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2018年10月の32件の記事

2018年10月31日 (水)

心に折り合いをつけて うまいことやる習慣/中村恒子、奥田弘美

Photo そもそも私が医者になったのも、「人を助けたい」なんてたいそうなもんではありません。「いろんな流れでたまたま」そうなっただけですわ。

本書は中村恒子という89歳の精神科医の話したことを奥田氏が書きとめたもの。

中村恒子氏は本書が書かれた時点で89歳。

精神科医の仕事を始めて70年近く。

仕事はきっちり決まった時間、9時-17時のフルタイムで働いているという。

70年近く、同じ仕事を続けるというのは、特別な思いや使命感があるのだろうと普通は思うのだが、「そんなものはない」というのが本人の弁。

医者の道を目指すことになったのも、楽しいか楽しくないか、やりたいかやりたくないかではなく、それしかなかった、だから働いているのだという。

何のために働くのか?

昔から、生活をするため人は働く。

自分を食べさせていくため、家族を食べさせていくために働く。

それが仕事のいちばんの目的ときわめてシンプル。

やってきたのはせいぜい、「目の前の患者さんが頼ってくれるならそれに応えよう」「自分にできることならしよう」くらいのもの。

しゃかりきになって働く必要はない。

与えられることに対して、構えることなくまずは受け入れること。

眉間にしわを寄せて「この仕事の意義は?」なんて難しいことを考えていると、誰も煙たがって仕事を頼んでくれなくなる。

やらないよりは、やるほうがマシかな?

それくらいのモチベーションが、仕事を無理なく続けるコツだという。

この人の話しを読んでいると、肩の力が抜けていくような不思議な感覚に襲われる。

でも、それこそが燃え尽きることなく、同じ仕事を70年以上も続けるコツなのだろう。

2018年10月30日 (火)

たった一言で部下を成長させる技術49/播摩早苗

49 このNGのように「なぜ?」から始まる質問は、部下は「君のせいだ!」という叱責として受け止めやすいものです。しかし質問の形をとっているため、上司は使いやすいのです。日常的に行なっていると、部下は上司が聞きたい純粋な質問に対しても、「叱責された」と捉えるようになったり、上司の言葉の意図を探ったりするようになります。それよりも「なに?」や「どんな」を使った質問に言い換えてみましょう。部下の行動が軽くなります。

「なぜ?」という言葉、上司は部下によく使う。

「なぜ、失敗したんだ」「なぜ、売り上げが上がらないんだ」等々、いろんな場で「なぜ?」という言葉が使われる。

「なぜ?」という言葉、字句通りに受け止めれば、「理由」を聞く質問。

ところが、「なぜ?」と問われた部下はそうは受け止めない。

「質問」ではなく、「詰問」されていると受け止める。

もっと言えば、「責められている」と受け止める。

そうすると、部下は自分を守るために懸命になるために、ホンネは決して出てこない。

「言い訳」しか出てこない。

これはどう考えても生産的ではない。

部下はまた同じ失敗を繰り返すだろう。

人は誰もが失敗する。

その時、もしその原因を究明し、二度と同じ失敗を繰り返したくないのであれば、言い方がある。

それは「なぜ、失敗したんだ」と詰問するのでなく、「何が原因で失敗したんだと思う?」「どうすれば同じ失敗を繰り返さなくなると思う?」と問いかけることである。

言葉の使い方ひとつで人の気持ちは前向きにもなるし、後ろ向きにもなる。

言葉を大事にしたいものだ。

2018年10月29日 (月)

AI VS.教科書が読めない子どもたち/新井紀子

Ai_vs 私たちにとっては、「中学生が身につけている程度の常識」であっても、それは莫大な量の常識であり、それをAIやロボットに教えることは、とてつもなく難しいことなのです。

今、巷ではAIという言葉が氾濫している。

「AIが神になる?」「AIが人類を滅ぼす?」「AIが仕事を奪う」「シンギュラリティが到来する」等々、危機感をあおる言葉も多い。

しかし、AIは神に代わって人類にユートピアをもたらすことはないし、その一部が人智を超えて人類を滅ぼしたりすることもない。

AIやAIを搭載したロボットが人間の仕事をすべて肩代わりするという未来はやって来ないという。

AIがコンピューター上で実現されるソフトウェアである限り、人間の知的活動のすべてが数式で表現できなければ、AIが人間に取って代わることはない。

コンピューターはすべて数学でできている。

AIは単なるソフトウェアなので、やはり数学だけでできている。

数学さえわかっていれば、AIに何ができるか、そして何ができないはずかは、ある程度想像がつく。

例えば、非常に限定された条件でなければ、ロボットには冷蔵庫から缶ジュースを取り出すということさえ、簡単ではない。

ロボットが、「将棋の名人に勝てても、近所のお使いにすら行けない」と揶揄される理由はここにある。

私たち人間が「単純だ」と思っている行動は、ロボットにとっては単純どころか、非常に複雑。

「真の意味でのAI」とは、人間と同じような知能を持ったAIのこと。

ただし、AIは計算機なので、数式、つまり数学の言葉に置き換えることのできないことは計算できない。

では、私たちの知能の営みは、すべて論理と確率、統計に置き換えることができるのか。

残念ながら、そうはならない。

ここにAIの可能性と限界がある。

ではAIによって人間の仕事が奪われることを心配する必要はないのか。

AIと人間の能力がすみ分けされていればそうだ。

ところが、近年の子供たちの問題は、文章を理解する能力が劣化してきているということ。

計算は出来ても文章題ができない。

つまりAIの苦手な分野は子供たちにとっても苦手な分野になってしまっているという現実がある。

これではAIと人間のすみ分けができなくなってしまう。

その意味で、「AI脅威論」よりも、もっと深刻なのは、「教科書が読めない子供たち」の問題なのではないだろうか。

2018年10月28日 (日)

騙しのカラクリ/横田濱夫

Photo 悪徳商法の手口に多いのが、はじめは少額を出させ、次第に大金を注ぎ込ませるパターンです。そのため「ここでさらにお金を出さないと、今までの分がパーになってしまう」という言い方をします。ギャンブルと同じく、相手の「もったいない」とか「損を取り戻さなきゃ」という強迫観念に付け込むわけです。

オレオレ詐欺、自己啓発セミナー、訪問詐欺、そして新手の偽NPO、ネットワーク商法まで、

騙しのカラクリを公開している。

共通するのは、人間の欲や心理を巧みに利用すること。

人間には心の片隅に「楽して儲けたい」というある種のスケベ根性がある。

もし、これが全くなかったら、騙されることはなくなるだろう。

詐欺師はこの「欲」を巧みに利用する。

「世の中そんなにうまい話があるはずがない」と頭ではわかっていても、ついつい話に乗ってしまう。

そして、一度首を突っ込んでしまったら最後、抜けられなくなる。

まるで底なし沼のよう。

ズルズルと引きずり込まれる。

「私だけは大丈夫」と思いたいのだが、そう思っている人が一番危ないのかもしれない。

2018年10月27日 (土)

すべての仕事は10分で終わる/森川亮

10 重要なのは死ぬ気で働くことではなくて、賢く働くことです。

「死ぬ気で働く」という言葉はやる気を示す言葉としてよく使われる。

しかし、それが生産性の向上につながるとは限らない。

大事なことは賢く働くこと。

個人にとっての資源は、究極的には「時間」と「お金」と「生活習慣(健康)」の3つに集約される。

世の中の大きな流れからみると、お金の価値はどんどん変わっている。

健康については医療技術の進歩は目覚ましいものがある。

近い将来、不治の病が治るようになったり体が不自由な人がロボットの力で自由に動けるようになったりするかもしれない。

その価値は変わっていくかもしれない。

でも時間だけはどうしようもない。

誰もが1日は24時間である。

24時間という時間自体を拡張させることはできない。

そうなると時間の価値が必然的に大きくなっていくのではないだろうか。

お金を稼ぐスキルよりも時間を効率的に使うスキルのほうが、なおさら求められる時代がくるかもしれない。

ではそのためには何が必要か?

ムダを減らすために必要なのは、「大事なこと」だけ確実に押さえること。

そして、「必ず終わらせる」という前提で、仕事の回し方、つまりプロセスを変えていくこと。

「仕事とは何か」

その結論は、「アウトプットを出すこと」に尽きる。

会議であればその目的は、「意見をまとめて結論を出す」こと。

新しい仕事が飛び込んできたときに真っ先に行なうことは、最終的なアウトプットを決めること。

「何をいつまでにやる」という、期限と成果物がワンセットになった「ゴール」を明確にする。

「仕事とはアウトプットを出し続けることである」という本質に立ち返ることが重要ということではないだろうか。

2018年10月26日 (金)

奉仕するリーダーになりなさい/和田裕美

Photo 「ついてこい」よりも「助けてください」のほうがいいのです。
 この人のために頑張ろうと思ったときのほうが、人は能力を最大限まで発揮できるものなのです。

かつてリーダーといえば「俺についてこい」型のリーダーを指していた。

ところが、今はそうではないリーダー像が求められるようになってきた。

それが「サーバント・リーダー」といわれるもの。

サーバントとは召使。

つまり、「まず相手に奉仕し、その後相手を導く」リーダーである。

サーバント・リーダーは、相手に対し奉仕する人。

相手への奉仕を通じて、相手を導きたいという気持ちになり、その後リーダーとして相手を導く役割を受け入れる人。

地位の高い人が上から指示を出して仕事をさせるのが従来のリーダー像。

サーバント・リーダーは、現場の人が働きやすい環境と意見を言いやすい雰囲気をつくり、その意見を聞き入れて自発的な行動へと導く。

視点を変えること。

相手の価値観を理解すること。

そして、思い込みを捨てること。

それが奉仕型リーダーになるための大事な作業。

人間がやる気を出して、自信を持って、未来を信じられるようになるためには、しつこいほどいつも、「あなたはすごいよ」と言ってくれる人が傍にいたほうがよい。

とにかく、悔しくても、しゃくにさわっても、調子に乗った相手にむかついても、褒める。

それが、人を幸せにするリーダーの仕事。

リーダーは完璧である必要はない。

仕事をきちんとこなし、思いやりをもって相手を尊重できる人であれば、弱い部分を見せても、絶対にバカにされたりはしない。

むしろ、その方が相手はついてくる。

このようなリーダーが求められるようになったのも、時代の流れなのではないだろうか。

2018年10月25日 (木)

集中力/谷川浩司

Photo 豊かで奥深い感性を養うことで得た閃きが、勝つための思考へとつながる。そして論理的な思考は左脳が行う。感性の右脳と思考の左脳双方を豊かにした、目先の情報におぼれない読みの深い人間が求められる時代になるのではないだろうか。

勝つためには感性が大事だという。

将棋における感性とはどのようなものか。

例えば、ある局面を見た瞬間に、「好き」か「嫌い」か、「美しい」か「美しくない」か、「自分に合っている」か「合わない」かという印象を持つ。

理屈抜きでパッと見てそう感じる。

それによって次の一手を決める。

将棋は中盤になると形勢判断が難しい局面になる。

一つの局面を十人の人に見せると、十通りの次の一手が返ってきて、そのどれもが百点の手ということもある。

それを、すべて一人で読むというのは不可能。

こういう時こそ、その人の感性が勝負のかぎを握る。

強い棋士は、奥の深い感性を発揮するというのである。

感性を大切にするということは、将棋に限らず、仕事で決断を迫られた時なども同様なのではないだろうか。

経営判断も、論理的に分析しても本当の答えは出てこない。

だから、あとは経営者の感性で決断する。

そして名経営者と呼ばれる人ほど、この感性が優れているような気がする。

2018年10月24日 (水)

好かれる人が無意識にしている言葉の選び方/中谷彰宏

Photo 博報堂時代に、「コピーの神様」と言われる取締役とトイレで一緒になったことがあります。
 その時、「どうだ、仕事は?」と聞かれて、「いろいろ大変です」と答えると、「うんうん、大丈夫、大丈夫」と言われました。
 私はその人が言った「大丈夫」という言葉にすごく救われました。
 「頑張れ」と言われなかったからです。

普段、何気なく使っている言葉。

しかし、言葉の使い方で、好かれる人と、そうでない人とに分かれる。

好かれるために嫌われない言葉を言おうとすると、10人中9人と同じ言葉になる。

それでは、「あの人のこの言葉が」と覚えてもらえない。

10人いると、9人は同じことを言う。

残りの1人の違う言葉を言える人が、好かれる人になる。

例えば、職場の同僚に飲み会に誘われたとする。

そして、それを断りたい場合、

多くの人は、「どうしても行けない」といい、そのあと、行けない理由を説明する。

断り方がうまい人は、「なぜかと言うと」という理由をいっさい挙げずに、「残念! 行けない」と言う。

「残念」という感情だけのほうがリアルだ。

理由のあるほうが、ウソっぽい。

上司は部下に対して指示や命令をする。

その命令が命令口調になると、部下はつらい。

「ちゃんと確認しろよ」と上司が言うと、部下は叱責されているように感じる。

しかし、上司が「よし、ちゃんと確認しよう」と言ったとする。

「○○しよう」は、「僕も含めて一緒に」というニュアンスになる。

その方が部下は動くだろう。

ちょっとした言葉の選び方なのだが、それによって共感を得ることもできるし、反発を受けることもある。

味方を作ることもあるし、敵を作ってしまうこともある。

しかも、書いた文章と違って、一度口から出てしまった言葉は消せない。

相手の記憶に残ってしまう。

言葉は大切にしたいものだ。

2018年10月23日 (火)

損しない人のほめ方の法則/澤村直樹

Photo 良質な自信とは、他者から認められているという安心感の中で育つ、「自分には皆がついているから大丈夫。なんだってできる」と、自分自身の考えや行動に対して基本的な肯定感を持つことを言います。

人は人から認められることで育ち、自信をつける。

人格形成の時期に叱られてばかりいると、心が不安定になり、健全な成長を阻害する。

人はよい意味で自信をつける必要がある。

それが他に対する許容量の大きさとなり、やさしさにもつながる。

ほめることに否定的な考えを持つことの中に、「ほめる」ことと「甘やかす」ことを混同しているケースがある。

「甘やかす」とは一時的な問題解決になるが、根本的な解決に至らない行為。

そして「甘やかす」は相手の人格をスポイルする行為。

対して「ほめる」ことは、相手の人格を認める行為。

表面上はよく似ていても、その内容は全く違う。

自信がない人とは、実力のない人、ではない。

過去の成功例を再確認していくことで自己肯定感が高まり、自信がついていくようになる。

そのためには、回りの人は、そのことを認めてあげることが重要。

本書ではほめることの重要性が述べられているが、大切なのは、上手い言葉でも立派な言葉でもなく、本心から言える言葉であるかどうかである。

本心から出た言葉でないと、相手にもそれが分かり、嘘っぽく感じてしまう。

ほめることは、意外と奥の深い行為である。

2018年10月22日 (月)

ストレスづきあいの上手な人、下手な人/保坂隆

Photo じつは、「ストレス」と「ストレスによる病気」には、ある傾向が見られます。それは、病気になった人に共通のパターンがあることで、「A型行動パターン」と「C型行動パターン」と呼ばれます。

ストレスは、言ってみれば「外部からの刺激」である。

そしてこれには個人差がある。

たとえば、ボールに同じように力を加えても、ソフトボールと硬式野球のボールとでは歪み方が違う。

同様にストレスを受けたとしても、それをうまく回避できる人と、症状となって現れる人がいる。

ストレスを受けたとき、それが症状として現れる人には、共通のパターンがある。

それが「A型行動パターン」と「C型行動パターン」と呼ばれるもの。

まずA型の人は、ストレスを受けると、攻撃的になり、イライラしがち。

もう一方のC型は、周囲との調和をはかろうとする。

たとえばA型の人は、のんびりダラダラするなんて時間のムダとしか思えない。

忙しい状態でいることに生きがいを感じる。

そのため、A型にとっては、自分の力が発揮できない、あるいは認めてもらえないことがもっとも大きなストレスになってしまう。

またA型は物事が自分のペースで進まないときもストレスを感じる。

ほとんどの人は、忙しい日が続いたら、「たまにはのんびりしたい」と考えるのだが、A型は逆だということである。

ではC型人間はどうなのか。

事を荒立てるのが嫌いなのがC型人間である。

一般的には「人あたりのいい、温和な人」という印象だ。

ところが、その心の内には、じつは激しい感情を秘めているという説がある。

つまり、自分の感情を抑え込みがちなタイプだということ。

それがある時、ストレス症状として現れる。

おとなしくて、まじめで、日頃から自分の感情を抑えている人ほど、本人も気がつかないうちに、何かしら 鬱屈したものをためこんでいく傾向があるということであろう。

ストレスが進行すると、だいたい次の3つのタイプになって現れる。

第1に、身体的症状

慢性疲労、肩こり、腰痛、胃や腸の 潰瘍、 動悸、息切れ、高血圧、睡眠障害など。

第2に、精神的症状

イライラ、焦り、不安、何事もおっくう、物事に集中できないなど。

第3に、行動的症状

酒、タバコの量が増える、ギャンブルにふける、いつも何かしていないと落ち着かない、食べすぎる、極端な早食い、刺激の強いものを好んで食べるなど。

以上3つである。

少なくとも、A型とB型の人がストレスをため込みやすいということは、知っておく必要があるのではないだろうか。

2018年10月21日 (日)

転職は1億円損をする/石渡嶺司

Photo 転職支援会社は「転職が多いほど 儲かる」ということになる。単純に言えば、こういう会社にとっては「みんなが転職を繰り返す」状態が一番ビジネスになる。

確かに転職支援会社は転職をあおる。

そのほうが儲かるからだ。

しかし、基本的に転職して収入が上がるのは少数派。

ほとんどの場合、収入は下がる。

収入が下がっても、新しいキャリアが築ければ、それはそれでメリットがあるのだが、実はそのようなこともあまりない。

キャリア形成のために計画的に転職を繰り返す人は少ない。

確かにそのような転職を繰り返すならば、本書のタイトルのように生涯年収等を計算すると、1億円くらい損するだろう。

転職にはよい転職と悪い転職があると思う。

その判断基準は何を軸にして転職するのか、ということ。

収入を軸として転職すると大抵失敗する。

自分の計画的なキャリア形成を軸に転職するならば、あるいはうまくいくかもしれない。

しかし、それであっても成功が保証されるわけではない。

やはり転職はリスクの伴うものだから。

転職をするものはその点をよく考え実行に移すべきだろう。

2018年10月20日 (土)

SNSが会社をツブす!/大石哲也

Sns 「ツイッターくらいやっとけよ」と言う上司は、SNS世代である 20 代から 30 代の社員に業務を丸投げすればいいと考えがちだが、個人利用のツイッターで炎上事件を引き起こしているのも、20代から30代である事実を忘れてはならない。SNSの楽しさを知る世代に、企業SNSの運用を任せることは間違っていない。だが、それには企業として実施すべき、社員教育が必須なのである。

著者は企業がSNSをやるのを否定している訳ではない。

ただ単に、「SNSをやりさえすれば儲かる」という短絡的な発想は会社を潰すと言っているのである。

たとえば、ツイッターが定期的に更新されているように見えるには、目安として最低でも1日5回以上の「つぶやき」が必要と言われている。

ツイッターに比べ文字数が多く、印象的な写真を掲載しなければ注目を集めることは難しいとされるフェイスブックページは、業務の合間に片手間で運用できるわけがない。

フェイスブックページを効果的に運営すること。

それは社内に、編集部を持つくらいの意識がなければ達成できない目標だ。

見切り発車したSNSは、相当の幸運に恵まれない限り必ず失敗する。

そして、失敗の原因は企業の内側にあるという事実から目を背け、SNSなんてやるだけ無駄だと言い訳をする。

結果が目に見えているような企業は、SNSなどやらないほうがいい。

更に、SNSではモノは売れない。

だが、SNSで構築した人間関係の延長で、新たなビジネスを生み出した例はいくらでもある。

いますぐSNSで利益を生み出すことはできない。

しかし、どうすれば利益につながるのか、SNSというパズルのピースを、利益構造のどこにはめるべきか、早いうちから強く意識すれば回りに回って利益を生み出す。

このことを経営者はしっかりと理解すべきだろう。

2018年10月19日 (金)

SEは死滅する/木村岳史

Se 「ITをよく分からない」経営者の最大の問題点は、IT部門を専門家集団だと信じて疑わないことだ。だが、今のIT部門の多くは、ITに関して素人集団にすぎない。今やIT活用の巧劣がビジネスの成否、企業の命運を決める。そんな経営に最重要なITを素人に任せているのは、経営者として〝背任行為〟に等しい。経営者にその自覚が無いのが大問題なのだ。

IT産業というと時代の最先端をいく産業という印象があるが、実態は違う。

実態は、日本のIT業界は典型的な労働集約型作業であり、その意味ではハイテク産業の皮をかぶったローテク産業である。

「ブラック企業」という言葉が生まれたのもIT企業からだ。

IT業界は「3K」だといわれる。

3Kと言うと通常は「きつい、汚い、危険」を指す。

しかし、IT業界ではこれが「きつい、帰れない、休暇が取れない」になる。

IT産業に限れば日本は圧倒的に後進国だ。

知的集約の極致であるはずのソフトウエア開発が、「人月いくら」という労働集約にすり替わっている。

〝人売り〟商売がハイテク産業を偽装する。

この構造は企業のIT部門についても同様だ。

多くの企業においてIT部門は、今や抵抗勢力、保守勢力の牙城だ。

事業部門がどんなにお願いしても、「忙しくて対応できない」「開発に1年かかる」なんてことを平気で言う。

あるいは「セキュリティ上の問題があるので絶対にダメ」と、ITを活用したビジネスをつぶしにかかる。

「こんな最新技術があって、それを使えばビジネスをこんなふうに変えられる」と提案できるIT部門でなければ、〝滅びの道〟を歩むしかない。

日本ではIT人材が不足しているとよくいわれる。

必要なIT人材とは、別にニュータイプの技術者のことを言っているのではない。

以前から必要性が叫ばれてきた「顧客の業務や最新技術に知見を持ち、提案できる技術者」のことだ。

ところが、このような技術者が圧倒的に足りない。

国も企業も業界も、期待するIT人材とはどのようなものかを明確化して、育成に取り組む必要があるのではないだろうか。

2018年10月18日 (木)

「数字」が読めると本当に儲かるんですか?/古屋悟司、田中靖浩

Photo 本来であれば、「会社をもっと成長させよう」「もっと給料をよくしていこう」「もっとお客さんに喜んでもらおう」などという目的のために、もっとがんばって働こうという気持ちになると思います。
 でも、人をどんどん雇っていった結果、雇った人の給与を稼ぎ出さなくちゃいけない、というのが目的に変わっていきました。

多くの「成功本」には「お金はあとからついてきます」という言葉が頻繁に出てくる。

さらに「お客さんが喜ぶことをすれば、お金はあとからついてきます。だから、お客さんに 真摯 に向き合い、真面目に取り組みましょう」とも、成功本にはよく書かれてある。

しかし、これは半分正しいが半分間違っている。

ここには数字が出てこないからである。

経営で重要なのは売り上げではなく利益。

大企業であればシェアが大事なので、売上を優先するのはわかる。

しかし、中小企業では利益が何よりも大事。

どんなに売上が上がっても、そのために人を増やし固定費が上がれば利益は縮小する。

そのため、どんなに売上が上がっても儲からないという現象が起こる。

数字を把握しないからこんなことが起こる。

指標とすべきなのは売上ではなく「利益」。

「利益」を、毎日「見える化」できたら、安心して経営できるのではないか。

「会社の数字のことをしっかりと理解」したうえで、お客さんを喜ばせて、真摯に向き合えば、お金はあとからついてくる、と言い換えるべきだろう。

2018年10月17日 (水)

定年バカ/勢古浩爾

Photo わたしは今年で定年後十年になる。一日一日ほとんどなにもしなかったら、十年経ってしまった。細々と文章は書いた。しかしその大半はテレビ三昧、読書三昧、DVD三昧の日々だったといっていい。いやいや、今日もまたなにもせずに、朝までYouTubeを観てしまったな、こんなんでいいかね、と一応自分に形だけの反省はさせてみたが、じつをいえばそのような日々は悪くはなかったのである。なんの後悔もない。

平均年齢が80歳を超えようとしている現代、定年後どのように過ごすのか、様々な書籍が出ている。

健康の問題、財テクの問題、相続の問題、余暇の過ごし方の問題、等々、様々である。

定年はだれにとっても初めての経験である。

だが、わたしたちは幼稚園に入るときも、小学校入学もはじめての経験だった。

入社もそうだ。

幼稚園に入るとき、だれからも入園の心構えやコミュニケーションの取り方など教えてもらわなかった。

知らない人間ばかりの、なにもわからない場所にいきなり放り込まれて、幼い頭といつの間にか形成されていた性格だけで、なんとかやってきたのである。

なぜ「定年」のときだけ狼狽えて、先輩たちの経験を読み聞き、専門家の話を聞きたがり、いろいろな情報を知ろうとするのか。

あまりにも過剰に考えすぎているのではないか?

これが著者の言わんとしていることである。

そもそも定年後をどう過ごすかなんていうことは、人それぞれであって、これが正しいとか、かくあるべきなんていうものでもない。

定年はすべての人にとってフロンティアである。

これがあたりまえの考え方である。

シンプルすぎるほどシンプル。

私もこの考え方には100パーセント共感できる。

2018年10月16日 (火)

ことわざで働き方を考えよう/戸田智弘

Photo 人は人中、田は田中

「自分らしさ」「自分探し」という言葉に象徴されるように個性を大切にする時代になってきている。

これはこれでいいと思うのだが、問題なのはこれが競争を否定する論調へ進展することだ。

「競争は悪!」と言わんばかりの単純思考は明らかに間違っている。

果たして競争は悪なのか? 

競争は悪ではない。

どんな企業だってその業界での一番をめざして競争している。

アスリートはナンバーワンを目指して厳しい練習を積み重ねる。

もともと「競」は「二人の人間が立ち並ぶ」という意味、

「争」は「引っ張り合う」という意味である。

要するに、「おおよそ同等の力量を有した人間同士の力比べ」

それが競争ということだと考えられる。

二つ目の勘違いは個性についての解釈である。

人間は生まれつき個性を持っているわけではない。

個性は、集団の中で比べ合ったり、競い合ったり、真似したり真似されたりしながら、育っていくものだ。

集団の中でこそ個性は育つ。

このことを忘れた、単なる「自分らしさ」は単なる言い逃れにしか見えないのではないだろうか。

人にいえない仕事はなぜ儲かるのか?/門倉貴史

Photo 世の中には正当なビジネスだけがあるのではない。さおだけ屋の例でみたように、悪徳商法も存在するし、悪徳商法とまではいかないが、「売ったが勝ち」と、違法スレスレのビジネスを展開している業者や企業も多い。そしてそのような商売がある程度の利益を上げ、潤っているのもまた事実なのだ。

確かに世の中には、違法スレスレのビジネスは存在する。

たとえば、野球選手はよく個人会社を作る。

そこの従業員は大抵、野球選手の家族や親族である。

もちろんそれは節税のためである。

会社は税金逃れのために税率の安い国を拠点にする。

これも税員逃れのためである。

しかし、それらは節税であって、脱税ではない。

それを分けるボーダーラインは曖昧なものの、明確な脱税ではない。

グレイゾーンに属する商売の仕方なのである。

これら、節税は合法的な経済活動であるが、なかには勢いあまって、非合法な経済活動へとつながる禁断の扉を開いてしまう者もいる。

税金の支払いをゼロにする究極の手段が、「地下ビジネス」の展開である。

「地下ビジネス」とは、通常の企業や個人が行うビジネスと同様、収益を生み出す経済活動だが、社会のルールでやってはいけないことになっているビジネスを指す。

具体的には、売春や違法ドラッグの密売、ニセモノ商品の製造・販売、暴力団のシノギなどがこれに当たる。

これらは完全に脱税であり違法である。

「必要悪」という言葉があるが、これらは、それですらない。

しかし、それによって利益を得ている人たちが世の中にはゴマンといるということも事実である。

商売というものは「会計」とか「マーケティング」など洗練された言葉で説明できるものではなく、もっとドロドロした売り手と買い手の戦いだということではないだろうか。

2018年10月15日 (月)

生物に学ぶイノベーション/赤池学

Photo 日産自動車は、この衝突回避ロボットカーをさらに進化させて、魚群のルールで集団走行するロボットカー「エポロ」を六体発表した。

生物の中にはイノベーションのヒントが隠されている。

たとえば、自動運転の技術には、イワシの群れが隊列を維持したまま泳ぐ原理が応用されている。

なぜ、イワシの群れは、仲間の魚にぶつかったり、バラバラになったりしないのだろうか。

実は、魚には、目、耳、口、鼻、皮膚以外に、体の両側のエラから尾にかけて、側線という六つ目の感覚器官がある。

側線の上のウロコには小さな孔が開いており、そこから入ってくる水が内側の細胞を揺らす具合によって、周囲の状況を感知しているのである。

その情報と目からの情報で、一緒に泳ぐ仲間との距離を認識し、群れで泳いでいても衝突したりしないのだ。

また、こうした群れの行動はたった三つのルールだけで成り立っていることも、研究によって明らかになった。

それは、隣を泳ぐ仲間の動きに反応して追いかける(追従)

視覚により仲間であることを確認して近づく(接近)

側線感覚で近づきすぎたことがわかると離れる(反発)

という行動。

それぞれの魚が、この三つを満たしてさえいれば群れの隊列は保たれるというわけである。

この原理に基づいて開発されたのがエポロである。

エポロは、衝突を回避したり、並走したり、一列になったりと、互いの位置を調整しながら移動することができる。

交差点などでも、どちらが止まって、どちらが先に進むか、コミュニケーションをとりあって決定する。

こうした研究が、実際の自動車開発に活かされている。

つまり、生存競争の中で生き残ってきた生物と、市場競争の中で勝ち残ってきた技術の間に、明らかな共通点があるということである。

第一は、変えること、変わることの勇気を 放棄 したものは 淘汰 されるということ

第二は、すなわち絶えず変化する状況に対し、変革・革新を行なってきたもののみが生き残るということ

第三は、さらに、その変革・革新は、他者とのつながりや環境への配慮といったバランスマネジメントのうえに成り立っている必要があるということ

そう考えると、生物にの中に無限のイノベーションのヒントが隠されていると考えても、不思議ではないと言えよう。

2018年10月14日 (日)

世界NO.1コンサルティング・ファームが教える成長のルール/作佐部孝哉

No1 高い成果を残すハイパフォーマーと、そうでない人では大きく3つの因子で差があることがわかりました。それは、
 ●未来を描く「構想力」
 ●多様な人財を活かせる「人間関係構築力」
 ●成果を出すまでやりきる「実行貫徹力」
 の3つです。

なぜ、アクセンチュアの社員は成長が早いのか?

その理由のひとつに、最初の1年でビジネスパーソンとしての土台を築き上げることがある。

その土台とは①未来を描く「構想力」 ②多様な人財を活かせる「人間関係構築力」 ③成果を出すまでやりきる「実行貫徹力」 である。

まず1つめに必要とされるのが、未来を描く「構想力」。

これは、変化の激しい環境においても、より良い将来像を描き出し、社会や産業、そして所属する組織にこれまでとは違う、新しい景色を見せられる力のこと。

そして、いま必要な構想の仕方とは、長時間軸で描いた将来像と、状況を見ながら常に見直しをかける短期的な見通しの2つを使い分けること。

変化の激しい時代には、明確な将来像を目標としつつ、目の前の状況を着実に乗り越えていくことが不可欠だ。

こうした将来像を描く際には、自分の思いつきだけでは説得力がない。

根拠となるデータや情報を集めつつ、最後には「これをやる」と決断できる意思決定の力が必要となる。

2つめに必要とされるのが、多様な人財を活かせる「人間関係構築力」。

組織において自分ひとりでできることは限られている。

より大きな成果を出すには、自分の後輩や同僚だけでなく、上司や顧客も含めて協力を結集する力が不可欠になる。

これからの時代は、自社に答えやノウハウがないような状況が増えてくる。

社内の人を巻き込むだけでなく、自社とは異質な価値観を持つ、社外の人、海外の人ともつながることのできる力が必要となる。

3つめに必要とされるのが、成果を出すまでやりきる「実行貫徹力」。

企業の業績の差を分けるのは、戦略や構想の巧拙ではなく、その実行の徹底度合いだ。

それは個人に置き換えても同じ。

まわりの人を見ても、口だけで行動に移さない「口動派」の人は大きな成果を残すことはない。

これからの実行貫徹力とは、構想をいつまでも熟考しているのではなく、すぐに最初の一歩を踏み出せる力。

それもやみくもに頑張るのではなく、トライ&エラーを意図的に繰り返しながら、早く成果にたどり着ける力が大事になってくる。

そして、この3つの力を回していく速さも重要。

アクセンチュアでは、これら3つの力を入社1年目で徹底的に身につけさせるという。

コンサルティングファームならではの育成方法だが、その前提として、それに耐えられる人材を採っていることがあるのではないだろうか。

2018年10月13日 (土)

空気の検閲/辻田真佐憲

Photo 今にして思うと、こういうのを自己検閲、あるいは御用新聞、御用雑誌というのであろう。報道部としては、発行されたものを読んで、意見や希望を述べるくらいのものであった。どうしてこうも円滑に、ことが運ぶのかと考えたが、それは、雑誌担当者の私が、内閣[新聞雑誌] 用紙統制委員という宝刀を持っていたためであったのではなかろうか。

上記は陸軍報道部で雑誌の検閲を担当していた平櫛孝少佐の言葉。

つまり、出版社の側が軍部の意向を忖度して自主検閲してくれたので、仕事が楽だったというのである。

たとえば、1928年から1945年までの帝国日本の検閲だが、著者はこれを「空気の検閲」 と名付けている。

表向きの制度では、検閲官は、明文化された法令や規則にもとづいて表現の内容を事後審査し、機械的に可否の判定を下すことになっていた。

これは正規の検閲と呼べる。

だが、これだけではどうしても抜け穴ができてしまうし、出版人や言論人もそこを潜ろうとしてくる。

法制度が時代の変化に追いつかず、検閲官も慢性的に不足していた帝国日本では、これは致命的だった。

そこで検閲官は、さまざまな法外の手段を用いた。

ときに脅し、ときに宥め、出版人や言論人とコミュニケーションを取りながら、かれらを規律・訓練することで、当局の意向を 忖度 させ、自己規制や自己検閲を行うように誘導した。

いいかえれば、各自に空気を読ませることで、検閲のコストを大幅に引き下げようとしたわけだ。

これは非正規の検閲と呼べる。

どこの国の検閲にも正規と非正規の両面があったと思われるが、帝国日本のばあいとりわけ後者の部分が大きかった。

これが「空気の検閲」と名付けた所以である。

今も昔も、日本の組織が「空気」や「忖度」で動いているというのは紛れもない事実であろう。

2018年10月12日 (金)

外資系エリートのシンプルな伝え方/澤円

Photo コミュニケーションの主体である「自分」のこと、
 すなわち、コミュニケーションをするうえで「核」となる本当の自分のことを、
 自分自身が知らなすぎることが一因です。

コミュニケーションで大事なことはまずは自分を知ること。

つまり、「自己理解」を深めること。

次に他者を知ること。

つまり「他者理解」を深めること。

これに尽きる。

日本人はコミュニケーションが苦手だといわれる。

それは、同じ民族で構成されている日本では「自分と相手とは同じ」という前提でコミュニケーションを取るからだ。

「あ、うんの呼吸」は、相手と自分とは同じ考え方、感受性を持っているということが前提となる。

たとえば多民族国家であるアメリカではどうだろう。

相手と自分とは人種、民族が違って当たり前。

ということは、「自分と相手とは違う」という前提でコミュニケーションをとろうとする。

そうすると相手に自分の真意を伝えるためには、言葉や伝え方に工夫が必要になる。

普段から自分の考えを言語化する能力が鍛えられる。

これが日本人の中にコミュニケーション下手が多い一因なのではないかと思う。

でも厳密にいえば、同じ日本人であっても、価値観や考え方、生活、気質は違う。

コミュニケーション能力を向上させるためには、まず、「相手と自分とは違う」ということを普段の生活の中でも絶えず意識することが必要なのではないだろうか。

2018年10月11日 (木)

KPIで必ず成果を出す目標達成の技術/大工舎宏、井田智絵

Kpi 極論すれば、リーダーが目標の達成をフォローし、PDCAを回していくための手法は何でもよいのです。フォローの活動を通じて、目標達成にこだわる姿勢を示し、組織内のコミュニケーションが強化されることに意義があるのです。手法そのものよりも活動の継続性の方が大切です。

KPIとは「Key Performance Indicator」の略。

KPIマネジメントでは「KGIを達成するに当たり、決定的な影響を与える活動や施策」をCSF(重要成功要因/Critical Success Factor)として考え、整理していく。

そして、CSFに対する管理指標・管理基準値を、プロセスKPIと呼ぶ。

つまり、達成すべき目標(成果KPI)を明確にした上で、その目標達成の肝となる要因(CSF)を検討し、そのために何を高めるべきか、どのような活動を強化するべきかに対して管理指標(プロセスKPI)を設定し、管理していく。

つまり、PDCAを回すために、できる限りプロセス部分の数値化し、管理していく。

たとえば、全体としての目標達成のためには、構成要素の「何をどれだけ伸ばすか」という視点でブレイクダウンしなければならない。

たとえば、来期は売上を120%に伸ばすという全体目標ならば、そのために「既存製品を○○円まで伸ばす」「新製品を○○円販売する」「新規顧客開拓を〇〇社進め、そこから○○円の売上を獲得する」といった形で、目標を具体的に展開する。

それによって、曖昧さを排除し、具体的な施策を立ててゆく。

数値化しなければ、出来たのか、出来なかったのか、どのくらい出来なかったのか、それが明確にならない。

本書で書かれているKPIマネジメントはかなり複雑であり、私が普段接している中小企業には到底実行できそうにない、というのが実感である。

ただ、基本的な考えは、「プロセスを数値化する」ということである。

これさえしっかり押さえ、身の丈にあったやり方を導入すればよいのではないだろうか。

2018年10月10日 (水)

なぜ部下とうまくいかないのか/加藤洋平

Photo 私たちは各人固有のレンズを通して世界を見ているため、レンズが異なれば、世界の見え方は全く違ったものになります。 高性能のレンズを持っている人は、レンズの解像度を上げて、他の人が見えない物事の細部まで認識できたりします。 逆に必要に応じて、広角レンズのように、物事を俯瞰的に眺めたりすることもできます。

本書は人間的成長を発達理論に基づく人事評価というアプローチで説明している。

発達理論の世界では、「私たちは、自分よりも上の意識段階を理解することができない」と言われている。

これは、レンズの喩えと合わせて、建物のイメージを持つとわかりやすい。

建物のそれぞれの階から見える景色は多様。

つまり、階が違えば、見えてくる景色も異なってくるということ。

さらに述べると、下の階の人は上の階の人が見えている景色がわからないが、上の階の人は、下の階の人が見えているものも含めて、より広く世界を見渡している。

同様に、私たちは意識段階の違いによって、世界の見え方が異なっており、知識や経験の取り入れ方も違えば、各人固有の容器によって加工されたアウトプットも質的に異なるものになる。

発達理論に基づいた人事評価というのは、成長・発達プロセスにおいて、その人が今どこにいるのかという現在地を把握することに過ぎない。

それによって現在地から将来へ向けた成長・発達を支援していく。

強引に人を成長させようとするのではなく、その人にふさわしい課題と支援を提供しながら、その人自身で変わっていただくようコーチングしていく。

ちなみに、発達には5つの段階があり、

発達段階1 具体的思考段階

発達段階2 道具主義的段階(利己的段階)

発達段階3 他者依存段階(慣習的段階)

発達段階4 自己主導段階

発達段階5 自己変容・発達段階

と、このようになる。

人は、段階5に到達してはじめて、人と組織の永続的な成長を促し、人と組織を導いてくれる真のリーダーになる。

段階5の人は、他者の発達段階を見極める直感力が研ぎ澄まされているだけではなく、他者がどれくらい発達可能性を秘めているのかもわかってしまうような感性を持っている。

ただ、段階5に到達する人は、成人人口の1パーセント未満だと言われている。

それぐらい到達が難しい段階なのだが、人間的成長への一つのモノサシとして考えれば、有効なアプローチ手法なのかもしれない。

2018年10月 9日 (火)

新幹線をつくる/早田森

Photo とはいえ、人間のやる仕事だから、どうしても誤差は出るだろう。その誤差を、各工程の技能者はなんとか自分たちのところで吸収しようとするが、吸収しきれない誤差がやっぱり残るのである(誤差は設計にフィードバックされる)。
 この工程に来るまでに少しずつ積み重なってきた、誤差や歪み。それらを最後に吸収するのが、近藤さんたち内装工場の仕事だ。そして全体の 帳尻 を合わせるために、内装工場の技能者たちはカンナやノミを振るって、自分たちにしかできない仕事をし、最終的には図面どおりに調整していく。

新幹線は日本のものづくりの粋が集積されたものである。

2011年度実績で1年間に走る全列車は約12万2000本あるが、その運行1列車あたりの平均遅延時間はたったの0.6分。

これは地震やゲリラ豪雨など自然災害による遅延を含めての時間だから、通常であれば、ほとんど数秒の遅れしか記録していないのではないかと言える。

当然、新幹線を作る各工程では高度な技術が要求される。

本書では様々なタイプの熟練工が登場する。

作業効率を劇的に改善させる独創的な治具を、有り合わせの鉄板で自らつくってしまう、天才肌の人。

誇るべき日本一の技能を持ちながら、どこまでも基本に忠実であり続けようとする、求道者のような人。

現場にこだわる一技能者ながら、ある意味設計者本人より高い見識を持つ、博覧強記の人…等々。

一芸に秀でた人が登場する。

これらはなかなか自動化できない部分でもある。

これらは、日本人特有の体質・気質からきたものであろう。

AIやロボットがこの分野に進出するのは、不可能とは言わないが、膨大な時間がかかるだろう。

これこそが日本の強みと言えるのかもしれない。

2018年10月 8日 (月)

脳は、なぜあなたをだますのか/妹尾武治

Photo あなたは、無意識のうちに自分自身の脳に操られているのだ。脳があなたの行動をすべて決めている。そして「行為の主体は自分であり、すべての行動は、自分の意思で決めている」という錯覚が与えられているのである。脳にだまされていると言ってもいいのかもしれない。

私たちは自分の意思で意識して判断し行動していると思っている。

しかし、実際には、私たちの脳では、意識を伴わず無意識の力で、環境の変化に遅れないように、それに対応した適切な行動を取捨選択している。

遅れているのは、自分の意識だけというのである。

これを証明するものにリベットの実験がある。

リベットは、脳波計で脳の電位の変化を計測しながら、好きなタイミングで右腕の手首を上げてもらうという実験を行った。

この時、被験者の眼前には、2.4秒間で一周する時計がおいてあり、被験者は自分で手首を曲げようという意思を持った時点で、時計の針がどこにあったかを覚えて報告することを教示された。

その結果、意思を持ったとして記憶された時間は、手首を曲げる行動が起こる0.2秒程度前であったことがわかった。

そして驚くべきことに、手首を動かすことに対応した脳の準備電位は手首が実際に曲がる0.5秒以上前から生じていた。

つまり、準備電位の方が意思よりも少なくとも0.3秒程度先んじていたのである。

このことから言えることは、意識とは、行動に事後的に追随するだけの存在であり、意識は環境への行動の決定に対してなんら意味を持たない。

意識、意思は力を持たない存在であり、意思や意識で環境を変えているという思いは完全なる誤り、錯覚であるということ。

人間は環境からの作用を受けて、決まりきった反応をしているだけであり、すべてはDNAと環境の相互作用で決まる存在ではないだろうか。

自由な意思があると思うのは、錯覚ではないだろうか。

これがリベットの実験から導かれた帰結であった。

つまり私たちの行動の大部分は条件反射だということ。

認めたくないことであろうと、これは一つの事実なのではないだろうか。

2018年10月 7日 (日)

カイゼン・ジャーニー/市谷聡啓、新井剛

Photo そういうときは「許可を求めるな謝罪せよ(It is easier to ask forgiveness than permission.)」 という言葉を胸に、まずは”小さく試みる”ことだ。許可が下りるまで待っていたら機会を失ってしまう。失敗してしまったら謝ればいいんだ。

本書はソフトウェア開発に携わる人を対象に、現場や仕事のカイゼンをどのように始めて、周りを巻き込み、前進していくのかを具体的に示している。

1人で始めたカイゼンをやがて自社のチームに、そして他社も含めたプロジェクトに適用していくという過程がストーリー形式で紹介されている。

これは大きな3つのプロセスで説明されている。

まず、一人から始める。

仕事の見える化をする。

最初にやるべきは、タスクマネジメント、タスクボード、朝会、ふりかえり。

一人でもできるが、自己満足で終わってしまうこともある。

そうならないために、チームで行う。

それにより、他人の経験や思考を活かすことができる。

次に、チームで強くなる。

新しいチームであれば、次の3つを使ってチームビルディングを行うとよい。

①インセプションデッキ…プロジェクトの目的や方法論を明確にする。

②ドラッカー風エクササイズを通し、チームメンバーでお互いの価値観を確認し、期待感を合わせる。

③星取表をつくる。

それにより、目的を達成するために必要なスキルを誰が持っていて、どこを伸ばしたいかを明確にする。

最後に、みんなを巻き込む。

外のチームと目的やゴールが合っていない場合は、むきなおりミーティングを行い、YWT(やったこと、わかったこと、次にやること)を整理する。

顧客やデザイナーとも認識を合わせるときは、ユーザーストーリーを作る。

そして、仮説キャンバスやユーザーストーリーマッピングを作ることで、本来やりたいことに対して必要なものを明らかにする。

と、こんなところだろうか。

ソフトウェア開発がいかに大変なことかが伝わってくる内容である。

私自身、職種は違うのだが、プロジェクトの推進役になることは多い。

プロジェクトを進めようとすると、様々な壁に突き当たる。

それをどのように突破するのか?

そのための様々な視点を提供してくれるという点では参考になる本である。

2018年10月 6日 (土)

好きなことをビジネスにする教科書/ひらまつたかお

Photo 私の考えは「好きこそ最強!」です。
 好きなことほど、ビジネスに適したものはありません。好きなことは楽しんでできますし、集中してできます。しかも、ものすごいパワーを発揮するからです。

好きなことをビジネスにする。

その方がよいに決まっている。

確かに世の中の成功者は好きなことをビジネスにしている人が多い。

でも、一方、「ビジネスと好きなこととは別」という考え方もある。

たとえば、絵を描くことが好きな人がいたとする。

では、絵を描くことを仕事にして食っていけるのか?

ほとんどの人は食っていけないだろう。

だから、好きなことは趣味の世界での話にして、仕事は別という考え方が出てくる。

では、食べるためということで、いやなことを我慢してやるのが仕事なのか?

それもまたキツい。

だから日本のサラリーマンはみんな疲れている。

だったら、今やっている仕事を、やり方を変えることによって好きにすればよい。

このほうがよほど現実的である。

ただ、今はインターネットの時代。

好きなことを仕事にする可能性が昔よりも広がったのは確かだろう。

2018年10月 5日 (金)

店長の教科書/森下裕道

Photo 結局、“何を語るか”ではなく、“あなたがどういう人であるか”が店長の本質となります。「遅刻するな!」と言いながら、あなたが遅刻しているなら言葉に説得力はありません。説得力を持たせるには、まず自分が日頃から見本を示すこと。「発する言葉」と「日頃の行動」が一致するから、説得力が生まれるのです。

店長は大変な仕事である。

社長からはいつも業績を問われる。

目標に達していなければ叱られる。

しかし、ある意味、やりがいのある仕事でもある。

自分の頑張りがそのまま数字となって現れるのだから。

これほどやりがいのある仕事はない。

では、店長になった場合、まず、何をする必要があるのか。

まずは「当たり前」を徹底すること。

「身だしなみの徹底」「時間を守ることの徹底」「清掃の徹底」「笑顔で挨拶することの徹底」

そして、「自分たちはお客様をハッピーにするために働いているという基本を忘れず、働いている以上はプロであるという意識づけの徹底」が重要になる。

事実、これができている店はお客も気持ちがいい。

気持ちいいから購買意欲も高まる。

お客は商品ではなく体験を買うのだから。

徹底するために必要なことは店長自らが手本を示すこと。

何を語るか、ではなく、誰が語るのか、が重要。

「あの店長のいうことだから」と部下が従うようになってくれたら、半分は成功したようなものだ。

ただ、この「当たり前」を徹底すること、そのために店長が手本を示すこと。

これができている店長は少ない。

だからそこ、これをやることが差別化につながるということではないだろうか。

2018年10月 4日 (木)

一流マネジャーの仕事の哲学/西岡郁夫

Photo 聞くところによると、iTunesのアイデアはアップルよりも先にソニーに持ち込まれていたといいます。後に「iPodの父」と呼ばれ、アップルの上級副社長になったトニー・ファデルが、iTunesの企画をソニーに持ち込んだが断られたので、アップルに行き、スティーブ・ジョブズがトニーを捕まえてiPodが誕生したのだそうです。ソニーは大魚を逸しましたね。

この話は初めて知った。

もし、ソニーがiTunesのアイデアを買っていると、ソニーの未来は変わったかもしれない。

ソニーが「iPod」を創ったかもしれない。

創業時のソニーには、自由闊達というイメージがぴったりだったのだが、その当時はソニーらしさが失われていた時期でもあった。

普通の企業になり下がり、石橋を叩いて渡るような経営が目につくようになった。

いや、石橋を叩いて渡るのであればまだよい。

石橋を叩きすぎて壊してしまい、渡れなくなってしまっている。

そんな経営になってしまった。

ソニーに限らず、多くの日本の企業は戦後復興期の創業当時のマインドを取り戻す必要があるのではないだろうか。

2018年10月 3日 (水)

「ミッション」は武器になる/田中道昭

Photo 自分が強みを持ち、自分がするのが好きなことの延長線上で何かを生み出すことこそがミッションである。

ミッションとはつまり、「存在意義」 や「自分が生まれてきた意味」、あるいは「生きる目的」 である。

決して遠い未来の遠い場所にあるものではない。

すでに「今ここ」に存在しているものである。

ビジョンが将来の夢や生きる目標を意味する言葉であるのに対し、ミッションとは使命や生きる目的を意味する言葉。

つまりは、ミッションとは、未来の中にあるものではなく、「今ここ」という現在にある。

ミッションとは、存在意義や使命、自分が生まれてきた意味や生きる目的。

ミッションは、言ってみればビジョンよりもより上位の概念。

未来の中にあるものではなく「今ここ」という現在にあるもの。

つまり 自分の中に潜在的にあって「見つけ出すもの」。

これまでの自分や現在の自分をきちんと「整理整頓」していけば、必ず自分の中から見つけ出すことができる。

つまり、ミッションはその人の中にすでに内在しているものを見つけ出す作業にすぎないということ。

自分の中にある価値観、動機、そのような自分のうちに内在しているものに目を向けることによって見つけることができる。

いうならば、自分を動かしているものを言語化する作業といえる。

自分は仕事を通じてどのような人たちと関わり合い、どのような人たちのどのような問題を解決していきたいのか。

自分が仕事を通じてどのような人たちに、どのような価値を提供していきたいのか。

自分は結局、何をやりたいのか?

これらを探っていく。

そしてそれを言語化することによってやる気につながる。

ぶれない自分になることができる。

自分のキャリアを考える上で、必須の作業ではないだろうか。

2018年10月 2日 (火)

突き抜ける人は感情で動く/芦名佑介

Photo 価値観を明確にすることで、 自分の感情が何によって、どこにDRIVE(加速)していくかを知ることが重要です。

著者は、論理ではなく、感情で動くこと、能力ではなく、可能性を信じることを進めている。

自分の行動を決める時、論理や理屈よりも自分の感情を観察することを優先する。

目標を達成しようとする時は数字ではなく、考えるだけで思わず興奮してしまうぐらいのシーンを想像する。

どうして論理ではなく、感情で動くことが大事なのか。

それは論理で考えると、どうしても行動は抑制的になる。

論理で考えた結果、やらないことを決断することも多くなるから。

しかし、物事は結局やってみなければならないことの方が圧倒的に多い。

そしてうまくいけば儲けものである。

世の中を見ていると、結局、行動力のある人が成功している。

そして、感情で決めるということは、自分の価値観を大事にしているということでもある。

価値観の根底には動機がある。

人間は動機に伴ったことを行ったとき、その行動にドライブがかかる。

ストレスもかからない。

するとより高いパフォーマンスが発揮されることになる。

つまり感情で動くことは、理に適っているということである。

著者の言っていること、意外と当たっているところもあるのではないだろうか。

2018年10月 1日 (月)

感じる経済学/加谷珪一

Photo 常に新しいものを取り込んでいくのが日本の伝統であり、これがうまく機能していたからこそ、日本は経済的に成功することができたのです。そう考えると、最近の風潮はむしろ日本の伝統を破壊しているようにさえ思えます。

このところ、日本の製造業が衰退しており、それを危惧するという話をよく耳にする。

そして、モノづくり大国ニッポンの復活ということばが躍る。

つまり伝統的な製造業への回帰である。

しかし、日本の製造業がここまで発展することができたのは、伝統的な製造業を守ったからではなく、ことごとく古い製造業を破壊し、常に最先端の技術を追いかけてきたからだ。

たとえば、日本が戦後復興を遂げた時点では、自動車はまだまだ小さい産業だった。

戦前の主力産業は紡績であり、政府は石炭や鉄鋼などを主力産業にするという計画を立てていた。

自動車産業など論外という状況だった。

自動車というのは、当時としては、新しくてよく分からない、技術だった。

現在にあてはめれば、グーグルの検索エンジンやAIのようなものだろう。

しかしトヨタは、自動車の将来を信じ、ブレることなく開発を進めた。

もし、トヨタが伝統的な製造業に力を入れるべきだという社会の風潮に負けて、開発をやめてしまっていたら、今の日本はない。

いつの時代においても新しい技術が登場すると、まずは全否定される。

これを今の時代に当てはめると、グーグルの検索エンジン、AI、ビットコインなどがこれに相当する。

かつてはトヨタやソニーやといった、逆風に負けない反骨精神のある会社が登場してきた。

日本は常に、古いものは捨て去り、新しいものを追いかけてきた。

伝統を守るべきというのであれば、むしろ、このような伝統を守るべきだろう。

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