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2019年8月16日 (金)

ローマは一日にして成らず──ローマ人の物語Ⅰ/塩野七生

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 歴史を叙述していくうえでのむずかしさは、時代を区切って明快に、この時代には何がなされ、次の時代には何がなされたと書くことが、戦記であってさえ不可能なところにある。不可能である理由の第一は、ほとんどの事柄が重なりあって進行するからであり、理由の第二は、後に大きな意味をもってくる事柄でも、偶然な出来事という形をとってはじまる場合が多いからである。それゆえに、歴史は必然によって進展するという考えが真理であると同じくらいに、歴史は偶然のつみ重ねであるとする考え方も真理になるのだ。


この巻ではローマの建国の歴史が書かれている。

しかし、生まれたばかりのローマはささやかな弱小国である。

そのローマが、エトルリアと南伊のギリシアの二大勢力の谷間に温存されたのはなぜか?

当時のエトルリア人とギリシア人が、ローマの独立を尊重してくれたからではない。

当時のローマには、自分たちの勢力圏に加えたいと思わせるだけの、魅力がまったくなかったからである。

ローマを強大にした一つの要因は、宗教についての彼らの考え方にあった。

ローマ人にとっての宗教は、指導原理ではなく支えにすぎなかった。

宗教を信ずることで人間性までが金縛りになることもなかった。

生まれたばかりのローマは多神教であった。

一神教と多神教のちがいは、ただ単に、信ずる神の数にあるのではない。

他者の神を認めるか認めないか、にある。

そして、他者の神も認めるということは、他者の存在を認めるということである。

宗教は、それを共有しない人との間では効力を発揮しない。

だが、法は、価値観を共有しない人との間でも効力を発揮できる。

いや、共有しない人との間だからこそ必要となる。

ローマ人が、誰よりも先に、そして誰よりも強く法の必要性に目覚めたのも、彼らの宗教の性質を考えれば当然の経路ではなかったかと思う。

ローマ人は、人間の行動原則の正し手を、法律に求めた。

ギリシアとローマのちがいは、奴隷に対する処遇にも見られる。

ギリシアの奴隷は、ごくまれな例外をのぞき、奴隷のままで生涯を終える運命にあった。

反対にローマの奴隷には、解放奴隷という制度があった。

貯めこんだ金で自由を買いもどしたり、長年の勤務の後に退職金のような感じで自由人になれる制度である。

ローマでは、長年の献身的な奉仕に主人が報いるとか、または貯めこんだ金で買ったりして自由を回復できた奴隷は、解放奴隷と呼ばれ、彼らの子の代になればローマ市民権を取得できた。

市民権さえ手中にすれば、以後の社会での出世はその人の才能と運しだいである。

ローマは、敗者を隷属化するよりも、敗者を「共同経営者」にするという、当時では他国に例を見ない政略を選択した。

そして、これこそ、後世に有名になる、「分割し、支配せよ」の考え方の誕生でもあった。

ローマ人は現実的性向の実に強かった民族であると言われている。

ローマ人には、敗北からは必ず何かを学び、それをもとに既成の概念に捕われないやり方によって自分自身を改良し、そのことによって再び起ちあがる性向があった。

これらのことが幾重にも重なり、ローマの長い歴史が築かれたということではないだろうか。

この先、どう展開していくのか、楽しみだ。

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