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2019年6月の30件の記事

2019年6月30日 (日)

じつは稼げる[プロ講師]という働き方/濱田秀彦

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 自分が特別な才能を持っていると感じたことはなく、いまでも、「自分は講師に向いていないのではないか」と自問します。講師業が天職だとはとうてい思えません。そして、私の周りには、私と同じような講師が大勢います。
 そんな私が、なぜ講師をやってこられたのか。あえて要因を挙げるとすれば、「研修業界の暗黙のルールを熟知していた」ということだと思います。


私も研修の講師をすることは多いが、それが主業というわけではない。

あくまでコンサルの一環として研修を行っている。

同様に、講師に向く人、コンサルタントに向く人も分かれる。

講師に向くのは、短期決戦が得意な人だ。

持ちネタを効率よく提供し、予定した内容を時間内にやり切ることが得意ならば講師向きだ。

一方、コンサルタントに向くのは長期戦型だ。

長い期間の中で企業の状況にあわせ、課題を掘り起こし、解決策を提示し、実施の支援をしていくことが得意ならばコンサルタントが向いている。

企業の社内研修は大きく分けると、新入社員研修、管理者研修などの階層別研修、コミュニケーション研修やコーチング研修などの目的別研修の2つがある。

企業は、人事制度をつくると、それと関連の深い階層別研修を実施するようになる。

最優先になるのは、新入社員研修。

これを年度はじめの4月に実施する。

新入社員研修が一段落したら、前期は階層別研修を中心に実施していく。

一方、後期は階層別研修の積み残しを実施しながら、目的別のスキル研修を実施していく。

私はそれにコンサルタントとしてかかわっている。

本書は同じような課題に対して、「プロ講師業」としてかかわり、稼ぐことができるというもの。

著者が想定しているプロ講師の平均像は次の通り。

・自営業者として青色申告をしている

・自宅を事務所にしてパソコンと携帯電話で業務を進めている

・年間100日程度講師として稼働している

・担当するのは半日~2日の研修あるいはセミナー

・年収は700万~1000万円

といったもの。

プロ講師という人たちがどうやって営業し、どうやって稼いでいるのか?

本書を読むと、そのことがよくわかる。

ただ、私自身はと言えば、やはりプロ講師には向いていないと思った。

2019年6月29日 (土)

親から始まるひきこもり回復/桝田智彦

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 人間には本来、生きる本能と自己実現に向かう欲求が備わっています。その活動がひきこもり状態や心の不適応という形で一時的に停止しても、それらを育む環境が整えば必ずまた動き出します。その環境を育み続けるために親の成長、すなわち「親育ち」が必要なのです。


今、ひきこもりが問題になっている。

特に中年引きこもりが深刻化している。

かくいう私自身他人事ではなく、息子はひきこもりの状態が続いている。

ひきこもり状態にいる青年たちは、同年齢集団と比して遅れをとっていることを非常に気にしている。

他人からみれば「取り戻し可能な遅れ」であることが多いのだが、当の本人にはそう思えない。

「そう思えない」苦しさを誰にも理解されないから余計に焦る。

人間には生得的に「承認欲求」というものが備わっている。

それは、家庭という小さな社会でも、学校や会社という社会でも同様に無意識に欲する欲求だ。

そして、その欲求の故に、一度は働きだすこともある。

しかし、「~しなければ」という思いで頑張って働いても、壁にぶつかり、うまくいかず、また引きこもり状態に戻る。

このようにして、ひきこもり状態に戻ると、疲れ切った本人は頑張ったのに報われなかった結果にがっかりする。

その現実を見た親や親族もがっかりする。

そんな親の姿や言葉を見聞きした本人がまたがっかりする。

こうした負のスパイラルを体験すると、人間は自分が何をやってもダメな人間であると考えてしまう。

これを心理学では「学習性無力感」といい、無力感が固定化してしまうことで、ひきこもりが長期化する。

だから目指すべきは、have to~(~しなければ)ではなく、want to~(~したい)の本能的な欲求を育むこと。

この欲求を通して未解決の問題を親と一緒にクリアにしていくことで、

「自分が自分で良い。そして、世の中からもそう思われているであろうという確信」、

すなわちアイデンティティの獲得を果たし、本能的な欲求に基づいた自己実現欲求の道へ向かう。

このことが、ひきこもりの回復の姿であるといえる。

ひきこもり回復のプロセスは、「希望」→「意思」→「目的」→「有能性」→「アイデンティティ」と説明できるという。

心理学では、人間が生きていく最も基礎の部分に「基本的信頼感」を置く。

この基本的信頼感は親との間に生まれるものであり、これがきちんと育まれ担保されていれば人間は「人を信じる力と自分を信じる力」を発揮するといわれている。

焦る気持ちを抑えて、まず親子の信頼関係をしっかりと構築すること。

時間はかかるが、これがひきこもり回復の最も確実な道だということであろう。

2019年6月28日 (金)

「一流の身体」のつくり方/宮田和幸

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 私が指導する筋トレは、「戦える体をつくる」ことをコンセプトとしています。つまりこれは、「強くなる」ことに重点を置いた考え方です。

何のために筋トレをするのか?

人に見せるため、女にモテるため、痩せるため・・・等々

人によって様々だ。

しかし、元格闘家である著者の目指す筋トレのコンセプトは「戦える体をつくる」こと。

確かに人生は戦いの連続だ。

ビジネスマンであれば、常に同僚や取引先、競合会社との戦いにさらされる。

会社での上司とのやり取りも一種の戦いと考えていいのかもしれない。

実社会では様々な場面で「戦う」ことが求められる。

こうした戦いに勝ち抜いていくためには、肉体的にも精神的にも健康体である必要がある。

それなしでは、有利な戦いはできない。

著者が言うには、「今の自分では生き残れない」「このままでは死ぬかもしれない」

と、これほどまでに追い詰めて、自分は変わらなくてはいけないと本気で思ったとき、

成長ホルモンが分泌され、結果として、肉体に変化がもたらされるとのこと。

そのために重要なのは、短い時間でいいので、週に5日はコツコツとトレーニングを持続させること。

そして、1回1回のトレーニングで自分を追い込むこと。

トレーニングの後に、息が上がらなかったり、腕がパンパンにならなければ、密度が不足している。

自分の体を痛めつけるくらいのイメージでトレーニングをするのが大切。

そしてトレーニングを特別なことではなく、日々の習慣にしてしまう。

これによって戦える体を手に入れることができるとのこと。

でも、一般人でこれが実行できる人はどの位いるのだろう?

正直、私にはとても無理と思ってしまった。

2019年6月27日 (木)

生きて死ぬ私/茂木健一郎

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 ある時、私は昼下がりの牧場に立って、なだらかな谷に流れる川や、その向こうに見える教会の尖塔を眺めていた。頰には、さわやかな風が当たるのを感じていた。突然、何の脈絡もなく、私は、私の眼前の風景が、私の外側に広がっていると思っている。だけど、本当は、私が感じるこの広大な風景も、私の頰をなでる風も、私の頭蓋骨の中で起こっていることにすぎないのだという思いがわき上がってきた。

脳科学者である著者は、自らの原体験を上記のように述べている。

その時、人間に関する一つの命題が、大きな意味を持つようになったという。

それは、自分の心の中で起こることのすべては、脳の中で生じるニューロンの発火によってひき起こされている、「脳内現象」にすぎないという命題である。

人間の喜びも、悲しみも、すべての感情は、脳の中にある。

人生のすべては、脳の中にある。

自分の外に広がっているように見える広大な世界、目の前の机、窓の外の緑の木、そしてその向こうに広がっている海、空に浮かぶ白い雲も、脳の中の現象にすぎない。

地球、恒星、銀河などの宇宙的広がりも、すべて私たちの脳の中で起こっているだけのことだ。

人間の心は、脳内現象にすぎない

脳科学者として、著者は、心のあらゆる属性は、脳の中のニューロンの発火の特性だけですべて説明できるという「認識のニューロン原理」が基本的には正しいという。

だが、一方では、もし体外離脱体験や、意識の拡大といった現象が実際に存在するとすれば、認識のニューロン原理では説明できない心の性質が存在することを認めざるをえないともいう。

人の心の中で何が起こるにせよ、それは人の脳の中のニューロンの発火によって支えられている。

そのような人の心の中心が、体の外に出てしまうというのは、どのような意味なのか、安易に魂の存在を認めない限り、現時点では説明するのは難しいという。

大切なことは、現時点では超越的に見える現象の存在を否定しないことだ。

そのようなオープンな態度こそが、科学を、より広く言えば、世界に対する人間の理解を、より深いものにすると言える。

世の中には、まだまだ不思議なものがたくさんあふれている。

科学者には可能性と限界があるということ。

これを認めることは大事なことではないだろうか。

2019年6月26日 (水)

教えない授業/鈴木有紀

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 「なぜ?」「どうして?」と自ら問いを立てながら「考える力」が問われるのは、大学入試で終わりではありません。むしろその先においてこそ、真価が問われるようになってきています。社会のさまざまな面で変化が激しくなっている時代です。企業の採用活動でも、人材育成においても、不確実性の中で自ら課題を見出していける人材、未知のことにも自分の頭で考え答えていける人材が、求められるようになっています。

対話型鑑賞は、作品についての情報や解釈を専門家や教師が一方的に伝えるのではなく、鑑賞者自身の思いを尊重し、グループでの対話を通して作品を味わっていく鑑賞法だ。

日本の学校教育はこれまで「知識偏重」で、ものごとを暗記することばかり重視しているという批判があった。

歴史の年号を覚えたりする類のことが代表例だが、美術という本質的に「正解」がないような分野でさえ、知識を得ることを重視する授業が行われてきたのが実状だ。

最初に知識を求めるのではなく、まずは自分の目でじっくりみて、考えること。

本書のテーマである対話型鑑賞は、それを促す手法と言える。

対話型鑑賞で用いる大切な質問が四つある。

1「作品の中でみつけたこと、気づいたこと、考えたこと、疑問でも何でもいいので話していきましょう」

2「どこからそう思う?」

3「他にはありますか?」

4「そこからどう思う?」

この授業の特徴は、先生が「教えない」こと。

その代わりに、「問い」を投げかける。

対話型鑑賞の特徴である問いは、「どこからそう思う?」というもの。

「作品の中でみつけたこと、考えたこと、疑問でも何でもいいので話していきましょう」と言って出てきた声のなかに、その人の作品に対する解釈が垣間みえたら「どこからそう思ったの?」と問いかける。

ポイントは、「なぜそう思う?」ではなく、「どこからそう思う?」と問うこと。

「どこから」と問われると、自分がそう思った根拠を作品の中に探すことに意識が向く。

「作品の中のこの部分からそう思った」と具体的な点を指摘して言えるため、漠然と「なぜ」と問われるよりも、ずっと答えやすい。

対話型鑑賞から得られる学びについては、学校だけでなくビジネス界でも注目が広がりつつある。

今は、変化が激しく、これまでのビジネスのやり方が必ずしも通用するとは限らない。

「自ら課題を見出し、正解のない問いに答えていく力」などを育むことが、企業における人材育成の大きな課題になってくるのではないだろうか。

2019年6月25日 (火)

驚くほど差が効果的に出る‼︎求人広告の書き方/木下晶啓

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 コアターゲットが明確になることで、コアターゲットに訴求が出来る、コアターゲットに訴求するための求人広告制作が実現しやすくなります。


今、どの業界も人手不足である。

どの企業の社長と話しても、求人広告を出してもなかなか応募がないという話をされる。

どうすれば人が来るのか?

まず、押さえなければならないポイントは、転職者は「自分の欲求を満たすため」に転職先を探すということだ。

・もっと給与が欲しい

・もっと休みが欲しい

・残業がない会社に行きたい

・福利厚生が良い会社が良い

・通勤時間を減らしたい

・上司とウマが合わない・・・等々。

このように欲求1つとっても、多くの内容が存在しいる。

転職者へただ情報を伝えるのではなく、適切な転職サイトを利用して、適切な情報を、より多く、より詳細に、欲求が満たされる求人広告を制作することが最大のポイントとなる。

次に伝えるべきターゲットを明確にすること。

そして、伝えるべきターゲットに対して、伝えるべき内容で伝えることだ。

「伝えるべき相手に、伝えるべき情報を、適切に、より明確にイメージ出来るように伝えること。」

これが効果的な求人広告のポイントだといえる。

転職者がイメージできる求人広告であればあるほど、応募に繋がりやすくなる。

後は、実行あるのみということではないだろうか。

2019年6月24日 (月)

「好き嫌い」と経営/楠木建

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 経営者の動因を形成するのは何か。それは、つまるところその人の「好き嫌い」であるように思う。「良し悪し」ではない。


本書のメッセージを一言でいえば、「好き嫌いの復権」である。

本書は、その人の「好き嫌い」に焦点を絞って14人の経営者とじっくり対話した記録である。

好き嫌いについての対話を通じて、経営を考えるときに避けて通れない動因と戦略構想の基底にある直観の源泉に迫っている。

経営者の仕事の中核は決断することだ。

右に行くか左に行くか。大きな意思決定を迫られたときに、決断するのが経営者の仕事。

その判断が良いか悪いかはやってみなければわからないことが多分にある。

良し悪し以前に、明確な選択をすることそれ自体が大切なのだ。

決めないでおくことが一番良くない。

日々決断を迫られるのが経営者だが、「判断は直観に基づく」と言い切る経営者が多い。

直観とは分析的な良し悪しの判断の積み重ねを超えたものの総称を指している。

この直観にしても、淵源はその人の好き嫌いにある。

だからこそ、好き嫌いが重要。

「良し悪し」「正しい・間違っている」とは別に、経営者は「うちはこういう商売が好きなんだ」という話を大いにすればいい。

そこで働く1人ひとりにしても、「自分はこの会社のここが好きだ」っていう、良し悪しと別の動因があるはずだ。

仕事でも「自分はこういう仕事が好きなんだ、こういうのは嫌いだからやりたくない」というものがある。

それなのに「これからはこの仕事が稼げる」とか、客観的な良し悪しばかりを基準にしてしまうと、仕事にしても、経営にしても、戦略にしても、すべて台なしになる。

「好き嫌いの復権」

重要なキーワードではないだろうか。

2019年6月23日 (日)

感動の会議!/寺沢俊哉

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 達人たちに共通していたのは、次の3点でした。
原則1 自ら、明確なゴール(意図)をもっている
原則2 課題達成だけでなく、参加者の満足を引き出している
原則3 会議のオーナーとしての責任をとっている

会議で、もっとも重要なこと、

それは、その会議のゴールを明確にすること。

つまり、会議が終わったときに、どういう結果を得たいのか?を明確にすることだ。

ただ何となく集められた会議ほど悲惨なものはない。

ゴールがないのは論外だ。

そのためには、主催者は「この会議が終了時点でどのような状態になっていたら、成功といえるのか?」と自らに問いかける必要がある。

2つめは、会議の終了時には、課題達成だけでなく、参加者の満足が得られていること。

なぜなら、会議のゴールは、イコール、次の行動のスタートだからだ。

会議を終えた参加者に不満が残っていたり疲れ切ったりしていたら、次の行動につながらない。

では、参加者の満足の源泉とは何か?

著者は次の3つだという。

第1に、課題への貢献感

第2に、自分自身の成長実感

第3に、それをまわりが見ていてくれること

それらを満たしたとき、人は意気に感じ、動き出す。

そのためには主催者は「参加者は、会議に出ることで、何を得て帰るのだろうか?」と、問いかけることだ。

3つめは、会議のオーナーとしての責任をとっていること。

「今日は無礼講だ」と言っておきながら本音を言ったら「バカヤロウ」。

「やってみろ」と言っておきながら、失敗したら、やった者の責任。

「しっかりやってくれ。責任はオレがとる」と言えない主催者のもとでは、人は動かない。

そして、この3つの原則を守りながら、共鳴→発見→合意のプロセスを企画し、その道の上を、参加者が自主的に歩いて行くようにうながしていく。

それが、達人の技術だという。

確かに、3つの原則が守られていない会議があまりにも多いのではないだろうか。

重要なポイントだと思う。

2019年6月22日 (土)

世界的な大富豪が人生で大切にしてきたこと60/ジム・ロジャーズ

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 たいていの問題について正しい答えは自分の中にある。


悩み事や迷っていることがあると、すぐ人に相談する人がいる。

しかし、正しい答えは意外と自分の中にあるものである。

誰しも自分自身で調べ、考え、確信できる答えを見つけなければいけない。

人は、たいていの問題に関しては、それを解決する能力を自分の中に持っていて、正しい行動をとることができるものだ。

自分で決断して行動するほうが、他人の考えに沿って動くよりもうまくいく。

また、たとえそれによって失敗しても納得がいく。

そもそも、まったく新しいことなど何ひとつ起こらない。

いつの時代も根本的な部分で世界には何も新しいことなど起こっていない。

だから、先読み力を鍛えるには、歴史書や哲学書を多く読むことだ。

それによりどのように世界が動いてきたか、世の中がどのような仕組みで動いているかを理解する必要がある。

大局を見る力が身につけば、自分たちがどの位置にいるかがわかるようになる。

そして、それが正しい判断に役立つ。

そのために欠かせないのが読書だ。

歴史書や哲学書から歴史的教訓を学び、物事に対する洞察力を磨く。

そうすれば大局をつかむことができるし、将来の変化も予測できる。

歴史は繰り返す。

歴史に学ぶことだ。

世界的大富豪であるジム・ロジャーズもそれを大切にしている。

2019年6月21日 (金)

バカになれ!カリスマ・エンジニア「ゼロからの発想術」/水野和敏

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 バカになれ。バカになって、本質だけを見ようよ。
 学校教育で詰め込まれた知識をいったん捨てて「バカ」になる。周囲から非常識と思われるほど、「なぜ?」「どうして?」と原理原則に戻って考えてはじめて、本質からの発想ができる。


本書の著者、水野氏は、日産GT-Rでカルロス・ゴーンCEOから「ミスターGT-R」として企画・開発・生産から販売まで全権を委任され、カリスマ性を発揮したエンジニアである。

「ヒト・カネ・時間は通常の半分」というポリシーのもと、「街乗りでもサーキットでも通用するマルチパフォーマンス・スーパーカー」としてGT-Rを世界トップブランドに育て上げた

著者は、大事なのは、ブランドというものの本質を創ることだという。

では、ブランドとは何だろう?

著者の発想の根幹はいつも、「時間と価値」にある。

ブランドとは、時間が経っても、価値が下がらないもの。

むしろ時間によって価値が増すものだという。

価値の本質とは何か?

それは「時間によって変化しないもの」だ。

金、銀、プラチナや、ダイヤモンドに価値があるとされているのは、金属のなかでも錆びない、鉱石のなかでも傷つかない、つまり経年変化しないことを古来から人間が知っていたからだ。

だからGT-Rは、新車から3年後の残存価格率の日本一を目標にしたという。

たとえば日産やトヨタ車は3年後に50%以下の値段となり、6年後ならゼロだ。

BMWやベンツは3年後なら70%前後、ポルシェなら75%となって売られている。

GT-Rはさらにその上、3年後の残存価格80%以上を実現した。

どうしてそのような発想ができたのか?

それはバカなれたからだという。

バカになったとき、はじめて本質をみることができる。

大企業で働く人間は、端から失敗しないようにということばかり考えて仕事をしがちだ。

失敗しないことを前提に考えると、答えの出ている過去ばかりを見て、未来に挑戦しようとしなくなる。

でも、それでは新しいものは生み出せない。

失敗こそが未来の成功へのエネルギー。

そういつも肝に銘じて行動することだ。

挫折し、ゼロリセットを経験した人間は強い。

開き直れるからだ。

昨日までの自分を捨てて、無心で今日の自分を作ること。

いつでもゼロリセットして、開き直れる自分を作れたとき、人間は最高の強さを発揮するようになる。

著者がいう「バカになれ」とは、そういうこと。

ここ一番でバカになれるかどうかが勝負を決する、ということではないだろうか。

2019年6月20日 (木)

家族という病/下重暁子

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 欧米と決定的に違うのは、個人主義と家族主義の違いであり、どちらがいいとは単純にいえないが、家族という甘い意識の空間にはいくらでも犯罪が入り込んでくるのだ。

著者は日本では家族という病が存在するという。

私達は家族を選んで生まれてくることは出来ない。

産声をあげた時には、枠は決まっている。

その枠の中で家族を演じてみせる。

父・母・子供という役割を。

家族団欒の名の下に、お互いが、よく知ったふりをし、愛し合っていると思い込む。

何でも許せる美しい空間。

そこでは個は埋没し、家族という巨大な生き物と化す。

家族団欒という幻想ではなく、一人ひとりの個人をとり戻すことが、ほんとうの家族を知る近道ではないのかというのである。

確かに、私たちは家族というものにある種の幻想をいだいているように感じる。

家族を固定観念でとらえる必要はない。

家とはこういうものという決まりもない。

そこに生きる、自分達が快く生きられる方法をつくり上げていくしかない。

問題を抱え、ストレスのもとになる家族よりは、心から通い合える人がそばにいるかどうかが大切なのだ。

家族も独りの集団なのだ。

自分の家族と思うから余計な期待をしてしまう。

それがストレスになり甘えになる。

べったりで相手が見えなくなり、排他的になるなら、家族ぐらいしんどいものはない。

孤独に耐えられなければ、家族を理解することは出来ない。

独りを楽しむことが出来なければ、家族がいても、孤独を楽しむことは出来ないだろう。

自分以外の個に期待してはならない。

他の個への期待は落胆や愚痴と裏腹なのだ。

期待は自分にこそすべきものなのだ。

自分にならいくら期待してもかまわない。

うまくいかなくとも、自分のせいであり、自分に戻ってくる。

自分のことですら正確に把握することも出来ないでいるのに、他人のことが理解出来るか。

配偶者は他人なのだ。

一番近い家族ではあるが他人である。

家族は暮らしを共にする他人と考えた方が気が楽である。

問題は個として自立しているかどうかということ。

そして余計な幻想を抱くことなく、現実をリアルに見続けること。

家族という病について考えさせられた。

2019年6月19日 (水)

雑草はなぜそこに生えているのか/稲垣栄洋

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「雑草は踏まれても踏まれても、必ず花を咲かせて種子を残す」。
 大切なことは見失わない生き方。これこそが本当の雑草魂なのである。


雑草と呼ばれる植物には、さまざまな共通した特徴がある。

その中でも、もっとも基本的な特徴は、「弱い植物である」ということだ。

「雑草が弱い」というのは、「競争に弱い」ということである。

自然界は、激しい生存競争が行われている。

弱肉強食、適者生存が、自然界の厳しい掟なのだ。

それは植物の世界も同じである。

光を奪い合って、植物は競い合って上へ上へと伸びていく。

もし、この競争に敗れ去れば、他の植物の陰で光を受けられずに枯れてしまうことだろう。

植物は、太陽の光と水と土さえあれば生きられると言われるが、その光と水と土を奪い合って、激しい争いが繰り広げられているのである。

雑草と呼ばれる植物は、この競争に弱いのである。

弱い植物である雑草の基本戦略は「戦わないこと」にある。

強い植物がある場所には生えずに、強い植物が生えない場所に生えるのである。

言ってしまえば、競争社会から逃げてきた脱落者だ。

例えば、タンポポが「夏眠」をするのには理由がある。

夏になれば、他の植物が生い茂る。

こうなれば、小さなタンポポには光が当たらない。

そこで、タンポポは、他の植物との戦いを避けて、地面の下でやり過ごすのである。

つまり、日本タンポポは、他の植物が生い茂る日本の自然環境では戦略的なのである。

雑草魂とは踏まれても踏まれても立ち上がることをイメージすることが多い。

しかし、雑草を観察していると、雑草は踏まれても立ち上がるというのは、正しくないことがわかる。

雑草は、踏まれたら立ち上がらない。

よく踏まれるところに生えている雑草を見ると、踏まれてもダメージが小さいように、みんな地面に横たわるようにして生えている。

「踏まれたら、立ち上がらない」というのが、本当の雑草魂なのだ。

雑草にとって、もっとも重要なことは何だろうか。

それは、花を咲かせて種子を残すことにある。

そうであるとすれば、踏まれても踏まれても立ち上がるというのは、かなり無駄なことである。

そんな余分なことにエネルギーを使うよりも、踏まれながらどうやって花を咲かせるかということの方が大切である。

踏まれながら種子を残すことにエネルギーを注ぐ方が、ずっと合理的である。

だから、雑草は踏まれながらも、最大限のエネルギーを使って、花を咲かせ、確実に種子を残すのである。

踏まれても踏まれても立ち上がるやみくもな根性論よりも、ずっとしたたかで、たくましいのである。

雑草は踏まれたら立ち上がらない。

生物の世界の法則では、ナンバー1しか生きられない。

これが、厳しい鉄則である。

同じような環境に暮らす生物どうしは、激しく競争し、ナンバー1しか生きられない。

しかし暮らす環境が異なれば、共存することができるのである。

ナンバー1しか生きられない。これが自然界の鉄則である。

それでも、こんなにもたくさんの生き物がいる。

つまり、すべての生き物が、どこかの部分でそれぞれナンバー1なのである。

そして、ナンバー1になれる場所を持っている。

この場所はオンリー1である。

つまり、すべての生物はナンバー1であると同時に、オンリー1なのである。

かつて、ダーウィンは、「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残るのは、変化できる者である」と言った。

条件が悪いときは悪いなりに、条件が良いときには良いなりにベストを尽くして最大限の種子を残す。

これこそが、雑草の強さなのである。

人の生き方にも共通する考え方ではないだろうか。

2019年6月18日 (火)

池田勇人ニッポンを創った男/鈴木文矢

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「経済をよくする」というお題目は、今でこそ政治家ならば猫も杓子も口にするようになったが、池田の時代には珍しく、戦後総理の中では池田が初めてそれを全面に押し出したといえる。

池田が日本を指揮した4年半は、高度経済成長の第2期にあたる。

前任の岸信介首相の60年安保闘争の〝疲弊〟が日本国内に充満していた時期だった。

すでに高度経済成長は興っていたが、日本人の多くはそれが〝頭打ち〟になると感じており、現に中小企業の倒産が目立ち始め、経営苦から自殺する企業家も少なくなかった。

総裁選を制した直後、池田は官房長官に内定していた大平正芳に、「わしは経済でいくぞ」と宣言した。

池田は組閣に際して、いくつかのキャッチフレーズを考えていた。

内閣の基本姿勢としては「寛容と忍耐」を掲げた。

そして、もう一つが、池田の代名詞になっている「所得倍増計画」だった。

所得倍増計画、10年で国民の所得を倍増させるという〝イケノミクス〟は、実は官僚の猛反対に遭っていた。

大蔵省や経済企画庁の幹部は眉根を曇らせ、「所得倍増を口にして失敗したら、政権の命取りになるのではないか。成長率は年に5%が現実的な線。どんなに譲歩しても7%少々。それが上限だ……」と反対した。

官僚の猛反対があっても、所得倍増計画を主張したのは池田にある信念があったからだ。

・戦後の焼け野原からモノづくりに励んで日本は復興した。

・それに伴い国民の所得も向上し、所得が増えた分は貯蓄に回された。

・貯蓄は銀行を通じて企業に貸し出され設備投資に回ることで、生産が増大した。

・企業の生産が増大したことで、国民の所得が向上した。

こうしたプロセスを繰り返すことが、経済拡大の循環である。

政府はこの循環を促進するために、

「減税と公共投資、社会構造の変化によってもたらされる弱者への社会保障を行う」

というのが、池田の信念だった。

当時、日本が生き残る道はお家芸の軽工業をさらに発展させ、観光と酪農で立国するという〝東洋のスイス〟構想が一般的だった。

これは、戦後まもなく、片山内閣が提示したビジョンだった。

日本経済の急伸を信じて疑わなかったのは、池田本人と、所得倍増計画の理論的支柱を務めた異端の経済学者、下村治を除けば、ごくわずかだっただろう。

経済なくして、国民生活の向上なし。

あらゆる分野での成長を実現するには、経済の発展こそが肝要だと考え、それを愚直に実行したのが池田政権だった。

10年で所得を倍増するとした池田の公約は、10年を待たず7年で達成される。

1967年のことだ。

その2年後には、日本は西ドイツを抜いて世界第2位のGNP大国に躍進を遂げた。

「私は嘘は申しません!」池田のダミ声が日本を創ったのだ。

池田の所得倍増計画は現在のアベノミクスと多くの共通点があるという点で、本書は非常に興味深い。

2019年6月17日 (月)

移動力/長倉顕太

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 私たちの行動をコントロールするのは意思ではなく環境だ。環境が行動を決める。意思は関係ない。だとすれば、環境をコントロールすればいい。人生を変えたければ環境を変えればいい。

著者は人生を変えたければ環境を変えればよいと主張する。

そして環境を変えるには移動することだという。

確かに、やりたいことが見つからない若者、会社の奴隷となっている会社員、やりがいが見つからない主婦、そして人間関係に悩む人たちに共通しているのは、移動していないということ。

同じ家に何年も住んでいたり、同じ職場にいたり、海外旅行に行ったこともなかったり。

一方、成功している人たちは移動が多い。

結局、私たちは環境の生き物だ。

環境によってすべてが決まる。

人生を変えるというのは環境を変えるのと同じ。

楽しい人生に変えるというのも、楽しい環境に変えるのと同じ。

定住するということは、環境が定まるということであり、人生が定まるということ。

定住とは人生を固定することにほかならない。

過去に縛り付けることにほかならない。

例えば会社員という生き方。

「選択肢を増やす」ということを考えたときに会社員が最悪である。

なぜなら、「誰と働くか」「どこで働くか」「いつ働くか」が自分で選べないからだ。

これは地獄以外の何物でもないだろう。

何が怖いかというと、日本社会では「誰と働くか」「どこで働くか」「いつ働くか」が選べないから。

冷静に考えれば、この3つが選べない時点で人生を奪われたようなものだ。

まず考えるべきは、「どうありたいか」だ。

そのときに「誰と働くか」「どこで働くか」「いつ働くか」という視点で考えるのがいい。

私たちがやるべきは、環境を選ぶ自由をいつも持っておくことだ。

自分の生きる環境に関する選択肢を持つことで、人生をコントロールできるようになる。

と、これらが著者の主張である。

著者は別に持ち家を否定しているわけではない。

ただ、同じ環境に安住することを戒めているに過ぎない。

成長するためには、意識して環境を変える取り組みをすべきだろう。

2019年6月16日 (日)

奇跡の営業/山本正明

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 紹介で営業に出向くということは、登山にたとえるなら五合目、六合目から登れるようなもの。営業先に困らなくなるだけではなく、契約率も格段にアップするのだから、仕事に関しては五合目から登らない手はありません。

著者は「紹介率80%」を誇る、ソニー生命のライフプランナーだ。

なぜ、技術者あがりの口下手な著者が営業の世界で成功できたのか?

結論から言うと、「紹介」に焦点をあてた独自の営業スタイルを確立したからだ。

紹介営業というと多くの営業パーソンがやっている。

決して新しい手法でもない。

重要なのは紹介を「最重要視」しているかどうかだ。

その意味で、契約をとることより、本気で紹介をもらうことを重視して営業している人は、残念ながら、ほとんどいない。

著者はこのような紹介を最重要視する営業を〝山本流〟と呼んでいる。

〝山本流〟では、話し上手かどうかは関係ない。

むしろ口下手な人ほど紹介をもらいやすいという側面さえある。

実際にやることといえば、極めてシンプル。

①アンケートをつくる

②商品の説明後、アンケートを書いてもらう

この二つである。

人は誰しも「自分が知っていることを教えてあげたい」「相手を喜ばせてあげたい」という奉仕の精神をもっている。

その気持ちに沿うように商談を進めていけば、ごく自然と紹介は生まれる。

そしてそのためには「うまく聴く」こと。

相手にしゃべりたいことを存分にしゃべっていただき、「話したいことはすべて話した」という達成感をもってもらう。

それが「うまく聴く」ということ。

そして、アンケートでは「よかったところベスト3」を書いてもらう。

なぜか?その理由は、

①お客様からほめてもらうことで営業マンの自己肯定感を高める

②お客様が喜ぶポイントを知ることで自分の強みを発見する

③お客様に「いい商談だった」と認識していただき満足度を高める

④紹介をお願いする際の切り口とする

以上四つである。

著者は紹介というのは日本の文化だという。

お互いがお互いを気遣い、助け合う。

いいものをみんなに紹介して共有する。

そして、幸福の輪が広がっていく。

それは日本の文化そのものだと。

そして、そんな文化が根づけば、人々の絆は深まり、ずっと安心して暮らせる国になるはずだと。

恐らく著者のこの紹介営業への熱意が著者をトップ営業マンにしたのだろう。

何事も一つのことを極めることが大事だということを本書は教えてくれる。

2019年6月15日 (土)

人に困らない経営/森本尚孝

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 企業を構成する要素はさまざまだが、社員はその中でも次元の違う存在である。社員一人ひとりは会社そのものであり、社員一人ひとりの一挙手一投足が会社を代表している。


著者が社長を務める三和建設は、1947年に創立された創業70年を超える中堅ゼネコンである。

社員数は125名。

三和建設の経営理念は「つくるひとをつくる」というもの。

経営理念でうたっていることは嘘でなく、まさに人を大切にする経営をしている。

重要なことは、個別の取り組みの有効性や独自性ではなく、それらを貫く基本理念にこそある。

企業経営における基本理念を明確化し、その経営理念について個別の施策の一貫性を担保する経営手法は理念経営と呼ばれる。

著者は「つくるひとをつくる」という経営理念をつくるにあたり、三つのことを考えたという。

第一に、「誰もが簡単に諳んじることができるほどにシンプル」な経営理念にしたいと考えた。

第二に「全社員にとって共感でき、かつ等距離に当事者性がある」言葉にしたいと考えた。

第三に、「時代を超えた普遍性がある」ものにしたいと考えた。

そして経営理念を具現化するために、次のことを行っている。

一つは、ひとたび社員として迎え入れたら、その人に能力があろうがなかろうが、なんとしても活躍の可能性を追求するということ。

もう一つは、社員の新規採用は、会社のためではなく、既存社員のために行うということである。

経営理念の策定以上に重要なのは、その運用である。

重要なことは、①経営理念の意味づけ、②経営理念と実際の取り組みとの整合性確保、の2つである。

まず①経営理念の意味づけについてであるが、経営理念は単なる言葉に過ぎないので、そこに意味をもたせ、その概念を広げていく努力が必要である。

そのためには、経営者自身の責務として、とにかく理念を繰り返し伝えていかなければならない。

同じことを繰り返し伝えることを面倒くさがる人は多いが、誰にどう思われようとも必要なことは何回でも繰り返すべきである。

そして、②経営理念と実際の取り組みとの整合性確保については、経営理念をあらゆる取り組みや事象と無理やりにでもくっつけていく。

実際、三和建設の取り組みはすべて「つくるひとをつくる」という経営理念と直結している。

例えば、多くの会社は、売上・利益を拡大したいという目的がある。

それを実現するために社員一人ひとりの活躍が必要だと考える。

これは社員の活躍を、売上・利益という目的を達成するための手段と考える経営の思考プロセスである。

もちろん、これが悪いといっているわけではない。

しかし、三和建設の場合は、まったく逆の順番になる。

すなわち、「つくるひとをつくる」という理念にもとづいて、社員を活躍させるという目的がある。

そして、すべての社員が活躍するために売上と利益が必要となる。

つまり、売上と利益は手段なのである。

売上のために社員が必要なのではなく、社員活躍のために売上が必要であるというのが三和建設のスタンスである。

それが「人に困らない」経営という結果につながっている。

経営理念が飾り物となっている企業が多い中、三和建設の理念経営の取り組みは、多くの気づきを与えてくれる。

2019年6月14日 (金)

常識の壁をこえて/ダン・S・ケネディ

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 思考は、体制をくつがえす。革命を起こす。秩序を打ち壊す。まったく、恐ろしい代物だ。思考は、特権や、既存のシステムや、快適な習慣には容赦しない。そして平気で地獄の淵をのぞき、恐れることを知らない。
 思考は偉大であり、迅速であり、自由である。それは世界を照らす明かりであり、人間のもつ最も偉大な能力である。
 バートランド・ラッセル(哲学者)


成功を阻む最大の障害は、実はみずからの心のあり方にあったりする。

ある人間が「できること」と「できないこと」を決めるのは、その人のセルフイメージだ。

意識的に目標を定めて、意識的に考え方を変えても、それが無意識のセルフイメージや信念と合致しなければ、効果は乏しく長続きもしない。

どんなにポジティブ思考を心がけても、どんなに強い決意と自制心をもとうと努めても、ネガティブなセルフイメージを打ち消すことはできない。

言い換えれば、セルフイメージと矛盾する決意を立てても絶対にうまくいかないということだ。

ダイエットが長続きしないのも、新年の誓いが三日坊主に終わるのも、これで納得がいく。

無理してポジティブに考えようとしたり、モチベーションを高めたりするのは効果がない。

むしろ、しっかりしたセルフイメージの土台をつくり、綿密な目標を立て、現実的なプランとノウハウをもつように心がることだ。

そうすれば、おのずと将来を楽観できるようになり、ポジティブに考え、行動できるようになる。

成功者は成功者というセルフイメージを持っている。

いつも失敗する人は、いつも失敗する人間というセルフイメージを持っている。

まずはよいセルフイメージを持つことが大事だということだろう。

2019年6月13日 (木)

アベノミクスが変えた日本経済/野口旭

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 白川日銀はリーマン・ショック以降も、量的緩和のような非伝統的金融政策については、きわめて消極的な態度を貫いた。それは結果として、日本経済に深刻な円高とデフレ、そして失業をもたらした。民主党は結局、政権に就いた2009年9月以降、その状況に大いに苦しめられることになる。しかし、民主党はそれを誰のせいにもすることができなかった。というのは、白川日銀の事実上の生みの親が民主党であったことからすれば、それは民主党自身の責任でしかなかったからである。


日本は長い間デフレに苦しんできた。

デフレの厄介さは、それが人々の心理に定着すると、それがデフレをさらに強化してしまう点にある。

物価が今後とも下落し続けると人々が予想するなら、人々はモノの購入をなるべく先送りしようとする。

その結果、企業は将来への投資をなるべく手控えようとする。

それらは、経済をさらに収縮させる。

つまり、デフレはデフレを呼ぶわけである。

1990年代以降の「日本の失われた20年」とは、何よりもデフレ、すなわち継続的な物価下落とともに日本経済が収縮し続けていた時代であった。

にもかかわらず、その間の歴代政権は、デフレをどのように把握し、それにどう対処すべきかを、十分に明確にすることはなかった。

第二次安倍政権が成立した後に示された経済政策指針、いわゆる「アベノミクス」は、はじめてのデフレに対する具体化された対策だった。

アベノミクスは、第一の矢=大胆な金融政策、第二の矢=機動的な財政政策、第三の矢=民間投資を喚起する成長戦略という「三本の矢」からなる政策戦略である。

こうした政策戦略の基本的な枠組みを提供していたのは、リフレ派と呼ばれていた一群の経済学者およびエコノミストたちであった。

リフレ派とは端的にいえば、日本経済の再生のためにはまずはデフレ脱却が必要であり、そのためには金融政策の転換が必要と主張していた論者たちの集団である。

リフレ派によれば、デフレは不況の結果であると同時に、それ自身が不況の原因となる。

というのは、総需要不足によって物価が下落すれば、単に企業の収益が減少するだけではなく、金利が実質的に高くなる。

あるいは債務が実質的に増加することによって、総需要がより一層減少してしまうからである。

したがって、仮に財政政策などによって総需要を一時的に増加させても、デフレが続く限り、それは穴の空いたバケツの水のように減り続ける。

リーマン・ショック後の日本経済は、円高とデフレの相乗効果によって、まさにもがき苦しんでいた。

円高は輸入品価格を割安にし、輸出品価格を割高にすることから、デフレをより一層厳しいものにする。

その円高とデフレは、企業の収益を減少させ、株価を下落させ、雇用を減少させ、失業を増加させる。

端的にいえば、それが白川日銀時代の日本経済に生じていたことである。

この状況を変えるために行うべきことは、きわめて明らかであった。

それは、「日銀が他の主要中央銀行に負けないくらい十分に金融緩和あるいは量的緩和を行う」ことである。

黒田日銀の「異次元金融緩和」とは、それに尽きている。

それでは、インフレ目標政策の目的とは何か。

それは直接的には「2%インフレ率の達成」そのものである。

しかし実は、インフレ目標政策の本来的な目的は、物価それ自体にあるのでは必ずしもない。

より重要なのは、望ましい雇用と所得の達成および維持である。

中央銀行が2%程度のインフレ率を目標とするのは、それ自体が望ましいからではなく、それによってより低い失業率とより高い所得が実現できるからである。

黒田日銀は当初、2%インフレ目標すなわち2%の消費者物価上昇率という目標を、異次元金融緩和を開始して2年後の2015年度には達成すると宣言していた。

実際、消費税増税が実施される2014年4月時点では、消費者物価に関するいくつかの指標は、1%代半ばの上昇率に達していた。

その上昇の流れを止めたのは、2014年4月の消費増税であった。

その後の展開は、日銀にとってはまさに苦難に満ちたものとなった。

消費税増税によって生じた民間消費の落ち込みは、駆け込み需要の反動減では説明できない想定外の大きさであっただけでなく、その長さもまた異例であった。

しかし、その後、経済は回復傾向にある。

その恩恵をもっとも受けているのは若者であろう。

今、新卒は完全に売り手市場である。

新卒の就職市場がこのように改善してきた基本的な理由は、まったく明らかである。

それは、企業がこれまでのように単に正規雇用を非正規雇用に置き換えるのではなく、積極的に正規雇用を増やし始めたからである。

そしてそれは、日本の労働市場が徐々に完全雇用に近づきつつある。

そこで労働市場に何が生じるのかは、ほぼ予見可能である。

まず、非正規労働市場での従業員確保が、企業にとって次第に困難なものになっていく。

その結果、企業は労働力の確保のためには、正規雇用を増やす以外には選択肢がなくなる。

それは、これまで一方的に拡大し続けてきた不本意非正規労働者が、ようやく減少し始めることを意味する。

要するに、これまでの正規雇用から非正規雇用へという労働市場のトレンドが、明確に反転し始めるということである。

そのトレンドの反転は、既に2016年頃から、徐々に現れ始めている。

このように振り返ってみると、アベノミクス様々な問題はあるものの総体的に機能しているといってよい。

懸念材料は、今年10月に予定されている消費税増税である。

個人的には中止してほしいと思っているのだが、どうだろう。

また、同じ過ちを繰り返さねば良いのだが。

2019年6月12日 (水)

日本人の勝算人/デービッド・アトキンソン

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 アメリカの生産性は1990年代に飛躍的に向上しました。一方、日本の生産性は、まったくと言っていいほど上がりませんでした。なぜこの違いが生まれたのでしょうか。それは、アメリカでは多くの企業が技術革新の効果を最大限に引き出すために、組織を大幅に刷新し、仕事のやり方を大胆に変えたのに対し、日本では技術導入はしたものの、組織や仕事の仕方に手をつける企業が少なかったからです。そのため、日本は生産性を上げることができなかったのです。


日本で今まさに起きているパラダイムシフトの原因は、人口減少と高齢化だ。

日本では、これから、人類史上いまだかつてない急激なスピードと規模で、人口減少と高齢化が進む。

人口が右肩上がりで増えるというパラダイムが、右肩下がりに減るというパラダイムにシフトしたのである。

日本は少子高齢化と人口減少問題を同時に考えなくてはいけない、唯一の先進国である。

これが重要なポイントだ。

高齢化が進めば進むほど、介護などの需要が高まり、人を多く要する生産性の低い仕事が増え、ひいては格差が広がることも考えられる。

このことは、生産性向上に悪影響を与え、所得の上昇をさまたげる。

総括すると、日本は社会保障のためにGDPを維持する必要があるが、人口減少と高齢化によって需要が構造的に減る。

日銀は銀行に流動性を供給しているが、民間のニーズがないため、このままでは流動性が市中に流れない。

そうであるならば、個人消費を増やすための別の政策が必要になってくる。

それが「賃上げ」だ。

通貨量をきちんと増やしながら、賃上げを継続していく。

それができれば、総需要は縮小せず、モノとサービスの均衡が回復して、インフレを実現することも可能だ。

このパラダイムシフトは、デフレ圧力を吸収し、日本経済を活性化する。

日本でGDPを減らすのは自殺行為だ。

結局、何をどう検討しても、人口減少・高齢化による総需要減少を、賃上げによって相殺するしかない。

それには生産性を向上させ、付加価値を高めていくしかない。

論理的に分析すればするほど、結論はここに辿り着く。

「いいものをより安く」という戦略は、人口が増加している時代には非常によい戦略だった。

いいものをより安くすると新しい需要がどんどん生まれるので、単価は下がるが、それ以上に売上が増える。

最終的には利益額も増え、皆が得をする戦略だった。

よりたくさん売ることによって、規模の経済も働く。

しかし、「いいものをより安く」という戦略は、厳しい言葉で言うと、優秀な労働者さえいればどんなバカな経営者にも可能な戦略だ。

その分、労働者に大きな負荷がかかる。

2016年の World Economic Forum のランキングによると、日本の人材評価は世界第4位だ。

本来であれば、ここまで人材の評価の高い国であるならば、人材を上手に活かしさえすれば、大手先進国で最高水準の生産性と所得水準を実現するのも可能なはずだ。

にもかかわらず、現在の体たらくに、長年の人口増加が生み出した日本の経営者の無能さや国民の甘えが如実に表れている。

日本以外の国では、生産性と人材評価の間に強い相関関係がある。

また、人材評価と最低賃金にも深い関係がある。

しかしながら、日本だけは人材評価が高いのに、最低賃金が低く、生産性も低い。

低い生産性の問題、国の借金の問題、財政再建の問題、福祉制度の問題、ワーキングプアの問題、女性活躍の問題、子どもの貧困の問題、少子化の問題、消費税の問題、地方創生の問題。

日本には実にたくさんの深刻な問題がある。

しかし、これらの問題の根っこはたった1つ。

最低賃金が低いこと。

ここにすべての問題の根源がある。

と、これが著者が本書で訴えていることだ。

正確な分析に基づく主張なので、説得力がある。

問題は、経営者をどう動かすかだろう。

2019年6月11日 (火)

目標達成フレームワーク39/手塚貞治

Photo_74 フレームワークとは、「物事を認知して思考するための枠組みのこと」です。

目標達成するために、フリーハンドで考えることもできる。

しかし、それだとどうしても時間がかかるし、またバランスを欠いたものになりがちだ。

そこで登場するのがフレームワークだ。

フレームワーク思考の背景にある考え方が、「MECE」だ。

「MECE」とは、「Mutually(相互に)Exclusive(重複なく)andCollectively(集合的に)Exhaustive(モレなく)」のそれぞれ頭文字を取ったもの。

いわゆる「モレなくダブリなく」というもの。

それによってゼロから考えるより、より早くゴールにたどつくことができるようになる。

例えば目標を達成するためにはそのための手段が必要となる。

その場合、全ての選択肢を検討できる思いつきで考えると、思いついた順番で決めてしまいがちだ。

せいぜい2つか3つ目までの選択肢で決めつけてしまうことになる。

フレームワークで考えると、優先順位がつけられる全ての選択肢を網羅的に検討できるので、優先順位もつけやすくなる

実現の可能性が高まる全ての選択肢を網羅的に検討するというと、一見まどろっこしい作業に思えるかもしれない。

しかし、「急がば回れ」だ。

単に思いつきで始めた場合は、確信が持てないため、ちょっとうまくいかないことがあると、そのままなし崩しになってしまいがちになる。

結局、目標を達成できないということになる。

例えばフレームワークの一つとしてSWOT分析という手法がある。

強み・弱みを分析するSWOT分析というものも、使われ出してから半世紀が経とうとしており、相当ポピュラーなものとなった。

これは、自社の強み(Strength)と弱み(Weakness)、外部環境の機会(Opportunity)と脅威(Threat)の4項目で分析するという手法で、その頭文字をとって、SWOTと呼ぶ。

経営戦略の世界ではもはや古典の部類に属するフレームワークといっていいわけだが、にもかかわらず今でも使われているということは、それだけフレームワークとして秀逸だからということだろう。

私自身も企業の戦略を経営者と一緒に考えるときによく使う。

本書ではこのようなフレームワークが39紹介されている。

全てを身に付ける必要はなく、いくつかを使えるようになればよいのではないだろうか。

2019年6月10日 (月)

なかなか自分で決められない人のための「決める」技術/柳生雄寛

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 決め方のノウハウとは何か。それは、次の11項目をすべて具体的に埋めることです。
 ①誰が/②なぜ/③何を/④誰に/⑤誰のために/⑥誰と/⑦いつからいつまで/⑧どのように/⑨いくらで/⑩いくつ/⑪どこで

決められないことにはいくつかの原因がある。

例えば、目的がはっきりしないこと。

何かを決断するうえで、目的はとても重要だ。

目的が明確になっていれば、その目的に合っているかどうかでその決断の正しさを判断することができるからだ。

目的とは決めるときの判断軸になる。

軸があいまいだと、当然判断ができない。

結果、決められない。

これはよく起こること。

また、慎重になりすぎても決められない。

多くの決められない人は、失敗しないために、正しい決断をしなければいけないと思い込んでいる。

そして、その思い込みが強い人ほど、なかなか決断できない。

また、一度失敗したら落ち込んでしまう。

そして、負のスパイラルに陥ってしまう。

決断できない人は、このタイプだ。

更に、決断できる人は、常に「自分が決断している」ということを意識し、明確な意思を持って決めている。

一方、決断できない人は、強く意識することなく、「なんとなく」決めていることが多い。

では「決める」とはどういうことか。

それは「行動する」こと。

「決める」と「行動」はセット。

行動までできてはじめて、本当に「決めた」といえる。

ではどうして行動できないのか。

それは上記11項目が不明確だから。

あるいはその中のどれかが欠けているから。

11項目をすべて埋めることができなければ、「決める」にはならない。

ただ単に「思っている」だけで終わってしまうことになる。

「思う」と「決める」の境界線はここにある。

たとえば、「どこで」が欠けている人は「どこで」を考えられない。

「いくつ」が頭にない人は「いくつ」のことが考えられない。

キーワードがないから、考えることすらできない。

このように、これら11項目のどれか一つが欠けるだけで、人は動けなくなるものなのだ。

さらに、自分が決めるだけでなく、相手に決めさせるときにも、この11項目はとても重要だ。

会議や打ち合わせでも、この11項目を一つひとつ検討していけば、速く決めることができるし、すぐに行動に移せる結論が出せるようになる。

この11項目、決めるためのチェックリストにしても効果的なのではないだろうか。

2019年6月 9日 (日)

最高のコーチは、教えない。/吉井理人

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「おまえ以上におまえのことを知っているのは、このチームにはいない。だから、おまえのピッチングについて、俺に教えてくれ。そのうえで、どうしていくのがベストの選択かは、話し合いながら決めていこう」


著者である吉井氏が選手時代、メジャーに移籍した時、ニューヨークメッツののアポダカコーチからこう言われて驚いたという。

なぜなら日本でコーチからそんなことを言われたことがなかったからだ。

日本では、コーチが自分の尺度で選手を見て、自分の尺度に合わなければ自分がやってきたように修正するのが一般的だ。

ところが、アポダカコーチは、吉井選手がどんなピッチングをやりたいかをはじめに聞き、その方向性に沿ったアドバイスをしようと考えた。

アポダカコーチの言葉を聞いて、著者はこの国でやっていけるかもしれないと思ったという。

どうすれば相手のモチベーションを高め、能力を引き出し、高い成果を挙げることができるのか。

これはアスリートに限らず、部下を持つ上司の最大のテーマだ。

そのカギを握るのは、「教える」のではなく、自分の頭で考えさせるように質問し、コミュニケーションをとる「コーチング」という技術にある。

コーチのアドバイスは、本来、選手にとっては邪魔なものである。

だからこそ、コーチは自分の経験に基づいた言葉だけでアドバイスするのは避けるべきだ。

選手の言葉の感覚をしっかりとつかみ、その感覚でアドバイスしてあげなければならない。

重要なのは、常に選手を観察することだ。

観察し、その変化に敏感にならなければならない。

そして上手に質問し、選手に考えさせ、それを言語化させる。

自分のパフォーマンスをうまく言語化できる選手は、調子の波が小さい。

言語化がなかなかできない選手は、調子の波が大きい。

調子が悪い状態をうまく表現できなければ、コーチも対処のしようがない。

そのため、なかなか悪くなった状態を改善することができない。

海外のチームスポーツの人たちには、ケミストリーという意識が強くある。

日本語に訳すと化学反応という意味だ。

化学反応は、個と個が交じり合うことで、別の何かが生まれることを指す。

あくまでも個人がベースとなり、その強みが交じり合うことでチームに変化をもたらし、それが勝利につながるという考え方だ。

日本は違う。

チームのために個を殺す。

チームワークという言葉は同じでも、その意味するところは真逆である。

スポーツの世界でもビジネスの世界でも、育成の仕方について転換期にきているのではないだろうか。

2019年6月 8日 (土)

プレイングマネジャーのルール/小池浩二

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 プレイングマネジャーはマネジメントバランス担当比率を70%以下にすることを目指すべきです。そのためにはサブリーダーにマネジメントを委ねていき、工数を減らさなければ現実的にチームに戦術機能は根付きません。つまりチームを動かす仕事を任せていくことが必要なのです。


プレイングマネジャーは日本の造語である。

欧米にはそのような言葉はない。

そのような実態もない。

欧米ではマネジャーはマネジャー、プレイヤーはプレイヤーである。

さらに言えば、日本でプレイングマネジャーと言われている人たちは、実際にはほとんどプレイヤーとしての仕事しかしておらず、マネジメントはしていないというのが実態である。

大事なことは、プレイングマネジャーがちゃんとマネジメントの仕事をすること。

そのためには、仕事を全部自分でやることをやめ、部下に任せることである。

実際、今、一人のリーダーだけでは対応しきれないケースが増えている。

一部の人間が兼任で組織を動かすのではなく、必要な役割機能ごとにサブリーダーや中堅社員の方々にJOBリーダーの役割を担当してもらう必要が出てきている。

組織内のレベルを変えて、全社員で組織を動かすことが求められている。

リーダー一人があくせくやってもしようがない。

全メンバーが自分の役割に対してあくせく努力するから、結果として目標が達成できやすい。

「参画」とは自ら考え、判断し、行動し、責任を取ること。

メンバーシップとは、メンバー全員がリーダーと同じ気持ちの組織を目指す考え方。

組織が出す結果に対して「リーダー」が及ぼす影響力は1~2割といわれ、「チームメンバー」が及ぼす影響力は8~9割との調査がある。

つまり、組織改革を始めるのはリーダーだが、完遂させるのはチームメンバーなのだ。

メンバーシップが、リーダーやチームメンバーに対して働き始めると、以下の効果が出る。

・指示待ち的な姿勢が、自律的に考えて行動する姿勢に変わる

・人間的な好き嫌いに依存することなく、上司と仕事をするようになる

・上司の立場で考えることにより、マネジャーとしての予備的訓練になる

・一匹狼的な動きが、他メンバーと協働する動きに変わる

・メンバーが自律的に動くことで、スピード変化に対応し、「自ら考える組織」へと変わる

とこのように言われている。

つまり、メンバーが動きやすい環境をつくり、メンバーの力を借りて成果を出すことが組織運営の要諦と言える。

そのためのポイントは7点ある。

①仕事における一人ひとりの役割・関わりを、メンバーと話し合う

②自分(リーダー)が何を評価し、期待しているかを伝える

③メンバーが自分で考え・判断して取り組む仕事の機会を増やし、フォローする

④気になる報告・連絡があれば、必ず何が起きているかを一緒に確かめる

⑤一人で仕事を抱えこまずにチームの問題として解決していくことを理解させる

⑥本人のレベルアップを認め、これからの課題を共有化する

⑦チームにとって必要な人財であることを伝える

そして組織運営の最大ポイントは、チームを同じ方向に向かせること。

人は誰でも「自己重要感」を求めている。

自分自身に関心をもっているエゴイストであるし、「さすがにあの人ならでは、だ」と認められたいもの。

人は誉められればうれしいし、それが自信につながる。

プレイングマネジャーは、メンバー一人ひとりに明確な役割を与えることによって自己重要感を与え、組織を動かす必要があるということであろう。

2019年6月 7日 (金)

世界一のおもてなし/宮崎辰

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 サービスの個人技を磨く第一歩は、休みの日に外に出かけることなのです。

2012年の「クープ・ジョルジュ・バティスト」サービス世界コンクール東京大会で見事に優勝し、「世界一のサービスマン」となった著者が、サービスについて述べている。

サービスマンはどうやって個人技を磨くのか。

その第一歩は、実は休みの日に外に出かけることだという。

レストランの中で働く、その時間だけ一生懸命頑張っていると、どうしてもレストラン内の数少ない人間関係の中で生きていくことになる。

それはそれでとても大切なのだが、それだけでは人間が小さくなってしまう。

著者自身、休みの日には世界一のサービスマンを目指して勉強会に通ったりコンクールに出場したりしてきたことで、多くの素晴らしい方々と出会うことができたという。

他のレストランにも志の高い方々はいる。

彼らとの交流はとてもためになる。

もちろん、自分を磨く場は勉強会やコンクールだけではない。

別に、勉強でなくてもよい。

とにかく、休みの日こそ早起きして外に出ること。

外に出なければ、なにもはじまらな。

良い出会いも悪い出会いも訪れることはない。

良いことも悪いことも含めて、なんでも経験すること。

それが人としての深みを増し、ひいてはサービスマンとしての深みも増すのだという。

これはサービスマンに限らず、プロを目指す全ての人に共通することでなないだろうか。

2019年6月 6日 (木)

いまこそ知りたいAIビジネス/石角友愛

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 あるリサーチファームの研究によると、AIが経済に融合したら、日本のGDPは現在の3倍以上に伸びるという。アメリカの伸び率は1.7倍なので、ポジティブな見方をすれば、日本は「AI伸びしろ」が大きいといえる。このチャンスを逃すべきではない。

ひと言でいうと、AIビジネスとは、「AI技術を使って企業の課題を解決する方法を提案し、実装すること」。

そして、AIビジネスデザインとは、「経営者や事業担当者とデータサイエンティストの間に立ち、AIビジネスを創造する仕事」である。

電気や電話やインターネットがそうであったように、AIは近い将来、間違いなく私たちの生活のインフラになる。

AI導入は企業サイズにかかわらず、「今やらなければ手遅れになる」状態にあるというのが世界的な共通認識だ。

AIビジネスに携わる人間からすれば、AIとは学問領域の名前や、機械学習、ディープラーニングなどの手法の総称という理解が一般的だという。

ところが世間では、AIを〝ロボット的な何か〟と考えている人が多い。

AIビジネスを考えるうえでは、この擬人化が弊害になる。

AIビジネスにかかわる人間は、「AI」を一人称の主語として使わない。

AIは、火や電気やインターネットと同様で、単なるツールでしかない。

むしろAIの導入によって、8時間の勤務時間のうち、6時間が浮いたのであれば、その時間をより重要な仕事に充てることができる。

今、日本は高齢化と少子化で、慢性的な人手不足だ。

この先はより一人あたりの生産性を上げていかないと、国際競争の中で生き残っていけない。

機械に任せられる部分は任せ、限りある時間を人間にしかできない仕事に充てていくと考えることは重要である。

これからは、AIに仕事が奪われる時代になるのではなく、AIを使いこなしてより良い仕事をしてキャリアアップしていく人と、そうでない人に分かれる時代になる。

トーマス・フリードマンは書籍の中で、今後生き残れるのは3つのタイプの人材と書いている。

ここで示される3つのタイプの人材は、AI時代に必要とされる人材とほぼ共通している。

ひとつは、「特化型」。

代替のきかない特化した高度でプロフェッショナルな技術を持っている人。

たとえば誰にも真似できない自分の商品と市場を持っている人がこれにあたる。

芸能人やアスリート、国立がんセンターで癌患者のオペを行なう医者や研究者など、簡単にAIで踏襲できないスキルを持った人があげられる。

その次に言われているのが、「グレート・アダプター」と呼ばれる「適応者」。

これは高い技術力を持っていて、市場で何が求められているかを考えながら、自分をいろいろな場所に適応させることができる人と定義される。

そして最後のひとつが、「シンセサイザー」と呼ばれる「合成役」。

これは、異業種の人材をまとめて動かす、コミュニケーション能力が高い人材を指す。

AIで仕事が自動化すればするほど、最後に残るニーズはAIで吐き出されたデータをどう価値に変えて、どう事業に結びつけていくかを考えることが必要になる。

これは、まさに「合成役」の仕事だ。

日本ではいまだに「AIに仕事を奪われる」論が幅をきかせているが、まずこの発想を変えることが必要なのではないだろうか。

2019年6月 5日 (水)

決定版サイバーセキュリティ/ブループラネットワークス

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 多くの国では、サイバー攻撃をWMDに分類しています。ペンタゴン(米国国防総省)の国防脅威削減局にはサイバーセキュリティ課が存在します。つまり、今やアメリカをはじめとする世界各国は、サイバー攻撃を核兵器や生物・化学兵器に匹敵する脅威だと考えているのです。


WMDとはWeapons of Mass Destruction の頭文字をとったもの。

大量破壊兵器の略称である。

人を大量に殺傷したり建造物などを大量に破壊したりする能力を持った兵器で、一般に、核兵器、化学兵器、生物兵器、放射能兵器のことを言う。

以前起こったコインチェック事件、日本年金機構情報流出事件、ベネッセ顧客情報漏洩事件、日本航空ビジネスメール詐欺事件、江の島の猫の遠隔操作事件は、すべてサイバー攻撃による犯罪である。

サイバー攻撃は、日常生活の奥深くに潜んで、こっそりとおカネを盗んだり、動画を撮影してばらまいたりしている。

日々の行動を監視、盗み見され、そしてそれらの情報がデータとして蓄積され、私たちが意図しない別の目的に利用される。

個人情報の売買には、すでにビジネスとして成立している成熟したブラックマーケットがある。

クレジットカード詐欺をしようと思った不届き者は、メール1本でブラックマーケットから個人情報を購入することができる。

確かな証拠があるわけではないが、ロシア、中国、アメリカ、朝鮮民主主義人民共和国などは、国家レベルでサイバー攻撃を行っていると見られている。

証拠がないのは、痕跡が残るような稚拙なミスを犯さないプロ集団による攻撃だから。

サイバー攻撃はすでに、国家による攻撃、つまりサイバー戦争の段階に足を踏み入れているということができる。

中国には2万人から10万人、アメリカには9000人、朝鮮民主主義人民共和国には7000人、ロシアには2000人のサイバー戦闘員がいると推測されている。

特に、北朝鮮には、サイバー攻撃による国家ぐるみの〝銀行強盗〟の疑惑がある。

サイバー攻撃を仕掛けるとき、自国のサーバーから直接相手国のシステムを攻撃する必要はない。

多くの場合、複数のサーバーを経由し、その痕跡を消し去っているため、発信源を特定するのは非常に困難。

実行犯が特定されにくいため、報復を受ける危険性が非常に小さくなる。

サイバー攻撃を受けた側は、加害国がどこであるのか概ね見当はついても、確たる証拠はない。

そのため、サイバー攻撃を受けたことを理由に、軍事的に報復しても、国際世論の支持は得られない。

そして、これからは、もっとたいへんなことになる。

あらゆるものがインターネットにつながるIoT時代がすぐそこに来ているからだ。

IoTとは、Internet of Things の略。

建物や電化製品、自動車、医療機器など多種多様なモノがインターネットに接続され、相互に情報をやりとりすることを言い、インターネットに接続できるモノをIoTデバイスと呼ぶ。

IoTの世界では、例えば、テレビやエアコンなどを外出先からコントロールできるようになる。

あらゆるものがインターネットでつながる世界では、サイバー空間でさまざまな情報の送受信が頻繁に繰り返される。

別の言い方をすると、サイバー空間では私たちの生活が丸裸にされているということ。

それが新たな脅威となる。

電力、水道、ガスなどのインフラ施設がすべて停止すれば、瞬く間に都市生活は崩壊してしまう。

病院が狙われたら、多くの命が瞬時に奪われてしまう。

想像を膨らませると切りがないが、そんな危機がすぐそこに迫っている

そこでカギを握るのは5Gである。

5Gのシェア拡大がそのままサイバー空間の覇権につながる。

今の米中貿易戦争の背景にもこのことがある。

5Gの覇権を米中のどちらが握るのか?

どちらの国にも問題があるのだが、少なくとも中国にサイバー空間を支配されたくないというのが多くの日本国民の本音ではないだろうか。

2019年6月 4日 (火)

絶対達成マインドのつくり方/横山信弘

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 思考を「あたりまえ化」するだけで、結果的に、あなたは「どんなことでもできる」という自信に満ちあふれることになるのです。

本書のテーマである「絶対達成マインド」とは、期限内にやりたいことを達成してしまうマインドのことを指す。

「自信」と言ってもいい。

「意気込み」「やる気」「気合い」などの精神論、根性論とはまったく別のもの。

自信をつけるのに「モチベーション」は必要ない。

「絶対達成マインド」のキーワードは、なにより「自信」

目標を達成する人は「どうすれば達成できるか」を考える。

それに対して目標を達成できない人は、最初から「達成できない場合、どう言い訳するか」を考える。

目標のノルマが高いか低いかは関係がない。

目標達成が「あたりまえ化」している人は、期限まで数え切れないほど考える。

どうすれば達成するかを考える。

「朝10時にお客様を訪問する」という目標があったとする。

思考が「あたりまえ化」している人は、「朝10時にお客様を訪問する」という目標から常に逆算した行動をとる。

なので、「時間が未来から流れてくる」

しかし、「できるかぎり朝10時に行く」という人は、目標から逆算できない。

結果、「時間が未来に向かって流れていく」ので、遅刻する可能性が大きくなる。

決めたのにやりきれない、結果を達成できないのは、スキルがないからではない。

うまくいく方法を知らないからでもない。

思考が「あたりまえ化」していないことが根本的な原因。

そのためには脳のプログラムを書き換えることが必要。

脳のプログラムを書き換えるためには、「インパクト回数」が大事。

「わかっちゃいるけど状態」から「がんばる状態」へとステップアップするためには、意識の「インパクト回数」が大切。

行動を繰り返すことで「手っ取り早くうまくいく状態」にすることは誰にでもできる。

「絶対達成マインド」を身につけると、幸せになれる。

自分が幸せになれるという「自信」がつき、心の状態が安定するから。

そのためには「思考をあたりまえ化する」ことが大切ということであろう。

2019年6月 3日 (月)

戦略的な人の超速★仕事術/西村克己

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 時間は「支配する」という気持ちが大切です。どうしたら時間を捻出できるかを考えるのです。時間の奴隷になっている人は、時間がないことに注意を奪われて、仕事の優先順位を見失っている状態にあります。

やるべきことをやらなかった理由として一番多いのは「忙しかったから」というもの。

しかし、時間はつくるもの。

「忙しい」という言葉が出てくること自体、時間に支配されてしまっているしるしである。

時間を効果的に使い、時間を作り出す方法はいくつもある。

例えば、自分時間と他人時間を区別して、他人時間を減らす工夫をする。

アポイントメントをこなすだけでは、自分自身の能力を活かした仕事はできない。

忙しいだけで、何も創造できない。

主体性を持って考え、行動するためには、自分時間を増やすことが大切。

納期管理とスケジュール管理は、基本的に異なる概念。

納期管理は、納期が守られればいいという考え方。

スケジュール管理は、納期を守るためのプロセス管理が含まれている。

納期管理は結果管理、スケジュール管理はプロセス管理ともいえる。

仕事を完成させるためには、どのようなプロセスで、各プロセスにどれくらいの時間が必要なのかを見積もる必要がある。

そして、納期前に完了するよう、プロセスを管理するのがスケジュール管理。

「先手必勝」で、納期は前倒にする。

これによって時間を作り出すことができる。

2時間以上かかる仕事は、いくつかのステップに分解する。

仕事を小分けしたほうが、仕事にメリハリと達成感が得られる。

人間の集中力からすると、2時間以内で完結する仕事の量をひとまとめにした方が、効率がいい。

仕事をステップに分けると、分けた仕事一つひとつに要する時間が、大まかにも予測できる。

これによって時間を作り出す。

午前中に一日の仕事の50%を完了させる決意が、仕事の効率を飛躍的に向上させる。

午前中は一日の中で、最高のパフォーマンスを発揮できる時間帯。「

午前中を制する者は一日を制する」と言っても過言ではない。

目標を小刻みにすることで、前に進んでいるというスピードを楽しむことができる。

仕事でも前に進んでいるという実感があれば、仕事への充実感が高まる。

大目標を小目標まで具体的に要素分解すれば、何をやるべきか、また、今はどこの目標を達成するための取り組みをしているのか、位置づけがより具体的に見えてくる。

停留所があれば、バスが今いる場所がわかるように、仕事でも「停留所」を決めておくと、今どこまで来ているのかがわかる。

目標を小刻みにして達成感を味わうことが仕事の効率化につながる。

完璧主義を求めすぎると、なかなか結論を見いだすことができない。

ある情報からヒラメキが得られたら、70~80%くらい正しいと思ったら、仮説に置いてみる。

少ない情報で仮説を立てる習慣を身につけると、直観力や洞察力が高まる。

仮説思考ができない人は目の前の細かいことに目を奪われがちの人。

と、このように効率化の方法は多くある。

この中の一つでも実行し、自分のものとして身に付ければ、時間を作り出すことができるのではないだろうか。

2019年6月 2日 (日)

88.68%勝てる営業/大上二三雄、重松秀洋

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 勝つための営業活動プロセスを考えるときに重要なのは、買い手の動きを知るところからプロセスをスタートさせることです。

本書の著者が属するシップレイグループは「何をどの順序でやれば勝てるのか」ということだけを40年間にわたって注力してきたコンサルティング会社である。

そもそも「営業」とは何だろうか。

「営業」という言葉は、欧米では2種類の言葉を使い分ける。

1つはSalesで、もう1つはBusiness Developmentである。

本書のテーマであるシップレイメソッドとは、買い手の立場に立って、商談をうまくまとめるために、Salesのテクニックだけでなく、Business Developmentを重視する。

つまり、ビジネスそのものをどのようにまとめ上げていけば受注につながるのかを科学的・体系的に整理した手法である。

多くの営業は、勝つために必要なアプローチ、考え方や行動が組織の共通認識、共通言語になるように定量化、体系化できていない。

優秀な人のノウハウを暗黙知から形式知化することで評価されるようなしくみをつくり、組織のパフォーマンスを上げていくような体制ができれば、個人戦では出せないような大きな成果が生まれてくるはず。

シップレイメソッドを自分たちの提案営業プロセスとして身につけることで、何がどう変化するのか。

どのようなことが科学的に系統立てて再現性のあるものにできるのかというと、次のようなこと。

・自社が勝てる確率の高い案件を見極めることができる

・提案の無駄うちを防ぎ、組織と人財の疲弊をなくす

・自社の本当の強みと弱みを客観的に発見して手を打てる

・決まったものを売るセールスではなく、ビジネスを創出できるようになる

・顧客が「本当に求めているもの」を提供することで競合に打ち勝つ

・顧客がもっとも気にしていることを確実に押さえることができる

・リレーションが少ない案件も取りに行くことができる

・組織のリソースを部門を越えて活用できる

と、こんなことができるようになる。

従来はアートのように個人技だった提案営業を、科学的に系統立てて再現性のあるものにする。

誰がやっても何度やっても同じ品質でビジネスができる。

そのための営業プロセスをつくりあげることが重要だということではないだろうか。

2019年6月 1日 (土)

磯野家の年金/「磯野家の年金」編集部

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 「タラちゃんが大人になった時の年金制度はどうなっている?」や「定年退職した波平さんの年金生活ってどうなるの?」、「不況でフリーターになり、保険料を払えなくなったカツオ。将来、年金はもらえないの?」に「独身貴族、結婚しないワカメの年金ってどうなる?」というように「磯野家」に置き換えてみると、とても身近でわかりやすく理解することができると思います。

 


毎年のように「深刻な年金の○○年問題」といったニュースが、テレビや雑誌などで騒がれている。

根本の原因は少子高齢化なのだが、議論が進まない理由の一つとして、「年金はわかりにくい」という点がある。

そこで本書は磯野家をモデルにして「こんな時はいくら年金がもらえる」という形にして年金制度を説明している。

タラちゃんが41歳になる2050年、年金制度が崩壊するのか!?

一念発起、波平、会社をつくる。年金はどうなるのか?

サザエさん、スーパーでパートを決意、厚生年金に入るとソンなのか?

波平とフネがまさかの離婚、いったい年金はどうなるのか?

育児休暇をとったノリスケ、休暇中の保険料は免除されるのか?

交通事故で障害を負ってしまった波平、既に繰上げ給付を受けていた場合、障害年金は受け取れるのか?

波平さん永眠、フネさん、サザエさんは遺族年金を受け取れるのか?

等々、様々なケースを扱っている。

分かりやすさを狙った本なのだが、そのような形で説明してもやはりわかりにくい。

そもそも磯野家のような昭和の時代の家族形態はどの位あるのだろう?

モデル自体に問題があるようにも感じる。

 

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