« 歪んだ正義/宮本雅史 | トップページ | 長生きにこだわらない/矢作直樹 »

2019年5月10日 (金)

私を離さないで/カズオ・イシグロ

Photo_43

 でも、トミーはわたしの言葉を無視し、「まだあるんだ」とつづけました。
「先生の言ったことでもう一つ、よくわからんことがある。君に訊こうと思ってた。先生が言うには、おれたちはちゃんと教わってるようで、教わってないんだってさ」
「教わってるようで、教わってない?もっと一所懸命勉強しろってことかな」
「いや、そういうことじゃないと思う。先生が言ってたのは、おれたちの将来のことだ。将来、何があるかってこと。ほら、提供とか、そういうこと……」
「でも、それなら、もう全部教わったじゃない。何のことだろ。ほかに何か、まだ教えてもらってないことがあるのかな」


ノーベル文学賞を取ったカズオ・イシグロ氏の著書。

この小説はSF小説の形を取っている。

物語は主人公キャッシーが読者に語りかけるような構成になっている。

現在進行形ではなく、過去を振り返る回想物語。

本人は介護人。

介護人と言っても一般的なそれではなく、彼女が担当するのは臓器提供者、いわゆるクローン人間。

キャシーもまたクローン人間であり、将来は夢も希望もなく臓器提供が最終地点ということになる。

キャッシーが回想する中で特に印象に残ったのが上記の会話。

ヘールシャムという施設で幼少時代から思春期を集団で過ごし、15歳になり、ヘールシャムでの生活も最後の年を迎えたある日のこと。

男子生徒が将来の夢を語っていたのでルーシー先生が思わず割って入った。

「あなた方は教わっているようで実は教わっていません。」

あたな方は、映画スターになることも、近所のスーパーで働くことも、更には中年、老後を経験すること無く臓器提供が始まるのだと。

ルーシー先生はそれ以上は語らなかったが、生徒ひとりひとりの顔を見渡すルーシー先生の表情は複雑。

彼らを救うことが出来ない無力さ、悲しみと怒りが入り混じった感情をキャシー達は感じ取る。

クローン人間として将来の夢を持つことも許されず、ただ提供の時期を待つだけの人生。

残酷な物語である。

作者はこの物語を通して何を訴えたかったのだろう?

いろいろと考えさせられた。

« 歪んだ正義/宮本雅史 | トップページ | 長生きにこだわらない/矢作直樹 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事