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2019年7月28日 (日)

世阿弥 風姿花伝/土屋惠一郎

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 『風姿花伝』は、能役者にとってのみ役立つ演技論や、視野の狭い芸術論にとどまってはいません。世阿弥は、能を語る時に世界を一つのマーケットとしてとらえ、その中でどう振る舞い、どう勝って生き残るかを語っています。つまり、『風姿花伝』は、芸術という市場をどう勝ち抜いていくかを記した戦略論でもあるのです。

世阿弥は能の世界にさまざまなイノベーションを巻き起こし、演技、物語の形式、内容などあらゆる面において、今日私たちが「能」とするものの形を確立した。

また、世阿弥はその生涯のうちで多くの能の作品を書き、さらには、理想の能とは何か、その実践方法を含めて語った能楽論を遺した。

世阿弥は、それまで芸能に関する理論というものが存在しなかった中、約二十もの能楽論を書き遺した。

そのうちもっとも初期に書かれたのが、本書で取り上げている『風姿花伝』だ。

能は、観阿弥がその礎を築き、世阿弥が大成したと言われている。

しかし、彼らはまったくオリジナルなものをつくり出したわけではない。

同時代にあり、人々に好まれていたさまざまな芸能の領域を磁場のように引き寄せ、それらをコーディネーションして、能という一つの枠の中に、今日に続く芸術をつくり上げたのである。

世阿弥は37歳の時、自分たちの芸を子孫に伝えるための秘伝書『風姿花伝』の執筆を開始する。

『風姿花伝』は、今では広く読まれる古典の一つとなっているが、世阿弥が書いた時には多くの人に読んでもらおうという意図はなく、あくまで自分の子供や身内に、能楽師として生き抜いていくための戦略を伝えようというものだった。

その内容は、能役者の、子供から老人に至るまでの人生の各ステージの生き方や、芸能という不安定な世界に生きる者にとって何が必要かを説いた〝戦術〟の数々だ。

世阿弥は、能役者の人生について、7歳から語り始めています。

次の段階は12、3歳。

少年期になり、稚児としての美しさがはっきりと表れてくる時期だ。

次にやってくるのが青年期。

世阿弥はこの17、8歳のころ、人生で最初の関門がやってくると言う。

能役者にとって、それは声変わりだ。

そして迎えるのが、24、5歳。

声変わりも乗り越えて体も一人前になり、芸も上手になるころ。

名人に勝ったりもするが、その勢いに慢心してはいけない、ここが初心だと世阿弥は言う。

次にやってくるのが、34、5歳。

世阿弥は、このころが能の絶頂であるとしている。

裏を返せば、この年ごろまでに天下の評判を取らなければ「まことの花」とは言えないと、世阿弥は言い切りる。

そして迎えるのが、44、5歳。

このころには、観客から見ても自分の感覚としても、花が失せてくるのははっきりしてくる。

そして、7段階に分けた最後の段階、「五十有余」がやってくる。

世阿弥の人生論は、このように極めて具体的に、年齢ごとにやるべきこととやってはいけないことを書き表したものだった。

世阿弥の人生論は、若年の若さの力から、中年の意志によって選択する世界に入り、老年の自由の境地へと進む。

世阿弥が『風姿花伝』に記した7段階の人生論は、衰えの7つの段階を語っているとも言える。

少年の愛らしさが消え、青年の若さが消え、壮年の体力が消える。

何かを喪失しながら、人間は人生の段階をたどっていく。

しかし同時に、この喪失のプロセスは、喪失と引き換えに何か新しいものを獲得するための試練の時、つまり「初心の時」でもある。

老いたのちに初心がある。

そしてそれは、乗り越えるためのものだ。

そう考えると、老いてからの人生に希望が湧いてくるのではないだろうか。

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