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2019年1月17日 (木)

大世界史/池上彰、佐藤優

Photo池上 「われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか」というゴーギャンの有名な絵がありますが、私たちが歴史を学ぶのは、一言で言えば、今の自分の立ち位置を知るためですね。

歴史を学ぶ意味はどこにあるのか。

それは私たちが自分の人生で経験できることには限りがあるからである。

しかし、歴史を学ぶことによって自分では実際には経験できないことを代理経験できる。

ここに歴史を学ぶ意味がある。

日本という国も、第二次大戦後、「もう二度と戦争はしない」ということで再スタートした。

そこから今日までどのような道を歩んできたのか。

そして今どのような位置にいるのか。

それは、個人の場合も同様。

自分はこれまでどう生きてきたのか。

今どんなところに立っているのか。

そして、これからどう生きるのか。

要するに、「歴史」を知るとは、生きていくために「自分」を知ることなのである。

歴史を学ぶことで得た代理経験は、いわば世の中の理不尽さを経験することでもある。

しかしだからこそ、社会や他人を理解し、共に生きるための感覚を養ってくれる。

何の問題も生じない円満な家庭や完璧な会社組織など、この世に存在しない。

誰もが、時にある種の理不尽さに直面する。

世の中で起こることは、合理性だけでは説明できないことばかりである。

この理不尽さに対してはロジカルな思考は役に立たない。

こういう時にこそ、代理経験がものを言う。

逆に、こうした代理経験に乏しければ、どんな成功者やエリートでも、意外に脆い。

今、世の中で起こっているエリート官僚等の不祥事、「あんな優秀な人がが何でこんなことを・・・」ということが多い。

彼らは「歴史」に学んでいないということではないだろうか。

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