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2019年6月13日 (木)

アベノミクスが変えた日本経済/野口旭

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 白川日銀はリーマン・ショック以降も、量的緩和のような非伝統的金融政策については、きわめて消極的な態度を貫いた。それは結果として、日本経済に深刻な円高とデフレ、そして失業をもたらした。民主党は結局、政権に就いた2009年9月以降、その状況に大いに苦しめられることになる。しかし、民主党はそれを誰のせいにもすることができなかった。というのは、白川日銀の事実上の生みの親が民主党であったことからすれば、それは民主党自身の責任でしかなかったからである。


日本は長い間デフレに苦しんできた。

デフレの厄介さは、それが人々の心理に定着すると、それがデフレをさらに強化してしまう点にある。

物価が今後とも下落し続けると人々が予想するなら、人々はモノの購入をなるべく先送りしようとする。

その結果、企業は将来への投資をなるべく手控えようとする。

それらは、経済をさらに収縮させる。

つまり、デフレはデフレを呼ぶわけである。

1990年代以降の「日本の失われた20年」とは、何よりもデフレ、すなわち継続的な物価下落とともに日本経済が収縮し続けていた時代であった。

にもかかわらず、その間の歴代政権は、デフレをどのように把握し、それにどう対処すべきかを、十分に明確にすることはなかった。

第二次安倍政権が成立した後に示された経済政策指針、いわゆる「アベノミクス」は、はじめてのデフレに対する具体化された対策だった。

アベノミクスは、第一の矢=大胆な金融政策、第二の矢=機動的な財政政策、第三の矢=民間投資を喚起する成長戦略という「三本の矢」からなる政策戦略である。

こうした政策戦略の基本的な枠組みを提供していたのは、リフレ派と呼ばれていた一群の経済学者およびエコノミストたちであった。

リフレ派とは端的にいえば、日本経済の再生のためにはまずはデフレ脱却が必要であり、そのためには金融政策の転換が必要と主張していた論者たちの集団である。

リフレ派によれば、デフレは不況の結果であると同時に、それ自身が不況の原因となる。

というのは、総需要不足によって物価が下落すれば、単に企業の収益が減少するだけではなく、金利が実質的に高くなる。

あるいは債務が実質的に増加することによって、総需要がより一層減少してしまうからである。

したがって、仮に財政政策などによって総需要を一時的に増加させても、デフレが続く限り、それは穴の空いたバケツの水のように減り続ける。

リーマン・ショック後の日本経済は、円高とデフレの相乗効果によって、まさにもがき苦しんでいた。

円高は輸入品価格を割安にし、輸出品価格を割高にすることから、デフレをより一層厳しいものにする。

その円高とデフレは、企業の収益を減少させ、株価を下落させ、雇用を減少させ、失業を増加させる。

端的にいえば、それが白川日銀時代の日本経済に生じていたことである。

この状況を変えるために行うべきことは、きわめて明らかであった。

それは、「日銀が他の主要中央銀行に負けないくらい十分に金融緩和あるいは量的緩和を行う」ことである。

黒田日銀の「異次元金融緩和」とは、それに尽きている。

それでは、インフレ目標政策の目的とは何か。

それは直接的には「2%インフレ率の達成」そのものである。

しかし実は、インフレ目標政策の本来的な目的は、物価それ自体にあるのでは必ずしもない。

より重要なのは、望ましい雇用と所得の達成および維持である。

中央銀行が2%程度のインフレ率を目標とするのは、それ自体が望ましいからではなく、それによってより低い失業率とより高い所得が実現できるからである。

黒田日銀は当初、2%インフレ目標すなわち2%の消費者物価上昇率という目標を、異次元金融緩和を開始して2年後の2015年度には達成すると宣言していた。

実際、消費税増税が実施される2014年4月時点では、消費者物価に関するいくつかの指標は、1%代半ばの上昇率に達していた。

その上昇の流れを止めたのは、2014年4月の消費増税であった。

その後の展開は、日銀にとってはまさに苦難に満ちたものとなった。

消費税増税によって生じた民間消費の落ち込みは、駆け込み需要の反動減では説明できない想定外の大きさであっただけでなく、その長さもまた異例であった。

しかし、その後、経済は回復傾向にある。

その恩恵をもっとも受けているのは若者であろう。

今、新卒は完全に売り手市場である。

新卒の就職市場がこのように改善してきた基本的な理由は、まったく明らかである。

それは、企業がこれまでのように単に正規雇用を非正規雇用に置き換えるのではなく、積極的に正規雇用を増やし始めたからである。

そしてそれは、日本の労働市場が徐々に完全雇用に近づきつつある。

そこで労働市場に何が生じるのかは、ほぼ予見可能である。

まず、非正規労働市場での従業員確保が、企業にとって次第に困難なものになっていく。

その結果、企業は労働力の確保のためには、正規雇用を増やす以外には選択肢がなくなる。

それは、これまで一方的に拡大し続けてきた不本意非正規労働者が、ようやく減少し始めることを意味する。

要するに、これまでの正規雇用から非正規雇用へという労働市場のトレンドが、明確に反転し始めるということである。

そのトレンドの反転は、既に2016年頃から、徐々に現れ始めている。

このように振り返ってみると、アベノミクス様々な問題はあるものの総体的に機能しているといってよい。

懸念材料は、今年10月に予定されている消費税増税である。

個人的には中止してほしいと思っているのだが、どうだろう。

また、同じ過ちを繰り返さねば良いのだが。

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