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2019年8月の31件の記事

2019年8月31日 (土)

ビジョナリー・カンパニー③/ジム・コリンズ

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 わたしは組織の衰退を、段階的な病のようなものだと考えるようになった。初期の段階には発見するのが難しいが、治療するのはやさしい。後期の段階には発見するのは簡単だが、治療は難しい。組織は外形をみれば強力だと思えても、内部では病が進行していて、急速な衰退に向かう瀬戸際の危うい状態になっている場合がある。

企業は、いつかは衰退する。それは偉大であった企業も例外ではない。

本書は組織の衰退を五段階で表している。

第一段階 成功から生まれる傲慢

偉大な企業は成功のために現実の厳しさから隔離されうる。

勢いがついているので、経営者がまずい決定を下すか、規律を失っても、企業はしばらく前進できる。

第一段階がはじまるのは、人々が高慢になり、成功を続けるのは自分たちの当然の権利であるかのように考えるようになり、当初に成功をもたらしてきた真の基礎的要因を見失ったときである。

第二段階 規律なき拡大路線

第一段階の傲慢から直接に生まれるのが第二段階の規律なき拡大路線である。

規模を拡大し、成長率を高め、世間の評価を高めるなど、経営陣が「成功」の指標だとみるものはなんでも貪欲に追求する。

第三段階 リスクと問題の否認

企業が第三段階に移行すると、内部では警戒信号が積み重なってくるが、外見的には業績が充分に力強い。

そのことから、心配なデータを「うまく説明する」ことができるか、困難は「一時的」か「景気循環によるもの」か「それほど悪くないもの」であって、「基本的な問題はない」とほのめかせる。

第四段階 一発逆転策の追求

第三段階にでてきた問題とリスク・テークの失敗が積み重なって表面化し、企業の急激な衰退が誰の目にもあきらかになる。

このとき決定的な問題は、指導者がどう対応するかである。

一発逆転狙いの救済策にすがろうとするのか、それとも当初に偉大さをもたらしてきた規律に戻ろうとするのか。

一発逆転策にすがろうとするのであれば、第四段階に達しているのである。

第五段階 屈服と凡庸な企業への転落か消滅

第四段階が長引くほど、そして一発逆転狙いの方策に何度も頼るほど、悪循環に陥っていく可能性が高まる。

第五段階には、後退を繰り返し、巨費を投じた再建策がいずれも失敗に終わったことから、財務力が衰え、士気が低下して、経営者は偉大な将来を築く望みをすべて放棄する。

会社の身売りを決める場合もあり、衰退して凡庸な企業になる場合もある。

極端な場合には企業が消滅する。

第五段階には基本的に二つの形態がある。

第一の形態では、権力を握る人たちがこのまま戦いつづけるより、屈服した方が全体的にみて良い結果になると考えるようになる。

第二の形態では、権力を握る人たちが苦闘を続けるが、選択肢が尽きてしまい、企業が完全に死に絶えるか、以前の壮大さと比較すればまったく重要性のない企業に縮小する。

ただし、卓越したリーダーによって衰退パターンを逃れたケースもある。

ルイス・ガースナーによって再建されたIBMや、ニューコア、ノードストロームのケースが紹介されている。

スティーブ・ジョブズがAppleから追い出された後に再びAppleに戻り、Appleが完全復活したのも、まさにこの本の中で語られてる「偉大な企業が持つ復活する力」を象徴する出来事ではないだろうか。

2019年8月30日 (金)

ローマ世界の終焉――ローマ人の物語ⅩⅤ/塩野七生

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 今日でも世界中の教科書では、紀元476年を、西ローマ帝国滅亡の年と明記している。しかし、どの教科書も、また、いかなるローマ史の権威も、滅亡の「年」は記しても、「月」と「日」は記していない。その理由は簡単で、わからない、からである。想像を働かせたとしても、9月のいつか、が限度だ。それでも、建国の年とされている紀元前753年から数えて1229年後に、ローマは滅亡したのである。ただしそれは、622年昔の紀元前146年に起こったカルタゴの滅亡と比べて、なんともあっけない終わり方ではあったのだが。

最終巻である本書のメインテーマはローマ帝国の滅亡である。

教科書によれば、紀元476年に西ローマ帝国は滅亡し、一方で東ローマ帝国は1453年まで続いたとされている。
蛮族でも攻めて来て激しい攻防戦でもくり広げた末の、壮絶な死ではない。

炎上もなければ阿鼻叫喚もなく、ゆえに誰一人、それに気づいた人もいないうちに消え失せた。

少年皇帝が退位した後にオドアケルが代わって帝位に就いたのでもなく、またオドアケルが他の誰かを帝位に就かせたのでもなかった。

ただ単に、誰一人皇帝にならなかった、だけであった。

そして、このローマ帝国の滅び方としたら、「偉大なる瞬間」がなかったことのほうが、ふさわしかったのではないかと著者は述べている。

歴史上に現われては消えていった国家のほとんどは、興隆した後はすぐに衰退に向っている。

興隆期と衰退期の中間に、長年に及ぶ安定成長期までも持てた国家は少ない。

それゆえか、長命を保った国家は必ず、安定成長期を持っている。

中世・ルネサンス時代のヴェネツィア共和国も、古代のローマ帝国もそうだ。

そしてローマといえば「パクス・ロマーナ」という言葉が頭に浮かぶ。

「パクス・ロマーナ」とは、「ローマによる国際秩序」でもあった。

しかも、ローマ主導によるこの平和は、長年にわたって、しかも広大な帝国の全域にわたって維持されたのだからスゴイ。

ヨーロッパと北アフリカと中近東で二百年にわたって戦争がなかったという一事だけでも、あれから二千年が経っていながらタメ息が出る。

ただし、「ローマによる国際秩序」のアイデアマンはユリウス・カエサルなので、彼を切り離しては話は進まない。

なぜならカエサルが、ローマ史が共和政から帝政に移行する、つまりは「高度成長期」から「安定成長期」に移行する〝演出者〟であったからだ。

「パクス・ロマーナ」はカエサル抜きには考えられない。

カエサルの偉大さを改めて考えさせられた。

2019年8月29日 (木)

キリストの勝利――ローマ人の物語ⅩⅣ/塩野七生

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 世間には、他人の業績を、半分賞め半分けなすことをモットーにしているのではないかと思う人がいる。この種の人は、この奇妙なバランスをとることで、責任を回避しているのだ。言い換えれば、勇気のない人である。コンスタンティウスも、このタイプの人間の一人だった。


第14巻のメインテーマはキリスト教がいかにしてローマの国教になったのかということ。

本書では主にコンスタンティウス、ユリアヌス、テオドシウスの各皇帝の治世を描くが、キリスト教に対するスタンスはそれぞれ違う。

そして、そのスタンスが帝国の行く末を決定付ける。

また、中世ヨーロッパに特徴的なキリスト教権力の端緒が早くもこの時代に現れてくる。

コンスタンティヌス大帝の死後、親族の粛清や身内間の争いに乗じ、コンスタンティウスが帝国の唯一の支配者となる。

コンスタンティウスは教会関係者の免税対象を広げる等、父大帝同様にキリスト教の優遇策を進めていく。

ローマにとってキリスト教そのものが問題なのではなく、その司教や司祭という教職者が既得権化し、官僚機構になっていったことによる。

官僚機構は、放っておくだけで肥大化する。

それは彼らが自己保存を最優先するからだ。

他の世界とはちがって官僚の世界では、自己の保存も自己の能力の向上で実現するのではなく、周辺に同類、言い換えれば〝寄生虫〟を増やしていくことで実現する。

これが彼らのやり方だ。

ゆえに彼らに自己改革力を求めるくらい、期待はずれに終わることもない。

官僚機構の改革は、官僚たちを「強制して服従させる力」を持った権力者にしかやれないことなのである。

それを試みたのはユリアヌスである。

彼は皇帝となってからは、帝国の歳出削減などの改革を実施すると共に、キリスト教勢力の拡大を防ぐべくローマ古来の宗教の復活を試みる。

しかし、ユリアヌスの死後は、彼が皇帝になる以前の状態に戻されていく。

この後のローマ帝国について本書では、皇帝ではなく司教アンブロシウスを主人公に登場させ、ローマ帝国のキリスト教化を描く。

このアンブロシウスこそが、その後のキリスト教教会における躍進の基礎固めをした人物である。

その後テオドシウス帝の下でキリスト教はとうとう国教化され、これ以後ローマ古来の宗教は異教として禁止されることになる。

信仰に対する多用な価値観こそが、それまで帝国が発展してきたの理由の一つだった。

だから、キリスト教の国教化は、ローマ帝国そのものの終焉を示していると言えよう。

2019年8月28日 (水)

最後の努力――ローマ人の物語ⅩⅢ/塩野七生

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「ローマ人は三度、世界を支配した。初めは軍団によって。次いでは法律によって。そして最後はキリスト教によって」


第13巻ではディオクレティアヌスとコンスタンティヌス2人の皇帝の治世を描いている。

この間に起こった主な出来事は、第一に「四頭政」による帝国の分担統治とその崩壊がもたらした内戦。

第二に、「ミラノ勅令」によるキリスト教公認とコンスタンティノポリス遷都である。

つまり、古代から中世への過渡期として、後の時代に影響を与える重要な出来事が起こった時期である。

皇帝になったディオクレティアヌスが一人で統治した期間が1年余り、その彼によって実施された「二頭政」が7年つづき、それに「四頭政」が機能した12年を加えれば、合計して20年になる。

20年の間、自分の家の中に蛮族や盗賊が押し入ってくることもなく、庭の中が、それらの敵を追い払うために駆けつけたローマ軍との戦場と化すこともなくなった当時のローマ人が、どれほどの安堵の想いにひたったかは想像も容易だ。

平和は、人間世界にとっては最上の価値なのである。

その意味ではこの「四頭制」はひとまずは成功したといえる。

「四頭政」とは、四人の実力者が話し合って創り出したシステムではない。

帝位に就いた当初はただ一人のローマ皇帝という、絶対権力を手中にしていたディオクレティアヌスが、その絶対権力の半ば以上、つまり軍事力、を他の三人にも分け与えることを自分一人で決める。

そして、それを自分一人がもつ権威と権力を使って、言ってみれば強制したからこそ、実現にもってゆけたシステムなのである。

合議制の産物ではなく、専制の産物であった。

しかし、統治方法は、行政と軍事力の肥大化をもたらした。

経費の増加や組織・人材の硬直化などの弊害を生み出し、帝国弱体化の大きな一因となっていく。

ディオクレティアヌスは、帝国を絶対君主政へ転換すると共に、税制改革、職業選択の制限、通貨改革などの構造改革にも乗り出す。

だがこれらの改革も、かえってそれまで機能していた帝国の様々なシステムを崩壊させることになる。

ディオクレティアヌスの引退後、複数皇帝乱立による内戦を経て、西方副帝コンスタンティヌスが唯一の最高権力者となる。

それに先立ち、コンスタンティヌスは東の正帝リキニウスと共に「ミラノ勅令」を313年に出し、キリスト教を公認する。

新都コンスタンティノポリスの建設と遷都、皇帝資産の教会への寄贈、聖職者階級の独立、ニケーア公会議の開催など、コンスタンティヌスはこれより先、キリスト教の振興に積極的に乗り出していく。

歴史家の中には、ローマ史の叙述を、コンスタンティヌスの時代の到来とともにやめてしまう人が少なくない。

もはやローマ帝国ではない、という理由によってである。

たしかに、共和政・帝政を通じてローマ的とされてきた多くの「特質」は、コンスタンティヌスが統治するようになって、決定的と言ってもよいくらいに失われた。

だが、これらはすでに三世紀から崩れはじめ、ディオクレティアヌスの改革によってもはや後もどりは不可能なまでに変えられていた。

コンスタンティヌスの行ったことは、ローマ的なる「特質」を完全に葬り去ったことであったといえよう。

2019年8月27日 (火)

迷走する帝国――ローマ人の物語Ⅻ/塩野七生

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 カラカラによって、ローマ市民権は長く維持してきたその魅力を失ったのである。魅力を感じなくなれば、市民権に附随する義務感も責任感も感じなくなる。そしてそれは、多民族多文化多宗教の帝国ローマが立っていた、基盤に亀裂を生じさせることにつながった。誰でも持っているということは、誰も持っていないと同じことなのだ。この現象を現代風に言い換えれば、ブランドは死んだ、ということでもあった。


第12巻で扱う211〜284年はローマ帝国の「三世紀の危機」にあたる。

73年間で実に22人の皇帝が乱立することになる。

中でもカラカラ帝により「ローマ市民権」が帝国内の全自由民に付与されたことをかなりの紙面を割いて批判している。

それによってローマ市民権の価値は変質して単なる既得権益のひとつとなる。


建国から間もない頃のローマは周辺の部族と戦争ばかりしていたのだが、勝っても敗者を奴隷化していない。

スパルタのように、半分奴隷の身分の農奴にしてこき使うのでもなかった。

ローマの勝利を認めた講和が締結された後は、敗者側の有力者も一般市民もローマに移住させ、ローマ市民権を与え、有力者にはローマ元老院の議席まで与えた。

「市民権」に対するローマ人の開放的な考え方は、ヒューマンな感情から生れた思いつきではまったくない。

敗者同化は、ローマ人にとっては、帝国運営上の「政略」であった。

だからこそ、帝国創設時にカエサルとアウグストゥスの二人が考え実施したこの開放路線が、その後の皇帝たちにも引き継がれていったのである。

ギリシア人にとっての市民権は、生れたときから持っている「既得権」であった。

反対にローマ人の考えていた市民権は、意志とその成果に対して与えられる「取得権」であったのだ。

後者のほうが、他者に対して門戸が開かれていたのも当然だろう。

それを、皇帝カラカラは一変させてしまったのである。

属州民でも業績の如何にかかわらず、誰にでもローマ市民権を与えたことによって、「取得権」であったローマ市民権を、アテネの場合と同じ「既得権」に変えてしまった。

人間は、タダで得た権利だと大切に思わなくなる。

まさにローマは内側から崩壊していったといって良いのではないだろうか。

2019年8月26日 (月)

終わりの始まり――ローマ人の物語Ⅺ/塩野七生

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 ギボンの『ローマ帝国衰亡史』も、マルクス・アウレリウスまでのローマ帝国の総括に冒頭の三章をさいた後ではじまる本文を、コモドゥスから筆を起している。ローマ帝国の衰亡は、皇帝コモドゥスの治世からはじまった、というわけだ。そして、この考え方は、ギボンから二百年以上も過ぎた現代でも、まったく変わっていない。

五賢帝の最後を飾る人であり、哲人皇帝の呼び名でも有名なマルクス・アウレリウスほど、評判の良いローマ皇帝は存在しない。

同時代人から敬愛されただけでなく、現代に至るまでの二千年近くもの長い歳月、この人ほどに高い評価を享受しつづけたローマ皇帝はいなかった。

しかし、その彼の時代に、ローマ帝国衰亡への序曲が始まっていたのだとしたら、それをどう考えればよいのだろうか。

五賢帝の最後、マルクス・アウレリウス帝の治世から蛮族の侵入など「終わりの始まり」が起こり、平和ボケしていたローマ帝国は衰退してゆく。

こうした時期に最も指導者に要求されたのは軍事的才能であった。

哲学に傾倒しているマルクス・アウレリウスは、人間の良き原理を、良き魂を、正直さを、公正さを探求するのには熱心だが、国家とは何であり、どうやればそれを良く機能させられるかという問題には熱心でない。

残念ながら国家には、先祖たちが示してくれたように、剣と法が必要なのだ。

だが、実直ではあっても軍事経験の乏しい哲人皇帝には荷が重すぎて戦役は長期化する。

帝国の制度の疲労によって矛盾や問題点が次々と顕在化する不運が重なる。

そして実子コモドゥスを後継としたことにより、帝国の瓦解はさらに進み国力は疲弊する。

よく軍の暴走を防ぐために、シビリアンコントロールという言葉が使われる。

しかし、歴史を見てみると、意外にも「シビリアン」のほうが、戦争のプロでないだけに、世論に押されて戦争をはじめてしまったり、世論の批判に抗しきれずに中途半端で終戦にしてしまう、というようなことをやりがちだ。

つまり、後を引くという戦争のもつ最大の悪への理解が、シビリアンの多くには充分でないのだ。

コモドゥスも、この意味では「シビリアン」だった。

そして、この「シビリアン」は、結果はどうなれ、戦争状態を終えることしか頭になかった。

能力の無い皇帝に排除の論理が働くとしたら、それは悲劇的な暗殺しか選択肢が無い。

そしてさらに権力抗争の内乱により混迷は進んでいく悪循環を辿る。

マルクスが傾倒していた哲学は、いかに良く正しく生きるか、への問題には答えてくれるかもしれない。

しかし、人間とは、崇高な動機によって行動することもあれば、下劣な動機によって行動に駆られる生き物でもある。

それが、人間社会の現実だ。

そして、それを教えてくれるのは、歴史である。

2019年8月25日 (日)

すべての道はローマに通ず――ローマ人の物語X/塩野七生

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 ローマ人は、現代人から「インフラの父」と呼ばれるほどインフラを重視した民族だった。インフラストラクチャーという合成語をつくるときも、ラテン語から引いてくるしかなかったほどに、ローマ人とインフラの関係はイコールで結ばれていると言ってよい。すべての道はローマに通ず、の一句は、誰もが知っているように。


本書は「インフラの父」と呼ばれたローマ人の最大の強みを解明したシリーズ番外編。

歴史上比類なき一大強国を築き上げ、数百年以上にわたり、維持・発展させたローマ帝国。

本書では、街道や橋の美しい写真などがふんだんに使用されている。

街道の位置は地図が参照につけられ、橋、水道などとともにその構造や工事方法も解説されており、興味深い。

合理性という側面において、ローマ人は古代でも稀な民族だという。

このことは帝国発展の一因でもあるが、インフラ整備の重要性を彼等が当たり前のように認識していたという事実に、驚かされる。

ローマの真の偉大さの源泉は、インフラストラクチャーの整備にあったといえる。

すべての道はローマに通ず、よりも、すべての道はローマから発す、と考えたほうが実態の正確な把握には役立つのではないだろうか。

人間の肉体のすみずみにまで張りめぐらされた血管のように帝国の全域を網羅することになるローマ式の街道網も、アッピア街道からはじまっている。

そして、街道には欠くことのできない橋も、首都ローマを流れるテヴェレ河にかけられた一本の橋からはじまった。

人と物が頻繁に交流するようになれば、経済も活性化する。

帝国全域に張りめぐらされたローマ街道網は、ローマ帝国を一大経済圏に変えた。

このローマ経済圏は、現代のEUどころではない。

ヨーロッパと中近東と北アフリカを網羅するという、二千年後の現代人でさえも実現していない規模の広域経済圏であった。

そして、経済圏が機能するのは、平和が持続できてこそである。

「ローマによる平和」とは、外敵に対する防衛に成功したから持続できたとするのは、半ばしか正解でない。

多民族国家ゆえに起りがちな帝国内部の紛争の解消にも成功したから、長命を保てたのである。

しかも、ほぼ三百年の長きにわたっての平和だ。

そして、この「パクス・ロマーナ」を維持していくうえで貢献したのが、ローマ街道であった。

人間でも健康を保つには、その人間の体内のすみずみにまで血液を送れる血管が機能していなければならない。

ローマの街道網が、それであった。

これが、20万にも満たない軍団兵だけで、大帝国の安全保障が維持できた最大の要因であった。

本書は街道、橋、水道のハード・インフラと医療、教育のソフト・インフラの両面から「ローマの本質」を描き尽くしている。

2019年8月24日 (土)

賢帝の世紀――ローマ人の物語Ⅸ/塩野七生

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 「パクス・ロマーナ」は、外敵の排除に成功するだけで達成できたのではない。帝国内部の紛争を収拾することにも成功していたからこそ、「ローマ人による世界秩序」に成りえたのである。


第9巻では、ローマ時代の「五賢帝」のうちトライアヌス、ハドリアヌス、アントニウス・ピウスの3人を取り上げている。

トライアヌスは、ローマ帝国初の属州出身の皇帝でありダキアとメソポタミアを併合して帝国の版図を最大にする。

ハドリアヌスは、トライアヌスが拡大した帝国内をくまなく巡察し統治システムの再構築をする。

ハドリアヌスの性格は、複雑だった。

厳格であるかと思えば愛想が良く、親切であるかと思うと気難しく、快楽に溺れるかと思えば禁欲に徹し、ケチかと思うと金離れが良く、不誠実であるかと思えばこのうえもない誠実さを示し、残酷に見えるほどに容赦しないときがあるかと思うと、一変して穏やかさに満ちた寛容性を発揮する、という具合だ。

要するに、一貫していないということでは一貫していたのが、ハドリアヌスの人に対する態度であった。

だが、この性格であったからこそ、真の意味でのリストラクチャリング、つまり再構築を、成し遂げることができた。

ダキアを征服することでドナウ河防衛線の強化に成功したトライアヌスと、帝国全域を視察することで帝国の再構築を行ったハドリアヌスが、「改革」を担った人であった。

この二人の後を継いだアントニヌスの責務は、「改革」ではなく、改革されたものの「定着」にあった。

そしてアントニウスは穏やかな人柄ながら見事に帝国を治め、帝国内の政治を充実させた。

本書では、当時のローマ人が「黄金の時代」と言った時代を生み出した皇帝たちの治世の手法をさまざまな側面から見事に描かれている。

2019年8月23日 (金)

危機と克服――ローマ人の物語Ⅷ/塩野七生

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 歴史家ギボンは、ローマがなぜ滅亡したのかと問うよりも、ローマがなぜあれほども長く存続できたのかを問うべきである、と言った。多民族、多宗教、多文化という、国家としてはまとまりにくい帝国であったにかかわらず、なぜあれほども長命を保てたのか、ということのほうを問題にすべきだ、という意味である。だが、それに対する答えならば簡単だ。ローマ人が他民族を支配するのではなく、他民族までローマ人にしてしまったからである。大英帝国の衰退は各植民地の独立によるが、ローマ帝国では、各属州の独立ないし離反は、最後の最後まで起こっていない。


初代アウグストゥスの血統がネロで途絶え、以降は属州に駐屯する総督が、周囲の軍団から推挙される形で皇帝に就任する。

紀元69年はガルバ、オトー、ヴィテリウスと、1年間で3人もの皇帝が現れては消えた混乱の年となった。

その後登場したヴェスパシアヌスは帝国を立て直し、ヴェスパシアヌスの子であるティトゥス、ドミティアヌスと、フラヴィウス朝の治世が3代続く。

ドミティアヌスの死後は、五賢帝最初の1人として数えられるネルヴァがショートリリーフとして登場し、トライアヌスへと続く。

ガリア属州兵の反乱、ゲルマン民族の侵攻、ユダヤ戦役などの、帝国の辺境で起こる数々の反乱と、それに対する対処などが本書では書かれている。

共和政・帝政を通じてのローマ全史は、蛮族の侵入の歴史と完全に重なり合うと言ってよい。

独裁政体の国家では、その国のもつ軍事力の真の存在理由の第一は、国内の反対派を押さえることにあって、国外の敵から国民を守ることにはない。

ローマ帝国は、この一点においても独裁国家ではなかった。

ローマ帝国は、本国のイタリアに一個軍団すらも常駐させていない。

ローマ軍の主戦力である軍団はすべて、帝国の国境、というよりも防衛線に配置されていた。

ローマ帝国では、共和政時代からすでに、その首都であるローマの内部には武装した軍隊は入れないという決まりがあった。

決まりも、8百年も守られつづければ伝統になる。

この伝統を破ったのはマリウスとスッラだが、それも一時的なことで、国法破りと同じことであった「ルビコン」を渡ったカエサルでさえも、ローマに武装した兵を入れないという伝統は尊重した。

首都ローマにまで侵入された紀元前390年から、ローマが再び蛮族に蹂躙される紀元後410年までの8百年をローマが持ちこたえることができたのは、一にも二にも、防衛力が健在であったからだった。

ローマ皇帝の二大責務は、安全と食の保証であった。

そして「食」の保証とは、「安全」を保証できてはじめて成就可能な目標でもある。

英語のエンペラーの語源は、軍事の最高責任者を意味する「インペラトール」である。

そのため、皇帝に対する評価が、軍事上の業績によって左右されること大であったのは、避けようのない宿命なのだと思う。

この時代、皇帝がコロコロと変わるのだが、蛮族の侵入を許さなかったという意味では最低限の仕事はしたのだと言ってよいのかもしれない。

2019年8月22日 (木)

悪名高き皇帝たち――ローマ人の物語Ⅶ/塩野七生

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 ティベリウスは何一つ新しい政治をやらなかったとして批判する研究者はいるが、新しい政治をやらなかったことが重要なのである。アウグストゥスが見事なまでに構築した帝政も、後を継いだ者のやり方しだいでは、一時期の改革で終ったにちがいないからだ。アウグストゥスの後を継いだティベリウスが、それを堅固にすることのみに専念したからこそ、帝政ローマは、次に誰が継ごうと盤石たりえたのである。


アウグストゥスから帝国を引き継いだ四人の皇帝、ティベリウス、カリグラ、クラウディウス、ネロ。

何一つ新しい政治をやらなかったと批判されたティベリウス。

愚政の限りを尽くし惨殺されたカリグラ。

悪妻に翻弄され続けたクラウディウス。

「国家の敵」と断罪されたネロ。

これら悪名高き皇帝たちの治世の実態とはいかなるものだったのか。

ユリウス・カエサルが青写真を引き、それにそってアウグストゥスが構築し、ティベリウスによって盤石となった帝政ローマ。

カリグラが受け継いだのは、このローマであった。

しかしカリグラが即位してから3年も過ぎないうちに、皇帝の私有財産はもちろんのこと、国家の財政の破綻までが明らかになった。

ティベリウスが遺した2億7千万セステルティウスもの黒字分は、種々の娯楽スポーツの提供で、とうの昔に使い果していた。

その後はやりくりして穴を埋めていたのだが、それも治世が3年目に近づく頃ともなると、やりくりの手段もつきてしまう。

だがカリグラには、これまでのやり方を一変させることなどできなかった。

クラウディウスは身体的コンプレックスを抱え、歴史研究を愛しながらも図らずも皇帝となる。

帝国のインフラ基盤を整備しブリタニア遠征を行うなどしたが、内向的な性格が災いを招くこととなる。

ローマの歴史で、帝政時代にかぎらず共和政時代をもふくめた全歴史中で最も名の知られた人物は、ユリウス・カエサルでもなくアウグストゥスでもなく、ネロであろう。

もちろんそれは悪い意味でである。

ネロには、問題の解決を迫られた場合、極端な解決法しか思いつかないという性癖があった。

それは、彼自身の性格が、本質的にはナイーブであったゆえではないかと想像する。

しかし、これら無能で悪の権化のような皇帝が治めるローマはなぜ崩壊しなかったのか。

比較少数であろうと複数の人が統治権をもつ共和政とちがって、一人に統治権が集中する君主政の欠陥は、チェック機能を欠くところにあると考えられている。

事実、帝政であろうと王政であろうと、人類が経験した君主政のほとんどはチェック機能を欠いていた。

ところが、アウグストゥスが創設したローマの帝政にだけは、チェック機能が存在した。

つまり、カエサル、そしてアウグストゥスの築き上げた遺産によって、この時代の帝政ローマは維持されていたといえるのではないだろうか。

2019年8月21日 (水)

パクス・ロマーナ――ローマ人の物語Ⅵ/塩野七生

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 アウグストゥス自身が、誰にでも心を開く人ではなかった。状況が苦であろうと楽であろうと関係なく、常に周囲には笑いが絶えず、その向日的性格が周囲の人々までも巻きこんだカエサルとは反対に、アウグストゥスの周辺には常に静けさが漂い、人々は離れたところから彼を見つめるのが、アウグストゥスという人物の対人関係であったのだ。前者が、人々を感動に巻きこめば、後者は、人々を感心の想いで満たした。

志なかばに倒れたカエサルの跡を継いだオクタヴィアヌスは、共和政への復帰を宣言。

元老院は感謝の印として「アウグストゥス」の尊称を贈った。

古代のローマでは、アウグストゥス(Augustus)とは、神聖で崇敬されてしかるべきものや場所を意味する言葉。

カリスマ性のあるカエサルの後を継いだカリスマ性の全くない人物が、いかにしてカエサルが到達できなかった目標に達したか。

ローマを安定拡大の軌道にのせるため、構造改革を実行し、「ローマによる平和」を実現したかが描かれている。

カエサルが、その人間的魅力で周囲を巻き込んでいったオープンで強力な個性の持ち主だったのに対して、アウグストゥスはどちらかというと地味で物静かな性格だった。

しかし、政治家としては、カエサルよりむしろアウグストゥスの方が優れた資質の持ち主と評する人も多い。

実際、彼は、周りに気付かれないように、また、元老院の反発を招かないように、少しずつ権力を手中にしていった。

カエサルから後継者に指名されたアウグストゥスは、目標とするところは同じでもそれに達する手段がちがった。

なぜか。

第一に、何ごとにも慎重な彼本来の性格。

第二は、殺されでもすれば大事業も中絶を余儀なくされるという、カエサル暗殺が与えた教訓。

第三、演説であれ著作であれ、カエサルに比肩しうる説得力は自分にはないという自覚。

これらがあったから。

アウグストゥスは、見たいと欲する現実しか見ない人々に、それをそのままで見せるやり方を選んだ。

ただし、彼だけは、見たくない現実までも直視することを心しながら、目標の達成を期す。

これが、アウグストゥスが生涯を通して闘った、「戦争」ではなかったかと思う。

アウグストゥスは、アレクサンダー大王やカエサルのような、圧倒的な知力の持主ではなかった。

しかし、あの時期の世界は、彼のような人物こそを必要としていたということであろう。  

2019年8月20日 (火)

ユリウス・カエサル ルビコン以後――ローマ人の物語Ⅴ/塩野七生

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 「人間ならば誰にでも、すべてが見えるわけではない。多くの人は、自分が見たいと欲する現実しか見ていない」

ルビコン川を渡ったカエサルは、たった5年間であらゆることをやり遂げる。

地中海の東西南北、広大な地域を駆けめぐり、全ての戦いに勝ち、クレオパトラにも出会う。

ついにはローマ国家改造の全改革をなし遂げて、元老院・共和政に幕を引く。

カエサルのリーダーシップや聡明さ、また敗者に対する寛容な態度については前巻に引続き描かれている。

2000年前に古代ローマ現れた英雄、ユリウス・カエサル。

歴史上の聡明な人物との出会いを、本書を通じ存分に味わうことができる。

武将には、全軍の準備が整うのを待って決定的行動を開始する人と、自分がまず行動を開始し、後から追い着く兵士たちを待って決戦にのぞむ人の、二種があるように思う。

ポンペイウスは前者であり、カエサルは後者だった。

カエサルという男は、失敗に無縁なのではない。

失敗はする。

ただし、同じ失敗は二度とくり返さない。

カエサルの考えた「祖国」には、防衛線はあっても国境はない。

本国に生まれたローマ市民の、しかもその中の元老院階級に生まれた者だけが、国政を専有しなければならないとも考えていない。

だから被征服民族の代表たちに元老院の議席を与えて、ローマ人純血主義のキケロやブルータスらの反撥を買ってしまった。

カエサルには、国家のためにつくす人ならば、ガリア人でもスペイン人でもギリシア人でも、いっこうにかまわないのであった。

ただし、カエサルの「祖国」は、ローマ文明の傘の下に、多人種、多民族、多宗教、多文化がともに存在しともに栄える、帝国であったことは言うまでもない。

このような考え方も相まって当時の支配階層の反発を買い、カエサルは暗殺される。

カエサル暗殺の真の首謀者は、ブルータスではなくてカシウスだった。

だが、暗殺グループは、ブルータスがリーダーになることではじめて機能した。

ブルータスには、高潔な精神は不足していなかった。

しかし、キケロの教養が先見性を欠いていたのに似て、ブルータスの高潔な精神も、ローマ人に、進むべき道を指し示す役には立たなかった。

それにしても、もしもカエサルが殺されていなかったら、暗殺直後からはじまって紀元前30年でようやく終わる、混乱と破壊と無秩序と殺戮の13年は避けられたのではなかろうか。

カエサルが暗殺された「3月15日」は、それゆえ、単なる最高権力者の暗殺、ではなかった。

弱気になったときのキケロが吐露しないではいられなかった「不毛の悲劇」であった。

殺した側にとっても、殺された側にとっても。そして何よりも、ローマ世界に住む人々のすべてにとっても。

「人間ならば誰にでも、すべてが見えるわけではない。多くの人は、自分が見たいと欲する現実しか見ていない」。

カエサルのこの言葉、いつの時代でも陥りがちな我々人間の普遍的な行動パターンとして腹落ちするフレーズだ。

2019年8月19日 (月)

ユリウス・カエサル ルビコン以前――ローマ人の物語Ⅳ/塩野七生

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 ルビコン川の岸に立ったカエサルは、それをすぐには渡ろうとはしなかった。しばらくの間、無言で川岸に立ちつくしていた。従う第十三軍団の兵士たちも、無言で彼らの最高司令官の背を見つめる。ようやく振り返ったカエサルは、近くに控える幕僚たちに言った。「ここを越えれば、人間世界の悲惨。越えなければ、わが破滅」そしてすぐ、自分を見つめる兵士たちに向い、迷いを振り切るかのように大声で叫んだ。「進もう、神々の待つところへ、われわれを侮辱した敵の待つところへ、賽は投げられた!」

第4巻では、カエサルの登場からルビコン川を渡るまが書かれている。

前人未到の偉業と破天荒な人間的魅力、類い稀な文章力によって英雄となったユリウス・カエサル。

指導者に求められる資質は、知性、説得力、肉体上の耐久力、自己制御の能力、持続する意志。

カエサルだけが、このすべてを持っていた。

カエサルはアレクサンダー大王やスキピオ・アフリカヌスやポンペイウスのような早熟の天才タイプではない。

カエサルが「起つ」のは40歳になってから。

彼は、部下を選ぶリーダーではなかった。

部下を使いこなす、リーダーであった。

使いこなすには、部下の必要としているものは適時に与えねばならなかった。

カエサル個人の辞書には、復讐という言葉はない。

復讐とは、彼にすれば、復讐に燃える側もその対象にされる側も、同じ水準にいなければ成立不可能な感情なのである。

しかし、兵士たちならば、同輩九千の死に復讐心を燃やすのこそ当然なのだ。

ただし、それを活用する者は、燃えるよりも醒めていなければならなかった。

なぜなら、感情とはしばしば、理性で必要とされる限界を越えてまで、暴走する性質をもっているからである。

総司令官に求められるのは、戦略的思考だけではない。

待つのは死であるかもしれない戦場に、兵士たちを従えて行くことのできる人間的魅力であり人望である。

カエサルにはこれがあった。

カエサルには、容易にしかも洗練された文章を書ける作家の才能ばかりでなく、自らの意図するところをたぐいまれな明晰さで人に伝える才能も充分だった。

スッラとカエサルは多くの共通点をもっている。

まず、二人とも、コルネリウスとユリウスというローマきっての名門貴族に属していながら、スッラ、カエサルという、それまでのローマ史にはほとんど登場しない傍系の出身であったこと。

第二に、経済上の理由から、ギリシア人家庭教師に囲まれて育つという環境には恵まれなかったにかかわらず、当代きっての知性の持主であり、第一級の教養人でもあったという点。

第三は、背が高く痩せ型の体型で、品位ある立居振舞いでも、いつでもどこでも目立つ存在であったこと。

第四に、二人とも早熟の天才タイプではなく、活動の全開期は四十代に入ってからである点。

第五、金の重要さは知っていたが、私財を貯えるとなるとほとんど無関心であったこと。

第六、二人とも目的をはっきりさせる性質で、それゆえに部下の兵士たちからは、したわれると同時に敬意を払われていたこと。

第七、元老院にはもはや統治能力がないと見透した点でも、二人は共通していた。

第八、二人とも、従来の考え方に捕われることなく行動はすこぶる大胆であった点では似ていたが、スッラには不安も迷いも見られないのに、カエサルはそうではない。

カエサルは生涯、自分の考えに忠実に生きることを自らに課した男でもある。

それは、ローマの国体の改造であり、ローマ世界の新秩序の樹立であった。

ルビコンを越えなければ、「元老院最終勧告」に屈して軍団を手離せば、内戦は回避されるだろうが新秩序の樹立は夢に終わる。

それでは、これまでの五十年を生きてきた甲斐がない。

甲斐のない人生を生きたと認めさせられるのでは、彼の誇りが許さなかった。

しかも、名誉はすでに汚されていた。

まるでガリア戦役などなかったとでもいうふうに、「元老院最終勧告」に服さなければ共同体の敵、国家の敵、国賊と見なすと宣告されたことで、すでに充分に汚されていた。

それがルビコン川を渡ることにつながる。

「賽は投げられた!」とカエサルは語る。

この言葉はあまりにも有名だ。

2019年8月18日 (日)

勝者の混迷──ローマ人の物語Ⅲ/塩野七生

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 いかなる強大国といえども、長期にわたって安泰でありつづけることはできない。国外には敵をもたなくなっても、国内に敵をもつようになる。外からの敵は寄せつけない頑健そのものの肉体でも、身体の内部の疾患に、肉体の成長に従いていけなかったがゆえの内臓疾患に、苦しまされることがあるのと似ている。──ハンニバル──

この第3巻では、これまでと打って変わりローマの「内政混乱」描いている。

国を挙げて団結し、国内の巧みな協力関係によりカルタゴの勝利したローマだったが、一旦敵がいなくなると、あるべき政治体制をめぐって、争いが起きるようになる。

大国への道のりの速さゆえに、ローマは内部から病み始める。

もともとローマは、執政官・元老院・市民集会の三権分立により民主政治を支えてきたが、この三者間のあるべき力関係をめぐって、指導者が変わるたびに揺れ動いた。

若き護民官グラッススは、権力が集中しすぎた元老院に対して改革をせまったが、結局殺されてしまう。

一方、スッラは、反対派を粛正してまで、元老院を質量ともに強化した。

しかしスッラの死とともに、彼が懸命に修復に努めた元老院主導による共和政ローマという「革袋」は、再びほころびはじめる。

それも、スッラの独裁下でも生きのびた、反スッラ派によってなされたのではない。

親スッラ派に属す人々によってなされたところが問題だ。

まさに本書のタイトルにあるように“勝者の混迷”である。

元老院への反発、反発を試みた政策立案者の暗殺、国勢改革、それに対する既得権階層の反発、……

いつの時代も起こることは一緒だ。

2019年8月17日 (土)

ハンニバル戦記──ローマ人の物語Ⅱ/塩野七生

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 歴史はプロセスにある、という考え方に立てば、戦争くらい格好な素材もないのである。なぜなら、戦争くらい、当事国の民を裸にして見せてくれるものもないからである。

この巻のメインは、3度にわたって行われたポエニ戦争だ。

ポエニ戦争とは、共和政ローマとカルタゴとの間で地中海の覇権を賭けて争われた一連の戦争である。

紀元前264年のローマ軍によるシチリア島上陸から、紀元前146年のカルタゴ滅亡まで3度にわたる戦争が繰り広げられた。

カルタゴ国滅亡という結果に終るポエニ戦争。

興隆の途にあるローマ人は、はじめて直面した大危機を“ハンニバル戦争”と呼び、畏れつつ耐えた。

戦場で成熟したカルタゴ稀代の名将ハンニバルに対して、ローマ人は若き才能スキピオとローマ・システムを以て抗し、勝った。

ハンニバルとスキピオは、古代の名将五人をあげるとすれば、必ず入る二人である。

現代に至るまでのすべての歴史で、優れた武将を十人あげよと言われても、二人とも確実に入るにちがいない。

歴史は数々の優れた武将を産んできたが、同じ格の才能をもつ者同士が会戦で対決するのは、実にまれな例になる。

第三次ポエニ戦争で、カルタゴ側の戦死者は、二万をはるかに越えた。

そのうえ、二万の兵が捕虜になった。

他は、十日の行程にある首都カルタゴに向って敗走した。

ハンニバル自身は、数騎を従えただけで、ハドゥルメトゥムに逃げた。

ローマ側の戦死者は、千五百。

スキピオの完勝だった。

カルタゴを滅ぼして西地中海の覇権をにぎったローマは、東方では、マケドニアやギリシア諸都市をつぎつぎに征服し、さらにシリア王国を破って小アジアを支配下に収めた。

こうして、地中海はローマの内海となった

ローマ人とカルタゴ人とのちがいの一つは、他民族とのコミュニケーションを好むか否か、であったような気がする。

ローマ人の面白いところは、何でも自分たちでやろうとしなかったところであり、どの分野でも自分たちがナンバー・ワンでなければならないとは考えないところであった。

ローマ軍といえばローマ人だけで構成されており、闘うのも彼らだけであったと考えがちである。

ところが、ローマ人くらい、他民族を自軍に参戦させ、彼らとともに闘った民族もいない。

総指揮権は、ローマ人がにぎりつづけたことは事実である。

また、ローマ市民兵が主戦力でありつづけたことも事実である。

だが、イタリア内では中伊のエトルリア人や南伊のギリシア人、アフリカではヌミディア人、マケドニアが相手のギリシアではマケドニア以外のギリシア人というように、ローマ軍は〝多国籍軍〟であるほうが普通だった。

このような柔軟性がローマ帝国が千年以上も続いた要因の一つではないだろうか。

2019年8月16日 (金)

ローマは一日にして成らず──ローマ人の物語Ⅰ/塩野七生

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 歴史を叙述していくうえでのむずかしさは、時代を区切って明快に、この時代には何がなされ、次の時代には何がなされたと書くことが、戦記であってさえ不可能なところにある。不可能である理由の第一は、ほとんどの事柄が重なりあって進行するからであり、理由の第二は、後に大きな意味をもってくる事柄でも、偶然な出来事という形をとってはじまる場合が多いからである。それゆえに、歴史は必然によって進展するという考えが真理であると同じくらいに、歴史は偶然のつみ重ねであるとする考え方も真理になるのだ。


この巻ではローマの建国の歴史が書かれている。

しかし、生まれたばかりのローマはささやかな弱小国である。

そのローマが、エトルリアと南伊のギリシアの二大勢力の谷間に温存されたのはなぜか?

当時のエトルリア人とギリシア人が、ローマの独立を尊重してくれたからではない。

当時のローマには、自分たちの勢力圏に加えたいと思わせるだけの、魅力がまったくなかったからである。

ローマを強大にした一つの要因は、宗教についての彼らの考え方にあった。

ローマ人にとっての宗教は、指導原理ではなく支えにすぎなかった。

宗教を信ずることで人間性までが金縛りになることもなかった。

生まれたばかりのローマは多神教であった。

一神教と多神教のちがいは、ただ単に、信ずる神の数にあるのではない。

他者の神を認めるか認めないか、にある。

そして、他者の神も認めるということは、他者の存在を認めるということである。

宗教は、それを共有しない人との間では効力を発揮しない。

だが、法は、価値観を共有しない人との間でも効力を発揮できる。

いや、共有しない人との間だからこそ必要となる。

ローマ人が、誰よりも先に、そして誰よりも強く法の必要性に目覚めたのも、彼らの宗教の性質を考えれば当然の経路ではなかったかと思う。

ローマ人は、人間の行動原則の正し手を、法律に求めた。

ギリシアとローマのちがいは、奴隷に対する処遇にも見られる。

ギリシアの奴隷は、ごくまれな例外をのぞき、奴隷のままで生涯を終える運命にあった。

反対にローマの奴隷には、解放奴隷という制度があった。

貯めこんだ金で自由を買いもどしたり、長年の勤務の後に退職金のような感じで自由人になれる制度である。

ローマでは、長年の献身的な奉仕に主人が報いるとか、または貯めこんだ金で買ったりして自由を回復できた奴隷は、解放奴隷と呼ばれ、彼らの子の代になればローマ市民権を取得できた。

市民権さえ手中にすれば、以後の社会での出世はその人の才能と運しだいである。

ローマは、敗者を隷属化するよりも、敗者を「共同経営者」にするという、当時では他国に例を見ない政略を選択した。

そして、これこそ、後世に有名になる、「分割し、支配せよ」の考え方の誕生でもあった。

ローマ人は現実的性向の実に強かった民族であると言われている。

ローマ人には、敗北からは必ず何かを学び、それをもとに既成の概念に捕われないやり方によって自分自身を改良し、そのことによって再び起ちあがる性向があった。

これらのことが幾重にも重なり、ローマの長い歴史が築かれたということではないだろうか。

この先、どう展開していくのか、楽しみだ。

2019年8月15日 (木)

出世する課長の仕事/安藤浩之

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 課長になったら、課のマネジメントをすることになります。マネジメントとは、管理ではなく経営です。

出世する課長と普通の課長とでは何が違うのか?

本書では7つのポイントを挙げている。

第一に、出世する課長は新たな期待や要請があるから出世すると考えている。

第二に、出世する課長は「社会的リーダーシップ」を通じて社会に貢献することを考えている。

第三に、出世する課長はさまざまな矛盾を解消することに動機づいているのに対して、普通の課長は矛盾から逃げようとする。

第四に、出世する課長はマネジメントを「職場の経営」と考えているのに対して、普通の課長は「部下を管理すること」と考えている。

第五に、出世する課長は「自分の人格」でリーダーシップを発揮しているのに対して、普通の課長は「役割意識」でリーダーシップを発揮しようとする。

第六に、出世する課長は自分には何ができて、何ができないのかを知っているのに対して、普通の課長は自分のことを理解していない。

第七に、出世する課長はそもそも出世することを目指しているわけではないのに対して、普通の課長は出世することだけを目指している。

と、このようなポイントを挙げている。

特に、第四の「マネジメントを『職場の経営』と考える」ことは重要だ。

マネジメントを部下の管理と考えると、職場は次第に保守的になる。

結果として業績達成がおぼつかなくなる。

課長は経営の一翼を担っているのである。

マネジメントというカタカナ英語を日本語に訳した際、「管理」と言うことがある。

この場合、マネジャーは管理者ということになる。

しかし、マネジメントは管理なのか、よく考えてみる必要がある。

管理とは、秩序や規律をきめ細かく整えること。

もし、マネジメントが管理であり、マネジャーが職場の秩序や規律をきめ細かく整えることばかりに目を向けていたら、職場のメンバーは次第に萎縮し、決められたことしかやらなくなる。

隣りに座っているメンバーに関心を持たず、自分のやるべきことをやって、互いに助け合う雰囲気が薄くなることだろう。

最初は問題があればマネジャーに具申していたメンバーもだんだんと言わなくなることだろう。
行きすぎた管理は組織の保守化を助長する。

組織は達成すべき目的や目標に応じて意図してつくるもの。

しかし、このような保守的な雰囲気に至れば解体せざるを得ない。

その意味で、マネジメントを「管理」と捉えるのか「経営」と捉えるのかは重要だ。

2019年8月14日 (水)

中小企業の「ストックビジネス」参入バイブル/小泉雅史

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 成功している企業の多くは強力なストックビジネスを持っています。そして、ストックビジネスを長期にわたり継続成長させていくことで、会社の安定経営を実現しています。


増収増益を続ける上場企業はわずか3%しかない。

これらの企業に共通する特徴がある。

それが本書で紹介されている「ストックビジネス」である。

増収増益を長期間続けている安定成長企業の多くは、このストックビジネスを持っている。

一般的にはフロービジネスは「狩猟型」、ストックビジネスは「農耕型」と分類される。

農耕型ストックビジネスは、既存顧客をしっかり維持・育成することで継続的な売上を得るビジネス。

そして、田畑を維持・拡大するように、既存顧客に加えて新たな顧客を増やし、売上を積み上げていく。

この状態を売上が「ストック(蓄積)する」といい、「顧客数×継続売上」で拡大するビジネスを「ストックビジネス」と呼ぶ。

ストックビジネスは、顧客数に応じて毎年収益がストックされていくので、売上を雪だるま式に増やしていくことが可能になる。

仮に新規顧客が増えなくても、解約率を低く抑えることで、既存顧客からの売上は継続する。

そのため、経営が急激に悪化するようなことはない。

売上計画が立てやすく、計画経営を実現しやすいといえる。

逆にデメリットを挙げると、ストックビジネスはフロービジネスに比べて売上拡大スピードが劣る。

では中小企業はどうすればよいのか。

一番有効なのは、大企業が入ってこない「ニッチ市場」で「独占型」のストックビジネスをつくり上げること。

大企業にとっては魅力的な市場規模ではなくても、中小企業にとっては十分なニッチ市場はたくさんあるもの。

変化の激しい現代だからこそ、中小企業はストックビジネスを真剣に考えるべきだろう。

2019年8月13日 (火)

仕事で必要な「本当のコミュニケーション能力」はどう身につければいいのか?/安達裕哉

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 逆説的ではあるが「しょせん、人と人はわかり合えない、そして自分はさらにコミュニケーション能力が低いのだから、相手のことを誤解しているかもしれない」と、常に思える人こそ、本当は最もコミュニケーション能力が高いのである。


今、人を採用する際、コミュニケーション能力を求める企業が増えてきている。

どうしてなのか?

1つには、ますます知識が専門分化しており、「専門家同士の協力」なくして、成果をあげることができない、という現実があげられる。

知識労働者はその力を結集するため、「専門知識」と「コミュニケーション能力」の両者を兼ね備えてはじめて業績に貢献できる。

企業におけるコミュニケーションの目的は「一緒にいて楽しい」ではない。

「一緒に仕事をして成果が出る」なのである。

では、「一緒に仕事をして成果が出る」ための「コミュニケーション能力」、

すなわち企業が必要としている「コミュニケーション能力」とは具体的にいえば何か。

それは、「自分のアウトプットを誰かに利用してもらうための力」だ。

コミュニケーション能力の本質は、人のつながりをつくり、影響を与える力だ。

コミュニケーション能力の高い人は他者への影響力が大きい人、ということになる。

1人がつながれる世界が際限なく広がっている今、単純作業はコンピュータが代替するようになった。

ある程度、高度な作業もAIがこなせるようになれば、記憶力や問題処理能力はむしろ個人間の差が小さくなる。

では、最後に残るのは何か?

人間に価値ありと思わせるクリエイティブな能力、

要は、人のつながりをつくり、インパクトをもたらす能力、

つまりは、『コミュニケーション能力』にほかならない。

AIが進化すればするほど、コミュニケーション能力が必要になってくるということではないだろうか。

2019年8月12日 (月)

時給思考/金川顕教

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 「時給=命の値段」を知らないと、あなたの時間は奪われる一方です。「時間の価値」を理解していないと、他人にいいように振り回され、時間を消耗するばかりなのです。

時給思考とは、一言で言うと、「1時間の価値を10倍にするスキル」。

時給思考ができれば、ただ時間が流れていくということがなくなり、1時間あたりの価値を劇的に上げることができるようになる。

人生を1時間ごとで考えられたら、行動に曖昧さはなくなる。

「時給思考で考えると、何を選択すればいいのか?」

「時給思考なら、どう行動すればいいのか?」

このように、「時給思考で考えると?」ということを、自分自身に向かって問いかけるクセをつけると、時給思考は自然と身についていくという。

「タイムイズマネー」ではなく、「タイムイズライフ」と考えること。

これが時給思考ということであろう。

2019年8月11日 (日)

できる社員は「やり過ごす」/高橋伸夫

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 B社では、的はずれな指示は部下のやり過ごしによって濾過され、上司に恥をかかせることなく正当な指示だけがラインに流れることになる。頭のよい上司であれば、その様子をみて、自分の誤りに気がつくというのである。

「やり過ごし」は何も企業や組織のなかでだけ見られるものではなく、家庭のなかや一対一の人間関係のなかでもしばしば遭遇する。

たとえば、組織のなかにあって「課題がむずかしすぎて、どう考えればよいのか糸口さえ思いつかない」「仕事が多すぎてどこから手をつけていいのかわからない」というような状況下で「やり過ごし」が発生する。

アンケートによると、どの会社でも、50%を超える人が「やり過ごし」の存在を認めていたという。

例えば、アンケートを実施したB社においては、部下の意見に耳を貸そうとしない上司が出現すると、それに対処する部下の手段として、「やり過ごし」が発生するという。

指示内容をいったんフィルターにかけて、おかしな指示はその段階でとりのぞいているというのだ。

もし、やり過ごしがきびしくとがめられることになったら、仕事の量がやたらにふえる。

上司の指示・命令が現場の実情にあわなかったときには、組織は完全にロックしてしまう。

つまり、まったく動かなくなってしまう。

現場で処理できないようなとてつもなく大きな課題や、実情を無視した無理難題がひとつ詰まっただけでも、組織の流れと動きは完全に止まってしまうはずだ。

それでは、なぜわれわれの組織は動いているのだろうか。

われわれの組織が巨大な課題や無理難題にさらされていないわけではない。

それでも組織がロックしないですんでいるのは、部下の「やり過ごし」によって、このロック状態が回避され、最低レベルの日常業務が保障されているからにほかならない。

自動車のABSと同じ原理である。

組織には建前と本音の部分があり、それによって組織が動いているということであろう。

2019年8月10日 (土)

平成論/池上彰、上田紀行、中島岳志、弓山達也

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 でも、ここで言う「激動」とは、そうした単発の事件・事故だけでなく、戦後日本がつくり上げた社会システムや価値観が、グローバル化とIT革命のなかで崩れていった過程を含んでいます。バブルが崩壊したあとの三十年にも及ぶデフレ状態、そのなかで新しいビジネスが誕生したり消えていったり……と、日本国内で試行錯誤が続いてきた激動の時代──それが「平成」という時代です。

昭和の時代は、その前半は戦争に明け暮れ、戦後は平和のなかで高度経済成長を遂げた。

では、平成とはどんな時代だったのだろう。

思い浮かぶキーワードはバブル崩壊、地下鉄サリン事件、阪神淡路大震災、東日本大震災、等々。

いろんな言葉が浮かんでくるのだが、これといった特色はない。

そんな中、4人の識者が共通してあげているキーワードは「生きづらさ」だ。

「生きづらさ」は、平成の日本人を物語るキーワードかもしれない。

社会が、人生がどんどん生きづらいものになっていく、そうした感覚を抱いている人は少なくない。

そして経済が絶好調のときは見えなかった、日本人の自己重要感、自己信頼感の低さが大きな問題となってきている。

またそのなかで一人ひとりの個人としてのアイデンティティも揺らぎ、日本人のアイデンティティも大きく揺らいでいった。

「生きづらさ」の中で日本人のアイデンティティが大きく揺らいでいった時代。

これは平成という時代だったのではないだろうか。

2019年8月 9日 (金)

ワンフレーズの言葉がけ/占部正尚

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 多くの上司が「自分が部下のやる気を損なうような言葉(ネガティブ・ワード)を発していること」に気づいていない。


人間の思考回路は「否定形に弱い」「最初に脳に入って来た情報に左右される」という特徴がある。

だから、動機づけや指示・命令など大切な場面で使う言葉は、より相手の心に響くよう、ポジティブで肯定的な表現で、相手にしてほしいことをストレートに話すように心がけることだ。

本書で紹介されているペップトークというものがある。

ペップトークとはアメリカのスポーツ界で生まれ育った、相手の心に火をつけ、持っている力を存分に発揮させることができるショートスピーチだ。

実は同じ内容のスピーチでも、選ぶ言葉や表現方法によって、伝わり方が大きく異なり、相手の動きや導き出される成果に決定的な差ができてしまう。

ペップトークのポイントは

①事実の受け入れ

②とらえかた変換(ポジティブな発想変換)

③してほしい変換(肯定形での言葉がけ)

④背中のひと押し

この4つ。

これを組み合わせて使う。

例えば、

「プレゼン会で競合他社が連勝している(①事実の受け入れ)。話し方がうまいのではなく、顧客の真のニーズを把握できているからだ(②とらえかた変換)。我が社も原点に返って顧客の声を真剣に聴こう(③してほしい変換)。今度こそ、勝つぞ!(④背中のひと押し)」

と、こんな具合。

例えば、何度も同じ失敗を繰り返す部下への失敗しがちなひと言。

悪い例は、

「なぜ、失敗を繰り返すんだ?」

「なぜ、注意力散漫なんだ?」

「なぜ、間違えた?」

「なぜ、確認しなかった?」

と、失敗に対して、あら捜しをするようにたたみかける

これではモチベーションはますます下がり、おそらく今後も失敗を繰り返すだろう。

ではどういうか?

「~というレベルで仕上げてほしいけど、今どのレベル?」

「どこを改善したら次はうまくいくか、じっくり考えてごらん」

と、「ありたい姿に対して、どうしたらいい?」と問いかける。

『とらえかた変換』『してほしい変換』を意識しながら、具体的な指示を出す。

このようなワンフレーズが言えるよう上司は訓練する必要があるのではないだろうか。

2019年8月 8日 (木)

ビジョナリー・カンパニー②飛躍の法則/ジム・コリンズ

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 偉大な企業への飛躍をもたらした経営者は、まずはじめにバスの目的地を決め、つぎに目的地までの旅をともにする人びとをバスに乗せる方法をとったわけではない。まずはじめに、適切な人をバスに乗せ、不適切な人をバスから降ろし、その後にどこに向かうべきかを決めている。


飛躍を導いた指導者は、三つの単純な真実を理解しているという。

第一に、「何をすべきか」ではなく「だれを選ぶか」からはじめれば、環境の変化に適応しやすくなる。

第二に、適切な人たちがバスに乗っているのであれば、動機付けの問題や管理の問題はほぼなくなる。

適切な人材なら厳しく管理する必要はないし、やる気を引き出す必要もない。

最高の実績を生み出そうとし、偉大なものを築き上げる動きに加わわろうとする意欲を各人がもっている。

第三に、不適切な人たちばかりであれば、正しい方向が分かり、正しい方針が分かっても、偉大な企業にはなれない。

偉大な人材が揃っていなければ、偉大なビジョンがあっても意味はない。

大切なことは適切な人材を集めることだけではない。

それだけであれば、新しい点は何もない。

まずはじめに適切な人をバスに乗せ、不適格な人をバスから降ろし、その後にどこに行くかを決めることということ。

「だれを選ぶか」をまず決めて、つぎに「何をすべきか」を決める。

ビジョンも、戦略も、戦術も、組織構造も、技術も、「だれを選ぶか」を決めた後に考える。

この原則を厳格に一貫して適用する。

従来の考え方は「何をすべきか」をまず決め、それに適した人を選ぶことが良いとされていた。

飛躍した企業を調査した結果は逆だったというのである。

これは非常に興味深い。

2019年8月 7日 (水)

ビジョナリー・カンパニー/ジム・コリンズ

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 実際のところ、ビジョナリー・カンパニーが飛び抜けた地位を獲得しているのは、将来を見通す力が優れているからでも、成功のための特別な「秘密」があるからでもなく、主に、自分自身に対する要求がきわめて高いという単純な事実のためなのである。


ビジョナリー・カンパニーとはなんだろうか。

ビジョンを持っている企業、未来志向の企業、先見的な企業であり、業界で卓越した企業、同業他社の間で広く尊敬を集め、大きなインパクトを世界に与え続けてきた企業である。

ビジョナリー・カンパニーには、ずば抜けた回復力がある。

つまり、逆境から立ち直る力がある。

ビジョナリー・カンパニーにとって、ビジョンを持ったカリスマ的指導者はまったく必要ない。

こうした指導者はかえって、会社の長期の展望にマイナスになることもある。

ビジョナリー・カンパニーは、基本理念を信仰に近いほどの情熱を持って維持しており、基本理念は変えることがあるとしても、まれである。

ビジョナリー・カンパニーの基本的価値観は揺るぎなく、時代の流れや流行に左右されることはない。

ビジョナリー・カンパニーは、その基本理念と高い要求にぴったりと「合う」者にとってだけ、すばらしい職場である。

ビジョナリー・カンパニーは、自らに勝つことを第一に考えている。

これらの企業が成功し、競争に勝っているのは、最終目標を達成しているからというより、「明日にはどうすれば、今日よりうまくやれるか」と厳しく問い続けた結果、自然に成功が生まれてくるからだ。

ビジョナリー・カンパニーの基本的価値観は、理論や外部環境によって正当化する必要などないものである。

時代の流れや流行に左右されることもない。市場環境が変化した場合ですら、変わることはない。

基本理念はビジョナリー・カンパニーに不可欠な要素である。

しかし、基本理念が重要とはいえ、それだけではビジョナリー・カンパニーは生まれない。

それだけでは不可能だ。

基本理念がどれほど大切にされていても、どれほど意義のあるものであっても、同じところに止まり、変化しようとしなければ、世界から取り残される。

基本理念を、文化、戦略、戦術、計画、方針などの基本理念ではない慣行と混同しないことが、何よりも重要である。

時間の経過とともに、文化の規範は変わる。

戦略、製品ライン、目標、能力、業務方針、組織構造、報酬体系は変わる。

あらゆるものが変わらなければならない。

その中でただひとつ、変えてはならないものがある。

それが基本理念である。

ビジョナリー・カンパニーの真髄は、基本理念と進歩への意欲を、組織のすみずみにまで浸透させていることにある。

目標、戦略、方針、過程、企業文化、経営陣の行動、オフィス・レイアウト、給与体系、会計システム、職務計画など、企業の動きのすべてに浸透させていることにある。

ビジョナリー・カンパニーは一貫した職場環境をつくりあげ、相互に矛盾がなく、相互に補強し合う大量のシグナルを送って、会社の理念と理想を誤解することはまずできないようにしている。

そして、もっとも重要な点は、基本理念を維持し、進歩を促す方向で、組織に一貫性を持たせることである。

本書は企業が失ってならない大切な考え方を述べている。

何度も読み返したい本である。

2019年8月 6日 (火)

GREAT BOSS/キム・スコット

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 上司と部下とのいい関係を一番的確に表す言葉を、わたしは見つけた。それが「徹底的なホンネ(RadicalCandor)」だ。

上司の役割とは、つまるところ、結果に責任を持つことだ。

自分だけですべてをやっても結果は出ない。

チームメンバーを導くことでしか、結果は出せない。

チームを導いて結果を出すのが上司の役目だ。

そして、そのためには部下との間に信頼関係を作ること。

しかし、信頼関係を築くことは、単純な作業ではない。

「あれとこれとそれをやれば、いい関係ができる」なんてマニュアルはない。

人間関係はみなそうだが、上司と部下の関係も思いがけないことが多く、絶対的なルールはない。

しかし、次のふたつの姿勢を組み合わせれば、前進の助けになる。

ひとつは「仕事上の鎧」を捨てることだ。

相手を心から気にかけ、率直な自分の姿を見せ、部下にもそうするように励ますことだ。

もうひとつは、部下の仕事がお粗末な時、正直にそう伝えることだ。

またタイミングよく伝える努力が必要だ。

「徹底的なホンネ」の関係は、相手を「心から気にかけ」ながら、「言いにくいことをズバリと言う」時に生まれる。

ホンネをズバリと言うことで、信頼が築かれ、コミュニケーションが生まれ、狙った結果が出るようになる。

また、「徹底的なホンネ」の関係は、管理職の心の奥にある恐れを減らすことができる。

部下が上司を信頼し、上司が自分を気にかけてくれていると信じられると、次の5つのいいことが起きやすくなる。

1)部下は上司からの褒め言葉も批判も受け入れて、行動するようになる。

2)上司は部下にどこがうまくいっているかを教え、ダメな点も正直に教えられるようになる。

3)部下同士の間にホンネの関係が伝染し、無駄な努力と失敗を何度も繰り返さなくなる。

4)チームにおける自分の役割を理解し、受け入れるようになる。

5)結果に目を向けるようになる。

「徹底的なホンネ」を出せる文化を築くには、まず最初に部下から自分を批判してもらう方がいい。

批判を歓迎することで、上司もよく間違えるということを自覚していることや、間違っていたら教えてほしいと思っていること、反対意見を歓迎していることを周囲に示すことができる。

また、自分自身について多くを学ぶことができる。

部下は誰よりも上司をよく観察しているからだ。

ホンネを言い合える関係、特に空気を読むことが当たり前の日本の企業には必要なことではないだろうか。

2019年8月 5日 (月)

孫子の兵法/守屋洋

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 故ニ曰ク、彼ヲ知リ己レヲ知レバ、百戦シテ殆ウカラズ。彼ヲ知ラズシテ己レヲ知レバ、一勝一負ス。彼ヲ知ラズ己レヲ知ラザレバ、戦ウゴトニ必ズ殆ウシ。

 敵を知り、己れを知るならば、絶対に敗れる気づかいはない。己れを知って敵を知らなければ、勝敗の確率は五分五分である。敵を知らず、己れをも知らなければ、必ず敗れる。


孫子の兵法の中で、この言葉はあまりにも有名である。

戦いだけでなく、普段の人間関係であっても、相手を知り、自分を知ることは重要だ。

にもかかわらず、これを実践している人は意外と少ない。

過去の日本もこの言葉を実践していれば、あの無謀な戦争をすることはなかっただろう。

あの戦争で、多くの日本人は神だのみと竹槍によって勝てると信じていた。

これに対してアメリカは、開戦まえから莫大な資金を投じて日本に関する情報を集めていた。

たとえば、当時のアメリカ海軍情報部に2Jという課があったという。

そこでは、日本で発行されていた新聞、雑誌、定期刊行物をすべて集めて分析していたばかりでなく、日本で発する電波までことごとくキャッチして分析していた。

その結果かれらは、日本のあらゆる産業に関する統計はもちろん、日本海軍の何という軍艦の艦長は何のだれそれで、その性格はどうか、はては尉官クラスの勤務場所や任務まですべて調べあげていたという。

こういう点から見ても、日本の敗北は当然の帰結であったといる。

時代を超えて、戦いの本質をとらえているのが「孫子の兵法」だ。

ただ、大事なことは知識として知ることでなく、実践することだと思う。

2019年8月 4日 (日)

高卒自衛官が実現した40代で資産2億円をつくる方法/生方正

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 私の場合は、アーリーリタイアして世界中を旅したいというのがお金を貯める目的でした。そのため日々節約し、資産を増やすことにコミットしてきました。


本書のタイトル通り、著者は40代で資産2億円を作り、自衛隊をリタイアし、今は海外の別荘を所有し、各国を旅しているという。

億万長者への第1ステップは生活費のコスト削減、すなわち節約だという。


お金の無駄に気づき改善できるようになると、今度は自然と時間の無駄に気づくようになる。

成功する人、成功しない人の違いは結局時間の使い方で決まる。

億万長者への始まりは、1円の重要性に気づけるかどうか。

これがすべての始まり。

例えば、3色ボールペンの黒インクがなくなっても、青インクを使うことで、買い替えの期間を延ばすことができる。

ボールペン1本300円。

しかし管理をいい加減にすると、ボールペン以外にも手袋やカバン、傘など多くの物をなくすことにつながる。

物を丁寧に扱い長持ちさせることができたら、無駄な支出を減らすことができる。

さらに、資源の節約、ゴミの減量、環境破壊削減にもつながる。

たかだかボールペン1個20グラム、小さめの消しゴム1個17グラム合わせても37グラム。
ボールペン1本さえもなくさない、持ち物を大切にする心が自分の心に芽生えたら、お金を節約する大切さに気づくことにつながるというのである。

確かにこれだけ徹底していればお金は貯まるだろう。

だだし、普通の人はとても無理。

背景にお金持ちになりたいという強烈な動機があったことは間違いないと思う。

2019年8月 3日 (土)

直観力の磨き方/ジェームス・ワンレス

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 「直観力」とは、自らの内にある繊細な感性であり、真なるメッセージであり、自分自身を確かに信じ、自分の力を最大限に発揮できる方法を提供してくれるのです。

ビジネスに成功しようとするならば直観力を磨くことだ。

もちろん、ロジカルに物事を分析し、戦略を決めることは大切だ。

しかし、ロジカルシンキングには限界がある。

最後は、直観によって一歩を踏み出すことができるかどうかにかかってくるということが多い。

大事なことは、直観力を感じ、直観力を見て、直観力を信じ、直観力を行動に移すこと。

直観力は単なるヤマ勘ではない。

直観力は、自らの奥深い内部から生じるもので、私たちにとって、何が真実なのか、必要なことは何か、望むべきものは何かを、気づかせてくれる。

また、直観力は、私たちがとらわれている社会的常識や既成観念、先入観を超えるための方法でもある。

直観力は、一人ひとりの個性と生まれ持った才能の源。

誰もが遺伝子を持っているように、それぞれにこの才能がある。

その才能は、本当の自分、あるがままの自分の中に見いだされ、自分自身を感覚的に、身体的に、精神的に表現することを可能にする。

直観力は、常に身体の中で表現されているので、私たちが直観力に波長を合わせれば、感覚に対してより鋭敏になれる。

直観力は、自らの最も深いところにある拡張された意識からの気づき、鋭敏な認識を必要とする。

そこには、過去、現在、未来を含む様々な情報、長い歴史で培われた深い知恵が蓄えられており、それらはいつも更新され、最も効果的に利用できるようになっている。

私たちはその拡張された意識のおかげで、最善の状態を保ち、より賢く、より速やかで、より知的で、より健康な状態でいられる。

直観力を磨くには、まず直観を信じて行動することだ。

これは実践する価値がある。

勇気のいることだが。

 

2019年8月 2日 (金)

本音で生きる/堀江貴文

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 やりたいことを見つけて、ノリとフィーリングでチャレンジするだけ。僕が語ってきたのは、突き詰めればたったこれだけのことだ。あまりにもシンプルすぎて、事細かな成功法則を期待している人は拍子抜けすることだろう。

ホリエモンと言えば、やりたいことやり、言いたいことを言っているような印象がある。

そして失敗も多くしている。

しかし、本人は、それらは失敗ではないと思っているようだ。

チャレンジし経験を積み重ねたことが、今のホリエモンを作っているのであろう。

些細なことでよいから、常に小さなチャレンジを行ない、少しずつ少しずつ成功体験を重ねていく。

比べるべきは、過去の自分。

自分の成長を実感できれば、それが自信になる。

諦めずに成功体験を重ねていけば、ある日突然大きく成長する時が必ずやってくる。

やりたいことをやって成功する人は「リスク」をあまり考えていない。

やる前から「成功するかどうか」「失敗する確率はどれだけか」なんて考えていたら、結局、いつまでたっても、実行には移せない。

どこまでいっても「成功するかどうか」は、やってみないとわからないものだからだ。

実現可能性をまず考えて尻込みするような人間は、リスクをとらないこと自体が最大のリスクだということに気づいていない。

こうして結局、小利口な人ほど、成功から遠ざかる。

考えすぎてしまう人間は、いつもチャンスを逃す。

つまるところ、「小利口」が一番よくない。

あれこれとまことしやかに考えて、結局動けずにいる。

きちんと考えられるならまだしも、その多くの考えは、自分の「プライド」を守るための言い訳だったりする。

安定を求めることは、リスクだ。

その場に留まり続けることは、同じ状態でい続けることではなく、劣化していくということ。

このようなホリエモンの生き方と考え方、成功する人共通のものだ。

ただし、誰もがマネできることでないこともまた事実であろう。

2019年8月 1日 (木)

経済とおかねの超基本1年生/大江英樹

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 私が考える経済学の定義は、「社会において、限られた資源を有効に活用することで、人々がしあわせになるにはどうすればよいかを研究する学問」です。ここで重要なキーワードは〝限られた資源〟と〝しあわせになる〟です。


本書では経済とお金を話が分かりやすく書かれている。

経済学では「人間とはこういうものだ」というモデル(=模型)を作る。

そこでは人間というのは、しあわせ=満足=利益と考えるものだと定義し、このため人間は誰でも自分の利益が最も大きくなるように合理的な行動をするという前提で考える。

また本書では日本政府の財政破綻の問題についても触れている。

結論は当面は日本政府が財政破綻することはないと論じている。

理由は圧倒的に国債を持っているのは金融機関だから。

では金融機関というのは誰からお金を預かっているのかと言えば、個人。

ちなみに日銀の「資金循環統計」というデータによれば個人の金融資産は、2015年の3月末で1708兆円となっている。

これが個人の持っているお金。

この内約半分の883兆円が現・預金。

つまり銀行が持っている555兆円の国債残高の大半は恐らく個人のお金。

だとすると国民一人当たり830万円の借金というのはちょっとおかしい。

我々は誰も借金していない。

借金をしているのは政府であって、しかもその政府にお金を貸しているのは我々なので、借金ではなくて国民一人当たり数百万円の貸金があると言った方が正確。

わかりやすく言えば、お父さんはお金を借りているけど、ほとんどはお母さんや子供といった家族から借りているという状態。

したがって、日本の政府の財政が今すぐ破たんするということは考えにくい。

さらに日本の国全体が海外に貸しているお金の合計は945兆円ある。

差し引きすれば、367兆円の貸越しになっている。

これを対外純資産残高と言うが、日本の対外純資産残高は24年連続で世界第一位。

ちなみに第二位は中国で214兆円、三位がドイツで154兆円ですから日本が他の国に貸しているお金はかなり多いと言える。

こう考えると、マスコミが日本はギリシャのように財政破綻する可能性があると報じるのは、国民をミスリードすることになるといえるのではないだろうか。

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