考えられなくなってしまう傾向がある。

努力している状態にあるとき、人は自分がとてもいいことをしているような気持ちになる。

しかし、真の努力とは、本当に目的を達成したいのであれば、適切に目的を設定し、戦略を立て、実行することである。

目標、目的を達成したとき、初めて努力したことに意味がでてくる。

努力神話は危険だということではないだろうか。

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