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2019年4月の30件の記事

2019年4月30日 (火)

日本国史/田中英道

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 日本では国に「家」の意味がついて「国家」という言葉を使います。家族が中心であるというのが日本の国柄なのです。家族が住む場所が大きくなると、その場所全体が「共同体という家族連合」として認識されます。そのような集落がいくつもつながっていくと、そこに国に似た形が成立することになります。


本書は日本という国家の成り立ちについて書かれている。

その中ではっきりと言っていることは、日本の国は、国家として、もともと「近代」の国家イデオロギーでつくられたものではないということ。

したがってそのことを重視する「マルクス主義」「近代主義」のイデオロギーは、日本の歴史には合わない。


そして、その階級闘争史観では、日本社会そのものもつかむことはできないということ。

自国の歴史を語ることは、自らのアイデンティティと関わる物語を描くこと。

それは、構築的であるからこそ、そのメンテナンスを必要とし、それを怠ればその姿は曖昧になってしまう。

つまり自らの存在理由を明らかにする上では、当然ナショナリステイックな物語を必要とする。

大陸では、広大な土地を狩猟民族や遊牧民族が占拠し、戦いを繰り返しながら国をつくっていった。

しかし、日本では五百人前後の人たちが一つの場所に集まって、栗を主食としながら、狩猟、漁労、採集をする村落として定着していった。

日本という国はこういう村落が一つの単位となり、それが集まることによってつくられていった。

村を形成する各地の氏族たちが交流し合い、だんだんと広がっていった。

それが日本という国家の成り立ちである。

令和に変わろうとしている今、改めて日本という国家の成り立ちについて考えてもよいのではないだろうか。

2019年4月29日 (月)

論理思考×POWERPOINTで企画を作り出す本/田中耕比古

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 アイデアと企画とはまったくの別物であり、アイデアは企画ではありません。
 アイデアは、いわば頭の中に浮かんだ「柔らかい状態」のものです。なんとなく面白そうな感じがして、その話をしていると心が躍り、実現した状態を思い浮かべるとワクワクします。ただし、本当に実現できるのかどうかは、まだ判然としません。これが「アイデア」です。
 一方、企画は、もっとカタい状態です。企画は、具体的に、誰にとって、どの程度役に立つのかが明確になっています。

本書はパワポの使い方の本ではない。

頭に浮かんだアイデアをパワポを使っていかに企画という形にするかという本である。

企画には論理性が必要だ。

論理思考を苦手としている人は多いが、パワポを使い、そのテンプレートに沿って考えることによって自然に論理思考をするようになる。

そして何度も何度も繰り返すことにより、自然に論理思考が身につく。

企画は意思決定者に判断してもらうためのものだ。

意思決定者が最終的な判断を行う際は、いくつかの思考ステップを経る。

具体的には、

①情報理解(=何の話をしているのか)

②理由確認(=なぜ、それをやるのか)

③検証(=その理由は本当か・正しいか)

④評価(=やる価値はあるのか、それはなぜか)

⑤意思決定(=やるか、やらないか)」

という5つのステップを経て、意思決定者は判断を下す。

ということは企画もそのような順に構成すると効果的。

「考える」という行為は、根性の問題ではなく、実は純粋な「技術」だ。

そして「考えること=技術である」と捉えると、「考える」という行為は大きく2つの要素に分解することができる。

1つは「いかに効率的に考えるか」ということ、

もう1つは「いかに精度よく考えるか」ということ。

そのためにパワポは非常に有効なツール。

まずは、習うより慣れろということではないだろうか。

2019年4月28日 (日)

グロービス流ビジネス勉強力/グロービス経営大学院、田久保善彦、他

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 学びのサイクルは、おおむね次の5つからなります。
① キャリアを考える、そして何を学ぶのかを決める・見定める
② インプットする
③ 次のために振り返る
④ アウトプットする
⑤ フィードバックを受ける


本書は、ビジネスパーソンとして成長し続けるために、日常生活そのものを、学び続けるサイクルにするためのもの」 と位置づけて勉強法を紹介している。

ビジネスパーソンがどうして勉強する必要があるのか。

キーワードは2つある。

1つ目は「時代の変化が速く、そして大きくなっていること」。

今は変化の激しい時代。

ということは、今持っている知識や技能の陳腐化の速度も速くなっているということ。

昭和の時代は、学校で勉強して、あとは会社で仕事をしながら知識や技能を身に付け、それで定年まで食べていけた。

ところが、今の時代、常に勉強し、新しい知識や技能を身に付けていかなければ、たちまち置いてけぼり。

絶えず新しい知識や技術を習得していく必要がある。

2つ目は「長寿命化により、現役時代が長くなっていること」である。

少子高齢化により、年金は財政危機、働き手の不足が社会問題化している。

今後、70歳を超えても働かなければならなくなるだろう。

22歳で社会人になったとしても、50年以上の職業人生を送ることになる。

今のような変化の速い時代に、一つのスキルが50年間通用するとは到底考えられない。

定期的に自分のスキルをリセットし、新しいスキルを身に付けていく必要がある。

つまり、これからは一生勉強する必要があるということである。

しかも、ビジネスパーソンの勉強は、学校での勉強とは異なる。

実践的な勉強をする必要がある。

そのためには、

① キャリアを考える、そして何を学ぶのかを決める・見定める

② インプットする

③ 次のために振り返る

④ アウトプットする

⑤ フィードバックを受ける

このサイクルを回す必要がある。

大変な時代だが、見方を変えれば、面白い時代になったともいえる。

2019年4月27日 (土)

話を聞かない男、地図が読めない女/アラン・ピーズ、バーバラ・ピーズ

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 私たちの態度や好み、行動を作りあげるのは、実はホルモンや脳の神経経路の働きなのである。だとすれば、社会が存在せず、親もいない無人島で育ったとしても、女の子はやはり相手に触れたり抱きしめたりするのが好きで、自然と友達の輪を広げるだろうし、男の子たちは心身両面で競いあい、グループを組織して上下関係を作りあげるだろう。

男と女はちがう。どちらが優れている、劣っているということではなく、ただちがう。

両者に共通しているのは、種が同じということだけ。

住んでいる世界もちがえば、価値観もルールもちがう。

男がトイレに行くとき、目的はおそらくひとつしかない。

いっぽう女にとって、トイレは社交ラウンジであり、セラピールームでもある。

おたがい見ず知らずで入った者どうしが、出てくるときは親友や生涯の友になっていたりする。

男はテレビのリモコンを独占して、コマーシャルになるとすぐチャンネルを変えたがるが、女は平気でそのまま見ている。

仕事や人間関係で行きづまったとき、男は酒をあおったり、いきなり海外旅行に出かけたりするが、女はチョコレートを口に放りこんで買い物に出かける。

男は探しものを見つけられないくせに、CDはアルファベット順に並べる。

女は車のキーがどこにあっても探しだせるくせに、目的地への最短ルートを見つけられない。

女は、混雑した部屋に一歩入っただけで、そこにいる全員の印象を言える。

男と女が異なる進化をしてきたのは、その必要があったからだ。

男は狩りをして、女は木の実や果実を採った。

男は守り、女は育てた。それを続けた結果、両者の身体と脳は、まったく別ものになった。

つまり男女のちがいは、脳の回路のちがいなのである。

脳の配線がちがうために、世界の認識も変わってくるし、価値観や優先順位も同じではなくなる。

哺乳類のメスはみんなそうだが、女は男よりはるかに精巧な感覚能力を持っている。

子どもを育て、家を守る立場上、他人のごくわずかな気持ちや態度の変化に気づく必要があるのだ。

俗に「女の直感」などと言うが、それは相手の様子や行動のちょっとした部分や、かすかな変化を見逃さないということなのである。

昔から女の直感は、浮気をする男たちをうろたえさせ、数々の悪事をあばいてきた。

狩猟者である男は、遠くにいる獲物を追跡するため、注意がそれないようもっぱら前方が見えるように進化した。

女の視野が広くなったのは、忍びよる捕食動物をいち早く見つけるためだ。

だから現代の男は、はるか先にあるパブを苦もなく見つけられるくせに、すぐ手元にある冷蔵庫や食器棚、引き出しにあるものは探しだせない。

つまり、男と女とは違うということ。

どちらが良い悪いではなく、ただちがう。

科学の世界では常識だが、差別嫌いの社会が全力でそれを否定にかかっている。

男と女は等しく扱われるべきだという社会的、政治的な観点は、両者が同じであることを前提にしている。

だがその前提には、まったく意味がないということを知るべきだろう。

2019年4月26日 (金)

読書の学校 若松英輔 特別授業『自分の感受性くらい』/若松英輔

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ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難かしくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを 近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし
初心消えかかるのを

暮しのせいにはするな
そもそもが
ひよわな志にすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ

これは茨木のり子の「感性なんて」という詩。

本書は、詩を読むということについて書いたもの。

真剣に生きていれば、誰でも人生という道を歩くのがつらいと感じることはある。

でもそんなときでも人は、自分で書いた言葉で自分の道を照らすことができる。

誰でもその内面に言葉で表現しえないものを持っている。

それを言葉にする作業。

それが詩を書くという行為。

詩を読むという営みは「世界とは何か」「生きるとは何か」「言葉とは何か」ということを考えていくことに通じる。

文学は、言葉では語り得ないことを言葉で表現しようとする試み。

だから、詩として文字になったものを味わうだけではなく、文字にならなかった何かを深く味わうことに考えをめぐらせることも大事。

そして著者は自分でも詩を書いてみることを勧めている。

なぜなら、本来、詩とは、誰かに読まれるために書くものではないから。

詩は、自分のために書く。

もしくは、今はこの世にいない大切な人に書くこともできる。

大事なことは、何を書いたかではなく、書いてみてどう感じたかを忘れないようにすること。

それが文学の経験だという。

詩を書く、読むという営みの意味について考えさせられた。

2019年4月25日 (木)

企業法務に携わる弁護士が最初に読む本/大野潔

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 重要なことは、「クライアントの役に立ちたい」 という姿勢です。
 その姿勢が、クライアントに伝わることがスタートです。そこから、じっくりと関係性を構築していっていただければと思います。


著者が35歳の時、人事異動によって企業法務の世界に来たとき、企業法務の世界は驚きの連続だったという。

弁護士先生からのメールの意味が、全く分からない

ミーティングは、クライアントが弁護士事務所に出向く

セミナーの資料は非常に充実しているが、話はつまらない

弁護士先生が平気で会食に遅れてくる

等々、普通のサラリーマンが当たり前としていることを弁護士先生はやっていないのだという。

背景には、クオリティの高い仕事をしていれば、仕事はいくらでも入ってくるという思い込みがある。

確かに昔はそうだった。

司法試験に受かり、弁護士資格さえ取れば、仕事は自動的に入ってくるという時代が確かにあった。

ところが今は弁護士資格を取っても食っていけない弁護士は掃いて捨てるほどいる。

時代は変わったのだ。

この時代の変化に対応していない弁護士があまりにも多いという。

特に顧客との関係性の構築が全くできていない。

競争社会で勝ち抜くためには、差別化が必要。

逆にいえば、差別化を図らないと、この競争社会を勝ち抜くことはできない。

著者は、競争社会を勝ち抜くための差別化の戦略として、クライアントとの関係性構築を提案している。

既存の弁護士業界の価値観で差別化を図るのは、この天才集団の中では極めて困難。

そうではなく、普通の営業パーソンが当たり前のこととしてやっていることを弁護士が実行すれば、他の弁護士と明確な差別化になるというのである。

弁護士にとっては耳の痛い話かもしれないが、確かに弁護士であろうとも以前のような殿様商売は通用しなくなったという認識は持つべきだろう。

2019年4月24日 (水)

科学的 潜在意識の書きかえ方/小森圭太

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 あなたの内側、つまり、潜在意識(無意識)を本来のあなたが望んでいる方向に変えると、外側である環境が変わるんです。


引き寄せの法則というものがある。

いいことを考えれば、いいことを引き寄せ、悪いことを考えれば悪いことを引き寄せるという、「思っているコトやモノと同じものを引き寄せる」という法則のこと。

つまり、目の前に展開している現実は、自分の意識と明確な関連があるということ。

人は意識していることや氣にしていることしか見ないし、聞かない。

私たちの目の前に展開している現実は、自分自身が意識していること、氣にしていること。

だから、本当に望ましい状態を引き寄せるためには、この無意識のコントロールがカギを握ることになる。

量子論や脳科学をベースに引き寄せの法則を考えると、 意識した時点で量子の状態が確定し、意識しているので脳が認識する範囲も決まり、その範囲をどう解釈するかでその人の現実が決まる、ということになる。

実は、 あなたが何を意識し、それをどう解釈するかは、「無意識領域で固定化された思考パターン」がそのほとんどを担っている。

だから、本当の自分は、どんな自分でありたいのか。

何に喜びや充実を感じるのか。
 
何を本当に大切だと感じているのか。

それらを自覚して、「そういう自分であろう」と決意し、そうあり続ければ、自然と現実の世界が自分の望む方向に変わっていく。

なぜなら、本当の自分なった瞬間から、意識、思考パターン、心身状態も変化し、それに従って周りの現実も変化し始めるから。

思い込み → 現象化 → 確信 → 思い込み → 現象化 → 確信

という無限ループとなり、自分自身の無意識に「それが現実だ」という確信とともに蓄積していく。

つまり、自分の価値観を明確にし、それを無意識の中に刷り込むことが大事だということ。

確かに当たっている部分があるのではないだろうか。

2019年4月23日 (火)

気くばりのツボ/山崎拓巳

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■誰かと会ったらまず「どこか変わった所はないか?」をチェック。
■「小さな変化」を見つけたら、すかさず口にする。

人は誰もが自分を認めてもらいたいと思っている。

認められたい症候群といってもよい。

では、何を認めてもらいたいのか?

まずは自分の存在を認めてもらいたい。

代表的な例は「あいさつ」

朝、「おはようございます」と相手にあいさつしたとき、相手からあいさつが返って来ないと不快に感じるのは、自分の存在を無視されたと感じるから。

次に成果を認められたい。

例えば、営業で契約を決めてきたとき、上司から「よくやったな」と言われると嬉しいもの。

それは、それによって成果を認められたと思うから。

ただ、「存在を認める」「成果を認める」は比較的誰もがやっている。

難しいのは「変化を認める」こと。

自分のチョットした変化に相手が気付き、それを言葉にして語ってくれた時、うれしく感じる。

「髪切ったの、似合ってるね」とか、「プレゼンうまくなったな」とか言われると、うれしいもの。

ただ、これができるためには「変化に気付く」必要がある。

意識してこれを行うことが、相手と良好な人間関係を築くためには重要ということであろう。

2019年4月22日 (月)

サラリーマン川柳 にんまり傑作選/やくみつる、島田駱舟、第一生命

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 出会い系「正社員ですか」初会話  婚活女

毎年5月に発表される第一生命のサラリーマン川柳。

本書は、毎年のベストテンを集めて批評を加えたもの。

毎年の作品を見てみると、時代を切り取ったものが多いことに気付かされる。

例えば、上記の作品、非正規が4割に迫る現代をよく表している。

昔の会社は全員が正社員という会社がほとんどだった。

一部パートさんがいるといった程度だった。

ところが今は、正社員以外に、派遣、請負、契約社員、パート、アルバイトと様々な働き方の社員が混在している。

働き方による格差の問題も出てきている。

でもそのような現実を笑い飛ばしてしまうようなところがサラリーマン川柳にはある。

逆に言えば、現実を皮肉ったり、ユーモアたっぷりに語ったりすることができる限り、日本はまだまだ大丈夫といえるのではないだろうか。

2019年4月21日 (日)

これだけ! ほめフレーズ/鈴木達也

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 カトリック修道女の調査では、自伝的作文にポジティブな内容を書いていた人たちは、そうでない人たちよりも平均で10年長生きしました。


ほめることを苦手としていたり、否定的にとらえている人は多い。

ほめるとつけあがるとか、ほめなければ動かなくなるというのが主な理由である。

しかし、人は社会性のある動物だ。

他者からの承認や受容を求めるもの。

それを与えてくれる人を好み、その人の役に立ちたいというのは人間の自然な欲求だ。

この原理をうまく使うことで人を動かしやすくなる。

「ほめる」とは、「人の行いや人柄などを肯定的に評価して、伝える」ということ。

ほめるために必要なプロセスは、次の3段階になる。

①相手を観察する
 
②観察結果を評価する
 
③評価を伝達する
 
特に重要なのは①の相手を観察すること。

観察すれば相手の変化に気付くことができる。

これを適切な言葉にして伝える。

これがほめるということ。

相手のやっている事を言葉にするだけなので、どんなことでもいくらでもほめることができる。

今はほめる(承認)することも、重要なスキルの一つと言えるのではないだろうか。

2019年4月20日 (土)

スタンフォード大学で一番人気の経済学入門 ミクロ編/ティモシー・テイラー

Photo_25   経済学におけるもっとも基本的な問いは、以下の3つです。
 何を社会は生みだすべきか?
 どうやってそれを生みだすのか?
 生みだされたものを誰が消費するのか?


この3つの問いは、あらゆる経済システムの基礎をなすものであり、あらゆる社会に共通する基本的な問題だ。

資本主義か社会主義かを問わず、低所得者層から高所得者層まであらゆる人の生活が、この3つの問いによって動かされている。

そしてこれら3つの問いには、さまざまな答えが考えられる。

一方の端には、国によって完全に統制された経済がある。

何をどのように生産し、誰が消費するかを政府がすべて決定する。

もう一方の端には、完全に自由な経済がある。

何をどのように生産し、誰が消費するかは、各個人の判断にゆだねられる。

もちろん現実には、完全にどちらかの端に位置する社会はほとんどない。

だが、さまざまな国の経済は、その両極端のあいだのどこかに位置づけることができる

たとえば、政府が市場経済のごく基礎的な部分にしか手をださない状態を考えてみると、

政府は盗みを取り締まり、契約の効力を保証し、国防など最低限のインフラを提供するだとう。

しかしそれ以上は関与しない。

「夜警国家」と呼ばれる状態。

そこから徐々に位置をずらしていくと、すこし政府の仕事の幅が広くなる。

夜警の仕事だけでなく、道路の整備や教育といった公共サービスがそこに加わってくる。

もうすこし移動すると、いわゆるセーフティネットが登場する。

年金や健康保険などの社会保障を国が用意する状態。

さらに先までいくと、鉱業や農業といった一部の産業を国が保護したり、場合によっては所有したりする状態が出てくる。

家や食料など生きるうえで必要なものについて、政府が分配をコントロールすることも考えられる。

これをさらにつきつめると、仕事や住居や食料の分配をすべて国が管理する状態にたどり着く。

生産量や価格がすべて国によって決定される。

政府がどこまで経済をコントロールすべきかという問題については、古くから論争がつづいてきた。

「大きな政府」「小さな政府」などはその代表例だ。

経済学はその思考の枠組みを提供する学問だといえるのではないだろうか。

2019年4月19日 (金)

超一流、二流、三流の休み方/新井直之

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 仕事に休みや楽しみを上手に混ぜ込んでいく。
 公私を分けない「ワークライフバランス」ならぬ、「ワークライフブレンド」という考え方こそが、最高のパフォーマンスを生み出す休日のあり方なのです。


近年「ワークライフバランス」が仕事とプライベートを切り分ける生き方として推奨されている。

つまり、公私を分ける生き方。

ところが、このように公私を分けてしまうと、仕事のパフォーマンスを上げるための休みという点では、マイナスになるという。

なぜなら、休み明けから仕事のエンジンがかからないという事態になってしまうから。

パソコンの電源を一度切ってしまうと、立ち上がりに時間がかかるのと同じで、オンオフの切り替えがうまくできなくなる。

その点、超一流と言われる人たちは違うという。

超一流は仕事も休みもセットで両得できるような考え方をする。

よくあるケースが出張を兼ねた家族とのお出かけ。

お出かけ自体が公私双方の意味を兼ね備えるので、仕事モードがオフになることがない。

いざ仕事というときも、立ち上がりに時間がかからず、カラダにも余計な負荷がかからない。

仕事にも休みにも明確な境界線がない、

これこそ超一流の休み方だという。

私たちの中には「公私混同は悪」という考えがあるが、これこそが思い込みだといえるのではないだろうか。

2019年4月18日 (木)

ササるプレゼン/長谷川孝幸

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 相手を面白がらせることよりも、相手が望んでいる情報を、相手にササりやすい形態で提供することが大事です。


プレゼンを苦手としている人は多い。

そもそも人前で話すこと自体が苦手という人もいる。

しかし、企業は同じことをしていたら生き残れない時代だ。

当然、社員にも新しい提案を求めるようになる。

自分が伝えたいと思っていることを伝えるにはプレゼンのスキルがどうしても必要だ。

プレゼンの成立には以下の7つの条件が盛り込まれていることが望ましいとされている。

①納得 ②受容 ③関心 ④メリット ⑤客観性 ⑥情 ⑦簡潔明瞭

以上の7つである。

さらにプレゼンでは、自分は歓迎されているかどうかはわからない、アウェイの舞台でしゃべらないといけないこともある。

だからまずは最低限の情報が伝わることを目標とする。

そうすれば必要以上に緊張せず、余計な装飾もしなくなる。

相手は自分自身に期待しているのではなく、自分が伝える内容に期待している。

自信が無くても 準備と練習 をしっかりしておけばそんなに心配はない。

話者はエンターテイナーである必要はない。

粛々と伝えるべきことを伝えればよい。

そして、プレゼンなどで人前で話す場合、

①その日その場でどうしても話さなければいけないことをもれなく話したか

②本当に必要なメッセージを相手が理解したか

③内容に齟齬はなかったか

の三点を確認し、それができていれば成立したといってよい。

まずは苦手意識を払拭して場を重ねることが上達のコツといってよいのではないだろうか

2019年4月17日 (水)

生き残った人の7つの習慣/小西浩文

7  何かがおかしい。嫌な予感がする。そんな「異変」を感じ取り、いち早く対策をとれたおかげで、九死に一生を得たことは一度や二度ではない。

本書はプロの登山家である著者が危機管理について書いたもの。

そもそも「危機管理」とは、あさま山荘事件で陣頭指揮を執った後、初代内閣安全保障室長などを歴任された 佐々淳行氏が、英語の「risk management」を直訳したところからきた言葉。

この成り立ちからもわかるように、もともとは国家や、軍隊・警察などの組織において、不測の事態が発生した際、いかにしてそれを素早く収束して、ダメージを限定的にさせていくかということを目的としていた。

それが今や、企業経営にも使われるようになった。

危機管理で重要なことは準備である。

ありとあらゆる「危機」に直面しないように、ありとあらゆる事前準備やシミュレーションを行ない、わずかな異変も察知して、「危機」回避をしながら頂上を目指していく。

そして、五体満足で無事に麓まで「生還」をするということが、「山に登る」ということなのだ。

デス・ゾーンではほんのわずかな躊躇、わずかな迷い、そしてわずかなミスが致命的な「危機」を招く。

そうならないためには、ありとあらゆる最悪を想定し、「危機」を未然に防ぐように事前の準備を徹底的に行なう。

それでももし、「危機」が発生してしまった場合、生き残るためにどういう意志決定を下すべきか。チームを守るために非情な決断を下さなければいけない時もある。

著者は自分の経験を振り返り、山の仲間たちと語り合い、事故や遭難の状況を調べ、考え抜いて辿り着いた結論が、「危機の予兆」なのだという。

これを察知したという、ほんのわずかな差で、生き残ることができたというのである。

ちなみに危機管理の7つの習慣とは、

①危機の予兆を見逃さない。

②「目標」や「ゴール」に執着しない。

③どんな状況でも絶対に焦らない。

④「想定外」という言葉に甘えない。

⑤常に「最悪の事態」まで先回りして考える。

⑥ほかの人が見落とす「微かな異変」に気づく。

⑦「事前準備」に九割の力を注ぐ。

以上の7つ。

企業の危機管理にも共通することでなないだろうか。

2019年4月16日 (火)

2019年の世界/大前研一

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 世界のボーダレス化により“新興国”の経済発展が可能となり、その結果として20世紀に追求されていた理想主義的な民主主義国家ではなく、 現実主義的な“独裁型国家” が力を持つようになってきたのです。


大前氏がセミナーで2019年の世界について語ったものをまとめたもの。

その中で、現実主義的な独裁型国家が力を持つというのは、その通りになってきている。

今、世界はボーダレス化し、ものすごいスピードで変化している。

そのような世界で勝ち抜くためには、意思決定を早くすることが大事だ。

中国と同じくらいの人口がいるのにインドが経済発展できないのも、インドが民主主義国家だからだ。

民主主義は手続きに時間がかかる。

しかも合理的な正しい決定ができるとは限らない。

だから、今、世界を動かしているのは独裁者か、あるいは、独裁型政治家である。

トランプ、習近平、プーチン、金正恩・・・

彼らの政治スタイルは独裁型である。

平成の時代が終わろうとしている。

この30年間、日本は全くと言ってよいほど、経済発展していない。

平成は民主主義の限界が露見した時代といってよいのかもしれない。

2019年4月15日 (月)

「ハードウェアのシリコンバレー深圳」に学ぶ/藤岡淳一

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 中国には「草むらに道を切り開く者は死ぬ」という言葉があるという。先行者利益ならぬ、先行者必敗の法則だ。後から模倣したほうが強いのだ。実際、中国のあらゆる分野でこの法則は繰り返されているように見える。苦労して研究開発した企業よりも、それをお手軽に模倣した企業のほうが強いのだ。

深圳は中国のシリコンバレーと呼ばれている。

深圳は今、活況に溢れている。

深圳の民間企業の活力は、成功した企業だけではない。

次なる成功者を狙って虎視眈々と爪を研ぐ人々がごまんといる。

もともと中国人は商売人気質である。

例えば「恭喜発財」という言葉がある。

誕生日などお祝いの時に使うのだが、「お金持ちになりますように」という意味である。

日本人の感覚からすると、お祝いの場で使うにはどぎつい言葉のようにも思われるが、中国人にとってはお金を稼ぐのは良きこととして捉えられている。

ましてや野心家揃いの深圳では特にその傾向が強い。

「3人集まればすぐ起業の話が始まる」と言われるほどだ。起業だけではなくて、やれどこのマンションがお値打ちだとか、日本投資は儲かるのかだとか、日本で言えば「今日はいい天気ですね」ぐらいのノリですぐお金の話になる。

一事が万事この調子。

更に中国では人を出し抜くことが善なのだ。

同じ人間が親身になってつきあってくれたかと思うと、ずる賢く騙そうとしてくる。

かと思えば、再び親身になってくれる。

熱情と聡明は相反するものではなく、両立している。

だから、中国での取引は、いつ手のひら返しがくるか分からない緊張したものとなる。

日本ならば「これまでの付き合いを考えて……」「今後の良好な関係のために……」といった情も混じってくるが、中国ではいつ裏切られるかわからない。

だから、先のことなど考えても仕方がない。

このくらいに割り切りが必要になってくる。

しかも中国人は決して自分の過ちを認めない。

日本人にはなかなか理解しがたい発想だが、彼らは「自分たちが間違えた」ことをよく知っている。

だからこそ絶対に非を認めない。

認めてしまえば賠償責任が生じる。

自分たちが間違えたからこそ、屁理屈でも逆ギレでもなんでもいいからごねて問題をうやむやにしようとする。

と、このようなことが体験談として書かれていた。

中国に進出しようとしている企業はこの点を十分に理解する必要があるのだろう。

2019年4月14日 (日)

3万人の社長に学んだ「しぶとい人」の行動法則/上野光夫

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 九州に、暴力団関係の事件に強い弁護士がいました。私が「先生はとてもタフだとお見受けしますが、精神的にきついときはどうされているのですか?」と質問しました。
 すると、「そんなときは、自分を上空 10 メートルから見ている」という答えが返ってきました。
 つまり、自分を遠くから客観的に見る意識をもつことで、タフになれるということです。


これと似たようなことは私も体験したことがある。

学生時代、長距離走で苦しくてたまらないとき、ちょっと視点を変えて、上空にいるもうひとりの自分から、苦しんでいる自分を見るように意識する。

「苦しんでる自分」を他人事のように見たとき、苦しさを乗り越えることができた。

こんな経験をしたことがある。

これ以来、苦しいことがあると、自分から離れて、もう一人の自分から、苦しんでいる自分をみるようになった。

後から、これは「メタ認知」と言われる能力だと知った。

「メタ認知」とは、認知心理学の用語で、自分の行動・考え方・性格などを別の立場から見て認識すること。

この能力が高い人は、自分が厳しい状況に陥っても、へこたれない精神力があると言われている。

この能力を高めるためには「自分を見守ってくれる別の自分をつくる」ことである。

たとえば、大切なプレゼンの場に立って緊張でこわばってしまったときに、落ち着いているもう一人の自分を横に立たせる。

すると、もう一人の自分が「聞いている人たちも人間だし、準備したとおり自然体でやれば大丈夫」と言ってくれる。

すると平常心を保つことができるようになる。

さらに場面によっては、自分以外の自分を、二人つくることも有効。

たとえば、重要な決断をしなければいけないときに、「イケイケの自分A」と「とても慎重な自分B」を想定する。

その二人は、迷っている自分にアドバイスをしてくれる。

最終的にはそのイケイケ派Aと慎重派Bの二人の自分が言う意見の、メリットとデメリットを考えて、リアルの自分自身が決断を下す。

自分を客観視できるようになれば、どんな厳しい場面に直面しても心が折れずに冷静に対処できるようになる。

「メタ認知」は日常で意外と使える手法だと思う。

2019年4月13日 (土)

デジタル時代の基礎知識『マーケティング』/逸見光次郎

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「たくさんの人に知ってもらって」
「たくさん作ってお店に積み上げたら」
「たくさん売れる」
という時代は終わり、
「一人一人が求める情報を」
「求めるタイミングで、求める形で提案し続けて」
「何度も買い物してもらう」
という時代が始まったのだ。


マーケット(Market)」は「市場・消費者」という意味であり、それに「ING」を付けて進行形にした言葉が「マーケティング(Marketing)」だ。

つまり、「常に変化する市場・消費者」というような意味になる。

この「常に変化する市場・消費者」が今何を求めているかを考え、自社の商品・サービスに対する「顧客満足」を獲得し続けるのがマーケティングだ。

マーケティングの目的は次のようになる。

①市場・消費者に自分たちの商品・サービスを知ってもらい、「買ってみたい、使ってみたい」と思わせること

②買った人、使った人たちに、繰り返し使ってもらうこと

③使ったあとで「良かった」「悪かった」と情報発信してもらい、他の消費者に影響を与えること

④その買った人、使った人の「声」を整理し、より良い商品・サービスへと改善すること

⑤その改善点をあらためて市場・消費者に知ってもらい、「買ってみたい、使ってみたい」と思わせること

以上である。

マーケティング活動で最も重視すべき評価は、広告やWebコンテンツを「見てくれた人の数」ではない。

買ってくれた・使ってくれた結果である「 売上・利益」であり、さらに言えば「 繰り返し買ってくれた・使ってくれた人の数」こそが重要なのである。

なぜ顧客満足度が大事なのか。

それは顧客満足度が高まると、「良いものは人に伝えたくなる」という事後行動につながるからだ。

更に今はネットの時代である。

つまり双方向が可能な時代。

企業が自分の論理だけで商品を開発するのではなく、「お客さまと一緒に」商品を考える時代になった、と言える。

つまり、時代の変化に合わせてマーケティングもその意味合いが大きく変わってきているということであろう。

 

2019年4月12日 (金)

リーダーシップ・マスター/マーシャル・ゴールドスミス、他

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 「成功して初めて報酬を受け取る」というやり方をとっているため、私たちはクライアントを 限定 せざるを得なくなった。つまり、私たちのコーチングから大きな成果を得ると思われる人しかクライアントにしないということである。


エグゼクティブ・コーチングという世界がある。

多くは経営者にコーチングし、高額の報酬を得る。

当然、優秀なコーチしかできないことなのだが、実はコーチングから大きな成果を得られるかどうかは、コーチの優秀さ以外の部分の影響が多いという。

ポイントはクライアントが本気で変わろうとしているかどうかということ。

仮に、高い地位にあり、自分が変わることに関心のない人の行動を変えようとした場合、成功する可能性はおそらくゼロだ。

多くの場合、失敗に終わる。

場合によっては、高い報酬の故に、トラブルに発展する。

最も重要なのは優秀なコーチではなく、やる気のある勤勉なクライアントの方だということである。

つまり、誰に対してコーチングするか?この段階で成功するかどうかは決まっているというのである。

これは他の仕事にも共通する。

どんなに高いレベルのサービスや高品質の商品を提供しても、その価値を認められない人には全く意味のないものとなってしまう。

「誰を顧客にするのか」が重要だということではないだろうか。

2019年4月11日 (木)

「15分ミーティング」のすごい効果/矢本治

1408e6a4c0214b7a833cff9e7d94a0c4   日本企業120社を含む世界企業760社を対象に、意思決定力と企業業績や時価総額の相関関係などを調べたデータがあります。「意思決定の効率が高い企業」と「低い企業」の過去5年間の売上高成長率などを比較していますが、前者は5年前に比べ15.5%と大きく成長していたのに対し、後者は10.6%とその差は約5%もあるのです(米ベイン・アンド・カンパニー調べ/2008年)


ミーティングにしろ、会議にしろ、うまくいっていない会社に限って正しい判断にこだわりすぎて、「決断」に時間がかかり過ぎている。

今の時代は変化が速い。

唯一正しい決断もあまりない。

100%間違いのない決断なんてない。

成功するかどうかのポイントで大切なのは「質の高い実行をしたか?」だ。

本書で紹介しているミーティングでは、「短い時間」に、「少ない人数」で、「現場のスタッフ」が、「全員参加型」で会社の方向性を理解した上で、「前向き、主体的」に、「成果の出る会話パターン」を、「繰り返して定着」、が可能になる。

ステップ1(5分)未来視点からの質問全員からの提案・アイデア出し。

ステップ2(5分)出てきた質問、提案を効率よく整理して決定。

ステップ3(5分)実行力UPのためにイメージの共有や計画を立てる。

これがミーティングの基本ステップ。

大事なことは、初めてのことでも「まずやってみよう!」という組織文化を創ること。

そして「みんな協力してくれて、あれはやってよかったね」という小さな成功体験を積むこと。

非常にシンプルな手法なので、やってみる価値はあるのではないだろうか。

2019年4月10日 (水)

ファンベース/佐藤尚之

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 「モノやサービスを売るために、業界全体が『リーチ広告一辺倒』になっていることに危機感をもっています。
 リーチして認知を獲得したあとにどうするのか。どうやってその気持ちを継続させ、ファンにしていくのか。どうやってファンたちのライフタイムバリュー(LTV) を上げていくのか。それらをあらかじめ構築したうえでリーチしないと意味がない と思うのです。
 簡単に言うと『瞬間的なリーチは意味がない』ということです」

ファンベースとは、ファンを大切にし、ファンをベースにして中長期的に売上や価値を上げていく考え方。

ベースには、土台、支持母体などの意味がある。

ファンとは「企業やブランド、商品が大切にしている『価値』を支持している人」

つまり、ファンを大切にし、ファンをベースにして中長期的に売上や価値を上げていく戦略をとる必要があるというのである。

実は多くの企業でも少数のファンが売上の大半を支えている。

まり、今いるファンを大切にして彼らのライフタイムバリューを上げていくことは、収益の安定・成長に直結するのである。

ファンとは「企業やブランド、商品が大切にしている価値を支持している人」だ。

短期施策や単発施策で気づいてもらった「価値」に対する「好意」を積み重ねていくことが必要だ。

人は大好きなモノ、コトを、近しい類友に言いたくてたまらなくなる。

そのためには、ファンがオーガニックなオススメをするきっかけを作る。

言いたくなるような状況を作る。

そして言いやすくなるような環境を作るあることで。

ファンがオーガニックなオススメをするきっかけを作れば作るほど、言いたくなるような状況を作れば作るほど、言いやすくなるような環境を作れば作るほど、彼ら彼女らは類友にオーガニックなオススメを言ってくれるようになる。

そしてその類友もまた周りの類友に言ってくれるようになる。

そういう自走式サイクルを中長期で作っていくことは、ブランドや商品が売れ続けることにつながっていく。


例えば中心にたった100 人のファンがいるとして、彼ら彼女らは類友に商品のことを言いたくて仕方がない。

それぞれが10人の類友にオススメするとすると、それは1000人に強いオーガニック・リーチとして伝わる。

それがまたそれぞれ10人の類友に伝えるとすると、すぐ1万人に達する。

非常に影響力が強いオーガニックな言葉が、100人からあっという間に1万人に広がるのである。

これはリアルでもSNSでも一緒である。

今後日本は、人口急減により、顧客自体が物理的に減り続ける。

それは 100 万人都市である千葉市や仙台市が毎年ひとつずつ減っていく勢いである。

おまけに、超高齢化や少子化、独身増加などで、新規顧客の獲得はどんどん困難になっていく。

2020年、女性の半数が50歳超える。

2024 年、全国民の3人に1人が65歳以上になる。

2026年、高齢者の5人に1人が認知症患者となる。

そして2030年、団塊世代の高齢化で、東京郊外にもゴーストタウンが広がる。

だから、企業の戦略を根本的に変える必要があるということではないだろうか。

2019年4月 9日 (火)

映画とわたしたち: 映画300選/後藤裕昭、合田英樹

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(合田)『ディア・ハンター』(№252) のロシアン・ルーレットはハラハラしますよね。
(後藤)すごかったね。ジャンルとしてその手の映画、戦争映画好きじゃないんだけど。あれは、観てインパクトがあるよね。


映画好きの二人が、自分たちが選んだ300の映画について自由に語り合っているのが本書である。

私も映画が好きで、週に5本くらいは観ている。

観た映画を後から振り返って、思い出すのは映画全体のストーリーではない。

印象的なワンシーンである。

上記のディア・ハンターでクリストファー・ウォーケンが演じたロシアン・ルーレットのシーンは鬼気迫る面があり強烈なインパクトがあった。

そして映画を見たことによって得られる感動。

何歳になっても感動できるということは大事なことではないだろうか。

逆に言えば、感動のない人生ほど味気ないものはないといえる。

もしかしたら、私は感動を求めて映画を観ているのかもしれない。

2019年4月 8日 (月)

マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学する/丸山俊一

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 赤ん坊を殺すか否かで投票はしないだろう? 赤ん坊を殺すべきか? 人口の70パーセントが赤ん坊に反対だと考えてごらんよ、そして彼らは投票すらできない。われわれはこれに投票なんてできるか? できない! これがオプションであると考えるなんて、非民主主義的だろう?
 何でも多数決で決められることが民主主義、そう考えることこそが、混乱の原因だ。

本書で若き天才哲学者のマルクス・ガブリエルが「戦後史」から「日本」までを語りつくしている。

ここでガブリエルは「民主主義」について語っている。

民主主義には価値の体系がある。

それは「自由」「平等」「連帯」の骨組み。

そして民主主義は情報処理の特定の形。

民主主義とは、一つの制度であり、同時に人間の行動を組織化する方法。

それ以上でも、それ以下でもない。

それが、民主主義。

しかし、現在の状況を見ると、民主主義を、真実を得る方法だと思い込んだり、噓つきの政府を暴く方法だとまで期待している人々がいて、それが大きな混乱をもたらしている。

なんでも多数決で決め、それが民主主義だと思ってしまっている。

実は、民主主義は、大多数の票とはあまり、いや実は全然、関係ない。

民主主義を「多数決」と考えるのは完全なる混乱だ。

そうした考え方にはいくつかの問題がある。

ブレグジット(イギリスのEUからの離脱)するかしないか。税率を上げるか否か。

皆が投票するべきで、55パーセントが賛成の場合可決する。

そんなの最悪であり、悪夢だ。

民主主義とはまったく関係ない。

それは恣意的なものだ。

だから、民主主義はすべてにおいて投票ができ、多数決で決めるという意味であると考えるなら、民主主義が何であるかをまったく理解していないということになる。

今日の政治の混乱も、こんなところから来ているのかもしれない。

2019年4月 7日 (日)

腹いっぱい肉を食べて1週間5KG減!ケトジェニック・ダイエット/斎藤糧三

15kg いま風にいうと、私たちのカラダのデフォルトは肉食であり、穀物を食べるカラダにはできていないということです。

本書で言っていることを一言でいえば「肉を食べれば痩せる」ということ。

肥満で不健康な人が増えているのは、不自然な食べものを主食とし、食べるべき自然な食べものを食べていないから。

そこで著者が提唱するのが「ケトジェニック・ダイエット」。

現在主食となっているご飯やパンなどを断ち、肉を主食とする食事法である。

人類の起源をさかのぼってみると、人類はもともと肉食。

人類は肉食が自然であり、穀物は本来の食べものではない。

動物として見ると、ヒトはもともと肉食動物。

私たちの主食はご飯やパンではなく「肉」なのだ。

本来の食べ物ではない穀物ばかりを食べると、人間の身体は対応しきれず、様々な問題を引き起こす。

その一つの現象が肥満だということ。

特に穀物に含まれる糖分が問題。

食生活でなるべく糖分の摂取を少なくして、肝臓でケトン体を産生したほうが肥満や生活習慣病のリスクが少なく、高齢期の生活の質も高く保てる。

一般的に「肉はカロリーが高くて太る」という思い込みが強く、ダイエッターからは敬遠されている。

ところが実際は、ご飯やパンのほうがずっと太りやすく、肉を敬遠してタンパク質が不足するとさらに肥満を招く。

タンパク質は、食べてカロリーになる3大栄養素(脂質、タンパク質、糖質)の1つ。

カラダを構成している皮膚、骨、筋肉、髪の毛、臓器、赤血球、そしていま流行りの酵素もタンパク質からできている。

成人では全身のおよそ 60%が水分だが、水分以外の固形分のおよそ半分はタンパク質。

つまり体重の 20%ほどは、タンパク質なのだ。

タンパク質を摂取するには肉を食べる必要があるというのである。

肉を食べるということは人類の本来の食生活に戻るということ。

人類はもともと肉食だったということは覚えておくべきだろう。

2019年4月 6日 (土)

証人喚問/阿部雅亮

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 前出の自民党幹部は「一定の対立を演出しながらも、法案処理の落としどころを探るという国対政治のなごりがまだまだ残っている。そういう価値観に立ち、疑惑議員に対する参考人招致、証人喚問といったセレモニーが、法案処理との取り引きの観点から論じられるケースは少なくない」と話す。

政治家や官僚に疑惑があると証人喚問が行われる。

最近ではモリカケ問題で、籠池氏が印象に残っているが、古くはロッキード事件やリクルート事件が印象に残る。

証人喚問では偽証すると罪になるので、証人は肝心なところになると「記憶にございません」と言い逃れる。

ロッキード事件では、この「記憶にございません」が流行語にもなった。

証人喚問の目的は「真相究明」なのだが、証人喚問で真相が明らかになった例はない。

そして証人喚問を終えると、野党は「疑惑はいっそう高まった」と色めき立ち、与党は「疑惑は晴れた」と主張する。

結局は「政治ショー」で終わってしまう。

証人喚問しなくても、政治家や官僚に疑惑があれば検察が動く。

そして罪を犯したのであれば司法の手で裁かれる。

そしてこちらの方がちゃんと機能している。

国会は1日に3億円かかっているという。

そう考えると「証人喚問」という名の「政治ショー」を考え直す時に来ているのではないだろうか。

2019年4月 5日 (金)

社員を「大切にする」から黒字になる。「甘い」から赤字になる/近藤宣之

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 会社の役割は何かというと、とてもシンプルです。
 働くことで得られる喜びを社員に提供することであり、この喜びが働くモチベーションになって、会社の生産性を上げていくわけです。

著者が日本レーザーの社長に就任して以来、就任1年目から黒字化、以降25年連続黒字、10年以上離職率ほぼゼロに導いた。

日本レーザーは社員数55名、年商40億円で女性管理職が3割という中小企業である。

この会社が注目を集めているのは、ありえないくらい社員を大切にしている会社だから。

そして社員を徹底的に大切にしていたら、 25 年間連続して黒字を維持することができたと著者は言う。

ただし、「社員を大切にする」ということは「社員を甘やかす」ことではない。

社員を絶対に守る、解雇しないのは、社員に「当事者意識」をもってもらうため。

会社の危機は自分たちの危機だと思っているので、社員は会社の危機の時は火事場の馬鹿力をだす。

それによって危機を乗り越える。

人を大切にするためには、その手段として、利益が絶対必要。

経営者にとって会社を赤字にするのは犯罪行為。

絶対に赤字にしてはならない。

ただし、利益を出すことが目的ではない。

あくまで社員が働く喜びを実感し、幸せになることが目的。

著者は、会社というのは「社員を幸せにするところ、そして社員が頑張って成長するためにあるところ」と定義している。


そのためには、社員が頑張るための社員意識、言い換えれば企業風土がひじょうに重要になってくる。

会社は社員に生涯雇用を約束する。

だから社員も業績を向上させるために、全身全霊で会社に尽くして頑張る。

これが「当事者意識」を持つ社員がいる企業風土。

結局、中小企業の原動力になっていくのは、「当事者意識」とそこからくる愛社精神、家族意識、さらには健全な「危機意識」である。

経営とは何か?ということを考えさせられる本である。

2019年4月 4日 (木)

野村のイチロー論/野村克也

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 「4000本のヒットを打つために8000回以上の悔しい思いをしてきている。誇れるものがあるとすれば、その悔しさと向かい合ってきたこと」


本書は知将と呼ばれた野村氏のイチロー論である。

野球は、「失敗のスポーツ」である。

どんなに優秀な選手であっても、3回の内2回は三振したり凡打に終わっている。

つまり、失敗しているのである。

そして、失敗の確率をできるかぎり引き下げることが勝利への、成功への近道となる。

そのためには、成功よりはるかに多い失敗を次に活かすことが大きな意味を持つ。

失敗を糧にできる選手・チームと、できない選手・チームとでは、結果に大きな差が生じる。

これは野球にかぎった話ではない。

イチローもアメリカの小学校を訪れた際、子どもたちにこう語りかけたという。

「何かをしようとしたとき、失敗を恐れないでやってください。失敗して負けてしまったら、その理由を考えて反省してください。必ず将来の役に立つと思います」

成功し続ける人生なんて、絶対にない。

成功より失敗のほうが多い人がほとんどだろう。

たしかに失敗を振り返るのは気分がいいものではない。

だが、失敗を遠ざける者は、成功をも遠ざける。

失敗を受け入れ、原因をつきとめ、そこからどれだけ学ぶことができるかによって、その人の人生はずいぶん違ってくる。

イチローは「天才バッター」とよく言われる。

確かに持って生まれたものがなければあれだけの成績は残せなかっただろう。

しかし、「天才」と呼ばれながら、伸び悩む選手は掃いて捨てるほどいる。

もって生まれた資質の上に努力を積み重ねたからこそ、あのような成績を残せたのだろう。

その意味でイチローは「努力の天才」だったともいえるのではないだろうか。

2019年4月 3日 (水)

経済学革命/木下栄蔵、三橋貴明

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 問題はお金が動かないことなんです。札束が銀行に1000兆円あっても意味がない。それが動かんとあかん。動かすにはどうしようかという議論をしているのであって、なくなったらどうしようかという議論をしているのではないんです。なくなったらなくなったで、また別の紙幣を発行したらいい。
 つまり紙幣とか、あるいは取引とか、需要と供給の問題もそうですけれども、物が動き、お金が動くことが大事なんです。だから借金が800兆円、900兆円、1000兆円あるという絶対額に意味はありません。


今の日本経済の問題は、物が動きお金が動かなくなったこと。

木下氏と三橋氏の対談で言っていることを端的に言うとこういうことになる。

つまり、1990年以降に何が起こったかというと、一般の企業が設備投資を減らして、借金を返済するという行動に変わったということ。

一般の消費者も同様の行動をとった。

その結果起こったのが総需要量の減少というもの。

総消費が落ち込むと総GDPが減る。

総GDPが減ると企業の収益が減る。

そうすると給料が減る。

そして消費効率もまた悪くなる。

これが最大の問題。

ところがマスコミは国の借金ばかりを問題にする。

大量の国債を発行すると、また国の借金が増えると問題にする。

では国債は誰が買うのか。

多くは日本の銀行である。

なぜ銀行は国債を買うのか。

それがそれ以外貸出先がないからである。

銀行にとっては貸し出せない預金が増えていくので、放っておくと逆ざやになる。

銀行はこれをどうするかというと、結局国債を買うしかない。

だから、日本の国債金利は低金利である。

かつ、国債を発行するということは、政府の負債が増える。

政府の負債が増えると、また国の借金が増えたとマスコミがあおって、企業と家計の消費意欲が減って、またまた預貯金が増えるという、本当にばかばかしい悪循環が起こっている。

企業は設備投資のために借金をする。

消費者は家やマンションを買うためにローンを組む。

つまり、だれかが借金しないと経済は成り行かない。

借金と言うとみんなびっくりするが、 正常な通常経済では、企業と消費者が借金をすることでお金が回っている。

まず、この日本のマインドを変えない限り、今の経済問題は解決しないのではないだろうか。

 

2019年4月 2日 (火)

昨日と違う今日を生きる/千葉敦子

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 再発したからといって、私は人間としてのオートノミー(自主性・自律性) を失うわけではない。行動が多少制限されるとしても、自分の生活を切り廻し、仕事を続け、楽しみを持ち続けられるのだ。オートノミーを制限されている多くの病人や障害者のことを思えば、基本的な日常生活を続けられるというだけでも素晴らしい自由である。


著者が永眠したのは1987年、今から32年前のことである。

著者はガンとの闘いをそのまま本にして出版している。

私も『乳ガンなんかに敗けられない』『ニューヨークでガンと生きる』『ニューヨークの24時間』『よく死ぬことは、よく生きることだ』『「死への準備」日記』等、著書はほとんど読んでいる。

ガンの進行を正面から見すえ、最後まで闘志を失うことのない前向きな生き方は、本当に勇気を与えられる。

今でこそ女性の自立が叫ばれているが、30以上も前にその生き方を実践していた女性がいたことは驚きだ。

フリーのジャーナリストであり、最後まで書くことをやめなかった著者の生き方は「オートノミー」自主性・自律性)という言葉に集約されるのではないだろうか。

2019年4月 1日 (月)

企業が「帝国化」する/松井博

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 私はこれからやってくるのは「勝者総取り」の時代だと考えています。今後はごく一部の人たちが巨万の富を手にし、大多数の人は低賃金にあえいでいくのです。特に交換が容易な人材にとっては厳しい状況が長く続いていくでしょう。


著者はこれからは「勝者総取り」の時代がやってくると言っている。

本書は6年前に書かれた本だが、今、その流れはますます顕著になってきている。

「GAFA」で総称されるグーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、

これらグローバル企業が世界の利益を総取りしている。

今、世界は、世の中は「仕組み」を創る少数の人々、「仕組み」の中で使われる大半の低賃金労働者、そして「仕組み」の中で消費を強いられる消費者という3つの側面から成り立っている。

これら「私設帝国」には次の3つの際立った特徴がある。

第1に、ビジネスの在り方を変えてしまう。

「帝国」と呼ばれるのにふさわしい企業は、それまでのビジネスの慣習などを破壊し、その在り方を自分たちにとって都合のいい形に根底から変えてしまう。

第2に、顧客を「餌付け」する強力な仕組みを持つ。

「帝国」と呼ばれる企業はどこも、一度手を出すとやめられなくなる麻薬のように、顧客を魅了し、餌付けしてしまう製品やサービスを提供している。

第3に、特定の業界の頂点に君臨し、巨大な影響力を持つ。

「帝国」の3番目の条件は特定の業界の「食物連鎖」の頂点に君臨し、業界全体に強い影響力を保有する。

といったもの。

更に、この3つを実現するため、「私設帝国」には次に示す5つの機能的な特徴がしばしば見受けられる。

1.得意分野への集中

2.小さな本社機能

3.世界中から「仕組みが創れる」人材を獲得

4.本社で「仕組み」を創り、それを世界中に展開

5.最適な土地で最適な業務を遂行

今、これら「GAFA」を規制しようという動きが世界中にみられる。

それによって「勝者総取り」の流れに歯止めがかかるのか、

それとも益々その流れが加速されるのか、

目が離せない状態である。

 

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