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2019年1月12日 (土)

石原莞爾の世界戦略構想/川田稔

Photo いっぽう石原は、事変当初からこう考えていた。中国領土の広大さと民族主義の昂揚から、一撃ではもちろん、全面戦争となっても、容易には中国側を屈服させることはできない。しかも、長期的に対中全面戦争を続けることは、ソ連の介入を招きかねず、その場合はなす術がなく危険だ。したがって、満州国の承認を条件に、華北の政治的権益の放棄など、かなり思い切った譲歩によって講和を実現するしかない、と。

石原莞爾といえば「最終戦争論」で知られている。

ただ単なる好戦家ではなく、戦争は「最も悲惨なる、最も悲しむべく、最も憎むべきもの」であるとの認識はもっていた。

だが、それを根絶して世界に平和をもたらすには、この世界最終戦争をへなければならないというのである。

石原は、関東軍赴任前から、二十世紀後半期に日米間で世界最終戦争がおこなわれることになるとの独自の信念をもっていた。

そして、日米世界最終戦争に備えるため、満蒙の領有と中国大陸の資源確保を企図しており、それを実行に移した。

一般に、満州事変は、世界恐慌下の困難を打開するため、石原ら関東軍によって計画・実行されたものとの見方が多い。

だが、実は石原は、すでに世界恐慌以前に満蒙領有計画を立案していた。

一方、日中戦争については否定的だった。

対中全面戦争となれば、容易に国民政府を屈服させることはできず、非常に長い「持久戦」となる。

日本の兵力で広大な中国を処理することはできない。

長期の持久戦となれば、軍だけでは対処できなくなる。

したがって、戦面の拡大を抑え、外交により「政治的処理」をはかる。

それによって、できるかぎりすみやかに兵を撤して「国防本来の姿勢」に戻すべきであると考えていた。

もし、石原の主張が通っていれば、戦争の泥沼化は避けられたのはないだろうか。

中国と早めに講和していればアメリカの反発を買うこともなく、大東亜戦争に突入することもなかったのかもしれない。

なぜなら、石原は勝てない戦争などするつもりは毛頭なかったからだ。

石原は当時の日本人には珍しい戦略家であった。

良い悪いは別にして、大きな絵を描いていた人物だったということは言えるのではないだろうか。

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