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2019年7月15日 (月)

考える教室/若松英輔

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 メディアの言葉は雄弁です。「本当」らしく語らなければニュースも新聞も成り立ちません。しかし、先の言葉でソクラテスは、雄弁であることと、それが「ほんとう」の何かを照らし出すかどうかは関係がないというのです。私たちも、世の中で言われている「本当のこと」と、「ほんとうのこと」には、どのような違いがあるのかを考えてみなくてはならないのではないでしょうか。


テレビのキャスターやコメンテーターが社会の問題をズバズバと歯切れよく切りまくると、いかにも本当らしく感じる。

でも、そこには大きなごまかしがある。

「ほんとう」のことを言うとき、人は言葉につまったり、そもそも言葉にならなかったりする。

でも、言葉にならないからといって、それが噓だということにはならない。

言葉にならないのは、その人の中に何もないからではない。

その中に本当のことがある。

自分と異なる見解とどう向き合うか、という問題は、現代を生きる私たちにも大きな試練として立ちはだかる。

そして人は、自分とは違うものを、ないものとしたり、誤っているものとしたり、さらには偽りだと断じることさえしてしまうことがある。

大事なことは長く問い続けること。

そうすれば人は、無知の知の世界に居続けることができる。

容易に答えの出ない問題に対して自分なりに問いを続けてみる。

すると人は、ほんとうの知者に近づいていくことができる。

人は誰も、迷っているとき、早急に答えを得たくなるもの。

すると人は、その答えに多少の毒があっても、それを飲みこんでしまう。

哲学の力をつけるには、喉が渇いたからといって毒を飲むのではなく、その渇きに耐えることを学ばねばならない。

心の渇きを真に癒すのは、世に流布する「甘い」言葉ではない。

自分の手で掘り出した言葉だ。

なんでも早く答えを出すことを良しとする傾向が現代人にはある。

ちょっと立ち止まって問い続けることも大事だということではないだろうか。

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