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2019年1月 5日 (土)

帝国議会と日本人/小島英俊

Photo 開戦の是非など国家の重要意思決定は、米英仏など民主国家では閣議や五相会議(首相、蔵相、外相、陸相、海相)で行われる。それで十分であり、逆にそれ以上の雑音は入れてはいけない。
 ところが、日本ではそれらに参謀(陸軍参謀総長、海軍軍令部総長以下)が入る大本営政府連絡会議で行う。それでも明治・大正期までは、文民と軍人が調和していたが、昭和に入ると武断主義が強くなり、同会議に参加する軍人の人数や声がどんどん大きくなっていった。

第一回帝国議会が開かれたのは1890年11月29日。

その後、帝国議会はどのような役割を担い、どのような変遷をたどっていったのか。

例えば、日清戦争開戦直前の帝国議会を見ると、政府の慎重な姿勢に対して、むしろ議員のほうから積極的攻勢論が噴出している。

ただ、日清戦争・日露戦争では、政府にも議会にも冷静な合理主義が貫かれいる。

一方、日中戦争・太平洋戦争時になると、主観的な精神主義が顕著になっていく。

議会では中国から撤退することも議論されている。

中国から撤兵していれば、太平洋戦争は起こらなかった可能性が高い。

しかし、戦争直前の帝国議会は、515事件、226事件の後ということもあり、議員は腰が引けている。

世論もマスコミも政府の弱腰を非難する。

最後は統帥権を主張する軍部に押し切られている。

つまりシビリアンコントロールが機能していなかったということである。

軍の最高統帥権はシビリアンが握らなければならないという原則は、どこの国家社会においても、軍の持つ特殊な任務と力のゆえに生まれてきたものである。

たとえ民主主義国家でなくてもあらゆる国の政府は、その職業的戦士たちを政治政策の主導者たらしめるよりはその下僕たらしめるべく、何等かの保障手段を講じている。

同じ過ちを繰り返さないためにはシビリアンコントロールが一つのキーワードとなりそうだ。

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