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2018年9月26日 (水)

死体格差 解剖台の上の「声なき声」より/西尾元

Photo たとえ家の中であろうと、条件が揃ってしまえば人間は凍死する。人間の体温は通常 37 ℃前後に保たれているが、それがなんらかの理由で 28 ℃程度にまで下がると(時にはそこまで下がらずとも)、心臓に不整脈が出て死亡するとされる。

一般的に凍死と言えば、雪山などで動けなくなり、氷のように冷たくなっていく様子を思い浮かべる。

食べるものもなくなり、寒さに体温を奪われ、動けなくなって死に至る。

これまで何人もの屈強な登山家たちがそうした状況に陥り、命を落としてきた。

解剖の現場にいると、都会の日常生活下においても、凍死は決して珍しい死ではないことという。

著者の法医学教室では、年間にして300体程度運ばれてくる遺体のうち、10体程度が凍死症例だという。

周囲の温度が体温より低い場合、人は体内でエネルギーを消費して熱を発し、自ら生きるために必要な体温を保つようにしている。

ところが、エネルギーとなる十分な栄養が摂れていなければ、その熱産生が十分に行われなくなってしまい、体からの熱の放散に追いつかず、体温が徐々に低下していく。

貧しさの中で食べるものも買えず、体力や抵抗力が徐々に落ちていく。

こうなると、あるだけの衣類を身につけ、布団にくるまっていたとしても、凍死する。

つまり格差社会が死因にも影響を及ぼしているということである。

死を通して生が見えてくるということであろう。

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